還暦夫婦のバイクライフ28
ジニー&リン、善通寺で祈念する
ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を迎えた夫婦である。
2024年1月1日、能登半島で大地震が発生した。家でだらだらしていた二人は、突然の携帯のアラートにびっくりした。地震警報だ。
「何事!」
ジニーがテレビをつける。臨時ニュースが始まって、能登地方で大きな地震が発生したことを伝えていた。NHKのアナウンサーが、津波が来るからすぐに逃げてと連呼している。
「ジニーこれは結構ひどいんじゃない?」
「う~ん、状況がイマイチわからん。あ~、家が倒壊した。薄暗くてよく見えんけど、津波も来てるかもしれん」
それからのテレビは、正月特番を引っ込めて、地震関連のニュースで埋め尽くされた。それらを深夜まで見ていた二人だったが、被害の状況はよくわからなかった。
「リンさん、明日は善通寺に初詣に行くか」
「善通寺?いいけど何で?」
「いや、なんとなく」
「ふ~ん」
そうして2日は善通寺に行くことになった。
1月2日朝10時、深夜までテレビを見ていたジニーが目を覚ました。寝不足の体をやっとのことで起こし、台所に行ってお雑煮を作り始める。テレビをつけると、地震関連の番組や、お正月特番もやっていた。ジニーは箱根駅伝の中継を見ながらコーヒーを入れる。
「お早うジニー」
「お早う。リンさん餅いくつ?」
「そうねえ、3個くらいで」
「了解」
ジニーはお雑煮に餅を3個追加する。先に入れていて煮えた餅をお椀に取り、リンの前に置いた。
「ありがとう、いただきます」
ジニーも自分の分をお椀についで、食べ始める。
「ジニー地震どんな?」
「思ったよりひどいな。津波に関してはよくわからん。情報があまり無い」
「そう・・・。さて、用意しますか」
朝食を終えた二人は準備にかかる。完全冬装備のウェアに着替えて外に出る。ジニーが車庫からバイクを引っ張りだし、リンは自分のバイクをセットする。ジニーはバッグを取り付けてからヘルメットを被り、インカムのスイッチを入れた。
「リンさん、聞こえる?」
「聞こえるよ。さて、行きますか」
10時45分、二人は出発した。まずはスタンドに寄って給油する。その後はなみずき通り経由で松山I.Cより高速に乗った。
「リンさん、入野P.Aで休憩する?」
「いや、そのまま善通寺まで走ろう」
「大丈夫?結構あるよ?」
「平気。一度止まると再出発が手間だから」
「なるほど。真冬のツーリングあるあるだなぁ」
ジニーが前を走る。走行車線を走る車列に交じり、制限速度ー10Kmでのんびり走る。時々追い越し車線に出て遅い車をかわし、再び走行車線に戻る。いつもなら止まる入野P.Aをスルーして、さらに走ってゆく。県境を越えて香川県に入り、そこからしばらく走って見えてきた善通寺I.Cで高速を降りる。R319に乗り換え、南に走り、県道48号との交差点を右折する。車は順調に流れていたが、善通寺駐車場の近くでがっつりと止まった。
「リンさん。駐車場渋滞かな?」
「そうかもね」
一度止まった車列はゆっくりと動き始めて、思ったより早く駐車場入り口にたどりついた。ここの駐車場は二輪車無料で、しかも二輪車専用入り口がある。止まっている車列を横目で見ながら入場して、二輪車専用駐輪場にバイクを止めた。
「やれやれやっと着いた」
「ジニー今何時?」
「え~っと、12時45分だね」
「家出て2時間か。さすがに疲れたぁ」
「だろうね」
二人はヘルメットを脱いでバイクに固定した。それから境内に向かって歩いてゆく。周りは初詣の人でごった返していて、思うように歩けない。御影堂へのお詣りする人が列をなしていて、最後尾が全く見えない。
「わあ、リンさん御影堂は無理だな。ご本尊を拝みに行こう」
「うん」
御影堂へ並ぶ長い列の横を歩いて、ご本尊へ向かう。長い列は金堂の前から始まっていた。ジニーとリンはご本尊を拝む行列に加わり、少しずつ前進してゆく。最前列にたどりついた所で、深く祈念する。
後ろの人に場所を譲り、石段を下りる。
「ジニー、熱心に祈ってたねえ。何を祈ったの?」
「能登で罹災した人達が、これ以上ひどい目に合わないよう祈った」
「私もそんな感じかな」
「僕たちにできることって、せいぜい祈るか募金に応じるかくらいだもんね」
ジニーが、はあっとため息をつく。
二人はお守りを買って、来た道を戻る。途中、華蔵院に寄って特別な御朱印を手に入れ、再び御影堂への長蛇の列の横を歩いて駐車場まで戻った。
「お土産はいらなかった?」
「うん」
二人は出発準備をする。
「どうやって帰る?」
「来た道戻ろう。善通寺I.Cから高速乗って帰る」
「了解」
リンが先になってきた道を戻りかけたが、警備員に止められた。
「え~、ジニー一方通行だって」
「まじか。表示あったか?」
「わからない。見落としたかなあ」
「仕方ない。左側の駐車場にバイク止めて。向き変えるから」
「わかった」
二人はバイクを駐車場に乗り入れた。出入りする車に頭下げながら向きを変える。
「リンさんついてきて」
ジニーが前を走り、善通寺の裏を走って県道49号に出る。ちょっとした峠を越えて、真っすぐ伸びる道を走ってR11に出る。そこから少し走った所にあるさぬき豊中I.Cから高速に乗り、松山向けて走り始める。
「ジニーおなかすいたあ!」
「そういえば、何も食べてないや。豊浜S.Aでお昼にしよう」
「さんせい」
ジニ
「なにたべよっかな~」
ジニーとリンはフードコートに向かう。
「ジニー、レストラン行ってみない?いつもフードコートだし、たまには覗いてみようや」
「いいけど。確かここはうどん屋さんだった気がする」
「落ち着いて座りたいんよねー」
「わかった」
二人はレストランに向かい、入店する。中途半端な時間のせいか、店内は空いていた。席について重い上着を脱ぎ、メニューを眺める。
「いらっしゃいませ」
お水を持ってきた店員さんに、オーダーする。
「僕はミニ天丼と温ぶっかけで」
「私はてんぷらぶっかけお願いします」
オーダーを確認して店員さんが下がる。しばらくすると、料理がやって来た。
「いただきます」
ジニーは黙々と食べる。ミニ天丼を平らげ、ぶっかけをすすりこむ。
「ごちそう様」
「はやっ!」
リンはまだ半分も食べていない。手持ち無沙汰のジニーは、スマホを取り出してニュースを見る。
「あ、リンさん。やっぱり津波の被害が出てる」
「そうなん。昨日はすぐに日が暮れたから、様子がわからんかったのかな」
「うん。しかも輪島とか、えらいことになっとる。あたり一面まる焼けやんか」
ジニーはリンに映像を見せた。
「・・・阪神淡路思い出すね」
「ああ」
ジニーはスマホを閉じた。
物販コーナーでお土産を買って、15時50分豊浜S.Aを出発した。
「リンさん休憩は?」
「家まで直行で」
「了解」
「どれくらいかかるかな」
「1時間くらいだね」
二人はペースを上げ、日没前に帰宅できるように走る。途中のP.AもS.Aもスルーして、ひたすら走る。松山I.Cから市内を抜けて、17時丁度に家に着いた。
「おつかれ~」
「お疲れ様」
リンはバイクを車庫に乗り入れ、所定の位置に止める。その後ろにジニーもバイクを止めた。家に入り、完全冬仕様のウェアを脱ぎ、身軽になってソファーに腰を下ろす。テレビのスイッチをいれて、夕食何作ろうかなーとぼんやりと考えていたジニーは、信じられない光景を見た。
「何だこりゃ!」
羽田の事故だった。突然火だるまになった旅客機が、滑走路を滑っていく。
「あ~これは・・・・」
ダメかもしれない。そう思わせるくらい衝撃的な映像だった。
「リンさんこれ見て」
「何?・・・・・なにこれ」
「全然わからん。一体何がどうなってるんだ?年明け早々こんなことばっかり。今年はなんだか嫌な年になりそうだな」
後で旅客機の乗客乗員、全員無事だったのが分かった。ただ、衝突した保安庁の飛行機の乗員のうち、5名が亡くなってしまった。
「昨今戦争や事故、自然災害のオンパレード。僕たちにできるのは、ただ祈ることだけか・・・」
無神論者のジニーがそんな事をつぶやくほど、世の中は殺伐とした雰囲気に包まれているみたいだ。
還暦夫婦のバイクライフ28