黎明詩集
【花の素描】
アネモネとネモフィラ
校庭の豪奢なる薔薇園 はや蒼褪めた死の渦に額縁され、
ゆらりと少年愛の俄雨、大理石の縁に果敢なき調を打つ。
木の陰より来たるはかの絵画のモティーフ 真白のアネモネ、
どぎつくも鮮明な花々重みに毀れるも、他人行儀に背を反らす。
陶然にきらめく頬をつたうは硬き涙 それ冬の陽はましろく澄ませた、
冷たさと硬さはかれには揺籠だ、死はそれの引き絞られた極点で、
アネモネには生誕ばかりが不可解に熱く 柔らかくて不潔だ。
双の頬をきゃしゃな掌で蔽う、さながら獲得拒み我のみ愛する手。
たしかにかれが美貌 それこそ冷然と硬質に構築されるよう。
頬は内奥へ熱籠る淋しさを沈み込ませ しろき石膏の質感をさらし、
刃ですと裂いたが如き優美な目鼻立ち ミニマルな線に洗練される。
流麗な珠を埋うずめたような眼に 虚空を照らす暗みを帯びた月の眸。
終盤で舞台に出るはモティーフの片割 かれが恋人・自殺扶助者、
罪悪を負うという甘美な貴族趣味に浮立つ 蒼い頬のネモフィラで、
かれ無垢なる錠剤くちにふくみ アネモネの金属製の唇へ接吻した、
死の翳渦巻き絵画の硬さ水音に融け 蒼き頬落葉し石張に鏤められて。
青薔薇
ぼくの磨いた淋しさなるもの それ波打際に打ち棄てられた、
水晶の幽かにほうっとこぼす、淡い群青の息に似るのでありました。
果敢なくも千切れ落ちた 幾夜のことでございます、
とおくで月が銀に照って、愛してもみたいと腕を振るのです。
されば磨かれた硬く冷たい淋しさを まるで賭けるような心持で、
夜空うつし銀と群青のはりつめた 硝子質の海の面へ放るのです。
硬き世界よ ぼくの淋しさと溶け合い連続さえして、
さながら徹るように 光と音楽で交合してくれはすまいか。
海面に撥ねられた水晶は裂け、めくるめく多重の弁を張り、
内の光を守護するがため、硬き花弁を包ませるのでありました。
すれば淋しさは「青薔薇」となり、ぼくはそれ花と抱き締め、
いつまでも海邊の風景を眺めるのです、硬き風景を眺めるのです。
【鎮魂歌】
シモーヌ・ヴェイユの墓
天のおもたき蔽いがしゃんと銀の音散らしひらかれるように、
シモーヌは瞼とぢ淋しく澄む眸をそっと雨音やむようにかくす。
素朴な魂にゆだね愛するひとへ微笑し心を交流させるように、
シモーヌは交わり断ちしずしずとましろの糸を紡ぎつづける。
ひとがましろい鳩に平和と愛へのあこがれを託すように、
シモーヌは悪と苦痛にわが身を供物と置き黒々と轢かせてもみる。
遥かの城さながらかがよう幸福へせいいっぱい腕降るように、
シモーヌは不幸を手繰りよせ冷たさと硬さを抱きわが身埋める。
やさしく正直なひとへ憧れ献身の身振してみるように、
シモーヌは美と善を模し疎外者のエゴイズムを撒き散らす。
人魚姫が恋する王子を脚の舞踏で歓ばせるがように、
シモーヌは歓びと恋拒み佇んで純粋水晶を守護せんとする。
おさなごが母のあたたかい胸へ衝動のままにとびこむように、
シモーヌは刹那昇るも重力に従い硝子質の海へ墜ち叩きつけられる。
黎明の鮮血がまっさらな積雪に一条垂らされるように、
シモーヌは憂鬱な森の果てにある墓で思想を睡らせている。…
【わたしと「わたし」】
弱さの気品
低く 賤しく 泥へしずみ、ましろき花と浄らかに、
透くこころ 迸るようにさっさと善くうごいたかよわきひとを、
そらから徹して 神さまみてくださっていたとしたら、
死してのち 削がれて往った自尊心へ──「よくがんばったね」、
そう 親のように褒めてくださったとしたら、
どんなに、ああ どんなにいいことでしょうねえ。
苦労して、来世があるなんてぞっとする、
死んだら終わり、だからぼく等は倫理をもてる、
喜びよりも苦しみ多い? すれば善く、美しく身振すればいい。
ひとに好かれて理解され、評価をされるの諦め切った、
雰囲気ばかりは楚々とした 働きものの、哀れげな男の眸には、
冷たく徹るがらす質の吹雪舞っている、電子の短調轢き散って、
されど ほうっと気品が毀れてもいるね──やわっこく、水音と。
投げ込まれてる侮蔑はね、背に沿う潔らな雪の衣装に撥ねられている。
ぼく ぼくが生、台無しにするため生きている、
つよく幸福になんかなるもんか! 美をみすえ、善くうごき、
最後の審判すら期待をするな、報われてなんかなるもんか!
ぼくが生れてこなかったら
ぼくが 生れてこなかったら、
喜びも悲しみも、みんな 生まれないことになった、
喜びのままに千鳥脚うごかし されば舞踏、眼瞑りうごきを統御して、
悲しみ それ水音立たせ歓びへ化学変化し
迸る白鳥と跳躍させることも、あたわなかった。
ぼくが 生れてこなかったら、
道徳現象と発する善悪も、みんな 生まれないことになった、
されど永遠と普遍の盤を前に、善悪なんぞひとが裁ける筈あるまい、
悪なるものに傷ついてでも、苦しんででも善くうごけ、
わが醜さみすえもし、月から視線をはなすなよ、されば瑕負い生き抜けよ。
ぼくが 生れてこなかったら、
純白の黎明とましろの恩寵 それ等円と 重なることさえ知れなかった。
くるしみ舐めたい、死へ誘う 淋しさなるものしゃぶりたい、
ぼくの醜悪識りもしたい、真実のいたみ まっさらな神経で感じていたい、
揶揄されてでも 純化の「わたし」、エゴに一途に従いたい。
(ホンネヲイエバ愛シタイ、モットイウナラ愛サレモシタイ)
隣人よ… くるしんででも、生きるがいい、
生きてでも くるしむほうがいいにきまっているのだ、
ぼく ぼくが生 台無しにでもしてやりたいのは、
ぼくがなにより ぼくが生 大切に想っているからなんだ。
ぼくが死んだら
ぼくが 死んだら──
ぼくの心象風景 まっさらな神経をさらすことだろう、
それ どんな雪景色よりもいたましく
まっしろに砂ふき 不連続にひろがっていることだろう、
そんなましろい 風景に、
まるで 世界にひとしく降るように、
月の音楽 射してくれればそれで佳い、
すこしだけ 青く照ったらさらに佳い。
*
ぼくが 死んだら──
ぼくの水晶の指環 だれかにあけわたされることだろう、
それ ぼくの手のひらに零れてくれた、
淋しく澄んだ ときどき 青く照りかえしもする宝物、
ぼくの磨いた 淋しさが、
まるで片恋、両想うように、
隣人(あなた)のそれと、光で繋いでくれたら佳い、
すれば双つの魂が おんなじ音楽おのずと溜息してくれたら佳い。
【俟希む】
俟ちびと
荘厳なる彫刻(レリーフ)ほどこされた 貴方が銀の瞼
それ おもたく閉ざし青を反映する天の鏡面より、
はらはらと──さみしき砂の音立て青み剥ぎとられて、
硝子の破片と墜ちる青翅、蒼然な葉群と鏤められる。
鈍き金属音を曳き散らし、天の瞼はひらかれる、
恋人よ──いま はじめて貴方の御姿があらわとなり、
幾星霜掛け不純剥き、「死」を明瞭にうつしえた わが眸へ
月光射しこむがように 貴方をお迎えすることでしょう。
わたしは貴方を俟っておりました、お褒めください、
ひたむきに 一途に、唯 貴方にお会いするために、
魂を地獄へ引き降ろし、悪口雑言を被り、眸はまるで罅われ硝子、
されど信じて──魂の視線 貴方から離したことないのです。
わたし はや雪の衣装を背に負っております、あんなにも焦がれた死が、
はや はっきりと視える──まるで揺籠で眺めていた月のように。
わたしははや一切を所有せず、唯魂の毀す歌、貴方への憧れがあるばかり、
恋人よ わが積雪の背をかの光で抱き、音楽に委ねさせてくれはすまいか。
シレーヌの花嫁
貴女は 清楚な衣装がにあう、
だから 深紅のシャツ冴える。
幾星霜かけ 不純を剥いた、
硝子の眸は ゆきげしき、
幾星霜かけ 純化をさせた、
「我」なき「わたし」の鮮血(ち)を毀す。
清楚は 無疵じゃないんです、
瑕負いつづけ 磨くもの、
楚々たる 険しきやまなみに、
潔らなしら雪 淋しく降るもの。
*
彼方は 清楚な翳揺れている、
浄らにうつろう 死装束、
黎明の円と かさなって、
銀の音立て 生れた光と重装し、
花嫁衣装と 昇り往くのです、
真紅の火の曳く 香気を残して。
真紅
あんなにもどぎつい 迸る情念の潮さながらにみえた、
劇しく官能打つ真紅の色彩が、硬くしずかに冴えて眸に映りますね、
積雪のうえの赤林檎、はや楚々たる死をも飾る花、
積雪のうえの柘榴の実、はや澄む無垢砕ける波頭。
あんなにもどぎつい 閃く犠牲の鮮血さながらにみえた、
黒・金の合う真紅の色彩が、沈鬱な象牙に映えて眸に映りますね、
積雪のうえの血の溜、それ「貴方」の剥がれた清む貴方、
積雪のうえの白いシャツ、それ死纏いかのひと俟つ彼方。
死の月
1 幼少期
おふほわいとに淡く 透くころもにつつまれて
しずかに揺籠に睡っていたころのおはなしです、
ぼく 銀と群青のはりつめた夜天にくっきりと燦る月のおすがたを
澄みわたる眸徹し魂の底まで、ふかぶかとみつめていたのでした、
死の翳は、とおく仄かに 艶めかしくも
うで立ち昇る 香水の曳くけむりにきらめきたつ、
──それ ぼくがこころに硬き真珠とめざめてる。
2 少年期
ぐれーっしゅにけぶる どぎつい色彩の散る
躁がしくぴあのそなた叩くがようなころのおはなしです、
ぼく ふるびた燻のような夜天にぼうっと霞む月のおすがたを
罅われ血の滴る瞳でうつし がぶがぶとたべてやりたかったのでした、
死の翳は、とざされた鏡に映ってるぼくが貌、
その背後に張り うねりうねって、くろぐろとした翳落す、
──それ ぼくのほねに硬きおにきすと沈んでる。
3 晩年期
あいぼりーに照る雪の衣装 ひそかに外套とせおってて
頬からすなのほうっと散り眼を瞑ってるころのおはなしです、
ぼく 幾星霜かけ煤はらい 荘厳な瞼にぽつんとつめたく光る月のおすがたを
暗みに澄んだ楚々な眸で くりあにみれるのよろこんでたのでありました。
死の翳は、しずかに磨いた ぼくの淋しさとおんなじです、
青い月、ちらちら眸の湖にゆらゆれ舞踏ってただひとり、
──それ ぼくがからだに水晶のみずおと毀してる。
4 がらす磨きのひとりごと
ひとの生、磨くごとに透けてゆく、がらすさながらに美しいね、
淋しく澄んでうまれてきて 交わり色と照らし合い、
果て 淋しさ磨いて透きとおり また完全無欠に淋しくきえるの。
黎明詩集