ポケットモンスター対RPG
世論がポケモンとそれ以外のモンスターを同一視していたポケモン冷遇時代……
魔王がモンスター群に世界侵略を催促した事が発端となり、ポケモンや召喚獣すら極悪害獣として扱われ、人間に虐げられていた。
推奨レベル到達の為なら蹂躙すら厭わない利己的で乱暴な勇者マドノとポケモンの地位向上と名誉回復の為に魔王軍と戦うポケモントレーナー・グートミューティヒがぶつかり合う時、魔王軍に侵略されてポケモンを冷遇する世界の命運が変わる!
pixiv版→https://www.pixiv.net/novel/series/11820780
ハーメルン版→https://syosetu.org/novel/341262/
暁版→https://www.akatsuki-novels.com/stories/index/novel_id~29425
第0話:戦う者……
物語は、ポケモンとそれ以外のモンスターが同一視されていたポケモン冷遇時代。
魔王がモンスター群に世界侵略を催促した事が発端となり、ポケモンや召喚獣すら極悪害獣として扱われ、人間に虐げられていた……
ポケモン以外のモンスターを従えて人間社会を侵略する魔王と推奨レベル到達の為なら蹂躙すら厭わない利己的で乱暴な勇者一行の対立により、ポケモン達は更に窮地に立たされていた……
そんな中、1人の10歳児がある目的を果たすべく旅をしていた。
「んっな!?」
男性は男子トイレから少女が出て来たので驚いた。
「ちょっとちょっとちょっと!」
「どうかしましたか?」
一方の少女は声を掛けられる理由が解らず困惑する。
だが、男性の方は先程の光景が余程凄まじかったのか、どうしても声を掛けずにはいられなかった。
「本当にそっちで良いの?」
「何がですか?」
この違和感に全く気付いていない事に驚く男性。
「何がって……そっちは男性用だよ」
少女は男性が何で慌てているのかが漸く理解し、小さくガッツポーズをした。
「よし!」
一方の男性はガッツポーズの意味が解らず少し混乱する。
「良しって、本当に良いの?」
「何がって、|容姿の事ですよね?」
少女の言ってる言葉の意味を全く理解出来ない男性。
「これって……どれ?」
少女はここでネタバラシをする。
「|容姿、実は趣味なんです」
男性は、しばらく沈黙したのち、大袈裟に驚いた。
「……|女装ぉーーーーー!?」
「はい。頑張って女の子ぽい容姿にしたんです」
あっけらかんと答える少女風少年の言葉に困惑する男性。
「あ……そうなの……」
困惑する男性は、ふと少女風少年の胸が気になった。
「で、胸の所に丸い物を2つ入れてる訳ね?」
しかし、この男性が驚くのはまだ早かった。
「いいえ」
「……いいえぇーーーーー!?」
「これは、女性化乳房と言う病気だそうです」
男性の混乱はピークに達しているが、少女風少年のネタバラシはまだまだ続く。
「ただ、僕の場合は転送魔法で皮下脂肪を胸に集めながら治療魔法で乳腺の発達を促進したんです。いわゆる、人工混合性女性化乳房です」
男性はこの少女風少年に話しかけた事を後悔した。
「そんな事……出来るの?」
「出来ますよ。僕はプリーストなんで」
「この歳でもう中級兵種なんだ。君凄いね……って!そうじゃなくて!」
そんな男性の混乱に対し、少女風少年は急に話題を変えた。
「それより、この辺の悪さをしているモンスターはいませんか?」
「?……」
ぽかぽか陽気の平原を歩いていた筈の旅人2人が急な吹雪に苦しんでいた。
「何だこの寒さは……このエリアは温暖と聴いていた筈だが」
「取り敢えず街に急ごう!其処で暖をとるんだ!」
しかし、それを阻む様に複数のコウモリが行く手を阻んで包囲する。
「しまった!?この吹雪は魔王軍の仕業か!?」
2人は咄嗟に剣を抜くが、どこを攻撃すれば良いのかが解らず焦る。
「このコウモリを操ってる親玉はどれだ!?」
「くそ!この吹雪で前が見えない……」
その隙に、1人の貴族風の白服の少年が男の首に噛みつき、一気に血を吸い尽くした。
「がっ!?……あ……あ……ぁー……」
ついさっきまで隣にいた同胞が目の前で死んだ事でもう1人はパニックに陥り、乱暴に剣を振り回す。
「うわぁーーーーー!来るな!来るなぁーーーーー!」
だが、一方の白服の少年は冷静に余裕を魅せながら、脅す様にゆっくりと獲物と見定めた男に近付く。
「もう遅いよ。君はもう……僕様のおやつだ」
旅人の命運は既に尽きた……と思われたその時!
「ブビィ!ひのこ攻撃だ!」
文字通りの火の粉程度の火炎放射だったが、それでも旅人達を食い殺そうとした白服の少年を怯ませるには十分だった。
「あっち!?熱熱熱熱っ!」
これを起死回生のチャンスと捉えた旅人は冷静さを取り戻し、剣を正眼に構え直す。
「これは……初歩的な火炎魔法か?だが何だ?その程度でこの慌て様は?」
旅人がキョロキョロと火炎魔法を使ったと思われる人物を探していると、そこにいたのは、先程男子トイレの前で声を掛けた男性を混乱に陥れた少女風少年で、その足元には3匹の小さなモンスターが仕えていた。
「何だ?あの子の隣にいる小さなモンス―――」
旅人が少女風少年に声を掛ける前に、火の粉程度の炎を浴びせられた白服の少年が怒鳴り散らした。
「誰だ!貴族系モンスターであるヴァンパイアの亜種である僕様に火を浴びせた無礼者は!」
対する少女風少年は気合十分で名乗りを上げた。
「僕はグートミューティヒ!優秀なポケモントレーナー目指すプリーストだ!」
それに引き換え、グートミューティヒの言ってる事が理解出来ない旅人。
「ぽけもん?何それ?」
それを聞いたグートミューティヒは簡潔に説明した。
「ポケモンは……あそこにいる粗暴で不潔な獣と違って僕達人間と仲良くなれる清いモンスターの事ですよ」
でも、旅人はやはり解らない。
「モンスターと……仲良くなる……不可能だ!」
それに対して、グートミューティヒは説教を垂れた。
「直ぐそうやって早々と諦めたら、未来は決められた道を無理矢理歩かされるだけですよ」
「……そう言う物なのか?未来は?」
「そう!そう言う物です!未来と諦めの関係は!」
半ば無視される形になった白服の少年が大激怒する。
「貴様らぁーーーーー!さっき僕様に火を浴びせると言う無礼を働いておきながら、あっさり僕様を蚊帳の外だと?無礼にも程があるぞ!?」
対するグートミューティヒは余裕で挑発する。
「さっきこの近くの街で聞いた『季節外れの吹雪に血を吸われた』と言う都市伝説がどんなものかと思えば、出て来たのは野蛮な小物かよ?」
白服の少年の怒りはMAXに達した。
「そこの小娘……貴様を即死はさせん。手始めに貴様を冷凍保存し、じっくり何十年もかけて血を少量ずつ搾り取り、ゆっくりと貧血死に追い込んでやる」
それを聞いたグートミューティヒが悪戯ぽく白状する。
「僕は男性ですけど、それでも良いんですか?」
だが、助けられた旅人は信じなかった。
「その格好で今更そんな嘘を吐いても、もう通用しないと思うぞ」
一方、白服の少年は6つの雪玉を発生させてジャグリングの様に操りながら浮遊する。
「ふふふ、その減らず口……このスノーヴァンパイアの前で何歳まで吐き続ける事が出来るか楽しみだな?」
白服の少年の名を聞いた途端、グートミューティヒは更なる挑発を加える。
「スノー?つまり君のタイプは氷って事だよね?何が苦手か判り易いから改名した方が身の為だよ」
「!?……そこの糞女……僕様の種類名まで侮辱するか?この……人間と言う名の餌風情があぁーーーーー!」
スノーヴァンパイアはジャグリングの様に操っていた6つの雪玉を次々と投げつけながら6体のコウモリを召喚し、6体のコウモリが次々とグートミューティヒに向かって飛んで行く。
だが、グートミューティヒと2匹の小さなモンスターは簡単に避けてしまった。
これには先程まで翻弄されぱなしだった旅人も感心する。
「凄い……ちゃんと敵の攻撃を冷静に対応している」
スノーヴァンパイアも少しは感心する。
「ほう?少しは動ける様だな?」
だが、これがかえってスノーヴァンパイアを冷静にしてしまった。
「で、今の攻撃を何回躱せるか楽しみだな?」
そして、スノーヴァンパイアは再び6つの雪玉を発生させてジャグリングの様に操る。
だがここで、旅人にとってもスノーヴァンパイアにとっても予想外の事が起こった。
コウモリがスノーヴァンパイアの首を噛んだのだ。
「何!?」
「コウモリがヴァンパイアに逆らった!?」
スノーヴァンパイアは怒り狂った様にその裏切りのコウモリを投げ捨てた。
そして、この裏切りがグートミューティヒのせいだと決めつけたスノーヴァンパイアはグートミューティヒを問い詰めようとするが、
「貴様、何をした!?」
既にグートミューティヒ達の姿は無かった。
「何!?どこへ消えた!?」
その時、積もった雪の中から2つの影が飛び出し、背後からスノーヴァンパイアに飛び掛かった。
そして、グートミューティヒはその2つの影と裏切りのコウモリに指令を下した。
「ピチューはでんきショック!ブビィはひのこ!フシギダネはつるのムチ!ズバットはちょうおんぱだ!」
ズバットの超音波を受けて頭を抱えるスノーヴァンパイア。
「ぐわぁー!?頭が?」
そこへ、フシギダネのつるのムチがスノーヴァンパイアを怯ませる。
「ぐうぅ……」
スノーヴァンパイアの警戒心が前方に集中しているその隙に、ピチューとブビィがスノーヴァンパイアの背中を攻撃し、スノーヴァンパイアを火達磨にする。
「があぁーーーーー!?」
「やったか!?」
そして、力尽きたスノーヴァンパイアが黒焦げになりながら落下した。
「馬鹿な……この僕様が……」
それに対し、グートミューティヒはスノーヴァンパイアの誤算を指摘する。
「馬鹿なって言うけど、アンタは事前対策が取り易かったぞ?その名前のせいでどの攻撃が通用するか解るし、アンタが煙幕代わりに発生させていた吹雪のお陰で身を隠す為の雪の確保も簡単だったし」
そんなグートミューティヒに対して悔しそうに呟きながら力尽きるスノーヴァンパイア。
「……策士……め……」
そして、スノーヴァンパイアが死んだ直後に旅人の行く手を阻んだ吹雪が止んで晴天が広がった。
「おぉー!やった!」
「何ぃー!?今回の事を誰にも言うなどだとぉー!?」
グートミューティヒの懇願を聞いて彼に命を救われた旅人は驚く。
「あんなに大活躍したのに、それを誰にも言わずにか?」
「はい」
だが、グートミューティヒには切実な理由があった。
「僕の正体がバレると、この……」
スノーヴァンパイア討伐に協力してくれた小さなモンスター達をチラッと見ながら残念そうな顔をするグートミューティヒ。
「ポケモン達が可哀想な事になりますから」
旅人は理由を聞いて納得する。
「……確かに。モンスターが魔王軍と戦っていると言っても、誰も信じてはくれまい」
だが、理解は出来ても了承したくない何かが有った。
「だが!それだと君の……君達の手柄や名声はどうなる!?」
その質問に、グートミューティヒは力強く答えた。
「気長に待ちますよ。世界中のみんなが、ポケモンの事を本当に解ってくれるその日まで」
旅人は、グートミューティヒの小さな背中が巨山の様に大きく見えた。
「まるで修行僧の様な生き方だ……あんな歳で。あんな心で」
こうして、グートミューティヒはポケモンに関する陰惨な誤解に苦しみ、ポケモンから手柄や名声を横取りしたと言う罪悪感を背負い、それでも到来を待ち望む未来を切望しながら前へと進むのであった。
ポケモンとそれ以外のモンスターを同一視する世論に支配され、魔王軍の侵攻によってポケモンを含めた全てのモンスターが敵視されるこの世界を旅するポケモントレーナーのグートミューティヒの未来は……光か?闇か?
その後、とある町に訪れていたとある冒険家一行にスノーヴァンパイアの戦死の報が伝わった。
「スノーヴァンパイアが倒されたって!」
一行の一員である女流ウォーロックが慌ててリーダー格の男性に報告するが、肝心のリーダーはどこ吹く風で聞き流した。
「だからどうした?」
「だからって、また先を越されてるんだけど」
「お前は馬鹿か?」
女流ウォーロックは何で怒られているのかが解らず困惑する。
「いや、馬鹿って」
だが、リーダーはそんな事お構いなしに説教を垂れた。
「この俺に功を焦らせる心算か?」
「でも、そのスノーヴァンパイアを斃した冒険家の方が凄いって―――」
女流ウォーロックは食い下がるがリーダーは聞く耳を持たない。
「奴の討伐推奨レベルはたったの10!そんなビギナーズラックでも倒せる奴を先越されたぐらいでビビってんじゃねぇよ!」
女流ウォーロックはもう何を言っても無駄だと判断し、取り敢えず謝った。
「……すいません」
でも、リーダーの説教は終わらない。
「そんな事より、俺達の仕事は魔王の討伐だろ!?ちゃんと経験値を稼いで、ちゃんと魔王討伐の推奨レベルである70以上になれば、この程度の遅れは直ぐに取り戻せる!功を焦ってレベルアップを怠るあわてんぼうなんかほっとけよ!」
「……解りました」
リーダーは説教を終えると、他の仲間に指示を出す。
「と言う訳だから、この先の遺跡でレベル上げするぞ。取り敢えず、牛乗りオーガの討伐推奨レベルである33を目指すぞ」
それを聞いた大男が嬉しそうに頷く。
「うむ!解りました!」
女流ウォーロックも根負けして渋々賛同する。
「解ったわ」
ただ、このメンバーの中で最年長と思われる男性だけは賛同を渋った。
「またかよ。ちょっとはこの町のかわいこちゃんと楽しませてくれよ」
「馬鹿な事を言ってんじゃねぇよフノク。おら、行くぞ」
フノクと呼ばれた男は不貞腐れながら渋々同行する。
「たく、このチームはただでさえ華が少ない上に、唯一の華がこんなに(胸が)小さいのだぞ?」
その言葉に女流ウォーロックが怒った。
「女性を胸だけで判断するんじゃないわよ!この歳でまだ中級兵種のクセに!」
「そう言うマシカルこそ、この歳で上級兵種は早過ぎた様だな?お陰でMPに胸を吸い取られている」
「何ですってぇ!?」
流石にこの展開は不味いと思ったリーダー格が慌ててとりなす。
「解った!解ったから。2人共その怒りをもう直ぐ俺達の経験値になるモンスター共にぶつけてくれ」
それを聞いた大男もリーダーの言い分に賛成する。
「そうですぞ2人共。ここは星空に選ばれた勇者であるマドノ殿の顔を立てると思って」
だが、マシカルは大男のニヤニヤ顔が気になっていた。
「その割には嬉しそうね?」
とは言え、これ以上の揉め事は不味いと思った星空の勇者マドノ率いる勇者一行は、一路経験値稼ぎを兼ねた遺跡探索に出掛けた。
それは……その遺跡やその近くに在る森に暮らすモンスターとポケモンにとっては災厄と終焉の訪れでしかなかった……
グートミューティヒ
年齢:10歳
性別:男性
身長:139.1cm
体重:36.6㎏
体型:B83/W55/H72
胸囲:F60
職業:ポケモントレーナー
兵種:プリースト
趣味:ポケモン飼育、女装、育乳
好物:ポケモン、騎士道
嫌物:ポケモン虐待、卑劣漢
特技:女装
ポケモントレーナーの地位向上を目的に勇者マドノ率いる勇者一行の仲間入りをしようとした新米ポケモントレーナー。だが、マドノの残忍さと冷血さを目の当たりにして早々とマドノを見限った。
普段はお人好しで義理堅いが、感情の起伏が激しく状況によって一人称がコロコロ変わる。基本的な一人称は『僕』。因みに、女の子っぽい容姿は趣味であり、治癒魔法や転送魔法などを駆使して両性女性化乳房(胸部肥満化と乳腺発達の混合)を発症させるなど、かなり徹底的である。
観察と戦術に優れている一方、生来の優しさと前述のマドノへの軽蔑からレベルアップを目的にした経験値稼ぎを疎かにする事が多い。
第1話:失望と決別
とある森でゴブリンの群れと男女4人組が乱闘を繰り広げていた。
そのゴブリンと戦う4人の構成は、
メンバー最年長だが、巨乳好きで女癖が非常に悪い拳闘士のフノク。
一見すると無口で物静かに見えるが、戦闘になると邪な笑みを魅せる事があるアーマーナイトのンレボウ。
生真面目で練習熱心だが、貧乳(AAAA70)がコンプレックスで名声欲が旺盛な女流ウォーロックのマシカル。
そして……星空に選ばれた星空の勇者だが、推奨レベルに到達する為なら蹂躙すら厭わない利己的で乱暴な勇者のマドノ。
と……どれも問題点が多い構成だが、歴代の星空の勇者の名高い功績のせいか、星空の勇者であるマドノとその仲間達に文句を言う者は、今のところ1人もいない。
ま、大衆の殆どがこの言葉を聞いていない事も原因ではあるが……
「お前ら!こいつらを1匹も逃がすなよ!」
マドノの非情な命令に対しンレボウは嬉しそうに頷いた。
「うむ!」
それに引き換え、同胞の絶望的な劣勢に臆した複数のゴブリンが恥を捨てて逃走を図る。
「コンナノト|殺リ合ッテタラ、命ガ幾ツ有ッテモ足タリネェゼ!」
「アイツラ強過ギルゥー!」
だが、|運悪く《・・・》マドノはそれを見逃さず、マシカルに非情な命令を下す。
「あいつらを討て!」
マドノの命令に従ってマシカルが呪文を詠唱すると、1人の少女が慌ててマドノの腕を握った。
腕を握られたマドノは、不満そうにその少女を問い詰めた。
「お前、そこで何をしている?」
少女は臆せずマドノに異見する。
「奴らは既に戦意を失ってる!これ以上の攻撃は既に戦闘の外だ!」
だが、マドノは少女の訴えに非情な反論を吐きかける。
「お前は俺達の経験値稼ぎを邪魔する気か?それに、お前は馬鹿か!」
「馬鹿?この僕が?」
「そうだよ!あいつらはただのモンスターだぞ!それを逃がしてどうすんだ?えー!?」
その間もマシカルは詠唱を続けていた。
「で、|竜巻どうするの?」
少女が慌てて叫ぶ。
「やめろ!この戦闘は既に君達の大勝利で終わっている!これ以上の弱い者虐めはMPの無駄遣いだ!」
しかし、フノクが少女の背後に回り込んで年齢不相応な大きさの胸(F60)を揉んだ。
「わっ!?何だこのおっさん!?」
「うーん、デカくて柔らかいのぉ♪どこぞの堅物魔導士とは大違いだ♪」
女好きで女癖が非常に悪いフノクの悪い癖が出たのだ。しかも、さりげなくマシカルの貧乳を批判したのだ。
「だったら……|竜巻を|フノク《あんた》にぶつけるよ?」
「ちょっと待って!それだと僕にも当たる!」
だが、マドノはマシカルに向けて非情な命令を下す。
「何をもたもたしている?さっさとさっきのゴブリンを討てよ」
それを合図に、マシカルは風系の上級魔法を発動させる。
「あのアホを撃てないのは心残りだけど解ったわ」
「ちょっと。くすぐったいからやめて。と言うか……両方ともやめろぉーーーーー!」
「エクスカリバー!」
「やぁーーーーーめぇーーーーーろぉーーーーー!」
少女の悲痛な懇願の悲鳴は利己的で乱暴なマドノの耳には届かず、マシカルが発生させた竜巻が逃走中のゴブリン達を次々と消滅させてしまった。
「グギャアァー!?」
「ヒドスギルゥー!」
止められなかった目の前の惨状に、フノクに背後から胸を揉まれ続けながら愕然とする少女。
流石のマドノもフノクの場違いの行為に苦言を呈する。
「何時までやってるフノク?|セクハラ《それ》が俺達の経験値稼ぎに役立つのか?」
「いやぁ、久々の眼福だった者でついな」
そんな蹂躙後とは思えぬ暢気な会話に失望した少女は、自分にセクハラを続けるフノクへのお仕置きを兼ねたネタバラシを実行した。
「……そんなに僕の体を触りたいなら、僕の股間も遠慮無くどうぞ……」
「え?良いの♪」
「おい!?」
マドノの制止を無視して少女の股間を触るフノクだったが……
「それじゃ、遠慮無く♪……何!?」
慌てて後ろにジャンプしながら臨戦態勢をとるフノク。それに対し、マドノ達は何の事か解らず困惑する。
「ん?どうした?他に敵が居るのか?」
フノクは慌てて少女を指差して罵る。
「き……き……貴っ……様……何であんな立派な胸を持つ女のクセに……あそこに竿と玉が有るんだぁーーーーー!?」
マドノ達はやっぱりフノクの言ってる意味が解らない。
「……竿?」
「玉って何よ?」
それに対し、少女は非道なマドノ達を睨みながら自分の正体を明かした。
「竿も玉もどっちも自前!で、転送魔法と治療魔法で作ったこの胸は女性化乳房!つまり!僕は男だ!」
少女(?)の突然の白状に驚くマドノとフノク。
「お前、女装好きだったのか」
「おのれぇ……騙したなぁーーーーー!」
一方、マシカルは少女(?)の巨乳の秘密に興味津々だった。
「え?巨乳って魔法で作れるの?」
しかし、少女(?)はマシカルの質問には答えず、一方的に自己紹介を始めた。
「僕はプリーストのグートミューティヒ!10歳で女装男児だ!」
だが、グートミューティヒの自己紹介はフノクの怒りの炎に油を注ぐだけであった。
「殺すぞ!クソガキ!」
しかし、マドノは経験値稼ぎになるモンスターじゃないと判断すると、急にグートミューティヒへの興味を失った。
「やめろフノク。こいつは人間だ。殺人犯になるぞ」
「何故止める!?こいつへのお仕置きはどうなる!?」
フノクは不満だったが、もう戦闘が終わったからかンレボウは素直にマドノの命令に従った。
「マドノ殿が次と仰っておっれるなら、早々に次へ行くのが筋では」
マシカルもグートミューティヒの巨乳の秘訣を訊き出したかったが、その時間は無さそうと悟った途端に興味を失った。
「どうせ、私は攻撃魔法担当だしね……行きましょ」
フノクだけは不満げな表情を浮かべながらグートミューティヒを睨む。
「許さんぞ……グートミューティヒとその顔、憶えたぞ」
グートミューティヒは、フノクの殺意に満ちた睨みに少し怯え引いた。
(怖いな……あの人達……)
そして、グートミューティヒは困った事になった。
(これで……星空の勇者の仲間になる事は無くなったな!)
とは言え、落ち込んでもいられないし停まってもいられない。
(ま、あんな手加減知らずの人でなし達に魔王退治を任せたら、モンスターどころかポケモンまで絶滅するわな!)
星空の勇者マドノ率いる勇者一行の残酷な本性を知ってしまったグートミューティヒは少しだけ困った。それは、家出してまでこの旅を行った理由に起因する。
元々は人類の安全な暮らしの為にモンスターの研究と観測を行っている学者達の息子だった。
グートミューティヒの育ての親達は、モンスターを観測している内に大きく分けて3つの分類出来ると結論付けた。
狂暴で残酷な『モンスター』。
他のモンスターよりは可愛くて大人しい『ポケモン』。
魔導士が使役する使い魔『召喚獣』。
だが、この論文はモンスターを敵視する世論が否定し拒否し、モンスターを分類する気がまったく無い世論はポケモンや召喚獣をも凶悪害獣として認識してしまう。無論、世論ですらこれなのだから、兵士や冒険者もモンスターだけでなくポケモンすら平気で攻撃する。
この様な状況に対して世論に拒絶された正論しか言えない研究者達は為す術が無く、目の前のポケモンを秘密裏に保護するのが関の山だった……
それを見かねたグートミューティヒは、星空の勇者マドノが遂に魔王退治に出発した事を知り、居ても立っても居られずに育ての親達が開発したポケモン捕縛・携帯用武器『モンスターボール』を持ってマドノ達を探す旅へと出かけて行った。
「行くのか?」
「はい。このまま僕達が動かなければ、ほんの一握りのポケモンしか保護できずにいずれはポケモンは絶滅してしまいます」
研究者達は「自分達の論文が常識を覆すまで待て」と言いたかったが、その結果が世論から狂った非国民扱いされる日々であり、自分達の論文がポケモン保護に全く役に立っていない事は既に明らかであった。
でも、
「戦うと言う事は、何時何処で理不尽な死を迎えるか解らない事を意味するのだぞ」
「実戦はお前が思っている程甘くない。失敗したら痛がりながら死ぬ事になるぞ」
研究者達の言い分に少しだけ引いてしまったグートミューティヒだったが、それでも……彼の決意は固かった。
「確かに僕だって死ぬのは怖いです。でも、ポケモンだって死ぬのは怖い筈です!」
グートミューティヒの目に決意が宿る。その表情はまるで信義のいくさ人であった。
「だからこそ……僕はまだ死にたくないからこそ、ポケモンの事を何も解っていない人達が理不尽にポケモンを殺すのを観ていられないんだ!」
そんなグートミューティヒの固い決意と信義に圧倒される研究者達。
「僕は知ってる。人間とポケモンは仲良くなれる事を。けど、モンスターを恐れ敵視する人達はそれを知らない。それは気の毒だ!だからこそ、ポケモンが魔王の手先となった悪いモンスターを倒して人々を護れは、いずれは解ってくれると思うんです」
と、偉そうな事を言って旅立ったまでは良かったが、その結果がレベルアップの為なら蹂躙や逃亡者への追い討ちすら厭わない勇者一行の殺戮行為の目撃だった……
(駄目だな……あんなのと一緒に旅をしたら、僕まで悪者扱いされちゃうし、それに、あいつらは多分平気でポケモンを殺せるぞ?)
かと言って、今更研究者達の許に帰る訳にもいかない。
(八方塞がりになっちゃったなぁ……どうしよう?)
今後の予定が全てご破算となって困惑するグートミューティヒの近くで不満そうにブツブツ言う男性がいた。
「あれ?どうかしました?」
が、グートミューティヒを年端も行かぬ少女と勘違いした男性は、乱暴な言い方で追い払おうとした。
「お前じゃ無理だよ。家に帰ってママに甘えてな」
マドノの事で少しイライラしていたグートミューティヒは、売り言葉に買い言葉と言わんばかりに男性を挑発する。
「そう言うアンタだって無理って事でしょ?歳って、ただ無駄に増やすだけじゃ何の意味も無いんだね?」
馬鹿にされた男性が激怒した勢いでつい悩みの理由を言ってしまう。
「ふざけるなよ!こっちはホワイトクロウが大量発生して困っているって時に!」
グートミューティヒにとってはそれだけで十分だった。
「つまり、そのホワイトクロウを倒せば良いですよね?」
「はぁー!?簡単に言ってんじゃねぇよ!それが出来れは苦労はしねぇよ!」
「言ったな?もう取り消せないぞ?で、場所は?」
結局、グートミューティヒの挑発に屈してホワイトクロウが大量発生している地域に案内する羽目になった男性。
「ここだよ」
その途端、嘴を赤く染めて所々赤いブチ模様が付いた白鳩達が一斉にグートミューティヒ達を睨んだ。
「これは……確かにホワイトクロウの大安売りだね?」
血肉を喰らい、血肉の味を覚えてしまった白鳩『ホワイトクロウ』。
普段は枝の上に停まって獲物の様子を窺い、隙を視て獲物に飛び掛かる狡猾な鳥系モンスター。1匹1匹は大した力は無いが群れで生活する事が多く、数に物を言わせる戦法は油断すれば熟練者ですら死ねる程である。
「そんなに美味そうかい?僕のこの……転送魔法と治療魔法で作った乳房が」
それを聞いた男性が少し驚く。
「お前、魔法使いだったのか?」
「いいえ、プリーストです」
「プリーストぉー!?なら、その神聖魔法でこいつらを一掃してくれよ!」
だが、グートミューティヒが使用するのは魔法じゃない。ポケモンを保護しようとする少数派の研究者達から選別で貰ったモンスターボールだ。
「いや……こいつらの掃除は、こいつらがやってくれる!」
そう言うと、グートミューティヒはモンスターボールからブビィとバニプッチを取り出すが、
「うわあぁーーーーー!モンスターだあぁーーーーー!」
「ちょっと!違うって!こいつらはポケモン―――」
「うわあぁーーーーー!騙されたあぁーーーーー!こいつは魔王の部下だあぁーーーーー!あぶねぇ逃げろおぉーーーーー!」
「話を聴けぇーーーーー!」
グートミューティヒは、改めて世論がポケモンをどう扱っているのかを再確認させられた事に悲しくなり……そして不満になった。
その間、ずーーーーーと飛び掛かるチャンスを待ち続けたホワイトクロウがまだグートミューティヒを睨んでいた。
グートミューティヒはそんなホワイトクロウ達を睨み返した。
「……丁度良い……しばらく僕達の憂さ晴らしにつきあって貰うよ……」
グートミューティヒを魔王の部下と勘違いした男性が複数の兵士達を連れてホワイトクロウが大量発生している地域にやって来た。
だが、報告を受けた兵士達が見た物は、
「……既に戦闘は終わったみたいだぞ?」
完全に怯えていた男性は言ってる意味が解らなかった。
「……へ?」
しかも、恐怖のあまり前が見えないのも兵士達の言い分の意味が理解出来ない事に拍車をかけた。
「でも……でも!あのモンスターは確かに年端もいかぬ―――」
「いや……既に誰もいないから」
「いない?本当に何もいないんですか!?」
兵士達は臆病過ぎて自分達の台詞を信じない男性の事が段々面倒臭くなってきた。
「そこまで言うのなら、実際にその目で確かめて視ろ!」
「うわっ!?」
兵士達に突き飛ばされた男性は、自分をモンスターに差し出した兵士達を必ず訴えると誓った!
……と思いきや、
「あいて!?何をする……なんだ……この……大量の鳥の死骸は……」
そう。
グートミューティヒは自分を襲ったホワイトクロウを全て撃破して悠々とこの場を去っていたのだ。黒焦げになり氷漬けになり何かでぶん殴られた者までいた。
少なくともその数は30体に及んだ。
「まさか……あの子は本当にここにいた大量のホワイトクロウを」
出番を失った兵士達がお騒がせな男性に悪態を吐く。
「お前、そのホワイトクロウを討伐していた熟練者をモンスターと勘違いしていたのか!」
「でもでも!……」
男性は兵士達の問いに対する返答に困った。
グートミューティヒは確かにモンスター(正確にはポケモン)を従えていたが、それを目撃したのは自分と目の前でくたばっているホワイトクロウ達だけであり、他に証拠が無いのだ。
「確かにモンスターは怖い。だが、だからと言ってモンスターより強い冒険者を魔王の部下と勘違いするのは、いくら何でも恩知らずが過ぎるんじゃないのか」
兵士達はそう言うと、もう用が無いと言わんばかりに持ち場に戻って往った。
グートミューティヒは悔しそうに溜息を吐いた。
確かにグートミューティヒが引き連れているポケモン達が30体のホワイトクロウを退治したのだ。にも拘らず、この手柄が何故かポケモンの物にならないのだ。
この理不尽な展開がグートミューティヒにとっては悔しくて……悲しかった。
「ごめんなブビィ、バニプッチ、フシギダネ、ピチュ……本当はもっとお前達をべた褒めしたかったけど……」
だが、ポケモンに突き付けられた残酷で非情で理不尽で無知蒙昧な現実がそれを許さなかった……
そんな現実がグートミューティヒの悔しさを更に激増させた。
「戦いに敗けて逃げた奴までやっつける危ない奴が勇者だの英雄だのともてはやされて……お前達の様に人間に力を貸してくれるポケモンが害獣や犯罪者扱い……こんなの……こんなの間違ってる!」
この怒りが、勇者マドノに全ての予定を御破算させられたグートミューティヒに新たな目標を与えた。
「ポケモンを悪者扱いする様な信用出来ない輩に魔王退治は任せられないし頼りっきりには出来ない!なら!……ポケモンがそんな危ない奴らより先に魔王を斃してやる!そして……こんな間違った常識を吾輩がぶっ壊してやる!」
興奮し過ぎて一人称が変わってしまったグートミューティヒだが、それでも、目標を得た事で旅を再開する事が出来たグートミューティヒであった。
マドノ
年齢:19歳
性別:男性
身長:172cm
体重:62.13㎏
職業:星空の勇者
兵種:勇者
趣味:喧嘩、乱闘
好物:喧嘩、経験値、冷静で忠実な部下
嫌物:勉強、学問、功を焦る馬鹿、戦闘の邪魔
特技:蹂躙、弱い者虐め
ポケモンに該当しないモンスター達の王である『魔王』を討伐するべく旅立った星空の勇者。
平静な人物の様でいて、推奨レベルに到達する為なら蹂躙すら厭わない利己的な乱暴者。また、世間一般的な大衆同様にポケモンとそれ以外のモンスターの判別が出来ない。ただ、功を焦る行為を嫌うぐらいの冷静さは持っている。
逃走するゴブリン達に容赦無くトドメを刺したところをグートミューティヒに観られて以来、ずっと彼に敵対視されている。
名前の由来は『勇者-男日=』から。
第2話:心の毒
目標は決したグートミューティヒ。
だが、方法は定まっていなかった……
「マドノの奴に付いて行けば必ず魔王に到達すると考えていたから……困った……」
項垂れるグートミューティヒの隣で、気の良さそうな青年も項垂れていた。
「あそこは穴場だったのになぁ……困った……」
そんな青年の声を聴いたグートミューティヒが質問する。
「どうかしました?」
だが、グートミューティヒが10歳の少女にしか見えないせいか、青年は悩みを口にする事は無かった。
「ありがとう。でも、兵隊さん達に頼むからイイよ」
しかし、グートミューティヒは食い下がる。
「それって、モンスターがどこかを占拠しているんでしょ?」
グートミューティヒの予測に青年はドキッとする。
「何故それを!?」
グートミューティヒは自信有り気に答えた。
「貴方は最初に『穴場』と言った。つまり、その場所は貴方にとっては重要な場所である事は容易に想像出来る。でも、貴方は兵士達に相談する事を検討している。と言う事は、その穴場はそこまで秘匿する必要が無い事を意味しますし、その穴場の奪還にはそれなりの戦力が必要である事も容易に想像出来る」
青年はハッとして全てを話す事を決意した。
「君の言う通りだ。あそこは薬草の宝庫なんだ……でも、ある日突然巨大な蛸が其処を占拠してしまってな、幸いセージの採取場所は他にも在るからポーションやマインドアップの作成は可能だが、カモミールとヘンルーダはあそこで採取していたから、アンチドーテやアンカースが……」
それを聞いてグートミューティヒは少し驚く。
「アンチドーテと言えば一般的な解毒剤じゃないですか!それが作れないとなると……」
「だから困ってるんだよ」
「ですよねぇー」
その時、グートミューティヒの頭の中で何かがピーンときた。
「なら、僕がその穴場の様子を視に往きましょうか?」
グートミューティヒの予想外の提案に驚きを隠せない青年。
「何を言ってるんだ!殺されに行く様なモノだぞ!」
だが、グートミューティヒは青年の制止を振り切って勝手に出発する。
「では、行ってきます」
青年は慌ててグートミューティヒを追う。
「待て!本当に殺されるぞ!」
だが、グートミューティヒの足は物凄く速く、青年はドンドン離された。
「何だあの娘は……まるで風だ……」
で、薬草の宝庫を奪還しに行ったグートミューティヒだが、肝心な事を聞き忘れていた。
「取り敢えず突っ走ってはみたが……肝心の大蛸がどこにいるのか解んないや……」
しかし、醜い小人達が突然グートミューティヒを襲った。
「カカレッ!」
「タッタ1人デ馬鹿メ!」
「身包ミ剥イデヤレ!」
その様子に……グートミューティヒは頭を掻きながら呆れた。
「馬鹿は君達の方さ……君達がここで動かなかったら、僕はこのまま迷って例の大蛸に遭えぬまま終わってしまうかもしれないのに!」
そして、グートミューティヒは複数のモンスターボールを投げつけた。
「出て来い!フシギダネ!ブビィ!ピチュー!バニプッチ!フカマル!ポワルン!」
グートミューティヒを襲った小人達は『ゴブリン』と言い、略奪で糧を得る低身長の醜人であるが、そんなゴブリンもまさか自分達がモンスター(正確にはポケモン)に襲われるとは思ってもいなかった。
「ナ!?何ダ!?」
「何デコイツラハ俺達ヲ襲ウ!?」
「コイツラ、魔王様ノ配下ノモンスタージャナイノカヨ!?」
ゴブリン達が予想外の展開に大混乱の一方、グートミューティヒはゴブリン達に悪態吐きながら仲間のポケモン達に的確に指示を出した。
「襲って奪う事しか知らぬお前達とポケモンを一緒にするな!」
ゴブリン達との戦いはグートミューティヒの圧勝に終わり、ゴブリン達と戦ったポケモン達を|治療魔法で治療していた。
「何!?リブローダト!?オ前、兵種ハ何ダ!」
「プリーストだけど」
あっけらかんと答えるグートミューティヒに対し、質問したゴブリンは大袈裟に驚いた。
「プリーストオォー!?ソノ歳デモウ中級兵種カヨ!?」
ゴブリンは漸く戦う相手を間違えた事に気付いたが既に遅く、グートミューティヒは質問したゴブリンの首根っこを掴んで引っ張った。
「さて……薬草の宝庫と呼ばれる場所を占拠している大蛸の所へ案内して貰おうか?」
「何故!?行キ方ヲ訊クダケデ良イダロ!」
「ゴブリンは野盗の様な習性を持つモンスター。なら、ちょくちょく訊き直した方が得策だろ?」
慌てるゴブリン。
「嫌ダ!コンナ状態デ行ッタラ、アイツニ殺サレル!」
が、これがかえってゴブリンを追い詰めた。
「アイツ?つまり、例の大蛸の事を知ってるね?」
「嫌ダアァーーーーー!」
こうして、薬草の宝庫と呼ばれる草原に到着したグートミューティヒ。
「本当にここだな?」
「ソ、ソウダ!ダカラソノ手ヲ離シ―――」
だが、謎の声がグートミューティヒに連行されたゴブリンの逃走を許さなかった。
「そこの役立たず……そこの小娘から離れて何をしようとしている?」
「ゲッ!スカルオクトパス!居タノカアァーーーーー!?」
「スカルオクトパス?」
慌てて逃走するゴブリンだったが、巨大な触腕が巻き付きゴブリンを地面に叩き付けた。
「役立たずの雑魚が……壁にすらならぬか?」
地面に叩き付けられて瀕死のゴブリンを観て不快感を露にするグートミューティヒ。
「……外道が」
グートミューティヒは、マドノ率いる勇者一行への軽蔑と逆恨みを切っ掛けに雑魚蹂躙と過大追撃に対する罪悪感が芽生えていたのだ。
「何で殺した?僕をここに連れて来たからか?それとも、敗北の責任から逃げたからか?」
だが、スカルオクトパスはめんどくさそうに答えた。
「逃げた?連れて来た?下らん。何でそんな判り切った事を今さら訊く」
その時点でスカルオクトパスに褒められる箇所が無いと確信するグートミューティヒ。
「いちいち自分の部下の敗北に過剰に反応する時点で、貴様にリーダーやロードの資格無し!」
しかし、スカルオクトパスはそんなグートミューティヒを鼻で笑った。
「フッ!この様な役立たずを庇うか……愚かだな」
それを聞いたグートミューティヒは、もう話す事は無いと言わんばかりにスカルオクトパスを挑発する。
「愚かか……なら……お前がその愚かをサッサと殺して役立たずの失敗を帳消しにして魅せろよ!」
「……言ったな?……」
その直後、人間の頭蓋骨の姿の大蛸がグートミューティヒの目の前に現れた。
「捻り潰すぞ!小娘!」
そう言うと、スカルオクトパスは口から岩を吐いた。だがグートミューティヒは簡単に避けた。
「おいおい。何で蛸が岩を吐くんだ?普通は墨だろ」
グートミューティヒはお返しとばかりに光弾を発射する。
「ぐっ!魔法が使える!?しかもリザイアか!?」
少しは驚いたスカルオクトパスだが、直ぐに勝ち誇った顔をする。
「だが……次は詠唱の時間は与えぬぞ!」
スカルオクトパスが緑色の液体を何度も放物線を描く様に放った。
「何をしてるんだ?」
グートミューティヒは1回も当たらない液体を無視して再びリザイアを発射しようとするが、気付けば緑色の水溜りに包囲されていた。
「くくく、これで袋の鼠だなぁ」
が、勝ち誇るスカルオクトパスを微弱な電撃が襲った。
「ぐふっ!?仲間!?何時の間に!?」
スカルオクトパスが先程の電撃の元を探そうとするが、今度は砂をかけられて目を傷める。
「ぐあぁー!?目があぁー!?」
そう。グートミューティヒは戦う前にワープを使ってピチューとフカマルを別に場所に移動させてスタンバイさせていたのだ。
「何だお前、大した事無いな!」
「ぐおおぉーーーーー!」
スカルオクトパスが声を頼りにグートミューティヒを攻撃しようとしたが、グートミューティヒは既にリザイアの発射に必要な呪文詠唱を終えていた。
「トドメだ!」
「があぁーーーーー!」
グートミューティヒのリザイアを受けて滅びたスカルオクトパスを見て、グートミューティヒは色々と理解した。
(やはり、ポケモンのタイプ別で戦術を変えるのはポケモン以外のモンスターにも通用する様だな……それが、ポケモンが害獣や魔王軍の手下と間違われる要員の1つにもなり得る……)
そんな事より、グートミューティヒがやるべき事があった。
(そうだった!カモミールとヘンルーダがこれ以上枯らされたら意味無いんだった!)
グートミューティヒは、レストでカモミールやヘンルーダに状態異常を回復する魔法であるレストをかけ、それからピチューとフカマルにリブローをかけて傷を治療した。
(これで……この地域の花の全滅が避けられれば良いけど……)
青年はグートミューティヒの報告を聞いて驚いた。
「倒した!?あの大蛸を!?」
「えぇ。嫌な奴でしたよあいつは」
とは言われても、グートミューティヒを視る限りでは、その様な大それた事をする様には視えない。
「とは言われてもねぇ……」
そこでグートミューティヒは意地悪っぽく言う。
「あー、プリーストは回復魔法しか使えないと思っているでしょう?」
「違うのかい?」
「プリーストは攻撃魔法も使用可能ですよ」
その証拠として、呪文を唱えた。
「エンジェル!」
グートミューティヒが放った光弾が近くに在った岩を破壊する。
「お!?」
これを観た青年は驚きを隠せない。
「どうです」
青年がグートミューティヒに破壊された岩を見て驚いている中、グートミューティヒは青年に進言する。
「そんな事より、例の薬草の宝庫に戻られたらどうです。もうあの嫌な奴はいませんから」
「それはありがたいが、何であんな所に大蛸が出現したんだ?」
その途端、グートミューティヒは真顔になる。
「アイツは、毒を武器にするからです」
「毒を?」
「そうです。だから、せっかく浴びせた毒を完治させるアンチドーテを忌み嫌っていたんだ」
そんな説明に、青年は呆れた。
「……自分勝手な奴だったんですねぇ」
「ええ。嫌な奴でしたよ!」
薬草を採りに行く青年を見送ったグートミューティヒは、青年の視界から消えた途端、罪悪感に押し潰されるかの様に俯き泣き崩れた。
「……言えなかった……本当はポケモンがあいつを倒してくれたって……」
グートミューティヒは本当に言いたかった。ポケモンの大活躍を。
だが、前回のホワイトクロウ討伐での誤解がポケモンの活躍を高らかに言いふらす事を許さなかった。
ポケモンを飼育するグートミューティヒにとっては間違った古い概念だったが、世論や大衆にとってはポケモンもモンスターと同じ危険害獣でしかないし、寧ろポケモンと言う言葉すら知らない人々の方が圧倒的に多い。
故に、グートミューティヒがどれだけポケモンの力を借りても、その事実を人々に伝える事が出来ない。
しかも、モンスターを嫌う者や勇者マドノの様なモンスターを経験値としかみなしていない者と手を組めない以上、ポケモン飼育と大人数旅は両立出来ない。
だから、グートミューティヒはポケモンと共に行った活躍を自分1人の力で行ったと嘘を吐き続けなければいけなかった。
でも、それはポケモンから手柄や名声を横取りしているのではないかと言う罪悪感をグートミューティヒに背負わせる事になる。孤独と戦いながら……
スカルオクトパスLv9
HP:700
EX:50
耐性:毒
弱点:雷
推奨レベル:3
人間の頭蓋骨の姿の大蛸。口から岩や毒液を吐いて攻撃してくる。
冷酷で自分勝手な性格で、敵に脅迫された部下を容赦なく殺害したりアンチドーテ制作を邪魔する為に薬草採取を妨害したりする。
因みに、勇者マドノの予想推奨レベルは7。
攻撃手段
触腕:
腕を振り下ろす攻撃。
締め上げ:
触腕で締め上げる攻撃。
岩:
正面に岩を吐き出して攻撃する。
毒液:
緑色の毒液を山なりの軌道で飛ばす。地面に落ちても水溜りとなってしばらく残り続ける。
第3話:ピカチュウの慈愛
薬草の宝庫と呼ばれる場所を占拠したスカルオクトパス。
自身が起こした吹雪を煙幕代わりにして旅人達を襲ったスノーヴァンパイア。
それらを討伐したグートミューティヒ。
にも拘らず、グートミューティヒの手持ちポケモンが称賛される事は無く、寧ろ……
「……ひどい……」
無数のスピアーの遺体が無造作に散らばっているのを発見してしまい、目の前の地獄絵図を描いた者の残忍さに蒼褪めるグートミューティヒ。
しかもそれだけではない……
ゴブリンに人型豚オークに人型猫ケットルシー、ビードルやコクーンまで大量に殺されていた。
「ポケモンとそれ以外のモンスターの区別無しに無差別かよ!しかも、毒針を持つビードルやスピアーなら兎も角、手さえ出さなきゃ人畜無害な筈のコクーンまで!」
だが、この目の前の地獄絵図を観て怒る人間はグートミューティヒだけであった。
「いやぁ、星空の勇者があれだけ凄まじいとはな」
「でも、お陰でこの森もすっかり平和になったな」
偶然グートミューティヒを横切った商人達の言葉を聴いて、この地獄絵図の犯人が勇者マドノ率いる勇者一行だと知り、改めて勇者マドノの自分勝手な悪意を感じた。
(違う!この森からモンスターを一掃する為なんかじゃない!あいつらは、経験値欲しさにこの様な残忍な虐殺をしたんだ!)
だが、目の前の地獄絵図を観て怒るモンスターはいた。
「なんじゃこりゃあ!?俺が一時的に別の場所に配置されてる間に何が遭ったぁー!?」
仲間を皆殺しにされて激怒するオークは、立ち尽くすグートミューティヒを見て彼が犯人だと勘違いする。
「おい!其処のクソアマ!其処で何をしてやがる!?」
対するグートミューティヒは、怒り狂い過ぎて逆に頭が冷えてしまい、力無く否定する。
「違う……僕じゃない……」
だが、激怒するオークは信じない。
「じゃあ何でテメェはここにいるんだよ!?」
戦う意思を失ったグートミューティヒは、力無く犯人の名を口にする。
「マドノだ……奴らがコクーンを……殺したんだ……」
グートミューティヒの言い分に驚くオーク。
「マドノだと!?星空の勇者がここを襲撃したと言うのか!?」
だが、そんなオークの質問を聞く事無く力無く立ち去るグートミューティヒ。
「えー!?ちょっとおい!本来ならお前ら人間共が喜ぶべきとこだろ!」
勇者マドノ一行がスピアー達と戦っていたが、その戦力差は圧倒的かつ絶望的で、スピアー達がマドノ達の剣や魔法で次々と完膚なきまでに叩きのめされて逝く……
「どんどん(経験値を)稼ぐからな!1匹も逃がすなよぉ!」
自分達を護る為に戦い散るスピアー達を見て恐れ怯えるビードルとコクーン。マドノの無慈悲な命令を聞きながら。
そして、スピアーとビードルが全滅して残るはコクーンだけとなった。
「こいつ動かないけど、どうする?」
その質問に対し、マドノは容赦なく剣を振り上げる。
「決まってんだろ。そこのモンスターの卵もぶっ壊す。例え雑魚でも経験値の取りこぼしは、許さねぇ!」
と言う夢をグートミューティヒが観た。
「やめろおぉーーーーー!」
飛び起きたグートミューティヒは汗だくだった。
そして項垂れた。
「……何やってんだろう……僕……」
そして、グートミューティヒは唐突にこの旅の経緯を振り返る。
育ての親達によると、グートミューティヒは赤ん坊の時から既に孤児だったらしく、とある町の道端で置き去りにされているのを発見して拾ったそうだ。
そんなグートミューティヒを拾ったのが、人類の安全な暮らしの為にモンスターの研究と観測を行っている学者達であり、彼らの息子として育てられた。
その結果、モンスターの中にポケモンや召喚獣の様な人類の味方になり得る可能性を秘めた者も多い事を知るが……
だが、悲しかな、世論や大衆は画一一様、異口同音、単純単調、万人一色ばかりな上に同調圧力と排他主義が横行し蔓延していた。
それを見返したくて星空の勇者に選ばれたマドノの魔王討伐に同行しようとしたが、グートミューティヒが魅せられたのは同調圧力と排他主義に溺れ染まった残酷過ぎる現実のみであり、そこに多種多様や共生共存が入り込む余地が無い絶望的な環境だった……
「これじゃあ恩返しにならなよ……」
宿を出たグートミューティヒが当ても無くトボトボと歩く。
その顔には10歳とは思えぬ暗さがあった。
「はぁー」
これは何度目の溜息だろうか?
そんな時、ただでさえボロボロなグートミューティヒの心を更に傷つける事件が発生した。
「逃がすなぁー!そのモンスターは俺達が狩るんだぁー!」
どうやらモンスターが何者かに追われている様である。
普通の人間であれば、追撃者を応援するか加勢するかだが、グートミューティヒは違った。
「やめろ!そいつは既に戦意を失ってる!」
グートミューティヒは逃げるモンスターを庇ってしまったのだ。
「おい。そこの小娘、何やってんのか判ってんのか?」
どう視ても追撃者達の方が悪人顔に見えるグートミューティヒは臆せず言い放つ。
「それはこっちの台詞だよ。逃げる背中を寄ってたかって追い回して、傷付けて、カッコ悪いと思わないのか?」
勇者マドノと対立する事を決意したグートミューティヒが一貫して貫いて来た美学!それが『逃げる者は追わず』である!
自分が逃げてる時に攻撃されるのも嫌だが、逃げる敵を攻撃するのも嫌なのだ。
するのもされるのも嫌だ。自分がされて嫌な事は、相手だって嫌に決まってる理論である。
だが、グートミューティヒは背後にいるモンスターをチラ見すると、
「ツツケラじゃないか!何で!?」
傷だらけのツツケラに驚いてしまったグートミューティヒは、その隙にとばかりに追撃者に突き飛ばされた。
「退け!」
グートミューティヒを突き飛ばした追撃者達は、勝ち誇ったかの様な邪な笑みを浮かべながら瀕死のツツケラに止めを刺した。
その行為には躊躇も罪悪感も無い……
只々普通に食事をするかの様に、いつも通りを行っている感覚で……
「へへへやったぜ♪」
グートミューティヒは疲れ果てていた……
どんなにグートミューティヒが頑張ってもポケモンが他のモンスターと同じ極悪害獣として扱われ、ポケモンがどれだけ虐殺されても大衆や世論の心は痛まず、寧ろポケモンを虐殺した者達が英雄視されて称賛される……
万人一色の同調圧力の前では、たった1人の善意は無力なのか……
そんな後ろ向きで消極的な良くない考えに、グートミューティヒは支配されかけた。
だが、
「俺達って、結構モンスター退治に向いてねぇか?」
「ああ!さっきの奴も俺達を見た途端に逃げやがってさ」
「もしかしたらよ、このままモンスターを次々と斃して経験値を稼いでいけば……」
「あるんじゃねぇ!勇者マドノ越え!」
「おおぉーーーーー!」
無抵抗に逃げてただけのツツケラを何の躊躇いも無く英雄気取りで虐殺した連中の分不相応で自信過剰な言葉が、グートミューティヒの燃え尽きた筈の怒りの炎に油を注いだ。
「……いい気なものだな……」
「あぁん?何か言ったらそこの小娘?」
「ツツケラの事……何も知らない癖に……」
けど、上機嫌で有頂天になっている連中はグートミューティヒの言葉の意味に気付かずに偉そうな事を言う。
「良いんだぜ。もう直ぐ勇者マドノ越えをする俺達の恋人になっても、よ!」
「おおぉーーーーー!」
この言葉に怒りが頂点に達したグートミューティヒは、モンスターボールからピチューを出してしまった。
「ピチュー!そいつらを倒せ!ツツケラの仇だ」
数の暴力を駆使して1匹のツツケラを虐殺して得意げになっていた連中も、グートミューティヒの予想外の行動に少し驚く。
「な!?……モンスターを飼ってる……だと?」
「何考えてるんだ?」
だが、無抵抗なツツケラを虐殺した事で自信過剰になっている連中は直ぐに臨戦態勢となる。
「落ち着け!さっきのモンスターだって楽勝だったじゃねぇか!こいつも楽勝だぜ!」
「お……おう!」
「そ……そうだな!」
しかし、肝心のピチューが突然光ったので連中は驚き、グートミューティヒも予想外だった。
「どうしたピチュー!?何が遭った!?」
そして、眩しい光が終息すると、ピチューがいた筈の場所に別のポケモンがいた。
「ピカピッカ」
「ピチュー?……もしかして、進化したのか?」
確かに、グートミューティヒは成長したポケモンは進化して別の姿になるとは聴いていたが、まさか今だとは思っていなかった。
「ピチューが……ピカチュウになっちゃった?」
一方、ポケモンの事を何も知らない連中はビックリ仰天した。
「な!……何なんだよこいつ!?」
だが、ツツケラを虐殺した連中のビックリ仰天はまだまだこれからだった。
「おい!」
「今度は何だ!?」
ツツケラを虐殺した連中とグートミューティヒとのやり取りを見守っていたドデカバシ達が、殺されたツツケラの為に戦おうとした上にピチューをピカチュウに進化させる条件を満たしたグートミューティヒに加勢するべく一斉に飛び出したのだ!
因みに、ピチューはとてもなかよしな状態でレベルアップするとピカチュウに進化するのだ。
「何なんだよ!何で急にモンスターが一斉に!?」
それだけじゃない!
ワルビアル、フライゴン、グソクムシャ、リザードンもグートミューティヒに加勢しに来てくれたのだ!
ツツケラを虐殺した連中が慌てて臨戦態勢を整えようとするが、グートミューティヒに加勢したポケモンはどれもツツケラとは違って百戦錬磨な強豪ポケモンばかり!
「駄目だ!こんなのとやりあってたら、命が幾つ有っても足りねぇぜ!」
「逃げろぉー!」
「あいつら強過ぎるぅーーーーー!」
ツツケラを虐殺した連中はあっけなく敗北して逃げ去ってしまった。
それを見たワルビアルがそれを追撃しようとするが、
「駄目だ!それじゃあツツケラを殺した連中と同じになっちゃうよ!」
グートミューティヒの懇願を聞き、ワルビアルは渋々追撃を諦めた。
口汚く罵られれば辛いし、暴力を振るわれれば痛い。
するのもされるのも、グートミューティヒは嫌だった。
グートミューティヒの声は確かに全てのモンスターを例外無く極悪害獣扱いする人類には届かなかった……
だが、グートミューティヒのポケモンの為を思って言った言葉は、ちゃんとポケモン達に届いたのだ。
「みんな……」
自分達を助けてくれた強豪ポケモン達に、グートミューティヒは黙って頭を深々と下げた。
そして……グートミューティヒの力及ばずに虐殺されたツツケラの為に墓を作った。そして、ピカチュウはそんなグートミューティヒの頭を優しくなでた。
そんなグートミューティヒを視て、グソクムシャは同行を願い出たが、グートミューティヒは自分の力不足を理由にそれを断った。
「ありがたいけど、今の僕じゃ君を使いこなせない。だから、また次の機会にさせて貰うよ」
だが、そんなグートミューティヒの顔は非常に明るかった。
グートミューティヒの声は確かに届いてはいるのだ!未だに人間以外ではあるが。
グートミューティヒが置かれている立場は、未だに害虫側から害虫駆除業者を見る様なモノだが、それでも、グートミューティヒの優しい意志を正しく理解してくれる者がいる事実は、グートミューティヒの心を癒すには十分だった。
それからしばらくして、とある町で勇者マドノの到着を待つ商人を発見した。
「えぇーい!星空の勇者とやらはまだか!?」
「どうかしましたか?」
「お前の様な小娘には関係無い事だ!」
商人に冷たくあしらわれたグートミューティヒは、興味を失って見捨てるかの様に去る……と見せかけて商人を尾行する。
すると、
「星空の勇者が通った場所ではモンスターが必ず全滅すると聞くから、宝石採掘所に大量発生したスケルトン共を一掃させようと思ったのに、どこで道草を食っているのだ!?」
いい事を聴いたとニヤッとするグートミューティヒ。
「それじゃあピカチュウ、経験値稼ぎの没頭し過ぎて困っている人をほったらかしな勇者様の代わりに、僕達がそのスケルトンをやっつけますか?」
「ピッカー!」
こうして、グートミューティヒは再び魔王討伐を念頭に置いた地道な人助けを繰り返す旅を行ったのであった!
スノーヴァンパイアLv14
HP:1900
EX:350
耐性:氷、闇
弱点:炎、光
推奨レベル:6
自らの意思で吹雪を起こす事が出来る吸血鬼。常に浮遊しながら雪玉をジャグリングの様に操る。手下のコウモリはいくら倒してもキリが無い。
貴族である事を鼻にかける傲慢で自信過剰な性格だが、予想外の事態には非常に弱い。
因みに、勇者マドノの予想推奨レベルは10。
攻撃手段
雪玉:
6つの雪玉を次々と投げる。雪玉は壊してもキリが無い。
コウモリ:
頭上に6体のコウモリを出現させて襲わせる。コウモリは倒してもキリが無い。
吹雪:
自分の周囲に吹雪を発生させて相手の視界を遮る。
第4話:スケルトンのマヌケな罠
なかなか到着しない勇者マドノに苛立つ商人の後を追い、宝石採掘を目的とした鉱山が大量のスケルトンに制圧・占拠されている事を知ったグートミューティヒ。
「ここか……」
かなりの宝石が採掘出来るからなのか、グートミューティヒは入口の広さに呆れ驚いた。
「……こんだけ掘って良く崩れなかったな?」
狭い坑道を予想していたグートミューティヒは、余程油断しなきゃ挟み撃ちは無いだろうと考えていたが、その考えを直ぐに改めて所有ポケモンと次々とモンスターボールから解き放つ。
(こんな所で挟み撃ちを喰らったら間違いなく逃げられないからね)
フカマルとピカチュウが前。
グートミューティヒとズバットが真ん中。
ポワルンとブビィが後ろを担当する。
(これで……大丈夫だよ……な?)
グートミューティヒの不安は尽きないが、それでも、魔王軍に苦しめられている人々を助ける為だと奮起して坑道へと進んで行く。
で、
「トロッコ?」
あからさまに置いてあるトロッコ。
これ、本来なら採掘した宝石を入口近くまで運ぶ為の物だろうが、魔王軍に占領された坑道で目の前のトロッコを信用して良いのか?
取り敢えず、グートミューティヒはそのトロッコを押してみた。
すると、トロッコはスーッと進んで……直ぐに穴に落ちた。
(やっぱりね!?)
そして、穴に落ちたトロッコを嘲笑う様に前から複数のスケルトンが現れた。
「……判り易い罠だなぁ」
その証拠に、スケルトン達は嘲笑う様に穴の中を確認していた。
「ピカチュウ、でんきショックだ」
愚かな敵が罠に嵌って穴に落ちたと勘違いしているスケルトン達は、目の前と言う彼らにとっては予想外の方向からの攻撃に対応出来ずにピカチュウの電撃を受けて何体か砕け散った。
「こんな判り易い罠に嵌ると本気で思ったのかなぁ?それとも、本当に引っ掛かった奴がいたのか?」
このグートミューティヒの予想は、後者の方が正しいらしく、後手に回ったスケルトン達は慌てて突撃して自分達が開けた穴に落ちた。
「……馬鹿か?こいつら?」
で……判り易い罠を仕掛けたスケルトン達(グートミューティヒ談)を無傷で苦も無く全滅させたグートミューティヒは、恐る恐る穴をのぞき込むと、巨大なウミヘビが落ちて来たスケルトンを襲っていた。
「と言う罠ですか?」
で、グートミューティヒ達は穴の端を注意しながら通って坑道の奥へと進んだ。
次にグートミューティヒ達に立ち塞がったのは、分かれ道であった。
「……三択かぁー……どっちに行こうかなぁー……」
素直に行くならトロッコ用の線路を通って移動するのがセオリーだが、先程の落とし穴の件もあるので信用出来ない。
次に視たのはあからさまに張り付けてある看板。
「そのあからさまさがかえって怖いんだよねぇー」
残りの坑道は何も無いただの洞窟である。
「大穴狙いでこっちと言うのもあるがぁー……」
とは言え、ここで無駄に迷っても時間の無駄でしかない。しかし、やはり気になるのは先程の落とし穴。それがまた仕掛けられてる可能性は否定出来ない。
と、その時、フカマルが何かを発見してそれを指差した。
「どうしたフカマル?」
それは、順序良く一列に並んだ小さな穴だった。
「この穴、何の意味が……待てよ!」
何かを感じたグートミューティヒは、再度線路が有る坑道を再確認して何かを確信した。
「この穴……そう言う事か!?」
グートミューティヒは意を決してフカマルが発見した小さな穴を頼りに坑道の奥へと突き進んだ。
結果は、そこにいたのは数体のスケルトンだけで、グートミューティヒの姿を見たスケルトンが慌てて角笛を吹いた。
一見するとグートミューティヒ達が罠に嵌ったかに見えたが、グートミューティヒは確信していた。
「これは罠じゃない……僕達が罠に嵌らなかった時の為の見張りだ!」
そう。
フカマルが発見した小さな穴の正体は、撤去した線路の跡だったのだ。
「正解発表ご苦労さん」
で、角笛を吹いたスケルトン達は、フカマルの体当たりであっけなく粉々になった。
「さて……大群が来る前に出来るだけ前に進んでおきますか!」
因みに、勇者マドノの到着が遅れている事に痺れを切らした商人が雇った傭兵団が後で線路がある坑道を選択したが、
「何だ!?我々は坑道を走っていた筈だぞ!?」
気付けば山頂に出てしまった傭兵団は慌てて周囲を確認するが、どう言う訳かさっき通過した坑道へと続く穴が最初から無かったかの様に消えていた。
「坑道に戻れないだと!?そんな馬鹿な話―――」
すると、
「待て!……何か聞こえないか?……」
それは、何者かが羽ばたく音だった。
「何か来る……我々はまさか!」
この時点で罠に嵌った事に気付いた傭兵団だったが、下山道が封じられて山頂から出られない。
そう。
罠に嵌った傭兵団が生き残る術はただ1つ……
羽ばたきながら近づく何者かを倒すだけだった。
こうして、しょうもない2つの罠を突破して坑道の最深部に到着したグートミューティヒ達の前に立ち塞がるのは、大量のスケルトン達とそれを操ってると思われるローブ姿のスケルトンだった。
「無傷だと?道中、かなり強力なモンスターが居た筈だ!」
驚きを隠せないリーダー格に対し、グートミューティヒは呆れながら言い放った。
「いや、そいつらはしょうもない罠に引っ掛かってどっか行っちゃったよ?」
「くっ!やはりあの音色は見張りのスケルトンに持たせた角笛であったか」
(となると……あの矢印も罠か……改めてフカマルに感謝だな)
「で、この後はどうするんだい?」
グートミューティヒの言葉を合図にスケルトン達が次々とグートミューティヒ達に襲い掛かった。
「やはりそうなるか!フシギダネ!つるのムチで一掃だ!」
フシギダネがつるのムチを振り回して襲い掛かるスケルトンを次々と粉々にする。
この展開に、リーダー格は驚きを隠せなかった。
「何!?何で魔王様を裏切る!?何故に人間如きに媚を売る!?」
それに対し、グートミューティヒはかつての不安を忘れたかの様に自慢げに言い放つ。
「こいつらとお前達の様な無礼で無知な侵略者とは格が違う。なにせこいつらは、ポケモンだからな!」
「黙れ!」
リーダー格は手にしている杖を横笛の様に吹いた。
「今度は何の罠だ?」
6匹のジャンボモスキートを呼び出し、編隊を組ませる。
「僕はポケモントレーナーだから人の事言えないけど、子供だましの様な罠や部下ばかりに頼って自分では攻撃しないのか?」
「行け!」
リーダー格はグートミューティヒの挑発に耳を貸さずにジャンボモスキートをけしかける。それを合図に、ジャンボモスキートは1匹ずつグートミューティヒめがけて突撃する。
しかし、
「ブビィ!」
ブビィが吐いた火の粉によってジャンボモスキートは全滅した。
その直後、黒い光弾がグートミューティヒを襲ったが、グートミューティヒ達はさらりとかわした。
「ドーラΔ。お前、ダークメイジだったのか?」
すると、グートミューティヒ達の前に多数のスケルトンが再び立ち塞がった。
「またかよ。どんだけ……」
リーダー格が呪文を詠唱しているのに気付いたグートミューティヒは、ピカチュウ達を散開させる。
「みんな散れ!また闇魔法を使って来るぞ!」
その直後、グートミューティヒが直前までいた場所に重力球が出現し、周囲を吸収し始めた。
「今度はルナΛかよ」
しかも、次々と現れるスケルトンやジャンボモスキートが邪魔でピカチュウ達はリーダー格の呪文詠唱を妨害出来ないでいる。
「配下のスケルトンを盾にして詠唱時間を稼ぐか……あんなしょぼい罠なんか使わずとも戦えるんじゃない」
リーダー格はまたグートミューティヒの挑発を無視するが、グートミューティヒはそのなる事は解っていたかの様にスケルトンの攻撃を躱しながら呪文を詠唱し、
「レスキュー!」
ピカチュウ達がグートミューティヒの近くに転送される。
「何!?転送魔法!?プリーストか!?」
リーダー格がグートミューティヒが使う魔法に驚いたが、それが致命的な隙となった。
「サイレス!」
「が!?」
リーダー格の魔法を封じたグートミューティヒは、トドメとばかりにちょっと長めな詠唱を行う。
「貴様!?プリーストではなかったのか!?」
リーダー格は驚き過ぎて逃げるのを忘れると言う致命的なミスを犯し、グートミューティヒはそれを逃さなかった。
「オーラ!」
リーダー格の足下に光の柱が出現し、リーダー格は光の柱を浴びてもがき苦しんだ。
「ぐがあぁーーーーー!」
そして、光の柱と共にリーダー格は消え、それを契機にスケルトン達は全て砕け散り、ジャンボモスキートは逃走した。
だが、グートミューティヒは頭を抱えた。
「さて……親玉は倒したが……」
そう、先程倒したリーダー格が配置した強大なモンスターをどうするのかである。
「さて……どうやって説明したら良いものか……」
なかなか良いアイデアが浮かばぬままゆっくりと出入口に向かって歩いていると、例の商人が雇ったと思われる傭兵団(の第2弾)と合流した。
「誰だ!?って、娘!?何でこんな所に?」
グートミューティヒは何も考えずに答えてしまう。
「何って、この鉱山が大量のスケルトンに占拠されたって聞いたから……」
団長は呆れた。
「で、それをどうにかする為にここまで来たと?見た目に反する無謀者だな」
そうこうしている内に、傭兵達が線路を頼りに進路を決めようとするが、グートミューティヒが慌てた。
「あー!そっちは駄目!罠が在るから!」
「罠だと!」
グートミューティヒの主張を聴いた団長は、線路が有る坑道をゆっくりと少しだけ歩き、石を前方に投げた。
すると、その石は途中で消えた。
「転送魔法!?」
「危なかったね君達……あのまま進んでいたら、何と戦わされていたか……」
傭兵達は漸くグートミューティヒの言い分に納得した。
「じゃ、この矢印も罠かい?」
部下の予想を聴いた団長は、再び石を投げ、その石はまたしても途中で消えた。
「……さっき視た穴も……と言う事か?」
すると傭兵達は、正解の道から出て来たグートミューティヒを不思議がる。
「ではお嬢さん、正解の道から出たお前は何者だよ!?」
それに対し、グートミューティヒはあっけらかんと答える。
「御節介でお人好しな、プリーストです」
で、団長と共にスケルトン達から奪還した鉱山に仕掛けられている罠について例の商人に説明するグートミューティヒ。
「それで別の傭兵団が何時まで経っても戻ってこないと言う訳か……で、その罠を仕掛けたスケルトンは?」
「それは僕は倒しました。あれは恐らく、元ダークメイジのリッチだったと思います」
「リッチだと!?あの裏切り者の!」
商人が驚く中、グートミューティヒは最も重要な事を告げる。
「それより、例のリッチを倒してもなお効果を発揮している罠を何とかしないと、このまま廃坑になります」
グートミューティヒの忠告を素直に聞いた商人は、複数のウォーロックやビショップが鉱山の修復に従事した事で、宝石採掘は無事に再開されたと言う。
その数週間後、例の商人が新たな経験値稼ぎの場を求めてやって来た勇者マドノと口論になったが、それはまた別の話である。
ブラックリッチLv19
HP:1800
EX:1000
耐性:闇
弱点:光
推奨レベル:8
膨大な勉強時間欲しさに自らスケルトンになったダークメイジ。呪文を詠唱して手下のスケルトンやジャンボモスキートを召喚して襲い掛からせる。
罠の設置にはかなりの自信が有ったらしいが……
因みに、勇者マドノの予想推奨レベルは14。
攻撃手段
スケルトン召喚:
スケルトンを10体召喚し使役する。
モスキート呼び寄せ:
柄の部分が笛になっている杖を使って6匹のジャンボモスキートを呼び出し、編隊を組ませて1匹ずつ対象者めがけて突撃させる。
各種闇魔法:
様々な闇魔法を繰り出す。詠唱中は無防備になる。
第5話:怪奇現象はポケモンにお任せ
魔王軍所属のモンスターと同一視されて極悪害獣と勘違いされているポケモンの地位向上を目指すポケモントレーナーのグートミューティヒは、美少女並みに滅茶苦茶可愛い。その上、回復魔法と転送魔法を上手く利用して膨よかな美乳をキープしている。
そんなグートミューティヒが森の湖の中で一糸纏わぬ華奢な裸身を晒していた。
しかしそこへ、淫靡な笑みを浮かべながら近づく一行がいた。
「へへへ、なかなか可愛いじゃねぇか」
「ガキのクセに良い胸してるじゃねぇか」
「ひとしきり楽しんでから人買いに売っちまいましょう」
どうやら、グートミューティヒに対して良からぬ行動を犯そうとしている様子である。
だが、そんな彼らの邪悪で淫靡な企みは直ぐに砕かれる事になる。
「ピカァー!」
事前にスタンバイしていたフシギダネ、ブビィ、ピカチュウ、バニプッチ、フカマル、ポワルン、ズバット、メタモンがそんな外道な盗賊に襲い掛かる。
「何!?このエリアにはモンスターがいない筈だろ!?」
一方の盗賊達は不意打ちを喰らったからか完全に一手遅れた。しかも、何故か既にズボンを脱ぎ始めていた気の早い者もいたので、それが盗賊側の混乱を更に助長した。
「何やってんだ!?早く追っ払え!」
「ちょっと待ってくれ!足が!」
その間も、ピカチュウ達がグートミューティヒに猥褻な行為を行おうとした盗賊達を容赦なく襲う。
そこへ、グートミューティヒが湖から出て来た……が!
「え……小僧の……子象?」
グートミューティヒの股間を見た盗賊達が一瞬固まる。その間もピカチュウ達が襲い掛かっているのにである。
「男だとおぉー!?テメェ騙しやがったなぁ!」
騙された気分になった盗賊達が絶叫する中、グートミューティヒが呪文を詠唱する。
「騙しやがってぶっ殺してやる!」
「猥褻罪と人身売買の常習犯の君達には言われたくないよ。エンジェル!」
グートミューティヒが放った光弾が盗賊のボスに命中する。
「ぐええぇーーーーー……」
そして、壊滅状態の盗賊を縛り上げたグートミューティヒが彼らを尋問する。
「で、人質はどこだ?」
因みに……諄い様だがグートミューティヒは美少女並みに滅茶苦茶可愛い女装好き男子で、膨よかな美乳も回復魔法と転送魔法を使って制作した混合性女性化乳房である!
グートミューティヒは先程倒した盗賊達を近くの街の駐在所に引き渡すと、誰にも気づかれない様に歯噛みした。
結局、例の盗賊達に捕まった女性達は、良くて強姦、最悪既に他の誰かに売られていたからだ。
「これで人質もといけばもっとカッコ良かったんだけどなぁ……」
そんな時、複数の男性がポスターと睨めっこしていた。
「ちょっと安いかなぁ?」
「正体不明の割にはな」
「でも、倒せば金が貰えるんでしょ?」
「そうだな……行ってみるか」
男達が去ったのを確認したグートミューティヒがポスターを見て視ると、
「手配書……謎の黒い幽霊……」
グートミューティヒはふと嫌な予感がした。
(現場で暮らすポケモンがまた悪いモンスターと勘違いされているのか?)
その証拠に、先程の男性達の言う通り、手配書が出回っている割には懸賞金が少ない。
それに、ポケモンの中にはゴースト系と呼ばれる幽霊の様なポケモンもいる。
「これは……急いだ方が良いかも!」
だが、賞金稼ぎとグートミューティヒはここで小さくてしょうもないミスを犯した。
黒い幽霊の手配書の隣にあるボロボロの手配書を見落としたのだ。しかも……
賞金稼ぎにバレない様に少し距離を開けて尾行するグートミューティヒ。
すると、
「エーン!エーン!」
「赤ん坊!?どこだ!?」
賞金稼ぎ達が人気のない場所で鳴り響く子供の夜泣きに驚く。
そして、その1人がある予想を口にする。
「これ、もしかしたら例の幽霊の鳴き声かもしれませんぜ?」
「そうなのか?」
「だって、あの手配書に描かれた絵、なんか幼そうだったし」
「なら、この声を追えば、って事か?」
一方、遠くでこの様子を観ていたグートミューティヒには、ちょっとした身に覚えがあった。
(ゴーストタイプのポケモンの中に、鳴き声を武器にするポケモンがいた筈……だとすると、声の主は)
「エーン!エーン!」
周囲を警戒しながら鳴き声を追う賞金稼ぎ。それを静かに追うグートミューティヒ。
「くそぉ……どこに隠れてやがる?」
「なんか、腹が立ってきたぜ」
「見つけたらぶっ殺してやる」
そんな中、賞金稼ぎの1人が木々に隠れた小屋を発見する。
「あの中じゃないですか?」
「確かに見るからに怪しそうだが……」
すると、さっきまでしつこく泣いていた鳴き声がピタリと止んだ。
それで賞金稼ぎは確信した。
「やはりあの中か?」
「今更泣き止んだって事は、図星って事だろ?」
「へ、もう袋の鼠だぜ」
一方、グートミューティヒは逆に混乱した。
「このタイミングで泣き止んだ!?目立ちたがり屋で努力家だった筈じゃ!?」
で、賞金稼ぎが臨戦態勢で扉を開け、グートミューティヒがモンスターボールを握り締める。
見るからに怪しい小屋に雪崩れ込んだ賞金稼ぎ達は、ボロボロの男性を発見して困惑した。
「……誰だお前?」
「どう視ても……幽霊には見えませんすねぇ」
賞金稼ぎが予想外の展開に呆れる中、発見された男性は突然怒鳴り散らした。
「貴様!あの愚かな淫売の手下か!?」
言ってる意味が解らず返答に困る賞金稼ぎ。
「仲間?俺達はしつこく夜泣きする黒い幽霊の後を追って―――」
だが、男性は聞く耳を持たない。
「嘘を吐くなぁー!」
遂には剣先を突き付けられて更に困惑する賞金稼ぎ。
「いや、嘘じゃねぇよ!アンタだって聞いた筈だろ?」
だが、男性の方は賞金稼ぎの言い分を自分勝手に解釈する。
「それだって貴様等の自作自演だろう!このわしに嘘は効かぬぅ!」
無論、賞金稼ぎにとっては理解に苦しむ言い分である。
「何言ってんだこのおっさん。賞金稼ぎが賞金首に成り下がってどうするんだよ」
とまあ、このまま謎の男と賞金稼ぎ達との会話は平行線を辿るだけかと思われたが、賞金稼ぎの1人がこの男について何かに気付いてしまった。
「あー!こいつまさか!?」
「なんだよお前?この変なおっさんの知り合いかよ?」
「知り合いも何も、こいつマルス王ですよ!」
男性の正体を知った途端、賞金稼ぎ達はビックリ仰天する。
「マルス王だと!?」
「革命軍が血眼になって捜索しているって言う!」
「何でそんな大物がこんな所に転がってるんだよ!?」
一方、賞金稼ぎ達の驚き様を見て勘違いが更に悪化する。
「やはり……貴様等もしつこい夜泣きも、あの阿婆擦れ雌豚の差し金だったんだなぁ!」
マルス王の自分勝手な解釈によって漸く冷静さを取り戻した賞金稼ぎは、諭す様に否定した。
「雌犬って、素はと言えばアンタが軍事力強化を目的とした増税が高過ぎるからいけねぇんだろ?」
「アンタがかつて支配していた国の国民が、アンタをどう呼んでいるか知ってるか?」
「軍拡馬鹿だとよ。まるで軍拡しか能が無いみたいにな」
「それによ、アンタを捕まえに来た革命軍が、何が楽しくて毎日アンタの隣で夜泣きしなきゃいけないんだ?」
しかし、マルス王の自分勝手な解釈は一向に止まらない。
「黙れ!何も知らぬ愚民共を言葉巧みに騙して大罪を犯させた阿婆擦れ雌豚の思い通りにはさせん……阿婆擦れ雌豚の好きにはさせんぞぉ!」
マルス王が遂に賞金稼ぎ達に襲い掛かるが……
「おいおい、ちゃんと食事してますか閣下?」
マルス王の振り上げが物凄く遅く、振り下ろしも剣の重量任せ……
戦い慣れしている者から視れば、正に『剣に使われてる』状態だった。
だが、それでもマルス王は諦めない。
「我が国はわしの物じゃ!あんな阿婆擦れ雌豚如きに渡してなるものかぁー!」
一方、賞金稼ぎ達は回避に徹した。そうする事でマルス王の疲労を待つ心算だったのだ。
そんなマルス王と賞金稼ぎとのやり取りを遠くで観ていたグートミューティヒは、あるポケモンがマルス王に取り憑いた理由を察した。
(なるほどね……あの夜泣きの狙いは、マルス王の諦めの悪さを刺激してマルス王の猜疑心を助長する事だったか)
グートミューティヒの予想は正しかった様で、賞金稼ぎ達がこの小屋にやって来るきっかけを作った黒い幽霊が、マルス王と賞金稼ぎとの戦いを混乱に導こうと口を開こうとすると、グートミューティヒがそれを制止する。
「もう止せ。これ以上マルス王を苦しめても、君が望む量の生命エネルギーは手に入らないよ」
マルス王を毎晩夜泣きで苦しめていたのは、グートミューティヒの予想通り『ムウマ』であった。
ゴーストタイプのポケモンであるムウマは、あの手この手で誰かを怖がらせる事が大好き。夜中に突然泣き叫ぶような声を上げたり、背後から髪に噛みついて引っ張ったり、突然目の前に現れてみたり、そうやって驚かせて人が怖がる心を利用して首にかけた赤い珠のネックレスに生命エネルギーを集めている。それ故、驚かす練習をする事まで欠かさない努力家なポケモンでもある。
だからなのか、グートミューティヒはムウマがマルス王に取り憑いていた理由がよく解った。
「戦いに敗れ、権力を失い、逃げる以外の言動を全て奪われた暴君。逃亡に失敗した時点で死を意味する彼なら、何したって驚いてくれると思ったんだろうとは思うが……」
必死に剣を振り回すマルス王だが、その太刀筋は素人のそれにも届かない貧弱なモノ。
マルス王は既に瀕死の枯れ木だ。誰かが切り倒さずとも、自ら倒れる定めの者。
最早、マルス王を驚かせて何の得が有るのか?そこまでの価値が有るのか?
マルス王自身は未だに復権や返り咲きを狙っている様だが……
「それに、あの男を狙っている連中は、黒い幽霊である君も狙っていた。もし彼らに君の事がバレたら、君もあの男の様に捕まって……」
グートミューティヒは1度言葉を切り、再びマルス王の方を見た。
すると、遂に疲労の方が勝ったのか、マルス王は剣を持ち上げる事すら出来なくなっていた。それでもなお、賞金稼ぎ達に捕まるまいと剣先を引き摺りながら剣を振り回す。
既に剣先を床から離す事すら出来ないていたらく。最早勝敗は決したも同然にも拘らず、それでも自分を軸にしながら剣を回すマルス王の姿は、どこか滑稽であり、どこか醜くあり、どこか哀れであり、どこか悲しげである。
そんなマルス王の末路に、グートミューティヒは極悪害獣と勘違いされて迫害されて駆除されるポケモン達と重なってしまった。マルス王は自業自得でポケモンは無実と言う違いがあるにも関わらずである。
「これ以上あの男と一緒にいても、あの男の様に破滅するだけだよ。僕はそんな君を見たくないし、そうはさせない!」
だから、グートミューティヒはムウマが欲しがる物を提示する為にある提案をする。
「それより、僕達と一緒に魔王軍に寝返ったモンスターを驚かせてやろうぜ!ポケモンと違って人間と仲良くしない悪いモンスターを懲らしめる為に」
すると、モンスターボールからピカチュウが勝手に出て来てムウマを説得する。
そんなピカチュウの言葉を聴いたムウマは、無抵抗でグートミューティヒの空のモンスターボールの中に入った。
「ありがとう、ピカチュウ。ムウマ」
グートミューティヒに礼を言われたピカチュウは、嬉しそうに鳴いたのであった。
後日、抵抗虚しく賞金稼ぎ達に捕まったマルス王が、革命軍の手によって処刑された。
それでもなお復権と返り咲きを諦めていないマルス王は、軍事力の必要性と軍事費として使われる筈だった資金を福祉や教育に回す革命軍の愚かさを訴えたが、過剰な増税に苦しんでいた国民の耳に届く事は無く、寧ろ、マルス王の死を知ってお祭り騒ぎの様に大喜びしたそうだ。
そんなマルス王に対し、グートミューティヒの意見は、
「力はただ強ければ良いってモノじゃない。自分の身と大切なモノを護れて、それでいて相手の恐怖心を煽らずに済む、そんな絶妙なバランスが1番なのさ。そんな黄金比を無視するから、ムウマの様な恐怖を煽って利用しようとする敵を呼び寄せる結果になった……そう言う事さ。でも……」
マルス王の軍事力強化を目的とした増税に反対しつつも、何度も迫害されて駆除されるポケモンを見て来たグートミューティヒはムウマに追い詰められて賞金稼ぎ達に捕まったマルス王の弱々しさに同情の念を持ってしまう。
「それでもやはり、自分の意見が誰にも受け入れられないのは……悲しくて寂しいよな……」
グートミューティヒの所有ポケモン
フシギダネ → フシギソウ → フシギバナ
フカマル → ガバイト → ガブリアス
ブビィ → ブーバー → ブーバーン
バニプッチ → バニリッチ → バイバニラ
ズバット → ゴルバット → クロバット
ピチュー → ピカチュウ
ポワルン
メタモン
ムウマ
第6話:遅参勇者と焦る魔女①
とある洞窟でスケルトンが大量発生しているとの噂を聞き付けた勇者マドノは、そこで経験値稼ぎをしようとしたが、
「ちょっとちょっとちょっと!お前ら、何しにこの洞窟に入ろうとしてるんだ!?」
マドノにとっては余計な冒険者集団は経験値稼ぎの邪魔でしかなかった。が、
「何って、ここで宝石を掘り出しにだよ」
マドノにとっては予想外の言葉だった。
「何言ってんだ!この先には大量の経験値……もとい!スケルトンが―――」
だが、マドノ一行を差し置いて洞窟に入ろうとしている連中は、何も知らないマドノ一行を笑った。
「ははは。何も知らずにここに来たのか?」
「何!?」
「この洞窟を占拠していたスケルトンの親玉なら、グートミューティヒって言うプリーストが倒しちまったってよ」
「後、そのスケルトン達が仕掛けた罠も全部発見してくれたそうだよ?」
マドノは「嘘だ!」と言いかけたが、彼らの装備をよく視ると、武器はツルハシとスコップだけ、防具に至っては下着とズボンだけであった。とてもじゃないが戦いが出来る格好ではない。
「そいつ……なんて事を……俺達の経験値はどうなるんだ……」
そこへ、グートミューティヒのお陰で宝石鉱山を奪還出来た商人がやって来て、いきなり嫌味な事を言いだす。
「もしかして、貴方が星空の勇者様ですかな?」
先程までマドノと話していた作業員達が一斉に驚いた。
「星空の勇者だと!?」
「俺……この人達に生意気な事言っちゃったよ」
が、商人が困惑する作業員達を嫌味ったらしく宥めた。
「なーに、そんなに驚く事じゃない。寧ろ、重役出勤し過ぎて私の首を長ぁーーーーーくした期待外れ様ですから」
元々、経験値稼ぎをする為にこの洞窟に来ただけなので洞窟の奪還までは考えていなかったので、期待外れと言われてもどうにも感じなかったマドノ。
「期待外れって、まだ俺達は魔王と戦ってないよ」
そんなマドノの言い訳に対し、商人は嫌味たらしく反論する。
「ほほぉーう。期待外れな星空の勇者様は、『機を視て敏』と言う言葉をご存知無いと?悠長ですなぁー」
だが、マドノは手柄を奪われた事より、経験値が稼げない事の方が重大な問題らしく、
「本当に……本当にスケルトンは1体も残ってないんだな!?」
それに対し、商人は厭らしく言い放つ。
「だったら、実際に視て確認してください。ただし、入るからにはそれなりに宝石を回収するまで外に出しませんけど」
「なんだよそれ!こっちは魔王との戦いに備えて経験値稼ぎをしてるんだぞ!なのにその態度は何だ!?」
「せっかく貯めた経験値も、役立つ時に役立てねば、何の意味もありません」
マドノが悔しそうに地団駄を踏む中、マシカルは手柄を横取りしたグートミューティヒについて気になっていた。
「で、その方の特徴は?」
だが!
「その様な事を訊いてどうするんですか?それより、早く働いて下さい」
先程の商人に散々嫌味な事を言われたマドノがイライラしていた。
「ふざけんなよ!こっちは魔王退治と言う危ない事をしてるんだぞ!経験値稼ぎぐらいゆっくりやらせろよぉ!」
それを観ていたマシカルは、マドノの唇が尖る理由に逸物の不安を感じていた。
「なあマドノ、やっぱり経験値稼ぎだけじゃなくこっちも何か依頼を受けたらどうだ?」
しかし、マシカルはマドノに叱られた。
「お前は馬鹿か!?」
「え?」
「どんだけ手柄や名声を稼いだってなあ、肝心の魔王に敗けちまったら、意味無ぇんだよ!」
「それは!……それは……」
マシカルは答えに詰まった。
だが、それでもグートミューティヒに手柄や名声を横取りされる事態を快く思わなかった。
「だが!どんなに強くたって、魔王退治を依頼されなきゃ魔王の前に立つ事さえ―――」
それに対し、マドノは胸元のバッチを見せびらかした。
「何寝惚けてるんだ!俺は星空の勇者様だぞ!」
反論の術を失ったマシカルは、手柄を横取りし続けるグートミューティヒへの不満を募らせつつ沈黙した。
その一方、フノクは不満そうに自分の両手を視ていた。
「グートミューティヒ……何か嫌な事を思い出しそうな気がする……」
フノクの不満にマシカルは呆れる。
「そんな事を言って、本当は美女の胸を揉みたいだけでしょ?この変態―――」
「胸!?」
その途端、フノクの眉間に無数の青筋が浮かんだ。
「血が……泡立つ……」
「は?」
「あの巨乳気取りの男乳の感触を思い出す度、血が泡立つ!」
マドノもマシカルもまったく興味を示さなかった。
「だから?」
「まさかとは思うが、経験値稼ぎをサボってまでその女装男を追い回すって言うんじゃないだろうな?」
そんなマドノ達の態度に、フノクの不満を更に悪化させた。
「腹が煮えくり返らんか!?あのぬか喜びを!」
「だから……さっきも言っただろ!魔王に負けたら意味が無いって!」
「と言うか、これに懲りてそう言う馬鹿な事を辞めたら?」
「いーや!福々しくて美しい巨乳は、若く美しい美女にこそ相応しいのじゃ!」
もう聞く価値無しと判断したマシカルは遂に黙った。
その時、勇者一行の前にヒグマが現れた。
「絶好の経験値稼ぎの場を失ってイライラしてるって時に……こうなったら、こいつをぶちのめして経験値の足しにしてやる!」
嫌な予感がしたヒグマは、一目散にその場から逃げたのであった……
その日の夜、マシカルはグートミューティヒなる謎の人物について色々と思案していた。
(マドノの奴はあんな事を言っているけど、本当にこのままグートミューティヒに手柄を奪われ続けて良いのだろうか?)
そして、最近聞く噂を思い出して焦りが募った。
(経験値稼ぎの為の雑魚退治を繰り返すだけの私達と、常に大物狙いのグートミューティヒ……)
自分達とグートミューティヒを比べている内に、マドノに嫌味で無礼な事を言った商人の嫌味な顔を思い出して不安になった。
(大衆は果たしてどっちを信頼するか……マドノは『星空の勇者』と言うブランド名に胡坐をかいているけど……)
そして……脳裏に浮かぶは大勢に称賛されて胴上げされるグートミューティヒの姿。
(……私達……案外危ない所に立っているんじゃないのか?)
問題は、どうやってマドノ達を説得するかである。
巨乳美女へのセクハラを趣味とするフノクならまだしも、名声より経験値を重視して雑魚退治に余念が無いマドノと勝利の美酒に酔い過ぎてマドノの腰巾着に成り下がったンレボウの説得は、恐らく不可能だろう。
勇者とは本来、蛮勇の者を意味する言葉の筈だ。が、肝心のマドノは蛮勇とは程遠い経験値稼ぎの真っ最中……
功を焦りグートミューティヒに横取りされた手柄や名声を惜しむマシカルの、苦悩と胃痛の日々はまだまだ続くのであった。
フノク
年齢:36歳
性別:男性
身長:142cm
体重:38.4㎏
職業:勇者の従者
兵種:拳闘士
趣味:セクハラ
好物:美女、巨乳
嫌物:貧乳、醜男
特技:セクハラ
勇者マドノに仕える格闘家。
極度のスケベで、セクハラの常習犯。女癖が非常に悪い反面、貧乳を極度に嫌っており、マシカルをよく怒らせている。
名前の由来は、『ファイター-ァ❘‵ー=』から。
第7話:人魚島の罠
とある港町で漁獲量がガクンと減衰したと聴き、凶暴なモンスターの仕業と判断したグートミューティヒ。
で、実際に現場となった港町に到着すると、
「やはり今日も帰ってこなかったか……」
(帰ってこなかった?漁獲量が減衰しただけじゃないのか!?)
事態が更に悪化していると感じたグートミューティヒは、事の大きさに戦慄した。
「何が帰って来なかったんですか?」
大人達は、最初の内はグートミューティヒの質問に反応したが、
「なんだガキか……」
グートミューティヒを少女と見間違えた途端、興味を失ってそっぽを向いた。
「ここは子供が来る場所じゃねぇよ。けぇんな」
これ以上有益な情報は得られないと判断したグートミューティヒは、この港の近くで監視を行う事にした。
グートミューティヒは運が良かった。
監視初日から動きがあった。
「最近、我々に献上する魚介類の量が少ないぞ!一体何が遭った?」
漁獲量の減衰に対してとある貴族が文句を垂れたのだ。
が、そんな貴族の尋問ですら真相を吐かせるには至らなかった。
「それが解らないのです」
「ふざけているのか!?解らないとはどう言う意味だ?」
「最近、漁船がこの港に帰って来ないんです」
貴族に問い詰められている大人達の言葉に、グートミューティヒはある確信を得た。
(それってまさか……その漁船が襲われてる)
貴族もまたモンスター犯行を疑った。
「まさか、魔王軍の仕業だと言うのか?」
だが、大人達は貴族(とグートミューティヒ)の予想を否定した。
「それがそうでもないんです」
「は?どう言う事だ?」
(え?違うの?)
が、貴族(とグートミューティヒ)の予想を否定する理由がとてつもなくしょうもない事だった。
「漁船が帰って来ないのは朝の部と昼の部だけでして……」
「魔王軍の関与を否定した理由がそれだけだと?犯人が昼行性の可能性があるとは疑わなかったのか?」
「まぁ……夜の部は普通に帰って来てますけど……」
「反応が悪いのう……とにかく、原因をさっさと究明しろ。人数が足りぬと言うのであれば、その旨をさっさと我々に訴えでよ」
貴族との会話を立ち聞きしたグートミューティヒは、次の日に行動を開始する事を決意する。
次の日の昼。
試しに複数の漁船を出港させると言うので、グートミューティヒがその漁船に紛れ込んだ。
(さて……鬼が出るか蛇が出るか何が出る事やら……)
そして、漁船群が小さな岩山に近付いた時に早速異変が起こった……
「なんだこの歌は?」
「どこから聞こえて来るんだ?」
その時点でグートミューティヒは漁船が帰って来ない理由を知ったが、肝心の漁船が謎の歌の方に向かって進んで行ってしまう。
(なるほど!その歌を聞くと、誰でもフラフラーッと、誘い寄せられちゃうって訳か?)
グートミューティヒが今回の事件について推測している間も、漁船群がどんどん小さな岩山に近付いて逝く。
「ってやば!?このままじゃ岩山に激突する!」
グートミューティヒは隠密行動を諦めて船員を叩き起こそうとするが、
「歌に誘われたら駄目だ!殺されるぞ!」
「それにしても……なんと美しい歌声だろう……」
「皆さん!目を覚まして!これは罠だ!」
「もうどうでも良いわ」
「あんな素晴らしい歌を聞きながら死ぬのなら」
「それも良いんじゃないの」
既に船員全員が謎の歌に完全に洗脳されていた。
「これは……ただの大声だけじゃ駄目だ!他に何か手は……」
だが、グートミューティヒがもたもたしている間にアンコウとノコギリザメが合体したかの様な巨大魚が水面に現れた。
「やはり人間と敵対しているモンスターの仕業だったか!?と言うか、あの貴族が指摘した時点でこの展開は予想出来た……」
グートミューティヒは港町の大人達と文句を垂れた貴族とのやり取りを思い出し、改めてあの港町の危機感の少なさを実感した。
「……無理だろうな。あの様子じゃ証人や目撃者も帰って来ないっぽいし……」
取り敢えずモンスターボールからムウマとピカチュウを取り出した。
「ムウマ!なきごえだ!」
ムウマが大声で泣き出すと、さっきまで謎の歌に操られていた船員達が一斉に目を覚まし、岩山から何かが水面に落ちた音がした。
「ハッ!?」
「俺達はいったい何をしていたんだ!?」
そして、ムウマとピカチュウの姿を確認した途端、船員達は一目散に漁船から逃げ出した。
「うわぁー!?モンスターだぁー!」
「まさか……あの歌もこいつらの仕業か?」
「船を捨てろぉー!歌が届かない所まで逃げるんだぁー!」
ムウマのなきごえのお陰で正気に戻った癖に、恩を仇で返す様に漁船を捨てて逃げ出す船員達を見て呆れるグートミューティヒ。
「……今回だけは……ポケモンとモンスターの区別がつかない設定に感謝だな……」
それに、グートミューティヒにとって問題はこの後だ。
水中から紫色の人魚が次々と現れ、先程の巨大魚もグートミューティヒしか残っていない漁船を恨めしそうに睨んだ。
巨大魚がジャンプしてグートミューティヒが乗る漁船を飛び越えた。
「うお!?あぶねー!」
そう、巨大魚はわざとグートミューティヒに当たる高さで漁船を飛び越えたのだ。
グートミューティヒが慌ててしゃがんだのでどうにか躱したが、紫色の人魚達が先程の歌を再び奏で始めた。
「クソ!あの歌を何とかしないと、冷静さが奪われる!?」
すると、ムウマが何かに気付いてグートミューティヒを突き飛ばし、グートミューティヒの背中すれすれを大量の水流が通過した。
「クソ!油断出来ないのオンパレードだな!サンキュームウマ!」
その間、ピカチュウが巨大魚に電撃を浴びせようと試みるが、思った程効果が無い。
「みずなのに……でんきが効かない!?」
グートミューティヒにとっては想定外の事だった。
みずタイプのポケモンはでんきタイプのポケモンに弱いと思い込んでいたからだ。
だが、グートミューティヒは冷静に戦い方を変えた。
「予想外の前では常識は無力って訳ですか……頭が痛いなぁ……」
次はフシギダネを出すが、つるのムチもあまり効果が無さそうである。
「くさタイプも駄目か!?『理屈じゃないのよ男は!』とはよく言ったモノだが、ここまで理屈が効かないと……やっぱ作戦が立て辛い!」
その間も、巨大魚は漁船に何度も体当たりをして甲板を何度も揺らした。
「うわぁー!?そこまでして冷静さを失いたいかぁー!?」
だが……それが巨大魚の首を絞める結果となった。
モンスターボールからバニプッチが飛び出してしまったからだ。
「バニプッチ!?みずタイプにこおりタイプ……」
でも、でんきもくさも効かないのであれば、常識や理屈も効かないと判断するのが妥当だろうと結論付けたグートミューティヒは、改めてバニプッチにこごえるかぜを放つ様命じた。
すると……こうかはばつぐんだ!
「もがき苦しんでいる!?アイツ……寒さに弱かったのかぁー」
バニプッチのこごえるかぜに苦しむ巨大魚は、誘惑の歌を歌い続ける人魚達にバニプッチを襲わせようとするが、当の人魚達は普通にでんきに弱かった。
「あ、人魚達は普通にでんきに弱かったのね?」
人魚の全滅を確認した巨大魚は慌てて逃走を謀る。
だが!
「逃がすか!お前達に騙された漁師達の鎮魂の為にも!エンジェル!」
グートミューティヒが放った光弾が巨大魚に命中したのを確認したバニプッチがダメ押しのこごえるかぜを放った。
「オエーーーーー!」
断末魔の叫びを上げながら水中に沈み、しばらくして水面に腹を晒しながら息をひきとる巨大魚であった。
先日漁獲量減衰に対して文句を言った貴族が、例の巨大魚から逃げ切った漁師の証言を基にモンスターの索敵を開始する。
すると、
「あれは!?」
「何が遭った!?」
「ダークマーメイドです!既に死んでおりますが」
「死んで?」
そう。
証言の場所に有ったのは、グートミューティヒが撃破した複数の紫色の人魚達と巨大魚の死体だけだった。
だが、
「そんな馬鹿な!?俺が見たモンスターはそこまで大きくねぇ!」
目撃した漁師の証言と現場の惨状との食い違いに困惑する討伐隊。
そこで、腹を晒しながら屍を晒す巨大魚をその場で解剖してみると、胃から人骨や衣服などが大量に発見された。
「やはり、漁船行方不明事件はこいつらが犯人で間違いないです」
「そんな!?」
漁師達が目撃と現実の乖離に混乱している中、貴族はある推測を立てた。
「まさか……お前達を叩き起こして逃がしてやった者こそが、俗に言う『星空の勇者』なのでは?」
「そんな筈は……だって、そいつはモンスターを―――」
「モンスターなら、ここにいるではないか?既に全滅しているがな」
「それに、ダークマーメイドは、美しい歌声で船乗りを魅了して岩礁へ引き寄せ、船を難破させてしまうと聴きます。やはり彼らが犯人ではないでしょうか」
その後……
貴族達の推測が正しい事を証明するかの様の漁船が行方不明になる事態はぱったりと消え、それに比例して漁獲量もみるみる回復していったのであった。
漁師達が現場で見たモンスターの死体をまだ見ていないと言う不安を残しつつ……
「でもぉ……」
「大丈夫。彼らはポケモンだから」
一方、討伐隊を避けて港町に戻っていたグートミューティヒは、今回の巨大魚討伐で大活躍したポケモンの治療に専念していた。
特に、巨大魚が吐く水流から身を挺して守ってくれたムウマは念入りに治療する。
「後は、漁船が帰って来ない事態が解消されて、この海がもう安全だと判って貰えるのを待つだけだ」
だが、グートミューティヒは小さなミスを犯していた。
巨大魚に漁師を提供して餌付けしていた紫色の人魚が、まだ1匹だけ生きていたのだ。
「この恨み……晴らさで置くべきかぁ……」
こうして、たった1匹の紫色の人魚の無謀な復讐旅が始まったのであった。
ツノクジラLv24
HP:2500
EX:1500
耐性:雷、炎、草
弱点:氷
推奨レベル:16
ダークマーメイドの歌に誘われた船員を食べていた巨大魚。アンコウとノコギリザメが合体したかの様な姿をしている。
魚系の魔物でありながら、雷属性と草属性の攻撃に完全耐性を持っており、弱点は氷属性と言うポケモントレーナー泣かせな体質の持ち主である。ただし、協力者であるダークマーメイドは普通に雷や草に弱い。
イメージモデルはツノクジラ【のび太の魔界大冒険】。
因みに、勇者マドノの予想推奨レベルは20。
攻撃手段
ジャンプ体当たり:
わざと対象者に当たる様に足場を飛び越える。
水流:
口から大量の水流を噴射する。
船揺らし:
船に体当たりする事で甲板を意図的に揺らす。
第8話:仇を恩で返す(?)
ダークマーメイド達と手を組んで多くの漁船を難破させて多くの漁師を食い殺していたツノクジラを倒したグートミューティヒ。
が、グートミューティヒが倒し損ねたダークマーメイドが彼の後を尾行していた。
彼女の名は『アム』。
アムもまた、多くの漁船を難破させたダークマーメイドであり、それを邪魔したグートミューティヒを激しく恨んでいた。
(待ってなさい糞女!私達の楽しみを邪魔した事を必ず後悔させながら殺してやるわ!)
アムの決意は固いが、肝心のダークマーメイドはあまり強いモンスターではなかった。
体当たりなどの一般的な攻撃を除くと、歌を歌って対象者を指定場所に移動させる事しか出来ないのである。
故に、難破の原因と結託しないと人間が使用する船舶と互角に戦えないのである。
しかも、ダークマーメイドは本来、海や湖に巣食うモンスター。
だが、今グートミューティヒがいるのは水気の無い地上。
地上を移動できない訳ではないが、それでも水中の方が圧倒的に速い。
正に丘の上の河童!牙をもがれたライオンの様であった。
しかも、今回のターゲットはツノクジラすら倒したグートミューティヒ。
アムは果たしてどうする心算なのだろうか?
「およ?」
グートミューティヒは不思議な歌に誘われる様に森の中に入ってしまった。
「ここは……」
その時!
「うわぁー!?」
何かに両足を引っ張られて逆さ吊りにされるグートミューティヒ。
「おやおや?僕の餌場にのこのこやって来るなんて……随分とおバカさんなお嬢ちゃんだねぇ」
「肉食樹木……トレントか?」
「ほおぉ!結構物知りだな?まさか、最近話題の『星空の勇者』かな?」
物陰に隠れながら戦況を観ていたアムが邪な笑みを浮かべた。
(トレント……奴らはただの木ではない!根、枝、蔓、葉、果実、全てがトレントの武器。しかも、噛む力はワニ以上……トレントの口に入った時点で、あの糞女は終わり!)
結局、アムの手段はダークマーメイドの常套手段である歌を利用した他力本願である。
が、先に悲鳴を上げたのはトレントの方だった。
「グギャアァーーーーー!」
「え?……何いぃー!?」
どうやら、ブビィのほのおのうずを受けてトレントが火達磨になってしまったのだ。
(そ……そうだったぁー!モンスターのクセにあの糞女の味方をする変わり者がいたんだったぁー!)
アムが自分の失念を後悔している間もトレントは燃え続け、遂に灰になってしまった……
「あれ?」
グートミューティヒの前に3人のグートミューティヒが現れた。
「これは……どう言う事だ?」
これもまた、アムの陰謀だった。
(くくく、ドッペルゲンガーはただの黒いスライムじゃない。ターゲットに変身してターゲットを惑わしてターゲットを食い殺す……困れ困れ。もっと困れ!)
アムは今度こそ勝ちを確信したが、困り果てて混乱したのは、3匹のドッペルゲンガーの方だった。
「あれ?……どう言う事だ?」
アムが様子を観て視ると、ドッペルゲンガーの前にメタモンがいた。
「何で?アイツに化ければいいだけじゃん?」
メタモンの事を知らないアムは単純にそう思った。
だが、ターゲットに変身するドッペルゲンガーにとってはメタモンの能力は非常に厄介だった。
なにせ、メタモンもまた相手のポケモンに変身して相手とまったく同じ技を使うのだ。
お陰で、ドッペルゲンガー達はどっちが本物のグートミューティヒか判んなくなってしまったのだ。
そして、アムもまた、
(マジであの糞女はどれだ?……って!踊るな!腕組むな!シャッフルするな!)
結局のところ、どれが本物のグートミューティヒか判らなくなったドッペルゲンガー同士が同士討ちを始めてしまい、3体のドッペルゲンガーはあっさり全滅した。
(くー!あの糞女……ドッペルゲンガーまで従えていたって言うのぉー!?)
「お……おー……」
不思議な歌を追っていたグートミューティヒの前に、巨大な銀色のゴーレムが出現した。
で、グートミューティヒに追われていた歌の歌い手は……やはりアムだった。
が、今回はどうもグートミューティヒに勝つ自信が無かった。
(メダルゴーレム……あの致命的な弱点さえなければ無敵だそうだが、あの糞女がそれに気付くか否か……)
メダルゴーレムと対峙するグートミューティヒが突然走り出し、メダルゴーレムがそれを追う。
(逃げた?どう言う事……いや、あの糞女は油断出来ん!)
アムの嫌な予感は当たっており、グートミューティヒを追っていたメダルゴーレムが突然苦しみ始めた。
「あー!まさか、見つけたのか!?」
そう、グートミューティヒは自分を囮にし、その間に所有ポケモンを総動員してメダルゴーレムの核である8枚の銀貨を探させたのだ。
メダルゴーレムを倒すには、核である8枚の銀貨を破壊するしかないのである。
メダルゴーレムの核である銀貨はメダルゴーレムの体内には無い。だが、メダルゴーレムが遠出する度に核である銀貨はメダルゴーレムの周辺に転送されてしまうのだ。
そして、メダルゴーレムの核である8枚の銀貨は、グートミューティヒの所有ポケモンの総攻撃を受けて破壊された。
(くーうー!またしてもぉー!)
次はどのモンスターをグートミューティヒにぶつけようか悩むアム。
既に3回も失敗しているので、アムもグートミューティヒの実力を認めるしかないのである。
いや……ツノクジラを加えると4回目である。
そこへ、オーガと呼ばれる『醜悪な醜男』がアムの前にいた。
(オーガって大柄で怪力だけど、粗暴で自分勝手で力任せ……あの糞女に勝てるとは―――)
アムがそんな事を考えていると、オーガが厭らしい顔でアムを見ていた。
「そう言えば、ダークマーメイドとやった事は無いなぁ」
オーガの言葉に、アムは嫌な予感がした。
「え……アンタ……何を考えてるの?」
アムの質問には答えず、ただパンツ代わりのパレオを脱ぎながらゆっくりとアムに近付くオーガ。
「待て……待て待て待て待て!待てえぇーーーーー!」
慌てて逃げるアムだったが、オーガは肥満体形とは思えぬスピードでアムを追う。
大柄で醜悪な醜男で有名なモンスターであるオーガは、オス個体しかいないので必然的に異種交配でオーガは子孫を残すのだが、どう言う訳か産まれるのは純血種のオーガのみなのだ。
そして……アムはその純血オーガを産む為の母体としてオーガと交尾させられそうになっているのだ。
だが、このまま黙ってオーガと交尾する心算は無いアムは必死で歌った。アムと交尾しようとしているオーガをグートミューティヒにぶつける為に。
そして、
「やめろぉー!」
グートミューティヒがご都合主義的に現れてくれた。
「あ?何だテメェは?」
オーガがグートミューティヒの方を振り返ると、オーガが邪な笑みを浮かべながら涎を垂らした。
「お。良い女じゃねぇか?まさか、お前も交尾しに来たのか?」
「僕がオーガを出産する?フフフ……フフフ……」
その途端、グートミューティヒも邪な笑みを浮かべたので、アムは色々と不安になる。
「……何……何なの!?」
すると、グートミューティヒが醜悪で邪悪な笑顔で大笑いした。
「あーははは!残念でした!男ですー!」
「!?」
アムは、グートミューティヒの言い訳を直ぐに理解出来ず、無様な豚鼻を晒した。
一方、オーガはグートミューティヒの言葉をただの言い逃れと判断した。
「おいおい。そんな見え透いた嘘なんか言ってどうすんだ?脱がせば解んだよ!」
「いやーどうしよー。僕、男に興味無いオーガに告白されちゃったー」
「諄いぜ?その顔その胸その姿、それで男を偽っても……説得力ねぇんだよ!」
オーガに迫られたグートミューティヒは、ポワルンにある事を命じる。
「ポワルン!あられだ!」
すると、何の前触れも無く霰が降り始めた。
「な……何?急に天候が変わった!?」
「雨?それにしては随分いてぇけど……」
そして、ポワルンの姿も変わっていたが、アムもオーガもそれを気にする余裕は無かった。
「バニプッチ!こごえるかぜだ!」
凍てつく冷気を吹き付けられたオーガは、アムを更に混乱に陥れた。
「だあちいぃーーーーー!」
「何で!?こんなに寒いのに!」
それに対し、グートミューティヒは大袈裟に熱がるオーガを不思議そうに視ていた。
「……僕がこの前読んだ『世界バカ図鑑』の一節は、真実だったのか?」
「真実?何の事よ?」
「極寒の雪山の暑さに耐えられずに沸騰死する」
アムは、馬鹿を見る目でグートミューティヒを見た。
「それって……真夏の話よね……」
が、グートミューティヒは冷静に反論した。
「いや、真冬で豪雪期の雪山でと書かれていたよ。もしかしたら、低体温症による錯覚かも」
そして……大袈裟に熱がり続けたオーガが仰向けに斃れ、そのまま動かなくなった。
「……冗談でしょ」
グートミューティヒはオーガの魔の手からアムを助け出した事を安堵した。
「いやぁー、間に合って良かったですね?」
アムはグートミューティヒの態度に混乱した。
「確かに助かったけど……何でアンタがそれを喜ぶのよ?」
「それは勿論、貴女に借りが有るからですよ」
「借り?」
アムは意味が解らなかった。
今までアムはグートミューティヒに様々なモンスターを差し向けたが、グートミューティヒに恩を売った覚えは無い。
だが、グートミューティヒの言い分は真逆だった。
「だって、君の歌のお陰でこの辺で悪さしていたモンスターを探し出せたじゃん」
それを聴いて嫌な予感がするアム。
「探し出せた……もしかしてアンタ……私の歌を頼りにモンスターを探してたって言うの!?」
「うん!」
嬉しそうに首を縦に振るグートミューティヒを視て、アムは愕然とした。
アムがグートミューティヒを倒す為に行って来た努力をドッキリに例えるなら、『仕掛け人がターゲットの手の平で踊る』様なモノだ。
「私って……私……て……」
アムは、自分の不甲斐無さに失望し過ぎて失神した。
「あ!?おい!大丈夫か!?おい!」
アムが目を覚ますと、湖に浮かんでいた。
「ここは?」
「目が覚めたかい?」
目の前にグートミューティヒがいるので慌てて距離を開ける。
「うわぁー!?あ!?うわぁー!」
アムが慌てる中、グートミューティヒは冷静に語り掛けた。
「大丈夫。攻撃はしないよ」
「何言ってるの!?アンタが人間で私がモンスターよ」
「それがどうかしました?」
アムはグートミューティヒの質問の意味が解らなかった。
「『何で?』?……何を言っているのか解ってるの?」
グートミューティヒは何故不思議がるのかが解らなかった。
「何故そこまで警戒するんですか?戦う理由は無いのに」
「無い……アンタが人間で私がモンスターよ!」
「それは、種族や分類が違うってだけの話でしょ?それのどこが戦う理由なんですか?」
アムは予想外の質問に困惑した。
目の前にモンスターがいるから戦うと言う常識が、このグートミューティヒにはまるで通用しないからだ。
「モンスター……」
アムはここでグートミューティヒの戦闘方法を思い出し、グートミューティヒの人間とモンスターの関係に関する常識が通用しないが綺麗事でも嘘偽りでもない事を確信してしまった。
「そこの糞女、アンタ何者なの?」
アムの質問に対し、グートミューティヒは何の策略も無く普通に答えた。
「グートミューティヒ。まだまだ成長途中のポケモントレーナーで、女装好きな男です」
理解に苦しみ過ぎて無言になるアム。
「あ、『貴女への借りを返している途中』を付け加えるのを忘れていましたね」
そして……
グートミューティヒはアムに対して何もせずに去ってしまった。
「グートミューティヒ……アンタ何者なの……」
アム
分類:ダークマーメイド
体長:163cm
全長:195.6㎝
体重:58.4㎏
体型:B88/W62/H88
胸囲:D70
趣味:歌唱、演奏、ターゲット誘導
好物:ターゲットの悲鳴
嫌物:勘の鋭いターゲット
特技:歌唱、演奏、催眠術
誘惑と催眠の効果がある歌でターゲットを死地に誘導するモンスター、『ダークマーメイド』の1匹。
他のダークマーメイドとツノクジラをグートミューティヒに退治され、仇を討つ為にグートミューティヒの後を追う。当初は自慢の誘惑歌でグートミューティヒに様々なモンスターを差し向けるものの、彼と交流を深めるうちに心を開き、ダークマーメイドに秘められたあるポケモンに似た体質を開花させていく。
イメージモデルは悪堕ちした麗日お茶子【僕のヒーローアカデミア】。
第9話:「お前はイーブイか!?」
ある日、グートミューティヒの許にこの前の宝石鉱山の主の使いを名乗る男がやって来た。
「受け取る?」
「はい。貴女様が奪還して下さった鉱山で、膨大な魔力を秘めた宝石が発掘されたのですが、主は戦闘向きではないので」
「で、恩を返す名目でその石を捨てに来たと?」
グートミューティヒは目の前の男の口の巧さに呆れた。
本当なら、「礼は要らない」「人を快楽感覚で苦しめる者が嫌いなだけ」と言って追い返しているのだが、ただ単に「ゴミの処分を手伝ってくれ」と言われてしまったら……
で、結局その魔力を秘めた宝石を受け取ってしまったが、その宝石の正体に驚くグートミューティヒ。
「これ……進化の石じゃないか!」
しかもほぼコンプリート状態であった。
「……問題は、どのポケモンにどの石を使うかだな……」
石さえあれば好きな時にポケモンを進化させる事が出来るが、進化させたポケモンはほとんどの場合レベルアップで技を覚えなくなる、もしくは1つ2つしか覚えられなくなるので、進化させるタイミングに注意が必要なのだ。しかも、進化前と進化後でその姿が大きく変わるので、それなりの覚悟がいるのである。
「……えらい物を受け取っちゃったなぁ……」
「……何やってんのかしら?あの糞女……じゃなく糞男」
そんなグートミューティヒを物陰で監視していたアムは、座り込んで動かなくなったグートミューティヒが気になって近付こうとしたが、先日グートミューティヒの手の平で踊らされたうえに、オーガと交尾させられそうな所をグートミューティヒに助けられていたので、罠の可能性を考えて不安になった。
「……近付いても大丈夫かしら……」
すると、グートミューティヒは複数の進化の石が入った箱に蓋をした。
「まだ早いな。暫く様子見するか」
「速い?何が?」
遂に我慢出来なかったアムは、グートミューティヒに質問しようとしたが、
「ぐっ!?」
アムが複数の進化の石が入った箱を奪おうとした途端、アムの全身に激痛が走った。
「がああぁーーーーー!?」
突然苦しみだすアムを視て慌てるグートミューティヒ。
「なんだ!?何が遭った!?」
グートミューティヒの質問に答える余裕が無いアムだったが、アムの身体の変化を視て、原因が進化の石だと判断。試しにたいようのいしを近づけて視ると、
「がああぁーーーーー!?あっ!がああぁーーーーー!」
アムは白目をむきながら悶え苦しんだ。しかも、本来なら失神してもおかしくない程の激痛を受けているのに、激痛の連続のせいで失神する余裕すら無かった。
で、グートミューティヒがたいようのいしを遠ざけると、アムを苦しめていた激痛は去り、失神を阻むモノを失ったアムが眠る様に失神した。
「……まさか……」
グートミューティヒは次にめざめいしをアムに近付けた。
「う!?がああぁーーーーー!?」
アムが再び激痛に失神を妨げられたので、グートミューティヒはある結論に至った。
「お前はイーブイか!?」
「があぁーーーーー!」
アムが慌てて飛び起きると、何故か焚火の音がした。
「な!?火!?な?」
アムが混乱する中、グートミューティヒが呆れながらアムに質問した。
「大丈夫かい?イーブイ擬きさん」
「いーぶい?何よそれ?」
「……話せは永くなるけど、訊くかい?」
グートミューティヒの見立てによると、アムは無意識の内に進化の石の力で進化しようとしたが、ダークマーメイドが進化の石で進化したのは久々だったのか、アムは進化に伴う激痛に耐え切れずに失神出来なかった。と言うのだ。
で、ある特定のポケモンを進化させる進化の石に複数反応するポケモンは8種類もの進化先を持つイーブイくらいだと言うのだ。
「と言う訳で」
「どう言う訳よ?」
グートミューティヒはアムに複数の進化の石が入った箱を差し出した。
「好きなのを選んでくれ。ただし、進化の石で進化出来るのはたった1回。しかも、1度進化すると石を使用する前に退化する事は出来ない。だから、慎重に選んでくれよ」
アムは恐る恐る進化の石が入った箱に触れようとしたが、先程の失神を妨げる程の激痛を思い出してしまい、尾びれで箱を叩き飛ばした。
「な……何が進化よ!」
「うわぁ!?」
グートミューティヒは慌てて箱をキャッチして落ちた進化の石を全て拾った。
「あ、あぶねー!これ、結構貴重なんだよぉー!」
「もう騙されないわよ!どうせこれも罠なんでしょ!?」
そんな事知るかと言わんばかりにアムは不貞腐れながら何処かへ去って行った。
「……やはり誰だって怖いんだろうなぁー。痛みを伴う変化って奴を」
その後もアムがグートミューティヒ打倒を目的に尾行を行うが、アムの心境はただ恨むだけ初期とは違って複雑だった。
(グートミューティヒ……アイツ……本当に何なの……)
本当にグートミューティヒを倒すべきなのかさえ疑う程であった。
その時、グートミューティヒが険しい顔をしながら走り始めた。
「え?……今度は何なの?」
グートミューティヒが辿り着いたのは、ヒトカゲを叩きのめした山賊の許であった。
「そこで何をしている!?」
現場に駆け付けたグートミューティヒは、心無き山賊に敗れ重傷を負ったヒトカゲを抱き起した。
「大丈夫か!?」
そんなグートミューティヒを観た山賊が大笑いする。
「何やってんだこの女?普通、モンスターに襲われた俺達の方を心配するだろ?」
グートミューティヒは山賊の嘲笑いをあえて無視し、重傷のヒトカゲに治療魔法のリカバーを掛けた。
「おいおい。この女バカか?人を襲うモンスターにリカバーかけてどうすんだ?」
グートミューティヒは無視を装っているが、その体は怒りで揺れていた。
そうとは知らずな山賊は、ヒトカゲを再び叩きのめす為にグートミューティヒに命令する。
「どきな小娘。お嬢ちゃんが余計な真似をしたせいで、せっかくのモンスター退治が1からやり直しになっちゃったじゃねぇか」
だが、グートミューティヒは退くどころかヒトカゲを庇う様に立ち塞がった。
この展開は、アムにとって予想外で理解不能な展開であった。
(アイツ!?……何でアイツはモンスターを?今まで私が差し向けたモンスター全部倒したくせに)
が、アムはグートミューティヒに言われたある言葉を思い出した。
(種類や分類が違うの何処が戦う理由なのか……アイツ……それを本気で……)
それに……
「モンスター退治が悪者扱いだと?このアマは本当に馬鹿だなぁ」
ポケモン以外のモンスター側から観ても、ヒトカゲを庇うグートミューティヒへの誹謗中傷は非常に腹立たしかった。
(いや、最早糞女の言い分なんかどうでも良い!あいつらを皆殺しにしなきゃ気が済まないわ!)
そして……アムは遂に山賊を挑発してしまった。
「おい。そこの屑共」
「お?モンスターがもう1匹いたか?」
「人間風情が私達モンスターに歯向かうなんて、10000年早いわ」
アムがグートミューティヒの代わりにヒトカゲを虐待した山賊を倒してくれるのはありがたいが、それに関してグートミューティヒは1つ気になる事が有った。
「戦うのは良いけど、他に武器有るの?」
グートミューティヒのこの質問に対し、山賊は鼻で笑った。
「武器だぁ?どこに目を付けてんだお前?」
一方のアムは……自分の致命的なミスに気付いて蒼褪めた。
「歌とぉー……後は噛みつきと引っ掻きぐらいでぇー……」
グートミューティヒはアムの想定外の無謀さに頭を抱えた。
とは言え、歌以外に武器が無い以上、アムはただ歌うのみであった。
しかし、
「生憎だったなぁー。こっちには、モンスターの毒歌を中和させる耳栓が有るんだよ」
山賊達のこの言葉に、アムはますます蒼褪める。
「嘘でしょ……」
「はあぁ……しょうがな」
ここはやはり自分の出番だと思いかけたグートミューティヒであったが、ここでアムの代わりにヒトカゲを虐待した山賊を退治したら、アムのモンスターとしての誇りはどうなるのか?
とは言え、このままほっとけばアムはヒトカゲを虐待した山賊に敗ける。もとい、殺される。
で、アムのプライドを傷付けずに山賊を倒す方法は在るのか?
いや……1つだけ方法が有った!
「選べぇー!」
グートミューティヒはある箱をアムに投げつけた。
そして、その箱に見覚えがあるアムは、あの時の失神を阻害する程の激痛を思い出して恐怖で体が震えた。
「選べって……この箱に入ってる石って、私を散々痛め付けた奴じゃ……」
だが、今のアムにその様な贅沢な事を言ってる場合じゃない。
「痛みを伴う成長を嫌う人が多い事を僕は知ってる。でも!このままじゃ君は、僕に勝つ前に殺される!」
「う……」
一方の山賊達はアムとグートミューティヒのやり取りの意味が解らずキョトンとしていた。
「……何やってんだこいつら?」
「……さあ……」
アムは観念したかの様に箱を開け、中に入っている10種類の進化の石を睨んだ。
「ぐ!……」
アムはその時点で既に痛かった。
だが、グートミューティヒの言う通り、悔しい気持ちのまま人間に殺されるのも確かに癪だ。
アムは観念して2つの石を持ち上げた。その途端、
「あ!?が!がああぁーーーーー!」
余りの激痛に手にした2つの石を投げ捨てたくなるが、このまま自分達モンスターを侮辱する山賊を野放しに出来ないと言う思いをバネに2つの石を自分の胸元に押し込んだ。
「ぐ!があー!ぐおぉーーーーー!」
一方、進化の石を2種類取り込もうとしているアムを視て、グートミューティヒはあまりの非常識さに驚いた。
「馬鹿な……取り込める進化の石の数は、1匹1個の筈。イーブイですら石を2個取り込んだって話は聴かないし……」
その一方、アムは激痛に耐えられずに遂に2つの石を放してしまったが、石は既にアムの胸元に刺さり続けてアムと同化しようとしていた。
「があぁーーーーー!あが!がああぁーーーーー!」
「出来るのか?進化の石1匹2個を!」
「な……何が起こってるんだよぉ?」
そして……
グートミューティヒの心配をよそに、アムは2種類の進化の石と完全に同化した。
「……」
無言のアムを見て不安になるグートミューティヒ。
「……何か喋って」
その懇願を合図に、アムは不敵で邪な笑みを浮かべた。
で、2種類の進化の石と同化したアムが始めた事は、いつもの歌だった。
「けっ!何が始まるかと思えば、脅かしやがって―――」
だが、手下①は武器を捨て、おもむろにアムに向かって歩き始めた。
「え?お前、何をやってんだ?」
更に手下②はぼさっとしながら暢気に呟いた。
「マジックだなぁー」
「何変な事を言ってんだ!目を覚ませ!」
山賊が手下②を殴るが、手下②の場違いで急な暢気は一向に治らない。
「マジックだなぁー」
山賊が嫌な予感がしながらアムの方を見る。
「まさか……俺達が使っているモンスター対策耳栓が、あの毒歌に敗れたと言うのか!?」
グートミューティヒはその原因をこう推測した。
「まさか、アイツが取り込んだ2個の石が、アイツの歌をパワーアップさせたのか?」
そうこうしている内に、手下①がアムに抱き付きアムのおっぱいに顔を埋めた。
「イタタタ!もう♪そんなに激しく吸ったらちぎれるじゃない♪そこまで女に飢えてたのね♪」
そして……手下①はアムのおっぱいに頭を挟まれながら感電死した。
「よ!」
「ギャアァーーーーー!」
「何でだよ!?魚系モンスターは雷に弱い筈だ!」
「アイツが取り込んだのは『かみなりのいし』だったのか?」
にも拘らず、手下②の場違いで急な暢気は一向に治らない。
「マジックだなぁー」
「何を暢気な事を言ってんだ!死にたいのか!」
山賊が慌てる中、アムの身体が宙を浮き、再び歌い始めた。
「く!止めろ!くそ!他に俺の耳を塞ぐ奴は無いのか!?」
「この能力は……どの石の力だ?」
「石だと!?……あの箱の事か!」
山賊は慌ててグートミューティヒがアムに投げつけた箱に向かって走り、中にある進化の石を耳に詰めようとしたが、進化の石は山賊と同化するどころか力を貸す事すらしなかった。
「何も起きねぇ……と言うか、どう使うんだよこの魔石!?」
その直後、手下②の悲鳴が木霊した。
「アーーーーー!?」
「今度は何だ!?」
山賊が見上げると、アムの目の前にある黒い渦の様な穴が手下②の全身を、まるで掃除機が塵を吸引する様に吸い取っていた。
「ルナΛを使う魚系モンスターだと!?何でそんな奴がこんな所に!?」
アムが性懲りもなく再び歌を歌い始めたので、山賊が慌てて両手で耳を塞いだ。
「やめろ……やめろぉー!俺は毒歌を中和する耳栓をしてるんだ……そんな毒歌通用する訳ねぇだろぉー!」
慌てる山賊を見て、アムはどうやってトドメを刺そうか思案したが、ふとグートミューティヒの心配そうな表情が見えたので、山賊へのトドメを諦めた。
「だったら失せな。アンタ、私の好みじゃないんだよねぇー」
アムが歌うのを止めた途端、山賊は捨て台詞を吐きながら走り去った。
「くそぉー!覚えてやがれ!」
そんな山賊の悪い意味で諦めの悪い性格に呆れるグートミューティヒ。
「言っちゃうんだソレ。こいつとまた戦う羽目になる事を誘発する台詞を」
グートミューティヒが箱の中身を確認し、進化の石が残り8個である事を確認した。
「パワーアップしたあいつの歌を防げなかった時点で、進化の石を見限ったか?もったいない事を……」
で、問題は2種類の進化の石と同化してパワーアップしたアムをどうするかである。
「箱の中身からして……君が取り込んだのは『かみなりのいし』と『やみのいし』と言ったところか……まるで重力を操る雷雲だな」
一方のアムは、頭を掻きながら溜息を吐いた。
「……白けたわ。もう戦う気が無いわ」
「それは、例の借りの事を言っているのか?それなら、君が無事に進化した時点で既に無効だろ?」
「借りねぇ……私、アンタに何を貸したっけ?」
「良いのかいそんな事を言って?もったいないぞ」
「良いわよ。覚えてないって事は、そこまで興味が無いって事なんでしょ?」
アムが既に殺意を失っている事を察したグートミューティヒが警戒を解くと、ヒトカゲが漸く目を覚ました。
「大丈夫。もう誰もイジメないよ」
グートミューティヒの言葉を聞いたヒトカゲは、笑顔を見せたのち、どこかへ走り去った。
「あのヒトカゲ、もう大丈夫そうだ」
グートミューティヒの嬉しそうな笑顔を見て、アムはますます混乱した。
「ちょっとそこの糞女……じゃなかった糞男。アンタ……誰の敵なのよ?」
それに対し、グートミューティヒはあっけらかんと答えた。
「ん?悪い人の敵だけど。それが何か?」
「えーとぉ……つまり、アンタの敵は誰なの?」
「だから、悪い人だって。仲間を傷つけたり、何もしていない人を苦しめたり、自分勝手が過ぎる人。僕はそう言う人が許せないんだ」
アムは、とてつもない強敵に見えたグートミューティヒの唯一の弱点を見つけた気がした。
グートミューティヒは……一見ワガママに見える程優し過ぎるのだ。
だから、被害者が誰であろうと相手に非があると黙っていられないのだ。
「それが……貴女がこの前言っていた『種類違いは戦う理由にならない』なの?」
グートミューティヒは少し考え、自分の意見を脳内でまとめてから言葉を紡いだ。
「……そうだね。種類や分類が違うだけで戦っていたら終わりが無いからね」
「終わらない戦い?」
「そう。絶対に全く同じ個性なんてこの世には無いと思ってる。だから思うんだ。いちいち人種違いを理由に戦っていたら、何時まで経っても戦いは終わらないし時間の無駄だと」
アムが呆れながらそっぽを向いた。
「そりゃまあ確かに、さっき逃げた奴、私達モンスター相手に無駄な抵抗をした人間の中で最も見苦しかったしね」
「あれは、ちゃんとした大義名分が無いからそう見えるんだよ。そして、そう言う大義名分が無い邪悪な戦いを毛嫌いし拒絶する行為は、良心の常套習性だよ」
その途端、アムは赤面した。
「りりりり良心ですってぇー!?私は魔王軍所属のモンスター!そんな私が何で下等な人間の感情に同意しなきゃいけないのよ!?」
その途端、グートミューティヒが凄ぉーく嫌な笑顔でニヤニヤしながら語る。
「照れんなや!ツンデレか!」
「おーし、殺す!新しく手に入れた力で、今度こそお前を殺す!」
そして、じゃれ合いの様な戦いをした2人は、暢気に大の字で寝っ転がっていた。
「本当に訳が解らないわ……アンタ、本当に何者?」
「ただの新米ポケモントレーナーだよ。ちょっとお人好しなね」
アムは起き上がりながら頭を掻いた。
「やっぱ白けたわ。今日の所はこのぐらいにしてあげるけど、次は無いと思いなさい!アムよ!それがアンタを殺すモンスターの名よ!」
そう言うと、空中を泳ぐ様に逃げ去るアム。
「アム……ね。そう言うところがツンデレなんだけどねぇ……」
そんな事より、パワーアップしたアムに完敗して逃走した山賊の行方が気になるので、一応探してみる事にしたグートミューティヒであった。
ダークマーメイドの隠された異能について
ダークマーメイドは、長年誘惑効果がある歌を歌って対象者を指定した場所に誘導する魚系モンスターと信じられてきたが、グートミューティヒの調査によって隠された成長が明らかになった。
ダークマーメイドは、10種類の進化の石に反応する上に進化の石を2個まで取り込む事が可能であり、理論上は65種類もの進化先を持つモンスターだったのである。
その証拠に、アムを名乗るダークマーメイドは、「かみなりのいし」と「やみのいし」を取り込んだ事で電気と重力を操り、口から黒煙を吐ける様になった。
だが、ダークマーメイドは進化の石を取り込む際、失神を阻害される程の激痛に襲われてしまい、そんな激痛を嫌って進化の石に触れる事を拒否するダークマーメイドもいると言う。
第10話:時は巨乳男の娘に試練と成長を与えた。
1度はグートミューティヒの許を去ったアムだったが、あの時取り逃がした山賊の事を思い出し、
「先にあいつを殺すのはこの私よ。あんな糞野郎じゃない!」
とか言って再びグートミューティヒの尾行を始めた。
しかも、下半身を変化させて人間に変装してだ。
「どうやら……アイツはまだ来ていない様ね?」
一方のグートミューティヒは暢気に買い物をしていたが、ある物が売っていないので店員と揉めていた。
「あ。珍しい。あの糞女……じゃなかった糞男も人を困らせる事も有るんだ」
で、結局無いと言われたグートミューティヒが突然引き返したので、アムは慌てて物陰に隠れた。
(おっと!)
そのまま全速力で走り去るグートミューティヒを観て困惑するアム。
「……どう言う事……?」
グートミューティヒが辿り着いたのは、かつてスカルオクトパスに穴場を奪われた薬草狩りの青年だった。
「お前!まーたあの穴場を奪われたのか!?」
グートミューティヒとの予想外の再開に驚く青年。
「えー!?戻って来たのぉー!」
だが、慌てる青年を無視して問い詰めるグートミューティヒ。
「そんな事より!またあの穴場を奪われたのか!?」
「……何で解った?」
「どの店行ってもアンチドーテが品薄だったからね」
「あ……なるほどね」
青年は観念して薬草狩りの時に起こった出来事を語った。
「またあの蛸が?」
「ああ。しかも、そいつはアンタを探してる様だった」
「僕を?」
「その蛸に言われたんだ。『お前か?俺の仲間を殺してせっかく枯らしたカモミールやヘンルーダを元通りにしたのは』って」
グートミューティヒはスカルオクトパスの身勝手さを思い出して不満げになる。
「……どうやら、あの程度のお仕置きじゃ足りない様だね。あの蛸は」
立ち上がるグートミューティヒを観て慌てる青年。
「まさか!?行くのか!?」
「当り前です!自分がどれだけ悪い事をしているのかを解らせる必要が有ります!」
「でも、アイツはアンタが来るのを待ってるんだぞ?」
グートミューティヒは自信満々に振り返った。
「こっちだってただダラダラと旅をしていた訳ではありません。もう2度とこのような迷惑行為が出来ない様にしてやりますよ!」
そんな会話を立ち聞きしていたアムは、スカルオクトパスならと期待はしたが……
(スカルオクトパスならあの糞男に勝てるかもしれない……でも……)
アムはふとスカルオクトパスの自分勝手な態度に対する不満と文句が思い浮かぶ。
「誘き寄せるだと?追い払うの間違いではないのか?」
「私達が馬鹿な人間を誘き寄せ、アンタが馬鹿な人間を食う。それで良いじゃないか」
「おれの手を煩わせる気か。俺の出番が来る前に追っ払えば良いものを……たく!使えねぇなぁー」
グートミューティヒにスカルオクトパスを叩きのめして欲しいと言う願望を抱いてしまったアムは、邪念を振り払う様に慌てて首を激しく振った。
「何考えてるのよ私!?スカルオクトパスがあの糞男を叩きのめせば良いだけの話よ!それなのに……」
だが、どうしても思い出して比較するは、グートミューティヒの優しさとスカルオクトパスの自分勝手。
それがアムのグートミューティヒ討伐の意志を揺るがせる。
「……私は……」
グートミューティヒは早速スカルオクトパスの手下のゴブリンに遭遇する。
「カカレッ!」
「タッタ1人デ馬鹿メ!」
「身包ミ剥イデヤレ!」
グートミューティヒは頭を掻いた。
「これがデジャブか?」
結局、アムの予想通りゴブリン如きじゃグートミューティヒには勝てなかった。
「ナ!?何ダ!?」
「何デコイツラハ俺達ヲ襲ウ!?」
「コイツラ、魔王様ノ配下ノモンスタージャナイノカヨ!?」
「これがデジャブか?」
「駄目だこりゃー」
で、圧倒的な実力差によって殺意を失ったゴブリン達であったが、
「いいぜ。逃げな」
「エ?逃ゲル?」
ゴブリンは予想外の言葉に困惑する。
「俺達ヲ……殺サナイノカ?」
「そんな事をしなくても……もう決着は着いた。これ以上は既に戦いじゃない」
だが、疑り深いゴブリン達は直ぐには逃げなかった。
「嘘ダ!本当ハ俺達ヲ後ロカラグッサッテヤルンダロォー!」
グートミューティヒは困りながら頭を掻いた。
「疑り深いねぇ……君、猜疑心に殺されるタイプ?」
蔭で観ていたアムはゴブリンに同情した。
「ま、あんなに強い奴に無防備な背中を見せたくない気持ち……解るわ」
だが、グートミューティヒの更なる言葉にゴブリンの恐怖心は更に高まった。
「でも、僕がこのままスカルオクトパスの所に辿り着いたら、君らの命の保証は無いよ?」
「ハ?」
「何デ?」
「それどころか、僕と一緒にスカルオクトパスの許に戻ったら、君達は間違いなくスカルオクトパスに殺されるよ」
「エッ!?」
グートミューティヒの脅し文句を陰で聞いていたアムは、『スカルオクトパスにグートミューティヒを斃させる』と言う思惑が更に揺らぐ。
(言われてみれば……アイツはツノクジラと違って、私達ダークマーメイドの常套戦法に寛容じゃなかった……寧ろ……)
「だから、今回の敗北が奴にバレる前に……逃げな」
この言葉を契機に、ゴブリン達は一目散に逃げた。物陰に隠れたアムには目もくれずに。
「……本当に逃がした!?」
アムの迷いは更に深まる一方だった……
「そこの小娘、何故貴様がここにいる?……あの役立たず共がぁー!」
スカルオクトパスの自分勝手な言い分に呆れるグートミューティヒ。
「相変わらずな自分勝手だな?もし、さっき遭ったゴブリンと一緒だったら、そのゴブリンはどうなる?」
「かあぁー!」
グートミューティヒに向かって吐き捨てた岩が、スカルオクトパスの答えだった。
「結局……今回もその程度か!?」
グートミューティヒがモンスターボールからフカマル、ブビィ、ポワルンを出した。
「ポワルン!にほんばれだ!」
ポワルンが祈ると、日差しがどんどん強くなっていく。
「ブビィ!ほのおのうずだ!」
激しく渦を巻く炎の中に閉じ込められるスカルオクトパス。
「ぐおぉーーーーー!」
スカルオクトパスがもがき苦しむ中、グートミューティヒがダメ押しの攻撃をフカマルに命じた。
「フカマル!すなじごくだ!」
激しく吹き荒れる砂嵐がスカルオクトパスを苦しめる。
「ぐがあぁーーーーー!」
グートミューティヒ達は様々な戦いを経て強くなった。
かつては火の粉程度の炎しか吐けなかったブビィは、ほのおのうずを放てる程逞しく成長した。
始めてスカルオクトパスと戦った時はすなかけしか出来なかったフカマルも、今ではすなじごくを使いこなしている。
そして、ポワルンは待望の天候操作技を身に着けて他のポケモンをサポート出来る様になった。
人助けの為にボスモンスターを倒し続けた事は、グートミューティヒを強くしており決して無駄ではなかった。
最早、スカルオクトパスはグートミューティヒの敵ではなかったのだ。
「グ……ぐおぉーあぁーーーーー!」
グートミューティヒとの圧倒的な実力差を思い知ったスカルオクトパスが慌てて逃げるが、そこに不満げなアムが立ち塞がっていた。
「……あむ?……」
予想外の展開に困惑するグートミューティヒ。
一方のスカルオクトパスはアムを盾にするかの様にアムにすれ違おうとするが、その直前に感電してしまい逃げ足が停まる。
「がぐ!?何!?」
「アム……お前まさか……」
アムは不満げな状態のまま、スカルオクトパスに質問した。
「ねぇ、あの糞男をアンタの眼前に連行したゴブリンをアンタが殺したそうだけど、それって本当?」
グートミューティヒはアムの質問がどんな結果を生むのかを悟り、慌てて口を挟んだ。
「やめろアム!どの道そいつはほのおのうずとすなじごくになぶり殺される!アムが手を出す必要は無い!」
だが、アムはスカルオクトパスへの質問を辞めない。
「答えなさい。あの糞男をアンタの眼前に連行したゴブリンはどうなるの?」
「考え直せアム!アムがそいつにトドメを刺せば、アムは魔王軍での居場所を失うぞ!」
だが、グートミューティヒの懇願も虚しく、スカルオクトパスは必死にアムに命令するだけであり、アムはそれを消極的な肯定と判断してしまった。
「やあぁーーーーーめえぇーーーーーろおぉーーーーー!」
「……消えろ!」
アムは、グートミューティヒの制止を振り切って無重力化したスカルオクトパスを天空に投げ捨てた。
「何故だあぁーーーーー!?」
「アム……なんて事を……」
そして……アムに投げ捨てられたスカルオクトパスは地上に戻る事無く星となった。
怒りに任せてスカルオクトパスを倒してしまったアムを心配するグートミューティヒ。
「……本当に……これで良かったのか?」
「何がよ?」
「決まってるだろ……アイツをやっつけたのがお前だなんて……」
「だってムカついたんだよ」
今のアムは気に入らないスカルオクトパスを倒してスッキリしているが、考えてみればアムの今後が怖いのだ。
「……お前……魔王軍を裏切った事になるんだぞ?」
グートミューティヒの言い分の意味が解らず首を傾げるアム。
「何で私が魔王軍を裏切った事になるのよ!」
グートミューティヒは軽く混乱した。
「いや、何でって……アイツは毒を武器にするモンスターだろ?」
「そうよ。で?」
「毒を武器にするモンスターにとって解毒剤であるアンチドーテの生産量は死活問題」
「だから何よ?……あれ?」
やっと事の大きさに気付き始めて少しずつ蒼褪めるアム。
「で!あの大蛸はアンチドーテの材料を大量に入手できるこの穴場を占拠した。それを君は―――」
ここでアムが逆ギレする。
「今更そんな事言われても、もう遅いわよ!」
呆れるグートミューティヒ。
「だから君は慌ててるんじゃないか」
グートミューティヒの正論に対して何も言えないアム。
「そ……それは……そうだけど……」
頭を抱えるグートミューティヒ。
「……やっぱり……感情のみで判断するのはリスクが大きいな?」
で、困り果てたアムが出した答えは、
「で……何時まで付いて来る気だよ?」
「あんたの隙を見つけるまでよ。精々気を緩めない事ね」
結局、アムはいつも通りグートミューティヒに付き纏うのであった。
「このツンデレめぇ……」
スカルオクトパスLv9
HP:700
EX:50
耐性:毒
弱点:雷
推奨レベル:3
人間の頭蓋骨の姿の大蛸。口から岩や毒液を吐いて攻撃してくる。
冷酷で自分勝手な性格で、敵に脅迫された部下を容赦なく殺害したりアンチドーテ制作を邪魔する為に薬草採取を妨害したりする。
因みに、勇者マドノの予想推奨レベルは7。
攻撃手段
触腕:
腕を振り下ろす攻撃。
締め上げ:
触腕で締め上げる攻撃。
岩:
正面に岩を吐き出して攻撃する。
毒液:
緑色の毒液を山なりの軌道で飛ばす。地面に落ちても水溜りとなってしばらく残り続ける。
第11話:ダイスケの逆襲
先日、ヒトカゲに倒そうとしてアムに返り討ちになった山賊がある洞窟に逃げ込んだ。
「お頭ぁー!お頭ぁー!」
そこにいたのは、金色のプレートアーマーを着用した大男だった。
「どうしたダイスケ?そんなに慌てて?」
「俺の手下が、俺の手下が、殺された!」
大男は鎖付きの鉄球を持ち上げたので、山賊は少しビビった。
「負けた?」
「ひいぃー!」
「まだ鍛え足りない様だな?」
「そうじゃないっす!そいつら、変な魔石を使いやがって!」
「魔石?詳しく話せ」
山賊の話を聴いた大男は、ダークマーメイドの隠された体質に興味を持った。
「つまり、その魔石を取り込んだダークマーメイドが突然雷を放った訳だな?」
「そうっす!しかも、ダークマーメイドに魔石を渡した小娘も、俺達が退治しようとしたモンスターを庇いやがって」
「モンスター?お前のテリトリーにか?」
山賊はここぞとばかりに大男に頼る。
「だからこそ!お頭の力で奴らの出過ぎた鼻をへし折って下さいよぉー」
そんな山賊の態度に呆れる大男。
「そう言うダイスケはどうするんだ?」
山賊は慌てて首を横に振る。
「無理無理無理無理!お頭の手を煩わせる必要が無いなら、こんな話はしませんよ!」
「まったく……使えないなぁ……まあいい、こっちの仕事が終わったら手伝ってやる」
山賊は首を傾げる。
「仕事?」
よく視ると、大男の隣に2人の女性が怯えながら抱き合っていた。
「この女は?」
「身代金だ」
「あー、そう言う事ですか。で、もしその身代金が届かなかった時は?」
「こいつらの餌だ」
すると、人間の様な頭部と鷲の様な足を有するオオコウモリが飛んで来た。
それを見て山賊は驚き、女性達は更に怯えた。
「インキュバス!?」
「俺が手懐けた」
「流石お頭!相変わらずお強い!」
大男はクスッと笑った。
「こいつらは下品で節度が無いからなぁ……異種交配に躊躇が無いぞ?」
怯える2人を見下ろす大男。
「もしもお前達がこいつらを楽しませた時は、払わなかったケチな国王を恨むんだな」
大男の邪で下品な高笑いが響いた……
今日もグートミューティヒを追うアムだったが、その理由は大きく変わっていく。
「……今日は攻撃しないのかい?」
「隙を探してる最中よ!」
素直になれば良いのにと思うグートミューティヒであったが、まだまだ『ポケモン以外のモンスター』と言うプライドがそれを許さないのだろう。
(つまらないプライドだなぁ……ポケモンみたいにもっと素直になれば良いのに)
そうこうしている内に、グートミューティヒは軍隊と遭遇した。
「な……なんだこの物々しさは?」
嫌な予感がするグートミューティヒが質問するも、
「こんな小さな女の子が関わって良いお話じゃない。お家にお帰り」
と一蹴されてしまった。
「僕がプリーストだとしてもですか?」
が、
「ははは。その歳で中級職だなんて、冗談がお上手なお嬢様だ」
またしても一蹴されてしまうグートミューティヒ。
「やはり……そう簡単には教えてくれないか……」
そこで、少し離れて尾行する事にしたが、そんなグートミューティヒを観てまったくくだらない事を考えるアム。
(またあの糞女……じゃなかった!糞男、また女に間違われた。やはり初見が必ず通る道なのかしらこれ?)
で、肝心の軍隊の行き先はと言うと……
「け!払わねぇって訳か……少し痛い目を魅せるか」
どうやら、軍隊の狙いはアムへの復讐を誓う山賊に頼られている大男の許であった。
「お頭!直ぐにそいつらを連中に帰すべきです!このままじゃ皆殺しにされる!」
でも、大男は余裕を崩さなかった。
「何を言ってんだダイスケ?奴らはお姫様とインキュバスとの結婚を御所望って訳だぜ?盛大な式にしてやらなきゃなぁ!」
「いやでも、殺されたら元も子もないすよ!命あっての物種って言いますし!」
それでも大男は逃げる事はしなかった。
で、結局軍隊と戦う事になってしまった山賊と大男は、崖の上から問題の軍隊を眺めていた。
「いる……いる……沢山……沢山!……数えきれない……数え切れない!……」
臆し過ぎて台詞棒読みな山賊の恐怖心に呆れる大男。
「よくそんなんで山賊家業が務まったなぁ」
「でもでもでも!」
「そう慌てるな。先ずはポーンからだ」
大男の許を目指す軍隊は不気味な羽ばたき音を聞いて上を見上げると、そこには女性の様な頭部と乳房を有し、鷲の様な足を有するオオコウモリが複数やって来た。
「サキュバスだ!来るぞ!」
一方、遠くから軍隊を追っていたグートミューティヒは何が起こっているのか解らず困惑する。
「停まった?」
「誰が来たか知らんが、戦闘開始の様だな!?」
軍隊はサキュバスの群れを難無く撃破したが、それがかえって軍隊を焦らせた。
「やはり余計な攻撃はせずに身代金を支払うべきだったのでは?」
「言うな!こういうタイプの身代金には際限が無い!ケツの毛まで搾り盗られてなお姫様を奪還出来なかったら、それこそ思う壺!無駄な努力だ!」
「ですが、姫様だってインキュバスの妻にはなりたくない筈」
「解っている!だからこそ奴らを討伐し姫様を奪還するのだ!」
そして、軍隊は再び進軍した。
それを立ち聞きしたグートミューティヒは怒りに震えた。
「なんたる自分勝手!僕はそう言う腐った人が1番嫌い!」
「声が大きいよ。(尾行が)バレるって?」
とは言ったモノのアムもインキュバスの妻に変えられつつある女性には同情する。
「ま、確かにこんな限度知らずな淫鳥のお相手は誰だって嫌よ」
しかし、軍隊やグートミューティヒの怒りに反して様々なモンスターや山賊の手下が次々と軍隊を襲った。
そんな状況にグートミューティヒの心理は怒りより焦りが勝った。
(不味いな。思ったより討伐隊対策が完璧だ。くそ!あんな腐り果てた外道が勝つ結果なんて絶対に嫌だぜぇ!)
一方、自分達と対立している軍隊の疲労感がどんどん増している事に感心する山賊。
「凄い!これなら、ここに辿り着くのを阻止出来るかも……」
だが、軍隊のはるか後方で尾行するグートミューティヒとアムを発見し、考えが180度変わった。
「あー!あいつら!ヤバい!やっぱりここに来る!逃げましょう!」
それに対し、大男は余裕だった。
「何を焦ってるんだダイスケ?まさかと思うが、例のダークマーメイドでも見つけたか?」
「そのまさかですよぉ!アイツには関わらない方が良い!」
「じゃあ何で俺の許に来た?この俺にあのダークマーメイドを斃させる為だろ!?」
怯える山賊を黙らせると、大男は更に淫らな思惑を思いつく。
「なんなら、あの裏切りのダークマーメイドもインキュバスの妻にしてやろう。ダークマーメイドとインキュバスの子供、どんなモンスターになる事やら?」
様々な困難を乗り越え、漸く大男の眼前に辿り着いた軍隊。
「いやぁー、運搬ご苦労。で、約束の金は?」
その途端、軍隊は一斉に鞘から剣を抜いた。
「金は無い!我々がここまで運搬したのは手枷のみだ!」
身代金を手に入れ損ねた大男は急に不機嫌になった。
「……その手枷を例の2人にはめろって言うのか……その手枷がインキュバスの妻になる事が決定したあの2人の結婚指輪って訳かよ!?」
売り言葉に買い言葉。軍隊の方も怒り吠える。
「んな訳有るかぁー!手枷をはめ易い様にその全身の金メッキを剥ぎ取ってくれるわ!」
一方の大男は逆に興醒めして面倒臭そうに手を叩いた。
「あー、そうかよ……だったら、お前らがサキュバスの夫になれよ」
すると、インキュバスの群れとサキュバスの群れが再び軍隊を襲った。
「何!?まだこんなにいたのか!?」
軍隊がインキュバスとサキュバスの群れと戦うが、大男の眼前に到着するまでに経験した困難のせいで疲労困憊。劣勢に追いやられていた。
そこへ更に、大男が鉄棘球を軍隊めがけて投げつけた。
「ははは。やっぱり手枷より金を持って来るべきだったなぁ?ま、今更遅いがな!」
だがその時、サキュバス達が次々と炎上・破裂した。
「ぐえぇー!?」
「何!?」
更に、フシギソウ、フカマル、バニプッチ、ゴルバットが出て来てインキュバスから軍隊を庇った。
「モンスターが……我々を庇った!?」
そこへ、グートミューティヒが堂々と出て来た。
「111対2なら、僕達111側に勝ち目は有るかい?自分勝手で卑劣な御2人さんよ」
そして、フシギソウ達がグートミューティヒの前に整列して元凶である大男を睨んだ。
それを見て……あの山賊が仰天して吠えた。
「あーーーーー!あのダークマーメイドに妙な魔石を投げ渡しやがった糞女!」
一方のグートミューティヒは余裕でボケたふりをした。
「あー、あの時のヒトカゲ虐めの……まーた体罰を受けに来たのか?」
「んな訳有るか!こっちはお頭がいるんだ。この前の様にはいかねぇぞ!」
そこへ、アムまでやって来て山賊の吠えは更に悪化する。
「そんなに気に入ってくれたの?私の……死へと誘う葬送歌が?」
「黙れヤァー!お頭!こいつですぜ!この俺が成敗する筈だったモンスターを庇ったダークマーメイドは!」
グートミューティヒ達と大男達とのやり取りを聴いて不安になる軍隊であったが、それを察したのかグートミューティヒは笑顔で振り返りながら加勢の許可を要求した。
「僕も手伝わせてください。こんな自分勝手で卑怯な連中からお姫様を奪還する仕事を!」
それを聴いた大男が鼻で笑った。
「ふん!威勢が良いな?だが、相手が悪かったなお嬢ちゃん。このタイミングでこんな所に来なければ、インキュバスの妻にならずに済んだものを」
対するグートミューティヒも強気で反論する。
「その前に、お前達の様な僕の大嫌いな悪党を、檻の中に放り込んでやる!」
ダイスケ
性別:男性
身長:170cm
体重:63.6㎏
職業:山賊
兵種:兵士
趣味:強盗、略奪
好物:大金、都合の良い展開、忠実な部下、襲い易い相手
嫌物:都合が悪い展開、邪魔者、強敵
特技:強盗、カツアゲ、悪知恵
自分勝手でワガママな山賊。
ヒトカゲを殺そうとしてそれを庇うグートミューティヒと遭遇し、かみなりの石とやみの石を取り込んで進化したアムに返り討ちにされた。その後は、グートミューティヒ達に仕返しをしようと様々な悪友と手を組んで悪巧みを行う。
第12話:ピカチュウの大機転
王女とそれに従うメイドを誘拐し、2人をインキュバスの妻にすると脅して大金を得ようとしている大男と対峙するグートミューティヒ。
「その前に、お前達の様な僕の大嫌いな悪党を、檻の中に放り込んでやる!」
グートミューティヒの宣戦布告に対し、それを鼻で笑う大男。
「檻?この俺に勝てるとでも?」
グートミューティヒが気にする事は目の前の大男との実力差ではない、大男とその部下の性根の腐敗具合である。
「勝ち目有る無しの問題じゃない。お前達が紳士か屑かの問題だ!」
それも鼻で笑う大男。
「偽善者の様なつまらん考えだな。お前、人生の100割を損しているな?」
「黙れ。俺は罪悪感に圧し潰されるつまらない人生を歩みたくないだけだ」
大男はグートミューティヒとの口論に飽きたのか溜息を吐いた。
「お前の様な偽善者はもういいわ。インキュバスの妻になっちまいな」
大男はグートミューティヒにインキュバスをけしかけるが、何故かインキュバスのノリが悪い。
「ぎ?」
「ギ?」
(何!?見境無く女を犯す筈のインキュバスの食い付きが悪い!?まるで目の前の偽善女を女として診ていない様な……)
大男の最悪な予想は、インキュバスがグートミューティヒを無視してアムを襲う形で現実となった。
「やっぱり!あそこの糞男より私の方が美味そうに見えたか!?」
「おい!そっちの偽善女はどうするんだ!?」
今度はグートミューティヒが鼻で笑う。
「偽善女か……誉め言葉として受け取っておくよ!」
それが大男の隙となり、グートミューティヒにモンスターボールを投げつけられた。
「ピカチュウ!頼んだ!」
モンスターボールから威勢良く出たピカチュウは、先手必勝とばかりにエレキボールを放つが、
「く!?……ふん!」
大男が持つ盾に弾かれてしまう。
「ピカ?」
(やはり正面からの攻撃は駄目か?それにアイツは、鎧を着てばかりのせいで雷に弱くなった事を理解して『雷避けの盾』を使用している!)
それに、グートミューティヒにとって都合が悪い事をそれだけではなかった。
「は!く!?……くそ!この馬鹿サキュバス!この俺に食い付きやがった!ふざけるな。自信を無くすだろ!」
グートミューティヒを襲い犯そうとするサキュバスを観て混乱する大男。
「……見境無く男を犯す筈のサキュバスが偽善女を襲うだと?何がどうなっている?」
で、グートミューティヒを襲ったサキュバスはピカチュウに退治された。
「サンキューピカチュウ。でも……インキュバスじゃなくてサキュバスに襲われたのは、やっぱ凹むなぁ」
「……意味が解らん……あのサキュバスはレズビアンか?」
サキュバスに襲われたショックに蝕まれているグートミューティヒだが、気を取り直して倒すべき敵である大男を睨む。
「やはり……頭が悪いザコモンスターや駄目手下では埒が明かん様だな?」
そう言うと、大男は鎖付きの鉄球を頭上で振り回す。
「お頭!?ちょっと待って!俺が巻き込まれてる!?」
大男の攻撃を慌てて避けるダイスケを視て、大男の自分勝手に呆れるグートミューティヒ。
「危ないなぁ……味方に当たったらどうする心算だったんだ?」
だが、大男の味方の心配をしている暇は無いと言わんばかりに鉄球をグートミューティヒに投げつけた。
「と?……危ない!こいつ、雷避けの盾と言い……戦い慣れしている!」
そうこうしている内に、ピカチュウが大男の背後に回り込もうとするが、大男はそれを察して鉄球を後ろに放り投げた。
「ピカ!?ピカァー!」
「エンジェル!」
グートミューティヒが放った光弾は、大男の雷避けの盾に阻まれて大男には届かない。
「やっぱ駄目か」
大男はグートミューティヒの頭上に向けて鎖付き鉄球を振り下ろした。
「ふん!」
「うわ!?あぶねー!」
辛くも避けるグートミューティヒとピカチュウだったが、このままジリ貧だと癪に障る。
それに……
「それだけの力を持ちながら、自分勝手で自己中とはね……もったいないねぇー!」
「下らんな偽善女。そんな事だから貴様は大損しかない人生を送っているのだ」
グートミューティヒと大男の意見と信念は、何時まで経っても平行線のままである。
「……なっさけないな。貴様も僕も」
そんな中、インキュバスを退けたアムが大男に向かって雷を放った。が、
「ふん!」
「盾!?あの盾、何で出来てるのよ!?」
自身の雷が大男に効かない事にアムが驚く中、グートミューティヒが何かを思い浮かんでピカチュウに目で合図した。
「アム!アイツの周りを回れ!」
だが、肝心のアムが意味を理解出来ていなかった。
「回れ?何の事?」
「周れ?どう言う―――」
「いいから泳げ!アイツの周りを!」
「あ……あぁ……」
グートミューティヒとピカチュウは意気揚々と、アムは首を傾げながら、鎖付きの鉄球を乱暴に振り回す大男の周りを回った。
「何!?くそ!」
大男が走り回るグートミューティヒ達に向かって、イライラしながら鉄球を振り回し、投げつけ、振り下ろす。
だが当たらない。
「くそ!くそ!くそぉー!」
しかも、ピカチュウに再び背後を盗られ、ピカチュウのでんじはを防ぎきれずもがき苦しむ。
「ぐおぉーーーーー!」
ここで漸くグートミューティヒの作戦を理解したアム。
「……なるほどね♪あの変な盾の外なら撃った雷が当たると?」
カッコつける様に指を鳴らすアムに呆れるグートミューティヒ。
「アム?君はこいつの何を視たの?」
一方、大男から王女を奪還しに来た軍隊は混乱した。
「あの娘……モンスターを見事に操ってる」
「何で?あのモンスターは彼女の言う事を素直に聞くんだ?」
それに対し、隊長は冷静に戦況を観て何らかの目論見が浮かんだ。
「今の内なら……姫様を助け出せるのでは?」
「え?」
隊長の思惑に困惑する軍隊。
「……あの娘はどうするのです?」
「バカ!声が大きい。この好機を逃す気か?」
「ですが―――」
だが、軍隊の困惑に反し、隊長の目論みを察したかの様に微笑むグートミューティヒ。
「ん?」
「おーい!こっちだぁー!」
グートミューティヒの声に反応して鉄球を投げつける大男だが、グートミューティヒはそれを簡単に避けて光弾を放った。
「エンジェル!」
「クドイ!」
グートミューティヒが発射した光弾は雷避けの盾に阻まれてしまったが、怪我の功名とばかりにアムが放った雷が大男の背中に命中する。
「があぁーーーーー!」
「こんな金ピカ鎧を四六時中着てたら、雷に弱くなるわな!」
それを視たグートミューティヒは、隊長の顔を見ながら力強く首を縦に振った。
そして、静かにかつ力強く命令する。
「行くぞ。この隙に姫様の許に向かうのだ」
だが、グートミューティヒと隊長はダイスケの存在を失念していた。
「あ!?お頭!お頭!あいつら逃げやすぜ!?」
ダイスケに見つかってしまった隊長が悔しそうに苦虫を噛み潰した様な顔をした。
「ぐ!?しまった!」
「あの馬鹿!エンジェル!」
勢い余ってチクリを犯したダイスケに向かって光弾を放ってしまうグートミューティヒ。
そんな隙を見落とさない大男は、最後の手段に打って出る。
「くらえぇー!」
大男の最後の手。それは、頭頂部を前に突き出しながらのタックル頭突きだった。
「うわ!?うわぁー!」
それに気付いたグートミューティヒが慌てて走る中、
「ピカ?」
ピカチュウは大男の何かに気付き、大男の背中に飛び乗った。
「ピィー……カアァー!」
「ゴオォーーーーー!?」
ピカチュウの渾身のでんきショックのもがく苦しむ大男を尻目に、ピカチュウは大男の兜を奪って乱暴に投げ捨てた。
「ピカ!」
ピカチュウが兜を奪って投げ捨てた事で、大男は兜に隠した素顔を晒す事になったが、
「……え?」
「あれは……確か……」
「ちょ!?」
「お……お頭……まさか……」
大男の正体に敵味方関係無く驚いた。
何故なら……
「サイクロ……プス……」
そう!
山賊を束ねていた大男の正体は、単眼巨人の『サイクロプス』のメスだったのだ。しかも、絶世の美少女である。
「え?……は!?」
サイクロプスのメスは自分の声が変わっている事に気付いて慌てて兜を探すが、もう何を言っても引き返せない位置にいた。
「あー、なるほどね♪人間のフリして山賊や犯罪者を操って、上手い事魔王軍に都合が良い展開を造り出そうと……そう言う訳ね?」
しまったと思ったサイクロプスのメスだったが、グートミューティヒの言う通り彼女の計画は完全に露見していた。
一方、アムはスカルオクトパスにトドメを刺した時にグートミューティヒに言われた警告を思い出して蒼褪めた。
『考え直せアム!アムがそいつにトドメを刺せば、アムは魔王軍での居場所を失うぞ!』
「私ぃ……もしかして随分ヤバい所にいるって言うの?」
金色のプレートアーマーで正体を隠していたとはいえ、サイクロプスのメスをただの人間と勘違いして何度も攻撃してしまったアムは、滝の様な大量の汗を掻きながら真っ青に蒼褪めた。
「アム……今頃気付いてももう遅いから」
一方、ダイスケも蒼褪めていた。自分達が無意識下で魔王軍に加担していたからだ。
「嘘だろ?……お頭が……サイクロプスの……メス……」
グートミューティヒにしてみたら、山賊に堕ちて強奪とポケモン虐待の限りを尽くした悪人が何を今更と言った感じだったが。
「お前はどの道駄目」
その間、サイクロプスのメスは体を震わせていた。
「見たな……見たな……」
そして、サイクロプスのメスは見境無く周囲を攻撃し始めた。
「見たなぁーーーーー!」
自分までサイクロプスのメスの攻撃にさらされて慌てるダイスケ。
「落ち着いてくれお頭!俺は今日の事を誰にも話しませんので!」
だが、サイクロプスのメスの見境無い攻撃はダイスケにも容赦なかった。
「お前ら全員死ねえぇーーーーー!」
「えーーーーー!?」
ダイスケが混乱しながら逃げ回る中、諦めの極致にいるアムはただ静かに訊ねた。
「私も裏切り者って訳ね」
だが、アムの質問は焦り狂うサイクロプスのメスの耳には届かない。
「みんな死ねぇーーーーー!」
で、サイクロプスのメスからの攻撃に納得しながら回避するアム。
「やっぱりね!」
で、目の前の混乱を重く視たグートミューティヒはピカチュウにサイクロプスのメスへのトドメを命じようとしたが、
『私の許へ来い』
聞き慣れない声がいきなり聞こえたので、注意深く周囲を見渡すが、そこにいるのは慌てるダイスケ達と回避を続けるアムとピカチュウだけ。
少なくとも、誰かが誰かを呼ぶ余裕は―――
『君の仕事が近付いている。だから、私の許へ来い』
「誰だ!?誰が僕を呼んでいる!?」
声の主はグートミューティヒの質問には答えず。
『私の許へ』
すると、グートミューティヒの目から光が消え、突然変な踊りを踊った。
それを見たアムは、グートミューティヒを呼ぶ声が聞こえていない事もあってか、遂に本当に変になったと勘違いした。
「……何やってんの?」
しかし、その疑問はピカチュウの異変によって氷解した。
「何!?あのオーラは!?」
サイクロプスのメスもそれに気付いたのか、慌ててピカチュウを攻撃した。
「どいつもこいつも死ねぇーーーーー!」
そんな中、グートミューティヒが力無く呟いた。
「スパーキングギガボルト」
すると、ピカチュウは雷撃の槍を作り出し発射する。
「何と!?……ぬん!」
サイクロプスのメスは雷避けの盾で防ごうとするが、呆気なく溶解してサイクロプスのメスを跡形も無く消滅させた。
「ぐお!?お!?おーーーーー!?」
スパーキングギガボルトの圧倒的な破壊力に、アムと軍隊は呆然とし、ダイスケは慌てて逃げた。
「ママぁーーーーー!」
ダイスケの情けない叫びで目を覚ましたアムは、グートミューティヒに声を掛けようとするが、反応が無く、ピカチュウも勝手にどっかに行ってしまった。
「……どうなってるの?」
グートミューティヒが目を覚ました。
「……あれ?僕は大暴れしているサイクロプスを止めようとして……」
そこで、意識を失う直前に聞こえた謎の声の事を思い出した。
「そうだ!誰かに声を掛けられて!」
が……
「……あれ?その後の記憶が無いぞ」
そこへ、ピカチュウを追っていた軍隊がグートミューティヒの許に戻って来た。
それを見て、大慌てしながら言い訳をしようとするグートミューティヒ。
「あ……彼らは違うんです!彼らはポケモンと言って―――」
「ぽけもん?それは、姫様の恩人の事か?」
軍隊の言ってる事がまったく解らず首を傾げるグートミューティヒ。
「え……恩人?」
「ああ、姫様とその同行者を強姦しようとしていたインキュバスなら、そこの黄色いのが追っ払ってくれたよ」
「ピカ!」
自信満々に声を上げるピカチュウだったが、グートミューティヒはますます混乱した。
「ピカチュウが人質を助けた?何時?」
「ピカ?」
そんなグートミューティヒに懐疑的になるアム。
「何言ってるの?アイツを跡形も無く消して以降のアンタ、もの凄く変よ?」
「変って……何が?」
「何がって……あんた、まさか立ったまま寝たって言うの?」
アムの「立ったまま寝ていた」に辻褄が合うかの様な納得感を感じるグートミューティヒ。
「だとしたら、あの時の声は夢か?」
「夢?……冗談でしょ?」
で、人質を救助した軍隊と共に下山したグートミューティヒだったが、彼自身はずっと消えた記憶の事について悩んでいた。
その後、王女救出の最大の功労者と言う事で王様に謁見する事になったグートミューティヒだが、どうも頭が混乱した。
「我が娘を助け出してくれた事、まことに感謝する」
「何したの?僕?」
とは言え、本音を言えば部外者が図々しい事を言っている気分だが、この好機を逃す訳にはいかなかった。
「そこで、其方に褒美を与えたいのだが、何が良い?」
「僕が魔王軍と戦う理由はただ1つ!人間とポケモンが仲良く暮らせる様にする為でございます!」
「ぽけもん?それは何だ?」
グートミューティヒはポケモンに関する知識を慎重かつ丁寧に説明した。勿論、魔王軍所属のモンスター群とポケモンが完全に別物である真実を付け加えた事は言うまでもない。
「すまぬ……話が永い」
「でしたら、僕の恩師に手紙を書かせてください。この国に来る様にと」
国王は首を傾げた。
「わしから貰う褒美は、本当にそれだけで良いのか?」
グートミューティヒは喜んで答えた。
「僕のワガママに付き合ってくれたこの御恩!僕は一生忘れません!」
「……無欲よのう」
こうして、グートミューティヒの育ての親達がこの国に招かれ、彼らのモンスター研究を全面的に協力して貰える事となった。
だが、
「なんだろう……僕の働きとそれに伴う報酬が釣り合わない気がして、すっげぇ罪悪感」
「罪悪感?アンタが悪さする姿が想像出来ないんですけど?」
「でもさ、やっぱりあのサイクロプスを倒した実感が無いんだよ」
アムはグートミューティヒの言い分に困惑する。
「あんたまさか、無意識の内にあいつを倒したって言うの?」
グートミューティヒは頭を掻く。
「無意識?まるで僕の体が勝手に……は!」
グートミューティヒが思い出したのは、あの時の謎の声。
「つまり……僕はあの声に操られていた?」
アムはますます困惑した。
「……しっかりしてよね。アンタの生き死に私の運命が懸かってるんだから!」
「え!?」
「その理由はアンタの予想通りよ!」
「……やはり、あの糞蛸のせいで裏切り者扱いって事?」
「そうよ。文句ある?」
こうして、アムと共に人間とポケモンが仲良く共存出来る時代を目指して再び旅を始めたが、
(問題はあの声の主が僕に何をする気かだ?あの声は本当に味方なのか?それとも……)
そんなグートミューティヒの疑問の答えが見つかる日は何時になるのか?そして、それが何を意味するのか?
そんな不安を抱えながら、グートミューティヒは旅を再開するのであった。
鉄球兵士Lv30
HP:4200
EX:2000
耐性:打撃、斬り
弱点:雷
推奨レベル:18
悪徳山賊の頭領。王女を捕らえ、王女をインキュバスの妻にすると言って脅して大金を手に入れようとした。
常に金色のプレートアーマーを着用しているせいで雷属性が弱点になってしまったが、正面から攻撃を雷避けの盾で防いでしまう。また、複数のインキュバスとサキュバスを従え、鎖付きの鉄球を振り回す。
その正体はサイクロプスのメスで絶世の美少女。
因みに、勇者マドノの予想推奨レベルは26。
攻撃手段
鉄球振り回し:
頭上で鎖付きの鉄球を振り回す。
鉄球振り下ろし:
鎖付きの鉄球を振り下ろす。
鉄球突き出し:
鎖付きの鉄球を突き出して相手にぶつける。
ダッシュ頭突き:
頭頂部を突き出しながら突進する。壁にぶつかると気絶する。
インキュバス召喚:
インキュバスを2匹呼び出す。
サキュバス召喚:
サキュバスを2匹呼び出す。
手下を呼ぶ:
山賊の手下を5人呼び出す。
第13話:遅参勇者と焦る魔女②
「は?」
勇者マドノはとある貴族の言ってる事が理解出来なかった。
対する貴族もまた、話が噛み合わない理由が理解出来なかった。
「え?この領内で漁師を食い殺していたダークマーメイドとツノクジラを倒してくれたんですよね?」
「倒した?ダークマーメイドを全員?」
「何で実行した貴方様がそれを訊くのです?」
「んなわけねぇだろ!」
いっこうに噛み合わない勇者マドノとの会話に困惑する貴族。
そんな中、マシカルが貴族に質問する。
「で、漁師を襲っているダークマーメイドの残りは?」
「あー、それなら大丈夫です。ツノクジラが死んだ事で恐れ慄いたのか―――」
マドノは少しだけ焦った。
(まさか、ダークマーメイドが1匹も残っていないと言うのか?それでは駄目なのだ!まだ十分経験値を稼いでいない!)
「大丈夫な訳ねぇだろ!」
貴族は理解に苦しんだ。
漁師を散々苦しめたダークマーメイド達が1匹も居なくなったのだ。
しかも、ダークマーメイドがいなくなったのを契機に漁獲量が一気に回復したのだ。
大丈夫に決まっている筈だ。
(なのになぜ勇者マドノは『大丈夫じゃない』と言ったのか?まさか、こちらが気付いていない脅威がまだ存在しているのか?)
その後、マドノ一行は本当にダークマーメイドが1匹もいないのかを確認すべく、貴族から船を借りた。
マドノは血眼になってダークマーメイドを探すが、結局、誰にも襲われる事無くモンスターと一戦交える事無く港に帰り着いた。
「勇者様の危惧は杞憂に終わりましたな」
平和を確信した貴族は満面の笑みを浮かべていたが、一方のマドノ一行は完全に不機嫌だった。
「チッ!」
「え?舌打ち!?」
マドノ一行が何故不機嫌なのか解らず困惑する貴族。
「普通喜ぶ場面では?魔王軍の脅威が去ったのですから」
結局、マドノと貴族の会話は最後まで噛み合わぬまま終わった。
「誰だよ!?この俺が十分経験値を稼ぐ前にツノクジラを倒した馬鹿は!?」
そう!
ダークマーメイドに苦しめられる港町を救いにここまで来たのではなく、ただ単にダークマーメイドを山ほど倒してレベルアップしに来ただけだった。
しかし、グートミューティヒがその前にツノクジラを倒してダークマーメイドを一掃してしまっていたのだ。
「星空の勇者であるこの俺が魔王を倒すんだから、下手にボスモンスターを倒して俺が経験値を稼ぐのを邪魔してどうするんだよ!」
結局、経験値を稼げない事への不満を口にするマドノに対し、マシカルは自分達が到着する前にツノクジラを倒して恩を着せる前に名乗らずに去った何者かに対する不安でいっぱいだった。
(もし、そのツノクジラを倒したのが私達じゃない事がバレたら……)
が、その不安を白状しても、いつもの様に「功を焦ってんじゃねぇよ!」と言われるのがオチなので言えなかった。
(今は経験値稼ぎしか考えていないから……言っても無駄か)
マドノ一行が次に到着したのは、薬草の宝庫と呼ばれる草原だった。
そこを毒を得意をする巨大大蛸が占拠していると聞き、手下のゴブリン達を次々と斃そうと考えていた。
今のマドノ一行にとって、ゴブリンのEXは微々たる物だが、先程の港町が(グートミューティヒがツノクジラを倒したせいで)空振りに終わった事への憂さ晴らしも兼ねてゴブリンを数か月かけて一掃してやろうと考えた。
しかし、マシカルが軽装で例の草原を目指す青年を発見して慌てて声を掛けた。
「ちょっとちょっとちょっと!」
「ん?どうした?」
「この先にはモンスターが―――」
その途端、青年は大笑いした。
「へ?」
「あの鬱陶しい蛸なら、既に親切な娘さんが懲らしめてくれたよ。しかも2度も」
その途端、グートミューティヒが親切心からダンジョンを次々と奪還した事やマシカルが呪文詠唱している間は無防備なので防衛しなきゃいけないなどの理由で、なかなか攻撃が出来ないので怒りが頂点に達したンレボウが青年の胸倉を掴んだ。
「え?何?何か悪い事言った?」
「ンレボウ!?アンタ何やってんのよ!?」
マシカルが蒼褪めながらンレボウに問うが、ンレボウは聞く耳持たない。
「敵の数と配置は?」
「親切なお嬢ちゃんが既に」
青年はそれを言い終える前に顔面に打撃を叩き込まれ、勢いよく吹っ飛ばされる。
「敵の……数と配置は?」
静かだが怒りに満ちたンレボウの問いに漸く自分の置かれた状況を察した青年は後退りしながらも、
「既に親切なお嬢ちゃ」
それを言い終える前に顔面に打撃を叩き込まれ、勢いよく吹っ飛ばされる。
漸く青年の置かれた状況を察したマシカルは、マドノに助けを求めた。
「ちょっと!マドノ、ンレボウを止めて!」
だが、当のマドノは経験値稼ぎを(グートミューティヒに)散々邪魔されたストレスのせいか、青年の生死に全く興味が無かった。
「おい!?早くしないとアイツ死ぬって!」
マシカルの懇願は経験値稼ぎの場を奪われてイライラしているマドノは動かない。
その間も、ンレボウの青年に対する尋問と言う名の暴力を振るい続けていた。
「敵の……数と配置は?」
一方の青年は『逃げなければ』と命の危険を感じて逃げだそうとするが直ぐにンレボウに捕まり、
「敵の……数と配置は?」
凄まじい怒りと迫力に満ちたンレボウの4度目の問いに対し、
「空気読めよォ!」
と逆ギレする間も無く腹部に強烈な一撃を叩き込まれ、壁に打ち付けられる。
そして、青年はンレボウに首を掴まれ高く持ち上げられる。
とその時、
「それ以上やったら、お終いだろうが!」
マシカルがンレボウに向けて黒魔法を放とうとしていた。
自分達に向けて黒魔法を放とうとしているマシカルを見て、助けを求める様に視線を向ける青年。
だが、
「何をしている?」
マドノに首に剣を突き付けられて困惑するマシカル。
「マドノ……これはどう言う―――」
「ンレボウの今日の言い分に間違いはねぇよ」
マドノのマシカルへの叱責に蒼褪める青年。
「間違ってるだろ……何処をどう視たら……」
「それにマシカル、最近のお前は詠唱時間が長過ぎる。そのせいでンレボウの攻撃回数が減ってんだ。お前はそっちの反省が先だろ」
「……そう……ね」
マドノの説教を受け、渋々黒魔法を中止するマシカルに、
「おい!何とかしろよ!起きろよ!クソ術師!」
と絶叫する青年。
右拳を握りしめ、強く睨みつけるンレボウに、
「ごめんなさ…!」
と首を掴まれたまま泣きながら謝罪しようとするが、次の瞬間ンレボウの拳が顔面に炸裂。
一発目とは比べ物にならないほどのスピードで草原の近くの村まで吹き飛ばされ、その先の建物に看板が外れるほどの勢いで激突した。
ギャグマンガの様に吹っ飛んだ青年を見て、
「誰か……助けて……」
と力無く呟くマシカルであった。
その後も経験値稼ぎに適したダンジョンを求めてとある国を訪れるマドノ一行。
そこでポケモンを連れている男性を発見し、マドノがそれを魔王軍の手下と勘違いして攻撃を加えるが、
「お前達!其処で何をしている!」
慌ててやって来た衛兵達に対し、星空の勇者の証であるバッチを見せびらかすマドノ。
だが、
「何を言ってるんだ!」
「いくら勇者様だって、やって良い事と悪い事が有るだろ!」
衛兵達の言葉に焦るマシカル。
「ですが、彼らはモンスターを従えていました。それって―――」
「違う違う!彼らはモンスターを研究している者達だ!」
それを先に言えよと思うマシカルだったが、マドノとンレボウは衛兵達の弁護を聞く気は無い。
「邪魔するな。その経験値は俺達の物だぞ」
「勇者殿の言う通りです!さあ、我々の戦闘の邪魔をせず―――」
「経験値!?」
その途端、王女をインキュバスの妻に変えられそうになった王女奪還の苦労がフラッシュバックした。
「たったそれだけの理由でこの国に到着するのが遅れたのか!」
その言葉に嫌な予感がするマドノ一行だが、その理由はマドノとマシカルは別々であった。
「まさか、またこの俺の到着を待たずにボスモンスターを倒したアホがいるのか!?」
「ちょ!?マドノ!それを今言うか!」
無論、マシカルがマドノの口を塞ぐのが遅過ぎた。
「アホ?こっちは王女奪還の最中に何度死にかけたか……」
「我々が苦労している間、アンタらは呑気に雑魚退治ですか?良いご身分で!」
衛兵達の言い分が救い様が無い馬鹿に思えたマドノは、マシカルの制止を振り切って更に文句を垂れた。
「お前らバカか!?レベルがまったく足りない状態で魔王と戦えって言うのか!?そんな事も解んないアホの功を焦った暴走を止めないお前らもお前らだよ!」
マドノの啖呵に顔面蒼白となるマシカル。
「ちょっとおぉーーーーー!空気読めよぉーーーーー!」
衛兵達の白眼視と嫌悪を買い、激しい屈辱心と反骨心に苛まれたマシカルは、
「マドノ!そろそろ牛乗りオーガを倒しに往こう!」
その途端、マドノはマシカルを思いっきりビンタした。
「阿呆!まだレベルがそこまで達していないだろ!お前は馬鹿か!?」
そんなやり取りを観た衛兵達は、衛兵は愚か、最早野盗すらをも通り越した強盗の如き態度でマドノに向かって陰口を叩いた。
「ふーん。お前らはそうやって他人の悲鳴を無視してまで雑魚としか戦わないんだぁー」
「雑魚狩りなら、そこら辺で勝手にやってな。俺達は手伝わないけど」
「その牛乗りオーガもグートミューティヒとか言う親切なプリーストが、とっくの昔に倒したんじゃねぇの!」
「魔王退治ならグートミューティヒ様に任せて、お前達臆病な雑魚狩りお坊ちゃまは家に帰ってママのお乳でも飲んでな」
衛兵達の品が無い高笑いの中、マドノは功を焦ってもう牛乗りオーガを討伐に向かわなければならないマシカルの無謀どころか自殺行為にも等しい(当然悪い意味での)蟷螂の斧そのものな行動に、
「……マシカル……愚かな」
と呆れて閉口する他無かった。
しかしこの時、マドノは牛乗りオーガの討伐推奨レベルを33と勘違いしてるだけであり(実際の討伐推奨レベルは22)、マドノ自身は言わずもがな、勇者パーティー全員が牛乗りオーガと戦うにはレベルが全く有り余っていた。
人型モンスターの中でも特上と呼ばれているデビル。
そんなデビルの1人であるタンジュは、牛乗りオーガとその手下が巣食う洞窟に(渋々)入る4人組の背中を気付かれる事なく視ていた。
「4人の平均レベルは30と言ったところか?牛乗りオーガでは荷が重過ぎるか……」
だが、何故かタンジュは洞窟に入ろうとしない。
「人間にしてはなかなか高い方だが……あれが本当に我らの仇敵か?」
タンジュは疑っていたのだ。
マドノが本当に星空の勇者なのかと疑念を抱いているからだ。
「確かにあのバッチは星空の勇者の証……だが、俺の鼻が『騙されるな!』と訴えている」
そして、牛乗りオーガに謝罪しつつ洞窟に入る事無くその場を後にした。
「すまないな牛乗りオーガよ。どうもこの疑念を祓わないと、星空の勇者とまともに戦えない」
タンジュはマドノの何を疑ったのか?
その答えは……まだ先である。
ンレボウ
年齢:23歳
性別:男性
身長:188cm
体重:83.59㎏
職業:勇者の従者
兵種:アーマーナイト
趣味:戦闘
好物:戦場、戦闘の匂い、攻撃
嫌物:防御、静かな場所
特技:怪力、防御(本人は否定)
勇者マドノに仕える重戦士。
一見すると無口で物静かに見えるが、実際はかなり好戦的で泥酔時はかなり口数が多い。兵種的に防御担当になる事が多いが、本当は積極的に攻撃したいと思っている。
名前の由来は、『シールド-‵ーノミ=』から。
第14話:ダンジョンとは?
グートミューティヒは内心呆れた。
「また?」
アムも呆れた。
「あいつもツイてないわね?」
グートミューティヒは、呆れつつも薬剤の青年の見舞いに往った。
「大丈夫ですか?」
「あんたは確か……」
グートミューティヒは予想を大幅に超える重傷を観て、即治療魔法を使用するが、
「彼には既にリザーブを掛けました」
医者の言葉に耳を疑うグートミューティヒ
「上級治療魔法を使ってこれか……そこまでアンチドーテを嫌うか?あの大蛸」
だが、青年の答えは違った。
「違う!」
予想外の答えに軽く混乱するアム。
「……違う?」
「あいつらは、星空の勇者の皮を被った悪魔だ!」
更に混乱するアム。
「なん!?……何でモンスターが天敵である星空の勇者をやんなきゃいけないのよ!」
アムのこの言葉に対し、グートミューティヒは何故か違和感を感じた。
「モンスターが星空の勇者になっちゃダメ……本当にそうか?」
「……はい?」
その時、青年が叫んだ。
「あいつらはモンスターより質が悪いわ!」
そんな青年の叫びで正気に戻ったグートミューティヒは、何故か青年に対して深々と頭を下げた。
「ごめんなさい!」
これには、青年も医師もアムも困惑した。
「……何でアンタが謝る?」
「そうよ。寧ろ感謝される側でしょ!」
「と言うか、君達は誰かね?」
だが、グートミューティヒは青年の今回の怪我に思い当たる節があるのだ。
「いや……俺のせいなんだ……俺が……勇者マドノが例の草原に到着する前にあの大蛸を倒しちゃったから……」
「いやいや。本当に意味が解らない」
「それに、俺がお人好しを気取ってダンジョンを支配するボスモンスターを片っ端から倒しちゃったから―――」
流石にその言い方はムカつくアム。
「おーい、遠回しに自慢ですかーい」
一方の医師の答えは違った。
「ダンジョンを支配するモンスターを倒しただと!?寧ろ良い事ではないか!なのになぜ謝る!?顔を上げたまえ!」
しかし、グートミューティヒは申し訳なさそうに首を横に振る。
「いいえ。それは魔王軍を忌み嫌う者達の考えであって、僕達人間の総意と言う訳ではありません」
医師は軽く混乱した。
「君がボスモンスターを倒してダンジョンを奪還したんだろ?寧ろ胸を張るべきだろ」
でも、グートミューティヒは頭を上げる気は無かった。
「確かに、魔王軍を忌み嫌う人達にとってダンジョンは、魔王軍に奪われた拠点にすぎません。ですが、モンスターを倒して経験値を稼ごうとする人達にとってダンジョンは、経験値がたっぷり入った宝箱なんです。でも、僕はその事を忘れてお人好しを騙って行く先々でボスモンスターを倒した結果、ダンジョンからモンスターが消えてしまい、経験値を稼ぐ為のモンスター討伐を邪魔してしまったんです」
グートミューティヒから聴いた経験値稼ぎを名目とした雑魚狩りの実態に、アムも医師も完全に呆れた。
「何それ?わた、んんー!モンスターは人間の餌かい?!」
「……なんて自分勝手な……魔王軍のせいで生活が困窮したり命を失った者達の事を考えた事が無いのか!?その者達は!」
それを聴いた青年が怒鳴った。
「なら……なおの事アンタは謝るな!」
「え?」
「それって、勇者のレベルが上がるのを待てない人間がいるって事だろ?待たされる側の立場になって言ってくれ!」
それに対し、グートミューティヒはだんまりするしかなかった。
グートミューティヒとアムが向かうは、山賊の頭領に化けたサイクロプスのメスに苦しめられたあの国。
「急にわしに逢いたいとの事だが、いったい何が遭った?」
「無礼を承知で申し上げます。もう1度だけ僕のワガママに付き合って頂きたい」
「と言うと?」
アムが勇者マドノが率いる勇者一行の悪行を色々な演技を交えて説明した。
「何と……では、彼らにとって我が国を苦しめるモンスターや山賊は、今後手に入れる予定の経験値としか見ていないと言うのか?」
「そこで、無理を承知で申し上げます。星空の勇者の居場所をお教え願いたい」
「彼らと戦うと言うのか?」
「マドノ達が行っている経験値稼ぎを名目とした雑魚狩りは常軌を逸しています。アレを野放しにすれば、いずれ必ずポケモンを死滅させます」
マドノの乱暴さに顔をしかめる王様。
「それに、奴らに叩きのめされた薬草狩りの青年については、僕にも責任の一端があります」
「何故じゃ?」
「僕がお人好しを気取って行く先々でボスモンスターを倒した事で、ダンジョンからモンスターが激減して経験値稼ぎの場を奪う形になってしまいました」
「つまり、モンスターからダンジョンを奪取したと言う事じゃろ?良い事じゃないのか?」
「ですが、モンスターが激減すれば経験値稼ぎを目的とした雑魚狩りが困難になってしまいます。僕がそこまで考えて魔王軍と戦っていれば……」
王様は呆れ果てた。
「なんじゃそれは!?ますます何の為に戦っておるのかが解らん」
そして、近くにいた衛兵が王様の代わりに質問した。
「して、もしグートミューティヒ殿がその勇者の面汚しであるマドノを倒したとして、その後の魔王軍はどうする心算で?」
グートミューティヒは真剣な顔をしながら決意をもって答えた。
「マドノを倒してしまった罪は、僕が魔王と戦う事で晴らします!」
「君がかね?」
「僕は元々、ポケモンの待遇改善と僕達ポケモントレーナーの地位向上の為に魔王軍と戦う事を誓って旅をしています!だからこそ、私利私欲の為にポケモンを虐殺する者を許す訳にはいかないのです!」
相変わらずなグートミューティヒのお人好しな性格に、マドノの悪行とは別の意味で呆れる王様。
「無欲よ。まっこと無欲よのう」
その時、衛兵がグートミューティヒの質問に答えた。
「そのマドノ共なら、牛乗りオーガの討伐に向かいましたぞ」
その言葉にアムが反応した。
「牛乗りオーガですって?」
「知ってるのか?」
「常にグレートバイソンに乗っている突然変異オーガよ。住んでる場所も知ってるわ」
だが、グートミューティヒが気になるのは、なぜその事をすんなり教えてくれるのかである。
「白状しますと、そのマドノの言動には我々もムカついていましたので」
「……会った事あるの?」
「ええ。奴らは最初グートミューティヒ殿がこの国に招いたモンスター研究家達を魔王軍の手下と勘違いして攻撃しました」
「そうでしたか」
「その後、我々が仲裁に入りましたが、経験値稼ぎの為なら遅参もやむなしな態度でしたので、我々は彼らと口論になってしまいました」
「……そ……そうでしたか……」
衛兵達の証言を頼りに、アムの案内で牛乗りオーガが巣食う洞窟に向かうグートミューティヒ。
「良いのかい?僕をそこに案内して」
「良いのよ良いのよ(涙)。どうせ私は裏切り者だしね(涙)」
全然大丈夫じゃないアムの案内で牛乗りオーガの許へ向かう中、ホワイトクロウ討伐の際にグートミューティヒを魔王軍の手下と勘違いした男と再遭してしまった。
「あーーーーー!あいつはーーーーー!」
アムは自分が警戒されていると勘違いした。
「おや?この私が怖いの?」
だが、男の指は明らかにグートミューティヒの方を向いていた。
「しかも引き連れているモンスターがバージョンアップしてるーーーーー!」
その言葉に愕然とするアム。
「私じゃないんかい……」
しかし、1人の商人がグートミューティヒを悪者扱いする男を殴った。
「何やってんだお前?そこのお嬢ちゃんは、例の鉱山を奪還してくれた私の恩人だぞ」
そう。
その商人はブラックリッチに宝石採掘用鉱山を奪われたあの商人だった。
「でもでも!あいつはモンスターを召喚して」
「召喚?何の事だ?」
これ以上嘘を言うのは無理だと判断したグートミューティヒは、
「こう言う事ですよ……」
観念したかの様に複数のモンスターボールを投げ、ポワルンやムウマ、そしてフシギソウが出た。
「ほらほらほらぁー!」
だが、商人は騒ぐ男性をまた殴った。
「お前はまた見た目に騙されるのか?人を見る目が無いから、大金を取り逃がすんだよ」
「え?ポケモンを観ても驚かないの?」
それでも男は騒ぐが、商人は完全に無視してグートミューティヒに話しかける。
「そう言う私も古い人間かもしれませんな?そこのお嬢ちゃんとは違ってモンスターの有効活用までは考えていなかった」
予想外の展開にキョトンとするグートミューティヒ。
「はい?」
「私達は今まで、モンスターをただの邪魔者としか扱っていなかった。だがモンスターもまた生き物、モンスターをペットにすると言う考えがまったく浮かばなかった方が変だったのかもしれないな」
これを機にモンスターとの共存を考え始めた商人の言葉に、グートミューティヒは何故か報われた気がした。
「改めてありがとうだよ。お嬢ちゃんのお陰で、新しい未来が見えた気がするよ」
その言葉通り、この商人はポケモンを使った新たな事業を立ち上げて大成功を収めたのだ。
そう……
グートミューティヒがやってきた事は無駄ではなかったのだ。その事を知ったグートミューティヒは、嬉しさのあまり泣き出してしまった。
が、そんな事はどうでもいいアムは、勇者マドノの足取りに関する大事な質問をした。
「そんな事より、勇者マドノがその鉱山に来なかった?経験値稼ぎの為の雑魚狩りに」
「勇者マドノが来たかって?いやー、まるで重役の様な大遅刻をした役立たずしか来てませんけどねぇー」
一見する否定に聞こえるが、アムは勇者マドノがその鉱山を訪れた事を確信した。
(大遅刻をした役立たず……ねぇ。面白い事言うじゃないこのおっさん)
牛乗りオーガLv34
推奨レベル:22
グレートバイソンを乗りこなす突然変異オーガ。
因みに、勇者マドノの予想推奨レベルは33。
第15話:悪徳勇者とモンスター
いよいよ星空の勇者マドノが率いる勇者一行の自分勝手で迷惑な経験値稼ぎが度を越え始めたので、それを止めに牛乗りオーガが居る洞窟に向かうグートミューティヒ。
「ここよ」
「ここか?」
目の前の洞窟を指差すアムを視て嫌な予感がするグートミューティヒ。
「待って。今は入らない方が良いかも」
それに対し、いつもの勇ましさが無い事に悪戯心が刺激されるアム。
「あれれぇー?今更怖気付いたのぉー?」
そう言いながら洞窟に入ろうとするアムだったが、
「助けてくれぇー!」
「あー。逃げ出したオーガにぶつかって踏まれるとでも?」
しかし、アムの目の前にいるオーガに訪れた末路は、アムの予想のを大幅に超えていた。
「ライナロック!」
「だあちいぃーーーーー!」
火の最上級魔法であるライナロックを喰らい、アムの目の前で焼死するオーガ。
「あっつ!?」
それに巻き込まれて火傷するアム。
「何々!?あんな狭い洞窟であんな派手な黒魔法を使うか!?」
だが、グートミューティヒの嫌な予感はそれだけではなかった。
「アム……まだ行かない方が良い」
「……は?」
アムがグートミューティヒの方を振り向いたその時、アムの目の前にいたオーガが何者かに引っ張られて洞窟の中に引き摺り戻された。
「あーーーーー!助けてくれぇーーーーー!」
洞窟の奥で行われていると思われる惨劇に、アムは呆然となった。
「……こんな事だったら……逃げるオーガ達に踏み潰された方がマシだった……」
1度その惨劇を観たグートミューティヒは、残念そうに首を横に振る。
「あいつらに……そんな余裕を与える優しさは無いよ」
その時、再び謎の声がグートミューティヒの耳に入る。
「自分を取り戻せ」
「!?」
「自分を取り戻すのだ」
「誰だ!?」
謎の声はアムには聞こえず、グートミューティヒが何故後ろを振り返ったのかが理解出来なかった。
「あの山賊擬きの時から、何かおかしいぞ?」
マドノが入ったと思われる洞窟を探索するグートミューティヒだが……
「……何……これ……」
アムが驚くのも無理は無い。
正に蹂躙だった。
この洞窟に居たオーガ達の惨殺死体しかなかったからだ。
「これがマドノ達の現実だよ。出遭ったモンスター全てを敵とみなし、問答無用で攻撃し、自分の経験値に変える。モンスターには逃げる事すら許されない」
これでは、どっちがモンスターか解らない。
グートミューティヒは他のオーガとは違う死体を発見する。
「ん?これは?」
その死体に触れようとした時、アムがグートミューティヒを突き飛ばしてその死体を抱きかかえた。
「退け!観るな!」
それは、オーガの子供だった。
「くっそ!魔王め……私達モンスターは人間共より優秀な生物じゃなかったのかよぉーーーーー!」
グートミューティヒはアムの背中に背を向け、ただひたすら、アムの気が済むのを気長に待った。
(アムの奴……泣いてる?)
グートミューティヒのモンスターボールを握る手が無意識に力が入る。
(ただ戦うだけでは……何も変わらない。もう誰も殺さなくて良いと言う保証を生み出せる何かがないと……何かが)
だが……
悪意に満ちた経験値稼ぎは、グートミューティヒにアムの気が済むのを気長に待つ事を許さなかった。
「ほう。もう貴様を追い抜いていたのか?」
「星空の勇者……マドノ!」
グートミューティヒの前に現れたマドノ一行は、満足気に満面の笑みを浮かべていた。まるでやり切ったかの様に。
足下に広がる惨劇とは真逆の笑顔に、マドノ一行が堕ちる所まで堕ちた事を悟るグートミューティヒ。
「全て倒したのか?この洞窟に居たオーガを全て?」
一方、マドノはグートミューティヒの質問の真意が解らず、わざとらしく首を傾げる。
「なに寝惚けた事を言ってんだ?こいつらを皆殺しにして良いに決まってるだろ」
モンスターの老若男女、性格個性、殺意臆病の区別をはっきりする意思は全く無く、出遭ったモンスターは全て殺して自分の経験値にする事しか考えていないマドノの台詞に、オーガの赤ん坊の惨殺死体を抱きしめる手が無意識に力が入るアム。
「寝惚けてんのは……お前の方だろ……」
対して、マドノはグートミューティヒが未だにモンスターの中にも人間と共存出来ると勘違いしていると勘違いして、わざとらしく悪態を吐いた。
「お前まさか……人間のクセにモンスターに味方してるのか?これ、致命的な裏切りだぞ!?なあ皆!」
そして、ポケモンと人間の共生共存を夢見るグートミューティヒを嘲笑うかの様にマドノ一行が大声で高笑いした。
アムはマドノに質問した。
「お前らにとって、モンスターは何だ?」
マドノは呆れながら答えた。
「モンスターは何者だだと?お前は馬鹿か!?」
マドノはアムへの興味を失い、そんな事よりグートミューティヒの事である大事な事を思い出した。
「そんな事より……」
「なんだ?」
「功を焦ってダンジョンを占拠しているボスモンスターを倒しまくってモンスター出現率を激減させている大馬鹿がいるらしいが、そこの女装小僧、何か知ってるか?」
それに対し、グートミューティヒは皮肉たっぷりに答えた。
「だにぃ?散々遅刻を繰り返したくせに、今更手柄や名声が惜しくなったか?遅参勇者様」
「ちげえよバカ」
今度は本当に驚くグートミューティヒ。
「なに!?」
「馬鹿みたいにボスモンスターを倒しまくったせいでモンスターの出現率が激減したって言ったろ?つまり、この俺達の経験値稼ぎの足を引っ張ってる人類最大の裏切り者がいるって言ってんだよ」
グートミューティヒは不安そうに頭を抱えた。
「つまり……そう言う事か?」
「どう言う……事だ?」
「つまり、マドノにとって出遭ったモンスターはただの経験値でしかないと言う事か?」
グートミューティヒが言ったマドノ達への質問に……アムは激怒した!
「舐めるな小童が!お前ら全員、この私の胃袋の中に放り込んでくれるわあぁーーーーー!」
怒りに任せて擬態を解くアムを視て、不敵な笑みを浮かべるマドノ。
「お前、ツノクジラが占拠していたダンジョンから逃げたダークマーメイドか?少し遅れたが、お前も倒して俺達のレベル上げの足しにしてやる」
アム程ではないが、マドノが行ったと思われる悪行を思い浮かべてムッとするグートミューティヒ。
「マドノ……この僕が出会った被害者達は、みんなお前の経験値稼ぎを待つ余裕が無い人達ばかりだった。お前らはそいつらの悲鳴を聴いた事はあるか?」
そんな怒りを込めたグートミューティヒの質問に、経験値より手柄や名声を惜しむマシカルはドキッとするが、それ以外の3人は鼻で笑った。
「アホかお前?俺は魔王と戦う定めを背負った星空の勇者だぞ。それが経験値稼ぎをサボってどうすんだ?えー!」
グートミューティヒもアムもマドノ率いる勇者一行を敵と認識した。
「テメェの様な雑魚しか戦わない雑魚が魔王を倒すだと?貴様こそ寝言は寝てから言え!」
「マドノ、モンスターを経験値としか見ていないお前に教えてやる……ポケモンと仲良くなる事がどれだけ得かをな!」
第16話:ポケモントレーナーVS悪徳勇者
グートミューティヒとアムは無慈悲で自分勝手な経験値稼ぎを繰り返す事への怒りから、マドノ一行は無秩序にボスモンスターを倒してダンジョンからザコモンスターを追い出す行為への怒りから、両者は激突する事になった。
グートミューティヒは早速、所有ポケモンを全てモンスターボールから出した。
「本性を出したな魔王軍のスパイ」
マドノの見当違いな言い分に首を傾げるグートミューティヒ。
「は?」
「はじゃねぇよ。お前がボスモンスターを倒すフリしてダンジョンからモンスターを追い出したのは、俺達の経験値稼ぎを邪魔して魔王を勝たせる為なんだろ?」
呆れて溜息を吐くグートミューティヒだが、その隙にマドノ、フノク、ンレボウがグートミューティヒ達に向かって突っ込んだ。
「いきなり突撃戦法かよ!?」
そこで、マドノ達3人をムウマに任せ、ムウマとメタモン以外のポケモンをマシカルに向かわせた。
(マドノ率いる勇者一行の中に防御担当がいたから、メタモンにそいつの足止めを頼むつもりだったが……)
マドノ達3人は経験値稼ぎを目的とした雑魚狩りに没頭し過ぎた代償を早速支払う羽目になった。
ムウマがマドノ達3人に攻撃され続けたが、ムウマは全くの無傷なのだ。
「なんだ!?あの黒いのは!?当たらない!」
経験値稼ぎを目的とした雑魚狩りの影響で、マドノ達の攻撃パターンが単純化していたのだ。
何故なら、経験値を稼いでレベルを上げ過ぎた故に大抵のザコモンスターは通常攻撃だけで倒せてしまうからだ。
だから、相手の属性に合わせて攻撃を変える必要性が薄れてしまったのだ。
生憎、ムウマはゴーストタイプのポケモン。かくとう・ノーマルタイプのわざは、効果無しとなる。しかも、ムウマはふゆうという特性を持っている。故にじめんタイプのわざまで効果無しなのである。
だから、ムウマに対して無知で何の工夫も無い攻撃は無力なのである。
(馬鹿だなぁこいつら?ノーマルとかくとう以外の攻撃をすれば良いだけの話なのに)
故に、マドノ一行との戦いで最も危険な存在をどう封殺するかがこの戦いの分水嶺。
それがマシカルである。
ウォーロックである彼女はノーマル・かくとう以外の攻撃である黒魔法が使え、相手の属性に合わせた戦いが出来るのである。
だからこそ、ムウマとメタモン以外のポケモンをマシカルに差し向けたのだ。
「ぐ!?」
ピカチュウ達に呪文詠唱を妨害されたマシカルは、手にした杖でピカチュウ達を殴打しようとしたが、強力な黒魔法に頼り過ぎた事もあってかその動きはほぼ素人である。
メタモンにある事を命じながらピカチュウ達に苦戦するマシカルの方を視るグートミューティヒ。
(良し!いいぞピカチュウ!このままあの魔法使いの黒魔法を阻止すれば、こっちにも勝ち目は有る!)
一方、アムは隙あらばマドノを殺そうと様子見していたが、グートミューティヒの戦術に翻弄されるマドノ達を観ていると、あまりの情けなさに殺意が阻害される。
「なんだこれ?完全に遊ばれているじゃん」
しかも、グートミューティヒの平均レベルは22なのに対し、マドノ一行の平均レベルは34。普通に考えればマドノの圧勝で終わる筈である。
だが、蓋を開けてみれば格下のグートミューティヒの戦術が格上のマドノの戦法を凌駕しているのだ。
それは、諄い様だが魔王軍と戦う決意をしてから今日までの言動が影響していた。
グートミューティヒは初めから相手のタイプに合わせた戦い方を心がけており、マドノ一行の非道さを目の当たりにした事とお人好しな性格が災いしたのか、経験値稼ぎをサボった状態で格上のボスモンスターと戦う事を余儀なくされた影響で、グートミューティヒの戦術は十分に磨かれていた。
その一方、マドノ一行は事前に目標レベルを多めに設定し、目標レベル到達までボスモンスターとの戦いを避けて雑魚狩りに没頭。よく言えば慎重。悪く言えば臆病な戦略が、マドノ一行から格上との戦いを奪い、戦術の幼稚化・単純化を招いてしまったのだ。
そんな圧倒的な戦術差を魅せられたアムは、グートミューティヒの殺害を決意してから初めて敗北を認めた。
(ああ……グートミューティヒはただ強いのではなく、狡賢いんだ……こりゃもう敵わないや)
その上で、アムが攻撃したのは……マシカルであった。
「ちょっと!?ただでさえ1人でこれだけの数を相手にしているって言うのに!」
「あの女装糞男がアンタに攻撃を集中するって事は、あの糞男にとってアンタが厄介って事でしょ?」
「ちょ!?私があの女装小僧に何したって言うのよ!?」
「そんな台詞が出る時点で、あの糞男の事を解っていないのはアンタの方よ。アイツは、そんなくだらない憎しみを戦い方に盛り込む程バカじゃない」
アムの言葉通り、マドノ一行の中でゴーストタイプのポケモンを殺せるのはウォーロックであるマシカルのみであり、他の3人はムウマのゴーストタイプとしての特性を生かした防御策に完全に翻弄されていた。
しかも、その3人がこの戦いで最も重要なマシカルを無視してムウマへの無意味な攻撃を繰り返しているのだ。
1対3で3の方が苦戦していると聞かされれば、1の方が強いと誰もが思ってしまうだろう。
そこが戦術の幼稚化の怖いところである。
戦いも終盤になった時、ポケモン達に指示を出していたグートミューティヒが突然戦闘とは関係ない事を言い始めた。
「ここまでハンデ……もとい白星を貰って負けたら、僕は言い訳出来ないね」
グートミューティヒと違ってちゃんと経験値稼ぎを行っている自負があるマドノにとっては聞き捨てならない言い分だった。
「俺達がお前に勝ちを譲っただと?何を言ってる!俺達はまだまだ動けるし戦える!」
「違うよ馬鹿脳筋。僕はもうお前達から白星を貰ってんだよ。特にそこの斧を持ってる奴」
グートミューティヒに指を指されたンレボウが困惑する。
「な!?なんて濡れ衣!私はちゃんと攻撃してるじゃないか!」
ンレボウの頭の悪さに呆れながら説明を続けるグートミューティヒ。
「ちゃんと攻撃してる?アホかお前は?」
「ダニィ!?」
「つまり、そこの斧を持ってる奴がムウマを攻撃してくれたと言うハンデをお前達から貰ったの僕は」
マドノ達は馬鹿を観る目でグートミューティヒを見た。
一方のグートミューティヒは、マドノ達が何故停まったのか解らなかった。
「何これ?どう言う事?」
マドノは呆れながら自分の頭を人差し指でトントンと叩いた。
「お前は馬鹿か?」
「僕が?」
「そうだよ。攻撃をしないといつまで経っても勝てないだろ。そんな事も理解出来ないのかよ?」
その途端、グートミューティヒは改めて勝利を確信した。
「勝った勝った勝った!ありがとうございます!」
拍手しながら勝利宣言をするグートミューティヒを見て、改めて呆れるマドノ達。
それに反し、アムはグートミューティヒが何かを企んでいると予感し警戒した。
(これは何かある……今度は何を始める気だ?)
一方、今度はマシカルの方を指差すグートミューティヒ。
「なら……何で僕のパートナー達はあそこの魔法使いしか攻撃していない?」
その途端、マシカルがバツが悪そうに汗だくとなる。
が、相変わらずグートミューティヒの言ってる意味が解らないマドノ達は呆れ果てた。
「何言ってんだお前―――」
「つまり、お前は彼女の黒魔法の本当の価値を知らないって事だよね?」
「ダニィ!?」
そして、勝ち誇りながら勝因を高々に語り始めるグートミューティヒ。
「つまり、この戦いで僕が最優先すべき事は、あそこの魔法使いから詠唱時間を奪う事。そうする事で、お前達からゴーストタイプであるムウマにダメージを与える方法を奪う。それが出来るか否かで、この戦いの勝敗は決まるんだよ」
そして、グートミューティヒは再びンレボウの方を指差した。
「それなのにそこの斧を持ってる奴が、指示役を余儀なくされる勇者マドノや防御に不向きな格闘家と一緒にムウマを攻撃してくれて助かったよ。お陰で、1番厄介な魔法使いを孤立無援に出来てあっさり詠唱時間を奪えたよ。そこの斧を持ってる奴に感謝する事は有っても恨む理由はもう無いよ」
だが、グートミューティヒが語る勝因を全く理解出来ないマドノは、改めてグートミューティヒを馬鹿を観る目で見た。
「……お前……本当に馬鹿か?ンレボウはお前を攻撃してるんだぞ」
一方のグートミューティヒも呆れていた。
「つまり、百聞は一見に如かずって訳ね。なら、そこの斧を持ってる奴が本来の役目を果たしたらどうなるかを実演してやるよ。僕とメタモンが」
すると……何故かグートミューティヒの後ろにマシカルがいた。マドノ達の後ろにマシカルがいるのにである。
「え!?私!?」
これこそ、どんなポケモンにも細胞レベルでコピーして変身するメタモンの真骨頂。
メタモンは戦闘中にマシカルに変身し、マドノ達がムウマやアムに構っている間に上級魔法の詠唱を終えていたのだ。
「僕の仲間達が時間を稼ぎ、君達が馬鹿やってくれたお陰で、メタモンの呪文詠唱は完了したよ」
アムが歓喜しながら叫んだ。
「その手があったかぁー♪」
「さて……ほんの一部だけど君達がこの洞窟で行った悪行の一部をお返しするよ」
それを合図に、メタモンが火の最上級魔法を容赦無く放った。
「ライナロック!」
強力な炎と爆発に襲われたマドノ達だが、経験値稼ぎに費やした時間の差なのか思った程のダメージを与える事は出来なかった。
「てめぇ!星空の勇者である」
そう言いかけて、
ドックン
マドノは何故か嫌な予感がして撤退を選択した。
「……今日はこのくらいにしてやる。俺達はもっと経験値を稼がなきゃいけないからな」
そう言いながらグートミューティヒに背を向けながら足早にこの洞窟を去るマドノ。
他のメンバーも困惑しながらマドノを追うが、フノクだけは未練がましい捨て台詞を吐いた。
「く!?……そこの女装偽乳糞男、今日はこのくらいにしてやるが、次こそは死をもってあの時の罪を償う準備を整えておけ」
どうにかマドノ一行を追い払ったグートミューティヒとアムは、マドノ達に蹂躙され虐殺されたオーガ達を焚火の中に次々と投げ込んでいた。
「……魔王の言ってた事は……間違ってた……」
「魔王『様』じゃなくて?」
その途端、アムは激昂した。
「『様』?これで人間よりモンスターの方が優れているって言えるのかよ!?」
今度こそアムが魔王軍から追い出されるのではと、少し引いているグートミューティヒ。
「良いの?そんな事を言って?今度こそ―――」
だが、牛乗りオーガが巣食う洞窟で起こった惨劇がアムから魔王への忠誠心を奪ってしまっていた。
「うるせぇよ!あんな選民詐欺こっちから願い下げよ!」
ポケモン以外のモンスターを率いて人間社会を蹂躙して支配しようとする魔王への軽蔑を込めた決別の言葉。
それは、ツノクジラの許から死別して外の世界に出てしまった事で、マドノ一行の経験値稼ぎと言う名の蹂躙と言う現実を見てしまったが故の、残酷な現実を顕す言葉であった。
それに対し、グートミューティヒは返す言葉が無かった……
アムから魔王への忠誠心を奪った非道な蹂躙を行っていたのは、あろう事か人類の代表である星空の勇者マドノなのだから……
マドノLv34
HP:4200
EX:2500
耐性:あく
弱点:ゴースト
推奨レベル:22
ポケモンに該当しないモンスター達の王である『魔王』を討伐するべく旅立った星空の勇者。
平静な人物の様でいて、推奨レベルに到達する為なら蹂躙すら厭わない利己的な乱暴者。また、世間一般的な大衆同様にポケモンとそれ以外のモンスターの判別が出来ない。ただ、功を焦る行為を嫌うぐらいの冷静さは持っている。
逃走するゴブリン達に容赦無くトドメを刺したところをグートミューティヒに観られて以来、ずっと彼に敵対視されている。
攻撃手段
ソードコンボ
剣による連続攻撃。マドノが使用。ノーマルタイプに該当する為、ゴーストタイプのポケモンを盾にするだけで簡単に防げる。
アックスコンボ
斧による連続攻撃。ンレボウが使用。ノーマルタイプに該当する為、ゴーストタイプのポケモンを盾にするだけで簡単に防げる。
ナックルコンボ
拳による連続攻撃。フノクが使用。かくとうタイプに該当する為、ゴーストタイプのポケモンを盾にするだけで簡単に防げる。
ロッドアタック
杖で殴る。マシカルが使用。ノーマルタイプに該当する為、ゴーストタイプのポケモンを盾にするだけで簡単に防げる。
黒魔法
各種黒魔法で攻撃する。マシカルが使用。詠唱中は無防備になる。
第17話:遅参勇者と焦る魔女③
「お前もういらねぇわ パーティー抜けろよ」
マシカルは、ぽかんと口を開けた。
マドノのこの台詞の発端は、グートミューティヒに敗けた理由について話し合う……筈だったのだが……
他の3人がゴーストタイプのポケモンであるムウマにダメージを与える事が出来なかったにもかかわらず、それを棚に上げてグートミューティヒとの戦いにおいて最も攻撃回数が少ないマシカルを戦力外通告及び追放を宣言したのだ。
「ちょっと!私が抜けたら遠距離担当はどうすんのよ!?」
だが、この抗議がかえってマシカルを追い詰めてしまった。
「寧ろ、ンレボウの攻撃回数を悪戯に減らしてるのは誰だ?」
マシカルは返す言葉が無かった。
何故なら、上級魔法の詠唱時間が長過ぎるからだ。
早口の練習をするなど、マシカルなりにこの欠点を克服しようと努力していたが、結局、グートミューティヒにはこの欠点を隠しきれずに利用されてしまった。
その結果、マシカルは黒魔法でマドノを支援する事が出来なかった。
その後もマシカルは反論の言葉を脳内から探し出そうとするが、対グートミューティヒ戦から何も学んでいないマドノ達は、ンレボウの攻撃回数を減らすだけのマシカルを忌み嫌った。
「結局、魔法で時間潰しするより物理で攻撃した方が有効って事だな」
「私も、私の攻撃回数を減らすマシカルの事を良く思っていませんでした」
「胸も小さいしな」
「ちょ!?ちょっとぉ―――」
フノクが言った貧乳批判が戦闘に全く関係無いと言うツッコミをする余裕も無いマシカルは、なんとかマドノの考えを変えようと必死に言い訳を捻りだそうとするが、
「マシカル、お前はもうパーティー抜けろよ。代わりにアーチャーでも仲間にするからさ」
結局、マシカルへの最後通牒は覆らず……
マドノ達3人はマシカルを置いて早々に酒場を後にした。
その背に後ろ髪を引かれる様子は一切無く……
マシカル追放後、未練がましいマシカルはバレない様にマドノ達を尾行した。
いずれは遠距離攻撃が出来る人物が必要になる!
と言う安易な希望を抱えながら……
で、早速飛行出来るモンスターがマドノ達に立ち塞がった。
(良し!チャンス!)
そう思い、マシカルは魔法の詠唱を始めた。
しかし……
「チチチチチチチチ!」
マドノの挑発的な態度に腹を立てたジャンボファルコンは、空から攻撃すれば良いのにわざわざ地上に降りたのである。
(え!?何で!?)
で、結局、飛行と言う武器を短絡的な怒りで捨てたジャンボファルコンは、マドノ達に完膚なきまでに叩きのめされた。
(何してくれてんのよ!此処で私が華麗に魔法で!アホかあいつは!)
その後も、遠くからマドノ達を尾行しながら挽回のチャンスを待っていたが、レベルが30を超えている上にマドノが経験値至上主義なのもあってか、マドノ達を苦戦させる程のモンスターが出現する事は無かった。
そして……
マドノ達を尾行してから20日程が経過した時、マシカルは自分の行動が虚しく視えた。
「何やってるんだろ……私……」
マシカルがマドノの仲間になったのは、勇者の従者としての栄光や名声を得て成り上がる事だった。
だが、当のマドノは意外と慎重派で経験値至上主義。
故に、経験値稼ぎを目的とした雑魚狩りを怠りながら次々とボスモンスターを倒すグートミューティヒに名声や手柄を横取りされ続け、その事をマドノに進言しても煩わしく思われ、遂にグートミューティヒとの直接対決に敗れ、敗北の責任を押し付けられて勇者一行を解雇された……
望んでいた栄光とは真逆の結末に、マシカルは無意識に座り込みながら泣き崩れた。
そして……
そんなマシカルを更に打ちのめす出来事が起こってしまう。
マドノ達は遂に遠距離攻撃の要であるアーチャーを手に入れてしまったのだ!
その男の名は『ノチ』。
マドノが訪れた農村で猟師をしていた青年だった。
が、マドノにとってもノチにとっても好都合な出逢いだった。
ノチは元々、こんな田舎臭い農村が嫌で、いつかこの村を出て都会に往くと決めていたのだが、そこにタイミング良くマドノが来てしまったのだ。
一方のマドノも、ノチのレベルがまだ18しかない事に不満が有るものの、矢をつがえ放つ速度が人間離れしていた。早業とも言うべき卓越した技術と正確な狙いは、攻撃力と攻撃回数を重視するマドノ一行にとっては名品だった。
それに……
(つまり……勇者様御一行様の中に、私の居場所はもう無いのね……)
マシカルが上級魔法の詠唱を行っている間、ンレボウがマシカルを護ってやらねばならない。
仇敵グートミューティヒにとっては屁とも思わない簡単作業なのだろうが、防御を軽視し攻撃を重視するンレボウにとっては強制的に攻撃回数を減らされる苦行でしかないのである。
ノチにはそれがそれが無い。ンレボウにとってはそれがとてもありがたいのだ。
ただ、フノクだけは「また男か?」と不満がっていたが、勇者であるマドノの決定なので仕方なく従うしかなかった。
ノチの登場で自分の居場所が無い事を思い知らされたマシカルは、ただ力無く豪雨の中を彷徨い歩いていた……
その歩行に……目的地などの概念は無かった……
この事実がマシカルの心の傷を癒せるかどうかは不明だが……
グートミューティヒにとってマドノの今回の人事は、グートミューティヒの思う壺だった。
マドノ率いる勇者一行からマシカルが抜けた事で、ゴーストタイプのポケモンにダメージを与える事が出来る人物がマドノ率いる勇者一行にいない状態になってしまったのだ。
なら、マシカルより優秀な魔法使いを加えれば良い話なのだが、マドノもンレボウも詠唱時間がどうしても長くなってしまう上級魔法を快く思っていない事もあってか、魔法への信頼はほとんど残っていなかった。
それに、全員が物理攻撃をメインに扱うパーティーとなってしまった事で、相手の属性に合わせて戦うと言う器用な戦術が不可能となった。
このあと炎や氷などの属性が宿った物理攻撃を身に着ければ話は別だが、元より推奨レベルを本来より高めに設定してその結果攻撃力が高めになってしまった事もあり、質より量を重視する様になった彼らにはその考えは無かった。しかも、武器選びも付加価値より攻撃力を重視する単純思考と化してしまった。
また、勇者パーティー唯一の名声欲しさの虚栄心であるマシカルが抜けた事で、寧ろマシカルというブレーキ役から解放された反動により、マドノ達の経験値稼ぎを目的とした雑魚狩りは暴走の域に達してしまっていた。
このパーティー構成が後の戦いで勇者パーティーの首を締める事となる……
ノチ
年齢:14歳
性別:男性
身長:165cm
体重:51.7㎏
職業:猟師→勇者の従者
兵種:アーチャー
趣味:自分の都会暮らしを妄想
好物:都会
嫌物:田舎、田舎臭い自分の故郷
特技:弓矢早撃ち、弓矢連射
勇者マドノに仕える弓兵。マシカル追放後に加入した。
弓矢の扱いは天才的で、矢の連射速度が人間離れしている。
田舎に差別感・偏見視を抱いており、自身の生まれ故郷である農村の事を毛嫌いしていた。その思考回路はンレボウと同レベルの脳筋で、他のメンバー同様攻撃力や攻撃回数を重視している素振りが有る。
だが、マシカルを追放して彼をスカウトした結果、マドノ率いる勇者一行に敵の属性に合わせて戦える器用さは失われ、ゴーストタイプのポケモンにダメージを与える方法も失われ、ある意味グートミューティヒの思う壺と言える人事となってしまった……
第18話:意外な拾い者
直接対決によって改めて星空の勇者マドノに魔王を倒させる訳にはいかないと確信したグートミューティヒとアム。
が、やれる事は魔王軍の横暴に苦しむ人達から魔王軍に占拠されたダンジョンの情報を訊き出すだけ。
一見地味だが、魔王軍に占拠されたダンジョンの奪還もまた、巡り巡ってちゃんと人助けとなるのだ。
現に、グートミューティヒは助けた。
薬草狩りの名所を奪われた青年を。
季節と場所を考えない吹雪に困惑する旅人を。
鉱山奪還を狙う商人を。
漁師が行方不明になる港町を。
山賊に化けたサイクロプスのメスに苦しむ国を。
そうやって人助けを繰り返せば、ポケモントレーナーの地位が向上してポケモンが生き易い世界がやって来ると信じて。
アムもまた、マドノとの直接対決を経て、魔王軍に占拠されたダンジョンの奪還の必要性を思い知った。
マドノ率いる勇者一行にとって、ダンジョンに暮らすモンスターは入手予定の経験値でしかなく、モンスターを生物として見ていないのだ。
だが、アムにとってモンスターも立派な生物なのだ。
それを利己的な私利私欲の為だけに皆殺しにされ虐殺される……
ダークマーメイドであるアムにとって、そんな惨劇は耐え難い屈辱である。
だからこそ、さっさとボスモンスターを倒してダンジョンにいるモンスターに逃走を選択させるのだ。
だが、2人の不倶戴天の敵であるマドノから見れば、2人の行動は経験値稼ぎをサボるお人好しにしか見えない。
だからマドノは油断した。
経験値稼ぎの必要性を知る自分達が、経験値稼ぎを怠りサボる馬鹿に敗ける理由が無いと。
だが、マドノはグートミューティヒを殺せなかった。
この敗北は、マドノに更なる判断ミスへと導き、グートミューティヒを更に有利にしてしまう。
でも……マドノ達は気付かない。
グートミューティヒに敗北した理由を、経験値不足と攻撃回数不足と決めつけている彼らは、ある者を捨てながら経験値稼ぎを目的とした雑魚狩りに没頭した。
戦術の大切さを忘れながら……
グートミューティヒ達と交戦するプレートアーマーケンタウルス(ケンタウルス型さまようよろい)は困惑した。
グートミューティヒに加担するアムの姿に。
「な、何故ダークマーメイドがこんな所に……しかも、何故攻撃されている!」
それに対し、アムは冷静かつ豪胆に言い放った。
「ダンジョンを捨ててここから立ち去れ!そうすれば殺さないし、アンタの手下も見逃してあげる」
プレートアーマーケンタウルスにとっては受け入れ難い内容だった。
「降伏しろだと?貴様には魔王軍に属するモンスターのプライドと言うモノが―――」
「プライドですって?」
星空の勇者マドノの経験値に関する非道かつ残虐な貪欲さを知るアムにとって、プライドなど命より軽かった。
「死体もプライドを持たなきゃいけないって言う心算?」
が、この言い方がかえってプレートアーマーケンタウルスのプライドを傷付けてしまう。
「死体だと……まさか、この俺を殺せるとでも?」
そんなプレートアーマーケンタウルスを視て、アムはもどかしかった。
「自分の口下手が腹立つわ。私がこの前遭った勇者マドノの危険性をちゃんと伝えない私の口下手が」
「危険性?それはまるで、この俺より勇者マドノの方が強いって言ってる様なモノじゃないか!」
グートミューティヒはアムの降伏要求に加担した。
「君も手下のザコモンスターを抱える身のボスモンスターなら、余計な無駄死にを避ける様工夫するのが筋じゃないのか?」
だが、命よりプライドを優先するプレートアーマーケンタウルスは、グートミューティヒの「無駄死」の意味を履き違えた。
「つまり、俺はもう直ぐ無駄死にをして、このダンジョンを人間共に明け渡すと?」
アムは残念そうな顔をしながら首を横に振った。
「そうじゃないそうじゃない。と言うか、牛乗りオーガの手下が皆殺しにされたって話を聴いてないの?」
「皆殺し?誰が?」
「勇者マドノが牛乗りオーガとその手下共を皆殺しにしたのよ。経験値欲しさにね」
が、プレートアーマーケンタウルスはマドノ率いる勇者一行に敗けた牛乗りオーガを鼻で笑った。
「はっ!敗けた?アイツ、そこまで貧弱だったのかよ!」
だが、アムは牛乗りオーガの敗死を笑わない。
事は既に勝敗と言う枠を大幅に越え、モンスターの存亡にまで発展しつつあるからだ。
「魔王とか言う選民詐欺野郎のモンスター過大評価発言なら、さっさと忘れなさい!今はただ、勇者マドノにこれ以上モンスターを殺させない様にする方法を捻り出す事が重要よ!」
が、プライド重視のプレートアーマーケンタウルスは、そんなアムの警告すら履き違えた。
「そんな事、この俺が勇者マドノを殺せば良いだけの話だろ」
アムは呆れ、グートミューティヒはプレートアーマーケンタウルスの過大なプライドにちょっと引いた。
「もし、マドノ達がレベル40を超えるまで君とは戦わない事を選んだら、それでも君は―――」
プレートアーマーケンタウルスはグートミューティヒの警告を最後まで聞かない。
「40!?人間如きが40の壁を超える!?寝惚けもいい加減にしろよ!」
「あんたこそ、その有り余ったプライドをいい加減にしてよ!」
その時、グートミューティヒの背後で物音がした。
「誰だ!?」
そこにいた女魔法使いを見て驚いた。
「お前は……勇者マドノと一緒にいた!」
そう……
マドノ率いる勇者一行のメンバーだったマシカルがここに到着してしまったのだ。
「君がここにいると言う事は……」
アムは最悪の事態を想定してしまった。
マドノ率いる勇者一行による経験値稼ぎを目的とした蹂躙と虐殺が、このダンジョン内でも行われてしまったのではないかと……
「あんたがここにいるって事は……このダンジョンにいるモンスターはどうした!?」
「あんた達まさか、このあたりでうろついているモンスター全員がマドノの経験値になったと思ってるの?」
マシカルの言い分にプレートアーマーケンタウルスは不機嫌になった。
「負けた?この俺の手下が?」
だが、アムの望む答えをプレートアーマーケンタウルスが口にする事は無かった。
「使えない奴らめ。この俺に恥を掻かせやがって」
その途端、グートミューティヒはプレートアーマーケンタウルスを敵と認定した。
「それがザコモンスターを率いるボスモンスターのする事か……糞上司!」
だが、マシカルの言い分は違った。
「何言ってるの?私1人であれを全部倒せる訳無いでしょ」
その言葉に、グートミューティヒは困惑した。
「え?1人?マドノはどうした?」
「萌えないゴミよ……」
「燃えないゴミ?マドノは経験値稼ぎを目的とした皆殺しに没頭し過ぎる所は有ったが、いやしくも星空の勇者だろ?」
その間、マシカルはどんどん涙目になった。
「萌えないゴミは……私の事よ……」
「え……とぉー……もっと……解り易く説明して貰えるかな?」
その途端、マシカルのグートミューティヒに対する怒りが爆発した。
「あんたのせいでしょ!アンタがマドノをおちょくり過ぎたから、この私がマドノ率いる勇者一行を解雇されたのよ!」
予想外過ぎる展開に対し、グートミューティヒは固まりながら無言になった。
「馬鹿!アホ!偽乳オカマ!なんとか言いなさいよ!『私が勇者一行を解雇される原因を作ってごめんなさい!』って言いなさいよ!さあ、早く!」
すると、プレートアーマーケンタウルスは何を勘違いしたのか、マシカルを嘲笑い始めた。
「ははは!自分の力不足を棚に上げてよく言うわ。貴様が強ければ、その勇者一行とやらから解雇される心配も、無かった筈では?」
プレートアーマーケンタウルスの勘違い満載の誹謗中傷に対し、既に勇者一行を解雇されたマシカルは悔しそうに舌打ちする事しか出来なかった。
だが、グートミューティヒがマシカルの代わりに反論した。
「自分の手下共を捨て駒程度にしか見ていない糞上司が偉そうな事を言うな」
グートミューティヒの予想外の怒りに戸惑うマシカル。
「え?」
「この女が弱いんじゃない。マドノのスカポンタンがこの女の本当の価値を知らな過ぎただけなんだよ……視る目が無い糞上司は黙ってろ!」
「私の……本当の価値……」
マシカルが戸惑う中、グートミューティヒがダメ押しの暴言をプレートアーマーケンタウルスに浴びせた。
「目が節穴な雑魚がボスモンスターを務めてるんじゃねえよ。この雑魚が!」
プレートアーマーケンタウルスの体が怒りで震えていた。
「雑魚……だと?この俺が雑魚だと?その言葉……死んでから後悔しろ糞女あぁーーーーー!」
マシカル
年齢:17歳
性別:女性
身長:158cm
体重:48.8㎏
体型:B70/W59/H83
胸囲:AAAA70
職業:勇者の従者→無職
兵種:ウォーロック
趣味:魔法研鑽、育乳
好物:豊乳に効果的な食材、美容品
嫌物:巨乳自慢、貧乳軽視
特技:魔法、貧乳化(本人は否定)
かつて勇者マドノの仲間だった女性魔導士。だが、超高等魔法を使うとどうしても詠唱時間が長くなってしまう欠点を克服する事が出来なかった事が仇となって勇者一行を解雇され、それをグートミューティヒに見られてしまい彼に渋々同行する。でも、マドノの性格を軽蔑するグートミューティヒと違って勇者一行への返り咲きを諦めていない。
性格は真面目で練習熱心だが、「貧乳」にコンプレックスがあるので文句や愚痴を叫んだり口論になったりする。そんな彼女もまた世間一般的な大衆同様にポケモンとそれ以外のモンスターの判別が出来ない人間だったが、グートミューティヒと旅を共にしていく内に、少しずつポケモンへの差別や偏見が改善されてきている。
名前の由来は、『マジカル-゛=』から。
第19話:女装巨乳美男子の漢気!
「目が節穴な雑魚がボスモンスターを務めてるんじゃねえよ。この雑魚が!」
マドノ率いる勇者一行を解雇されたマシカルを散々扱き下ろしたプレートアーマーケンタウルスへの誹謗中傷を、プレートアーマーケンタウルスの眼前で言い放ったグートミューティヒ。
「ただでは殺さん……人間の女が最も忌み嫌う赤子を出産させてから殺してやる。そして、死んでからこの俺を雑魚扱いした事を後悔するが良い」
だが、そんな展開に対しマシカルは色々と不安だった。
「あのー、皆さんはこの私の事を仲間だと勘違いしている様ですが―――」
「でも、あそこにいるザコ糞上司を倒さないと、生きてこのダンジョンを出られないよ」
「雑魚雑魚五月蠅いぞ糞女!」
「それに、あんなに速いモンスター相手に上級魔法を当てる自信が―――」
「何で?」
「何でって、上級魔法の詠唱時間がどれだけ長いか―――」
その途端、グートミューティヒが自信満々にこう答えた。
「なら、時間を稼げは良いだけの話だろ!」
その途端、マシカルはグートミューティヒの背中が巨大で逞しく観えた。
何故なら、マドノ達がマシカルに向かって「詠唱時間は俺が稼ぐ」と言った事が1度も無いからだ。
寧ろ、ンレボウの攻撃回数を無駄に減らした戦犯として見られたのは1度や2度ではない。
それに、名声や手柄が欲しいが故の進言を何度行っても、全て却下されて逆に
「お前は馬鹿か!?功を焦って経験値稼ぎをサボるなんてアホな事を、この俺にさせるのか!?」
と説教を垂れられる始末だった。
「なあ、みんな!」
グートミューティヒ所有のポケモン達が一斉に賛同の鳴き声を上げた。
その光景を観たマシカルは、まるでモンスターがグートミューティヒの命令に従う事を楽しんでる様に視えた。
「喜んでる……モンスターがあの偽乳女装男に命令される事を……」
マシカルにとっては2つの意味で驚いた。
1つは、グートミューティヒがちゃんとチームを統率している事。
マドノの戦闘時に下す命令は単発かつ単純。しかも脳筋。
つまり、メンバーが各々考えて行動しなきゃいけなくなり、連携も最初の内は雑だった。
当然、相手が嫌がる属性で攻撃する事は稀で、結局、膨大な経験値が生み出した圧倒的な攻撃力で力押しがほとんどだった。
対するグートミューティヒは、所有するポケモンの能力をちゃんと理解した上で、自身の観察力に基づいたきめ細かい命令が出来るのだ。
だからこそ、グートミューティヒは常に相手が嫌がる属性で攻撃出来るのだ。
2つ目は、グートミューティヒとモンスターの意思疎通が完璧な事だ。
マシカルは長年、『モンスターは人間の敵』と教えられた。だから、モンスターと会話しよう考えた事は無く、モンスターを従えるなど夢にも思わなかった。
マドノ率いる勇者一行に加わった事で、『モンスターは人間の敵』と言う考えは更に悪化し、遂には経験値を稼ぐ為にモンスターを殺す事に何の罪悪感を抱かなくなった。
しかし、グートミューティヒは『モンスターは人間の敵』と言う常識に堂々と反発し、敵対以外の道を切り開こうとしているのだ。
グートミューティヒが魅せた勇者一行に無い物に魅入られて動けなかったマシカルは、グートミューティヒの叫びで正気に戻った。
「そこの!避けろ!」
ハッとするマシカルの目の前にプレートアーマーケンタウルスが落下し、着地すると同時に衝撃波が発生してマシカルを吹き飛ばした。
「ふん!やはりこの女は弱い。そして俺は雑魚じゃない―――」
ボーッとしていたマシカルを吹き飛ばした事でいい気になっていたプレートアーマーケンタウルスに対し、グートミューティヒは更にダメ押しの様な悪口を言った。
「糞上司より雑魚に敏感に反応するなんて、本当は自覚してるんじゃないの?」
「雑魚は俺ではなくあの女だ!俺は無敵!」
「お前、雑魚のクセに馬鹿か?魅力無いね?」
プレートアーマーケンタウルスは前足を高々と上げながら怒り狂った。
「馬鹿は貴様だぁー!雑魚の意味を知らぬ弱者がぁー!」
プレートアーマーケンタウルスは穂先からレーザーを照射した。
だが、グートミューティヒ達に簡単に躱され、ブビィははじけるほのおを放つが、
「炎が砕けた!?炎は効かないと言う事か!?」
今度はピカチュウにでんじはを放たせるが、これもプレートアーマーケンタウルスには通用しない様だ。
「これで解ったろう。俺は強く、お前達は弱い」
しかし、グートミューティヒはガバイトにすなじごくをやらせた。
「ぐおっ!?」
プレートアーマーケンタウルスにそれなりにダメージを与えた様だが、グートミューティヒは満足しなかった。
「これも違うなぁ……」
グートミューティヒの「違う」によって、マシカルはグートミューティヒの意図が読めた。
(違う?……まさか!こいつの苦手属性を探しているのか!?)
その途端、マシカルの行動は早かった。
「ブリザー」
「む!?」
プレートアーマーケンタウルスはマシカルからの予想外の攻撃に少し驚いたが、残念な事に氷もプレートアーマーケンタウルスにはあまり効果が無かった。
「残念だったな。そんな初歩的な攻撃魔法はこの俺には効かん」
だが、そんなプレートアーマーケンタウルスを更に馬鹿にするグートミューティヒ。
「初対面の敵に最初から上級魔法?お前は馬鹿か?」
が、さっきまでの怒りが嘘の様に鼻で笑うプレートアーマーケンタウルス。
「ふん。上級魔法が使えないの間違いではないのか?見え透いた言い訳は自分を―――」
「雑魚に魅せるとでも?馬鹿な雑魚らしい言い分だね?」
プレートアーマーケンタウルスは再び激怒した。
「雑魚は貴様だあぁーーーーー!」
「馬鹿より雑魚に反応するなんて、本当は自覚してるんじゃないの?」
「くびり殺してくれるわあぁーーーーー!」
プレートアーマーケンタウルスがスピアを5本投げ、それが扇状に広がった。
が、マシカルは何故か追い詰められた気になれなかった。
(敵が……冷静さを失っていく?マドノが魅せなかった芸当だ!)
マシカルは次に風属性の初歩魔法を放った。
「ウィンド」
プレートアーマーケンタウルスは予想外にもがき苦しんだ。
「ぐおおぉーーーーー!?」
どうやら、プレートアーマーケンタウルスの弱点は風の様である。
「ウィンドが効く!?なら―――」
ウィンドを連発しようとするマシカルだったが、グートミューティヒはそれを制止した。
「いや、ここはエクスカリバーだ」
エクスカリバーは風属性の上級魔法だ。だが、
「エクスカリバーの詠唱は少しかかるよ?」
マシカルの反発に対し、グートミューティヒは笑顔で反論する。
「大丈夫!それまでの時間は僕達が稼ぐ!」
そして、グートミューティヒはメタモンにマシカルに変身する事を命じた。
「ついでにウィンド10発とエクスカリバー2発、どっちが強力か試してみようか」
だが、プレートアーマーケンタウルスが慌ててマシカルを攻撃するので、マシカルは詠唱を躊躇してしまうが、
「ぐえぇ!?」
ゴルバットのエアカッターがプレートアーマーケンタウルスの突撃を妨害した。
「この裏切り者共がぁー!」
完全に冷静さを失ったプレートアーマーケンタウルスは、ゴルバットとポワルンに完全に翻弄されていた。
「今の内に詠唱を!」
グートミューティヒの指示を受け、慌ててエクスカリバーの詠唱を始めるマシカルとメタモン。
「退け!貴様ら!」
だが、ポワルンのみずてっぽうを受けたプレートアーマーケンタウルスが何故か大袈裟に苦しんだ。
「ぐおおぉーーーーー!?」
「風だけでなく水にも弱いのか!?」
そんな中、マシカルは涙ぐんだ。
ここまで安心して上級魔法を詠唱したのは、マドノ率いる勇者一行のメンバーだった頃には無かったからだ。
寧ろ、攻撃速度の遅さと攻撃回数の少なさを理由にマドノ達に叱咤説教される事がほとんどだった。
だから、マシカルは早口言葉の練習を繰り返して上級魔法の詠唱時間を短くしようと努力したり、詠唱時間が短い初歩魔法を連発したりして改善を試み、なんとかしてマドノ率いる勇者一行に残ろうとした……
が、残念な事にその努力は実らず、勇者一行での居場所を失い、逆にマシカルは魔法使いの持ち味を見失っていた。
そんなマシカルに魔法使いの持ち味を思い出させたのが、皮肉な事にマドノを敵に回したグートミューティヒだった。
そして、それを証明するかの様にマシカルとメタモンはグートミューティヒの背中に護られながら風属性の上級魔法であるエクスカリバーを放った。
「ぐおおぉーーーーー!」
2本の竜巻に挟まれたプレートアーマーケンタウルスは、バラバラになりながらもがく苦しんだ。
「そんな馬鹿な!この俺が……この俺があぁーーーーー!」
自分の敗死を全く理解出来ないプレートアーマーケンタウルスが敗北を否定する様に叫ぶが、グートミューティヒがまた誹謗中傷を口にする。
「無敵って言うのはな、敵が1人もいないから無敵なんだよ。だから、お前の様な四方八方敵だらけの馬鹿糞上司風情が無敵を名乗る事事態がおこがましいんだよ……この雑魚が」
プレートアーマーケンタウルスは敗死寸前にも拘らず、またしても激怒した。
「ぐおおぉーーーーー!殺してやるぞぉーーーーー!胸がデカいだけが取り柄の糞無能女があぁーーーーー!」
だが、最期の怒号も虚しく、プレートアーマーケンタウルスは粉々になってグートミューティヒ達の頭上に降り注いだ。
それを拾ったアムは、悲しそうに説教を垂れた。
「馬鹿な奴だ。手に余るプライドなんか捨てて、逃げる勇気を奮っていれば、この戦いの結果は変わっていた……筈なのに」
アムは、ダークマーメイドでありながら人間を見下しながら世界を侵略する魔王への憎しみを更に強めた。
プレートアーマーケンタウルスを倒したグートミューティヒは、近くにいたポルターガイスト系モンスターを優しく説得した。
「良いよ。逃げても」
すると、モンスター達は一目散に逃げた。
それを観ていたマシカルは呆れた。
「良いの?これで?」
その質問に対し、グートミューティヒは茶化す様に冗談を言った。
「あいつらが後で人間を襲うかもって?その時は、責任を持って僕が倒す!」
「私が言いたい事はそう言う事じゃなくて―――」
アムがマシカルの頭を掴んだ。
「それ、どう言う意味かなぁ?」
返答次第ではアムとマシカルが殺し合いになりそうだったので、グートミューティヒが説得に入る。
「やめなさい2人共。もう戦いは終わったんだから」
グートミューティヒの言葉に、アムは少々不満げに手を放した。
「解ったわよ」
こんなやり取りを観せられたマシカルは、グートミューティヒがプレートアーマーケンタウルスに勝った理由がますます解らなくなった。
「貴方達、いつもこんな感じなの?」
「そうだけど」
あっけらかんと答えるグートミューティヒに呆れるマシカル。
「経験値稼ぎはどうしてるのよ?」
「そこまで考えてない」
「考えてないって……」
グートミューティヒはふとある疑問を思い出した。
「考えてないと言えば、何で君は勇者一行から追い出されたの?」
「それはアンタが……」
と言いかけ、それは違うと感じたマシカル。
「は言い訳になっちゃうわね。そうよ、呪文詠唱が遅い私が悪いのよ。その欠点をちゃんと補っていれは、攻撃回数を減らさずに済んだというのに」
悲し気なマシカルを前に、グートミューティヒは首を傾げる。
「ますます解らないなぁ」
グートミューティヒの首を傾げながらの疑問の言葉に困惑するマシカル。
「解らない?だから―――」
「マドノ達は、呪文詠唱中の君を守らなかったの?」
「だから、そのせいでンレボウの攻撃回数を悪戯に減らして、その事をマドノは前々から嫌がっていたのよ」
グートミューティヒは、マドノ達の単純脳筋に呆れ果てた。
「何それ?盾役の重要さをまるで解ってないね?」
そんな事より、アムが気になる事が有った。
「そんな事より、これからどうすんの?」
今後の事を何も考えていないマシカルは、ただ残念そうに首を横に振るだけであった。
「何も無いわ。今のところ、勇者一行に戻る方法が無いしね」
「なら、僕と一緒に魔王軍と戦ったらどう?」
予想外の提案に混乱するマシカル。
「一緒にって……私があんた達と!?」
対し、グートミューティヒは笑顔で勧誘する。
「そう!どうせ、呪文詠唱が遅い内はマドノ達と一緒にいられないんでしょ?なら、その欠点が治る迄は僕達と一緒にいなよ。どうせ、1人は寂しいだろ?」
「1人は寂しい……」
グートミューティヒの言葉に、マシカルは取り敢えず決断する。
「マシカル……」
「……はい?」
「それが私の名前よ」
ツンデレ気味ながら、同行の意思を示すマシカル。
それに対し、グートミューティヒはマシカルに握手を求めた。
「なら……これからもよろしく。マシカル」
マシカルは、少し戸惑いながらグートミューティヒと握手した。
プレートアーマーケンタウルスLv37
HP:2800
EX:3000
耐性:炎、雷、氷
弱点:煽り、風、水
推奨レベル:25
ケンタウルス型プレートアーマー。一見するとケンタウルス系に見えるが、実際はポルターガイスト系。
性格は『誇り高いブラック上司』で人間を完全に見下しており、『人間よりモンスターの方が優れている』と言う魔王の言い分に何の疑いも持っていない。故に、マドノ達の非道さを知るアムに悲観的に馬鹿にされた。
その反面、煽り耐性は低く、雑魚扱いされる事を心底嫌い、実際に雑魚扱いされると怒り狂い冷静さを失ってしまう。
因みに、勇者マドノの予想推奨レベルは43。
攻撃手段
スピアアタック
手にしたスピアによる通常攻撃。
タックル
勢いをつけた体当たり攻撃。
スピアレーザー
穂先からレーザーを照射する。
踏みつけ
着地して相手を踏みつける。踏みつけを回避しても、着地後に衝撃波が発生する。
槍投げ
槍を投げつける。投げる方向や本数、炎の有無など数種類のパターンが有る。
第20話:依頼拒否の代償
マドノ率いる勇者一行による経験値稼ぎを目的とした雑魚狩りの陰惨な惨状を知り、モンスター存続の為に魔王に叛旗したアム。
そんなマドノ率いる勇者一行を解雇され、行く当ても無くグートミューティヒに拾われたマシカル。
その2人を連れ、ポケモンとポケモントレーナーの地位を改善する為に魔王軍と戦い続けるグートミューティヒ。
が、彼らが行える事はただ1つしかなかった。
「何かお困りな事はありませんか?」
グートミューティヒの質問に困惑するマシカル。
「え?そうやって地道に探して回ってるの?」
一方のアムは既に慣れているのか、マシカルの焦りなどどこ吹く風である。
「いつも通りの事よ。不思議がる事は無いわ」
その間、グートミューティヒがある学者と交渉したらしく、
「未発見の花が向こうに山にあるらしいから、採りに往って来て欲しいんだと」
「華?」
「どこの山の事よ?」
グートミューティヒが指差した方向を視て、マシカルは少し蒼褪めた。
「あの山は確か……」
「ん?何か知ってるの?」
「そうだ!この依頼、1度マドノに拒否された依頼だった!」
マシカルの証言にグートミューティヒは驚き、アムは呆れた。
「え!?花を採りに往くだけでしょ?何でそのくらいで怯えてるの?」
「どうせ、『レベルが足りない』だの『経験値稼ぎに向いていない』だのと駄々を捏ねったんでしょ?」
アムが呆れながら言った冗談に対し、マシカルは答える事が出来なかった。
(ある!この中に答えが!)
その後、この山に暮らす魔王軍側のモンスターの妨害を数回受けるも、そこまで苦労する事無く例の花を手に知れた。
「やはり断るべきじゃなかったね。それなりの強さがあれば、ポケモンがいなくても採りに行ける場所に有ったのに」
グートミューティヒの何気ない言葉に頭を抱えるマシカル。
「……仰る通りで……」
一方のアムは、逃げ出すモンスターの姿を視て、この山にはボスモンスターらしき存在はいないと確信した。
「どうやら、群れからはぐれた流れモンスターがこの山で新たな群れを作る最中だった様ね?」
「それって!」
「恐らく、このまま流れモンスターがこの山に集結して、ボスモンスターを有する群れになったら。この山は間違いなくダンジョン化してたわ」
「じゃあ、僕達は図らずもそれを阻止したって事か?」
グートミューティヒとアムのやり取りを聴いて、マシカルは更に頭を抱えた。
「マドノ……あの時何でこの依頼を断ったの?」
グートミューティヒは、依頼された花を持って依頼主である学者の許を訪れた。
「おや?依頼してからまだ3日しか経っていませんよ」
「いえ。こう言う事は早い方が良いと思いましたので」
「それは助かります」
花を受け取った学者は、ポロっとマドノへの愚痴をこぼした。
「なにせこっちは1ヶ月前に『忙しいからそんな場合じゃない』と、星空の勇者に言われましたからな」
学者が渇いた笑い声をあげる中、グートミューティヒとアムはそっぽを向くマシカルを追求する。
「1ヶ月前?それはどう言う事だマシカル?こっち見ろ!」
「何した?お前らこの町で何した?いやアイツらに訊いた方が早いな!」
そこで、今度は学者を尋問するアム。
「マドノの奴、この町で何やらかした?」
「寧ろこっちが訊きたいですよ。星空の勇者と言うモノは余程忙しい様で」
再びそっぽを向くマシカル。
「さっき言った通り……マドノは……断った」
「なんでさっきから片言なんだよ!こっち見ろって!」
「何してんの!?お前何してんの!?」
呆れる学者。
「貴方方は逆に暇そうですな……」
で、改めて花の採取に関する報酬の話になったが、
「え?襲われた!?」
「はい。今はまだダンジョン化には至っていませんが」
「あの山がダンジョン化するですと?」
「あー、それは大丈夫。その花を探すついでに追っ払ったから」
「僕達が行った時ははぐれモンスターが複数居た程度でしたが、あのままほっておいて、流れ着いたはぐれがボスモンスターに成長していたら……」
「あの山は魔王軍に乗っ取られてダンジョンになる……」
先程までマドノ達に依頼を断られた事を愚痴っていた学者の頬を冷や汗が伝う。
「で、1つ訊きたい。貴方は衛兵にどこまで伝手がある?」
「それを聴いてどうするのです?」
グートミューティヒは真顔で答えた。
「衛兵達に定期的にあの山を巡回して欲しいのですが、その話を貴方の権限で通して貰いたい」
「それは勿論の事ですが、それと我々が貴方方に支払う報酬と何の関係が?」
「いえ、あの山に関する事件はまだ終わっていません。だから、報酬は要りません」
学者はグートミューティヒの言い分に驚いた。
「……なんて無欲な……どこぞの忙しいが口癖とは大違いだ!」
バツが悪そうにそっぽを向くマシカル。
結局、衛兵にダンジョン化しつつあった山の巡回を依頼する以外の報酬を拒否したグートミューティヒ。
「勿体無い事をしたわね糞男」
「良いんだよ。後であの山にモンスターが居る事がバレるよりは大分マシだよ」
「……そんなモノかしらね」
その間、バツが悪そうに俯くマシカル。
「暗いわね……さっきの追及がそんなにきつかった?」
マシカルは首を横に振った。
「違うわ。思い出したのよ」
「思い出した?」
「マドノ達から追い出された理由よ」
グートミューティヒが聞かされた理由は、上級魔法の詠唱時間が長過ぎる事による攻撃回数の減少にマドノ達が耐えられなくなったであるが、もう1つ在ると言うのであれば、そっちの方がメインではないかと思えるグートミューティヒ。
「……訊きたいね。その理由」
観念したかの様に話し始めるマシカル。
「私がマドノ達に就いて行った理由は、手柄や名声が欲しかったのよ」
「そこに星空の勇者が現れたら……と言う訳か……」
「そう。私は喜んで就いて行ったわ!でも……」
マシカルは思い出す。マドノとのやり取りを。
「ねぇ」
「ん?」
「この依頼を受けてみない?この依頼を成功させればこの国の貴族にいい顔で―――」
「その貴族が指定した場所に経験値稼ぎに適したモンスターはいるのか?」
「いや……そこまで強いモンスターは関わってない……」
「経験値稼ぎをサボってまで受けるべき依頼か?」
「この国の貴族に伝手が出来るけど―――」
「じゃあ断れ」
「でも―――」
「断れ。こっちは経験値稼ぎで忙しいんだ」
「……はい」
マシカルがマドノ率いる勇者一行を解雇されたもう1つの理由が、名声欲しさに経験値稼ぎをサボってまで依頼を受けようとする態度だと知って、アムは怒った。
「何それ!?私達モンスターを何だと思ってるのあいつら!」
グートミューティヒもその理由に不快感を抱いた。
「依頼するって事はそこまで困ってるって事だよね?マドノの奴、よくそれを平気で断れるな?」
更に項垂れるマシカルだが、それをグートミューティヒが慰める。
「マシカル、理由はどうあれ困ってる人からの依頼を受けようとしたんだ。君は何も悪くない。悪いのは、自分勝手な理由で困っている人からの依頼を断ったマドノ達の方だ!」
そんなグートミューティヒに微笑むアム。
「相変わらず、アンタらしい考えだわ」
こうして、グートミューティヒ達のマドノ率いる勇者一行への評価が更に激減したのだった。
一方、ツノクジラとダークマーメイドの暗躍によって激減した漁獲量に苦しめられていた貴族の許に、グートミューティヒの尽力によって宝石採掘用鉱山の奪還に成功した商人が訪れた。
「して、わざわざこちらにいらっしゃった要件は?」
「貴方様が管轄している港町での星空の勇者マドノの実際を活躍をぜひお聞きしたいと思いましてな」
商人の要求に困惑する貴族。
「私は直接その場面を観た訳じゃないからね」
「噂でも構いません。ぜひ御聴きしたい」
貴族は本当に困った。そして白状した。
「現場に戻ったら、モンスターの死骸だけが残されていただけだったのだ。つまり、誰もマドノ殿が戦っている所を観た訳ではないのだ」
「つまり、マドノがそのモンスターを倒した確証は無いと?」
「無いと言われれば……確かに無いが……」
とは言え、ツノクジラ程のボスモンスターを倒せる冒険者など数に限りがある。故に、マドノ以外の他の人物がツノクジラを倒したとハッキリ言えないのも事実である。
ただし、商人は違った。
「なら、彼女が倒した可能性も有ると言う事ですな?」
貴族は言ってる意味が解らなかった。
「彼女?マドノ殿は男の筈では」
すると、商人はハッキリと断言した。
「確かにマドノは男でした。ですが、私はあの男をまったく信じておりません」
「と……言うと?」
「あの者達、我々を散々待たせておいて、結局、例の彼女がダンジョン化した鉱山を奪還してしばらくしてから来たのです。あまりにも遅過ぎるとは思いませんか?」
「それは……」
貴族は反論しようとしたが言葉に詰まった。
言われてみれば、マドノ達が貴族の屋敷に来たのはツノクジラが倒された後だったし、マドノ達との会話は全く噛み合わなかった。
でも、
「とは言え、あれ程のモンスターを誰にも気付かれずに倒すという芸当が出来る者が、勇者マドノ以外におりますか?」
商人は再びはっきりと断言する。
「グートミューティヒ。彼女ならあるいは」
「グートミューティヒ?」
「現に、ダンジョン化した鉱山の奪還に最も貢献したのが、そのグートミューティヒと言う少女だった」
「彼女、そんなに凄いのか!」
こうして、マドノの預かり知らずな所でマドノは依頼拒否の代償を支払っていた。
信頼消失と言う名の代償を。
第21話:遅参勇者と焦る魔女④
マドノはマシカルを追放してから、『功を焦って目の前の手柄や名声に飛びつき、直ぐ経験値稼ぎをサボらせようとする阿呆がいなくなった』と精々していた事もあって、グートミューティヒに敗けた事などとうに忘れ、寧ろマシカルと言うブレーキ役から解放された反動により、彼らの経験値稼ぎと言う名の大量虐殺は顕著なものと化し、レベルは遂に50を超えた。
しかも、
「本当にレベル50以上だって言うなら、さっさと魔王を倒しちまえよぁー」
のびのびと経験値稼ぎと言う名の大量虐殺を行えた事を喜ぶマドノ達の会話に礼儀知らずな酔っ払いが茶々を入れられても、
「解ってねぇなぁー。何も考えずに手柄に目が眩んで、身の丈に合わない大将首に無謀にも飛びついて討死したら、何の意味も無いんだよ」
と、説教を垂れる始末だった。
が、そんなマドノと酔っ払いとの会話を偶然聞いていた衛兵達が不満そうに酒場に入って来た。
「レベル50で足りぬというのなら、いったい幾つ有れば魔王を倒せるというのだ?」
レベル50以上になった事でいい気になっているマドノは、質問した衛兵達の怒気に気付かぬまま、自分の言い分を包み隠さずに言い放ってしまう。
「魔王を倒すのに必要なレベルは75だ」
実際の魔王討伐推奨レベルは45なのだが、慎重派なマドノはレベル70以上になるまで魔王と戦う気は無いのである。
つまり、それだけマドノ達は長々と経験値稼ぎと言う名の大量虐殺を続けると宣言しているのだ。
それに対し、衛兵達は酒を一気飲みしてからマドノに口答えした。
「じゃあ何か?お前達がレベル75になるまで待てと言うのか?」
そんな衛兵達の怒気に気付かないマドノはあっけらかんと答えた。
「そうだよ。星空の勇者であるこの俺が魔王に敗けたら終わりだろ?だから、そうならない様に―――」
「そう……だよ……?」
衛兵達は怒り狂った。
「ふざけるな!こっちはお前達がいない間、魔王軍に拠点を占拠されてダンジョン化する事態を未然に防ぐ為に、前線を定期巡回しなきゃいけないんだぞ!」
「先日だってな!とある冒険家から『あそこの山がダンジョン化しつつある』と通報を受けて巡回する事になった。そしたら物凄いボスモンスターに遭遇して部隊は壊滅だ!」
「レベルが50を本当に超えてるって言うのなら、さっさとあいつらを倒しに逝けよ!」
が、当のマドノはどこ吹く風で説教を垂れる。
「そう言うお前らのレベルは幾つだよ?」
「なにぃー!?」
「お前らのレベルが低いのを棚に上げて俺達を遅いと言うのは、他力本願なワガママじゃないですか!?」
殺意すら浮かんだ衛兵達が見当違いな悪口を言ってしまう。
「一休じゃない癖に一休を名乗って民衆を騙しておるそうじゃな!?この偽一休!」
それを聴いたマドノが急に怒り出した。
「……偽物だと?」
そして、マドノは偽一休と言う見当違いな事を言った衛兵の胸倉を掴んだ。
「誰が偽者だってぇー?言ってみろ……言ってみろコラァー!」
「え?……マドノ!?」
そんな予想外過ぎるマドノの態度に、フノクもンレボウも首を傾げながら困惑した。
彼らが知ってるマドノは、目先の名声や手柄に惑わされる事無く経験値稼ぎと言う名の大量虐殺に没頭出来る冷静な慎重派だった。
だが、
「何度でも言ってやろう。お前は偽一休じゃ。一休じゃない癖に一休を騙った偽一休は、即刻打ち首獄門じゃぁーーーーー!」
マドノは、自分を偽一休扱いした衛兵を思いっきり殴った。
「ふざけんじゃねぇぞ!この俺が星空の勇者だ!その事実、忘れんじゃねぇぞ!」
フノクやンレボウにとって、マドノがあそこまで名声や栄光に拘る姿を観たのは、これが初めてだった。
「どうしたマドノ!?お前らしくないぞ!」
「落ち着かれよマドノ殿!今我々がなすべきは経験値稼ぎであって、こんな貧弱との無駄な喧嘩ではありませんぞ!」
フノクやとンレボウが必死にマドノを説得する中、新入りのノチはまだマドノの事を理解していないせいか、ぼさっと座っていた。
因みに、この喧嘩の原因である山のダンジョン化の兆候による衛兵巡回の切っ掛けは、マドノ達が1か月以上前に断った依頼を受けたグートミューティヒの進言であり、マドノ達がさっさと依頼を引き受けて達成していれば防げていたかもしれない案件だった。
無論、今回の喧嘩の原因である衛兵部隊の半壊もである。
その日の夜、フノクやとンレボウは今回のマドノの暴走について話し合っていた。
「……今日のマドノ殿のあの態度、どう思います?」
「と……言われてもなぁ……あんな態度のマドノは初めて見るからなぁ」
フノクやンレボウにとって、今回のマドノの暴走は完全に予想外だった。
周囲の意見に惑わされる事無く経験値稼ぎと言う名の大量虐殺を絶対に怠らないあのマドノが、あそこまで必死に名声にしがみ付くとは……
しかも暴力付きで……
「マドノ殿の態度が一変したのは、あの時の『偽一休』……だったかと」
「確かに、あの直後に偽者がどうとか言っていたな?」
フノクはマドノに対するある種の疑念が生まれた。
「まさかとは思うが……」
「なんです!変なタイミングで溜めないで下さい」
「マドノは本当は星空の勇者では―――」
ンレボウは必死に否定した。
「なんて事を言うんですか!マドノ殿が星空の勇者じゃないだなんて!」
「わしだってそう思いたい。じゃが、あんな雑魚衛兵に『偽一休』扱いされたくらいであんなに怒るのが、どうも色々と不自然過ぎると思ってな」
「ですが、マドノ殿は例のバッチを持っていますよ」
確かに、マドノは星空の勇者の証である星空のバッチを持っている。その点は認めるしかない。
「入手経緯は兎も角、あのバッチを手に入れた事事態が奇跡。フノク殿はその奇跡を否定するのですか?」
段々面倒臭くなってきたフノクが取り敢えず頷いた。
「あー解った解った。この話はもう終わろう。後、マドノの奴の前では『偽』は禁止な」
「解りました」
が、どうしても気になる事が有った。
「で、『一休』って誰じゃ?」
「……さぁー?」
こうして、マドノに対する疑念は変な方向に向かってしまうのであった……
それに引き換え、新入りのノチはマドノの異変に気付く事無く熟睡していた。
次の日、経験値稼ぎと言う名の大量虐殺に適したダンジョンを探しに往くマドノ率いる勇者一行の前に、1人のデビルがやって来た。
「……そのバッチ……お前が星空の勇者か?」
それを聴いたマドノが不機嫌そうに答える。
「そうだ。このバッチを視ても解んなかったのか?このアホが」
フノクやとンレボウは、昨日の事があるせいか少し焦る。
「そうか……俺の名はタンジュ。視ての通りの魔王様に仕えるデビルだ」
だが、タンジュは何故かマドノの台詞を素直に信じる事が何故か出来なかった。
(やはりな。俺の鼻が『違う』と言っている。それに)
「おい。本当にこれだけか?」
「それは、レベルの事か?俺達のレベルがまだ52しかない事を笑いに来たのか?」
レベル50の壁を超えた相手。
本来なら最大級の警戒をしなければならない相手なのだが、タンジュの考えは違った。
(本当にそうか?勇者、拳闘士、アーマーナイト、アーチャー……どれも属性攻撃が得意と言えるジョブじゃない。武器も属性攻撃を視野に入れてる感じがしない。これがレベルが50以上もある奴の戦い方か?)
で、結局タンジュはこの場でのマドノとの戦いを避けた。
「……そうか!お前はまだ52か!?なら、これ以上戦っても弱い者虐めになってしまうなぁ!」
そう言うと、タンジュは何もせずに飛び去って行った。
(奴はやはり星空の勇者じゃない!星空の勇者は……別にいる!)
その途端、マドノはタンジュの撤退にかなり安堵し、フノクやとンレボウはマドノが戦闘を避けた事に少し安堵した。
「ふー……アイツの討伐推奨レベルは恐らく69。今戦ったら、俺達は確実に敗ける」
(良かったぁー。マドノがまた偽者がどうとかで騒ぐかと思ったぁー)
ただ、ノチだけは少し蚊帳の外的な状態になってしまった。
「あの2人は何を焦ってるんだ?」
因みに、タンジュの本当の討伐推奨レベルは32である。
第22話:霧の中の試練
お詫び
本作の連載を楽しみにしていた読者の皆様、申し訳ございません。
悪魔城物語IF(https://www.pixiv.net/novel/series/12572398)などの別作品の執筆に熱心になり過ぎて、本作の執筆が滞っておりました。
大変申し訳ございませんでした。
自分の善意せいでマドノと衛兵達が大喧嘩している事などつゆとも知らぬグートミューティヒは、最近異様に霧が濃くなった森があると聴き、アムとマシカルと共に調査に向かった。
が、アムは必死に記憶を辿れば辿る程、逆に理解に苦しみ困惑してしまう。
「んーーーーー……思いつかないなぁー?」
「何がよ?」
「何がって、この霧の正体よ」
アムの言い分に動揺するグートミューティヒ。
「それってつまり、魔王軍の仕業じゃないって事?」
「私の記憶の中では。でも、確証は無い」
それを聞いたマシカルがアムを揶揄った。
「それってつまり、アンタがたんなる下っ端って事よね?」
「悪かったわね!」
だが、そんな暢気な口喧嘩もここまでだった。
「待て!……今、茂みが動かなかった?」
「茂み?」
「まさか……待ち伏せ!?」
そうこう言ってる間も、何者かが近付いて来る音が霧に包まれた森に響き渡る。
「これ……ダンジョンで迷子になった一般人って、展開よね?」
「だと……嬉しいけどな」
その間も近付く音は響き続け、そして、
「危ない!」
グートミューティヒがマシカルを庇いながら何かを避けた。
それに対し、マシカルはグートミューティヒの男らしくない胸の感触に嫉妬してしまう。
「グートミューティヒ……男のクセにその胸は卑怯よ……」
「そんな事を言ってる場合じゃない!」
そんな中、グートミューティヒが躱した物体を視て困惑するアム。
「こんなモンスター……私は知らない!其処の糞男!これもポケモンの仕業だって言うの?」
グートミューティヒがさっき躱した物体の動きを視て確信した。
「これは……ルカリオ!」
ルカリオと呼ばれた者は、グートミューティヒを発見するやいなや、容赦なくグロウパンチを見舞った。
「グロウパンチだって!?こいつ……本気かよ?」
マシカルがルカリオに向けて攻撃魔法を放とうとするが、今度はラムパルドがやって来てもろはのずつきを行う。
「2体目!?」
マシカルは慌てて避けるも、ラムパルドの攻撃を避ける事に集中し過ぎて呪文詠唱をサボってしまう。
「ちょっと!これじゃあ呪文詠唱できない……」
「ムウマ!ラムパルドを惑わしてくれ!」
頭の上を飛び回るムウマにイラっとしている隙にラムパルドを無重力化して遠くに飛ばそうとするアムだったが、アムの目の前にスリーパーが現れ……
「ん?」
「不味い!ブーバー!スリーパーを止めてくれ!」
だが、時既に遅く……
「あー……がー!」
アムはいびきを響かせながら熟睡してしまった。
「やられた!スリーパーのさいみんじゅつにかかってしまった!?」
「それにしては早過ぎでしょ……起きなさいよ役立たず人魚!」
その間、スリーパーがマシカルにさいみんじゅつを見舞おうとするが、
「効くわけないでしょ!ネタが古いのよ!」
マシカルのファイアーとブーバーのほのおのパンチでスリーパーを追っ払ったが、その隙にルカリオがマシカルを誘拐してしまう。
「な!?ちょ!放せ!放しなさいよぉー!」
「しまった!マシカル!マシカル待てぇー!」
慌ててルカリオを追うグートミューティヒだったが、まるでルカリオを庇う様に霧が更に濃くなった。
「クソ!何だこの霧は!?」
そして……グートミューティヒはとうとうマシカルを誘拐したルカリオを見失った。
「やられた!呪文詠唱の時間を稼ぐと約束しておきながら……くっ!自分が情けない!」
仕方なく熟睡中のアムの許に戻ろうとするグートミューティヒだったが、ラムパルドやスリーパーと戦っていた筈のムウマとブーバーが戻って来て、
「すまない……ルカリオを取り逃がした……」
まるでグートミューティヒを誘導するかの様な動作を行った。
「ん?こっち?そっちに何かあるのか?」
そのまま……ムウマ達に導かれる様に霧の中へと消えていくグートミューティヒであった。
マシカルがルカリオに誘拐されている間、ずーーーーーと熟睡していたアムが目を覚ますと……
「……ここ……何処……」
どうやら、アムは闘技場に連行された様だ。
「……何だろう……物凄く嫌な予感がするんですけど……」
そうこうしている内に、反対側の入場口が開き、そこからは見慣れたくは無いけど見慣れてしまった不俱戴天の仇敵達の姿があった。
「な!?……マドノ!?」
アムは慌ててグートミューティヒに訊ねる。
「おい!糞男……」
だが、誰もいなかった……
「誰も……いない……」
そんなアムの背中を襲おうとマドノ達が駆け出した。
「いやぁー!」
「げ!?」
アムは慌ててマドノ達の攻撃を避けるも、しつこいマドノ達の猛攻との距離を思う様に広げられずに歯噛みする。
「ちょっと!?これを、うわぁ!?1人で、ちょ!?停まれよお前ら!」
が、マドノは即座に反論する。
「そう言うテメェだって、今の今まで俺達人間様に同じ事をしてきただろうが?」
今のアムにとって、その言葉は罪悪感を刺激する図星だった。
「た……確かに、私達魔王軍はあんた達人間共を下に見て、偉そうに弄び殺して来たわ―――」
「だからこそ、俺達の様な真面目にモンスターを狩って経験値稼ぎをする善人が必要なんだろうが」
「く!」
アムはぐうの音も出ず歯噛みした。
(魔王……今日ほどアンタの選民詐欺を恨んだ事は無いわ!)
一方その頃、マシカルは炎の音で目を覚ました。
(アレ?……私は確か……)
辺りを見回すマシカルだったが、そこにはもうルカリオの姿は無かった。
「こんな所に置き去りにされた……て事?」
「キャァーーーーー!」
突然の悲鳴に慌てて周囲を見回すマシカル。
「何!?何が遭ったの!?」
マシカルが近くに在った町に向かうと、その町は4匹のゴブリン達に襲われていた。
「あいつら!?」
マシカルがサンダーストームで4匹のゴブリンを一掃しようとするが、直ぐにゴブリンに気付かれて襲われてしまう。
「ちょっと!?グートミューティヒ!」
だが、誰もいなかった……
(そうだった……私、ルカリオとか言うモンスターに連行されて―――)
ゴブリン達はマシカルに考え事に没頭する隙を与えようとはしない。
「不味い!避けないと!」
マシカルに攻撃を躱されたゴブリン達が自分勝手な事を言いながら怒り出した。
「避けてんじゃねぇよザコ!」
「雑魚って」
「こっちは魔王様の御役に立つ為に人間共を沢山殺さなきゃいけないのによ!」
「魔王の役に立つ為に人間を沢山殺す……ですって?」
マシカルはカチンとくるが、ゴブリン達はお構いなしに持論をぶちまけた。
「だってそうだろ?人間共を沢山殺して経験値をたっぷり稼いで、レベルをしこたま上げて星空の勇者に勝たなきゃいけないんだよ!」
ゴブリン達のこの言葉に、マシカルは少しだけドキッとする。
「レベル上げの為の経験値稼ぎ……ですって?」
反論しようとするマシカルだったが、目の前のゴブリン達がかつての自分に、マドノ率いる勇者一行の一員だった頃の自分に見えてきてしまった。
「……あんた達がやってる事とマドノ達がやってる事って、全くの同じだって言いたいの?」
「うるせぇ!こっちは経験値稼ぎの為の人間殺しで忙しんだよ!」
経験値稼ぎを目的としたモンスター大量虐殺にかまけてイベント進行や依頼受付を怠り、その事を指摘しても進言に見向き見せずに経験値稼ぎを目的とした大量虐殺に没頭するばかりの、星空の勇者マドノ率いる勇者一行……
マシカルは、まるでかつての自分の罪と戦わされてる気がして機嫌が悪くなった。
「喧しいのはそっちの方よ!他にやる事が有るでしょ!」
熟睡しているアムの許へ戻ろうとするグートミューティヒだったが、
「ん?人?」
霧の中の人影を発見して立ち止まった。
「誰だ?」
霧から出て来たのは……グートミューティヒとは完全に真逆なあの男であった。
「貴様は……マドノ!?」
マドノとの予期せぬ再会に緊張するグートミューティヒ。
(まさか、こいつもこの霧の噂を聞きつけて……)
と……1度は考えたが、直ぐにその予想は自己撤回された。
(な訳無いか。そこの勇者様は、経験値稼ぎの為の雑魚狩りで忙しいらしいから)
そんなグートミューティヒの予想を肯定する様に、マドノはグートミューティヒに質問した。
「何故だ?」
「何故って……何の事だ?」
「何故貴様は、レベル上げを目的とした経験値稼ぎをサボりたがる?」
その途端、グートミューティヒは不機嫌になって静かに激怒した。
「経験値稼ぎと言えば聞こえは良いけどな……体のいい虐殺なんだよ。お前のやってる事は」
だが、グートミューティヒの言葉はマドノには響かず、寧ろグートミューティヒの甘さを指摘する。
「だが、敗けたら意味無いぞ」
「負けだと?」
マドノにしては理論的で論理的な言葉がグートミューティヒを襲った。
「お前はお人好しだから、困ってる人を看ると直ぐそっちに行っちまうが、悩みの発端を殲滅できなきゃ、ただの無駄な御節介……騒音でしかない」
「俺のやってる事が、騒音だと?」
「例えば、お前が今回の様にダンジョンにいるボスモンスターの討伐を依頼されたとする。で、もしそのボスモンスターがお前の倍以上強かったらどうなると思う?」
「だとしても、そのボスモンスターが多くの人々を苦しめていると言うのであれば、誰かがそのボスモンスターを倒すしかないだろ。寧ろ―――」
「つまり、ボスモンスターを倒さなきゃ意味が無いって事だろ」
グートミューティヒが不覚にも停止してしまった。
「依頼を受けた奴がボスモンスターに敗けて死んだら、依頼した意味が無いだろ?寧ろ、依頼主は弱いザコに無茶で困難な依頼をした事について悩んで欲しいくらいだ」
「う……」
「それに、依頼を受けた奴が敗けて死んだら、その分だけ希望が減り、その代わりに絶望が増える。その責任、ただの死体に払い切れると思うか?」
グートミューティヒはまた停止してしまう。
「更に言えば、そのボスモンスターを倒したところで、そいつの背後にいる魔王が健在なら、また何時か代わりのボスモンスターが後釜としてやって来るかも知れないぜ?」
「それは……」
反論を試みるグートミューティヒだが、言葉が思い浮かばない。
「だからこそ、俺は経験値を稼ぐ必要がある。経験値をたっぷり稼いで、レベルを沢山蓄えて、万全の体勢で魔王を倒す。そうすれば、手下のボスモンスターは怯え臆し、そして逃げる」
「だが、その為に殺されるザコモンスターはどうなる?」
「くだらない理想論だな」
「……何……」
「戦いは綺麗事じゃないんだよ。どんなに偉そうな事を言っても、敗けて死んだら偉い理由の全てを他者に伝える事は出来ない。寧ろ、勝者に嫌われた敗者は偽りの汚名を着せられて、何も知らない馬鹿共に勘違いされて見当違いな侮辱をする」
「伝わらない……だと……」
「だから、勝ち続けないと意味が無い。だからこそ、何も知らない馬鹿共から視た貴様は……ただの愚者だ」
マドノがグートミューティヒに突き付ける『理想と現実の乖離』は、確かにグートミューティヒの心を抉った。
だが、牛乗りオーガが拠点としていた洞窟での惨劇に立ち尽くすアムの涙目を思い出した事で、漸く反論の言葉が浮かんだ。
「いや……違う!」
「何がだ?」
「例え当時の事を知らない未来人が何と言おうとも、俺は当時の人々を救う。不要な殺戮に苦しむ命を救う。理不尽に虐げられている者を救う」
だが、そんなグートミューティヒをマドノを見下す。
「お前の様な馬鹿雑魚に出来る訳無いだろ。お人好しに現を抜かして経験値稼ぎをサボる馬鹿雑魚な貴様に」
でも、突き付けられた『理想と現実の乖離』を完全に振り払ったグートミューティヒ。
「誰に何を言われようと構わない。目の前に救いたい者がいるなら、例え結果がどうなろうと、持てる全ての力を使って救いを試みる!」
「俺の言ってる意味解ってる?そいつを救ったと言う結果が無いと意味が無いって―――」
「だから逃げるのか?」
今度はマドノがグートミューティヒに追い詰められ始めた。
「……何?」
「目の前に苦難に苦しむ人がいたとしても、『俺は弱いから何も出来ません』と言って見放す心算か?『今はまだ力が無いから』と言って助けを求める人々から逃げる気か?」
「いや……だから救えなきゃ―――」
「俺はそっちの方が恥ずかしいよ!俺は、未来人に無力な馬鹿と罵られるより、当時の人々に心無き臆病者と馬鹿にされる方が100倍恥ずかしいんだよ!自殺したくなる程な!」
3人は別々の場所にいる筈なのに、3人は異口同音、全く同じ事を叫んでいた。
「大量殺戮が作った汚い平和は要らない!」
アムは何度目かの魔王軍との決別の言葉を口にする。
「私はもう、くだらない選民には手を出さない!誰が何と言っても、命は命なんだよ!」
マドノ達を撤退させたアムは改めて魔王との決別を誓った。
「今の私に必要なのは殺し合いを促すだけの無駄な選民じゃない。平和で安全な生存だ!」
マシカルはマドノ達に酷似したゴブリン達の攻撃を躱しながら攻撃魔法を連発した。
「あんた達の大嫌いなグートミューティヒは、あんた達とは違って目の前の依頼からは逃げないわ!」
こうして、攻撃を躱しながら呪文詠唱をすれば良いと言うアイデアを得たマシカルは、漸くマドノ率いる勇者一行への未練を断ち切った。
「どんなに強くても、名声が伴わなきゃただの暴力。醜くて見苦しい虐殺よ!」
グートミューティヒは『理想と現実の乖離』を武器に反論するマドノを無視して素通りする。
「やめとけよ。それ以上言っても、今のアンタが心無い臆病者にしか見えないよ」
改めて自分が理想とする自分が何者かを理解したグートミューティヒは、マドノに背を向けながら駄目押しの言葉を口にする。
「目の前にいる救いを求めている人々が苦しんでいるのは、今なんだよ!」
そして、謎の霧が生み出したマドノ達の幻影を振り払った3人は、見慣れぬ草原で合流した。
「みんな無事だったんだ」
「ええ……何とかね……でも」
「モンスター側からかつての私達を観たらどう思うかを、散々思い知らされたわ」
「……それって、マドノの屑野郎の許にいた時のって事?」
マシカルはげんなりしながら答えた。
「そうよ。お陰で、恥ずかし過ぎて機嫌が悪いわ」
が、アムはマシカルが何でげんなりしているのかが解らなかった。
「その割には、何かを得たって感じの顔をしてる様にしか視えないんですけど?」
「あんた達もね。なんか……吹っ切れたって感じ」
それを聞いて考え込むグートミューティヒ。
「吹っ切れた?……そう言う事で、良いんだよな?」
とは言え、3人はそんな事を言ってる場合じゃなかった。
「そんな事より……」
マシカルは見慣れぬ草原を見回してさっきまでいた山を探しながら質問する。
「ここ……どこ……?」
マシカルの質問に、アムは漸く自分達が置かれている状況を察した。
「ここって……あ!?」
後書き
前書きでも記載した通り、悪魔城物語IFなどの別作品の執筆に熱心になり過ぎて、本作の執筆が滞っておりました。
大変申し訳ございませんでした。
で、第22話の内容なのですが、最初は、第21話に登場したタンジュにグートミューティヒ達が惨敗している所を、とあるポケモンが救出する形でポケモンの生まれ故郷である白魔界に辿り着くのだが、グートミューティヒは先程の惨敗に経験値稼ぎを目的とした大量虐殺の必要性を教えられ、理想と現実の乖離に悩まされ、せっかくポケモンの楽園である白魔界に到着した事を素直に喜べない展開を予定しておりましたが、この私自身がそう言う展開が嫌いと言うのもあって気分が乗らず、結局、第22話は今回の様な形になりました。
第23話:ポケモンの世界
謎の霧に包まれた山の謎を解く為に来た筈のグートミューティヒが謎の霧を抜けると、何故か広大な草原であった。
「これも……さっきの霧が見せてる幻よね?」
マシカルもアムもこれが謎の霧の罠ではないかと疑ったが、グートミューティヒだけはこの草原に危険は無いと確信した。その訳は、
「大丈夫だ。アレを視て」
グートミューティヒが指差す方向には、ケンタロス達が呑気に草を食べていた。
「モンスター!?」
マシカルにそう言われるアムだったが、
「あんな奴知らないわよ私!」
「何で元魔王軍のアンタがあいつらを知らないのよ!?」
その理由を知るのはグートミューティヒだけであった。
「そりゃそうさ。ケンタロスは魔王軍の手下じゃなくてポケモンだからさ」
マシカルはその言い分に理解に苦しんだ。
「ポケモンと魔王軍は違うってアンタは言うけどさぁ―――」
が、ケンタロスの群れの中にケンタロスとは違う姿の牛が混ざっている事に気付いたグートミューティヒは、マシカルの愚痴を聞いていなかった。
「あの黒いのは何だ!?あれもケンタロスなのか!?」
そして、グートミューティヒは何の警戒も無くケンタロスの群れに向かってしまう。
「調べないと」
グートミューティヒが珍しく危なっかしい行動を行うので、マシカルが慌てて呪文を詠唱するが、
「あ……マシカルの奴……まさか」
嫌な予感がしたグートミューティヒがマシカルの方を振り返り、マシカルが呪文詠唱を行っている事に気付くやいなや、
「2人共!早く逃げろぉーーーーー!」
そう。マシカルの呪文詠唱に気付いたケンタロスの群れは、マシカルを群れの平和を乱す敵と判断してしまい、マシカルに向かって『たいあたり』を試みたのだ。
「何これ……ヤバくない……」
「ちょっと待って!詠唱がまだ終わってない!」
だが、ケンタロスの群れはマシカルの呪文詠唱を待つはずも無く、グートミューティヒ達3人はひたすら走って逃げるばかりであった。
「ちょっとおぉーーーーー!詠唱時間を稼ぐって言ったじゃぁーん!」
「確かに言ったけど、ポケモンを敵に回すなんて一言も言ってなぁーーーーーい!」
「そのポケモンって何なのよおぉーーーーー!」
とか言ってる間に、逃げ回るグートミューティヒ達の前にシロデスナが立ち塞がる。
「不味い!シロデスナのすなあら―――」
が、グートミューティヒ達の背後にいる無数のケンタロスの群れを発見したシロデスナは、慌てて地中に隠れてしまった。
「シロデスナの奴……逃げやがったよ」
しばらくケンタロスの群れに追い回されたグートミューティヒ達であったが、どうにか茂みに隠れて難を逃れた。
「何なの、アレ?」
「私にも解んないよ」
「あばれうしポケモンのケンタロスだよ」
元魔王軍のアムより魔王軍の敵であるグートミューティヒの方がポケモンに詳しい事がどうも気になるマシカル。
「何で其処のダークマーメイドよりあんたの方が詳しいのよ」
が、グートミューティヒはその質問の意図が解らなかった。
「だって、アレはポケモンだよ。魔王軍所属のモンスターとは完全に別物だよ」
「別物って言われてもねぇ―――」
と言いながら茂みから出ようとするマシカルだったが、その拍子に何かを踏んでしまった様で……
「あ」
「ん?何?」
マシカルが踏んだそれは、ドダイトスの尻尾だった。
「グルルルルゥ……」
「え……」
ドダイトスの鳴き声に不安そうにドダイトスの方を向くマシカル。
「えーと……どちら様?」
「たいりくポケモンのドダイトスだよぉー!」
「ごおぉー!」
臨戦態勢に入ったドダイトスに驚きつつも文句を垂れるマシカル。
「こいつ木に化けてたって言うの!?紛らわしい事をするな!」
そんなマシカルに文句を垂れるアム。
「こんなに大きい奴に気付かないアンタが悪いんでしょうがぁー!」
そんな2人の口喧嘩などお構いなしに舌を伸ばすドダイトス 「不味い!養分を吸い取られる。ブーバー、バニリッチ」
幸い、ドダイトスは炎と氷に弱いので簡単に追い払えたが、
「あんた……いい加減にしてよ」
ポケモンだらけの世界に来てからずっとトラブルメーカーなマシカルの困り果てるアム。
「すいません……」
だが、グートミューティヒはそれどころではなかった。
「言い争いは……まだ早い様だぞ」
そう。白いポケモンが3人の頭上を飛んでいた。
「今度は何?アンタ、アイツに何をしたの?」
「何もしてないわよ」
が、マシカルの反論に自信が見えない。
しかも、このポケモンはケンタロスやドダイトスとは比べ物にならない程の大物だった。
「……ルギア……こんな幻のポケモンに逢えるなんて……」
そのルギアが3人の前に降り立ち、付いて来いと言わんばかりにゆっくりと歩き出した。
グートミューティヒは迷わず後を追うが、アムとマシカルはルギアを信じる事が出来なかった。
「さっきの牛や木に化けたオオトカゲの事が遭ったのに……」
が、アムにはルギアを追うグートミューティヒを追う以外の選択肢が無かった。
「でも、この世界のモンスターに詳しいのは……あの糞男だけよ」
元魔王軍のアムがグートミューティヒよりこの世界のモンスターに疎いと言われると……
「……私も付いて行った方が良い様ね……」
ルギアに案内されたグートミューティヒ達は、神秘的な泉に辿り着いた。
「あの泉は?」
「何か出てきそう……」
マシカルのボヤキに不安になるアム。
「何がって何よ?」
「知らないわよ。もう、優しい奴が出ると期待するしか」
「冗談はよせ!」
またアムとマシカルが口論になりそうになる中、ルギアはそれを無視して泉に方を向いて吠えた。
「何だ!?」
すると、カジキのような魚型の殻が泉から出て来た。
「出たアァーーーーー!」
本当に何かが出た事に慌て驚くアムとマシカル。
それに対し、グートミューティヒは冷静に訊ねた。
「これも……ポケモンなんだよね」
その質問に殻は答えた。
「珍しいですね。白魔界のモンスターと黒魔界のモンスターをちゃんと区別するとは」
殻の言葉にアムは首を傾げた。
「白魔界?」
「この世界の事です。我々モンスターは、元は2つある魔界の住人。それが地上界に興味を示して移住する事があるのです」
殻の主張にマシカルが噛みつく。
「移住ですって?侵略の間違いじゃないの?」
が、殻はマシカルの質問の意味が解らなかった。
「それは、移住者の事をどう思っているのかの話では?」
殻のその言い方に、アムはこの殻は魔王軍とは関係無いと判断し、殻を庇う様にマシカルの眼前に躍り出る。
「待て!こいつは魔王軍とは無関係だ!」
だが、グートミューティヒに敗けるまでマドノ率いる勇者一行に同行していた事もあってか、やはりモンスターの言葉を鵜呑みにする事はそう簡単には出来なかった。
「本当にそう言えるの?これが魔王の罠じゃないと?」
アムとマシカルの間に緊張が走るが、グートミューティヒもまたこの殻が敵ではないと感じていた。
「大丈夫だと思うよ。本当にこいつが魔王軍の手下なら、もう既に攻撃を受けてるか逃げ出している筈だ」
グートミューティヒにまでそう言われ、マシカルは矛を収めた。
「……あんたがそこまで言うのであれば」
3人共納得したと判断した殻は、焼きアサリの様に開いて中にいる長髪の女性を思わせる本体を晒した。
「私はカプ・レヒレ。そこの女装をしている星空の勇者に訊ねたい事が有ってそなたらをここに呼びました」
殻の予想外の言葉に、3人共耳を疑った。
「え?」
で、直ぐに冷静になって殻にツッコミを入れた。
「この中にマドノはいませんけど」
が、殻はお構いなしに話を進めた。
「マドノ?誰ですかソレ?」
「いや、そのマドノが星空の勇者―――」
「星空の勇者なら、そこにいますよ」
殻が指差したのは……グートミューティヒだった。
「……何?」
第24話:星空の勇者
謎の殻ことカプ・レヒレの見当違いな言葉に困惑するグートミューティヒ達。
「……何……言ってるの?」
「そうよ。だって星空に選ばれたのはマドノであって」
「そこの女装糞男じゃないわよ!」
が、カプ・レヒレはグートミューティヒの胸元を指差してこう指摘する。
「それは、星空の勇者が勇者バッチを無くしたからですか?」
その言葉にマシカルはドキッとした。
「バッチを無くす……じゃあ、マドノのあのバッチは何だ?」
カプ・レヒレはあっけらかんと答えた。
「彼が捨てたバッチを拾ったのです」
マシカルは絶叫した。
「……拾っ、たあぁーーーーー!?」
絶叫しながら混乱するマシカルを無視してカプ・レヒレが話を続ける。
「ま、あのバッチは星空の勇者に星空に選ばれた事を自覚させる為に在り、その役目を終えた時点で大切に持ち歩く必要はありません」
マシカルは、バッチを魅せびらかして自分が星空の勇者だと主張するマドノが一気に滑稽な存在に見えた。
「持ち歩く必要が無い……つまり、胸元に着けて偉そうに魅せびらかす必要も無いと?」
「そうです」
そして、マシカルはマドノを星空の勇者だと勘違いして、マドノ率いる勇者一行に居座ろうと様々な努力をしてきた自分が滑稽な存在に見えた。
「そうです……私の今まで頑張りは……一体……」
一方、アムは人間達に騙されたと思い込んでグートミューティヒに文句を垂れた。
「あんた!よくも騙してくれたわね!?」
が、身に覚えが無いグートミューティヒは慌てて釈明する。
「え!?俺は知らないよ!知ってたらマドノみたいに名乗るし―――」
「嘘おっしゃい!どうせアイツはただの影武者なんでしょ」
そして、アムはグートミューティヒの釈明を無視してどっかに行ってしまった。
「待って!」
が、カプ・レヒレはアムの心情を理解してグートミューティヒを制止する。
「今は無理です。様々な勘違いに囚われています」
その途端、グートミューティヒは激怒した。
「その勘違いを植え付けたのは……あんただろう!」
そして、モンスターボールを起動させてカプ・レヒレを攻撃しようとするが、山賊頭に化けたサイクロプスのメスと戦っていた時に聞こえた謎の声がそれを制止する。
「よせ!この者は敵ではない!本当の敵は―――」
だが、アムやマシカルとの絆を失いかけて大激怒のグートミューティヒは聞く耳持たない。
「黙れ!物陰に隠れて声しか出さない奴を誰が信じる!」
一方、この場で最も冷静な存在になってしまったカプ・レヒレは、とんでもない事を言いだした。
「なら、実際に遭って視たらどうだ?」
未だに怒りが収まらないグートミューティヒは、カプ・レヒレと謎の声がグルだと判断する。
「お前も……あの卑怯者の仲間か!」
その途端、またしても謎の霧がグートミューティヒ達を襲った。
グートミューティヒとマシカルが目を覚ますと、そこは神々しい礼拝堂の様な場所だった。
「ここは?」
マシカルが飛ばされた場所に疑問を持つ中、未だ激怒のグートミューティヒはカプ・レヒレを探した。
「……あの野郎……逃げやがった……」
カプ・レヒレの行方を見失うも、その代わりに謎の声がグートミューティヒに声を掛けた。
「私はここにいる」
グートミューティヒが慌てて振り向くと、そこには台座に置かれた光の玉があるだけだった。
「……何……これ?」
マシカルが理解に苦しむ中、グートミューティヒの怒りは漸く治まった。
「これは……」
そして、グートミューティヒは恐れる事無く光の玉に触れた。
「え?……大丈夫なの?」
未だ混乱中のマシカルを無視して、光の玉に触れながら考え込むグートミューティヒ。
(これは……歴代の星空の勇者の記憶……)
歴代の星空の勇者の経歴がグートミューティヒの脳裏に流れ込む。そして、その中にグートミューティヒの今日までの経歴も含まれていたが、その中にマドノの姿は無かった。
(あの殻の言う通りだった。でも、なぜ僕はマドノにあのバッチを渡した?アムの言う通りマドノを影武者にする為か?……いや、あんなポケモンが可哀想な事を僕が率先してやるか?)
その疑問は、グートミューティヒ自身の赤ん坊の時の記憶を思い出した時に解けた。
「そうか……俺は捨て子で、その時にマドノにバッチを奪われたのか……」
グートミューティヒの言葉にマシカルがまた驚いた。
「奪われたあぁーーーーー!?星空の勇者の証であるあのバッチをおぉーーーーー!?」
マドノ率いる勇者一行のメンバーだった頃の自分を散々否定されて愕然とするマシカル。
「騙された……あらゆる意味で……色々な者に……」
そして、自分を騙し続けた……もとい!魔王軍と戦い続ける人類を騙し続けたマドノへの怒りが沸いた。
「あの野郎……とんでもない詐欺師だぞ!打ち首獄門レベルで!」
一方、自分自身を含めた歴代の星空の勇者の経歴を視たグートミューティヒは、光の玉に声を掛けた。
「お前、持ち主に合わせてその姿を変えるらしいな?」
「そうだ。だが、お前がなかなか来なかったので、正直焦ったぞ」
「そりゃどうも。待たせて悪かったね」
「で、どの様な武器が欲しい?私はどんな武器にでも成れるぞ」
だが、グートミューティヒはそれを否定する。
「いや、僕が欲しいのは武器じゃない」
「何?」
グートミューティヒは真剣な顔で自分の主張を口にする。
「ポケモンとの共存だ!だから、僕は少しでもポケモンの役に立ちたい!ポケモンと人間の懸け橋になりたい!僕が作るはポケモンと人間が共生出来る世界!」
グートミューティヒの宣言に、マシカルはアムの勘違いを呪った。
「アム……あんた馬鹿だよ。あんなモンスターの戯言に騙されて、かつての仲間の心根を疑って、本当に大切な物を失って」
光の玉が鎮座する神殿から出たグートミューティヒとマシカルの前にカプ・レヒレが現れた。
「ようやく手に入れた様ですね?神具球を」
グートミューティヒの両腕の手甲を視てカプ・レヒレは満足気に頷き、グートミューティヒもまた頷いた。
「ならは……その力をどこまで使いこなせる様になったか……試させて貰う」
カプ・レヒレの突然の言葉に驚くマシカル。
「え?どう言う意味?」
「つまり、戦いです。漸く神具球に辿り着いた若き星空の勇者よ、この私と戦い、神具球の力を理解しなさい!」
カプ・レヒレLv49
HP:7875
EX:4590
耐性:炎、水、氷
弱点:雷、毒
推奨レベル:32
白魔界の四大守護神の1体。水を操り深い霧の奥に棲んでいるとちがみポケモン。
グートミューティヒが星空の勇者の役目の1つである神具球入手を遅々として進めない事に苛立ち、グートミューティヒ達を白魔界に誘導して真相を語った。
その後、神具球を手に入れたグートミューティヒの力を試すべく戦いを挑んだ。
因みに、勇者マドノの予想推奨レベルは62。
攻撃手段
黒い霧:
周囲に黒い霧を発生させて対象者の能力変化を元に戻す。
白い霧:
周囲に白い霧を発生させて自身の能力低下を防ぐ。
ムーンフォース:
上空に呼び出した月の光を集め、ミルク色のエネルギー弾や頭上からのビームとして放つ。
水鉄砲:
水弾を勢いよく発射する。
濁流:
濁った水流を発射して攻撃する。対象者の命中率を下げる事がある。
殻に籠る:
殻に潜りこんで身を守り、自分の防御を上げる。
ガーディアン・デ・アローラ:
地割れから金色の首無し巨人が現れ、殻を閉じたカプ・レヒレが巨人の首として合体。その状態で歩行する。一定時間を経過すると元の大きさに戻る。
第25話:もう1つの真実
カプ・レヒレが語った星空の勇者に関する真実に激怒してグートミューティヒと喧嘩別れしてしまったアムだったが、白魔界から出た頃には騙されたと言う勘違いは完全に醒めてしまい、今は……
「……どうしよう……行く当てが無い……」
アムはグートミューティヒと壮絶な喧嘩別れをした事を後悔した。が、あれだけボロクソに言ってしまった事もあってかグートミューティヒの許に帰れる気がしなかった。
かと言って、マドノの経験値稼ぎを目的とした大量虐殺をその目で見てしまったせいで、魔王の主義主張を信用する気にもなれず……
結果、アムは人にもモンスターにも熟れない中途半端な存在に成り下がってしまった。
「あーーーーー!基はと言えば、選民詐欺を繰り返す魔王の非現実思考と偽勇者マドノの紛らわしい嘘のせいよぉーーーーー!」
その直後、アムの叫びに反応した男性がアムの両肩を掴んだ。
「それは本当か!?」
一方のアムは、突然の事だったので対応が遅れた。
「え?何が?」
だが、何か必死な男性はアムの両肩を何度も揺らしながらアムに問うた。
「マドノは本当に偽勇者なんだな!?」
「それは!」
と言いかけたアムは、牛乗りオーガとその部下が根城にしていた洞窟の惨劇を思い出してしまい、返答に困った。
(ここで本当の事を言ってどうする?あの妙な殻女の言い分が真実だとマドノは星空の勇者の影武者となるが、でも、未だに経験値稼ぎを目的とした大量虐殺を続けられると言う事は、マドノの実力は本物。それに、基はと言えば選民詐欺を繰り返す魔王の非現実思考が生んだ無謀な侵略が発端。そんな平穏無き血生臭い侵略から遠ざけてくれるなら、人間共は誰でも良い筈?)
で、アムが行った返答は、
「いえ、マドノ御一行様がなかなか私が暮らす町に来ないからイライラしていただけです」
そんな当たり障りが無い返答に止まってしまったアムだったが、アムの予想に反して、男性は蒼褪めながら愕然とし、力無く歩き始めた。
「そう……ですか……」
「え?」
アムは、何で自分が期待外れな回答をした空気になっているのかが解らず困惑した。
「え?あの……」
そして、アムはダメもとで男性に質問した。
「もし、私がマドノを偽勇者だと答えたら、貴方はどうしていたんですか?」
男性が振り返るが、その顔は……期待外れを見下すかの様な形容し難い表情だった。
(何でそんな寂しい顔をするんだ?私がマドノが星空の勇者の影武者である事を隠した事が……)
でも、やはり牛乗りオーガが占拠していた洞窟の惨劇が頭をよぎってしまい、マドノに関する真実を白状する気になれないアム。
(駄目だ!あの惨劇が私のネタバラシの邪魔をする!)
で……アムはまた当たり障りのない事を言ってしまう。
「あのぉー、せめてお話しだけでもぉー……」
取り敢えず、男性の家に上がり込んだアム。
どうやら、彼は学者らしく無数の本が収まった本棚が沢山有った。
「うわぁ……かなり難しそうな本がずらっと……」
この本棚を観ただけで眠くなりそうなアムだったが、今はそれどころではない。
何故あの男性はアムの『偽勇者』にそこまで過敏に反応したのか?そして、マドノが星空の勇者の影武者である事実を否定した途端に見せた、あの期待外れの様な悲しげな顔は何だったのか?
アムはそれを知りたかった。
(でも……その前に!)
「失礼ですが、こちらの本を読んでみてもよろしいですか?」
「……どうぞ」
容赦無く襲い掛かる睡魔を我慢しながら書物の内容を視た結果、アムはこの男が魔王軍の味方ではないと確信した。
「で、この私に訊きたい事とは?」
向こうから勝手に本題に入ってくれた事を感謝しつつ、アムは単刀直入に言った。
「私がマドノを『偽勇者』と呼んでしまった事を必死に否定した時、貴方は何故、そんな悲しげな顔をしながら期待外れを見下すかの様な顔をしたのです?」
男性は答えない。
だが、アムはどうしてもあの表情の正体を知りたいが故に質問を続けてしまう。
「私には、まるで『マドノが星空の勇者の影武者だったら良かったのに』と言ってる様にしか視えませんでした」
男性はピクッと反応したが、それでも答えない。
「何故です!何故貴方は、マドノが星空の勇者である事を否定したがる!?マドノが既に無数のモンスターを次々と殺していると言うのに!」
その途端、男性は再びアムの両肩を揺すった。
「マドノが無数のモンスターを殺しただと!?モンスターは戦ったのか!?マドノを!」
男性の鬼気迫る表情に臆しながらも、アムはマドノに関する事実を口にする。
「経験値を稼いでレベルを最大にまで上げるべく、数多くのモンスターを次々と殺してますよ!」
その途端、男性は愕然として座り込んでしまった。
「マドノが……モンスターと戦わされている……そんな……」
状況が全く理解出来ないアムが慌てる中、男性の妻と思われる人物がアムに話しかけた。
「私がお話しします」
「貴女は?」
「マドノの母です」
想定外の人物の登場に理解が追い付かないアム。
「は!?母お……え!?……」
取り敢えずマドノの母親を名乗る女性に紅茶を御馳走して貰ったアムは、改めてマドノと彼らとの関係を尋ねた。
「えー……と……そちらがマドノの父親で、そちらがマドノの母親……で、よろしいですね?」
「はい」
そのやり取りに対し、アムはどうしても首を傾げてしまう。
自身が知っているマドノとはまるで似ていないからだ。
確かに、言われて視れば外見はマドノにそっくりだが、内面があまりにも違い過ぎるのだ。
寧ろ、もっと傲慢になって星空の勇者となった息子を過剰に自慢しても良いと思えたが、アムが視る限りではその逆を行っている様に視えた。
『これがマドノ達の現実だよ。出遭ったモンスター全てを敵とみなし、問答無用で攻撃し、自分の経験値に変える。モンスターには逃げる事すら許されない』
『なに寝惚けた事を言ってんだ?こいつらを皆殺しにして良いに決まってるだろ』
『そこの女装偽乳糞男、今日はこのくらいにしてやるが、次こそは死をもってあの時の罪を償う準備を整えておけ』
『これで人間よりモンスターの方が優れているって言えるのかよ!?』
牛乗りオーガの根城で起こった惨劇と、それに伴うマドノ達との戦いを思い出し、改めてこの2人がマドノとは似ていないと思えた。
(こいつら、自分で言ってる程傲慢には見えない。寧ろ妙な礼儀正しささえ感じる。これで本当にあのマドノの両親と言えるのか?)
「で、貴女が私達の息子の事を『偽勇者』と呼んでしまった事に、夫が過剰に反応してしまった事がどうしても気になると?」
突然話しかけられて少しビクッとするアム。
「え!?……えぇ」
だからなのか、率直な疑問を口にしてしまう。
「ただ……何と言うか……全然似てないなと、思いまして」
「似ていない?それは?」
「何と言いましょうか……私が思うに、息子さんが星空の勇者になれる程ご立派になったのであれば、もっと周囲に自慢しても―――」
その途端、マドノの父親は激怒した。
「自分の息子が何時モンスターに殺されるか解らない場所に放り込まれていると言うのに、暢気に自慢話をしろだと?ふざけるのも大概にしろ!」
「やめてアナタ!この方は私達の事を何も知らないのです!」
一方アムは、マドノの父親の剣幕の影響で牛乗りオーガの根城の中でマドノ達に殺されたオーガの子供を思い出した。
「いえ。私も息子を思う親の気持ちを考えずに軽口を言ってしまった事、深く反省しております」
そして、マドノの母親の話を聴く内、マドノの父親が代々天才学者を次々と輩出する名家の出である事が解った。
だが、マドノはその事を快く思っていなかった。
マドノは、他の兄妹とは違って勉学が大嫌いで、座学が大の大苦手だったのだろうと容易に想像できた。
そんなマドノが『星空の勇者の影武者』に任命されたら、喜んで了承するだろうと言う事も。
だがそんなマドノの心中に反し、マドノの両親の話はこの言葉で締めくくった。
「望むなら、何時殺される解らない危険極まりない戦場とは程遠い安全地帯で、思う存分平和に勉強三昧な日々を送って欲しかった。故に、私は我が息子マドノを星空の勇者に変えた星空を……永遠に憎む!」
マドノの父親のこの言葉は、正に息子の平穏と安寧を願う親心そのものだった。
故にアムは思った。
彼らになら、カプ・レヒレが語った星空の勇者に関する真実とその事で懐いてしまったグートミューティヒへの猜疑心を語っても良いのではないかと。
だが、その前にもう1つだけ訊きたい事が有った。
「で、その息子さんが魔王軍と戦う事を余儀なくされた切っ掛けである星空の勇者襲名は、一体何時頃の事です?」
それに対し、マドノの母親の答えはアムの予想に反するモノであった。
「10年近く前です」
「10年!?」
グートミューティヒはまだ10歳の筈。
にも拘らず、マドノは10年前にグートミューティヒに星空の勇者の影武者に任命された……
これでは、どうも辻褄が合わない。
(だとすると……アイツがマドノを偽者に仕立て上げたのではなく……って事になるわね?で、その理由は……)
アムは、マドノの両親の話を思い出し、1つの結論に至った。
(もし、勉強と学問が嫌いなマドノが、目の前に転がっている学問以外の事に没頭出来るチャンスを発見したら……と言う事は!)
「どうやら私、グートミューティヒの奴に謝罪に往かなきゃ行けなくなったわね」
「は?」
アムに最早迷いは無かった。
「実は私、本物の星空の勇者が何者かを知っています!」
その途端、マドノの父親がまたアムの両肩を掴んだ。
「本物の星空の勇者だと!?それは、本当か!?」
「アナタ!落ち着いて!」
ここでアムはやっと、あの時マドノの父親が何を期待していたのかが解った。
(なるほどね。あの時、こいつは私がマドノの事を『偽勇者』と呼んだ事を大いに喜んでいたのね?)
改めて迷いが無くなったアムは、自分が何故グートミューティヒと喧嘩別れしてしまったかを素直に話した。マドノに対するある疑念を含めて。
「本物の星空の勇者の名は『グートミューティヒ』。その事実を初めて知った時、私はグートミューティヒがマドノを星空の勇者の影武者に仕立て上げたと勘違いしてしまい、裏切られたと思い込んでグートミューティヒと喧嘩別れしてしまいました。でも、貴方方の証言によってそれは違うと確信しました」
「では何故、我が息子マドノは……そのグートミューティヒを差し置いて星空の勇者を名乗ったのです?」
「それについては申し上げにくいのですが……グートミューティヒの馬鹿がマドノに星空の勇者の座を奪われたのではないかと」
「奪った……だと?何でマドノがそんな危ない物を奪おうとするのだ!?」
アムは、それについての疑問も、マドノの両親の話で大体推測出来ていた。
「貴方方に強要された勉強から逃れ、学問とは程遠い戦闘に没頭する為です」
一方、マドノの父親はアムの推理が全く信じられなかった。
「そんな馬鹿な……何でそんな何時殺されるか解らん場所に……」
それを聞いたアムはボソッとこう言った。
「親の心、子知らず……よ」
マドノの両親との出会いによってマドノの正体を知ったアムは、改めてマドノと戦う理由を見出した。
「先ずはあの女装糞男と合流しないとね。アイツが私のあの言葉を許していたらの話だけど」
だが、そんなアムの前にヘルハウンドの群れがやって来てしまった。
「よお裏切り者」
「裏切り者?」
このやり取りでアムは察した。
(こいつら……私と違ってまだ魔王の選民詐欺に騙されてるんだ……可哀想に……)
「つまり、私はもう魔王軍に居場所は無いって訳ね?」
それに対し、ヘルハウンドは冷徹に答えた。
「この世界の居場所すらな。何せ、魔王様から人間との共存を望むモンスター擬きを一掃し、モンスターに関する謂れなき悪評を覆せと命じられたからな」
それを聞いたアムは、改めてグートミューティヒと喧嘩別れした事を後悔した。
今、この世界は共存反対と言う名の自滅へと突き進んでいるからだ。
(これではっきりしたわ。あの女装糞男が星空の勇者に選ばれたのかを。あの選民詐欺野郎が作ろうとしている共生が禁じられた世界を止める為に。それをマドノの奴は自分勝手な理由で邪魔をしようとしている。これは確かに経験値稼ぎを目的とした大量虐殺に没頭している暇は無いわ!)
「それってつまり、人間共にとって私達モンスターは悪役って事よね?」
だが、魔王に言われるまま人間を見下し続けるヘルハウンドは、モンスターを悪者扱いするアムの言い分を嘲笑った。
「はははははは!何を言っている?この世は常に勝った方が正義。敗者はただ蹂躙されるのみよ」
ヘルハウンドのこの慈悲が無い言葉によって、アムは魔王とマドノの差がますます解らなくなった。
「と言うか、ほとんど一緒ね。あんた達とマドノ達の行動が」
その途端、ヘルハウンド達は不機嫌になった。
「何を言っている?我々が『人間に味方する星空の勇者』と同じだと?我々を嘗めて―――」
「ぶっ!ぶっくく!」
「貴様!何が可笑しい!?」
ヘルハウンドの言う『人間の味方をする星空の勇者』の部分で笑死しかけたアムだったが、直ぐに真顔に戻って自分の主張を口にした。
「そう言うあんた達こそ、弱肉強食の意味を全く理解していないわね?通りで魔王とか言う糞嘘吐きの選民詐欺に騙される筈だわ」
「裏切り者が!口を慎めよ裏切り者」
「いいえ。ハッキリ言わせて貰うわ。本来の弱肉強食と言うのはね、草、草食、そして肉食、それらがどの様な関係を築いているのかを表した言葉よ。つまり、強者が弱者を蹂躙して良いとは誰も言っていないわ。何故なら、弱者がいないと強者が餓死してしまうからよ」
「アホは貴様だ!強者が弱者の力を借りねば死んでしまうなど、在り得ぬ話だ!」
「いいえ!有るわ!だって、肉食動物は肉を食べないといずれは死んでしまうわ。だから、肉食動物は草食動物を殺す事はあっても、肉食動物が草食動物を根絶やしにする事は絶対にしない。草食動物が絶滅して困るのは肉食動物の方だからよ!」
「黙れ裏切り者!最早貴様はモンスターではない。我々モンスターに悪評をもたらす『失敗作』よ」
最早口論を続ける意味を見出せなくなったアムは、呆れる様に首を横に振った。
「どうやら、魔王軍は超えてはいけない一線を既に超えていた様ね?……哀れだわ!」
そして、アムはヘルハウンドの群れに向かって重力攻撃と電撃を浴びせた。
「退け!弱肉強食の本来の意味を汚す乱暴者よ!私は、あの女装糞男と一緒に選民詐欺を繰り返す糞屑野郎を止める!誰にも共存の邪魔はさせない!」
一方のヘルハウンドの群れもまた、アムに襲い掛かった。
「我々モンスターが本来得るべき評価を汚して逃げた裏切り者が正論を騙るな!」
第26話:遅参勇者と焦る魔女⑤
『偽一休』事件以来『偽』を口にして変なトラブルに遭いたくないからか、あからさまに口数が減ったフノクやとンレボウであったが、
「お?あの女、胸デカいねぇ♪」
「ちょ!?フノク殿!?」
結局、フノクの巨乳目当てのセクハラ行為は一向に治らなかった。
「おい、いい加減に行くぞ」
「どちらへ」
「ここから北東に向かうと廃塔が在るんだが、そこが魔王軍に乗っ取られたんだと」
「して、マドノ殿はその塔をどうする御心算で」
その後の言葉は、マドノ率いる勇者一行のお決まりのパターンであった。
「勿論、その塔にいるモンスターを全て倒して経験値を稼ぐ」
「つまり、いつも通りな訳ですね」
その時、フノクの目が鋭くなった事にマドノは全く気付いていなかった。
で、件の廃塔に到着し、いつも通りに中にいるモンスターを殲滅しようとするマドノ率いる勇者一行。
そこへ、
「おい。俺の出来の悪い部下が、随分お世話になったそうだな?」
どうやら、この女デビルがこの塔を支配したモンスター達を率いるボスモンスターの様であるが、マドノにとってはある意味不都合である。
「来るのがはえぇよ!」
女デビルは理解に苦しんだ。
「早い?敵の親玉を殺すチャンスが向こうからやって来たのにかい?ま、殺せればの話だけど」
だが、まだ経験値を稼ぎ足りないマドノにとっては有難迷惑だった。
「馬鹿野郎。俺達はまだ、上の階にいるモンスターを倒してねぇだろが」
女デビルはやはり理解不能だった。
「上の階の連中と戦ってからこの俺と戦う気かい?アンタらにとっては、そっちの方がアンタらの消耗が激しいんじゃないのかい?」
戦闘効率においても戦略効率においても女デビルの言い分の方が理に適っている。
が、マドノの目的的には戦闘を最小限抑えながら敵大将を倒す展開の方が不都合である。
「もし、万が一テメェが死んでもこの塔のモンスターが逃げないって言うのであればここで戦っても良いが、もしテメェが死んだ途端にこの塔にいるモンスター全てが逃げたら、俺達はこの塔に来た意味が無いんだよ」
相変わらず、女デビルはマドノの言ってる意味が解らなかった。
「……何しに来たんだい?この塔を奪還しに来たんじゃないのかい?」
女デビルの質問に対し、マドノは当然の如く答えた。
「違うよ」
「……は!?」
ただでさえ理解に苦しんでいる女デビルを更に理解不能に陥れた。
「違うぅー!?じゃあなんだよお前ぇー!?」
その質問に、マドノより先に答えたのはフノクであった。
「で、そこの魅力的な胸の娘!この塔に何か変わったアイテムは有るか?」
そんなフノクの質問に、女デビルはマドノ率いる勇者一行を助平なトレジャーハンターと勘違いした。
「さあぁねぇ。この俺を倒してからゆっくり探すんだね。ま、殺せればの話だけど」
が、マドノは怒って女デビルをこの場から殺さずに追い出そうとする。
「馬鹿野郎!なら、最上階にあるその変わったアイテムを大切に守ってろ!」
女デビルはやはりマドノの言い分の理解に苦しんだ。
「何でそんなにこの俺をこの塔の最上階に閉じ込めたい?ここでさっさとこの俺を倒して戦闘を最小限に抑えながらアイテム漁りすれば良いじゃない。それを何で―――」
マドノはつい怒って本音を口にしてしまう。
「そんな事をしたら、手に入る経験値が減るじゃないか!それくらい解れ!」
その時、フノクのマドノを視る目が怪しく光ったのだが、マドノは全く気付いていなかった。
一方、自分が最上階に追いやられた理由を聞いて呆れてしまう女デビル。
「……何それ……あんたはどれの味方なんだい……」
が、マドノは聞く耳持たない。
「いいから!さっさと最上階に戻れ!其処でお前と戦ってやるから!後日な」
で、結局、女デビルは最上階でマドノ達の到着を待たされたが、マドノがその女デビルを討伐したのはあの騒ぎの2週間後であった。
「そこそこ経験値を稼げたな。ノチのレベルも大分上がったしな」
それに対し、フノクはマドノに質問した。
「それより、あの塔の探索はあれだけで良かったのか?」
マドノはフノクの質問の意図が解らなかった。
「探索?そんなの意味有るの?」
マドノのこの言葉に、フノクは意味深な表情を浮かべたが、マドノは別段気にしなかった。
その日の夜、フノクはンレボウに自分の猜疑心について相談した。
「ンレボウよ、例の『偽一休』についてどう思う?」
「何を言っているのです!?『偽一休』の話はもうやめようって―――」
慌てるンレボウに対し、フノクは冷静に話を進める。
「静かに。マドノに訊かれたら色々と都合が悪い」
「だったらなおの事!」
だが、フノクは懐いてしまった疑念を我慢出来なかった。
「わしは、何を理由にマドノの事を『星空の勇者』と呼んでいる?」
ンレボウはその質問に意味を深読み出来ず、ただただ呆れるだけだった。
「そんなの決まっているでしょう。例の星空バッチをマドノ殿が身に着けている。それ以上の証拠が何処にありますか!」
ンレボウはそう断言したが、フノクはかえって疑念を強めてしまう。
「つまり、たったそれだけか?」
「それだけ……何を言っているのです?」
「わしらの使用している武器を視て視ろ……特にマドノのな」
ンレボウはフノクの主張に理解に苦しみつつも冷や汗を掻いた。
「私達の使っている武具は最高級品ばかりですが……それのどこが不都合だと言うのです……」
フノクは首を横に振った。
「もしかしたら……星空の勇者はその程度の武器では満足しないかもしれんのだ?」
フノクの疑問に、蒼褪めながら冷や汗を掻くンレボウ。
「満足していない?マドノ殿が?」
ンレボウの質問を補足修正するフノク。
「いや、『星空の勇者』がじゃ」
「言ってる意味が解りません!」
それに対し、フノクはある事をンレボウに白状した。
「わしが独断で聞いた話によるとな―――」
「独断!?」
そう、フノクは『偽一休』事件以降、巨乳へのセクハラ回数を増やすフリをしながら自分なりに星空の勇者に関する情報を収集していたのだ。
その結果、
「星空の勇者に関するとある都市伝説を聴いたのじゃ」
「都市……伝説……」
「世界のどこかに星空の勇者専用の武器が隠されていると」
漸く冷静になったンレボウがフノクを問い詰めた。
「で、証拠は?」
「無い。だが、わしが言いたいのはそこだけではない」
「やめましょう。この話はもうお開きです」
フノクの口調は更に強くなった。
「わしが問題視しているのは、マドノが何故その噂に触れようとしないのかじゃ。マドノは魔王に勝つべく経験値を必死に稼いでいる。にも拘らず、マドノは何故強力な武器が手に入るかもしれない噂に目を向けない?」
「う……」
ンレボウは返答に困った。
だが、フノクはンレボウの返答を待たない。
「星空の勇者専用武器に関する噂、ただ否定するだけならまだしも、何故否定の意思を口にしない?お前さんの様にさっさと否定してくれるならわしはまだ理解出来る」
「そ……それはぁ……」
「だが、マドノは違う。肯定どころか否定すらしなかった。もしかして、星空の勇者専用武器に関する噂すらマドノは知らんのではないのか?」
フノクがマドノに向けた疑念。
それを解く術は今のンレボウには無かった。
「まあよい。この都市伝説はまだ決定的証拠が無い。マドノが経験値稼ぎに飽きたら専用武器を探しに往く可能性も有るしな」
そう言うと、フノクは眠りについた。
「マドノ殿の……専用武器……」
一方、ンレボウはフノクが口にした『星空の勇者専用武器』と言う単語が頭から離れなかった……
次の日……
「次はどこ行きましょうか?」
呑気なノチに対し、マドノもまた暢気に答えた。
「そうだな……」
(!?)
フノクは鋭い視線でマドノを注目した。
しかし……
「もっと張り合いのあるダンジョンに往かないとなぁ……こんな調子じゃ経験値稼ぎの効率が悪いからな」
結局、いつも通りの経験値稼ぎを目的とした大量虐殺の繰り返しだった。
それがフノクの猜疑心を更に強くし、ンレボウの苦悩を更に深くする行為だと気付かずに……
(まだ触れぬか?星空の勇者専用武器の噂に)
どんなに他を圧する強大な城も、内部から腐敗すれば宝の持ち腐れとなってしまう。
マドノが他者の意見を無視して経験値稼ぎを目的とした大量虐殺を繰り返せば繰り返す程、勇者一行の猜疑は深まってしまう。
マドノはもしかしたら……薄氷の上を気付かずに歩いているのかもしれない……
主要人物紹介(マドノ編)
マドノ
年齢:19歳
性別:男性
身長:172cm
体重:62.13㎏
自称:星空の勇者
兵種:勇者
趣味:喧嘩、乱闘
好物:喧嘩、経験値、冷静で忠実な部下
嫌物:勉強、学問、功を焦る馬鹿、戦闘の邪魔
特技:蹂躙、弱い者虐め
ポケモンに該当しないモンスター達の王である『魔王』を討伐するべく旅立った星空の勇者。
平静な人物の様でいて、推奨レベルに到達する為なら蹂躙すら厭わない利己的な乱暴者。また、世間一般的な大衆同様にポケモンとそれ以外のモンスターの判別が出来ない。ただ、功を焦る行為を嫌うぐらいの冷静さは持っている。
逃走するゴブリン達に容赦無くトドメを刺したところをグートミューティヒに観られて以来、ずっと彼に敵対視されている。
名前の由来は『勇者-男日=』から。
だが、実際は星空の勇者どころかただの勉強嫌いにすぎず、学者の名家であるが故の窮屈な生活から逃れる為だけに星空の勇者を騙っているだけだった。
しかも、星空の勇者の証だと言う星空バッチも10年前にグートミューティヒから奪った物であった。
ンレボウ
年齢:23歳
性別:男性
身長:188cm
体重:83.59㎏
職業:勇者の従者
兵種:アーマーナイト
趣味:戦闘
好物:戦場、戦闘の匂い、攻撃
嫌物:防御、静かな場所
特技:怪力、防御(本人は否定)
勇者マドノに仕える重戦士。
一見すると無口で物静かに見えるが、実際はかなり好戦的で泥酔時はかなり口数が多い。兵種的に防御担当になる事が多いが、本当は積極的に攻撃したいと思っている。
名前の由来は、『シールド-‵ーノミ=』から。
だが『偽一休』事件以降、未だに経験値稼ぎを目的とした大量虐殺を続けるマドノとそんなマドノへの猜疑心を募らせるフノクとの板挟みとなり、苦労が多い日々を送っている……
フノク
年齢:36歳
性別:男性
身長:142cm
体重:38.4㎏
職業:勇者の従者(本人は疑問視)
兵種:拳闘士
趣味:セクハラ
好物:美女、巨乳
嫌物:貧乳、醜男
特技:セクハラ
勇者マドノに仕える格闘家。
極度のスケベで、セクハラの常習犯。女癖が非常に悪い反面、貧乳を極度に嫌っており、マシカルをよく怒らせている。
名前の由来は、『ファイター-ァ❘‵ー=』から。
……だが、『偽一休』事件以降マドノに猜疑心を持つ様になってしまい、巨乳へのセクハラの回数を増やすフリをしながら独自に調査した事で星空の勇者専用武器に関する都市伝説に辿り着いた事で、マドノへの猜疑心は確信に変わりつつある……
ノチ
年齢:14歳
性別:男性
身長:165cm
体重:51.7㎏
職業:漁師→勇者の従者
兵種:アーチャー
趣味:自分の都会暮らしを妄想
好物:都会
嫌物:田舎、田舎臭い自分の故郷
特技:弓矢早撃ち、弓矢連射
勇者マドノに仕える弓兵。マシカル追放後に加入した。
弓矢の扱いは天才的で、矢の連射速度が人間離れしている。
田舎に差別感・偏見視を抱いており、自身の生まれ故郷である農村の事を毛嫌いしていた。その思考回路はンレボウと同レベルの脳筋で、他のメンバー同様攻撃力や攻撃回数を重視している素振りが有る。
だが、マシカルを追放して彼をスカウトした結果、マドノ率いる勇者一行に敵の属性に合わせて戦える器用さは失われ、ゴーストタイプのポケモンにダメージを与える方法も失われ、ある意味グートミューティヒの思う壺と言える人事となってしまった……
ポケットモンスター対RPG