寝起きで語る“彼”の過去

もうここで暮らすようになってどれくらい経つだろうか

一人で寝るには大きすぎるキングサイズのベッドに寝転がり、豪奢な天蓋を見上げる

シルクのシーツの上に広がるやわらかいホワイトブロンドを指でひと房つまみ、けっこう伸びたなとつまらない感想を抱く

自分の髪の長さなどさして興味もない
次に手に取るは枕元に置いてある幾つかのカラフルな飴玉うちの一つ
乱雑に包みを外し口に頬張る
少年はそれを数度舌の上で転がすと、なんの躊躇いもなく思い切り歯を立てた
ガリっと鈍い音が響き、更に力を込めると飴玉は真っ二つに割れ、そのままバリバリと噛み砕く

へばりつくような口内に広がる甘ったるさが数刻前の出来事を薄れさせた

ここは少年の家ではない
この家の主はかなりの金持ちらしく、ベッドも部屋も今までに見たことが無いくらいに広かった

といっても、今いる場所以外見て回ったことはないし
この場所から外へ出ることは固く禁じられている
正直、この場所ですら動き回ることに対してあまり良い顔をされない

というのも、少年はこの家の“家族”という存在ではなかったからだ

ある日突然、身体が浮き上がる感覚と一緒に視界が変わった
何が何だか分からなくて戸惑っているうちに何処か遠い所で連れて行かれ、眩いライトの中に立たされた
そして今度は「主人」を名乗る男の家――――つまり今いるこの屋敷に連れて来られた

今ならば理解できる
自分が誘拐され、オークションのようなものに“商品”として出品され、金で買われた愛玩少年(ペット)だということに

突然この部屋に閉じ込められ愛玩具として暮らすことになったときには「家に帰りたい、帰してくれ」とただ泣くばかりだった

“可愛がられる”といった行為も苦痛でしかなく、どうして自分を探しに来てくれないのか、自分を忘れてしまったのかと両親や兄を恨むしかなかった

その行き場のない怒りと、先のない絶望を
ひたすら飴玉を噛み砕くことでやり過ごした――


* * *


今日の主人は機嫌が良かったのか、かなり酔った状態で行為に及んだ
至近距離で嗅がされた酒臭い息にこちらまで酔いそうな上に吐きそうでもあったが、少し相手をした程度で寝てしまったのは幸いだった
その後、呼びつけた世話係数人が主人の巨体を運び出し、久々にゆったりとした夜の時間を過ごせる

といっても調度品が豪華なだけのこの部屋で暇を潰せるものといったら本くらいだ
高貴な主人の愛玩少年(ペット)なのだからある程度の知識と教養を身につけろ、とのことで最低限の教育を受けさせられ、本を読む時間も与えられた
躾のなった利口なペットであってほしかったのだろう

教養を身につけるため、教育係と称する男との時間もあったがとにかく最悪だった
部屋に二人きりだからと教育係はかなり身勝手で、最初こそ真面目に学びを教えていたが段々とスキンシップを取るようになってきたかと思えば、何かしらの意図を持って身体を触ってくることが増え、時にはキスを強要され、最終的には主人に内緒で肉体関係を持てと迫ってきた

結果から言えば、教育係は解雇され教育の時間もなくなったため、暇さえあれば本を読み漁り、知識だけは蓄えられていった

本棚に並べられたものの半分は既に読み終えてしまったであろう
背表紙を見れば大体どんな内容だったかを思い出せる程度には記憶に刻んでいる
かといってそのどれもが面白かったわけでも興味深かったわけでもなかた故、他の本を手に取ろうにも何だか億劫になってしまう

再びベッドへ戻り朝まで眠ってしまおうかとしていたところに、微かに外から物音がすることに気が付いた
屋敷の使用人だろうか
泥酔した主人を寝室まで運びに行ったとはいえ、それも1時間は前のこと
さすがに自分たちの宿舎に戻るなりして就寝する頃だ
何事かと様子を伺う間もなく扉は乱暴に開けられた

ずかずかと部屋に入って来るのは全く見覚えのない男
そもそも格好からして屋敷の人間ではない
何者なのか、何の目的でこの部屋に来たのか、疑問を口にする前に男はベッドに腰掛ける少年に近寄り、グイと顎を掴んで上を向かせる


「ほぉ〜? これがあのタヌキ親父が買ったっていうガキか」


まじまじと顔を覗き込まれて身体が硬直する
男からは鉄錆と生臭さが混じった不快な臭いが漂っており、衣服には血液と思わしき液体が飛び散っていた

その血が誰のものかなど容易に想像が付いた
侵入者がいるというのに部屋の外は静寂に包まれている
少なくとも警備の者は既にもう...

使用人たちももう自分たちの仕事を終えて多くの者が使用人用宿舎に引き上げているだろう
ということはこの屋敷の主人だって...

そこまで考えて僅かに身震いする
自分も殺される
大声を出そうにも人が来る前に殺されるだろうし、ただの愛玩少年(ペット)である自分を助けてくれるような人間などきっといない

そう思ったときに、凍り付いた思考と身体が反射的に動き相手の腕を思い切り振り払った
その際、男の頬を引っ掻いたらしい。一瞬怯んだところに追い討ちをかけようと腕を振り上げたが、


「驚いた。こんな殊勝なガキだったとは」


折れてしまうんじゃないかというくらい強く手首を握られ、抵抗する術を塞がれてしまっている状況でも
悔しさなのか、意地なのか、目の前のこの男をきつく睨みつけることを止めなかった


「ははは! 良いなその目...興奮する」


その体制のまま男は少年の顔に自分の顔をグッと近付け、あろうことか唇を重ね合わせる
女よりも子供のが好みなのか
真意は分からないがこれはチャンスだ
少なくともすぐに殺されることはない

少年は主導権を握ろうと舌で相手を誘導し翻弄する

お互いの唇が離れると「甘いな」と男が呟き口元を拭う


「飼われてるだけあって上手いじゃないか」


情欲を伴って触れる男の手に、抵抗しないことで受け入れることを示す
そのことに気を良くしたのか遠慮のない手付きへと変わっていく


――絶対に殺されるもんか。コイツを蠱惑させてやる


腕が自由にならない代わりに脚を使って男の情欲を誘う動きをし、男が自分に触れる度に小さく声を漏らして反応を伺った...


* * *


「気に入った」


その言葉を聞いたとき、賭けに勝ったんだと安堵した
これでとりあえず今すぐ殺されることはない


「お前の主人は俺が殺した
これからは俺がお前を飼ってやる」


体液に塗れた少年を見下ろしながら男は下卑た笑みを浮かべる

先程までの行為で荒くなった呼吸を整えながら
いつかこの男を殺してやる...
そう胸に近いながら「アンタは俺のご主人様だ」と、殺し屋の愛玩少年(ペット)になることを受け入れた

寝起きで語る“彼”の過去

寝起きで語る“彼”の過去

何でも屋の幼少期

  • 小説
  • 掌編
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2024-02-06

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