感情とオートマトンの話

感情はオートマトンか?

 コンピュータについて学んだことのある人ならオートマトンというものを耳にしたことは一度くらいあるだろうけど、これを読んでいるあなたにコンピュータ知識があるという保証は全くもってないのだから、まずはオートマトンが何なのかを話させてほしい。
 オートマトンは一つの数学的構造だ。と言われても数学的構造なんて知らないという読者もそれなりに多いと思う。数学的構造は、いくつかの集合とその上の関係と、それらが満たすべきルールから成り立っている。数学的構造の典型的な例は群、環、体といった代数的構造だ。
 他にも身近なところでいくとベクトル空間は数学的構造の例としてふさわしいんじゃないかなって思う。高校の物理や数学の授業で、ベクトルは矢印だなんて教えてくれた先生がいるかも知れない。これはある意味で、正しいのかもしれないけども数学的構造というものを考える立場からするとあまりにも素朴すぎると感じる。ベクトル空間を数学的構造という見地から見たとき、それはベクトルと呼ばれる元の集合Vとスカラーと呼ばれる体K、0ベクトル、ベクトルの加法、ベクトルの加法逆元、スカラー乗法、と公理と呼ばれるいくらかの規則から成り立っている。高校で習った矢印としてのベクトルはベクトル空間の一つの例ではある。だけど他にも様々なベクトル空間の例が考えられる。例えば、実数のペアやトリプルはそれぞれをベクトル空間の元であると思うことができる。他にも、複素数のペアやトリプルも複素数をスカラーとするベクトルと思える。
 まあ、いろいろ言ったけど要は数学的構造はプラトンのいうイデアみたいなもんだと思ったらわかりやすいんじゃねとかおもうんだけど、ガチで哲学やってる人に聞かせたらマジギレされそうではある。ベクトル空間の数学的構造というイデアが具体的な矢印や数の組という形で影になっていると考えてみたらいい。ただ、数学の場合はイデアの内容を厳格にして、その影になるのは何なのかがはっきりとするようになっている。
 と、話はそれたけど、改めてオートマトンについて考えていこう。オートマトンもベクトルと一緒で構造を形つくっている集合は2つある。一つは記号の集合Σ、そしてもう一つは状態の集合S。この2つの集合の上には関係として、ΣとSからSへの遷移写像、Sの始状態、Sの終状態が定まっている。
 さてさて、こうして前提となるオートマトンの知識の解説ができたので本題に入れる。私がこの記事で考察したいのは感情はオートマトンかということである。私の回答は「部分的にそう」である。なぜ、こんな奥歯に物が挟まったような言い方をしなくちゃならないのかはおいおい分かる。
 さて、感情をオートマトンで考える場合重要なことはそもそも感情に記号の集合や状態の集合に相当するようなものがあるのかという問題である。まず状態であるがこれについては問題はないだろう。うれしいとか、かなしいとか、それぞれの感情を状態として考えることができる。では、記号列についてはどうだろうか。これについては、個々の具体的な感覚や思考を符号化したものの集合を記号の集合とすればいい。遷移写像についてであるが、これは精神分析学でいうところの防衛機制がこれに相当する。さてでは、始状態や終状態に相当する物はあるかといえば実はない。すくなくとも、私はそれに相当するものを発見できなかった。したがって、次が言える。感情はオートマトンという数学的構造を完全には持たないがそれに類似した構造を持つ。
 実を言うと、このように始状態や終状態のないオートマトン類似物やオートマトンは総じて状態遷移系と呼ばれている。感情は残念ながらオートマトンであると言えなかったが状態遷移系ではあったのだ。ちなみに状態遷移系は有向グラフと呼ばれるもので記述できる。感情についての模式図を書くと次のようなものだ。
(超自我の声)←(エスの声)⇄ (自我の声)
 実際にはエスの声は悲しみや怒りといった感情ごとに細分化されているし、自我の声は喜びや期待に分かれている。超自我の声は私達の希望であり昇華を成功に導く。精神分析で一度無意識にアクセスしなければならないのは、自我が直接的には超自我につながってはいないからなのだ。
 このように、抽象数学の概念を導入すれば、いままでの曖昧な心の議論をより洗練できるのではないかと、筆者は考えている。もちろん、議論をするひとが答えのでない議論を延々と続けるのが喜びと感じているのであればそれを私は引き止めはしないが、本当に未来への希望を求めるのならば自分たちのやり方に疑問を持ち、数学という希望に出会うということが重要なのではないかと考えている。

感情とオートマトンの話

感情とオートマトンの話

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-04-21

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