機械みたい

 朝8時、重い足取りで階段を下る。
 起きて2分、寝間着のままゴミ出しに行く。
 燃やせるゴミを、青いネットの中へ。
 機械みたいな動き。毎日同じことの繰り返し。

 昼過ぎ、草臥れたジャンバー羽織って家を出る。
 アルバイト、機械で済むような仕事。
 ガリ、ガリ。イヤホンしてても聞こえる、靴底がコンクリートに擦れる音。酷いすり足。
 どうせすぐだめにしてしまうから、靴はホームセンターでまとめ買いしている。
 人とすれ違う時、なんとなくいつも目を伏せる。昔はどんなふうに歩いていたんだっけ。

 俺じゃなきゃだめなことなんて、ひとつもないけど、性には合ってると、そう思ってる。

 夜8時、バイトが終わる。
 帰りに、普段は絶対行かないゲームセンターに寄った。
 カードゲームをやっているスーツ姿の中年。あれかわいくない?とでかいぬいぐるみの方を指差す男と、それを一瞥もしないでメダルに夢中になってる女。若者。親子。いるだけで何かに支障をきたしそうな音楽。
 散々歩き回って刺激されたのは結局食欲で、適当なお菓子のクレーンゲームで遊んだ。結構とれた。つまみにしよう。家にはまだ焼酎が残ってたはずだ。表情こそ変わらないものの、楽しげな気持ちで店を出た。
 静かな夜の帰路。月を見上げながら歩く。

 俺じゃなきゃだめなことなんて、どこにもないけど、ここにいちゃいけないなんてことはないと、そう信じてる。
 
 夜9時、家に着く。
 ちゃっと風呂を済ませ、軽く冷凍うどんだけ食べる。洗濯したり、明日のゴミまとめたり、やるべきことが終わったら、あとはやり過ごすだけ。夜は残酷なほど長い。朝になってみれば、短いとも感じるけど。
 借りていたDVDをつける。レシート見たら明日までだった。半ば義務のように映画を観ながら晩酌する。
 ゲーセンでとったお菓子を一通り食べてみる。中には合わないものもあったが、焼酎の紙パックはみるみる軽くなっていった。
 またグラスが空になる。おかわりを注ぐ。しかし映画に見入っていたので、手元が狂ってこぼれてしまった。
「ああ」
 起伏のない声。ティッシュを3枚抜く。押し当てて、拭く。そのゴミを机上に放置する。
 少し巻き戻す。
 冷蔵庫に食べかけの鮭とばがあったのを思い出したので、それを用意して晩酌(と映画鑑賞)を再開した。

 つまらない、と女が言う。そうだよな、と俺は思う。
「機械みたいね」
 何百回、何千回と過った言葉。
「機械みたいに」
 ことあるごとに唱える言葉。
 いつか本当になればいいけど。

「あはははは」
 隣から聞こえる笑い声で我に返る。
 隣の人はよく笑う。一度、うるさかったですよね、すみませんと謝られたことがある。
 いつも一人分の笑い声。いつも一人分の泣き声。
 こんな夜はついうっかり、その声に絡め取られてしまいそうになる。

「おはようございます」
 その一言をバラバラに分解して、ひとつひとつ自分に擦り込む。
「おはようございます」
 ただその一言だけを、必死に掴んで、離すまいと力を込める。
「おはようございます」
 その声色と、唇のイメージが、俺の中で痛いほど膨れ上がる。
 出してしまうのが怖い、形にしてしまうのが怖い。心の中で名前を呟くことさえ怖い。自分にふれることが、本当は怖くて仕方がない。
 そんな俺が、あなたの心にさわれるものか。
 この弱さ、拾ってくれる人間が、一体どこにいるっていうんだよ。
 喉で押し殺した熱い息が、変な音になって、寒々しい部屋に響く。
 机に突っ伏して、そのままズボンの中で出した。
 なぜだか涙が滲む。なんだか頭がチカチカする。
 ああ、埃が舞ってるみたいだな。
 蛍光灯に照らされた部屋で、きらきらと光るそれが、床に落ちていくのをただじっと待っている。
 片付けることもできなくて。隅の方に溜まってく一方で。
 孤独に身を捩る度舞い上がる、埃みたいな恋吸い込んで、アレルギー起こすようにのたうち回る。
 笑えるな。
 また笑ってくれるかな。

 ――朝7時。薄暗い部屋で目を覚ます。
 無理な体勢で寝てたから、体のあちこちが痛い。
 テレビにはDVDのメニュー画面が映ったまんま。つまみのゴミもそのままで、昨夜出したあれも、こびりついたままで。
 ああ、やっちまったな、と思う。
 替えの下着あったかなあ。昨日まとめて干したから。乾いてるといいなあ。
 ベランダに出る。朝日が目にしみる。
 乾いてたやつだけ、とりあえずベッドの上へ。もう仕舞うこともなくなったな。
 朝日が目に痛い。カーテンを閉める。

「機械みたいね」

 そうだ、俺は機械なんだ。だから何も感じないし、何も欲しがらない。
 今日も俺はゴミ出しに行く。
 機械みたいに、何も考えず、分別して、袋に詰めて、決まった曜日、決まった時間に出しに行く。
 そうやって生きてれば、何も壊れないはずなんだ。
 機械みたいに生きてれば、何も失わないはずなんだ。
 そしたらまた、ゴミの日に会えるはずだから。

機械みたい

機械みたい

散文。すべて妄想。

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2024-02-29

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