お祖父さん
お祖父さんの家は、板塀に囲まれ、しずかである。
庭木は、荒れてもないが、整っている風でもない。
十重二十重に葉を繁らせた大木が一本、ひねもす縁側を翳らせている。
夏の日盛りであった。
蟬がしきりに鳴いている。大木ばかりではない。庭木の至る所から迫りくる。縁側は蟬の鳴き音の底に沈んで青い。
縁側を後景に、黙然とお祖父さんが針金をペンチで捻っている。その傍らに、太郎は座していた。
お祖父さんの胡座をかいた左腿に、竹竿が二寸余り。その脇に、使い古しの日本手拭いが、青く翳った畳の上で、褶曲を描いて浮かんでいる。
太郎の目には、それは穢らしい。
「お祖父さん、それでは蟬の息が詰まるんじゃないかしら。」
お祖父さんは太郎を一顧だにしない。
見る見る、竹竿の先に大きな針金の輪っかが縛り付けられる。
「やっぱり蟬の息が詰まると思うのだけれど……」
お祖父さんは取り合わない。
父の実家は遠い。自然、お祖父さんとは疎遠である。会話のぎこちないのも致し方ない。
夏休み。
父は多忙。この夏初めての、家族揃っての外出も、父の実家へ日帰りするのがせいぜい。子どもには味気ない。
「蟬を採りに行こう。」
お祖父さんの提案も、そんな無聊を察してのことであったかも分からない。竹竿を伐り出し、捕虫網を手作りし始めたのである。
網は色褪せた日本手拭い。ナイロンの青や黄や緑といった派手な既製品を見慣れた子どもの目に、それは見窄らしい。
「蟬が死んでしまわないかしらん。」
蟬にかこつけ、日本手拭いを回避したかったのである。
手作りの捕虫網に羞恥を覚えつつ、太郎はお祖父さんと外へ。
太郎たちの他にも、虫採りに出た子どもたちがあちらこちらにいる。見知った顔のないのが救いである。
面白いように蟬が採れる。
アブラゼミ、ミンミンゼミ、クマゼミ、ニイニイゼミ。……
日本手拭いの捕虫網は、差し伸ばせば魔法の杖のように、次々と蟬を(捕えては)吐き出す。
様子をうかがい、いつの間にかお祖父さんと太郎の周囲に、子どもたちが群がっていた。讃嘆と仰望の声が取り巻くのを太郎は聞いた。
むず痒い。
捕虫籠の蟬を残らず、子どもたちに分け与えた。
帰路。太郎はお祖父さんと並んで歩く。斜め掛けした捕虫籠のまるで手応えのない軽さが心地良い。日本手拭いは高々と、夏空に白く燦やいている。
「ただいま。」
お祖父さんの家は、板塀に囲まれ、しずかである。
お祖父さん