雪水晶
私が初めて書き上げた悲恋小説をここに
おいてみたいと思います。
彼女への……
雪水晶
十一月二十日。今日は吹雪が激しい陽気。
しかし、それを実感するどころではなかった。
理由なんてはっきりとは言えない。
だが、この無機質な棺桶を背負ってる人々に続くこの焦燥感がそうさせているのだと思うのだった。
三日前まで僕は都内で仕事中心の一日を送っていた。
そうだ。あんな知らせが来るまでは…
それは突然いつもは掛かってくるはずのない母親からの電話だった。
『明比(あきひ)が亡くなった』
久々の電話にも関わらず葬儀の日程などの最低限のことを伝えられただけだ。
その瞬間、僕の目の前は真っ暗に閉ざされたように感じた。
寺田(てらだ)明比。
明比はかつての僕にとって光だった。生きがいだった。
彼女との出会いは十年前、祖母の一周忌の親戚の集いだった。
当時の僕は親に愛想を尽かされていた事に絶望を通り越して諦めに入っていた。
理由は分かっていた。僕が周りに自慢できるようなとりえのないただの凡人だからだ。
僕が言うのもなんだが、僕の家は昔から由緒正しい家系だった。
相手の発言に謙遜しながらも倅を自慢しあい、身内内での皮肉の入ったお世辞。
僕はこの会話を毎年聞くのが嫌で、離れにある蔵の埃のかぶったピアノを弾きに途中で抜け出してしまう。
「哀しい曲だね」
「!?」
突然背後からかぼそく、けど聞いていると癒されるような声がした。
……弾くのに熱中していて気付かなかったな
「……」
「技術的なところはまだまだってところだけど、君のピアノには人を引き付ける何かがあると思う」
彼女はいかにも誰かの受け売りのような口調で言い放った。
僕はむきになり、
「……ピアノは趣味だから」
と格好をつけてみた。
「ふーん……もったいないな」
「そんな綺麗ごとこの社会じゃ通じないさ…親にこれ以上迷惑をかけられない」
「君は冷めた子どもだね……」
彼女はそう言うと、自分の髪飾りをとって僕の手のひらにそっと乗せた。
「これは?」
「うーん今後君を守ってくれるおまもり? みたいなものかな君にあげるね」
「……ありがと」
僕は彼女にお礼を言うとその赤い彼岸花の髪飾りをしばらく見つめ、そっと握りしめた。
それが僕と明比の出会いだった。
七月二十日か…
いまだに死んだことが信じられない僕だが一週間前に休もうと思い立ち、早速行動に出ようと次の日に上司に伝えた。
自宅からトランクを引っ張り出し、着替えだけを詰め込んだ…そうだ飛行機も予約をしなくては
それから故郷に帰るまでというもの酒を飲んで寝るだけの生活を送っていた。
彼女に向けるあの感情…あれは愛だったのか?……いいや愛と呼ぶにはあまりにも憐れすぎた。
脳裏には彼女の笑顔が浮かんでいた。
気が付くと、雪が積もる大地を踏みしめながら、ただ無心に一歩一歩寝不足で少しよろめきながら歩いていた。
僕の故郷は北海道の根室だ。この時期の根室の気温は氷点下はざらだった。
桜がかつて咲いていたこの木々らはすでに枯渇し、さびしいこの土地をよりさびしい風景へと変えていた。
僕は白い息を吐きながらそのさびしい情景の路をただ黙々と歩みすすめ家路に向かった。
「和久(かずひさ)!連絡なしに急に帰ってきて」
玄関の扉を開けると急に母親からの怒声をあびた。
だが僕は、僕は、まともに親の表情もうかがわずにかつて自分の部屋だった階段を上ったすぐ上の子供部屋へ逃げるように入った。
高校時代まで使っていた僕の部屋は当時のまま物が至る所に散乱していた。
彼女の葬式は明日だ。
いまだに彼女の死を乗り越えられてはいないのだが、喪主を頼まれた以上それにもう子供ではないので言い続けられてはいけないとわかっているからだ。
ぼうっと見つめていると机の上には、明比と僕が笑顔で写っている写真が目に入った。
「和久―っ」
階段下から明らかの怒りを示したような母親の声がした。
僕はめんどくさいと思いながらもクローゼットに羽織っていた上着脱ぐと階段を下りた。
「連絡しないで今までどこで何してたのよ」
…よく言うよ。そんな息子に一切電話もかけてこなかったくせに…。
これがしばらくつづくのだと思うと無性に母親の説教から抜けたくなって僕はコートも羽織らずに外へ飛び出した。
「神ノ杜(かみのもり)神社」
歩き疲れてたどり着いた先は僕たちがひそかに会っていた場所だった。
広くてさびしい家に暮らしていたせいか小さなとても古い神社というのは僕にとって安らぎを感じていた。
二人で会って話すものは僕の一方的に話す親の悪口がだいたいだった…だけどなんだが彼女に聞いてもらうだけで心が温かくなるような気がした。
…懐かしいな。
そう思った時だった。
「…くん?ねぇ…そう、でしょ?」
あのか細く懐かしい響きがした。
…明比の声と全く同じ…?明比…?
しかし不思議とあまり驚きはしなかった。
それはいまだどこかで生きていると信じていたからだ。
「ねぇ和君でしょ?大きくなったね」
そう言って彼女は僕の肩を触った。
僕はいてもたってもいられず後ろを振り向いた。
それは昔そのままの姿の明比だった。
「明比…なんで」
「わかるわよ気になってた男の子ならなおさらね?」
「え?」
信じられなかった。
僕は眼中にない存在だと思っていた。
「いっつもここにきてお母さんの悪口言ってた厄介な人間としか印象がなかったと思ってた」
「そんなことない。嬉しかったのなんだかあなたが私だけに心を開いてくれてたみたいで」
彼女の頬はとても赤くなっていた。
「大丈夫?寒くないか」
「ううん…そうそれに悪口を言ってる時もあなたの優しさが垣間見れたの」
僕は昔の僕がそんな優しい人間だったかと疑問が湧いた。
「それにね」
「…?」
「和君それで帰ってきたみたいだしわかってると思うけど、死んでるの…」
「え?」
じゃあ何で触れられるのだろうか?
地面に一気にたたき落とされる気持ちになった。彼女が生きていると思ってたのに…
「じゃあなんで触れられるんだ!」
僕は泣きながら彼女に問うのだった。
「決まってるじゃない…」
…ワタシヲコロシタモノヲアヤメルタメニシニキレナカッタ
その続きを聞いたときそれよりも初めて張り付いたような彼女の冷ややかな笑顔を目の当たりにした方がはっきり言って衝撃だった。
だけど…
「…君は無理をしている」
「なんでそんなことがわかるのよ!」
「君の手から嫌でも伝わってくるんだ…。」
《和くん…一人ぼっちは寂しいよぉ》
そう彼女は本心では泣いているのだ。
「でもね…さびしくないよ?」
「どういうこと?」
「君は何も考えないで目をつぶっていればいいんだ。」
僕は彼女の問いかけも聞かずに視界を手で覆い隠し、これからやることを見せないようにした。
「…もうそっちに向かうから、だから…」
そう言いかけると僕もゆっくりと目を閉じた。
白い雪が降り積もる中、近くに海は存在し無いはずなのに波の音が僕の耳元の近くで子守唄のように聞こえた気がした。
雪水晶
今回の『雪水晶』というのは起きた時の早朝の寒さで閃いたのが
きっかけで空から落ちるまでは冷たい(孤独)ですが手(愛情)で触れると消えてしまう雪のイメージで書いてみました。
一生懸命作りましたので、あまり文章を読むことを好ない方でも読んでくださるととても嬉しいです。