無題詩三編

死者を神殿として祀れ、生者を花として捧げよ
       ──パウル・ツェラン

  無題

 わたしの花のやうな柔い輪郭は
 鈍い切先の花々によろめひてさけびを洩らす──幽かに
 それは花と花との結はれぬ関係の裡に
 弧を曳く関係 わたしは花を弓によつて吹く──青空に

 (きず)負ふを(きず)と刻み剥ぐうごきにうごく生は
 花としてのわたしの生を玲瓏水晶へと醒ますか──明晰に
 花々の千々な対立に硬化したわたしは
 鋼の輪郭をひりつく如く晒し彫刻(レリイフ)の背骨とし起立する──高空に

  *

 わたしがわたしを喪つて往くことで、
 わたしは「わたし」を立たせうる──めざめなさい



  無題

 かの空のおくゆきの冷然な燦爛な、
 毀れた刹那の古代めくゆびおとの金属organを──わたしは聴いた
 それが空の響かせた追憶であつたか──
 それがわたしの胸中で絞めるやうに鳴つた幻聴であつたか──

 何れであるかわたしの躰に見透すことあたはない
 されど 唯これだけは云へるのだ──
 その毀れて了つた庭園が嘗て空に宿りてあつたこと
 その庭園はみずからのゆびの狂気に砕かれ不滅へと喪失したこと

  *

 或いはかの亡き玲瓏な毀音(こはれね)はわたしの湖より
 其処よりいきれされた非-不滅のわが恨みがましい一途であつたか──



  無題

 かの花君はさうしてわが身を透む管を徹して往きました──
 零落(おちぶ)れの曳摺(ひきず)る爪音はふしぎに澄明なる長調、
 さながら天衣無縫の昇る勇敢のあかるみの失意にうらぶれ、
 悠々たるおつとりとした丈夫のうごきへ夕暮て往きもしました──

 花の君よ かの花君よ──
 その匿名の純粋なanemoneをおなじ花々へ(はなむけ)するな
 その柔い肉感ともども地獄に清んだ管へ抛り淪落(おと)せ──
 歌といふ弓矢の悲願のみへ鋼へ引剥いで蒼穹へ吹け──

  *

 君の歌が曳摺り落すのは偽りの神でない、聖性というわが身だ、
 されば闘ふ君は 淋しい程に花であつたことだ──

無題詩三編

無題詩三編

【詩集】 [無題] [無題] [無題]

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-04-08

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