虹茸

虹茸

 大きな茸が僕の目の前に腰掛けて話しかけていた。
 虹がでたらふもとにいってごらん、よく宝物が埋まっていると言うだろう。とんでもない間違いだ。
虹って言うのは、雨が上がったとき、空に浮かんだ水の粒の中を通る、太陽の光が分解され、七色に分かれて、我々の目に届くのだと教わっただろう。理科の時間だったかな。まあ、それを信じておくのが無難だけど、君だけには本当のところを教えてあげよう。
 草原にできた虹を追いかけてみなよ、そのたもとになにがあるか見つければわかるのだけどね、まだ誰にも気づかれていないものがあるんだ。いやいるというのかな、ことばはむずかしいよね、生き物にはあるとはあまりいわないけど、そこにはね、生き物と無生物の間のもの、いややっぱり生物かな、そんなのがいるんだよ。
 生物とは自分で子孫を残すものだよね、そいつも自分で増えることができるんだ。そこは生物だよね、だけど呼吸をしないから、酸素を取り込むことも二酸化炭素をはきだすこともない。まあ、生物でもそういうやつはいる。だが、そいつはDNAをもっていない。遺伝子がないんだ。だから生物じゃないね。一方で、しゃべらないけど、地球の生き物と話ができるんだ。ウイルスともニンゲンとも意志の疎通をすることができる。ということは、無生物の石が意識をもっていて、たまに増えるといったようなやつだな。
 実はそいつは、地球で生まれたものだ。
 知っているかい、地球の生物には原核生物、すなわちモネラと真核生物がいるだろう。原核生物はバクテリアなんかだな、真核生物は菌類、原生動物から人間までだな。それ以外は無生物。
 今、君に教えようとしているのは、その無生物にも生物にも属さないものなんだ、それが虹をつくっている。
 なんといったらいいのかな、名前がないんだ。生物を中心に考えるから、無生物ということになるが、そうじゃないんだ、自分でも増える、だけどDNAによりふえるものじゃない。原核生物も真核生物も核酸、DNAやRNAの働きで増える。とすると、生物と無生物は核酸と無核酸に分けることができる。無核酸は夢核酸ともよめるよな。虹の根本にうまっているそいつが生物だったときは核酸をもっていた、だから生物だったわけなのだが、すでに核酸はなくなって、核酸の入っていた形だけが残った、そういうものなんだ。核酸の夢のあとというわけだ。ということで無生物なのだが、今いったように、虹を作ることができて、時として増えることができるものなんだ。核酸であるDNAはもう存在しないが、それが入っていた殻が石になっている。
 あ、気がついたね、そうなんだ、化石なんだ。化石なんだけど、虹を作ることができるし、増えることのできる化石なんだ。だから、生物のようでもあるけど無生物なんだ。だから、呼びようがないが、石間なんてことばどうだろう、人間という表現がある。それをちょっともじったのだが、石の間、そこに生物としての機能が残っている。ただの化石じゃない。
 石間は虹をつくることができる。虹の麓に行って石間を見てごらん、どのような形をしているかわかるから。
 明日あたり、雨が降って、それがあがるとき、あそこの丘の草原に虹がでる。そのとき、虹のふもとにいてみるといい。土の中から白い光が出てきて、それが七色に分かれて、虹になるんだ。
 「そりゃあ、おかしいや、だって、ホースで水をまいてごらん、虹ができるだろ、ホースの中にそいつがいるわけかい」
 そりゃいいところに気づいたね、虹が出るところにはかならず、石間がそばにいる。化石がいるのだよ。
どんな化石でも虹が作れるのかって聞いたのかい、いい事を聞くね。
虹を作るのは茸の化石だよ。何億年も前に生えていた茸でね、今でも生えているのだよ、いろいろなところにあるのだけどね、名前が付けられていないんだ、その茸は地球上の至る所で生える。氷の上でも、火山の脇でも生えるのだ。だから、胞子はいたるところに飛んでいるんだ。ほら、君の頭の毛の中にもまぎれこんでいるかもしれないよ。
 その胞子はすぐ目の前にも浮かんでいるのだよ、だから、ホースをうまくつまんで細くすると、胞子がおどろいて、白い光を出すものだから、まかれた水と一緒になって、七つの光に分かれて、虹ができるんだ。
 信じられないって、信じる信じないはご自由に、今度、虹を見つけたら虹のたもとにいってみるんだね。

 目を覚ますと、いつも自分の部屋の天井が目に入った。夢はよく見る方だが、こんな長い夢を見たのは初めてだし、ずいぶん難しい言葉を茸がしゃべりまくっていたが、よく覚えていたものだ。
 昨日、フランスから茸の酒を開発したというフランス人と奥さんが、その酒の売り込みで僕の会社にきた。酒の小口販売会社だ。社長が夏休み中で、うちの部署の課長補佐にお前つきあえといわれ、僕がその二人を寿司屋につれていった。そのあと、知り合いのカクテルバーにつれていったんだ。
 フランス人の開発した酒は、紅天狗茸を発酵させたもので、紅天狗茸の成分もはいっていることから、若い人に人気だそうだ。弱い幻覚剤が入っていると考えればいい。ただ、日本では許可が下りるかどうかわからない。それを検討してほしいということだった。その男は四十ちょっと手前で、よく相手のことを気遣う、フランス人的で感じはよかった。奥さんはというと、でっぷり太った愛嬌のある生物学者で、茸の専門家だった。奥さんは信州の大学に留学していたことがあり、なかなか上手な日本語をしゃべる。フランス語のわからない僕にとっては大変助かった。だけど専門的なことを聞かされたのにはちょっと疲れた。その奥さんが寿司屋で日本酒を飲み、こんどは、カクテルでもと言い出したので、そこにつれていったわけある。
 そのカクテルバーは酒の仕入れの仕事上、マスターとはなじみなわけだ。研究熱心な若いマスターが、やっとうまくつくれるようになった、とカクテルレインボーをだしてくれた。ブランデーをベースに、比重の異なったリキュール類を、細長いグラスに順番にそそいでつくった七色のカクテルで、昔からの定番ものだ。なかなか上手にできていて、三人にだされたカクテルの色の重なりがそれぞれ違う。確かに難しいだろう。さらに、マスターはカウンターにならべた七つのグラスに、七色の酒が一つのシェーカーからそれぞれのグラスに注ぎ分けられるという芸当をみせてくれた。レインボーショットという。フランス人夫妻はずいぶん喜んでいた。なんと寿司屋とカクテルバーの勘定はその夫婦がもってくれた。紅天狗茸の酒を経産省におうかがいをたてなければならないのはやっかいだが、うまくいけば一手にわが社で輸入ができるのでいい話ではある。
これが夢のもとか。夢には必ずきっかけがあるんだな、と思いながら朝の支度をした。
 仕事場に行く電車の窓から、光が動いて目に飛び込んでくる。どうしてこの光が七色に割れるんだ。紫と赤を引っ張る磁石のような物があって、そこを通ると、白い光が分かれて広がり、七色のグラディエーションができると理屈をつけてみた。夢の中で茸がいっていた茸の化石が虹をだしているというより科学的だろう、と、頭の中では夢をひきずっている。空気中の水分による光の散乱だという理科で教わったことなど、微塵も覚えていない理科音痴だ。
 会社に行っても、夏休みで、仕事の量は少ないし、だいたい、半分ほどの人間が休暇を取っているから部屋の中が静かだ。クーラーがもったいない。
 クーラーを見ていたら、虹を作る機械を作って、壁に掛けておいて、好きなときにスイッチを入れると、冷たいミストとともに、七色の虹が現れるのを妄想した。
 原理はそんなに難しくない。ちょっと大きめの物を作って、商店街のアーケードに備えると、涼しいし、虹がでるし、いいんじゃないか。今度知り合いの電機メーカーに勤めているやつに言ってみよう。
 どうもそんなイメージばかり浮かんで、仕事にならない。暑さのせいか。
 旧盆の期間が終わると休んでいた連中が仕事に戻ってくる。あと三日だ。独身の自分はそのあとに休みをもらうつもりだ。まだ計画は立てていないが、信州で山歩もいいかもしれない。昨日の夜の夢も虹だし、今考えた冷気発生器も虹付きだったし、虹を探して山歩きか、妄想がわいて仕事にならん。
 自分の部署はスタッフが三人、会社の中では一番大きいところだ。今、課長補佐と僕しかいない。課長と二人が休みを取っているので僕一人である。
 玄人相手の酒輸入の代理店で、客が希望する酒を探すこともやっている。輸入が多いが、場合には日本のなかでさがすことになる。そのほうが安いように思えるが、そうともいえない。手放したくないものを金額上乗せで買って、それを希望する客に渡す。だからかなり高いものになることもある。だが、輸入するよりすぐ手に入る。
大手の代理店と違って、銀座などのスコッチハウスーや個人経営のビールバーなど、それなりの酒のプロが経営する店からの小口の注文をいただくわけだ。僕がいるのはヨーロッパの酒、特にウイスキーを扱う部署で、会社で一番忙しいところだが、夏休みは注文が減るので暇なわけである。ビール担当の部署は忙しい。夏休みはなく、どちらかというと冬休みを長くとる。
 今日は午後になって一件注文が入った。シングルモルトを飲ませる国立のスコッチバー、白爪草から、すでになくなった蒸留所のウイスキーをいくらでもかまわないから探してくれと言うメイルが入った。ただし、2日後の夜には使いたいという。こういうウイスキーは、国内にサーチをいれる。2日ということは、ヨーロッパのバイヤーに頼んでも、間に合わない。
 そのウイスキーは心当たりがあったので、大阪のウイスキーをあつかう店に問い合わせをした。在庫があったのですぐに送ってもらうことができた。一本25万だったが、安い方だろう。いくらで売るかは会社の自由である。32万でおろすことにした。希少価値のあるウイスキーは値段があってないようなものだ。
 そのウイスキーは次の日の午後に届いた。近年運送業はずいぶん発達した。そこで、白爪草のオーナーに連絡して、夕方持って行くことを伝えた。
 白爪草は国立の駅からすぐである。地下にある店で、オーナーの渋河さんはウイスキーのマスターの称号をもっている。会うのは二度目だ。
 「よく手には入ったね、さすがだな」
 ほめられるといくつになっても嬉しいものだ。
 「これを飲みたいお客さんがいるのですか」
 「うん」
 「すごい値段でしょうね」
 「まあ、シングルで1万8千というところかな」
 ダブルだと3万6千ということになる。一本約700ml、シングルは1オンス、30mlだから23杯と少しとれる。もうけはほとんどない。こう言った珍しいウイスキーは、儲けより、ステータスになるのだろうと思ったのだが、彼の言うことは違った。
 「実はこのウイスキー、よくくる人が馬券をあてたので、一度飲んでみたいとたのまれたのだ。これに全部つぎこむんだって、味のわかる人でもあるし、お宅に頼めばなんとかなると思ってたのんだんだ、助かったよ、明日、仲間でここを貸し切るっていうんで、その目玉のウイスキーにしたいらしい、だから、一本丸ごとだすことになるわけ」
 渋河さんはこともなげに言った。
 「まにあってよかったです」
 「一杯飲んでいく」
 この店は高いウイスキーもあるが、渋河さんが趣味でやっているようなところなので、ほかの飲み屋と変わらない価格でも飲める。しかも彼の選んだいい酒である。
 うなずくと、「これ、ダブルであげよう」
 そういって、古そうな瓶を取り出し、そのままグラスに注いで、チェーサーと一緒に出してくれた。グレン・ユーリー・ロイヤルだ。これももう造られていない。
 「こんな高いの大丈夫かな」
 支払いが心配なので言うと、ふつうの値段でいいよ、とナッツをだしてくれた。
 香りがいいウイスキーだ。それが千円で飲めたのはラッキーだった。
 渋河さんにカクテルレインボーができるか聞いた。若いときにはカクテルも一通り練習したし、日本酒はもちろん、いろいろな国の酒も試したと言っていた。それで渋皮さんは、
 「色は七色じゃないけど、七カ国の酒を積み重ねる、カクテルインターナショナルレインボーを作ったことがあるよ、お客さんは七つの国の酒をストローで楽しんでくれた。ウイスキーは比重が皆同じ程度なので、ウイスキーだけのレインボーは無理だけれど、七つのウイスキーに砂糖を入れ、比重をかえて、レインボーウイスキーっというのをやったんだ、ウイスキー党にはうけなかったな、甘みの加わったウイスキーはちょっとね」
 と笑っていた。
 次の日にはアイリッシュウイスキーを5ダース見繕ってほしいという銀座の飲み屋からの注文がはいった。大口は珍しい。納入は一月後ということなので時間がある、ロンドンのバイヤーに探してもらうことにしてメイル連絡をした。以外に忙しかった。
 さあ、明日になれば仕事場のメンバーがそろう。一週間後には夏休みをもらおう。
 こうして、課長と二人の仲間の夏休みがおわって出勤してきた。
 うまい具合に、ロンドンのバイヤーから、アイリッシュウイスキー5ダースはすでに発送手続きしたことの連絡があり、関税手続きと会社への輸送の依頼をいつもの運送屋にたのんだ。三日後にはそれが届き依頼主にとどくはずだ。
 紅天狗茸の酒については通産省に申請書類とサンプルをもっていった。厚生省にも書類を作った。これに関してすぐには許可が下りないだろう。休みをもらうまでも少し忙しかったが、身の回りはだいたい整理がついたので、四日間の夏期休暇を申請し許可も下りた。
 あとは出かけるだけである。
 信州の手頃の山を歩いて写真でも撮ってこよう。露天風呂のある少し大きなペンションを三泊予約した。小淵沢駅までペンションの車が迎えにきてくれる。選んだのは名前もよかったからだ。ペンションレインボーだ。
 いってみると、家族経営だが、大学生や近くの人がアルバイトにはいっているかなり大きなペンションだった。
 案内された部屋もトイレと洗面所が備わっているホテルなみの仕様である。主人にちょっとした山歩きによいところを尋ねると、いくつかのルートを地図上で示してくれた。
 「林の中に入ればもういろいろな茸がでてますよ」
 と茸についても教えてくれた。
 このペンションは天然茸の料理を出してくれることでよく知られていると後で知った。
 「ペンションの名前がレインボーだけど、このあたりは虹がよくでるのですね」
 「そうなんです、雨の後は必ずでますよ、内の庭にもかわいい虹がかかります、それでペンションの名前にしたのですけどね」
 「そうでしたか、見ることできますか」
 「八月のおわりになると、このあたりでは、毎日、急に雨がふるので、今なら必ずでます」
 「それは楽しみです」
 「虹の写真を撮りに来る方もいますよ」
 ペンションは林のわきにある。主人は林の方をさして、
「今日はハイキングの時間はないでしょう、隣の林の中を歩いてみると、きれいでかわいい茸がでてますよ、食事は六時からですから、一、二時間も歩くと食事の時間です」
 僕は部屋に荷物を降ろすとカメラを抱えて林に入った。林の中は以外と明るくて、ひんやりと寒い。信州の八月の終わりは秋だと誰かが言っていた。下草の陰にはペンションの主人の言うように、きれいだけではなく、おもしろい形の茸が生えている。林の中を道なりにぶらぶら歩いていくと、木が切り倒され、ちょっとした広場になっているところにでた。時計をみると、まだ歩いて二十分もたっていない。切り株がちょうどいい腰掛だ。広場の真ん中に焦げた土が露出している。そうか、キャンプファイヤーのようなことをやるところか。そう思って、切り株に腰掛けた。
 周りから赤や黄色の茸が顔を出している。頭上を見上げた。会社のあるビル街の空を歩道から見上げたときの、並んだビルの先端に囲まれた細長く切り取られた空とは大違いだ。そそり立つ木々の先に囲まれて空が丸く切り取られて、上へ上へと伸びている。円盤にのったまま上空にのぼっていきそうだ。
 目をおとして、茸たちをみると大小さまざま、かわいいのから、ちょっと汚れてすごんでいるやつ、そ知らぬ顔でつんと立っているやつ。茸を意識して見たのは初めてかもしれない。あんな夢を見たおかげだろう。夢の中で、大きな茸が茸の化石が虹を作っているといっていたな。
 茸たちをみていると、動き出しそうで、確かに動物にもみえてくる。菌類って言うのは植物でも動物でもないって言ってたな。それで化石っていうのは生き物と石の間で、DNAで増えるのが生き物、別の方法で増えるのが石間なんて言ってた。何でこんなに細かく夢のことをおぼえているのだろう。
 そうだ、それで虹にとりつかれて、虹のたもとを見るためにここにきたわけだ。
 足元を見ると、七つの小さな茸が黒っぽい石の周りに輪になって生えている。
 マツタケだって、一つ見つけたら回りぐるりと探すといくつもみつけることができるということだ。マツタケは菌輪を作ると誰かに教わった。お互い手をつないで顔を出すんだ。
 七つの茸を見ると、傘の色がみな違う。赤橙黄緑青藍紫。あれ、虹の色か、と見つめていると、急に薄暗く感じた。日が翳ったのかと、空を見上げると、白く筋のようにあった雲が全体に広がり林を覆っている。陽が雲に隠された。だんだん暗くなる。雲を見ると黒っぽくなってきた。すーっと涼しい風が頭の上を通っていく。
 さーっと、あたりが暗くなり、もやってきた。体がしめってきて顔がつめたい。周りが見づらくなってきた。さみしくなる。山の中では、夕方になるとよくあることだ。
 雨が降り出すとまずい、もどったほうがいいかもしれない。
茸の傘が光り始めた。何だと見ていると、茸から光の筋がではじめた。光の筋を追っていくと、木々に囲まれた空の雲に丸い七色の輪が映っている。
ブロッケンの怪現象は自分の陰の周りに光の輪ができる。紅輪だ。ちょっと似ているが、今見ているのは虹色の輪が、広場の周りに立っている背の高い杉の木の天辺に囲まれた空にある。一番外側が赤い色、内側が紫だ。やっぱり虹か。
 七つの茸が虹の輪を作りだしている。
 しばらくみていたのだが、だんだん虹の輪がかすれてきた。もうすぐ終わりになりそうだ。
 あ、わすれていた。写真だ。あわててカメラを空に向けたが、すでに色が消えかかり、黒っぽい雲だけになっている。茸にカメラをむけた。おそかった。
 七つの茸が真ん中の石に吸い込まれていく。
 見る間に茸はいなくなり、草の中にコブシほどの黒い石があるだけになった。
 そうか、この黒い石の中に茸の化石が入っているに違いない。
 僕はそれを拾うと、ペンションレインボーにもどった。
 「林の中はどうでした、茸がたくさん出ていたでしょう」
 オーナーが声をかけてきた。
 「ええ、ちょっと行ったところの広場で、空に丸い虹が出ました」
 「あ、あの集会場ですか、町に断れば、夏はキャンプファイヤーなどもできるところですよ、あのあたりは茸がよくでていたでしょう」
 「はい、それで、茸の化石だと思う石を拾いました」
 僕は拾った黒い石をオーナーに見せた。
 「これが茸の化石ですか」
 「ここから虹が出ました」
 「はあ」
 オーナーはそれ以上何も言わず「もうすぐ食事ですから、食堂のほうにどうぞ」といって、厨房のほうにはいっていった。
 僕は部屋に戻るとデスクに石を載せて、食堂に行った。食堂には二組の家族と、学生らしい若い男女が四人、それぞれのテーブルについていた。
 茸の料理がいろいろでてきて、どれもうまかった。だが、食事が終わったらあの石をどうやって割ろうかと考えていたので味に集中できなかった。
 食べ終わると、オーナーをつかまえて、石を割る道具がないか聞いた。
 「あの石を割るんですか、化石がはいているとは思えませんが」
 「虹が出ていたんです、きっと入っています」
 オーナーは「ああ、化石の専門家でいらっしたんですか、でも石を割るものをおもちでないんですか」
 僕は「忘れてきたんで」といい加減な返事をした。オーナーが、「にじ」を専門用語か何かと勘違いしたようだ。
 「石が割れるかどうかわかりませんが、かなづちの大きいのならありますよ、使ってください、だけど、明日でいいですか、もう暗いし」
 「あ、もちろんです、よろしくお願いします」
 僕は部屋に戻ると、虹を出した石をじっくり手にとった。意外と重い。ティシューで吹くと、黒光りがしてきた。きれいな石だ。
 明日が待ち遠しい。
 露天風呂もゆっくり入らず、すぐに上がると、石を抱えて寝てしまった。

 あくる朝、朝食のときにオーナーがかなづちを持ってきてくれた。庭の先に大きな石があるので、そこでたたくといいと親切にも教えてくれた。
 黒い石をそこでたたいた。びくともしない。下の石のほうが割れそうである。
 これではだめだ。オーナーに石を割る道具を売っているところはないか聞いた。
 「ありませんね、ただ、線路を渡った向こうの集落に、石屋さんがありますよ、歩いて30分ほどかかりますが、そこなら割ることができるでしょう、営業は10時からだと思います」
 にこやかに教えてくれた。
 しめた、これで中の化石を取り出せる。必ず茸の化石があるはずだ。何せこの石から虹を作る光が出た。
 お礼を言って、9時半になって、ペンションをでた。
 十分ほど歩くと、踏切が見えてきた。踏み切り間際になると、ちょうど電車が来るとみえて、かんかんかんと、なり始めた。
 子供のころ育った家のそばに踏切があったことを思い出した。自分もいたずら坊主だった。線路の上に一円玉を置いて、電車が通過した後に薄く延びた一円玉を拾って喜んでいた。子供が遊んでいるという通報があったのだろう、親から線路には絶対に入るなとお目玉をくらった。
 そうか、この黒い石を線路の上においておけば、割れるに違いない。
 鳴り始めた踏切を渡りながら、黒い石を線路の上においた。そのまま通り過ぎ、ちょっと行ったところで振り返った。
 うわーあー
 急ブレーキをかけたらしい電車がきーきききーとすごい音を立てた。もうもうと砂煙が上がっている。
 ひゃー、僕はあわててその場から逃げてしまった。
 どこをどう歩いたか覚えていないが、ペンションに戻った。
 おまわりさんがきていて、僕は逮捕されてしまった。
 留置場に入れられ尋問を受けた。
 次の日の新聞に僕の写真があった。
石を線路に置いた妄想男とあり、脱線した電車と、真二つにわれた真っ黒な石の写真が掲載されていた。珍しい黒曜石ともあった。幸い乗車していた人たちは、運転手を含め怪我はなかったとあった。
 茸の化石じゃなかったんだ。
 僕は刑務所を出たら、また探そうと思った。

 

虹茸

虹茸

虹のふもとに石間(生命と無生物の間)があると茸に教わった男、探しに行く。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 青年向け
更新日
登録日
2024-03-15

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