カレーは食卓にて
孝也はアパートの階段をのぼりながら携帯を覗いた。
八時か…。
カギを差し込む前にドアノブを回すと案の定ドアが開いた。
孝也はちょっと困った顔をして中に入ると同時に慣れた手つきでカギを閉めた。
開けたままのカーテンから月明かりが入り込みソファーに座る早紀を柔らかな光が照らしていた。
孝也は近づいて行き早紀の頭を軽く叩く。
「何してんだよ」
早紀はビクッと身体を震わせ驚いた顔をして振り返った。
「何でもないよ…」
言いながら抱えていた膝を下ろしソファーに座り直した。
「そう…」
孝也は早紀の隣に座った。
「何で電気つけないの?」
「何となく…」
「そっ。あっそうだカギちゃんと閉めろよ」
「開いてた?」
「開いてた」
「ごめん…」
孝也は楽しそうに早紀の顔を覗き込んだ。
「今日はやけにしおらしいじゃん。何かあった?」
早紀はゆっくり目線を反らしながら言う。
「何もないよ…」
「そっ…」
孝也は横目で見ながら言った。
「何かあったんだろ。言わなくてもいいけどさ…。電気つけるぞ」
「うん…」
孝也はソファーから立ち上がり壁沿いのスイッチを押した。
「夕飯食べた?」
早紀は首を横に振った。
「そっ…。昨日カレー作ったんだけど食べる?」
「いらない」
「そっ」
孝也は小さく嘆息すると再び早紀の隣に座った。
「久しぶりに会ったのにそんな顔すんなよ」
「うん…」
「何か言いたげ、何だよ」
「…お姉ちゃんと付き合ってたんだよね」
孝也は口ごもるように「あぁ」と言った。
「私とお姉ちゃんって似てる?」
「いや、似てないよ」
「じゃ、どっちが好き?」
「どっちって真紀は…」
「どっち?」
と言う早紀は何か思い詰めたような顔をしていた。
「…早紀」
「ウソつき…」
「ウソじゃないよ」
「今でも孝也はお姉ちゃんが好きなんでしょ…。私がここに来るようになったから片付けたんでしょ、お姉ちゃんの写真。本当は飾っておきたかったんでしょ…」
「違うよ…」
「何が違うの。本当は私がここに来ることだって迷惑だって思ってるんでしょ…」
「思ってないよ…」
「いつまで私はお姉ちゃんの変わりをすればいいの?」
その一言に反応した孝也は真剣な顔をして静かに怒った。
「俺がそんなこといつ頼んだ…」
「…でも孝也は私を見ていても結局お姉ちゃんを見てるじゃない」
「見てないよ」
「見てた! 私はいつもお姉ちゃんの変わり…」
「変わりじゃないって」
「変わりだよ…」
孝也は早紀の赤みがかって湿った頬に手を触れようとすると「イヤ」と撥ね除けられたが「ちゃんとこっち見ろよ」と頬をグイッとこちらに向けさせた。
「何でそんなこと考えるかね…」
「だって…」
「だって?」
「お姉ちゃんに勝てる自信ない…」
「持てよ。こいつは私に惚れてるって自信ぐらい…」
孝也は早紀の唇にキスをしたあと軽く唇の端を持ち上げ笑った。
「スキンシップ」
「うん…」
「カレー食べる?」
「うん…」
- end -
カレーは食卓にて