はつもうで
忌々しいクリスマスも過ぎ、忙しい年末も過ぎ、ついに元旦を迎えてしまった。
ここは一応言うべきだと思うので、お決まりの挨拶をしようと思う。
明けましておめでとうございます、えー今年もよろしくお願いします。
俺は毎年のように家で過ごすつもりだったが、今年は初詣に行きたい気分だった。
なぜそう思ったのか?
それは今までの生活を顧みれば分かる――。
実家を出た俺は一人暮らしを始めたわけなのだが、これが意外にも退屈だった。
そう思うと、高校を卒業したのと同時に出て行ったあの家は、俺にとって居心地のいい場所だったのかもしれない。
俺の友人はみんな違う大学に行ってしまったし、大学生活なんてバイトして授業を受けるだけの毎日だ。
こんな日々で何が楽しいのか――?
こんな日々で何が充実してるとでもいうのだろうか――?
否、何も楽しくないし何も充実してなどいない。
気づけば、あと数ヶ月で一年が経とうとしている。
このつまらない日々を打開すべく、俺は初詣に行くというわけだ。
「まさか神頼みになるとはな……いや、仏頼みか?」
今まで初詣なんて、自分から進んで行くことなんて無かった。
だって寒いじゃないか。
夜中の零時といえば、気温が下がりに下がってる頃だ。
風邪をひくかもしれないという危険なリスク(?)を背負ってまで出向くようなことなのだろうか――?
「あー寒みぃー。それに、なんか腹減ってきたし……」
マフラーに手袋まで着けて、万全な寒さ対策をしてきたつもりだったのだが、それでもやはり寒いものは寒い。
こりゃあ、耳と頬も守らないとダメかもしれないな……。
そう思った時だった。
「あ、アンタもしかして!?」
そいつは突然現れた。
「え……?」
声がした方を向く。
そこには、見覚えのある女子がこちらに指を指して立っていた。
新年早々人に向けて指を指すとは、なんてお行儀の悪いヤツなんだ……。
「やっぱり! なんでこんなところにいんのよ!?」
「初詣に決まってんだろーが!! ていうか、高校以来だな、絵梨香」
「そうね、全くもって久しぶりだわ、直樹」
こいつは永谷絵梨香。
幼稚園以来の忌々しい幼馴染だ。
つまり腐れ縁。
今は同じ大学に通ってるんだが、こいつとは学科が違う関係で全く話すこともなく会うこともなかった。
「か、勘違いしないでよね、別にアンタのためにここに来たわけじゃないんだからねっ!? たまたま偶然奇跡的にもアンタと鉢合わせしただけなんだから――」
「あー、はいはい、分かっておりますとも」
何にも変わってねーなぁ、こいつは。
えーっと、こういうの何だっけ……ツンデレって言うんだったっけか?
「今バカにしたでしょ?」
「バカになんかしてねーっての。それより、なんか食わないか? オレもう腹減っちゃってさ」
「はぁ? なんで会って早々露店巡りなんかしなくちゃなんないのよ!? しかもアンタと」
「仕方ねーだろ、腹減ってんだから……じゃあな」
まぁ、そういうわけだ。
俺は別にお前と会いたかったわけじゃない。
とりあえず腹を満たしてから初詣をする――それが俺の計画だ。
「ちょ、ちょっと、何処行くのよ!?」
「はぁ? だから露店巡りの旅に出るっつったろーが……」
なんでこいつは止めるんだ――?
友達とかと待ち合わせしてるんじゃないのか――?
「ま、待ちなさいよ! こんなところに女の子一人置いていくなんて、アンタそれでも男なの?!」
突然怒鳴られる俺。
まったく、こいつは朝っぱらから元気だなぁ~。その元気を俺に分けてくれ。
「いや、このへん人通り多いし」
「そ、それは……そうだけど……」
「???」
今度はあっさりと負けを認めた。
いったい何なんだよ……。
「一人……しな……でよ……」
「……なんか言ったか?」
何か小さな声がポツポツと断片的に聞こえてきたが、俺にはよく分からなかった。
なぜかそっぽを向いてモジモジしている。
「な、何でもないわよ!!」
「何をそんなに怒ってるんだよ……じゃあな」
今度こそ歩き出す。
あいつと話してると余計腹が減ってくる。
そろそろなんか食わないと、腹が減って眠くなりそうだ。
しかしまぁ、あいつがなんで俺を止めるようなことを言ってきたのか、だいたい分かってきた。
おそらく、一緒に初詣に行く友達がいないのだろう。
あいつに限って、友達が全くいないなんてことは無いだろうが……。
(いや、こんなところで待ってたら寒いよな……)
そこで俺はふと思った。
ごく自然に、一人の人間として、そう感じた。
もしも本当に一人で神社まで来て、その後も一人だったら、あいつはどれだけ寂しい思いをするだろうか――?
新年早々、そんな寂しい思いをさせるのか――?
今あいつを助けられるのは、偶然再会してしまった俺しかいない。
だとしたら、ここは一応幼馴染として、あいつを助けるべきか……?
さっそく俺は回れ右をして、絵梨香の元へと帰る。
「な、何よ?」
「動いた方があったまるからさ、その……俺に付き合ってくんねーか?」
「!!!」
「ん、どうした、顔赤いぞ?」
いきなりどうしたというのか。
かなり動揺している。
そんなに意外だったのか?
「な、なんで、いきなりそんなこと……!?」
「はい? いや、いきなりも何も、お前がここで待ってると寒いかなーって思ったから……」
「あ、そういうこと……ね」
先ほどまで動揺していたくせに、今度はすぐに大人しくなった。
まるで、予想していたことと違う答えを言われて興冷めしたかのような……。
「今度は何をホッとしてるんだよ……お前なんか変だぞ?」
「ち、違っ!? ほら、さっさと行くわよ!」
ずかずか、と先に進んでいく絵梨香。
こいつ絶対なんかおかしい……。
「さっきまで怒ってたくせに、なんで今はノリノリなんだよ……」
「う、うるさいわね、気分よ気分!」
「へいへい」
昔っからこんな感じだったなぁ。
いっつも俺は振り回されてたっけ。
「何よ、その態度は!?」
「いや、なんかお前としゃべると疲れるなーって思ってさ」
「はぁぁぁぁぁ!? アンタに言われたくないわよッ!」
「あー、お褒めの言葉どうもありがとうございます」
「褒めてないわよッ!!」
階段を上って境内に入ると、そこはたくさんの人で賑わっていた。
いくつもの露店が左右に立ち並び、どの露店に寄るか迷ってしまうほどだ。
俺はとりあえず、焼きそばやらたこ焼きやらを買った。
まぁ、露店の定番だ。
たこ焼きが焼きたてで、少し冷まさなければ口の中が火傷してしまう。
まぁ冷めてるよりかはいいけども。
そんな中、フランクフルトと味噌田楽の魅惑の二刀流を実現させている女子が一人――。
「お前どんだけ食う気なんだよ……太るぞ?」
「なんでそうアンタは女子に向かってそういうことを平気で言うのかしらね……」
「女ってのは難しい生き物なんだなー」
「アンタ、そろそろ殴り殺すわよ?」
「え? なんで俺殴り殺されなきゃいけないんだよ!?」
フランクフルトと味噌田楽で殴り殺される俺って、いったい何で出来てるんだよ……。
「はぁー……なんかもうため息しか出ないわね」
「ど、どういうことだってばよ……!?」
「はぁー……」
「おいっ!?」
「よし、腹もいっぱいになったし、とりあえずお参りでもするか」
「なんかその言い方だと、あたかもお参りがオマケみたいね……」
「いや、お参りなんてそんなもんだろ」
「あきれた……」
五円玉をお賽銭箱に放り投げ、大きな鈴を鳴らす。その後パンパン、と割と大きめの音で手を叩く。
その後すぐに絵梨香も同様の手順でお参りをする。
(えーっと、もう少し楽しい日々が送れますようにーっと……)
あまりに魅力がない願掛けではあったが、まぁこれくらいがちょうど良いだろう。
彼女が欲しいとかお金持ちになりたいとか、そういうベタな願掛けはしない。ただ、俺は毎日を平和に且つ楽しく享受したいだけなのだ。
「お前は何を願ったんだよ?」
「はぁ? なんでそんなことアンタに教えなきゃいけないのよ」
「ていうか、願い事は他人に教えちゃいけないとかそういうルールがあったよな……」
「そ、そう、暗黙のルールよ!」
まぁいいや。
別に追求するほどのことでもないし。
さて、お参りも終わったし、これからどうすっかなー。
「……お前さ、これからどうすんの? 俺はもう帰ろうかと思うんだけど」
「えっ、もう帰るの……?」
「なんだよその反応……まるで俺に帰ってほしくないみたいな感じじゃねーか」
「そ、そんなわけないでしょ、バーカ!」
再び先に行ってしまう絵梨香。
冗談で言ったつもりだったんだけどなぁ~。
何をそんなムキになってるんだか……。
「お、おみくじ……?」
絵梨香が向かった先にあったのは『おみくじ』だった。
すでに割と並んでいて、俺たちもその列に並ぶ。
そういえば、おみくじなんてここ数年引いてなかったな。たぶん二年ぶりか。
どうせ引いても『小吉』やら『中吉』やら『凶』やらだから、むしろ引きたくないんだけどなぁ……。
「………………」
並んでいる間は特に会話をすることもなく、時間だけが過ぎていった。
なんだろう、この気まずい空気は。
2分ほどで順番が来て、おみくじを引く。
列を出て、通りの邪魔にならない店の横で、我先にとおみくじを開く絵梨香。
「やったぁー!」
その瞬間、まるで飛び跳ねるかのような勢いで彼女は喜び始めた。
「いきなり大声出して、どうしたんだよ?」
「『大吉』よ、『大吉』!」
「ふーん」
だいたい予想はついていた。というか、あの異常なまでの喜び方だったら『大吉』以外まず無いだろ……。
「何よ、じゃあアンタのも見せなさいよ」
「あ、こら、俺まだ見てねーっての!」
俺のおみくじは、本人もまだ確認していないというのに、虚しくも絵梨香に奪われてしまう……。
「ププッ……」
「なっ……!?」
そこに書いてあったのは『凶』の一文字だった。
なんてこったい。
お参りもして、おみくじも引いて――今年の初詣は、割と充実している。
(あとはうちに帰るだけだな……)
俺たちはくだらない話をしながら階段を下りて、道路へと出る。
まだ日も昇ってない午前一時半頃。
しかし、道路を通る車は割と多い。
「じゃあ、そろそろ帰るわ」
「う、うん……」
なぜか絵梨香は寂しそうな表情を浮かべていた。
これ以上何を求めるっていうんだ……。
「あ、あのね……」
「……?」
「メアド……交換しない……?」
「へっ?」
思わず変な声が出てしまう。
そういえば、こいつの連絡先はまるで知らなかった。
それにしても、なぜに今さら……?
「……あ、あぁ、いいぜ。とりあえず赤外線通信できるか?」
「う、うん!」
なぜだろう、俺が了承した瞬間に、こいつの表情が明るくなった気がする……。
「……よし、そっち登録できたか?」
「ちょっと待って……うん、できた」
相手の登録が終わったところで、俺は自分の携帯を上着のポケットにしまう。
それにしても、俺の連絡先なんて聞いてどうするつもりなんだろうか……?
「その……あ、ありがとう」
「お、おう……」
なんか調子狂うなぁ……。
こちらまで緊張してくる。
――それから数分間の沈黙。
「あの、さ……」
「な、なんだよ……?」
先に口を開いたのは絵梨香だった。
なんだこの展開……!?
「私……ずっと前から……す……」
「え?」
「もう! 何でもないっ!!」
そう言って、絵梨香は突然早歩きで行ってしまった。
「おいおい……いったい何なんだよ……」
結局何だったのだろうか?
俺をからかって楽しんでただけなのか――?
(よく分からんヤツだ)
しかし、少し進んだところで絵梨香は止まった。
すっと振り返ると、一言俺に向かってこう言い放ってきた。
「バーカ!」
同時に、一通のメールが届く。
メール打つの速いな……。
――今度からは一緒に大学行くんだからね!? 断ったりしたら承知しないわよ!
どうやら俺の願いは、すぐに叶えてもらえそうだ。
―完―
はつもうで