憧れ出づる蠍姫かとぞみる―餓者髑髏―
(全文章の統一感を意識して修正致しました)
例)ドラゴン→一角獣 私警団→検非違使 など変更
憧れ出づる蠍姫かとぞみる-餓者髑髏―
遥かいにしえ 北東に流れる遠国の大河
葦の群落に遮られ、荒涼とした陸地が広がっている広瀬川の畔に
この土地には似つかわしく無い御所造りの館が構えられている。
邸宅は四年前に、主人が亡くなって以来、誰も手を加えた様子もなく庭園も荒れ放題となっており住人がいるかすら定かではない様相となっていた。
ここには都からそれなりの役職を与えられ北方征伐の頭領となった父親が討ち取られた後は遺児となった蠍姫が侍女と住っているという噂だけが囁かれ。
しかし寂れた、お屋敷の中は外の者には全く想像もできない存在が広がっていて、当主の父親が生前に揃い集めた舶来の骨董品。これは誰も知らない事。
「その娘であるなら蠍は化け物であってもおかしくない」
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周囲の人目も気にせずに、城下の裏道で賭け事に夢中の異端児たち。彼らにとって、主(あるじ)を亡くし頼るすべもない、零落した姫君が一人で心細く暮らしているだろう広瀬川のお屋敷の噂に入れ揚げるまでには、そう時間は掛からなった。
仲間のうちに、誰が先に夜霧に紛れて彼女を手に収める事ができるか。それぞれの手持ちの銀貨を賭けようという方向になっていく。
不良たちの中で一番の臆病者が、おれは下りたと端折った。
「だってさ。蠍の父親は冥王と恐れられた武士団の長(おさ)、敵方に頸をはねられた宵にはその首は遥か北の空まで飛んでいき七曜星の一つとなって鬼門の空を一晩中、赤く染め上げたって取り沙汰されたのは覚えているよね。その娘であるなら蠍は化け物であってもおかしくない」
「臆病なやつ!そんな冗談を本当に信じてた?相手はお嬢さん、場合によっては侍女を言いくるめて手引きしてもらったって構わないさ。これで決めよう。一と六、二と五、三と四。裏も表もどれも同じ。さあ誰から始める?」
年長の若者が装いの袖の袂からにゅっと、賽子を抜き出して仲間に見せびらかす。
ところが次第に日が経つに連れ、街を荒らしていた異端児たちが一人、二人と姿を消し、城下では姫君の事も侍女の三絢(みつあや)の事も忘れられ、話題に出すものは居なくなった。
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広瀬川御所にて
絹の打掛けを羽織った蠍姫(さそりひめ)は夜な夜な、魔法蟹の艶めきの洋風の棺に身を横たえ、隣で刺繍にいそしむ侍女の三絢(みつあや)の嘆きを虚ろに聞き過ごしていた。
吊されたシャンデリアの燈の陰影で彼女の表情は三絢からは覗えないけれど
年上とはいえ幼い頃から姫の家族同然にこの邸宅で育ってきた絢にとって蠍は姉妹の様であり主従でもあって近づき難い怖さを有している。
普段の儚げさとは違い、当時、父の訃報の知らせの使者を前にしても、涙ひとつ流さなかった蠍の姿。あれからの四年間は幼なじみの絢が驚く程に、不運に臆する事ない気丈さを感じた。
一方、絢は勢いの良いお屋敷の時代の暮らしを憶えているので、不平不満ばかり嘆いてしまう。
今となっては年下の姫に「過ぎた事を思い悩んでも、どうしようもないわ」と、たしなめられる立場に。
蠍姫には生まれ持ったものか、後から備わったものなのか何か人とは違う分限が__
青笹を掻き分けながら、河原へ辿りつく。
河に辿りつくまでに踏み分けて来た竹林の若い枝を何本か絢は抱えながら、慣れたとはいっても、あらかじめ姫は出立を教えてはくれないから、大変になる。
軽やかに小舟は川をながれる
満月が最も輝く夜
儀式が始まる
広瀬川に思いのままに飛び交う小さな灯り
無数の蛍が蠍姫の指先に集まり、絢が採った竹水で蛍を一匹ずつ癒やしていくと、水で拭われた蛍は直ぐさまに、個々の小さいスカル(頭がい骨)に姿を変え、ふわっと消えていく。
「何故このような事を?」
「絢、この河に集まる蛍たちは戦場で亡くなった騎士達の魂である。騎士と言っても生き残る者、亡くなる者様々。聖剣を交えて死ぬなんて、極めて一部分。流れ矢に当たったり一角竜に襲われたりして、たとえ命を取り留めたとしても傷口は腐って、害毒は脳に達する_それから」
「だからこうして神水で彼らを癒やしてあげるのですね。このような術をいつから知っているのですか」
「いつから?いつからでしょう」
蠍姫(さそり)が蛍の浄化に夢中になっているうち、大きな衝動とともに、ぐわんと小舟が突如激しく揺さぶられた。
バランスを崩した彼女を庇おうとしたのか、侍女の絢と二人で舟底に倒れ込んでしまう。
いくら月が満ちているとはいえ
どこまでも続く暗がりの
舟の舷にぶつかり、波立つ水と梟が飛び立ち風を切る羽音で姫は我に返った。
「絢(あや) 大丈夫?」
自分に覆い被さっている侍女の絢の背中を抱きかかえ、起こそうとした際、手の平にぬるっとした温かみと血の匂いに違和感を感じ、その違和感の正体を知るまでの鼓動が段々と早くなっていく。
背中を摩って侍女の背に刺さる矢羽の軸に気づく。
「これは!」
鏃に毒が塗ってあったのだろう、三絢の息はすでに絶えていた。
「絢!あや、どうして」
状況も飲み込めないまま、別の小舟が近づいてくる気配が、それは櫂をゆっくりと漕ぎながら近づいてくる。
次第に雲霧が切れ視界が晴れると、漕ぎ手を無くした彼女の舟はすでに検非違使が乗る四艘に囲まれていた。
騎士姿の別当が巻文を手にして発言する。
「ようやく足取りを捕まえたぞ。古内裏(ふるだいり)の妖術使い!この通り城下の市民からの告発が出ている。昨今の連続殺人事件の謀反人は古内裏(ふるだいり)の遺児である蠍君と」
間髪を置かずに騎士は話しを続ける。
「このところ、立て続けに町の若い男が河の下流で縊れ死んでいる出来事が続き、街の民の話では満月の夜に蠍姫(お前が)特殊な教義を行い、君主様に謀反を企てている。そのように城下の者たちが申しておる。あいにく櫂の漕ぎ手も死んだ。その長い髪では河に飛び込み泳ぐことも出来ないだろう。謀反の罰は民衆の前で火炙りか、あるいは冷たい石段を裸足で登り、首を刎ねる罰のどちらかと律されておる、たっぷり時間をかけて取り調べなければならない。大人しく追従するんだ。こちらの舟に乗り換えよ」
最後にと蠍は絢の温もりを感じながら、繋いでいた手を離した。
検非違使に僅かな抵抗をしてみたものの、強引に舟に乗せさせられそうになる。
その騒ぎを聞きつけたスカルたちが水中からぷくぷくと浄化された水面に浮き上がって来た。
どれもけらけら嗤っている。
(姫様が連れていかれる)
(ああ、やっぱり妙見菩薩の落とし子__北斗七星の冥王と謳われた父親の娘だね)
(おれたちは、その父親に討伐された方だけど。あの時は怖かった)
(馬上から薙ぎで一太刀だもの)
_______一斉に骸骨たちが武勇伝を喋り始め。
(あの姫君は敵と味方を分け隔て無く、僕たちに接してくれる)
(何て心優しい姫君なのだろう)
(おかげで後、二週間したら人間として生まれ変わる事が出来るんだ。新しい世界へ)
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(姫が危ない!ここは僕たちで、姫君を助けようよ)
(何を言っているの。あの蠍の父親はおれたちの敵将だっただろ?憶えてないの)
(助けよう)
(大丈夫)
(みんなで助けよう)
がしゃがしゃがしゃがしゃがしゃがしゃがしゃがしゃがしゃがしゃがしゃ
けたたましく骨の鳴る音がして小さな骸骨たちが一斉に水面から、暗闇の空へと吸い上げられ、巨大な餓者髑髏に変化していく。誰もがその姿を振り返り、恐怖に戦く(おののく)
こうして蠍姫は蛍たちのご加護で無事に生涯を全うしたと伝えられている。
憧れ出づる蠍姫かとぞみる―餓者髑髏―