七ならべ 2023年9月
九月は崖だ。
油断してると
海は本気の
群青になる
今まで何度
騙されたのか
それでも夏の
欠片をあつめ
まだ行けるぞ!と
声がかかれば
やっぱり油断
してしまうんだ
崩れるように
堕ちてゆくって
わかっていても
あまい夜には
引力がある
夏の終わりに
雲が表情
変えてゆくのを
アイスコーヒー
片手にぼくは
ただ見送って
かけることばも
思いつかない
秋は手元を
奪い取るから
属性のない
色とかたちが
残されるだけ
案外それが
あたたかいだけ
きつねうどんが
苦笑いする
日曜の夜
化けることなど
できないくせに
描き上がらない
絵を待っている
あしたになれば
いまとは違う
顔をつくって
戦場に行く
それでも多分
絵は未完成
戦場はまだ
塩辛いまま
去年の秋を
思い浮かべて
月は哀しい
器だと知る
どんなに色を
塗ったとしても
雲の向こうで
洗われるだけ
静かな夜に
耳を澄まして
ぼく以外には
だれも居ないと
確認したら
記憶が徐々に
痩せ細る中
届くことない
電文を読む
夜の長さが
落ち着かなくて
いじわるな歌
口ずさんでる
本音は違う
カップの中で
声も出さずに
口づけを待つ
そんな遊戯が
駆け引きならば
どれだけ夜が
長くなっても
最後の文字を
見つけられない
秋の目次を
眺めていると
寒暖の差が
激しすぎると
知ってしまった
彼女はいつも
温かいから
つめたい肌を
知らないままに
生きていこうと
小声で誓う
時間はふいに
速くなるから
明朝の詩も
書けないくせに
時刻表には
真っ赤な文字で
や・く・そ・く とだけ
記されている
祭りの夜の
小さな嘘が
季節の色を
塗り替えている
明後日からは
知らない人に
戻るだけだと
きみは言うけど
お好み焼きが
覚めないうちに
もう一度だけ
くじを引かせて
嘘のままでは
終われないから
混じり気のない
空を見たくて
干した布団の
となりに座る
夏の背中は
ぼくの記憶に
一枚の絵を
残していった
それは切ない
夕景だけど
きみの気配が
吹いてくるから
ことばを秋に
ふわり手放す
夜風がすこし
やさしくなって
青い季節の
終わりに気づく
プレイリストの
いちばん上に
思い出のない
曲を置いたら
鎮まっていた
後悔の尾が
暴れ出すから
ピアノ独奏
ばかり集めて
余韻忘れた
夕陽の痕が
帰路に付くのを
ただ追いかける
ひみつの地図を
夜風にひろげ
行きたい場所に
チョコチップ置く
ほんのり苦い
恋のくびきが
乾いた部屋に
再現されて
今はもうない
歌番組が
思い出された
旅はいつでも
始められるし
終わらせられる
今夜はそれを
人生と呼ぶ
それぞれの朝
それぞれの場所
見えない絆
手繰り寄せても
指に絡まる
感覚だけが
取り残される
つむぎ続けた
ことばの川に
飛び込むことも
できないままに
淡い記憶を
透かしてみても
秋の速度が
増してゆくだけ
カラスの群れが
一斉に発つ
暮れゆく空は
加速してゆく
半袖だけじゃ
もう寒いから
あなたのことば
待っていたんだ
ぼくらはいつも
すれ違うから
本当のこと
言えないままに
季節を着替え
続けるだろう
届かない星
さがす視線に
カラスが鳴いて
夜ははじまる
夕陽の背中
追いかけていた
あの季節には
もう戻れない
それを今さら
思い出しても
書き出した詩は
もう止まらない
秋の速度に
ついて行けずに
なつかしい歌
繰り返し聴く
想い出なんて
ただの記憶と
言ったところで
その磁力から
逃れられずに
空の青さが
胸を突き刺す
季節を替えて
窓を替えても
色づくことを
止められなくて
果ての見えない
まっすぐな道
きみのなまえを
吹き消せなくて
微熱の椅子は
置き去りのまま
黄色い地図に
書いた説話が
終わらないこと
つたえたいから
ゆび一本で
雲をかぞえる
より親密に
なったふたりに
隠しごとなど
ないはずだけど
きみのこころが
つかみきれずに
重いとびらに
睨まれている
一緒にいれば
しあわせだって
風がコスモス
揺らしていても
とびらはとびら
勢いだけで
触れちゃいけない
日が沈むころ
絵文字の痕が
忘れられずに
赤茶けた道
追いかけている
ほころびた夜
あなたはぼくの
声を求めた
ぼくはそれには
応えられずに
優しい場所は
朽ちてしまった
いまでもぼくは
行くあてのない
声を抱えて
夜の長さに
縛られたまま
月の願いを
本に挟めて
黄色い夜を
独りで歩く
春、夏、秋と
痛い記憶を
引き摺ったまま
生きてきたけど
ぼくの願いも
本に挟めて
寡黙な窓に
甘えたくなる
七ならべ 2023年9月