七ならべ 2024年2月
立春なんて
絵空事だよ
暦の中の
つくり話さ
北のはずれで
僻んでいても
こことはちがう
そらのしたでは
春の蛇口を
すこし緩めて
色とりどりの
朝を奏でる
それを想像
してみるだけで
歩幅がすこし
ほころんでいる
雪降り積もる
星に生まれて
言いたいことも
言えないままに
胸のいちばん
深いところが
中途半端に
あたたかくなる
探してるのは
体温でなく
たったひとつの
コトノハだから
寂しい月と
静かな夜を
かばんに詰めて
バスに乗り込む
白い記憶は
夜間飛行に
持ち込むことが
できないという
地上の雪も
置き去りにして
振り切るように
重力を蹴る
ぼくはと言えば
いつになっても
きみの気持ちに
気づかないまま
ひかりの粒は
夜を纏った
意識の奥に
吸い込まれゆく
つよさはいつも
外に向かうし
よわさはいつも
内へと向かう
降り止むことの
ない雪のなか
道なき道を
歩いてるけど
つよい気持ちも
よわい気持ちも
混ぜこぜにして
寝ぼけてるだけ
目覚めたければ
こころの奥に
つよいわさびを
置いて泣いちゃえ
春の魔法に
誑かされて
あけぼのの芽を
踏んでしまった
生きることとか
死ぬこととかも
すべては水の
変化のように
ほんとうなんて
どこにもなくて
変哲のない
日常だって
すべて奇跡と
気づいたときは
ただ呆然と
するしかなくて
手放すことも
得ることもなく
時間が消えた
ぼくの宇宙に
大切なもの
集めてみても
すぐに迷子に
なってしまうし
きびしい冬を
思い浮かべて
ここでたしかに
戦っていた
そんな記憶も
粉々にして
もうこの町を
出ていくんだね
春は猶予を
くれないんだね
深夜一時に
交わすあいさつ
こんばんはより
おはようがいい
何かはじまる
予感がするし
そのおはようは
夜行性でも
ひかりを帯びた
おはようだから
恋の予感に
似て
むず痒い
黒い筋肉
震わせながら
白い呼吸が
隠せなくなる
二月のそらが
やわらかいから
まだあたたかい
ひつじのゆめを
綴ろうとして
てのひらをみた
途切れかかった
ぼくのことばは
フォントのしろい
こくはくだから
春になったら
雪にまぎれて
消えてゆくだけ
それでいいから
うん、それでいい
ペットボトルの
ジャスミンティーに
忘れたくない
夕焼けをみる
ぼくのことなど
覚えてなんか
ないだろうけど
変わる季節に
きみと交わした
ことばの影は
今もこうして
夜を広げて
動くことない
文字列をただ
見つめてるんだ
陸地しかない
海図をひろげ
季節の先を
思い浮かべる
カザフの丘で
虹追いかける
少女の影も
描き残せずに
せめてこれまで
歩んだ道を
ゆうやけの背に
刻みたいんだ
春の本音を
聞いてしまえば
二度と魔法は
使えないから
気持ちが冷める
きっかけなんて
実にたわいも
ないことばかり
夜明けの海に
雨が降ったり
好きなワインが
買えなかったり
この世の中は
不可抗力の
かたまりだから
まだ色のない
こころもようを
握っていても
仕方ないけど
時の流れに
乗るくらいなら
ぼくはこのまま
空を見てるよ
まだ二月だし
雪が降るのは
仕方ないけど
春のこころを
上書きされて
歩き出すのが
億劫になる
だけど季節は
何をしたって
過ぎてゆくから
喜怒哀楽を
部屋に脱ぎ捨て
ぼくの知らない
ぼくになるまで
朝を覆った
雪踏みしめる
どんな気持ちで
雪は舞うのか
春は宿命
逃れられない
七ならべ 2024年2月