ヘビフリ

 時々一人になる。これは物質的な孤独ではなくて、人としての心の問題なのだけれど。
 言うなれば、同じベッドで大切な人と裸で寝そべりあっていたとしても、人は孤独になれる。ミニマムな人の心なんていう曖昧なものに、他者はどうしても物的に触れることは出来ないから。
 友達が何人いようが、運命の人と何回やり直そうが、両親にどれだけ愛されていようが、この寂寥や隔絶は人が人である以上避けられないもので、寧ろそういった詰めることの出来ない一定の距離感は人にとって、心身を守るうえで必要な機能なんだとも思う。
 心理学ではこの人と人との心の間合いをバウンダリ-なんて言うし、昔流行ったアニメではその境界線を壊した人間は液体になってパシャっと融けた。つまり、僕らが生きていくうえでこの心の反応は寂しくも健全と言えるわけだ。……たぶん。
 話を戻すけれど、当然、僕もまた心がポツリと暗闇に置いていかれたような孤独感を、ふと突然覚えることがある。
 それは雲ひとつない青空を見て感じるときもあるし、最寄りに止まらない急行をホームで見送るときに感じることもある。
 何度も言ってくどいようだけれど、そういう心の反応は人として適正なもので、なにか変なことでもない。ただ今回こうしてお話し……というか相談させてもらいたいのは、きっと類のない特殊なことだと思うし、僕が真にこの出来事に悩んでいるからだ。

 初めてそれが起こったのは何年か前の三月だった。三月にしては珍しく雪が降った日で、僕は一人で帰りの通学路を歩いていた。
 降る雪を踏みながら俯いて歩いていると、体温と一緒に心の温度まで下がっていくような気がした。珍しくもない。色々過ぎ去っていく学年末でもあったし、今はもう忘れてしまった思春期ながらの何か悩みでもあったのかもしれない。そこで僕は酷い孤独感に苛まれた。足を止めてしまって、なんだか理由もないのに泣きそうになってしまった。
 そのとき、なんの脈絡もないのだけれど、僕の目の前に一匹の大きなアオダイショウが空から降ってきて、大きな音を立ててアスファルトに叩きつけられた。
 それからその降ってきた蛇は這いつくばりながら僕に向かって大きな口を開けると、トロトロとその口から赤い血を流して、クタリと動かなくなった。
 衝撃的だった。あまりにも絵面がショッキングだし、唐突すぎる。
 空を見上げてみても、雪の降る灰色の空には飛行機も蛇を食べるような鳥もなにもいない。文字通り蛇は降って湧いた。
 そうして立ち竦んでその場に呆然としていると、また不思議なことに、蛇はうっすらとその存在を希釈していって忽然と消えてしまった。
 そうした出来事が、すでにこの世界の常識的なものから幾分逸れてしまっているような気もするけれど、なにより重大なことは、そうした出来事に対する僕の心の反応だった。
 蛇が降ってから、僕の心のようなものが酷く熱く刺激を受けたような気がしていた。
 何を言ってるのかよくわからないと思うけど、皮膚を思い切り平手で叩くと熱く痺れて赤くなるみたいに、僕の心が物的質量を持って、そこに蛇を叩きつけられたような気がした。冷たく寂しい僕の孤独に、色々な障害をぶち破って蛇を投げ入れられたみたいだった。
 
 それからというもの、僕がまたふと孤独を感じたとき、蛇は降って死んで消えるようになった。
 例えば、数学のテスト中、バスの中、初めて彼女と寝たとき、新しい靴を買ったとき、散髪中、枕を変えた夜や自転車がパンクしたとき。蛇は降って、降って、降って、降って、降って、降って、降って。そして僕の孤独を紛らわすと、血を吐いて死んでいった。
 幸いなことに、このおかしな現象はどうやら僕にしか見えないようで、変に人や物事を混乱させることはなかった。ただ、また悪いことも同じで、この現象が僕にしか見えないばかりに、誰にどう相談したところで、苦笑いと嘲笑しか返ってこない。

 改めて、人がたとえどれだけ恵まれて満ち足りていたとしても、ふとした拍子に孤独感に苛まれることは、当然心の反応としてあるものだと僕は思っている。
 ただそうした、良い言い方をするなら感傷に浸るとき、決まって僕の目の前には蛇が降ってくる。そうして半ば強制的に僕の心にそいつは侵入して、厚かましくお節介に僕を一人にしてくれない。
 僕の心は孤独になれないばかりに、次第に破壊されるんじゃないかなんて思う。そうして心の限界がくれば、僕の身体もまた例のアニメのようにパシャと融けて消えてしまうんじゃないかなんてずっと考える。
 どうか笑わないで。この降る蛇をどうしたら止めれるのだろう? それとも実は皆の足元にも何かしら降ってきているのか? それを知らないように、見ないように生きているのだろうか。だとしたらどうかその方法を、そうした生き方を僕に教えてほしい。そしてこんな奇怪な嫌がらせを受けている人がどうか僕だけでないと、僕が孤独でないと教えてほしい。
 
 あぁ、また降ってきた。

ヘビフリ

ヘビフリ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-04-13

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