蝶の化身

その日は、なんとなく、不思議な感覚だった。
だからしたためたのだと思う。空想か、現実か、それはどっちでもいいお話。

9月、台風接近の蝶

液晶画面からは残暑厳しく、いつまで続くのでしょうかと女子アナウンサー。
それに熱気を帯びて、この影響は沖縄付近の台風によるものですと、動作を交え気象予報士は応える。あとは知らぬ顔のように、九州四国地方はこれからも豪雨による土砂災害に注意してくださいと付け加え。

そんな九月下旬。僕の住んでいる外は土砂降り。


夕方5時。着替えをする部屋はテレビの明かりだけ。支度し終え傘を手に、豪雨の街の中に。大粒の雨は風に煽られ、街にぶつかり、霧のように煙りに包まれている。
傘が唸りをあげる。カッパの方が良かったなと思う横殴りの雨。傘で顔を覆い隠すかのように、僕は一歩一歩進んだ。傘のおかげで足元しか見えない、そんな道は厚い水が川と化していた。もうすでに、裾も靴もびしょびしょだ。


繁華街に近くも、こんな荒れた天気のもとでは、普段よりも森閑とした街路樹の楠木が並ぶこの通り。
大きく膨らませた枝葉の下を通り過ぎるたびに、傘の唸りは大人しくなる。そのリピートを聴きながら、歩を進める。タイル張りの歩道は、素知らぬ顔でのっぺりとしたまま。
聞こえるものは唸り以外、風音だけだった。

するとふいに、
「こんにちは」
と挨拶がはっきり聞こえた。風雨で顔を隠すように傘を差していたので、自分にだとは瞬時には分からなかった。僕は遅ればせながら、自分にだと気がつき、すれ違い去るところを、顔を向け挨拶を返した。自転車を、少年がこいでいくのが目に入った。


何気ない、挨拶の交錯。しかしなにか気にかかった。その少年は、こんな豪雨の天気なのに、カッパどころか傘もなにも持たずにこいでいた。
それもまるで晴れの日のように、ゆったりと自転車をこいでいたのだ。

何かを確かめたくて、振り向いたが、もう見当たらなかった。通って来た道は当分それる道はないはずなのに。

僕は少しだけ疑問を抱きつつも、また街路樹と唸りの強弱のリピートに戻っていた。相変わらず、歩くタイルの歩道はのっぺりと、表情は変わらないまま。けれど、若干傘を唸らす雨音は激しく鳴ってきたようだ。僕はより、傘を顔に近づけ歩を進めた。


ふと傘の陰から白いものが目について、足を止める。今度は自分から気がついた。

よく見るとモンシロチョウが、雨の花が咲き乱れるタイルの上で羽根を垂直に立てて、そこにいた。僕の傘によって、その花がなくなってもぴくりともしない。僕たちの足下に雨水が流れいっていた。


なぜか傘を上げて、周りを見渡した。後ろにも誰もいない。傘は唸った。


そして僕は、垂直に立てた羽根を優しく掴み、楠木の下の花壇に植えられたドームのようになってる小さな木々の中に、そっと招いた。そのモンシロチョウは足を静かに動かし、細い枝にとまった。傘の唸りは静かだった。


台風天気で、油断したのかと思いつつも、僕はこんな天気の日に、しかも草木や陰にとまっているのではなく、モンシロチョウが堅いのっぺらとした地面に羽根を立て生きたままいる光景は初めて目にした。

蝶の化身

書いて、穏やかになったことを覚えている。
これは昨年の晩夏、9月の台風の時期に書いたもの。
けど、この時期にあげたくなった。

蝶の化身

9月の台風が接近している時期。 ニュースのお天気キャスターは知らぬ顔でお仕事。 外に出かける僕。横殴りの風雨。めんどくさがりの傘さしが身体をあっという間に濡らしていく。 視界が足下だけになってしまう傘をさしながら歩を進めていくと、少年の挨拶。晴れの様に全く雨を感じさせない格好と雰囲気との出会い。 振り返ったときは確かめられない出会い。 少し歩くと、モンシロチョウが目に入る。土砂降りの地面に佇んでいるのを発見する。不思議な発見。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-01-17

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