ミシュタハ王

ミシュタハ王

ミシュタハが覚えている、もっとも幼い頃から薄暗い石室で老婆から、重々しい口調で、教えを授かってきた。「嵐の裂け目に、静まり返った夜の海上に、突如、雲が女神となって黄金の息吹をする。

女神の命が泥に入って、ミシュタハ族や果物や空、風は生まれた。

だから、お主、すべては女神の命を分かち合うのだぞ、動物や他人も、またお恵みを必要としておるのだぞ。

ミシュタハ族の掟は国を護り、女神に身も心も捧げ、果敢に戦う勇敢な人となること。果つるが、本望よ。その戦士の魂も、また永遠だぞ。

ミシュタハの名を継承した、王がいる。偉大な君。それが、汝の由来よ」

冷たい石室だった。街の人は、ミシュタハと、女人以外入るのが禁じられていた。ミシュタハは心が騒ぎ、涙があふれ、顔を覆った。そのかなしみに突き動かされ、夏で照り返る、市場の人だかりを抜けて、森がある、谷の丘へ歩いて行った。


しずかだった。森を抜けると、穂が黄金に色づき、風がやさしく吹いていた。光の波だ、ミシュタハは少女のように笑って大地を走り回った。

息も絶え絶え。ミシュタハはほう、と息をついた。

「わたしは、王になるだろう」

穏やかな日々だった。しかし、それはまだ嵐の前の静けさだった。
ある日、母と父が蛮族との戦って死んだ。

王としての鍛錬のため、学びは欠かさなかった。
そして初めて、伝説の剣を握った12歳だった。国から、託された女神の剣。

そして、蛮族の襲来が、あっという間に来た。

ミシュタハは決意していた。王になる、と。理想の国を建国する、偉大な王に。

ミシュタハは勇将を指揮し、何千という兵を連れ、敵の首を討ち取った。

燃えさかる、異国のテントの外で猛々しい怒りに駆られるまま、祈りから生まれた伝説の剣を掲げ、戦場を駆け抜けた。馬が嘶く。馬上から、剣を掲げると、暗くなりつつある時間帯なのに真昼より光った。

野蛮人は恐れ慄き、ミシュタハの兵士は叫び、血気盛んに突撃してゆく。

ミシュタハ族も死んでゆく。蛮族も死んでゆく。

すべて…。ミシュタハは、だれもが糧を必要としていることを思って儚く微笑んだ。

王よ、その時、弱々しく、兵士が語りかけてきた。

「安心しなさい。あなたは尊い誉の人になったのだ」

そして、呻くように、蛮族が苦しんでいた。けど、意思の力で睨みつける、

互いに憎しみはあれど。

剣を振り翳し、ミシュタハに光あれ、そう叫び、駆け抜けた。

ミシュタハは光になった。

国民はみな不安になって戦いの狼煙を見つめていた。

王は勇壮に馬を駆けながら、帰還し、市民の悲しみを見て取り、憐れんで叫ぶ。「このミシュタハは蛮族の首を討ち取ったぞ」その瞬間に、歓呼が町中に広がった。

王よ、万歳、王よ、万歳。

その時の、熱気は魂の情熱となって、ミシュタハは女神
に忠誠を誓った。

おお、女神よ!汝は崇高さ、我が生の惨めさ!

王にある責務とは、ミシュタハの永遠だ。ああ、民よ。

また、たくみに国をおさめはじめたので、この王の躍進を思わしくない、ゲルゾがいた。ゾルゲは、勇将の一人だったが、王になりたかったのだ。今代の、王がいなくなったのを機と見て、動き出した。

内心でほそ笑んだ。所詮はミシュハタ王は、老婆やの入れ知恵の若造よ。

王に内密、に、王と反対派の人々と裏切りをむくろんだ。

「和平をしませんか、わが民は、これから偉大な国になります。そのまま、血の山河を築いたとて、なんになりましょう、しからば、わたしが使者となって蛮族に和平を申し出ます」そうして蛮族と密通し、蛮族が宝の山を見せると、欲にくらみ、言いなり通りになった。

ミシュタハは蛮族と兵をあげ、戦いの火蓋が切って落とされた。

蛮族は死んでいったが、少しずつ後退してゆく。奥にミシュタハは誘い込まれ、

野蛮人を切っては捨てる。血が吹き出す。いつのまにか、あの森を抜けて丘に来た。亡骸と、突き刺さった剣が、物言わず、広がってゆく。

王にしかし、迷いはなかった。

ついに、ゲルゾは機はここにあり、と見た。そして放たれたゲルゾの矢は王を射抜いた。

血を吐きつつ、

「私は、ここにいるぞ」、と叫び、ゲルゾへ、勢いよく剣を投げた。ひゅっと、風を切り、ゲルゾの頭を剣が砕いた。

勇将もまたひとり、またひとりと死んでいった。戦場は終局に向かいつつあった。

兵士の一人が、ミシュタハの元に剣を持って行った。

「抜かった。私が愚かだったばかりにすまぬ、わたしはこれからまた眠りにつく。何、また起きるだろう。その剣は民に返してくれ、それが、お前の責務だ」

「はい、かならずや」戦場は静まり返っていた。死体で踏み場もなく、よろめきながら、去っていった。

王は身近にあった剣を支えに戦場から、歩きつつ、空を見つめた。

ああ、と息を吐く。もうふたたび、戦う力はなかった。

老婆や、ここまでのようです。道半ばでした。

このミシュハタの国の永遠は語らずとも、ええ、我が心臓にあります。

我が心臓はミシュハタに捧げました。

血液が、勢いよく、地面に流れてゆくのがもどかしい。ああ、私の情熱が、失われてゆく、

ああ、あのありし日の丘が、こんな惨い戦場に。

ミシュハタの瞳は、戦争の終局を見つめ。

ああ。死に場所を求め、よたよた、と森の中を歩いて、そこで見つけた深い森の木陰に座った。

その時、光が差した。

ああ。暖かい。

凄惨な、丘を、剣を支えにどこまでも。

夢見る、国の永遠の栄えを。

夢見る、父や母を厳しくも、暖かなまなざしを。

夢見る、あの丘で、走り回った少女を。

永いような、短い、時だった。意識がのぼると、精霊の歌が聞こえる。目が覚め、深い、深い、森をふたたび、歩いてゆく、といつしか王は昔の何の力もない少女になっていた。

女神様に会えるかもしれない、そんな予感につき動かされ、またふたたび、丘を目指し、森を歩いて、そしてあの日の、あの丘で、穂が光の波となって、風がやさしく吹いてていた。

雲がひらけ、青く空はどこまでも澄んでいる。

今日は曇り空だったはずと驚くと、黄金の雲が、もくもくと昇り降りし、女神の美しい顔になった。

ふうと、息を吹きかける、とたちどころに癒えた。

よくがんばりましたね、と女神は両手を広げると、少女ははにかみ、春の濡れそぼった柔らかな草木をふみしめ、歩き出した。

光が眩しく。風が眩しく。

ミシュタハ王

ミシュタハ王

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-03-25

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