こころに灯る

偶然の出会いというのがとても大切だと気づいたのはわたしが高校一年の時だった。通学途中の満員電車で、わたしは身動きもとれずに上を向きながら息苦しく呼吸をしていた。札幌駅で降りると突然学校なんか行きたくないと思った自分に驚いて、祖父母がいる夕張まで行こうと決めたのだった。両親が心配するだろうとは思わなかった。なるようになるさとしかその時は思わなかった。
夕鉄バスに乗り込むと座席に座ってゆっくりと深呼吸をした。なんだか体中の血管が拡張したかのようだった。
駅前のキオスクで買ったパンを食べながら流れゆく風景を眺めていると学校のことなんかどうでもよくなってきた。広がる大地が雄大で透き通っていて、思わず感嘆のため息をついてしまう。こんな所に住むとしたら多分僕はその圧倒的な自然の前で何もすることができなくなってしまうだろう。自然がまるでナイフのように鋭利で鋭く尖っていて僕の心を切り刻んでしまう。そう思った。それに比べればこれから向かう夕張は僕にとっては揺りかごのような存在だった。炭鉱で当時は潤っていたが今では閉山で過疎化がすすんでいたが、それでも僕には夕張は都会のような香りのする場所であった。谷にできた街は山に囲まれて緑がいっぱいだった。家々はまるで昭和の最初期のように使い古されているかのような感じがした。風が吹くと鉄の錆ついた匂いが今でもするかのようで、荒廃が進んでいるような雰囲気が僕の心を揺り動かした。
「おばあちゃん、久しぶりだね。遊びにきたよ」僕はなるべく元気な声を出した。
「あら、まあ‥、学校はどうしたの?」
「うん、ちょっと‥」
「とにかく家にお入りなさい。久しぶりだね」
「うん‥」
学校をさぼってきたことを話すとおばあちゃんもおじいちゃんも驚かなかった。それは救いだった。家の中は乾燥していて線香の匂いが微かに漂っている。なんだか懐かしかった。
お茶と和菓子をいただいてゆっくりしていると、なんだか自分が新たに更新されているような感じがした。そして突然、僕は誰かに愛されたいと思いはじめていることに気づいてとても驚かされた。いったいどうしたんだろう。僕の内にはどのような働きが始まっているのだ。
「おばあちゃん。しばらくお世話になると思う」
「そうかい。別に気にすることはないよ。自分の家だと思ってのんびりすればいいさ」
「ありがとう」
久しぶりに祖父母にあって暖かな気持ちになった。まるでマジックを使われたかのようだ。確かに魔法だった。
「ちょっと、外に行ってくるね」
「あまり遠くに行くんじゃないよ」
「うん」
家を出てから道をまっすぐ進むと昔映画で使われたロケ地の場所についた。高倉健が主演した映画、幸福の黄色いハンカチだ。
入場料を払ってセットで使われた家の中に入るとそこには一人の少女がいた。
「こんにちは‥」僕は言った。
「こんにちは‥」
「学生さんですか?」
「そうです。学校はさぼっちゃって‥」
「そうなんだ。実は僕もなんだ。札幌からきたんだけど。なんか突然来たくなっちゃってね。学校なんて楽しくないからさ、そうだ、夕張にいこうなんて思って」
「へえー、札幌から来たんだ。わたしは地元なんだけどね。なんにもないところでしょ」
「でも僕は大好きだな。なんにもないところがさ。だって札幌なんて有り過ぎてめまいがしちゃうよ。でも欲しいものってわりかしないんだよね。ただ眺めているだけ。もちろんお金が無いってこともあるけどさ」
「名前はなんていうの?」
「横山和樹。十六歳、高校一年生」
「わたしは池田果歩。同じく高校一年生」
「同じ年だね。ここはお気に入りの場所なんだ」
「うん。何かあるたびにここに来ているかんじ。大好きな場所なんだ」彼女はそういった。
「大好きな場所があるっていいよね。僕にもそういう場所があればいいのだけど」
「和樹君にもきっといつかは見つかるわよ」
「そうだね。焦ることはないんだ。ゆっくりと探すことにするよ」

こころに灯る

こころに灯る

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-01-18

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