変態小説家とボク
少し血表現ありますので苦手な方はごめんさい。
読んでいただけるだけで本望です、暇潰し程度にどうぞ。
ボクはとある有名過ぎる小説家の編集者(主に住み込みで夕飯作り、洗濯、掃除をしている)のだが、ボクの担当の先生はとっても頭がおかしいのだ。
例えば昨日の話しだが、ボクが夕飯の買い出しを済ませて帰って来るとボクの担当である先生は目の前で四つん這いになりゼェゼェと呼吸を乱しおおいに苦しんでいた。
そりゃー、苦しみもするだろう。
床一面に真っ赤に染まった絨毯、先生の腹には見事に包丁が突き刺さっていた。
「うあーっ!痛いーっ!いたいーっつ!!!これは痛いぞーっ!!」
ボクは呆れながらまた例のアレかとため息をついて携帯電話で119を押した。
住所と先生の置かれた状況を電話越しに相手に伝えて電話を切ると汗をたらたら垂らしながら痛みに耐える先生の元へ行く。
「包丁。抜いたらダメですよ、先生。血が吹き出るんで…」
「おおっ!キミか!めちゃくちゃ痛くて私は気絶しそうだよ、ふはは!だが、どうだ!これで刺された者の苦しみをしっかり描写できるぞ!」
「その前に死なないでくださいね…」
先生は仕事熱心なのだ。
バカがつくほど、嫌、バカ以上に。
とにかく熱心で困る。
この包丁で自分を刺した以上のことはまだまだある。
そう、例えば犯罪を起こそうとした事もある。
未遂の殺人…とか。
先生は決してバカじゃなくただ仕事に熱心なだけなので一から十まで完璧なトリックを作りあげ、ボクの前の編集者は殺されかけた。
殺されかけた本人は手堅い金を積まれ、上からのお達しで編集を辞め今は何処にいるかもわからない。
そんな事実を隠しておきたいと思う程に先生がもたらす経済効果は凄かった。
先生が一冊出せばそれはもう革命に近かった。
そんな特別な先生なのだ。
その先生は今、腹の傷を癒すために療養中だった。
「なぁ!キミ!」
「はい」
「リンゴは是非うさぎの形にしてくれよ!」
だだっ広い個室の病室でファンから届いた果物に視線を落として先生は言った。
別に剥くとは言ってもないが、先生からのお達しとあっちゃ断れない。
器用にうさぎの形に剥けば先生は喜んだ。
「なぁ、私は変なのか?」
「は?」
むっしゃ…うさぎの形にしたリンゴは皮ごと先生の口のなかに吸い込まれた。
そしてボクは唖然とした。
今更…今更なにを言っているのかと思った。
「変ですよ」
正直に答えた。
「そうか…やっぱり変なのか?」
「そりゃあ、小説ひとつ書くために腹を刺す人なんていませんから」
「バカ!それをしないとな!わからないじゃないか!リアルに!私はリアルにだな!」
「…」
そういえば先生はファンタジーを書くような人じゃなかった。
口癖はリアルリアルと、どうしても現実を描写したがっていた。
その理由は昔、聞いた事があった。
何気なく聞いたんだ。
「なんでファンタジーは書かないんです?」
「…私はね、現実を知りたいからね。本を通して人々に問い掛けているんだ。現実の人間ってどんなんだろうってさ」
ボクにはよくわからなかった。
だが、とにかく先生はいろんな人間を見たい様子だった。
人間に興味津々って感じだ。
赤ん坊が初めて見る玩具に目を奪われるように。
先生は人間が大好きで興味深いみたいだった…。
その変わってる考えは嫌いではなかった、むしろボクは好きなんだと思う。
殺人未遂の話しだって聞いたってなんとも思わなかったしそれ以上に先生らしいと思い尊敬した。
ボクは多分、いや絶対ヘンなんだろうけど、とにかく先生が大好きだった。
子供の頃からずっと先生の作品だけが目の前にあってまぶたの裏にもあった。
目を閉じれば何回だって読み返してた。
私情を挟まないように先生には言ってないし誰にも言わずに胸に秘めているけど。
「失礼します、傷の具合はどうですか~?」
やけに高い声にビクリと体が反応した。
どうやら院内の看護婦が部屋に来たようだ、白い白衣をまとい先生をじろじろと眺めてる。
あの有名な作家だと知っての行動だろう、なぜか嫌気がさした。
「お熱はかりますねー、
あっ。先生の最新作よみましたよ、とっても良い作品でしたー」
するりと取り出した体温計、それが卑猥に見えた。
金、莫大な金。
先生をそれとしか見てない女の顔だった。
こうゆう奴は多い、やはり金持ちにはみんな弱い。
しかし先生はいつもの変なトークは控える。
こうゆう常識はある、というか編集者達に教え込まれたようで決められた文を読んでるみたいな対応をする。
しかし、今日は違った。
「あぁ、ありがとう!キミみたいな若い子に読んでもらってるなんてとっても嬉しいよ」
後々、先生に聞くと次は恋愛物を書くからいろんな女の人と話したいと言っていた。
それから看護婦の女と先生の交際は続き怪我が治ってからも続いていた。
ある日。
ボクが夕飯の買い出しから帰って来ると先生はリビングに居た。
これは珍しかった。
いつもは書斎にこもり一人で作業する人なのでリビングに来る時はご飯時か、腹を刺すなど意味のわからない事をしてる時だけだ。
そんな先生がリビングにいるからにはなにかあると身構えながら言葉を発した。
「先生、どうしました?」
「私は結婚しようと思う!」
「は?」
すると突然すぎる言葉にボクはもうなにがなんやら頭が真っ白になっていて少しの沈黙の後なんとか声を絞り出す。
「そ、それで…?」
「キミもいたろ?あの看護婦さんと結婚するんだ!もうキミにお世話されなくて良いんだ!彼女は此処にすんでもらう!夕飯も、もちろん彼女に作ってもらうさ」
「…え…ぁ…」
「だから!長かったがキミの住み込みでのお世話係は卒業!今までありがとう!」
ここでのボクの対応は…先生におめでとうございますと笑顔を浮かべて退散。
だろう。
そのはずなのに、なんだろうこれは。
まるで尽くしていた旦那に訳もわからず捨てられてしまった女のように…
もしくはドロドロな昼ドラみたいに夫を見ず知らずの若い女に寝取られたような…。
「…先生」
「?」
「おめでとうございます。これ、差し上げますよ」
台所にあったつい先日、先生の腹に刺さっていた包丁をもう一度、同じ場所に突き立てる。
なぜこんな事をしたのかは、きっとボクの頭が可笑しいからだ。
「ふ、…ふふん」
「?」
ふいに笑い声が聞こえた気がしたが、幻聴ではなかった。
ふと先生を見ると。
「痛い、痛いけど…これだーっ!!」
前にも見た事のある表情をした先生が目の前にいた。
まるで何事も理解して次の作品への意欲を高めた表情。
自分で腹を刺した時とまったく同じ表情をしながら脂汗をぽたぽた流しうっすら笑みを浮かべてる。
「次の作品はリアルな寝取られた女の殺人劇!いいね!いいね!キミを選んで正解だ!キミが私の大ファンだった事はお見通しさ!や、妬いたのか?いろいろ小説の参考にっ…ゴフッ !」
「あ…先生」
ボクは携帯電話でまたもや119を押し、助けを呼んでそして先生を見つめた。
どうやら次の作品は恋愛ものなんかじゃなく嫉妬に狂った女の物語らしい。
それをリアルに描きたいがためにボクを騙し利用したみたいだ。
ボクは思った。
あぁ、なんて、なんて
アナタはなんて、
素敵な先生なんだろう!
ボクはまた一層より深く!
先生のファンになったのだった。
変態小説家とボク
読んでいただきありがとうございました!