淋しい詩集

 淋しくありつづける決意をした、淋しい詩人の淋しい詩の幾つかを、淋しい夜にだけ読みに来てください。淋しい人間の淋しい幾夜をやりすごすための淋しい詩集を、ここに落ち葉のように残しましょう。月の光に揺れる葉々の蒼褪めた陰翳は、きっとぼくたちの淋しさでありましょう。
 ぼくはそんな詩編に、すくわれてきたのですから。淋しい詩に淋しさを慰められてきたから、ぼくは孤独でありつづけられたのです。

 ブラックバード


私の魂の病める華奢な枝先に
翼をもった、愛らしい「希望」が留まりました──
まっくろに澄み、めざめるような小鳥です、
なべてを抱き虚空を照らす、またと顕れぬ小鳥です。

その子、淋しげな短調で歌います、
銀と群青の夜空に満ち満ちるような、いいえ、
夜空のそれと おんなじ淋しさを歌うのです、
時々 それ背負うがように、星々蒼く照りかえすのです。

交じることをやめた その色彩は、
歌えば歌うほどに 黒は清み、一切を抛らんとし、
ただ 無き処へ飛び翔っては、幾度も墜落するのです。

ひとはそれを「絶望」の色だといいます──
されど嘗ての地獄で視かけた かの小鳥、
私には希望と映った──「犬死」と名づけられたそれをです。




  少年の翳


二十九となった私のこころには、まるで冷たい水晶が秘められる、
その硬質な反映には少年の日の私があって、
独りで遊び暗みのこもった背で怨めしげに周囲を睨みつけ、
さみしい眸 さながら星のようにとおく燦らせている。

いまその嫌われ者の少年の翳、私憎みはしないのだ、
ただちらちらと陰翳をうつろわす月のおもてを、
すこしばかり傾かせて少年の私に照らすばかりである、
さればかれが背を折れまがるうでで蔽い、つと流れる涙で伝おう、

なぜといい二十九の私の淋しさと少年の私のそれはおなじであるから。
やりきれぬ無念のようなものを抱え、不連続の淋しさ、
それ私が生涯持ち抱える重たい翳のようなものであり、

さればそれ、楚々たる死なるものへと清ますほかはない、
なにもかもを所有せざる少年の私のながす涙を、
一切を放り棄てんとする私の向かう硝子の風景へ剥かねばいけない。




  海へいきませんか


  1

海へいきませんか、
愛らしいひと、亜麻色の髪の貴女、
ぼくといっしょに、海へいってくれませんか、
ぼくは──貴女が好きなのです。

海へついたら、
綺麗な貝をば、ひろいましょう、
貴女は仄白く、気品を帯びるそれがお似合いでしょう、
深い オリーブ色のブルゾンに、
黒いトラウザーズを、少年めいて颯爽と着こなした、
ひと懐っこく きびきびと溌溂とした貴女から、
ときどき照りかえす、優美な色のやさしい香気に、
かのアイボリーの貝の殻、おのずと宮廷音楽を追懐しながら、
貴女の亜麻色の髪を飾り 貴女を海の王女にみせることでしょう。

貝殻さがしに疲れたら、
貴女はなにをしたいでしょうか、
ぼくはなにをすれば、貴女は喜ぶでしょうか、
言ってくれないと解らないぼくで ごめんなさい、
ぼくの気持で好いんなら、貴女の素敵さ つまびらかに伝えたい。
よかったら、巌にハンカチをひいて、隣に坐ってはくれませんか、
無辺際の淋しさ横臥わるような海、ならんで眺めてはくれませんか。
貴女のとくべつな手 にぎる勇気のない代わり、
ぼく ひろった貝殻、貴女を描いた絵画に添えるため、
手のうちで、きらめくまでに磨きましょう、
狡く臆病なぼくでありますから、手渡すとき、
天の陶器の貴女の手 かすかに触れてしまうでしょう、
「狙いました」、そう伝えもしてしまう ぼくの弱さをさらしましょう。

夕も暮れたら、
暗くなるまえに帰りましょう、
暗みに貴女が沈みもしたら、きっと、みたことのない貴女が美しくなる、
されど感謝と、きょうの喜びだけ伝え、貴女を駅までおくりましょう、
ぼくはね、愛に憧れ、優しい身振を模倣する、エゴイストの人魚です。

  2

はじめて貴女をおみかけしたとき、
さばさばと自然体の愛らしさをもった貴女なのに、
まるで御姫様のような印象 ぼくを打ったのです、
唇から洩れる飾り気のない声、清潔な歯で果実を齧るような、
柑橘の パウダリーなオレンジの香気がとおくで散った、
星々さながら 遥かへ往った。金平糖を、帰りに購った。
──ぼくいつも、恋したせつな、勝手に失恋するのです。

愚かな片恋に耽るぼく──伝えられもしないのだけど──
貴女は御伽噺の、かのラプンツェル姫に似ていると想っているのです。
されどろくにお話もできないぼく、もし話しかけられでもしたならば、
頭はまっしろ、放つ言葉はしどろもどろ。
君の恋、そのひと知らぬ美化である、そうもひとはいうけれど、
然り ぼく、貴女の翳、投影と抱いてるだけであり、
真実らしくもみえるのは、恋の感情だけであり、
 (「恋」、その定義は、
  ぼくの考え、「貴女とずっと一緒にいたい」というそれなのです。
  「愛」、その定義は、
  ぼくには 生涯わからないのです)
その恋を、瑕と淋しさで磨くほかはないのです、
わが恋が すべて報われないならば、
せめてぼくの片恋を、美と善の落す、翳の重なる処にある、
真紅の情念・真蒼の理念 綾織るアメジストの光で包み、
されば独りで海へ往き、祈るがように、淋しい神殿へ抛るのです。
  ──本音をいえば、恋を清ませて 貴女へそっとてわたしたい、
   まるでこどもが大切なひとに、綺麗な石ころ贈るがように。
   もっというなら愛し合いたい、とわに隣にいてほしい、
   愛されないなら愛したかった、愛せないから清ますしかなかった。
独りで眺めるかの海は、厳しく非情で淋しくて、硬く冷たく美しいのです。

  3

海へいきませんか、
愛らしいひと、亜麻色の髪の貴女、
ぼくといっしょに、海へいってくれませんか、
いいえ、いいえ、
ぼくと、海なんかいかなくていいのです、
いかないでください、むしろ ぼくとはいかないでください、
貴女は 貴女を幸せにしてくれるひとと結ばれて、
その美しい 幸福に形づくられた笑みを、
そっと盗み見るぼくを赦してくれさえしたら、それでいいのです。
ぼくは信じる、貴女と無関係でいつづけて、
忍ぶ苦しみを背負うことが、ぼくにもできる、
愛ではないとも言いきれぬ、唯一の 優しい努力であることを。

  *

  ──魂のない人魚の詩人、暗い海中に沈みこみ、
    愛の不在の欠陥の 自己憐憫の呻きに浮ぶ、
    泡沫の詩がこれなのです。



  無垢と花


その少女はまだ宗教なることばを知る以前に、
路傍の花をまるで信仰するようにして愛してた、

そがましろの花弁はさながらなげだされた愛であり、
すくと立ち風のまにまに揺れるすがたは気品あって、

剥がれ落ちた純白の花弁の風に舞いそらへ消え往く光景、
壮麗に眸にうつり、刻印のように魂に刻まれたらしい。

少女はまだ詩というもの知る以前にポエジーを花より享けた、
かの言葉より脱落して往く美の観念にもどかしさおぼえ、

まるで無個性な詩篇としかいいようのない言葉を綴りつづけた。
やがてその言葉たちからおのずと愛のオマージュが立ち昇り、

美と善の双の月かさなる風景は死と重装しぞっと少女の魂を乱した。
やがて路上にかの花とりまく小石製の神殿できて、少女おのずと祈った。

  *

少女ははや此の世に亡い、いつ死んだのかも定かでない、
唯かのノートをそっと神殿の花に触れるようにひらいてみれば、

いたみ指伝う──どうも彼女の無垢、みずからの身を花と化させ、
かのアスファルトに在るささやかな神殿に供物と捧げたらしい…

わたしは眼を瞑ってそのオマージュを脳髄でおよがせてみる、
ましろの硬さは渦巻いて、無垢なる魂うつろう翳に侍られたか。




  死にぞこない宣言


聴け、笑うな。
──ぼくは、生きる。
わが死骸をズタ袋に入れ ズルズルと後ろ髪の如く引き摺って、
背に雪の衣装──片側だけの死装束背負い、ぼくはぼくを生き抜く。
何故君は生きるか? 諸君、そんなことぼくのほうが解らない、
どうして生きる? なんの意味がある? 教えてくれ。
死んだほうが合理的で、生きるほうがバカじゃないのか、
意味なぞではない、意欲だ、生が美しいから生きる、花抱き締めたいのだ、
ぼくの生の意味は生そのものなのだから、その問いがナンセンスだ。黙れ。

聴け、笑うな。
──ぼくは、詩を書く。
その意味なぞ知らぬ、価値ってなんだ? 金ピカするキライなニオイだ。
何故書くか? いわせているのか?──いいだろう、
あなたを愛しているから、あなたの「あなた」を愛しているからだ。
唯それだけの理由で、ぼくはぼくを投げ遣って、ぼくを生き、
詩を書きつづける、まるで生きるうごきのように俗悪で奇怪なそれで。

聴け、笑うな。
──ぼくは、死ぬまでを生きる。
死に損ないの躰引き、疎外に泣く幾夜を跳ぶ、毎夜転ぶが知るもんか、
ぼくは生きる、月照る惨憺な路上に斃れる かの犬死の夜までを!




  噛み煙草


幾たびも、苦みと苦痛を噛み潰し、
頭をクラクラとさすいたみに酔うがように
私は片恋の現実を 歯で砕く、押し潰す、
吐きだした浮遊する煙は ふしぎにしんとしている。
 
かのひとのオマージュはとおくで耀いている、
ましろい霞で ほうっと姿が浮んで消え、星と散り、
はや逢うことなきひと、オレンジの香気のみが漂ってくる、
幻 私の切情と綾織り棚引いて、刹那の空に、久遠を一瞬間照らす。

転調──私は悲哀の騎兵隊に衝き動かされました、
不穏な 渦巻く、黒いサイケデリックな宗教音楽がいたします、
めくるめく淋しさの空白に わが身音なく突き落されたのです…

されば私は、片恋という生涯の呪い、
不在の現実を 理想の不在を、慈しみながら噛み砕く、
私は淋しさに死にたい想いをするから──そいつを生の意味にした。




  溺れる月


今宵 空には月が不在です、
群青の夜天 きらびやかな硬質が、
冷たく頭上にはりつめているばかりです、
またたいてるのは、瑕のように燦る星々です。

夜の風景の底には 湖がございます、
湖上には月の翳がゆらめいて映り、
瑕の星々をきんと撥ねかえしながら、
悩ましげに 身を折るように震えています。

おそらくや、月は溺れているのです、
暗鬱の黒々となみうつ湖のなかで、
空に視えない月 その翳が溺れているのです。

苦痛に捩るようにわなわなと打つ波紋に、
いま 久遠の火が一刹那垣間見えました、
しんとした風景が、瞬間どぎつく鮮明に昇りました。



  ネモフィラブルーの友に──渡逢遥に──


 1

染まりえない光の硬く散る 象牙のきゃしゃな躰、
霞の昇る如く苦痛にうねらせて まるで秘密と気品、
ほうっと纏うがように、その淋しく澄む眸めの青年は
翳りを帯びる神秘の青、蒼穹映す鏡面のそれ、
いわく ネモフィラ・ブルーのワンピースを、
──さながら海で孤独育んだ魚 尾をしならせて、
  魂の根の深みへと、墜落しても往くように──
か弱き品格の身振により 着付済ますのでありました。

かれ ふしぎな色彩の新宿を、痛み感受しながら、
あまりにあまりに 神経的な色で泳いで往く、
ネモフィラ・ブルーはかれの心象によく似合う。
青年は、深淵の暗みの焔へ投げこむように、
雑踏の都会の風景を抛り されば歌の煙と立ち昇り、
かれが眸と似た純潔──天とたなびき憧れて、
わが身を産んだ土睨み、涙を秘めて撲るのですが、
眼差、黎明に剥かれる如く 優しく清ますのでありました。

   2

青春は、暗みと痛みが土壌です、
其処にわが根を埋めるのが、若さの愚かな勇気です、
──シモーヌだって、そうしたことであるのでしょう?
若さとは 憂いと怒りの煙り瑕つく孤独であります、
叩いて叩いて、砕けぬ現実、
裂いては裂いて、縫合する自我、
視界の隅を 過ぎ往く星屑、砂と舞う夢はうつくし、
手伸ばせば消える、深紅の蝶の一群の翳、

眼玉は罅割れ 暗みに荒み、嵐のような相貌になり、
されど眸ばかりは清む燦き、それは淋しさの証です、
染まることを拒絶して、幸福すらも抛り投げ、
唯 根の正直な声──砂金と掬おうともしているけれど、
はらはらと毀れる真善美、翳抱き竦める不連続の夜、
不断に響く 断続的な電子音、それ断末魔の哭き声で、
嗚 そんなものが青春だ、暗みと苦痛が若さである、
時々柔い陽落ちるなら、せいぜいのところ万事好い。

   3

この青年はわたしの友です、大切なわたしの優しい詩人です、
  わたしは祈りもするのです、かれがどうか報われませんように、
さればそれにより、かれがどこまでも報われますように、と。



  病室のカーテン


病室のカーテンは
しらじらとそっけない光をなげだしていて
愛してもいない男にからだをひらく
女のひとの裸体のようにきんと硬い反射をあげている

外から風が吹いて
ふっくらとましろい布が曲線を曳く
その表面に浮びすべり落ちる粉薬のような光を眺め
卑怯に擦り寄り毀れ落ちて往く わたしの肉体と宿命とを想う

私は義母を抱くようにカーテンに頬を縋る
貴女だけが 唯貴女だけが私のすべてを抱いてくれる
すべての私を不在の愛情で愛してくれる私の不在を すべてを

私の身はいま病室に不在である
すればわが心に一個の病室をカーテン一つで建築しよう
外から風が吹きふっくらと弓なりにしなる病室を 不在を



  匿名の歌


おんなじお歌をうたいましょう、
おんなじお歌をうたいましょう、
心に睡る水晶の 駆け墜ちるような短調の、
翳曳く音韻重ねましょう、光と香気は昇るでしょう、

おんなじお歌をうたいましょう、
おんなじお歌をうたいましょう、
ほら 古いお石に刻まれてる、みんなに睡る無個性な歌
まるでぼく等のお歌に似てる、おんなじメロディ喉から昇る。

さて ぼく等、ましろいお花畑に墜落しました、
銀の蜘蛛の巣 青みのゆらめき うつろう陰翳のアイボリー
真白のアネモネの淋しさは ぼく等のお歌に磨かれました、

おんなじお歌をうたいましょう、
おんなじお歌をうたいましょう、
駆け墜ちるように歌っては、翔べない翼をはたはたしましょう。



  重ねられた掌

     少年期のぼくを救ってくれた中原中也への手紙


淋しさに爛れ、神経の剥き出しになった僕の掌に、
おなじ淋しい香気を曳く掌の幻影 歌と重ねられたことありました

僕の淋しさ いきれを毀すようにほうっと慰みに散り、
大切にしたい淋しさは淡くなり、内へ沈んで往くのでありました

身を折るような不連続のいたみは、不連続の連続に慰みをえます、
とおくへ抛られ硬質に照る星々は 掌に降る淋しさの不連続の耀きです

嘗て 銀の群青の星空から 一条清む孤独が注がれたように、
あなたの詩が僕の掌に重ねられました、憧れという名のそれでした

  *

僕は死の際でやつれた掌を眺めると、あなたに生かされたそれ想い、
星から降りそそぐ銀の光を反映させるように、ちらちらと艶うごかすのです



  夜空と都会


夜空と都会が くるりとひっくりかえります、
銀の街から群青の夜へ、するする衣擦れさながら墜ちて往きます、

着飾る女性、銀に照るビル、光のうつろい、電線と鳥、
ありとあるもの わたしの横を 追憶の翳と過ぎ往きます、

わたし 夜の虚空をゆら揺れる身であります、
わたしのいない、わたしの不在の時代を生きていたいのです、

銀の星々とおくで光って、おりましたけどもやがて消え、
不在のなかの不在の外部を、くるくるくると浮遊し──失墜、

ああ すべての安息に祈りの夜を、幾夜の祈りに安息の幾夜を、
ちかと光ってわたしは消え往く。生れる。過行く。歌う。消える。あっ!…




  銀狐の影


さながら 転げ墜ちても往くように、
月みすえ 山並をひっそりと登ると、
やがて風景は、花を剥くようにまっさらに剥がれて、
楚々たる白雪が──天上の砂のように降りそそぎました。

其処には 臆病で優しい気性の子狐がいて、
銀に燦る毛並を 一刹那壮麗にうつろわせましたが、
さっと拭われるように消え去って、わが眸に影残し、
白雪が──しゃんと銀の衣擦れ曳いて、眸に一条落ちました。

ああ わたしはこれで佳かったのです、
ああ わたしはこれをむしろ希んでいたのです、
わが眸には銀の子狐の翳宿り、白雪に空と結ばれた── 一度きり。

さればわたし、ひとを信じることができるのです、
昇るうごきで転げ堕ち、斃れ ふと空仰げば青空でありました、
一度きり、彼方の貴女と結ばれたわたし──眸に銀狐、光と戯れて。




  夢のライオン


わたしが星々へ飛ばした憧れの風景画には
睡りこけるお日さま色の雄ライオンが
砂のような草原に巨きな身をうずめていて
のっそりと おっとりとした眼をひらいているの

ライオンもまた砂のようなタッチ
周囲と溶けこむような柔らかな光にみちみちて
此方のわたしをやさしい眸で眺めたかと想うと
そっけない素振りで くるりと太陽の源へあゆみはじめた

そう あなたはライオン 夢に睡るライオン
太陽とおなじ色をして ふさふさと鬣をやさしい風に揺らし
あなたはライオン 何処かで睡るおおきなライオン
わたし 睡る「あなた」を信じています 心から 心から

わたし あなたに手をとられて
ひっそりと夜の風景画へ伴れこまれてみたい
夜の闇と夢のあなたに疎外に淋しい頬うずめ
夜の粒子にわたしはわたしを剥くの 躰から 愛しているからだから




  銀の鯨


けさ ぼくは海岸で鯨のひれを拾いました──
ぼくにはどうもそれを棄てることができません
ええ それを棄てることなぞぼくにはできやしないのです
さすれば頬に 冷たい翼に似たそれをえくぼのように付けましょう

その鯨のひれさながらにざらついた灰いろのきらめき、
いろいろの歴史が沈みたゆたっている──それは貝です
それは鯨のひれのような貝の殻 けさ それをぼくは拾ったのです
ぼくはこの貝の殻でどこまでも下へ飛ぶことできるでしょう…

何故って空と海はおなじ青! シンデレラの灰掛かるざらつきは
夢の降り音楽のくだるリズムの引掛りとなり ぼくを踊らせる
どうしてそれを棄てることができましょう? 海の貝は翼です──

貝の殻は地下へと海底へとくだり泳ぐ鯨のひれという翼──
みてくださいますか ぼくが詩という群青の海へ降りるとき
空という水面へ月をめがける銀の鯨 尾びれをそよがせているのを




  紫の降る一季節


紫がかる黎明には菫色のドレスを着た少女たちが星さながら満ちる、
乙女たちは硝子製のバレエシューズの爪先を、蒼穹に水音と浸しはじめる、

星々の散るような硬質な銀の沓音を立て舞踊る少女たち、指は光に縺れ、
僕等とは足先さかしまで愛し合う──ルネ・ヴィヴィアンをご存知?
 
菫の少女たちのオマージュはとおく遥かで棚引き夢へ翔んで、
僕等に愛しえない愛を愛し 愛に愛され幻影の王国に燦爛としている、

その制服は縫われた菫の花であり、愛の証は菫の花冠、国歌は菫の詩、
此処は魂零す音楽のままに愛を愛せる領域 ルネはまるで王国を築いた。

まっさらに紫の花弁に剥かれた一季節の空、幻影王国を刹那照らすだけ、
菫色の少女等 影絵とし美しくうごき、真実とし愛にうごく、幽かに。

この王国の制服は乙女にしか似合わない、少女へ闘う瑕負う勇気。
この王国の花冠は祝福のそれのみでない、少女性のdandyism、戒律、革命。

扨て 神殿・紫がかる霧の雲から、王国を君臨する女王が現れた──月。
僕にとりこれ等オマージュは菫たちの降る一季節に過ぎぬ、城はや去りぬ。

 *

僕は王国を想い眼をとぢて眼窩の風景画を菫の花々でいっぱいにする、
してわが身菫の神経的苦痛に溺れたゆたい、降りそそぐ楚々に創を負う。



  ネモフィラの鏤められる一季節


皐月にわたしは土より生れた、誕生の日は久遠の空白、
かの蒼褪めた神秘の色した ネモフィラの花は皐月にひらく、

  皐月にわたしは命と登り、肉享け鮮血かよわせた、
  わたしにとり かの花の青は肉感なくて土と緑に置きたくないの、

皐月にわたしはましろく生れた、それからの日々を黒々と塗った、
神経的に完全な青 かの花皐月に閃き暗闇穿って久遠の夢幻を胸ひらく、

  皐月にわたしは死骸を模倣し 石張に横臥し安息をえる、
  わたしにとり かの花は白灰の大理石(いし)に息なく硬く冷たく咲くべし。
 
  *

悲願。まっさらに剥がれた積雪のうえ、歌とし月光降るように、
わたしの死んだ一季節には 完全青(クラインブルー)の花を落して──重たく硬い空の瞼へ。




  大晦日


  1
大晦日 雪降る風景に一人ぼっちの少年、
かれ 後ろめたげに壁を向き 背を折って、

一人 忘れたくないものへの葬式ごっこを戯れる
幼児は 精一杯の弔いの実感に 力なく微笑みて、

しろく射す陽に はらり、と
砕かれ泣く──壁から毀れる砂を我とみて。

嘗てのあどけない愁しみは 濾過し清んで心象に射す、
幼児期の風景。遅れをとり、産れる前──死を唄う児。

  2
炎ゆり脹れ、苦痛と昇らんとしたがゆえでありました、
──ざらついた 冷然非情のアスファルトへと──

終わった季節を堕ちて往きます 紅い葉でございます。
漸く剥かれた積雪に ひねもす染まれず墜落し創と侍る。

扨て 葬式ごっこは終わっていません──
幾夜の月光は 死者を鎮めるオルガン曲、今宵はバッハ、

わたしはわが淋しさに貌をくしゃと歪め泣いて、
その惨めったらしい滑稽さにけたたましく嗤う。

  *

わたしは逆流の結びつきの不思議な聖と俗のコインを描いたつもり、
泣き笑いというモチーフには──まるで人間が宿ります。




  森の椅子


さながらに、死際の薄明が毀れているようだね、
それしらじらと照る白い金属製の椅子であって、
靄の霞の観念のふわふわと翳るような気味悪い森の内奥に、
まるで、きんと硬質な無音を切り散らすように立っている。

わたし その森に往ったことはないのだけれど、
その内奥 霞む食えない翳の裡を夢と漂ったことがある、
其処で椅子を視たことはないのだけれどもね、
然しだ、その妄念にその椅子あるというのが今の想付なんだ。

誰がいつや椅子に坐るのか いわく不可解、
其処に坐る者はいまだなく不在、何故在るかも定かでない、
唯 天空の瞼の蔽いの投げる陰翳を一途にみつめるようで、

──ご覧 わが夢想の裡で花剥かれる如く天空割れて、
靄の枝先を徹すように 明瞭な線を曳くすべてを孕む光が、
椅子の背に凭れ光線落し、金属砕け光に侍る──薄灯曳き伸びる。



  春の幻影風景


だれもしらないところで
幽かな 淋しい爪痕がのこっている
幾夜も雪がしんしんと降った
幾夜も雪がしんしんと降った

されど幽かなさみしい爪痕はかき消されない
冬 幾夜も風が吹くけれど
冬 幾夜も砂煙が舞うけれど
そのやわらかな鋭さで立てられた爪の跡は

まるで不在と浮ぶ月影のように
幾夜幾夜にあらわれ 消えることがない
幾夜も雪がしんしんと降りつもり
こつぜんと 春の風が轟々と吹きつけて

しろい陽の射す春の樹木の落葉が
はらはらはらと その爪痕へ身投する
まだ艶のわかい葉 還るがようなうごきで落ちて往く
幾夜とざしかずかずの爪痕が月光の音楽に揺蕩い睡る

  *

月の降る 春の幾夜の幻影風景です
月の降る 春の幾夜の幻影風景です



  花は美しくない


  1

しろい光 わたしは少年だった、
詩の美しさを何処までもどこまでも夢みた、
それはわが淋しさを曳連れて、蒼穹へ飛翔び、
雲間をすぎゆき、宇宙という淋しさに睡らせ、

いつや美しい詩を書けるものと信じ、
やつれたわが身を詩集という葉群に横たえ、
歌のように美の溜息が昇るのだと、
そんな夢のような詩に夢想を沈ませて睡った。

それがどうしたことであろう、
わたしには詩が断末魔の幾夜を跳躍ばせる劇薬、
ひとときのいたみを癒す催眠剤と化し、
荒みきった目元を憂い 砂漠の如き眸を自恃し、

病めるうでをうろつかせ主題を探し、
穿たれた黒い胸で背徳と悪と罪を呼吸し、
現実という硝子盤がわたしには観念としか映らない、
わたしは詩人でありたかった、夢みる叙情詩人でありたかった。

  2

然るにわたしのような種族とは、
いうなれば野原を彷徨うやつれた夢想家、巻毛を乱し、
この世の根に馴染めずに 魂の根に身を揺らす、
さればわたしはわたしを詩人だと定義するが、

それも亦あわれな最後の自恃であるようなものだ、
そうでも想わねえと蔓に足とられ硝子に打たれ、
月の光すら可視できぬようになる、わたしは生きる。
生きてあることは連続の可憐だと信頼する、

そこでわたしの内より昇るのは俗悪の美でありまして、
高貴の矜持はわたしには僻みを被らせてる、
やがて四つ足で咽ぶ野原の詩人と剥がれて往って、
されどわたしは安堵する まだ書き殴ることできること。

そうでもしなけりゃ俗悪の詩人は生きられません、
こうでも歌わんと殴るように生きることできやせぬ、
わたしは詩人であるという定義を乾いて抱いて、
それがうつろな花であると眸に磔する、虚空さながら。

  3

花の美なんかわたしには信じられやしない、
それは前のめりに示されたコケトリー、結びのアピール、
とろけて結われることを俟ち希むけざやかさ、
わたしは花なぞに例えられたくはないのだ、

水晶のように美しいといってください、
水晶のように美しいといってください、
その涙は結われぬ拒絶の硝子の照りかえしだといって、
眸は硝子に装飾された無き青薔薇の光といって、

花なぞにたとえられるのは侮辱だ、
美しい花のように生きてあるというのは孤独への侮蔑だ、
われら結びの愛に媚はせぬ、われら虚空の冷然に弓噴く者、
嗚しかし──花に美をみいだすのも亦わたしたちなのだ。

水晶のように美しいといってください、
水晶のように美しいといってください、
そのことばすら拒むわたしの自意識を赦さないでください、
水晶のように美しいと侮辱して。赦さないで。

  4

淋しさを青薔薇へ磨いて 硬質な硝子の青薔薇へ、
すれば淋しさを剥いで 一枚、亦一枚──
やがて中核の睡る水晶が光るかもしれない、
月の光にまっさらな青を舞踏り陰翳するかもしれない。

さればましろい天空へ抛って 天使等のいない空へ、
花は捧ぐときがいっとう美しい、蒼褪めたワイングラスへ落して、
幾星霜がグラスに侍っている、結ばないまま、積雪へ蒔いて。
  ──わたしの詩を 水晶のように美しいといって。




  ぼくだけのアイダホ


ぼくはかの宵のかの空に天使等をみた気がするのだが、
それがわが酩酊に因るものであったのか、
わが疲弊のみせた幻にすぎないのであったか、
はやどうにもぼくには判断することができないのだった。

天使等は円舞し真白い翼をひらりひらりとさせていた、
ぼくの眼のとおくとおくで耀いたのち消えたのだが、
それは或いはわが目の裏に映った虚像でしかないのだと想う、
されどぼくはみた心地がするのだ、幾夜を浮ぶ真白の天使等を。

されどぼくは酩酊していたし疲弊に窶れもしていた、
煙草の輪のように幻影がぷかぷかと浮んでもむりはなかった、
むりはなかった、彼れは亡き幻だと云ってもいいのだけれど、

されどぼくはやはりみたのだ、
幾夜幾夜を過ぎるまっしろな天使等の憩いを!
かの宵の空には天使があった、はやそれを見ることは叶わない。…

  *

そういえばかの時、ぼくは泣きながら笑っておりましたね、
そんなら暗みの笑みの裡に流れた涙が、それであったのかもしれぬ。




  銀の鯨


けさ ぼくは海岸で鯨のひれを拾いました──
ぼくにはどうもそれを棄てることができません
ええ それを棄てることなぞぼくにはできやしないのです
さすれば頬に 冷たい翼に似たそれをえくぼのように付けましょう

その鯨のひれさながらにざらついた灰いろのきらめき、
いろいろの歴史が沈みたゆたっている──それは貝です
それは鯨のひれのような貝の殻 けさ それをぼくは拾ったのです
ぼくはこの貝の殻でどこまでも下へ飛ぶことできるでしょう…

何故って空と海はおなじ青! シンデレラの灰掛かるざらつきは
夢の降り音楽のくだるリズムの引掛りとなり ぼくを踊らせる
どうしてそれを棄てることができましょう? 海の貝は翼です──

貝の殻は地下へと海底へとくだり泳ぐ鯨のひれという翼──
みてくださいますか ぼくが詩という群青の海へ降りるとき
空という水面へ月をめがける銀の鯨 尾びれをそよがせているのを



  月影の流雨
    (ツキカゲノナガレアメ、とお読みください)


  1
轟々と 荒ぶような雨の日の事件です、
がしゃんと金属的な発音を立て
雨空が地上へ落っこちた! ひゅううううん…
ぐわんと揺れ交る双方は、どっと寄す動揺に波うって、

気付くと雨空 地上になみなみと湛えて潤む、
飛んで往くのは地上であります、飛んで往くのは地上なのです、
沈む空の潤みは奥へ流れて締まり、青金石と硬質になり、
まっさらな青空が足場にて、はや郷愁のように張っている。
 
わたしは嘗ての海に往きましたが酷いもの、
水波のようにうつろい浪を打つお空を眺めもして
──それ地上を混濁し呑んだがゆえでしょうか──
蒼穹さながら張りつめる硝子の海へば視線辷らせ、

喫煙し ふかふかと煙を吐きもすれば、
一季節に位置付けられた なべては何処?──
去って了った、どうやら去って了ったようであります、
わたしばかりが取り残されたようで、煙ばかりが鮮明で…

  2
六月は 蒼馬の潤む 毛並の映す 紫陽花のいきれ、
揺れる水音の たゆたう 水夢の音質 くすぶりけぶる。

  3
六月の転覆にとりのこされたわたくしは
浮ぶことができません──重たく腰が絡むがゆえに
跳ぶことさえもできません──沈み往く足を引きずるゆえに
わたしはうずくまる それをしかできないばかりに。

硝子盤のような冷然硬質な足場は、嘗ては空の玉座でした、
わたしは、さかしまの世界で歩む疎外者のよう。
冷然硬質な足場はまるで硝子盤、空の玉座であったのは嘗てです、
わたしは最早一条の神経です、そのほかすべては現象です。

青々とした翳を曳く彗星がみえます、
あれはお空へ往っちまった海の魚でありましょう、
あかるみの賛歌が空から聞こえはするが、
それは遥かにあるがゆえに熔けこんで耳に入るのです。

わたしは 勇壮に腕をあげるように
手を玻璃張の床に置いた、睡る月の毀す光の冷たさが、
わが掌にしゃなりしゃなりと辷り躍った、
暫くはここに在ろうと想うと 空硝子の底の暗みが愛おしくもなる。

  4
るううううううう るううううううう──
雨が流れる、天音きこえる 凪がれ薙がれて わが身は佇む。
今宵も、月は綺麗でしょう 底の雨音しずかであるので。
  月影流れ雨辷る るううううううう るううううううう …


  霧のようにすこしだけ残して


わたしのこころに浮んだ──
それ等をいとおしく思う観念は消えた
霧のようにすこしだけ仄じろいかげを残して
輪郭なき薫だけを立ち 無としてしずんでいって──

わたしはそれをすらいとおしいものだと──
この期におよんでもかのような観念を浮ばせる
その観念もさっと時にぬぐわれるように 消える──
霧のようないたみを神経に残して 憧れにすくんで…

  *

花は散っても 花弁は落ちているでしょう──
それが優しい空に還ってからですよ──優しい歌が香るのは!




  絶望を清ませよ


わたしが
生き切ろうともするのは──
生きているということは 祈りであるから
ひとを信じたいという うごきであるから

わたしの底には
まっしろな絶望が湖と宿り
その澄み往く風景ははや希望である 其処から
掌合された翔べない翼 はたはたさせる黒鳥は──わたし

淋しい詩集

淋しい詩集

【詩集】 [ブラックバード] [少年の翳] [海へいきませんか] [無垢と花] [死にぞこない宣言] [噛み煙草] [溺れる月] [ネモフィラブルーの友に──渡逢遥に──] [病室のカーテン] [匿名の歌] [重ねられた掌] [夜空と都会] [銀狐の影] [夢のライオン] [銀の鯨] [紫の降る一季節] [ネモフィラの鏤められる一季節] [大晦日] [森の椅子] [春の幻影風景] [花は美しくない] [ぼくだけのアイダホ] [銀の鯨] [月影の流雨] [霧のようにすこしだけ残して] [絶望を清ませよ]

  • 自由詩
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-04-02

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