病的に透明、儚げに尖鋭

西西さんに捧ぐ。

  【詩編】

 1 老女アリスの約束


睡る水晶の守護──幾星霜の瑕を生きぬいた、
老年のアリスは 今宵も亦、炎ゆる真紅のロリヰタを着付する、
嗚 うら若き頃、どぎつく少女性が映え立昇るようだったそれが、
いま しんと紅い彗星曳くようなしずけさ、それは一つの風景。

老女の眸は青春の不連続性に照り燦き、
星々との晩年の連続性に 月影をまるで沈ませているよう。
「わたしたちは約束をしたね」 と──
壮麗な少女衣装、薔薇色のロリヰタへ語り掛けるのだった、

「わたしの『わたし』を、ぜったい裏切らないということ」
せつな──するすると真紅の少女服は滑りおち、
老年アリスの、世にもまれに磨かれた背骨がさらされる、

「雪の衣装を背に負ったあの頃、ニ十歳、
わたし 幾たびも約束への守護の意思揺らいだわ、
だから貴女を纏ったの。少女にだって、Dandyismはあることよ」



  2 真紅のロリヰタとは闘いである


 彼れは真紅の少女のその瞼、眼鏡の向うで耀ってる。
 その瞼、さながら果敢なき桃のうすかわでできている、されば仄かに淡い夜の火を、華奢な暗みも曳き伴れて、壮麗純粋に照らし映す。星空には、幾星霜の死と愛が、まるで幻想の焔とゆら揺れ睡っている。
 されどその繊細さにとり眞昼の劇しく炎ゆる火に、鋭く腫らして了うのも、その繊細な瞼なのだった、すれば少女、視るもの等撰び抑制・思慮に沈み、雨音やむ如く瞼そっと降ろすのである。大理石に雨の打つ音、硬質な短調、眼鏡の装着完了。
 戦闘、開始。

  *

「ところで、かのSimoneは、嘗てこんなことを云ったのだわね、穢れをじっとみつめうる眼差の注意力が 魂の純粋さを守護するのですって。
 Simoneは野暮な眼鏡を掛けていたわ、して美貌を隠してたんですって。男がいいそう、そんな言説わたし信じない。彼女、眞昼の火を抑制し、幽玄の美と善、狭きせまき深きふかき遥かな彼方な領域を、一途な光を、眸で徹し清ませようともしたのだわ──」
 して、まっさらに澄むしろい瞼──さながら魂のそれの如く──神経的にひりつかせながら、真紅のロリヰタを永遠の少女武装とわが身を縛り、美しく着付けした少女、悪の暗みのどぎつい花、善の真白の無辜を一身に背負い、きんと雨音を眼鏡に反映。少女の魂と無縁は安寧。すと衣装を負う背は端麗。
 戦闘、同意。
「穢れなければ、生きては不可ない、自分を裏切るのが大人」
 真紅のロリヰタを着付した眼鏡の少女、淋しいほど澄むあどけない声、周囲と調和しないふるえで反駁──”Non”
 ではみなさん、穢れたわたしを凝視め抜き、わたしの「わたし」を生きましょう、理不尽に墜ち、穢れを瑕に洗い落し、水晶 清楚へ剥ぎ落し、青薔薇へと剥きましょう。

  *

 あんなにも色彩のとおい、シモーヌとシャルルは星空で手を握ってる、何故って、ふしぎと口を揃えてわたしに教えてくれたのです。
 ──与えられた世界から堕ちよ、魂・知性・言葉をまっさらに剥ぎ落せ。されば武装し酔い信じ、「お前」がたたかいたい闘いを、「お前」が愛するうごきで闘え。



  3 舞踏る少女と六つの薔薇


  1
少女は 閑に舞踏する、
まっしろな 華奢な喉元に、死際の
鶴のさけびを留め守護し、不断に通奏する断末魔、
青玻璃の神経に共苦とわななかせ、不可視の領域にて舞踏する、

  ──六つの薔薇の、一つ、炎ゆる真紅は掻き消えました。

少女は 閑に舞踏する、
其処に誰彼の姿はない、閃く不在と不在の閃き、
まっさらに剥かれた風景で、其が霧 星と光をしんと囁かせ、
視られるために舞踏るのではない、躰みを擲つため淋しいうごきで舞踏する、

  ──六つの薔薇の、二つ、炎ゆる真紅は掻き消えました。

少女は 閑に舞踏する、
霞と若葉と鉱石のみ くちにして、象牙色の肌、
硬質に締まり、ましろの花弁 月光の青み辷らす如く、
削がれた一身 一つの受皿と化し、月の涙享け身を花と捧げ祀り舞踏する、

  ──六つの薔薇の、三つ、炎ゆる真紅は掻き消えました。

  2
六つの薔薇の 炎ゆる眸は、
白銀花の白蛇の射す、どぎつい鏡の倫理の自意識です、
舞踏る少女 ゆら揺れる火焔に 波と陰翳として反映し、
真紅の乙女の御姿を、さながら焼身の翳を抛るがように空へ放つ、

紅い彗星の如く 投げ撃たれた、少女の真紅の翳、
rougeの色彩いろした 火と明け渡された 痛みに磨かれたruby、
熱っぽい恋を剥ぎ落し剥ぎ落し、期待の欲心を削ぎ落し削ぎ落し、
ついに海さながら 蒼穹を一身に侍らされる crystalと明け渡されるか?

 *

少女は 閑に舞踏する、
されど心中火花散り 真鍮の切先に魂のたうち瑕を負う、
苦痛に流される鮮血と 原動力としての炎の意欲は逆流し結びつく、
苦痛と苦痛は結われ、少女のそれと閑な蒼穹の秘め事ヴェールの苦痛は結ばれる、

  ──六つの薔薇の、四つ、炎ゆる真紅は掻き消えました。

少女は閑に舞踏する、
心の不可視の領域で 人目の不可視の領域で、
少女みずから眼を閉ざし、抑制と理想に眸を神秘へ磨いて往く、
閑に、閑に舞踏する、なべてのうごき定められ、決断と同意に沈黙する、

  ──六つの薔薇の、五つ、炎ゆる真紅は掻き消えました。

 3
唯一に 残る薔薇の火を、ひたむきにみつめうる そが眸──
花の真紅を 花の真紅と澄みきって映す、則ち不純を剥がしたらしい、
その清む眼差 世界を不可解なものと映し、酷な程優しい笑みを刻む、
少女の魂 きづけば──肉の底へ転げ堕ちて、根源的な領域に在った。

ずたずたに摩耗した肉は はや舞踏るに向かない、必至のうごき、
唯一に 残る薔薇の火を、ひたむきにみつめうる そが眸──
薔薇の花弁を 一枚いちまい剝く如く、怜悧な夢想に眸で剥げば、
透徹す視線を火に射せば──彼れは蒼穹に睡る水晶、天の荘厳な瞼の向う側。

 *

少女は蒼穹の水晶に操作され、肉に睡る水晶をうごかしていたらしいのです、
かのひとを愛したが故、嫌悪家の少女、光の投影と自らを愛せもしたのです、
唯一に 残る薔薇の火を、ひたむきにみつめうる そが眸──
月のような滅びの盛に 炎え滾っております──はや、先永くはないでしょう。

   ──六つの薔薇の、最後の火、秘め事と眸に照らし、彼女は生きる。



  4 シモーヌ お赦しにならないで


わたしを愛してくださるのは母だけであるから──
わたしは母に背をねじって向ける、冷たく燦爛な義母の元へと走る、

わたしを愛した母は硝子盤の拒絶に似ているから──
わたしはわが身拒む世界を愛する、わたしの裡でしかない世界を。

わたしを愛してくださるのは母だけであるから──
ほかのすべての女性は星と美化される、男達に揶揄を受けた。

わたしを仮で愛してくださるのは義母だけであるから──
わたしは彼女に縋る、虚無という名のひらかれた硬い胸に。

 *

シモーヌ 今夜のわたしの自己憐憫をお赦しにならないで、
シモーヌ 誰をも愛したがゆえに誰も愛していない貴女よ。



  5 病的に透明、儚げに尖鋭


 かの少女、さながらに病的に透明、儚げに尖鋭。
 神経的なうらわかき情緒はめくるめいて円舞する、まるで真白な水晶の乱反射のように。それ儚い翳を曳く。さまざまな感情の陰翳をうつろわせる少女、十七歳、群青の夜の暗みの奥で、清む透徹した光が睡っているように蠱惑的な眸をもつ。それ、ときに冷たい鮮明な耀きで、月の如くどぎつく炎ゆるのであるのだけれども。
 そう、線がきゃしゃで肌の色の白く、まるで病弱な雰囲気の彼女を舐めてかかってはいけない、もし君がそんなことをすれば、冴え冴えと燦る硝子の切先をむけるようにして銀の銃口を向け、燃えあがる冷然硬質を噴くがように、しらじらとそっけなくも残酷で鋭利な牙を君へむけることであろう。
 少女は病める魂の銀を熔かしそっと滴らせ、溶かし沈めるようにして憂鬱な悪書へと綱を伝い曳き降りて往く──暗闇の粒子のうちに、後ろめたげな躰を隠すようにして。ひっそりと。ひっそりと少女は読書する。シャルル・ボオドレール。ポール・ヴァレリー。オスカア・ワイルド。萩原朔太郎。太宰治。久坂葉子。アンナ・カヴァン。くわえて、シモーヌ・ヴェイユ。
 いるのかも判らぬ、読者よ。
 もし君が、この個人的美意識により書かれた架空少女を歌う拙い散文詩を、風に揺れる頁の向うでまるで隠れんぼしているように読んでくれているのなら、どうか、どうか聴いてくれないか。
 ──悪書を蔑んではいけない、より果敢なくも、生きるためには!
 病的なまでに淋しさを清ませよ、すれば儚さをなげだすように、鋭く燦々たる刃を突き立てよ。



  6 シモーヌの肖像の四行詩


私のお慕いするシモーヌの肖像の印象からの啓示 眼を瞑り、眸をひらけ、
祈りに掌合わせるように 瞼降垂れ視界を不在に沈ませて 静謐で抑えよ、
睡る眸いっぱいにみひらき 水晶に青く照らしすべてを光と射しみつめよ、
眼を瞑り、眸をひらけ──其がすべての不在であり、不在のすべて。貴女。



  7 眼を瞑りなさい


眼を瞑ってみなさい
少年よ そのいたましく剥がれた眼を瞑りなさい
淋しい空白に神経が浮遊するだろう
とおくの城に憧れ つい腕をのばしてしまうだろう

それでいい それでいいんだ
君はその淋しい空白を愛していい 信じてもいい
揺蕩いなさい 噎び泣きながら
背を折りまげて 琴の音が鳴るだろう

美しい悲鳴のような音色だろう
君の空白から歌と昇る死にぎわの鶴のそれだ
眼を瞑りなさい つよい意志で

眼をあけなさい
たしかに君にはこの世が訝しい 不可思議だ
染まりたくないのなら 靱く 頸しくなりなさい




  8 アリスの脱獄

 身に纏うはくすんだブルーのワンピース、それなびかせる風はなし、ましろの陶器さながらの硬き頬に、夜空に沈み込んだ月の如くほうっと燦る眸をもつアリスは、その、仄暗く廃墟めいた城に住まわせられていたのだった。
 少女の使命、それ、青い花を城から捜しだし、硝子瓶の内へ閉じ込めること。
 アリスは、聴きなれた優美にして古風なるサロン音楽を黒髪にわななかせ、幽閉された空間をうらわかき躰が切るようにすすみ、窓から射す月光は少女が肌をすべり落ちる、そうして、踊るように城を渉猟するのだった。花はいずこ? 蒼褪めたネモフィラ、高貴なる誇りはいずこへあるの? アリスはそれを、城じたいに命令されたのである。城はなによりも、みずからの古色蒼然たる姿を愛している。
 床に散らばるは石と金属、それ乱雑のようでいて、精緻に配置された様式美、少女はそれを蹴っ飛ばしてすすむ、グレーッシュにくすんだ壁はひび割れている、花はいずこ? 花はいずこ?
 ふと少女、なにかに躓き転んでしまう、それ、みずからの青い衣服の裾、沈鬱に照る花の色、アリスはすべてを悟ってしまう。
 その廃墟、こつぜんと憤怒の唸りを上げ、仕舞われた本は飛ぶ鳥のように少女へ襲い掛かり、忠告の乱射、されどアリスの決意は固く、倒れた瓶から水が毀れ落ちるが如く、さっと城から去(い)ってしまった。




  9 受難の人魚


    水面に漂ふ泡の真白な髪の網目の
    中に、人魚の美少女の、稚い腹を
    貪欲にも、溺れさせようとするのか
        ──ステファヌ・マラルメ「無題」


 1

受難に跳んだ 人魚の美女が、
きんと 硝子めいて硬い水面で、
白い腹 弓なりにしなりうねらせて、
真白の月影さながら 浮び沈みし揺らめいている、
 
  ──賤しきわたし、それ悲しむのを肉から歓ぶ。

受難に溺れる 人魚の美女が、
燦爛と 死を照らし誘う水面で、
濡れそぼる藍の髪 ぬらぬらと燦り垂らし、
陰の暗みへ昇り沈みし 鱗に緊縛された躰波うたせる。

  ──賤しきわたし、その不幸をわが悦楽とする。

受難に沈む 人魚の美女が、
ぞっと 青灰の虚空と剥かれた水面で、
苦痛に歪み ecstasyとも酷似した貌、
水底の深みの湿りへ堕ちて 苦痛と苦痛に結ばれる、

  ──賤しきわたし、共苦の震えに音楽を聴く。

 2

私は「我(わたし)」が後ろめたい、
「わたし」へ後ずさるがために、
わたしは「我」を解体する、
果して 「我」でない「わたし」はいずこにありや?

──骨を水晶へ、
──皮を銀へ、
──眸を硝子へ、
──巡る血は天蓋へ昇らんとする青き焔へ。…

  ──「おねがい、おねがいだから
     私を人形にしてほしい、
     "我"を使用し嬲って抜殻(から)にし放逐してほしい」
    「それは不可能でございます」

 *

受難に浸る 人魚の美女が、
真実のいたみで 美をみすえ、
唯一の韻踏み、死際の舞踏と善くうごく、
倫理の鱗に縛られた 断末魔の身振は舞踏である。

  ──賤しきわたし 助けもしない、
    何故って不幸撰ぶは romanticだ、
    片恋のひと模す 少年に似て、
    淋しいお歌を歌いながら 嘗て、わたし水面へ跳躍した。




  【短編小説】



  10 悲しくなんかない

 もしセックスという恋人どうしの結われる舞踊の一つが、純粋な水と水の双に綾織り内奥より青いよろこびの火を燈す、ひそやかな夜の月に照らされた愛でしかない営みだったとしたら、どんなに、どんなによかったことでしょう。
 わたし、はや欲望を穢いものだなんて想っていない、ほんとだよ、唯、それがややこしく歪に病んで、かってなままにうねっているのが嫌なのです。嫌なのです。清む光のような欲望は、屹度太陽に洗われたライオンの毛並から散る飛沫音楽さながらに綺麗だと想う、真直ぐだと想う、ほんとうに、ほんとうにわたしそう想うの。だから、わたしが往来斗と経験した──一方的に迫られて、仕方なしに経験した──セックスは、共同舞踊でも光と音楽の零す綺麗な欲望の結びつきでもなんでもない、わが身を寝台に横臥えてじんわりと躰を傷める後ろめたさにはりつけになった心地。あれは愛じゃない。わたしは断じてみとめない、あれは愛なんかじゃない。まさか少女漫画のような世界を信じていたわけでもない、生涯経験したくないという少女にありがちな決意をしていたわけでもない、されどあんなやり方でわたしを求めるなんてひどい。ひどすぎやしませんか。

  *

 吐き気を抑えながら教室に入ると、何故かしらクラスの男子の視線を感じる、それは下卑たような、情的で、淫らな目下を眺めまわすような嫌なまなざし、「どうしたのだろう」と制服の着こなしをみたけれど殊にかわったことはなく、とりあえず机に座りバッグの中身を出していると、
「唯子、ちょっと」
 友人が意味ありげな、心配そうな顔でわたしに話しかけて、廊下まで連れて往く、
「ねえ、往来斗くん信じられない、唯子とやったんだって、クラスの男子たちに朝自慢してたんだよ。ねえ、わたしは信じてないけど、あんな男ともう付き合…」
 わたしは呆然とすべての信頼が剥がれ落ちた顔で、その場に突っ立っていた。
「唯子の中はさ、子宮が…」
「孕ませちゃうじゃんか、それ…」
 と聞こえ、わあっとパニックになった、すると友達が、そっと目と耳をふさいでくれた、頭をなでてくれた。落ち着いた。こころは落ち着いたよ。けれども、もう、遅かったんだ。

  *

 わたしは、わたしの文章が好きだ。わたしの詩は、けっこう、美しいと想う。
 手記のようにつかっているノートをひらき、読みたかった箇所を読む。詩のような、或いはエッセイのような、そんな曖昧模糊とした文章。

 詩を読んでいて、子宮。とか、精液。とかいう言葉に、情欲的な火を燈されたら、もうダメです。墜落してください。濡れた陰部。とか、しなやかな指先の愛撫。とかいう言葉に気恥ずかしさを覚えたら、もうダメです。dropoutしてください。されば「言葉」から、言葉を脱落させてください。剥ぎ落してください、鱗燦らせ苦痛に身を捩る人魚のようなうごきで。
 詩の官能表現に、ポルノ的なものを感じたら、もう、ダメです。女性詩人のTwitterに、下心のリプするのやめてください。生殖は神秘表現のメタファーであり、むしろ冷たく硬く、しかも光のように柔らかく溶けこむようで、月まで飛ばす祈りではないかしら?
 だからわたし、少年少女の書く詩が好きなのです。名辞が言葉に染まる、以前だからであります。たとえば少女は、命の営みを命の営みとしてその清む眸に映す、神秘を神秘のままに享け、神秘のままに言葉に浮びあがらせ、月影と官能の言葉の陰翳を波うたせ泳がし、焦がれる月へ投影の弓を吹く。子宮。に、壮麗な月夜のかがよう生命の美をみなかったら、もう、ダメです。
 そういった視力へとわたしは墜落して往きたく、それに書かれた詩とは魂の毀す歌であるためにまるで匿名、それには、漸く命と神秘と淋しさが孕むのです。
 ほら──孕む。って、世にも美しい言葉でしょう。

 悲しくなんかない。処女を喪ったことなんて、悲しくなんかない。肉体の問題だ。初めてがあんな男だったこと、とるにたらない。
 わたし、わたしの言葉を穢されたのが、それへの純粋な感受性を奪われたことが、それだけが口惜しいの。

  *

 硝子のように冷然硬質な裸体をもち、水のように清みきった光でうごき、サファイヤのように冷酷な眸で優しくありたい。
 わたし、わたしの躰なんていらない。わたしは銀と硝子とサファイヤで構築された少女人形、両脚の付け根には金属が張られて真鍮の頑丈な釘が刺してある。それは暗がりでひっそりと幽かな火のように睡るけれど、夜天の天蓋に月が架かりわが身を刺したとき、わたしの命は内奥より炎えあがる。青く。青く。胃なんてない、心臓もない、硝子瓶さながらの形状をした子宮すらも内蔵されていない。わたしをうごかすのは唯火だ。睡る水晶がいたみに打たれた際に散る怒りと憂いと憧れがそれだ。そして、水のようにうごき、鉱石の如く硬くありつづける。幻想。幻想であるから、わたしはそれへ憧れうる。
 愛なんかじゃない。愛なんかじゃないよ。
 わたしがあなたの前で洋服を脱いだのは、愛なんかじゃない。わたしはあなたに抱かれながら仮面を全身に金属鱗のように蔽わせていたし、それは君のかってな欲望にのびた粗雑なゆびを金属の反映で撥ねていた、ゴムを扱うみたいにねじって揉みしだく君の手を光で不断に打ち据えていた。わたしがあなたに抱かれたことに愛なんてないよ。わたしの「わたし」はあなたの肉体に入国許可を出さない、あなたは「わたし」に侵入できていない。
 悲しくなんかない。悲しくなんかないよ。
 自分を憐れむだなんて、強い少女のやることではありません。
 水晶の創をそっと滴のように伝うわたしのゆびさきは、怒りにふるえていただけ、わたしはかれの指にどす黒く煤のついた「子宮」なる概念を砕き、燃やし、灰として、わが身への疵によってアネモネの花を織り再縫合する。
 わたしは口惜しい。わたしは、口惜しいのだ。
 わたしの言葉を、なんびとたりとも穢すな。赦すな、わたしよ。疵負え、いたみの火を噴け、破け。疵とは、言葉である。


11 概念少女DANDISM


 二十二歳、武装様式(ファッションスタイル)は「地雷系」──いつや爆発いたします。
 そう二十二歳、少女といえるか微妙な齢、されどわたし、このもろい躰を硬質なダークポップ曳き散らす病みカワな少女衣装に武装させ、わたしの「少女」を、まだ守護しつづける所存である。されば「年齢、少女」という意味ではなく「概念、少女」というそれにおいて、彼女自身を縛りつづける戒めをわが背に負わせている者、彼女こそがわたし、鈴木なおということだ。
 胸元の薔薇いろのリボンはわが不安定な情緒さながら、暗みに曳かれるベリーの翳のごとき蠱惑を、儚げに、あるときは攻撃的に揺らしながら、最上・最強の拒絶色──「黒」に塗られた病める薔薇のガーリーな戦闘服を、まるでモットーとして司らせる。いわく、それはわたしの国旗。つまりはわたしの感性をまるで司るのがわたしのファッションスタイル。少女らしい華奢と色白を守るという法に従い、お菓子を控えめにし動画サイトをみながら忿怒の表情でトレーニング──すべてはわたしの躰を、わが国土として美しく刈るために。わたしは「憧れの少女像」を投影するわたしの理想の夢、「月硝子城」に射されることによって、「少女性」という、あるかもわからない月に照らされる少女の月影としてうごき踊る、この孤独国家唯一の民。
 ──跪け。国歌斉唱。
 だれよりも儚げに尖鋭であれ、なによりも病的に透明であれ!
 つまりわたし、わたしじしんを、一つの少女王国へ装飾してみたいのだ。
 職業、クリーニング店の受付兼事務。一応、正社員。まがうことなき、ふつうの社会人であります。家庭の事情で、大学にはいけなかった。やや不登校ぎみだった高校時代は、少女的ロマンチックな服装をしてキャンパスライフを経験してみたいとごくふつうに想っていたし、恋人は夢みていなかったが似たような友人が一人でもできれば絶対たのしいだろうなと想像はしていた。が、かなしい病気をもっている母はわたしの幼少期から無職、離婚した父親からの支援はいただけなかったため、経済的な理由で進学は断念。生活保護だけでは家計がくるしいからと母にいわれてそのまま百均ショップのアルバイトをし、一向に働ける気配のない母との生活をすこしでも楽にするため、ついこのまえ正社員で受かったのがこのクリーニング店である。一言でいうと、わたしの地雷系衣装のつぎのつぎのつぎくらいには、労働環境が、黒(ブラック)。従業員はいいんだけどね! 激務と長時間労働と、あとアレがね!
 卒業してしばらくは、不整列きわまりなかった学校生活で疲弊した心身をやすめたかったのに、十八で社会に押しだされてしまうも「少女」でありつづけようとするわたしよ、どうか染まることなかれ、含まれることなかれ。鈴木なお、きょうも平板で無個性な白っぽい制服を着て、日々激務に耐え、たびたびの勘違い男客のセクハラに耐え(これさえなければそこまでなのになぁ)、病みカワで夢カワなわが感受性を大切にするために、世界に染まることを断固拒み、「はや、傷負うこと致しかたあるまい」と、少女がしてはいけない(と、されていますけれどわたしはそうはおもいませんけども?)眉間に皺よせる格闘の顔に険しくさせ、想いだしたように休憩時間は自撮りをして容貌(ヴィジュアル)のかわいさを確認して安心、十数分後すぐに受付にひきもどされ(あれー? 休憩って一時間じゃないんですかー? といえたのは初日だけ)猫かぶりな接客用の笑みをはりつけて、せいいっぱい社会生活を送っております。
 されど休日のわたしは、まるで削がれるように概念少女の本性をさらし、まるで夢みる星空を浴びるように、少女の衣装を纏うのです。ひそやかに。しずしずと。しかもどぎつく。沈鬱に、炎ゆるがように。怒りと憂いのこもるガーリーな闇を立ちあらわせた、街並みからきみょうに浮びあがる黒と真紅とショッキングピンクに装飾られた「不整列」を示す違和の印象を、逆転して透き徹った水晶へと反転し、現実という冷然で硬質な硝子盤へ、「わたしはわたしとして生きる」という意欲を、鋭い刃物として突き刺すように。
あえて街並みで浮く暗みの服装をし颯爽と歩くわたしたちは、けっして病める感受性を誇っているのではなく、じつは、たいしてそんな自分を愛してもいない。わたしがこの武装をするのは、まさに生存の為であるほかはない。というわけで、「病みカワファッション」なる俗悪の美は、まさしく戦闘服というほかがないのだ。
 というのも、わたしがこの概念少女DANDYな装飾をわたしにほどこすのは、つぎに書き記すある貞節をわたしじしんに突きつけ、「憧れ」と「嫌悪」という少女が少女として生きるための最上最低の意欲に捧げるため、いわゆる、「青春の淋しい暗み」へぞっと火を燈すためなのである。
 すなわち──わたしは不整列で、孤独で、いびつで、しかし、それ等の負の焔をわたしらしく生きるための発火材としてうごいていて、その生きるうごきを、或いは祈りそのものを、ただ「自恃」とし生きている。
 生きてやるんだわ。
 そのヤケな呻きは、わたしの喉からこぼれる、素朴素直な命の歌である。
わたしという少女王国の軍事力は、その悉くが、わたしに睡る透明な水晶の守護と貞節のために消費される。そのために必要な戦いこそが労働というそれであり、わたしは、現実と争うことでわが少女を護り抜く。かわいく、ありつづける。
 即ち、錯覚することなかれ。けっして、男性の為に美しくありつづけているのではない。貴方の為に、美しいわけじゃない。

  *

 朝起きると、わたしはゲロゲロ鳴いて出勤の義務を要請するカエルさんのめざまし時計を押し、深い事情によって意欲を失った母がぐったり寝ているのをみて、苛立ちのような、しかし生きててくれるだけで安心なような、「どうしてだよ」と壁に押さえつけたくなるくらいの、どうしようもない愛おしく狂暴な気持になる。されどそんな感傷に浸っている暇はない、何故ってわたしはクリーニング店の正社員、概念少女との両立という厳しい二重生活を強いられている、淋しき少女戦士なのだ。
 しばしばマネージャーから注意をされるが店長と先輩には目をつぶってもらっているややラベンダーがかった黒髪を梳かし、仕事向きにナチュラルにみえるけれどもじつはすこぶる研究された、わたしを可愛くみせるメイクをする。
 メイクをするとき、わたしは変身している気分になる。大キライなわたしが、すこしでも好きになれるわたしへ変わっているような気持になる。
 わたしは「そのままで素敵だよ」となによりもいわれてみたいタイプなのだけれども、また「わたしはそのままで素敵なんだ」と思うことをなによりも怖れている。しかし実際にそれを男性にいわれてみたとき、かれの眼に映る「鈴木なお」にすぎないわたしを、「そのままでいい」とみなされたことに、はげしい嫌悪をおぼえる。かれのなかでわたしが都合よく形を捏ね変えられ見えるはずもない領域を幻想の肉感に柔らかく補強された「そのままの鈴木なお」が、かれのなかで「使用可能だ」と判断をされたことに対して、激しい怒りを感じる。
 社会的な性格なんかかなぐり棄て、親譲りの狂暴な衝動のままに女児向け玩具の魔法少女のステッキを振りまわし、喚き散らし、美しく刈られなくなれば当然崩れる躰をさらして内から体臭の噴くざらついた肌をなげだし、生物のまっさらな姿として体毛だけでなく泥の洩れるようなわたしという悪意の本音、「あなたのこと、受け容れているどころか、手前で受けとめてすらいませんけども」という不協な轟音でがなりたて、後頭部を掴んで「ほら、食えよ。そのままの俺。オイ?」とでもいって、ちょっぴり意地悪をしたくもなるのだ。
 わたしにも恋人から丁寧に気持を愛してもらった経験がある、と、想っている(わからない)。けれどもわたしには、赦されうる愛され方が解らないのだ。
 神さま。愛って、なんですか。
 ソレヲ愛トイウナ。
 そんなものを、愛なぞと美しい名で呼ぶな。
 折に触れてそう叫んでしまうわたしの魂を、お願いだから、全身全霊で守らせて。わたしを、少女のままでいさせて。
 わたしはメイクをしながら仕事のことを忘れ、手はこつぜんととまり、幼少期の変身願望を、切なくも想い起こした。
 小学生時代。
 わたしはわたしであることが苦しかった、わたしがわたしとしてわたしの気持を行為としてあらわせば皆が否定することが苦しかった。わたしはわたしでいてはいけないのだと確信した、わたしは鏡に映るわたしを憎み、自意識という審美の鏡にうつるわたしを怖れ、わたしという存在なんか投げ放たれて、無いものとして吹きとばしてしまいたいと悲願した。
 その頃わたしは魔法少女もののアニメを好んでいて、休日の朝に放送しているそれを視聴することを、日々のなによりのたのしみとしていた。そのままに優しい感情をもっていて、そのままに素直に言葉を発しても優しくて、損得よりも優しさを自然な気持でえらびつづけて、どこまでも可憐で、ひとびとのためにわが身を犠牲にし瑕だらけになっても戦う魔法少女は、さながら、瑕に清まれてゆく水晶のような美があった。
 聴いて。
 清楚は、無疵をいうんじゃない。
 瑕を負いつづけることで、磨いてゆくものだ。
 わたしが焦がれていたのはまさしく魔法少女の優しさであり、優しさによって戦わせられる弱さの宿命であり、それを背に負って争う「弱さの気品」のつよさであり、その脆弱な可憐さが瑕負うごとに純粋へ磨きぬかれていき、咲き誇る「そのひと固有の特別さ」を剥ぎ落とされて、果ては余りにあまりに透明にすぎるがゆえに無個性な存在となるという、さながらに磨かれぬいた硝子のそれにも似た、ある種の美の孕む一つの宿命であった。
 自己無化。
 嗚、そういうものに対する感覚であったのかもしれない。
 わたしはなにより、魔法少女のようにつよく優しいひとになりたかった。わたしはこの小説を、古代ギリシャからのさばっている呪われた種族のそれ、世間に馴染めず野原を彷徨う外れ者の抒情詩人のささやかなためいき、人間の、嗚人間という憐れな生き物の、もっとも素朴で、淋しいほどにあたりまえの憧れを歌う、淋しき歌にしようともくろんでいる。
 歌は次のもの。
 わたしはつよく、やさしくなりたい。
 唯、それだけだ。
 魔法少女とはけだしその可憐であったのだった、青春の孤独がもとめる幻像を、咽び泣きながらなりたいと想わせる憧れの姿を、まるであらわしていたのだった。
 毎日毎日の校内暴力によって痣をつくった誰からもかわいいといわれない顔に、マジックでアイラインを引き、絶縁された前のお友達にもらった古い魔法少女の帽子を被って、誕生日に百均で買ってもらった魔法のステッキをもち、母が寝た真夜中に洗面所へいって鏡を眺め、にっこりと笑ってポーズをとった。かわいいといってほしかった。変身して、かわいいといってもらって、愛されてみたかった。愛されるにあたいすると実感してみたかった。わたしは背をわなわなとふるわせ、わたしはわたしでいてはいけないんだといういたみが神経を駆け巡るのを感じ、うずくまり、ヒステリックな母を起こすのを怖れて、声を殺して泣いた。変わりたい。変わりたい。わたしなんて粉々に砕かれてしまえばいい、無に飛んでしまえばいい、ズタズタに轢き裂かれてしまえばいい。さすればあたらしいわたしを、わたしじしんが造りなおしてあげてみたい。
 DANDYISMとは、たしかにありのままの自己への否定であり、暴行であり、破壊からの創造である。その根にはたしかに自己憎悪があり、ありのままの人間への不信があり、表面の美しさへの盲信があり、優越への信仰であり、はやそれをしか信じられぬ、悲しい心があった。
 変身したい。変身したい。わたしなんて、わたしなんてどこかへ消えてなくなればいい。何処か遠くにいる、おなじ淋しさを噛み締める誰かにために、わたしなんか明け渡して。要らない。要らない。わたしは、わたしを放棄したい。

  *

 なにが、悪い?
 DANDYISMとは人間不信。見栄。虚栄。優越感。それでよし、それでよし、それでよし。
 されば、わたしは人間のサガを信じ抜くという、新しいDANDYISMを創作するだけだ。賤しい民としての。淋しい少女としての。人間を信じ抜こうとする、当たり前の人間としての。わたしという唯一人だけの存在としての。「わたし」という無個性な人間としての。
 肉をすら脱ぎ剥いで、わたしの「わたし」、睡る水晶に出逢い、そして、よりよき自分を造る。
 はや荒みやさぐれた二十二歳となってしまったわたしは、守護しつづけている純潔透明な声で、ガラガラと呻くがように吐き捨てる。矛盾? ハッ、していませんけれども。清楚の証拠は、瑕にほかなりません。疵の違和と掠れ轢かれる悲痛なそれが、清楚の歌う音楽であります。生きている証拠とは、不可視の熱い涙なのであります。即ち、孤独。絶対的な孤独がそれ。孤独の裡でしか、涙を炎えあがらせることはできません。孤独を神経で生きなければ、概念少女のDANDYISMを生きること、断固断固としてできやせぬ。やはりDANDYISMは、それが変形のものであれ、孤独を貞節とする宿命にある。
 わたしの可愛さを、わたしが愛されるに値するかを、他人が裁くな。峻別するな。価値の吟味をするな。舐めるように躰をみるな。
 いいか、鈴木。聴け。お前は、この頃からすっげえ可愛いから。俺が可愛いかどうかは、もはや俺が決めるから。
 わたしは咽び泣く幼い少女の華奢で硬い肩を、そっと抱き締める。戦えばいいんだよ、戦えば。憧れに向かってうごき、瑕を負っても守りたいものを守護しようとし、戦ってたら、みんな、可愛いんだよ。善を求めて争う人間は、愛されるにあたいされるに決まってる。お前もそうだ。お前もそうなんだよ。みんなそうだろ。オイ鈴木、魔法少女アニメで学んだだろ。
 人生の問題とは、唯、貞節というものである。
 わたしは、祈るように生きる。それが、わが貞節である。わたしの「わたし」が、信じ愛されるにあたいするということ。わたしは性悪説を根拠とした自己否定的な悲しいボオドレールおじさんのDandyではない。少女が少女としてあたりまえにもっている善への信頼を守護しつづけるために武装し戦う、概念少女Dandyだ。

  *

 という追懐のせいで遅刻をしたわたしは店長に叱責され、減給すると念を押される。
「なんで遅刻するの?」
 なんでそんなこと訊くんですかー? という言葉を吞み込んで、唯「すいません」とだけ答える。社会人。嗚。悲しき哉。しかし迷惑をかけたのはわたしであるため、誠心誠意を込めて謝罪していた。少女的倫理に照合し結論された「大人になるべき部分」は大人になる、これ、概念少女のルールである。現実に、食いこめ。いつや刺し違うために。
 仕事をはじめて数十分経ち、服すら持ってこずわたしと話をしに来る六十くらいの男がふたたび薄汚い服を着て飛来し、わたし、さながらに背骨を少女的自恃に硬化させるように、目元を引き締める。侵されてはいけない、染まってはいけない。あらゆる意味で。
「なおちゃん今日もかわいいねえ」
 何故わたしの下の名前を知っているのだろう、誰から聞いたのだろう。怖ろしくて声がふるえたが、習慣となっている猫かぶりの笑みを浮べ、「ありがとうございます」と跳ねるようにご機嫌な声を鳴らす。
「ご用件は?」
「そうだねえ。なおちゃんとお話したくてさあ。今日も胸がおおきいねえ。サイズ合ってないんじゃない?」
 ピ。店長を呼ぶボタンを押す。女性だが大柄な店長は、迫力ある口調で丁寧に男を負い出した。
「若い女の子雇うとこれだもん」
 わたしは黙り込む。
 どうして?
 どうしてあの男は、わたしのいたみを省みず、幾度も、いくども女としてのわたしを侮辱するのだろう。わたしはこれを、仕方がないものとして流す気はない。染まる気はない。疵つく。それをしつづける所存である。

  *

 美が高貴である、と、かるがるしく断言するものに、わたしは唾を吐くであろう。
 美しくあるというのはいたみをともない、また、いつでも搾取されうる存在として在るというあやうさをもつ。けだしDandyという男性的な優越者としての驕りみられる身形と、わが美意識による構築された少女王国の孤独な王女というそれには相違がみられうる。もとより美というものは食欲にも似た情欲をひきおこす、それは性欲をそそる肉体の美にかぎらず、風景、動物、空、さまざまな美はわたしたちに「とりいれたい」「連続したい」「それでありたい」というような粘着質で湿りの濃ゆい、体液質の欲心をもたらす。
 わたしにとり「わたしよ、美しくあれ」という戒律は、綾織らずも裂かれ千々になりかねぬ矛盾のあやうさをつねに孕んでいる。わたしは美を孤独少女王国の玉座に置いているつもりだが、しかしその美に従ってわたしを美しく少女として装飾することは、男たちに「性的に使用可能である」とみなされることに繋がり、またわたしには不思議でならないのだが、女性が可愛くするのは男性に愛されたいためであるという言説が平然と男性たちのあいだでまかりとおっているらしい。
 わたしはそんな目はさらされたくない。わたしは躰をとざした大理石の王女像として美しくありたいし、それが美しい美術品として搾取されることすら拒む。
 「可愛い」とは憐憫であるとしばしばいわれるが、美しいものに尽くし見返りを求めてそれをわがものにしようとする感情を尊大ではないと、いったいだれがいえるのか。
 わたしはわたしの美を愛している。わたしは、みずからを、美しいと思う。わたしはわたしのファッションスタイルが、メイクが、ヘアスタイルが、ほかの誰のそれ等よりも好きだといいきることができる。しかしそれはわたしによるわたしへの搾取であり、わたしは孤独でありたい孤独でありたいと悲願するがゆえにそれに罪悪のいたみを曳くように感じ続けている。わたしはもしいまの身形に飽きてしまったら、浮浪者のように薄汚くあらゆる美の剥ぎ堕ちた惨めなそれでありたいと欲するだろう。なぜといいそれこそが、いのちの美しさであると想うから。
 Primitiveとfictional、双方への憧れの矛盾から、わたしは生涯離れることができないのか。
 魔法少女の美は、搾取だ。

  *

 金をせびる母にないといい捨てると、
「産まなきゃよかった」
 と、いわれた。これまでも何度かいわれてきた言葉であったが、慣れることができない。慣れることをしてはいけない。傷つく。きちんと、傷つく。
 毀していい、毀して、いいよ。毀れた躰から洩れた水晶の歌は、きっと綺麗なんだから。
 わたしはきちんと傷ついて、きちんと生きていたいの。それが世の中でいうまっとうではないものであれ、それがひとびとから評価されないものであれ、丁寧で清潔なそれでなくとも、わたしは、きちんと生きていたい。わたしじしんとして。然るべき疵を負い、瑕に促されるように生きてうごいて、わたしの人生を創とし創造する。わたしの睡る水晶の瑕をゆびを伝って。ほら、わたしの物語がある。わたしの信頼への信頼が、愛への愛が、不信を不信するいたみが、ある。あるでしょう。あなたに睡る、葉脈のような水晶の瑕をみて。俗悪で、いびつで、淋しくて、憐れで、美しいでしょう。可憐。どうかしら。これが、人間なの。かなしく、愛らしいことに、こんなものが人間なの。
 だからあなたも、あなたの疵すらも抱いて。あなたの生を、なによりもいとおしいものとして愛して。
 病んでいることなんて、人生の面白みともいえるんです。苦しいということは、生きごたえがあるということ。くるしみたい苦しみをくるしみえるということは、歓びだということ。すれば美をみすえ、善くうごきえる。自分は、造るものだ。人生は、造るものだ。だが人-性の根は、信頼にあたいすると、それだけを信じるのが、概念少女DANDYISMの戒めである。
 わたしの生、他者に対する几帳面を、果して、誰が知っているのかしら? 気づかなくて、いいよ。なぜといいわたしはDandy、自己韜晦の淋しき少女、月光に発火される、病める花。けれども、気付いて。誰か。この、淋しい花を。ほんとうに孤独を孤独として生きる人間の、いったいだれが文章を書くのかしら。いったい誰が文学なんかを求めるだろう。だからわたしは、この蕾のままに剥がされた淋しき紙片を、星空へ抛る。もっとも無個性で匿名の、歌として。わたしは無名のひと。名もなきひと。匿名のひと。なにものでもないひと。──あなたは誰?
 この期に及んでも、わたしは歌う。誰かわたしの名前を呼んで、と。わたしは鈴木なお。わたしは鈴木なお。きょうも青空が美しいね。うん、だからわたし、生きようと想う。生きようって、生きようって想うの。わたしは名もなきクリーニング店受付兼事務員。それで終わり。そしてわたしとして、わたしを生きようとしているひと。
 聴いて。
 清楚は、無疵をいうんじゃない。瑕負うにともない、磨くものだ。
 それが為に、わたしは、死ぬまで争う。

病的に透明、儚げに尖鋭

病的に透明、儚げに尖鋭

【作品集】 1 老女アリスの約束 2 真紅のロリヰタとは闘いである 3 舞踏る少女と六つの薔薇 4 シモーヌ お赦しにならないで 5 病的に透明、儚げに尖鋭 6 シモーヌの肖像の四行詩 7 眼を瞑りなさい 8 アリスの脱獄 9 受難の人魚 10 悲しくなんかない 11 概念少女DANDISM

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-04-01

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