zoku勇者 ドラクエⅢ・その後編 エピ9~12
エピ9・10
ケンカする程……
ジャミル達は船に戻り、今後の事を皆で話し合う事にした。
ダウドにはルビスから話して貰った重要な件の事は既に
伝えてある。
「竜の涙ね……、これが3つ揃うとどうなるんだ?虹のしずくの
時みたいにアイテムに変わるのかな……?」
「ねー、ジャミル、チビおなかすいた!」
「はいよ、んじゃ取りあえず飯にするかね……」
4人とチビは船内でいつもなら楽しい夕ご飯タイムへと
突入……、する筈……、なのだが……、今日は大騒動へと
発展してしまう……。本日は簡単に、街で購入した缶詰を
ベースに非常にシンプルな食事。
「……ぴ……」
「あら?チビちゃん……、駄目よ……、野菜もちゃんと食べないと……」
「ぴい……」
チビももう赤ん坊用ミルクを卒業し、歯も生えてきてあっという間に
すぐに普通の食べ物を口にする様になっていた。
「ん?何だ……?これは俺の分のコンビーフだから……、
お前さっき食ったろ?今日はもう駄目だぞ……」
「ぴい~……、やさい、いや……、チビもコンビーフ……、
もっとたべたい……」
チビがじーっと潤んだ目でジャミルの食べている食事を見ている……。
じっと見られるとどうしても、普段食べ物に卑しいジャミルもつい、
親馬鹿モードに突入してしまう……。
「……しょうがねえな……、んじゃ、もう少しだけ俺のをやるか……」
「♪ぴっ!」
「駄目よ、ジャミル!甘やかしちゃ……!まだチビちゃん小さいんだから
そんなに食べたらお腹壊しちゃうでしょ!」
「……おいおい、小さいったってチビはドラゴンだぞ……?
そりゃ人間と身体の構造違うだろうし、俺らの倍、腹も
減るんじゃねーか?」
「だったら……、先に野菜を全部食べないと駄目よっ!
チビちゃんっ!?」
「いやっ!やさいきらいっ!……アイシャもきらいっ!あかんべー!」
「……ちょっ!チビちゃん!!何処行くのっ!?待ちなさいっ!!」
「ぴっきゅぴーぴーぷー!……ぷっ!」
チビは腹癒せにおしっこと小さなおならをすると休憩室から飛んで
逃げて行ってしまう……。
「……どうにもこの頃……、チビは反抗期だよね……」
「うん、仕方ない時期なのかもね……、人間の子供と同じだよお……」
「大体、アイシャもカッカカッカし過ぎなんだよ……、もっとさあ、
のびのび育ててやりゃいいじゃん……」
「……もうっ!全然いう事聞かないんだからっ!一体誰に似たのよっ!」
男衆が項垂れていると、アイシャがブリブリ怒りながら
休憩室に戻って来た。
「おーい……、何で目線が俺の方見てんだよ……」
「別に見てないわよっ、ジャミルの顔なんか!」
「……あー!?おい……、なんかとは何だよ!?」
「だから……!別に見てないって言ってるのよ!
関係ないでしょ!?」
「八つ当たりすんなよな!?チビの面倒見てんのは
おめーだけじゃねえんだぞ!?」
「何よ……!大体ジャミルがいつも甘やかすからチビちゃんが
わがままになるんじゃないの!!」
「あーあ……、こっちはこっちで夫婦喧嘩
はじまっちゃったよお……」
「どうにもならないね……、この頃これが
しょっちゅうだもの……」
……揃って溜息をつくアルベルトとダウド。
「……頭きた!おらあもう寝るかんな!!」
「勝手にすればっ!」
「……あああ~……、事態の悪化……」
ますますこじれてきた雰囲気にダウドがオロオロしだす。
「アルもダウドもっ!見てないで食器の後片付け手伝ってよっ!」
「は、はい……」
「でも、アイシャ……、最近少し苛々し過ぎじゃないのかな……、
何だかアイシャらしくないよ……」
「あ……、アルっ……!!」
「何よ……、アルまでそんな言い方するのね……、
分ったわよっ、もうっ!」
アイシャも怒って休憩室を飛び出し自分の船室に
走って行ってしまう。
「アルう~……、も、もう……、オイラ知らないよおお~……」
「……はあ……、困ったなあ……」
4人はこれまでで最悪の険悪の雰囲気になってしまった……。
そして、夜……、不貞腐れ、アルベルト達よりも早く
床についたジャミルの寝床へ訪問客が……。
「たく、アイシャの野郎……、うるさ過ぎるんだよ……、
ギャーギャーギャーギャー冗談じゃねえやい……」
「……ぴいー?」
「ん……、何だ、チビか……?一緒に寝るか?」
「……ぴいい~……」
チビが申し訳なさそうにちょこんとジャミルに頭を下げた。
「ごめんな……、さい……」
「あ?」
「チビのせいで……、みんなケンカしちゃう……、
ごめんね……」
「いいんだよ、んな事はな、お前が産まれる前から俺らに
とって日常茶飯事なんだって」
ジャミルがぐしぐしチビの頭を撫でた。
「ぴ?にじょうちゃーはん?」
「……よっぽど腹減ってんだな、お前……」
「あした、チビ、アイシャにちゃんとごめんなさいして、
やさいたべるね……、そしたらもうアイシャ、おこらない……?」
「うーん……、でもあんまり気遣わなくていいぞ……?」
「いや、ごめんなさいする……」
チビがジャミルに甘え、スリスリする。
「分ったよ……、んじゃ、ちゃんと明日は野菜食えよ……?」
「♪ぴいっ!」
その頃……、アイシャは甲板に出て一人、暗い海を見ながらしょげていた。
「……わかってる……、わかってるのよう……、私だって
ムキになり過ぎだって……、だけど……、本当に
チビちゃんの事が大好きだから……、心配なんだもん……、
でも……、私……」
アイシャはそう呟くと手元の竜の涙を見つめた。
「ねえ、ドラゴンさん……、あなたは本当にチビちゃんの
お父さん……、お母さんじゃないの……?血の繫がらない子を
どうして傷ついてまで……、守り通したの……?」
アイシャの脳裏に自分を庇い、傷付き倒れたドラゴンの
悲しい記憶がフラッシュバックする……。
「……私……」
「りゅ、りゅ、りゅ、りゅ……」
「りゅ……?」
「けーっけっけっけ!りゅーっ!」
「……べ、ベビーサタン!また……!?」
……海からざばあっと、水しぶきを上げ、ベビーサタンが
姿を現した。
「畜生……、隠れてんのも根気がいるりゅ……!はくしょん……!
もっと早く気づけこのアホめりゅ……!!」
「……しつこいのよっ、何回来たってチビちゃんは
渡さないわよっ!」
「アイシャ!!大丈夫かっ!?」
「……みんなっ!」
騒ぎに気づき、ジャミル達も急いで甲板に駆けつける。
「フン……っ!んな事言ってられるのも今のうちりゅ……、
出でよ、リトルの遣い魔……!」
ベビーサタンが持っているフォークを翳すと……、船内に大量の
マドハンドが召喚される……。
「ああっ……!?マ、マドハンド……!!」
「なんでえー、なんでええー!?」
ダウドがいつもの如くキャーキャーと甲板を逃げ回る……。
「けけっ、リトルは魔界の王子りゅ、子分なんか腐るほど
いるのりゅ……」
「こいつ……、そんなに立場が上なのかよ……、とても
んな風に見えねえんだけど……」
ジャミルがプッと吹きだし、苦笑した。
「うるせーりゅ!やるりゅ!巨大化りゅ!ビッグマドハンド!!」
ベビーサタンがそう叫ぶとマドハンドが一匹巨大化し、
アイシャの身体を掴み上へと高く翳す。
「けーっけっけっけ!」
「……きゃあっ!!」
「アイシャ!今助けるからな!!」
「待つりゅ……、早くあのチビドラゴン渡せりゅ……、
じゃないとこの女……、今すぐ海にほおり込むりゅよ……?」
「グッ……、卑怯だぞ……、てめえ……!」
「ジャミル……、皆……、私は大丈夫よ……、だから……、
チビちゃんを……守って……」
「たく、うるせー女りゅね……、どうせならこのまま
握りつぶしてもいいりゅよ!」
「やめろよっ!!このっ、アイシャを放せっ!!」
どうにかアイシャを助けようとジャミルがビッグマドハンドに
蹴りを入れるがビクともしない。
「……ああっ!!……く、苦しい……」
「アイシャーーっ!!」
ビッグマドハンドがアイシャの身体を更に強く掴み、
握り潰そうと一気に力を込めた……。
「……アイシャっ!くそっ……、こっちのマドハンドも早く
片付けないと……!キリがない……!!」
「倒しても倒しても増えるよおー!!」
アルベルトとダウドも大量のマドハンドに行く手を塞がれ、
アイシャを助けに行く事も出来ず、太刀打ち出来ずに苦戦していた……。
「ぴーーーいいいーーー!!」
「……!?」
「チ、チビちゃん……?」
「チビ……」
二人が気が付いた時にはすでに大量にいたマドハンドが
跡形もなく全て消滅していた……。
「チビ……、まさか……、君が炎のブレスで……、マドハンドを……」
「チビ、アイシャたすける!」
チビはそう言ってベビーサタンの処まで自ら飛んで行く。
「……チビちゃんっ!!アルっ!大変だよお!」
「急ごう……!!チビ……」
「けーっけっけっけ!……ん?」
「ぴいーーっ!」
ベビーサタンの前にチビが立ち塞がる。
「チビっ!!」
「……チビちゃん……!だ、駄目っ……!」
「何だ、丁度いいりゅ……、自分から来るとは……、おー、
お前は利口、おりこうりゅね~!」
ベビーサタンがチビに手を出そうとした、その時……。
「おまえ、きらいっ!!……あっちいけっ!!」
「!?りゅーーーーっ!!幾らなんでもこれは唐突に
非常すぎるりゅーーーっ!!この馬鹿やろーーっ!!
覚えてろりゅーーっ!!」
チビが風のブレスを吹き、ベビーサタンを遠くに吹き飛ばした……。
最初のベビーサタンの襲撃の時に脅えていたチビではもう
なかったのだった……。
「……チビちゃん……」
ベビーサタンが飛んで行った後、ビッグマドハンドも消え……、
拘束から解放され甲板の床に着地したアイシャは事態に唖然とする……。
「ぴっ……、アイシャ……、だいじょうぶ?」
チビがアイシャにぎゅっと抱き着く。
「チビちゃん……、私……、きつい怒り方して……、
本当にごめんなさい……」
「チビもごめんなさい……、チビ……、ちゃんとやさい
たべるよおお~……」
「もう……、ダウドみたいな喋り方して……、ふふっ、私も少し
焦り過ぎてたね……、でも、本当に無理しなくていいのよ、ゆっくりで
いいからね、お野菜を好きになってくれたら嬉しいな……」
「ぴっ、チビ、アイシャ、だーいすき!」
「私も大好きよ、チビちゃん!」
アイシャもチビをぎゅっと抱きしめる。そんな二人をこっそりと
見守る男衆の皆さん。
「やれやれ、何か今回……、俺らあんまり出番無かった様な……」
「だねえ……、でも、アイシャもチビちゃんも、仲直り出来て
良かったよお……」
「それにしても……、チビのブレス攻撃も益々勢いが
強くなってるね……、それに船に支障をきたさず、ちゃんと
マドハンドだけを狙って全部燃やしたのも凄いと思うよ……」
この子の力は一歩間違えば……、破壊にも……、再生……
どちらにもなる力を秘めている……。あの時のルビスの言葉が
ジャミルとアルベルトの脳裏に浮かぶ。
「ぴーっ、ジャミルー、アルー、ダウー!」
チビがパタパタと3人の処にも飛んでくる。
「よし……、ちゃんと反省したな……?」
ジャミルがチビのおでこを突っついた。
「はんせいしたー!」
「たく……、機嫌わりいと後が大変なんだから……、
勘弁してくれよ……」
「誰が……?」
「うわ!」
ジャミルの後ろにアイシャが立っていた。
「えへへ、皆も……、ごめんね……?」
「ごめんねー!」
ペロッとアイシャが舌を出した。チビも真似して一緒に舌を出す。
「やれやれ、良かった……」
アルベルトも安心し、数時間ぶりでその場には明るい
笑い声が響き渡る。チームの雰囲気がまた戻った4人に
幸せの風が吹いたのだった。
「♪ぴーーっ!みんな、だーいすきっ!!」
海からの誘い、さらわれたチビ
「♪ぴゅっぴぴゅっぴぴゅっぴ~」
「チビの奴、やけに随分楽しそうじゃん……」
「最近歌を歌うの覚えたのよ、ご機嫌だとああやって
いつも歌ってるわ、とっても楽しそうでしょ」
チビは甲板に座って海を眺めながら首をふりふり歌を歌う。
「ねえ、チビちゃん、もしも上の世界に戻れたら、
スラリンともお友達になれるかも知れないわね……」
「ぴ?スラリン?」
「ええ、ずっと前、私達と一緒に旅をしていたスライムの子よ」
「チビのまえに?みんなといっしょにいたの?」
「うん……」
「ふーん……?」
チビは懐かしそうな表情をしているアイシャを見て
不思議そうに首を傾げた。
「ちったあ成長したかな、あいつ……」
「別れてからもう大分立つんだもん……、それなりに
大きくなってるわよ……」
「みんな、ご飯だよお!今日はインスタントのカレーですよお!」
ダウドがお玉を持って休憩室から顔を出し、大声で
甲板に向かって呼び掛ける。ジャミル達も休憩室へと移動する。
「……おい、食事当番……、お前手抜きしたな……?ん~?」
「ぷんっ、オイラだってめんどくさい時あるんですっ!けど……、
サラダはちゃんと愛情掛けて手作りだよお?チビちゃんの
健康の為にねっ!」
ダウドがぷいっと口を尖らせた。
「何でもいいわよ、私、もうお腹ぺこぺこよ……、チビちゃんの
分の甘口カレーある?」
「もちろん!」
「ぴゅっぴ、ぴゅっぴ!」
アイシャに抱っこされてチビが嬉しそうに首と尻尾を振った。
そして、夕食が終わって……。4人は甲板で夕時の潮風を
あびながら寛いでいた。
「またチビ……、海を見てるけど……、チビ……」
「ぴー?」
様子が気になったのか、アルベルトがチビに声を掛ける。
「チビ、海を見るの好きなのかい……?」
「うーん……、チビね、さっきおうたうたってたら……、
うみからこえがきこえたの……」
「……えっ!?ゆ……、幽霊とか!?」
ダウドが咄嗟に警戒ガードポーズを取る。
「バーカ!」
「……チビとおなじなのかなあ……?なんとなくきこえるの……、
ドラゴンさんのこえ……」
「海の中から……?」
甲板の淵から身を乗り出す様にしてジャミルが海を覗き込んだ。
「ねえ、もしかしたら……、この海の下にドラゴンが住む
洞窟があるとか……」
……そう呟きながらアルベルトも海を見てみる。
「ちょ、ちょっと……、待ってよお……、海の底なんか
無理だよ、行けないじゃん……」
ダウドが非常に困った顔をする。
「……ぴ?よんでる……、どんどんこえ……、ちかくなる……」
チビがそう言った途端、海から……。
「うわ……!?ドラゴンだ……、でけえ……」
……大きな海竜が海の中から姿を現した。
「ぴいっ!おおきいドラゴンさんだあ……、
チビとおんなじ……」
チビが不思議そうに海竜をじっと見つめる。
「……ドウゾクヨ、ナゼ……、イヤラシキ、ニンゲンナンカト
オマエハイッショニイル……?」
「……いやらしくて悪かったな……」
ジャミルが不満そうな顔をした。
「ぴ……、みんなチビのパパとママだよ……?」
「……ダマサレルナ……、ニンゲンホドシンヨウデキナイ
モノハナイ……、ニンゲンガショアクノコンゲン、イチバンノ
アクダ……、ニンゲンナドトイッショニイレバ……、イズレハ
オマエモ……、ウラギラレ、リヨウサレテ、キケンナメニ
アウノダゾ……?ニンゲンハミナ、テキダ……」
「ぴっ!そんなことないよお!……うみのドラゴンさんて……、
とってもいじわるだあ!!」
「……チビちゃんっ……、駄目っ……!抑えて……、
いい子だから……!」
チビが牙を剥いて怒りだした為、アイシャが必死でチビを宥める。
「フン……」
海竜が小馬鹿にした様にジャミル達を見て鼻を鳴らした。
「こりゃ……、竜の涙も手伝って貰えそうにないかね……、
泣いてくれなんつったら……、殺されるな……」
「そもそも……、ドラゴンなんて……、泣かす事事態が
無理無理なんだよお……」
4人は気持ちにも絶望的になる……。
「……ソコノチビスケ……、キガカワッタラ……、イツデモ
ワレノトコロニコイ……、メンドウミテヤル……」
海竜はそれだけ言うと再び海へと姿を消した。
「……ぜったいいかないよっ!べーーっ!」
チビが海に向かって舌を出し、慌てて4人の処に逃げ、
……アイシャにぎゅっとしがみ付いた。
「……チビちゃん……」
夜……。4人は休憩室で……。
「……チビちゃん寝ちゃったわ……、少しショック受けたみたい……」
「だろうな、チビは俺達の事信用してくれてるから……、
初めて会った仲間にあんなひでえ言い方されてさあ……」
「……ね、ねえ……、竜の涙って……、子供のでも
いいのかな……?だったら、わざわざ遠回りしなくても……、
チビちゃんのでもいいんじゃないかな……?」
ダウドがおずおずと皆に聞くのだが……。
「泣かすのか……?チビを……」
「チビちゃんはまだ小さいんだもの、しょっちゅうぐずって鳴くし、
涙も流してるわよ?でも涙は宝石になったの見た事ないわよ……」
「……はは、きびしいねえ~……、そう簡単にはいかないか~……」
ダウドががっくりと肩を落とす……。
「ドラゴンは海竜だけじゃないよ、あの時洞窟にいた
ドラゴンの様に……、話せばちゃんと判ってくれるかも
知れないドラゴンもきっと何処かにいると思うんだ……」
「色々……、難しいよな……、何にしても……」
「……」
4人は口を閉ざし……、今日の会議はお開きになった。
「私、今日はもう休むね……、チビちゃんの側についていて
あげたいから……」
「ああ、頼むな……」
「おやすみ、アイシャ」
「また明日ねえ……」
「うん、お休みー!」
アイシャは男衆に挨拶すると、とてとて船室に戻って行く。
「……いないわ……」
先にアイシャの部屋で寝ていた筈のチビの姿が見当たらず……。
チビを探してアイシャは甲板に出てみる。
「……チビちゃん?」
いつ起きたのか……、夕方と同じ様に甲板に座り、チビがぽつんと
一匹で淋しそうに海を眺めていた。
「チビちゃん……、駄目よ、もう寝ないと……、風邪ひくわ……」
「アイシャ……、ねえ、チビのパパとママ……、みんなだよね……?」
「そうよ、当たり前でしょ……」
「こわい……、なんかこわい……、わかんないけど……、
こわいよお……」
チビがぎゅっとアイシャにしがみ付く。
「何も怖い事なんかないのよ……、皆いるじゃない……」
「あのドラゴンさん……、にんげんはみんなてきって
いったよ?……みんなはちがうよね……?」
アイシャは倒れたドラゴンの事を再び思い出し……、
今にも張り裂けそうな心を抑える。
「ねえ、チビちゃん……、確かに人間には怖い人も……、
嫌な人も沢山いるわ……、それはこれからチビちゃんが
この世界で生きていく上で……、知らなければいけない事も
あるのよ……」
「ぴい……」
「でもね、これだけは分って……、私達はずーっと、
チビちゃんの味方よ……、何があってもあなたを守る、
約束する……」
アイシャはそう言ってチビをそっと抱きしめる。
「……いっしょ、みんないっしょ……、ジャミルも……、
アルも……、ダウも……、アイシャも……、これからも……、
ずーっと、ずーっと……、いっしょ?」
「そうよ、チビちゃん!」
「チビ、ぜったいあのドラゴンさんのとこいかない!
ずーっとずーっと、だいすきなみんなといっしょにいる!」
「うん、チビちゃん……、ずっと……、ずっと一緒よ……」
アイシャに抱かれ、安心したかの様にチビはすやすやと
再び眠りに落ちた。
そして、次の日……、早朝。
「♪ぴっぴっぴい~、ぴぴっぴい~、ぴぴぴぴぴ~…」
「新曲かな?チビちゃん、また元気になって歌うたいだしたねえ……」
朝、甲板の掃除をしながらダウドが楽しそうなチビを眺めた。
「それにしても音痴だなあ……、お前よう……、
それ下痢の歌かい……?」
「ぴい?」
「……ジャミルったらっ!もうっ!!」
デリカシーの欠片もないジャミルにアイシャが怒る。
「皆……、ちょっと、非常事態……、かも知れない……」
舵を取っていたアルベルトが真っ青な顔をして皆の処に来た。
「どうかしたのか……?」
「急に突然船が動かなくなって……、進まなくなったんだよ……、
何だか舵が上手く取れないんだよ……」
「あー?んな事有る訳が……、ねえ……」
「ぴいっ!?」
海から再び……、海竜が4人の前に姿を現す……。
「何だよ……、何か用なのか……?用があるならはっきり言えよ……」
「ヤハリ……、キニイラヌノダ、オナジドウゾクガ
ニンゲンナドトツルンデイルナド……、リュウゾクノ
イキハジダ……、ユルスコトガデキヌ……」
海竜はそう言って強い瞳でチビをじっと見つめた……。
「……リュウゾクノオナジナカマトシテ……、チビスケ、
オマエヲツレテイク……」
「やだっ!チビいかないよっ!」
チビがジャミルの後ろに隠れ、ジャミルもチビを後ろ手に庇った。
「……んなの余計なお世話だっつーの!おめーが決める事じゃねえだろ!
チビは嫌がってんじゃねーかよ!!」
ジャミルが啖呵を切って海竜にガンを飛ばした。
「……フンッ……!」
「ぴいっ!?」
「……チビっ!」
海竜がチビに向かってブレスを吹くと……、チビの身体が
バブルに包まれ宙に浮き……、海竜の処までふわふわと
チビが飛んでいく。
「やだよおお~……、みんな……、たすけて……、チビ……、
いきたくない……、みんなといっしょが……、いいよお~……、
パパ……、ママ……」
バブルに包まれたまま、涙ながらにチビが必死で
皆に助けを求め、見つめ、訴える……。
「……チビスケ……、スコシ、ネムレ……」
「……!?ぴいいい~……」
海竜がそう言うとバブルに包まれたチビが眠ってしまう……。
「海竜さん……、お願い、チビちゃんを返して……!」
アイシャが必死に訴えるが海竜は聞く耳を持たず……。
「ニンゲンナドニ……、ダイジナドウゾクハワタサヌ……」
「……やめてっ!……チビちゃんっ!!」
アイシャが叫ぶ中、海竜は4人の目の前でそのままチビを
連れて海中へと姿を消す……。
「あ……、待てコラ!!チビを返せっ!!このっ……!!」
「ジャミルっ!落ち着いてっ……!危ないよっ!!」
慌てて後を追って海に落ちそうになるジャミルをアルベルトが支える。
「チビちゃん……、うそっ……、いや……、チビちゃん……が、
……連れて……いかれ……」
アイシャが呆然とし……、その場にしゃがみ込む……。
「アイシャ……、何か光ってるよお……?」
「えっ……?これ、ドラゴンさんの……?え、ええっ!?」
……途端にアイシャが持っていた竜の涙が光りだし、甲板に
旅の扉を造る……。
「もしかして……、此処を通れば……、海竜の処まで
行けるのかな……?」
「げっ……、な……、なんか嫌だよおお~……、他の場所に
出るかもわかんないし……」
「立ち止まってる暇はねえ、とにかく行ってみようぜ、きっとチビの処だ!
信じようぜ……、行こう……!!」
4人はイチかバチかで……、突然出来た旅の扉に飛び込む……。
きっと……、チビの処に通じると祈りながら……。
「……此処は?……どうやら空気はあるみたいだな……、洞窟か……?」
ジャミルがうっすらと目を開ける。辿り着いた場所。……確かに、
洞窟の様な雰囲気である……。
「……うん、間違いなく、洞窟みたいだね……」
アルベルトも辺りを見回し、周囲の確認をする。
「海底の洞窟かしら……?なんとなく潮の香りがするもの……」
「……よかったあ~……、もしも海の中にでもほおり込まれたら……、
それこそどうしようかと思ったよお~……」
「……とにかく奥に進もう、絶対助けてやるからな、
待ってろ、チビ……!!」
エピ11・12
電撃流れて、地固まる
「……海竜っ!チビを返せっ!!」
漸く見つけた、洞窟の奥にずっしりと構えている巨体の生物……。
この海底洞窟の主、海竜である……。
「ヌッ……?オマエタチ……、コンナ、ウミノソコマデ……、
ドウヤッテキタノダ……?」
「どうでもいいんだ、んな事は……!チビは何処だ!!」
「海竜さん……、お願い……、私達あなたと戦いたくない……、
チビちゃんを返して貰えればそれでいいの……」
「ナニヲアマッタレタコトヲ……、フン……、
カエシテホシケレバウデヅクデウバエバヨカロウ……、
ヤハリニンゲンハヤバンダ……」
「……チビちゃん!!」
海竜のすぐ側に眠らされたままのチビが倒れていた。
「仕方ねえ……、向こうがそう言うんだから……、
こっちも戦うしかねえ……」
ジャミルの言葉にアルベルトとダウドも頷いて戦闘態勢を
とり身構えた。……ヘタレのダウドまでも今日は何時になく
表情が真面目で真剣である……。
「……待って!!」
「何だよアイシャ!!」
「海竜さんを傷つけたら……駄目っ!!」
「……チビを助けたくないのかよ!お前!!」
「海竜さんは……、チビちゃんに危害を加えるために
さらったんじゃないのよ……、私達、人間の事が
信用出来ないから……、チビちゃんと私達が一緒にいて
ほしくないから……」
アイシャはもう一度海竜と向き合い、何とか気持ちを
伝えようと話を始めた。
「どうすれば……、私達の事、信じてくれるの……?」
「ニンゲンナド、ナニガアッテモシンヨウナドセヌワ……」
「アイシャ、これ以上海竜と話しても駄目だよ……」
アルベルトも説得は無理と悟っているのか、諦めた様に
首を横に振る。
「そんな事ないわよ……!ねえ……、海竜さんお願い!!
チビちゃんの仲間のあなたを傷つけたくないの!!」
「シラヌナ……、ニンゲンナドミナホロベバイイノダ……」
海竜は一言、アイシャに向かって冷たい言葉を発した。
「……悪いけど……、アイシャ、チビちゃんを取り戻す為なら……、
怖いけど……、オイラ戦うから……、このまま引き下がれないよお……」
そう言ってダウドも炎のブーメランを握りしめ、きっと海竜を睨んだ。
「!ダウドまで……、どうして……」
男3人と海竜は互いに睨み合い、対峙する……。
「……駄目なの……?私達……、分かり合えないの……?」
悲観に暮れアイシャの心は悲しみで溢れ、絶望的になる……。
と、その時……。
「けっけっけ~、けっけけ~、ケツの穴~、りゅ~」
「りゅ……?」
「……りゅ……???」
突如聞こえてきた変な声にジャミル達4人は首を傾げる……。
「……待たせたな、りゅー!未来の魔界を統べる魔界の王子、
リトル・デビル様登場りゅ~!」
「……ベビーサタンっ!!」
4人が同時に一斉に叫んだ。
「ナンダ……、ザコノコアクマデハナイカ……」
急に出て来て雰囲気をぶち壊したベビーサタンに海竜が
呆れた様に項垂れる。
「こんなとこまでまあ……、ご苦労さん……、けど、誰も
お前なんか待ってねーぞ?」
「うるせーりゅ!バカ猿!又お前らの船まで行ったら
お前らいねーし、変なワープルートが出来てたから
入ったら此処に来たのりゅ」
「あっそ、俺ら忙しいんでさ、構ってらんねーの、じゃっ」
「そうか、それは残念りゅ……、じゃあ帰りゅます……、
って……、そうじゃねーりゅ!!」
「どうする……?」
アルベルトも皆の顔をちらちら見ながら……、
困り顔をする。
「……相手してる暇なんてねーんだけどなあ……、ったく……」
「おっ、あれは……」
ベビーサタンが海竜の側で倒れているチビに目をつける。
「好都合りゅね~、いい子でおねんねしてるりゅ~!」
「やめて……!チビちゃんに近づかないで……!あなた一体、
本当にチビちゃんの何が目的なのよっ!!」
「お前らに話す必要なんかないのりゅ、オラ!メス猿っ!
そこどけりゅ!!」
「……ニンゲンニモ……、マゾクニモ……、ダイジナワガ
ドウルイハワタサン……」
「あっ!?チビっ!!」
「チビちゃん!!」
海竜の力により、眠っているチビが再びふわふわ
宙に浮きあがる。
「あーん?でけえドラゴンりゅね~、ふーん……、けど……、
ドラゴンが一辺に2匹……、こいつは美味しすぎるりゅ……!!」
「ザコヨ、タチサレ……、ワルイコトハイワヌ……」
「あーん?雑魚はおめーりゅ、雑魚竜の癖に威張られて
リトルは気にくわんりゅ!!」
ベビーサタンはそう言うと持っているフォークから電撃を
海竜に向けて発した。
「どいつもこいつも……、ど偉いリトル様をなんだと
思ってやがるのりゅ!!」
「……!!グッ……!キサマ!ナ、ナニヲスル……!!」
「海竜さん!!」
「電撃びびび~、りゅーっ!!そのまま黒焦げりゅーっ!!
それーっ!糞ドラゴン丸焦げの巻りゅーっ!!けーけけけけ!」
ベビーサタン……、性悪小悪魔が発した凄まじい電撃に包まれ、
海竜はもんどりうって苦しむ……。先程まで海竜と一触即発
寸前だったジャミル達も、あまりの無残な光景に怒りを覚える。
「何て事を……!!」
「ひどいよおおーっ!」
「……ググググググ……!!オノレ……!!」
激しい電撃を浴びながら海竜がベビーサタンを睨む。
面食らった海竜は力を落し、解放されたチビも地面に落下する。
「あー、電撃びびび楽しいなあーっ、りゅーっ!?」
「……やめてーーっ!!」
咄嗟にアイシャがベビーサタンに掴みかかりフォークを
奪おうとする。
「いたた、こ、コラ……!何するりゅ!はなせ、放せ!
あいたたたた!!」
「放さないわよっ!!早くその変なフォークをこっちに
よこすのよっ!!」
「……あああ~!アイシャあー!!ジャミルーううう!!
アイシャがあああー!!」
ダウドがあたふた動き回り、ジャミルに救いを求める。
「……まーたあんのジャジャ馬め……!くそっ!どうして
こう暴走すんだよ!」
ベビーサタンもアイシャに顔を縦に横にと引っ張られ、引っ掻かれで
あたふたし、電撃のコントロールが出来なくなっていた……。
「クソッ……、メースーざーるーめえええー……、りゅ?」
「えっ……?」
「りゅーーっ!あああ、電撃のエネルギーが……!セーブ
出来なくなったからパワーが暴走してりゅ!!」
「そんな……!止めなさいよっ!何とかしなさいっ!!」
ベビーサタンにごつんごつんゲンコしながらアイシャが叫ぶが
危険を感じ、咄嗟にベビーサタンから逃げる。
「知らねーのりゅ!元はお前が悪いのりゅ!バカ女めーっ!!」
あ……、あっちいりゅーっ!止まらないーーっ!!ぎにゃああああーーっ!!」
抑えが利かなくなり暴走した電撃はベビーサタンの方へ逆流して流れ、
電撃を浴びたベビーサタンはコテンと倒れ気絶……。主が気絶し、
そして更に勢いが増した残りの電撃エネルギーは幅を広げ広がり、
チビと海竜目掛け流れていく……。
「……チビちゃーーーんっ!!」
「んなろーーーっ!!」
「ジャミルっ!!」
海竜の前にジャミルが立ち、勇者の盾の力で電撃エネルギーを
すべて打ち消した……。
「……はあ、間に合った……」
「ジャミル!大丈夫かい!?」
「俺は平気だよ、アル……、けど……、もう少し遅かったら……、
チビが丸焦げになる処だったぜ……、たく、この馬鹿め……」
フォークを握りしめたまま気絶しているベビーサタンを
一発ポカリとジャミルが殴った。
「チビちゃん、チビちゃん……!!」
「チビちゃあーーん!!」
アイシャとダウドがチビに駆け寄り、チビの無事を確かめた。
ジャミルのお蔭でチビには怪我も何事もなく、ぐっすり、
すやすや眠っていた。
「……チビちゃん……、よかった……、よか……、った……」
アイシャが眠っているチビを抱きしめ、頬にすりすりする。
「……ぴ?」
「あ、チビちゃん……、目覚ましたよお!」
「……ジャミル……?アル……?ダウ?……アイシャ……?
みんな……いるの……?」
「こら、ネボスケ!やーっと起きたなあ……?」
「ジャミル……、チビね……、ずーっとゆめみてたの……」
「夢?」
「ジャミルと、アルと、ダウと、アイシャと……、みんなで、
おおきいおにくたべてた、でも……、チビね、いっぱいおにく
たべたかったから、チビひとりでみんなたべちゃった……、それで
チビおなかこわしたの……、ぴいー、ごめんなさい……」
「……あー、欲張りだなあ!チビは……!ずりいぞっ!」
「少し頂戴よお!」
「二人とも……、チビの夢の話でしょ……」
空想の中でも意地汚いジャミルとダウドにアルベルトが呆れた……。
「もう、チビちゃんたら……、ふふっ……」
「ぴいー!」
「あはははは!」
4人が声を揃えて笑った。
「そうだ、海竜……」
「……ナニヲ……、スルキダ……」
アルベルトは海竜の側に近寄って行くと、無言でべホマを掛け、
海竜の傷付いた身体を癒す。
「……ワタシガ……、ホントウニマチガッテイタヨウダ……、
スマヌ……」
「海竜……」
「海竜さん……」
海竜はジャミル達に向かって深く首を足れると一筋の涙を探す。
落ちた涙は宝石へと姿を変える……。
「あっ……、竜の涙……」
ジャミルが慌てて宝石に変わった涙をささっと回収する。
「オマエタチハ……ホントウニ……シュゾクヲコエタ……、
フカイキズナデムスバレテイルノダナ……」
「正直……、善悪とか俺には良くわかんねえ、だけど……、
これだけは言えるよ……、チビは俺達の仲間だし、俺達は育ての親だ……、
何があっても絶対チビを守るよ……、約束する……」
じっと……、海竜の瞳を見つめてジャミルが言った。
「……ワタシハコレマデ……、ニンゲントカカワリ、フコウニナッタ
ナカマヲタクサンミテキタ……、タエラレナカッタノダ、
コレイジョウ、オナジナカマガキズツクノヲ……」
「……」
「チビスケ、ヒトツダケ……、キイテモヨイカ?」
「ぴい、なあに?」
「……オマエハ……イマ、シアワセナノカ……?」
「♪ぴいっ!」
チビが笑顔で嬉しそうに返事を返す。
「あの……、海竜さん……、チビちゃんのこれからの事は……」
アイシャがおずおずと尋ねた。
「オマエタチニ……、スベテマカセヨウ……」
「それじゃ……!認めてくれるのか……!?俺達の事……!!」
「……オマエタチヲシンライシヨウ……、コレカラモ……、
チビスケノコトヲヨロシクタノム……」
「やったーーっ!!」
「チビちゃん、これからも……、ずーっと一緒だよお!!」
「うん……、良かったね、チビ……、本当に……」
海竜にも信頼を得、4人は手を取り合って喜ぶ。
「いっしょいっしょ!チビ、ずーっとみんなといっしょ!」
「あ、処で……、これ、どうするの……?」
ダウドが気絶してひっくり返っているベビーサタンを指差す。
「……仕方ねえな、一緒に船まで連れて帰って海に流すか……、
そうすりゃ暫く追いかけて来ねえだろ……」
「あはは……、ちょっとそれ酷いかもしれないね……」
アルベルトが笑った。海竜に別れを告げ、4人はもう一度
旅の扉を通り、船へと無事帰還する。
「オイラ達が戻ってきた途端……、旅の扉……、消えちゃったね……」
「ああ……」
「ドラゴンさん……、ありがとう……」
アイシャがドラゴンの形見の竜の涙をそっと握りしめた……。
そして、夜……。
「いい?もういちどチビうたうね、♪ぴぴっぴぴぴ~、ぴい~…」
「ぴーぴぴぴぴぴーびい~、ぶりっ……」
壮大なチビの音楽教室が始まっていた……。
「ちがうよお!ジャミル、うたへた!いい?こうだよ、
♪ぴぴっぴぴぴ~、ぴい~…」
「……変わりねえじゃねえか……、びびっびびびーっ!びい~……」
「ちがうよおおお……!!」
「……チビちゃん……、またオイラの真似上手くなったね……、
むにゃ……、zzzz」
「たく、どうしようもないんだから……」
本を読みながらアルベルトが顰め面をした。
「皆、お茶にしよ?お菓子も持ってきたよ」
「助かったよ、アイシャ……、スパルタなんだもんなあ、
けど……、チビが俺の事、歌下手糞だっつーんだぜ?ひでーよなあ……」
「今朝、ジャミルだってチビの事……、音痴って言ってたじゃないか……、
お互い様だよ……」
「あう……」
「……そうよ、事実なんだからしょうがないでしょ、はい、
チビちゃんには甘いぬるめのホットミルクよ、ハチミツも
たっぷり入ってるからね!」
アイシャがチビにウインクした。
「ぴいい~!」
チビが嬉しそうにホットミルクに口をつけ、ゴクゴク美味しそうに飲む。
4人は、心から、今、この瞬間……、チビと一緒にいられる幸せを
改めて噛みしめる。……例え、この先に待ち受けている者が何であろうと。
「……」
海竜がそっと海から顔をだし、4人が乗った船を静かに見守り、
見送ったのだった……。
「……あの……、リトルはどうなりゅのりゅ……?
このまま島流しりゅ……?ちーくーしょーーー!
おーぼーえーてーろー!!……りゅ……」
愛と恋とは違うのりゅ・1
ジャミル達は又買い出しの為、今度はドムドーラへと立ち寄る。
チビはぬいぐるみのふりが平気で出来る様になった為、
買い物も何の心配も要らない様になっていた。
「竜の涙も後1個でいいんだし、案外楽勝だよな!」
「……そう上手くいかないのが世の中だよ……、判る?」
アルベルトがジャミルにつめ寄り冷めた顔をする……。
「相変わらず、トゲを刺すのが上手いねえ、アルさんはよ、
ふんっ!」
「……ねえ、チビ……、うんちでる……」
アイシャのカバンの中のチビがブルブル震え始めた。
チビはまだ一人で排泄が上手く出来ないので、排泄の
サポート係はアイシャなのである……。
「え?えええっ!?ど、どうしよう……!!」
「……アイシャ、公衆便所だ!早く!」
「行って来まーす!」
「うんちー!」
チビを連れ、アイシャが慌ててトイレまで走って行った……。
数分後に、ほっとした様な表情のアイシャが戻ってくる。
「……はあー、何とか間に合ったわ……」
「おなかすっきり!」
「ねえ、大概の物はもう買ったよね、オイラ疲れた、
休憩したい……」
買い物メモを見ながら荷物持ちのダウドがぼやいた。
「此処、確か軽食屋あったよな、じゃあ、行こうぜ!」
「ちょっ、待ってジャミル……」
アルベルトが声を掛けようとするが、ジャミルはどんどん
歩いて行ってしまう。
「アル、休憩嫌なのかい?」
「いや、そうじゃないんだけどさ……」
「早く船に戻って、買った本読みたいんでしょ?」
アイシャがアルベルトを見た。
「……いや、その……」
「図星……?」
「分ったよ、はあ……」
ジャミルを追って3人も軽食屋へ……。皆はオーダーで
好き勝手な物を注文。やがて、頼んだスイーツがやってくる。
「あー幸せ♡おいしーい!」
プリンパフェを一口、口に入れてアイシャが幸せいっぱいの
顔をする。
「……」
チビがじーっとバッグの中からアイシャを見つめている。
「チビちゃん、どうかした?」
「……チビも……、プリンぱへ、たべたい……」
「ごめんね、此処じゃちょっと目立つから駄目なのよ……」
「……たべたいたべたい!びーっ!!」
チビが大声で発狂しだし、周囲に声が漏れそうになり、
ジャミルが慌てる。
「うわ……、おい、アイシャ!!」
「……そんな事言ったってえ~!あーん!チビちゃんお願いだから
静かにしてよー!」
「だから、早く帰ろうと……」
「……アイシャ、一口だけでもあげたら?」
ダウドがこそっとアイシャに話しかけた
「しょうがないなあ、はい……、チビちゃん……」
スプーンで一口、プリンを掬って、こっそりとバッグの中の
チビに食べさせる。
「きゅっぴ!……ぱへおいし♡」
チビもほや~んと幸せそうな顔をする。見ていたアイシャは……。
「……チビちゃん可愛いわあ……、どうしよう……」
「おいおい……」
すっかりもう親バカモード全開なアイシャであった……。
「……はあ~、レナさん可愛い……、どうしよう……」
「ん?アル、なんか言ったか?」
「何も言ってないけど……」
「隣みたいだよお……」
「隣……?」
ジャミルが隣の席を見ると……、眼鏡の青年が
机に突っ伏して悶えていた。
「レナさん、レナさん、レナさん……、あああ……、
ああああ~!あそこが……、あそこが震える……」
「……まあ、色んな奴がいらあな……」
ジャミル達は注文したスイーツを残さず平らげ軽食屋を出た。
4人が店を出る時にも、まだ隣の席の青年は悶えていた……。
「満足したのかしら?チビちゃん、寝ちゃったわ……」
「きゅぴい~……」
「呑気な奴だなあ、相変わらず……」
楽しい夢を見ているのか、幸せそうな表情のチビを見て、
ジャミルが呆れる。
「ぷーぴー……」
「おい、鼻ちょうちん出したぞ!チビの奴!」
「……ジャミルったら!面白がらないのよ!!」
「ぽぷぷぴい~ぷ……、ぴい~」
「うわ……!謎の寝言……!」
「ジャミルったら……!!」
そして、歩いていく4人をこそっとストーカーする、
この小悪魔……。
「りゅ、りゅ、りゅりゅ……、この馬鹿野郎め……、
この間はよくもリトルを海に流してくれたりゅね……、
りゅっ!」
ベビーサタンは自身を又、少年の姿へと変えた。
「フン、今に見てろ……」
「……う~ん……、アイシャ……、チビ、おなか……
いたい……」
寝ていたチビが急に目を覚ます。どうやら様子がおかしい。
「え?ま、また……?」
「腹下したのか……?」
「うん……、さっきトイレに連れて行った時……、
少しお腹の調子が何だか悪かったみたいなの……」
「じゃあ具合悪いのに……、パフェなんか食いたがっちゃ
駄目じゃんか、こら!」
ジャミルがチビを突っつくが……。チビはかなり
お腹が痛そうである。
「……ぴい~……、いたいよ~……」
「困ったね……、ドラゴンの病気に効く薬なんか
無いだろうし……」
「ホイミ系魔法で何とかなんねえのか?」
「外観の傷を治すのと、身体の中の病気を治したり
するのは……、違うよ、無理だよ……」
「ごめんね、チビちゃん……、やっぱりパフェ
食べさせなければ良かったね……、ごめんね……」
「で、でも……、腹痛ぐらい、少し間を置けば
大丈夫なんじゃないの……?」
ダウドも心配そうにバッグの中のチビを見た。
「……でも、辛そうなチビちゃんは見ていられないわ……、
何とかしてあげなきゃ……」
「駄目で元々……、子供用の下痢止め、飲ませてみるか……?」
「そうね……、このままじゃ可哀想だものね……」
「……あの、どうかなさいまして……?お困りですか……?」
「えっ……?あ……」
ジャミル達が後ろを振り向くと、ピンク色の髪の
美しい少女が立っていた。
「えーと、知り合いの家の子が腹壊しちゃって、
それで、代理で薬を買いに来たんだけど……」
「まあ……、でしたら私、いい薬を持ってます、
ちょっと待ってて下さいね、今持ってきます」
「はあ……」
少女は薬を取りに戻って行った。
「何だか綺麗な人だねえ、凄く親切みたいだし……」
「うん……、そうだね……」
「そうね……」
アイシャはジャミルの方をジト目で見ている。
「……ちょっ、俺の方見んなよ……、言ったのは
俺じゃねえぞ……?」
「別にいいのよ、事実だもん……」
アイシャは膨れて横を向いた。
「お待たせしました、これをどうぞ……」
やがて少女が薬を持って戻って来た。
「ああ、ありがとう……、助かるよ、けど本当に
貰っちゃっていいのかい?」
「ええ、大丈夫ですよ、子供さん、暫く何も食べさせないで
ご様子を見た方が宜しいかと……」
「そうだな……」
「それでは、私はこれで……」
「あ、ちょっと待って……、名前……」
と、少女はジャミルが名前を聞こうと尋ねる前に
走って行ってしまった……。
「……とりあえず船に戻ろう……、チビに薬を
飲ませてみないと……」
「今日はこのまま船を動かさないで、明日又
改めてお礼を言いに来ましょ?」
「そうするか……」
「それにしても綺麗な人だったよお……」
そして……。一行がドムドーラを出た後……。
「……あいつら……、僕のレナさんに……、僕だって
まだ口を聞いた事ないのにい~……!!」
zoku勇者 ドラクエⅢ・その後編 エピ9~12