七ならべ 2023年5月

見えないままに
過去が燃やされ
見えないままに
今が拡がる
見えないままの
未来のすがた
このブランコで
届く範囲は
限られるけど
その範疇を
知り尽くすのが
人生と説く
木々の教戒



花に生まれて
花として散る
ただそれだけの
奇跡の裏に
花弁を散らす
風の苦しみ

花がきらいな
風などいない
散らす役目は
担いたくない
それが本音で

花が散るのが
運命ならば
散らせる風も
運命だから
その役割を
演じ切るだけ
ようやく風に
なれたのだから



花の季節は
騒がしいから
風のあくびを
待っていたんだ

陽は眩しくて
水面に浮かぶ
たくさんの詩が
踊り出すけど
迷う要素は
どこにもなくて

きみでなければ
言えないことば
ぼくはたくさん
抱えてるから
この恋だけは
過去にできない



祭りのあとの
風はつめたい
出番の来ない
脚本を閉じ
ひとりの道を
また走り出す

根無草にも
郷愁はある
流されている
顔してるだけ
舞台の裏は
きみだけにしか
みせないけれど

本格的に
季節が動く
その圧力に
ぼくは背中で
詩を諳んじる



ひとりの庭に
落ちてきた星
か弱く光る
紫陽花のかげ
触れてしまえば
飛び出しそうで
見守るだけの
夜だったけど
いつしかぼくの
胸のあたりに
同じかたちの
星が生まれた
きみのことばに
惹かれちゃうのは
星に具わる
引力のせい



きれいな本を
読むひとだった
図書館の隅
窓辺の席で
ぼくは全く
集中できず
弱い木漏れ日
集めてばかり
本をきれいに
扱うひとは
やがてからだが
繭玉になる
あのひとはまだ
読み終わらない
本を開いて
初夏のカーテン
纏うのだろう



五月の海は
夢をみていた
果てることない
景色のなかで
ぼくは未だに
欲があるから
泡になるのは
まだむずかしい
いずれはここに
還れるように
ことばの影で
絵を描いている
五月の海は
少しあきれた
顔をしながら
夢をみていた



キリマンジャロの
場所を教えて
目を合わせずに
きみがつぶやく
とりあえずいま
気になることは
きみのあたまに
浮かぶことばが
何文字なのか
四文字ならば
ぼくは消えるし
五文字だったら
この星空を
切り裂くだろう
きみは答えを
明かさないまま
キリマンジャロは
夜に紛れた



暑くなったり
寒くなったり
こころのように
日々はざわめく
生まれてみたり
壊れてみたり
ソファーの上で
ゆがむ輪郭
好きなものさえ
過去形になる
そんな季節に
決して消えない
虹に出逢った
消えないことは
罪というけど
あしたを生きる
動機にはなる



空の高さを
知らないままに
ぼくらは別の
道を選んだ
ここから先は
歩くしかない
支えられたり
支えてみたり
そんな世界も
憧れるけど
ぼくにはぼくの
役があるから
雲のなみだを
追い続けるよ


雲のなみだは
気持ち次第で
温度が変わる
今日のなみだは
とても冷たい
悲しいことが
あったのだろう
泣きたいときは
泣けばいいから
ぼくも一緒に
泣いていいかな

雲のなみだは
すぐ乾くけど
ぼくはそんなに
器用でなくて
涙の跡を
照らす夕日に
煙のような
言い訳をする



月の沙漠を
部屋に広げて
ぼくはこれから
どこに行こうか
失ったのは
あたたかい場所
探しているのは
やわらかい場所
のどの渇きを
抑えられれば
今日一日は
生きられるから
大好きな歌
忘れたままで
燃え尽きそうな
過去を畳もう



千枚通し
はさみ、コンパス
ステープラーに
カッターナイフ
凶暴そうに
みえる文具は
傷つけるのが
実は苦手で
仕事のたびに
こころ痛める
そんなことなど
知る由もなく
人は彼らを
雑にあつかう
痛むこころは
共有されず
文具の夜は
星もみえない
引き出しの中



ひとつ残った
クリームパンが
テーブルの上
西日を浴びる
去る寂しさと
残るつらさと
比較するのは
意味ないけれど
自分の価値が
認められない
そんなつらさが
夕陽に溶ける

クリームパンの
かなしい顔が
鏡に映る
ぼくに似ていて
ぼくは自分を
食べたくなった



月のかたむき
見ないふりして
春の童話を
演じ続けた
それはいわゆる
ひとり芝居で
矛盾に満ちた
結末だけど
無意味な雨に
沈みたかった

雨さえ止めば
午後のしずくが
形骸化した
ぼくに染み込む
これから夏と
向き合うために
眠れぬ夜を
四捨五入して


月がきれいで
歩けなくなり
孤独を濡らす
夜のやさしさ
ほんの一瞬
通じ合うなら
風を吹かせる
必要もない
花の迷いを
肌に馴染ませ
きみのことばに
鍵を隠そう



未来の記憶
辿る週末
見たことのない
景色の中で
紡ぐことばを
真っ青に染め
宙への距離を
細かく刻む
いつかいのちは
意味を失い
ただそこにある
標識となる
それでもどこか
口寂しくて
あのひとの影
探してしまう
夢のあとがき
読み飛ばしたら
飼い慣らせない
ぼくの夏空



時計をふたつ
置いていたのは
きみのことばを
待っていたから
夜更かしなんて
いつ以来かな
そんな会話も
週末ならば
チェイサーになる
明けない夜を
抱き締めたくて
遠ざかりゆく
詩を隠し持つ



紡ぎつづけた
ものがたりさえ
ただ一瞬で
崩れ去るから
こころをどこに
置いていいのか
夜の迷子が
途方に暮れる
ことばは時に
果実を割って
蜜のかたちで
喉を潤す
そのことさえも
わからなくなる
傾きだけを
夏に引き継ぐ



見えないままの
約束を手に
陽が落ちにくい
公園にいる
伝えたいのは
衝動だから
落ち着きのない
ブランコを漕ぐ

詳細な地図
手に広げても
道のりなんて
わからないから
結論のない
本を開いて
妄想の種
蒔いて眠ろう

この妄想を
花束にして
渡せる朝は
来るのだろうか



星になるため
この町にきた
二年経っても
宙に上がれず
ことばの海に
沈んでしまい
ほんとうのこと
忘れかけてる

澄んだ夜空を
どれだけ観ても
ぼくの居場所は
どこにもなくて
靴もかばんも
投げ捨てた手で
すっぱいぶどう
あつめて眠る

七ならべ 2023年5月

七ならべ 2023年5月

  • 韻文詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-05-05

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