七ならべ 2023年8月
時計の針は
嘘つきだから
この鼻先は
信用しない
あなたのいない
夏の夜明けを
分解しては
また組み立てる
それでもやはり
信じられずに
本気の骨を
削りたくなる
汚れた旅に
疲れ果てたら
タンクトップに
詩をあぶり出せ
止むことのない
月のしずくが
夜更けの部屋を
支配している
驚愕でなく
恐怖でもなく
心音に似た
確からしさに
使う前置詞
間違えたけど
夢のたまごを
放置したまま
朝が来るまで
唱え続けた
夏の文法
もう覚えては
いないだろうな
山の向こうに
眠ることばを
確かめたくて
きみの元まで
まもなく夜に
塗られるけれど
どうしても今
確かめたくて
カラスが帰る
空を切り裂く
巻き戻せない
カセットテープ
ダッシュボードに
そのままにして
あの過ちの
影のながさを
思い出そうと
夜に彷徨う
レモネード持つ
右手はやがて
あたたかいもの
求めだすから
先回りして
サブスクにない
夏の記憶を
手当たり次第
呼び戻すんだ
微熱のなかで
夢をみたんだ
ことしの夏は
ことし限りと
そう言われると
急に時間が
愛おしくなる
ポップコーンが
なくなる頃に
笑いあえたら
ただそれだけで
ことしの夏を
描ける気がする
星の約束
つくえの隅で
今日がその日と
気づかずにいた
曇ってるから
見えないけれど
耳を澄ませば
声は聞こえる
あの頃ぼくは
星に願えば
どんな場所にも
飛べたんだけど
いまは鎧が
重すぎるから
夜釣りのように
星をあつめて
遠くの恋を
温めている
夏の雨には
裏があるから
額面どおり
濡れちゃいけない
映画一本
見終えたときに
まぜこぜになる
あの感情で
街を歩けば
浮いてるような
気になれるから
そこで初めて
濡れるのがいい
忘れたいこと
流せるように
暑い、暑いと
汗かきながら
思いどおりに
いかない夏を
手放すように
呟いている
聞いているのは
扇風機だけ
何を言っても
首を振るから
ひとりぼっちの
まどろみの中
あこがれていた
靴をならべて
行き先はまだ
宙ぶらりんで
それでも一歩
踏み出したなら
そこから秋の
芽は出るだろう
スマートフォンの
隠し機能で
過去のことばを
書き換えてみた
消せない過去を
消してしまえば
ぼくの居場所は
なくなるけれど
それであなたが
救われるなら
それでもいいと
思ってたんだ
記憶はやがて
あいまいになる
記録はいつか
粉々になる
過去にすがって
生きているのは
くだらないとは
わかっていても
居心地の良い
場所がそこなら
干し草敷いて
星に沈もう
空を見上げる
ひとが増えれば
空はますます
高くなるから
ひとに言えない
過ちだって
そのうち青く
染まるのだろう
儚いものは
美しいから
瓶に入れても
見えなくなるし
ただ一度きり
想い伝えて
読みかけの本
閉じて帰ろう
あの夏に見た
雲のくじらに
また会いたくて
海沿いの町
好きだった子が
転校した日
見上げた空に
みつけたくじら
きっとあの子が
連れていったと
信じてたのを
ふと思い出し
この町に来た
あの子はいまも
ここにいるのか
あれから既に
何十年も
経っているから
再会なんて
無理だろうけど
水平線に
並んだ雲が
やがて大きな
かたまりになる
雲のくじらに
会えたけれども
こころの穴は
埋まることなく
ぼくが求めて
いたものを知る
夏の終わりを
哀しむように
きみのことばが
やわらかかった
窓を開けたら
太鼓の音が
なくしたものを
呼び寄せるけど
ぼくの記憶は
気化してるから
掴むことさえ
二度とできない
今夜は星が
落ちるというし
繋げない手を
伸ばしてみては
夜の模型に
青く色塗る
朝、一杯の
牛乳を飲む
なにが望みか
わからないまま
呪文のように
噛みしめながら
白く染まれば
見えなくなって
ぼくのことなど
忘れるだろう
飲み終わる頃
花火のような
記憶は徐々に
傷みはじめる
陽が沈んだら
物語になる
それより先に
伝えなければ
悲しい花に
差す水になる
ことばはいつも
揺れているから
大縄跳びに
入る間際の
小さな決意
呼び起こしたら
ただひと言を
テーブルに置き
あとは水面に
消えてしまおう
やさしい本が
欲しかったから
このまま夏に
沈みたかった
手を伸ばしたら
そこにいること
確かめたから
不安はただの
まやかしだって
季節を超えて
信じられるよ
空に上がると
まだ明るくて
繰り返し手を
伸ばしたくなる
空の上から
眺める海は
皿に盛られた
生き物のよう
動きはまるで
読めないけれど
彼らはきっと
意志を抱いて
大地の核を
満たそうとする
海の青さが
なにも解決
されないままに
凝視していると
飲まれてしまう
アップデートが
うまく出来ずに
ふっかつしない
じゅもん残して
逃げ出してきた
繰言なんて
脳のおならと
いつかのきみは
言っていたけど
景色は迷う
ためにあるから
言えずじまいの
本音を抱いて
朝の港で
ロシア語話す
蟹を探そう
どちらの船に
乗れば良いかが
迷う週末
ビー玉ふたつ
転がしてみて
期待と不安
どちらも一理
あるのに気づく
海はほどほど
穏やかだけど
目に見えるのは
ほんの一部で
表面だけで
気を許したら
こんなはずでは
なかったなどと
言う羽目になる
そんなリスクも
織り込みながら
転がってくる
ビー玉拾い
土曜の夜に
消せない痕を
残そうとする
正解なんて
いくつもあるし
間違いだって
いろいろあるし
正しいことを
追い求めても
達成感は
遠のくばかり
マリーゴールド
並んだ庭で
昔のことを
思い出しては
やっぱりあれも
正しかったと
知られぬように
花丸つける
そういうことが
平気でできる
歳になったし
頷くことが
人生だって
今なら自信
もって言えるよ
夏は記憶で
出来ているから
大事なことが
あやふやになる
秘密の会話
重ねていれば
甘いことばに
汗が流れる
それが夢にも
現れるから
夢と現実
区別もせずに
あの夏の日も
シャツを濡らして
熱れるように
泣いていたっけ
地図が途切れて
読めない先を
淫靡に灯す
風のみちびき
流れのままに
歩くふたりは
たどり着くのも
拒んだままで
冷製パスタ
食べ損ねても
汗はそのうち
引いていくから
駆け引きなんて
興味もなくて
ベッドのうえの
夏の一コマ
あたためられた
身体揺らして
夏の精算
始めたけれど
まだまだ汗が
止まらないから
永遠の夏
信じてしまう
空に浮かんだ
雲を追いかけ
日記帳には
記号だけ書く
金曜の夜
荷物を下ろし
自分自身に
帰りたいけど
そうもいかない
あれやこれやが
花火のように
盛り上がりゆく
冷めた目で見る
よくない癖が
ぼくを淋しい
ひとにさせても
居るべき場所が
わかっていれば
迷うことなく
月になれるよ
夕立が降る
夏の終わりに
なにを鞄に
詰め込もうか
ことばだけでは
伝えられない
丸みがかった
感情の尾を
どのようにして
表現するか
それがわかれば
身体の奥で
脈打っている
その振動を
同期させよう
秋の大地を
俯瞰しながら
休みの朝は
公園に行く
ただぶらぶらと
歩いていると
いろんな人が
いろんな顔で
朝の空気を
吸い込んでいる
皆それぞれに
大切なもの
抱えて生きて
たまには深く
息したいよね
そんな景色に
埋もれていたい
みんなのうたに
溺れていたい
夏の終わりの
雨に濡れれば
忘れたくても
忘れられない
そんな暑さが
背中に残る
伝言めいた
感触だけで
ポートレートを
作り上げたら
夜のささやき
耳のくぼみに
置いておくから
夢で会おうよ
海辺の町で
海を知らずに
起きて寝てまた
起きてまた寝る
潮の香りに
気づくことなく
波の叫びも
届かないまま
ただ日常を
過ごしてるだけ
そんな箱から
飛び降りたくて
こっそり外に
飛び出してみた
夏の日射しも
もう疲れ果て
海はだんまり
決め込んでいる
初秋の海は
みな後悔を
捨てに来るから
陽気なウソも
ただ、嘘になる
綴ることさえ
辛くなるなら
すべてを空へ
放り投げよう
いずれことばは
降ってくるから
傘もささずに
見上げていれば
星のかけらも
箸でつかめる
もうすぐ夜は
雄弁になる
空の向こうに
宙はあるのか
確かめたくて
夜更かしをした
夜空は暗く
頼りないから
つなぎたい手を
探してしまう
どこまでも飛ぶ
紙飛行機を
風に預けて
見送ったけど
みやげ話が
あるわけもなく
ついにつないだ
手はそのままで
夜更けの街に
月のため息
浮かれた人は
気づけないけど
ひとりの部屋の
窓をすり抜け
月の嘆きが
頬に伝わる
サビの部分が
わからないまま
今年の夏も
去って行くけど
ひみつの場所に
赤い電車で
行った日のこと
書き留めたまま
月には甘い
お願いをする
七ならべ 2023年8月