ただ、祝福を

 春休み真っ只中のある日のこと。あと数日で高二になる私にとって、衝撃的なニュースが飛び込んできた。

「陽奈が退学するらしい」

 情報源は、たった今出来たばかりの、そして、半強制的に参加させられたグルチャ(グループチャット)だ。他の参加メンバーは、いつも使っているグルチャと同じだけど……陽奈だけが外されている。

「陽奈のやつ、出来ちゃったって!」
「マジで?」
「童顔ウリにしてたよね?」
「でもやることやってたんだ」
「自称清純派だったのね」
「相手は誰よ?」
「年上と付き合ってるって話、ホントなの?」
「陽奈って、何でも秘密主義だよね」
「おっさんらしいよ」
「おっさんは言い過ぎっしょ」
「二十六歳らしい」
「ヤバっ、絶対ロリやん」
「キモっ」
「で、産むんだ?」
「結婚するってさ」
「寿退学ね」
「花のJKやめるんだ」
「最終学歴、高校中退」
「十六で妊娠、十七でママか」
「十八でバツイチと予想」
「アハハ、ありえる!」
「で、二十歳で再婚とか」
「それヤバいって」

 陽奈がいないのをいいことに、皆んなが好き勝手なことを書き込んでいる。つい昨日まで、一緒に遊び、笑い合っていた友達なのに。
 かくいう私も、適当に相槌を打ちながら、一緒になって嘲笑するふりをする。JKの防衛本能が、無意識に私に鎧を纏わせるのだ。でも、私は陽奈が好きだった。このグループの誰よりも陽奈のことが好き。多分、陽奈もそう思ってくれているはず。だからこそ、ここで歩調を外したら、私もターゲットになるだろう。
 文字情報の画面越しに本音なんて見えやしないけど、陽奈の悪口大会なんて、これ以上は耐えられない。次第に私は居た堪れなくなった。

「ゴメン、パパが呼んでるみたい。一旦出るね」
「アキの家族って仲良しよね」
「今日はママのBDなの。だから、家族で寿司行くんだって」
「寿司って、回らない方よね?」
「いいなぁ、シースー」
「回る方もしばらく行ってないわ」
「またあとでね」

 軽い嘘に少し心を傷めつつ、私はスマホを切った。
 両親と外食なんて、もう何年も行っていないだろう。いや、外食どころか、父と夕食を共にすることすら滅多にないのだ。それに、最近は、母ともろくに口を利かなくなった。
「アキの家族って仲良し……」か。実際は、冷え切っている家庭だ。仕事人間の父と、パートで疲れ切った母。決して裕福でもなく、地位も名誉もない。町内のその他大勢を構成する平凡な建売住宅に住む、閉塞感で満たされた息苦しい家庭だ。
 だからこそ、せめてバーチャルな世界では、満たされた女子高生を演じたいだけ。その為だけに、私は小さな嘘を重ねて生きている。

 母は、十代で私を産んだ。母より一回りも歳上の父は、当時、平均的な会社員だった。二人の出会いや馴れ初めは……幼い頃は、無邪気に質問したこともあるが、いつもバツが悪そうにはぐらかされていた。今思うと、後ろめたさと、我が子に嘘はつけない葛藤の表情だったのだ。
 もしかすると、ナンパとか、出会い系とか……あまり大きな声で言えない始まりだったのかもしれない。そうすると、父にとっては遊び相手だったのかもしれない。他に本命がいて、二股の浮気相手かもしれない。まだ少女とも言える女子高生に快楽を求め、心より身体を満たす為の交際だったのかもしれない。
 しかし、その後どんな話し合いがあったのかなかったのか……結局、父と母は結婚し、私は二人の子として生まれたのは事実なのだ。

 数年前に母の姉から聞いた話だが、父と母は両方の親族から総スカンを食らい、式も挙げず、誰からも祝福されないまま新婚生活を始めたらしい。そして、母はひっそりと私を産んだ。父は立ち会えなかった。つまり、私の誕生は然程望まれたものではないのだ。
 頼れる人もいない中、不安で心細い子育てと新婚生活だったのだろう。しかも、母はまだ二十歳前——今の陽奈と大して変わらない年齢だ。まだまだ社会も世間も知らない若輩者。強い風当たりに抗いながら、二人で懸命に乗り越えたからこそ、今の私が存在するのだ。
 幸いなことに、夫婦仲は特に問題はなかったようだ。それなりに力を合わせて、協力し合いながら、二人は私を育てた。そして、私が保育園に通うようになった頃、ようやくどちらの親も「孫」の存在を認め、険悪な関係は雪溶けとなったらしい。でも、おそらくは孫が見たいだけ、孫と触れ合いたかっただけだろう。

 漠然とそんなことに思いを巡らせていた私だが、ふと気付いたことがある。

 若くして子どもを産むことは、そんなに恥ずかしいことなの?
 忌避されることなの?
 笑われることなの?

 私は、再びスマホを開き、陽奈にLINEを送った。
「ママになるって本当?」
「マジだけど、ってかさ、誰に聞いたの?」
「瑞季たち」
「やっぱりね。で、皆んなで笑ってたんでしょ?」
「うん、まぁ」
「いいよ、格好の燃料だよね」
「信じてくれなくてもいいけど、みんなに合わせるのが辛くなってきて、嘘ついて抜けてきたの」
「アキらしいね。信じるよ」
「でも、一緒に笑ってた。ゴメン」
「はよ戻りな。アキは皆んなと上手く付き合っていかないと!」
「うん……でも、ズルいよね」
「ズルくないよ。逆の立場なら同じことするし」
「ゴメン、戻るけど……」
「何?」
「陽奈、本当におめでとう。元気な赤ちゃん産んでね! それだけ伝えたかったの」
「初めて祝ってもらえた。ありがとう」

 陽奈とのLINEを終了すると、私はグルチャに再入場した。相変わらず、陽奈の悪口で盛り上がっているようだ。
「あれ、人数増えてる。アキ戻ってきてる?」
「うん、遡ってザザッと読んでた」
「寿司は?」
「ごめん、あんなのウソなの。うち、家族仲冷めてるし」
「そうなん?」
「でも、うちもそんなもんよ。親ウザいし」
「陽奈にはそんな家庭を築いて欲しくない」
「どゆこと?」
「友達が赤ちゃん出来て結婚するのに、みんなは嬉しくないの?」
「は?」
「私は祝福したい」
「わ、出た!」
「良い子ぶりっ子ね」
「陽奈におめでとうって言ってきた」
「だるっ」
「偽善者かっ」
「このグループ抜けるね」

 間も無く始まる新学期は、きっと試練となるだろう。でも、私は胸のつかえが取れたように、心は晴れ晴れとしていた。
 そして、久しぶりに家族で外食に行こうよ、と両親を誘ってみようかなぁと思っている。

ただ、祝福を

ただ、祝福を

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-03-23

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