観念的魔法少女詩集
わたしはこの詩集にヒロインとして位置づける、いたましき闘いを闘い抜く幻想の少女のイマージュを、青津亮という犬死詩人にフーガとし追い立てる「永遠の女性」として、彼方の青々と燦る星空へ翔ばし夢幻の葉群へほうっと埋れさせて了いたいのだ。それ即ち、このイマージュを久遠という不在へ磔にすることであって、というのも宇宙や時間とは刹那であり、花こそ永遠であるとわたしには謳えるから。
このヒロインのイマージュがわたしの文章に黎明とあらわれたのは、過去を辿れば、わたしの永引きすぎたウェルテルを供養しようと書き殴った、「睡る水晶」の主人公、O…であったような気がする(そしてわたしはこれを供養しえるどころか、読みすすめていたシモーヌ・ヴェイユの影響もあって、漸く見つかったわたしを生き抜かせる杖と見定め、それを出発点とし歩みはじめて了ったのだった)。あるいは、その一つの前の「後ろめたい少女たち」の小河春子にその萌芽があったかもしれない。そしてそれを発展させたのが「聖ビッチ」の主人公、あかり(仮名)であり、あるいは「三色菫と男ぎらい」の原田唯であり、現在、この「永遠の女性」を描いたものとして最も佳いものにしようと企んでいるのは、「真紅の禁戒(小説版)」の主人公、紗希なお(鈴木直)である。
これ等のヒロインたちは、観念的・幻想的な憧れに再構築された「少女」という夢想へ、まるでいたみをいたむ為にわが身を神経そのものと剥いてみずからの意欲で突き落し、閃光を曳いて命を迸らせる破滅的な生き方をし、躁がしくハイテンションな暴走を散らし愛を追究して、幾たびも底辺の憂鬱に落ち込む傍迷惑者たちであるけれども、果して、あんな人物描写によってリアルな少女を描けているかどうか、わたしには解らない。然し信じていただきたいのだが、これ等に共感をしていただけるひとたちが、すこしだけいてくれているのである。「少女性」に焦がれる病める美意識家・観念家の、わたしにとって世にも愛らしい愛読者を数人でももてたのは、犬死詩人として幸福の最上のものである、はや、それ以上の幸せを感じてはいけない程のそれだ。ありがとう。
百万人に認められるより、数人に愛読されてみたい。
*
この少女のイマージュ、いわく、蒼褪めた憂鬱と炎ゆる激情をその魂にどぎつい色彩で矛盾と抱え、軋みながら暴走するように美と善へ突っ走り、おのれが握ったものが醜と悪であることに毎度気づき、自責に次ぐ自責、無化の愛に焦がれながらも自意識と自己愛はアンスリウムの如く脹れるばかり。これ等のヒロインたちは、さながら悪が地上に爪を立てるような凄惨さで、わが肉に在るかも判らぬ美と善を投影した倫理の刃を突き付け、血飛沫を美化することすら拒む、認めたくないものを破壊せんと乱痴気騒ぎと思索し、赫々と燦る不在という「絶対」へ猛然と腕を振る。どこまでも、どこまでも純粋であろうとし、苦しみに身をよじり昇る魚のようなうごきで、おのが穢れを剥ぎ落そうと、じたばたと奇々怪々なうごきをしながら、ただ一度切りの生を、自分の生きたいように生き抜こうとする。そのためであるならば、まるで不幸へみずから潜りえるような、純粋と愛に憧れつづける、さながら人魚姫のようなひとである。
迸るエゴイズム、それが「人性の可憐さ」と見紛われることすらあるような、ある種怖るべき社会不適合者であり、それでいて実はしずかで慎ましい、むしろ逆説的にきちんとしすぎている人間たちであるのかもしれない──ここは、わたし自身の願いであるけれども。
このヒロイン像に恐るおそる名をつけるなら、いったい、如何なる言葉がそれに似つかわしいであろうか。観念少女。わるくは、ない。嗚、メンヘラ。そんな言葉を、わたしは使う気はない。僕は、詩人だ。
観念的魔法少女。
これで、よい。
何故といい魔法少女とは、青春の孤独を云う言葉だから。世界に含まれていないという疎外感。この孤独を所有もたないと闘えない闘いを闘い、わたしと「わたし」との約束を淋しさに千切れながら淋しさに契りと結いなおし、観念──魔法のようなものだ──を観念で闘い抜く、理想に出発し理想を辿り現実に飛びこみ現実の裡で傷だらけになって往く、そのうえで優しくつよいひとへ向かおうとしまるで可憐でありつづける、永遠の少女性を宿したのが魔法少女であるから。
青津亮の考えでは、観念的魔法少女に、性別・年齢は問われない。たとえば無頼派。魔法少女の、おじさんである。
【観念的魔法少女詩集 本文】
1 魔法少女宣言
気付いて 男達のために、美しくあるわけじゃない、
築いて されどわたしのために、美しくあってはいけないの、
わたしたちの深奥に睡る 真白のアネモネの花畑、
わたし あなたの「あなた」みたいな美がほしいのです、
「わたし」のために、わたしを美しく構築するの、
銀と宝玉の鱗とする装飾は倫理 肉に食い入る剥がれぬ仮面、
二十二歳 武装様式は地雷系、何時や爆発いたします
二十二歳 「あなた」への恋と革命の為、魔法少女へわたしを剥がす。
2 どうして?
つい先刻 まるで天空から墜落してきたかのようなまっさらな眸で、
貴女は世界を眺めてる、訝しげに 怖ろしげに。華奢なドレスを握りしめ。
それを無辜の美というのはたやすい──貴女はそう云わないけれど。
それを穢れなき善というのはたやすい──貴女はそう云わないけれど。
されば貴女よ、けっして眼をとぢるな。闘え。脆く柔かい領域で。勇猛に。
衣装纏い、その清む眸で現実を一途に感受せよ、貴女の信じる愛を愛せ。
──どうして? ねえ、どうして?
この無辜より昇る問こそが歌──いわく、魔法少女の呪文の暁。
*
戦闘、同意。──シモーヌは、次のように伝えてくれました、
貴女の闘いたい闘いを 貴女の愛するうごきで闘え。
3 魔法少女の恋と献身
契約、完了。あなたは、きょうから魔法少女。
街のひとびととわが信念に献身し、躰を瑕だらけにさせても戦いつづける、真白のアネモネさながらに可憐な魔法戦士として、厳密な審査の結果、あなたが撰びとられたのです。
診断基準? それはあなたに睡る少女性。魂の純潔を守護しようとする水晶の拒絶、純粋なる愛への憧れ、そして、まるで愛するように戦う態度へ踏みこむ勇気であります。年齢、性別、そんなの、とるにたらないのです。
*
メタモルフォーゼ。
そんな呪文を唱えると、きらきらとしたピアノ曲が空から降って、ほのかに陰影をうつろわせる白いヴェールにあなたは蔽われ、浮かんだままにくるくるとまわる。ヴェールに秘められ衣服はさっとかき消えて、みるみるうちにピンクとブラックでデザインされた、愛らしくガーリーなコスチュームに身をまとわせて、ふだん「もう子供じゃないんだから」と、あなたの趣味ではあるのだけれど外でつけることをはばかってしまう真紅のリボン、それが、黒髪にほうっと花咲くようにあらわれる。
そしてラストはどこからか飛んできた魔法のステッキ、なにかに憑かれたようにそれを手にとると、まるで朝顔が咲くように、白い光りのなかで、ふわりとスカートがひろがって、あなたは地上に降りたった。
「魔法少女になったら、」
とぼくがいいはじめる。
「願いごとがひとつ叶うんでしょう。あなたはなにを願ったの」
「わたしはね、」とあなたは、いまにもくずれ落ちてしまいそうな笑顔でこたえた。
「たとえ人間に純粋な献身の感情がなかったとしても、愛の美しさを信じていたいの。」
こたえになっていない、されど、あなたの人生の文脈が、きっとあるのだ。
あなたはいま戦っている、まるで愛するようなうごきをして。
きんと突きはなす硝子のような敵へ、撥ねかえすうごきを撥ねかえすように魔法攻撃、ときに物理攻撃、聖なる光りが破れ散る、踊るように無数の光りが曳き散らされて、あなたはついに撥ねとばされる。美しい敵。硬く冷たい、硝子盤のような敵。それは、あなたのセカイでもある。
すべてそれでいい。
そう呪文を唱え、不可能であるのにそれを抱きすくめようとする。すれば硝子の敵は燃えて往く。放たれた、虚無なる焔。されどそのうえでだって、あなたはあなたの善を構築することができる。反抗をすることができる。
あなたは、あなたの少女を、まだ、裏切ることができないのだ。それが、魔法少女になる条件。
魔法少女とは、世界にふくまれていないという、青春の孤独のことである。
*
戦闘、完了。明日もまた、あなたには、あなたの戦いがある。
あなたの姿はベッドにあり、そして睡ろうとしている。きみ、うとうとと、こんなことをぼくに話してくれた。
「わたしの正体、魔法少女。恋人達の幸福を守護する愛の番人、恋と革命のために闘う魔法戦士、けれどもわたし、かなしい片想いにしがみつく、一人の女でもあるのです。
わたしは睡る、水晶さながら。あなた、知ってはいなくって? わたし、まだみぬ王子様にキスをされると、まるで月のように青く燦くの」
4 概念的魔法少女
魔法少女とは人性の根源より昇り、
魔法少女とは人工の装飾にて宿る、
睡る水晶の魂の一途な迸りに出発し、
魔法少女衣装としてのdandyismにわが身を縛る、
貴女の胸元には宝玉のペンダントが燦り、
それ人工世界の果てとおなじ色、貴女の往き着く領域、
すなわち 貴女の「あなた」とおなじ色、
淋しく彗星と後方へ曳くお歌をうたい、後ずさるように昇るのです。
5 少女王国
わたしはわたしを、一つの王国へ構築するのだ、
君臨せし女王は天蓋の月硝子城 赫う幻の絶対的な銀製城郭の翳。
少女衣装はわが国土、魅惑のガーリーな人工世界、美しく刈れ、
少女化粧はわが国家、eye shadowとrougeは内面戦争の為強めに武装、
少女法律はわが美と善、すべては月夜が舞踏で教えてくれたの、
美をみすえ、善くうごき、愛らしく闘い、よわく脆いままつよさへ奔る。
すべてを受けとめ、わたしの真善美の他すべてを体内へ受け容れぬ、
半鎖国──「あなたにはあなたの文脈がある、すべてそれでいいのです」
わたし 自分に正直に、他者に献身したいのです、
わたしとほかの人間たちの、淋しい共通項がこれなのです。
*
墜落した水滴に 朝陽が照りかえして美しいのは、
わたしたちが殉教を美しいと想って了う、淋しく危い共通項でしょうか。
詩集本文 終
【付録:魔法少女の警句集】
知性とは、勇気に出発し、優しさに漂着すべきだ。
*
して、魔法少女の革命とは、勇気に出発して現実に飛びこみ、優しい注意力に軌道を監視・修正、感情をできるだけ善いものに化学変化し、感情・行為・現象を、一途な愛で透そうとし(いわく、不可能)、どこか彼方へ、優しく柔らかい葉群のような領域へ漂着すべきだ。
*
こんな警句は怪しい呪文のようだが、これの実現の可能性、人みなに睡るものだと信じる。
すなわちわたしは、人間を愛し、信頼するため、人間が愛と信頼に値すると立証する為に、魔法少女へ墜落する。
カミュがシモーヌを評したように、何ごとも、何びとも軽蔑してはいけない、唯「軽蔑」という心のうごきの他を。
*
魔法少女とは、語弊をおそれず端的に云えば、性善説をみずからを治験として立証するために、わが身をあらゆる意味での底辺へ突き落とし、まるで人生を台無しにし、その領域に残る光に愛と信頼をえて、死の際で台無しにした歓びのすべてを回収しようとする、それがしえるかも判らない説に、全我を賭けることであるかもしれない。
収穫──こどもが綺麗な石を、大好きな掌へそっと手渡すようなきがるさで、匿名のやさしい歌を他者へ抛ること。
観念的魔法少女詩集
あとがきに代えて
肩乗りのマスコットキャラからの、闘いつづける貴女への歌
紅薔薇寝台
起きて 路地裏に睡る君 真紅の襤褸の魔法戦闘衣装を身に纏い、
一途に優しく墜落して了った、無辜の王国の姫君の貴女よ、
無垢だと嗤われる貴女はむしろ 内より壮麗な魔法少女と再構築され、
さながら 高貴なる香気を光と音楽している、素敵だ。そこがいいよ。
扨て 僕は君のため 特別な寝台を用意したよ、
みてごらん 虚無の冷然ないきれのそら涙な指に剥かれた、
かわいた硝子質の紅薔薇の ふっくらと神秘のたゆたう厩だ、
はや光と音楽に結ばれた姫君の魂なら、屹度 此処で睡りえるであろう。
硬質な寝台に 僕の宝物、そっと神殿めく香水パルファンを涙の如く落そう、
刹那 馥郁と霞み やわらかに拡がるは陰翳と真紅の暗みであろう、
此処 霧の架かる黎明の紅い天の投影、闘う貴女の幾夜を守護する神殿。
くるしみの幾夜をくるしみ抜いた しずかに炎ゆる貴女には、
一晩でいい 此処で睡ってほしいのです──安息の夜が君にはない。
「赦された」という光に埋れ睡っておくれ──詩人の僕が歌うから。