キツネの宴会

キツネの宴会

 夏祭りの日がやってきました。
神社の手前の通りには、露店がずらっと並び、準備をする人でいっぱいです。
気が早い子供たちは、お昼ごろなのにもかかわらず、露店を見に来て今年はこれがある、あれがあると口々に言い合いました。

夕暮れ時になると、ともえは、にらめっこしていた時計から離れて、お母さんのいる一階へ駆け降りました。
なんといったって今日は、大好きなおばあちゃんと夏祭りに出かけるのです。
もちろんお気に入りのゆかたも着せてもらいます。そういうことで、朝からずうっとおひさまが沈むのをじれったく待っていたというわけです。
台所にいるお母さんを見つけると、すぐさま駆け寄りエプロンを引っ張って、
「はやくはやく。お祭りが終わっちゃうよ」
と、せかしました。
お母さんはともえがこうなると言い分を聞いてくれるまで手がつけられないのを知っていましたから、料理する手をとめて、
「はいはい。ほんとに楽しみなのね。」
と、言って、たんすからゆかたを取り出しました。ゆかたをすっかり着せてもらったところで、ドアのベルが鳴りました。
「おばあちゃんだわ。」
お母さんがそう言って、おばあちゃんを迎えに行ってしまうと、ともえは鏡に映る自分を見つめました。いつもと違う自分の姿を見てともえは、お姫様みたいだと思い、大いに満足しました。
 ゆかたは紺地に黄色い花模様がついたものでした。ともえはいつものように、ゆかたをじいっと見つめました。しばらく見つめると、紺色の布地は瞬く間に夜空になり、黄色の花は、その空の下にある一面の菜の花畑になるのでした。ともえはこの夜のお花畑が大好きで、このゆかたを気に入っているのですが、他の人に理由を尋ねられると、どうも上手く答えられずに、
「模様が好きだから」
と言ってごまかしていました。それはきっと本当のことを言って笑われてしまうのが、お花畑を笑われているようで嫌だったからかもしれません。いずれにしろ、ともえは自分だけの秘密にしていたのでした。
群青色の空の中を見ていると、今にもちょうちょが菜の花のみつを吸いに飛んでくるようで、ともえはうっとりしました。
(すてき…)
もっとよく見ようと鏡に近づいたときです。ともえの右足にちくっと痛みが走りました。
「いたっ」
ともえはそううめいて後ろによろけました。
右足のあったところを見ると何かがきらっと光っています。よく見ようとかがんでみると、それは貝殻の指輪でした。きっとお母さんのものでしょう。見たとたん、ともえは欲しくなりました。
(お姫様にはアクセサリーが必要だものね。)
そう自分に言い訳して、そっと指輪をはめてみました。まるでともえを待っていたかのように指輪はぴったりでした。そうしてすっかりお姫様気分に浸っていますと、
「ともちゃん。元気かい。」
と、おばあちゃんに突然声をかけられ、とびあがるほどおどろくはめになりました。

 まもなくして二人は、お祭りに向かうため、家をあとにしました。歩いてしばらくしてからともえは言いました。
「ねえ、おばあちゃん。まだ着かないの」
 おばあちゃんはくすっと笑うと言いました。
「ともちゃんはせっかちだね。海が見えてきたらすぐだよ」
 露店の明かりが海辺に近づくにしたがってだんだんと見えてくるとともえはうきうきしました。
ともえは、はじめ、指輪をしていることがおばあちゃんに気付かれないか気が気でなかったのですが、露店が見えてくると、すっかりそんなことは忘れてしまいました。
 ともえは夏祭りが大好きでした。
 露店から漂ってくるおいしそうなにおい、太鼓や笛の音、行き交う人びとの楽しそうな顔……。
どれもがともえをわくわくさせました。
りんごあめのところまでくると、おばあちゃんは二人分買って、一本をともえに渡してくれました。二人はりんごあめをなめながら色んな露店を見て回りました。
りんごあめはもちろん、射的、お面、わたあめ、当てもの、バナナチョコなどなどたくさんあって、目が回るようです。とくに、おばあちゃんはパワーストーンという垂れ幕を見て、
「まあ、今は石も売り物になるのねえ」
と、驚いたのでした。
 その中でも、ともえの目をひいたのは、お面屋さんでした。そこには、色とりどりのお面が並んでいます。テレビでよくやっているアニメのキャラクターのお面もあり、ともえが知っているのもありました。しかし、ともえが惹かれたのは、それらのようにぎらぎらと目立っているものではありませんでした。
隅の一角にひっそりとぶら下げてあるきつねのお面だったのです。そのお面は白い下塗りに朱色できつねのひげやら鼻やらが描かれていて、それが妙に生々しく、まるで生きているかのように見えました。くりぬかれた二つの穴が本当の目のように見えて、ともえをじっと見ているような気さえしました。ともえは、この不思議なお面がどうしても欲しくなり、おばあちゃんにねだりました。おばあちゃんは、ともえが選んだお面を見て、目を細めて言いました。
「あらまあ、きつねのお面がいいのかい。今時の子供にはついていけないとてっきり思ってたけどねえ。」
 きつねのお面を買ってもらい、ともえは大喜びで早速つけてみました。
 お面をつけてみて、ともえはおどろきました。
二つの穴から見える世界は、いつもと違って見えたからです。
お祭りの露店はいつもよりきらきらして見えましたし、どの商品も前より素敵に見えました。ともえはいつの間にかおばあちゃんの手を離していることにも気付かず、二つの穴から見える世界に夢中になっていました。
はっと気付いたときには、おばあちゃんの姿は影も形もありませんでした。
「おばあーちゃーん」
呼んでみても返事はありません。大きな声に驚いた知らない人たちが振り向いただけでした。お面を外して、ともえは空を見上げました。
ともえのゆかたのように空はいつしか群青色に染まり、お月さまが顔を出していました。
(どうしよう…はぐれちゃった…。)
ともえはすぐにこの辺りでおばあちゃんと一緒に行ったところを思い浮かべました。もしかしたら、おばあちゃんがともえを探して二人で一緒に行った場所に行っているかもしれないと思ったからです。
公園、スーパー、文房具屋……。
そこまで思いめぐらして、ともえはあっと思いました。
海辺です。ともえはおばあちゃんが来るとよく近くの海辺で遊ぶのです。海辺ならここからそう遠くないですし、ともえがいなくなったとなれば、おばあちゃんは真っ先にそこに行くにちがいありません。ともえは行き交う人々の間をぬって、かけだしました。
向かうにつれて、人通りが少なくなっていきます。息をきらしながら、海辺にたどりつくと、そこには誰もいませんでした。
あたりを見回しても人っ子ひとりいる様子はありません。海辺にはもちろん電柱もありませんし薄暗く、音といえば、打ち寄せる波の音だけでした。ともえは急にさみしくなってきました。
(せっかく来たのになあ)
あきらめて戻ろうかと思ったときです。
何か黒いものがさっと横切るのが見えました。
(おばあちゃん?)
ともえの目は露店のまぶしさでまだ暗闇に目が慣れていませんでしたし、頭はおばあちゃんのことでいっぱいでしたから、とっさにそう思いました。
 ともえは思ったが早いか、その黒いものを追いかけました。その黒いものは海の方めがけて走っています。
「待って!」
とても追いつけそうにないと思ったともえは大声を出しました。すると突然びっくりしたように黒いものはぴたっと止まりました。
 ほっとして近寄っていくと、ふっといいにおいがします。ともえはすぐにおばあちゃんの香水だと思いました。
「おばあちゃん。探したんだから……」
と、そこまで言ったときともえは黒いものを見てぎょっとしました。長いひげと上に突き出した耳……。間違いありません。きつねです。
きつねはともえの様子に気づく様子もなく振り返って言いました。
「あら、あなたも宴会へ行くのですか。実は私もなんですよ。この時間にまだここにいるということは、あなた定例便に乗り遅れたんでしょう。ええ、そりゃ残念ですよね。なんせ年に一回しかないお祭りですから。でもね、あなたついてますよ。私は、今年の宴会の幹事を任されていましてね。自家用の船を持っているんですよ。そう、それで何とか間に合うというわけなんです。」
と、「かんじ」という言葉にとくに力をこめて、ぺらぺらまくしたてるようにしゃべると、きつねは海の方を指さしました。いつからあったのでしょうか、きつねが指さしたところには、二人がちょうど乗れるくらいの船がありました。
(おばあちゃんじゃない……。)
ともえはそう思いながらも、きつねの宴会と聞いて、胸がどきどきしました。
(きつねの宴会に行けるチャンスなんてめったにないのかもしれない……。)
きっときつねの宴会に出席した人間なんて誰もいないに違いありません。そう思うと何だかわくわくしてきます。
(怖くなったらすぐに帰ればいいわ。)
ともえはそう軽く考えて、きつねの船に乗り込むことにしました。
 きつねはいそいそと船の前に案内すると、
「気をつけて乗ってください。」
と、ともえを先に乗せ自分もその後乗りこみました。
 二人を乗せた船は最初ぐらぐらっと揺れましたが、しばらくすると落ち着いて揺れなくなりました。
 船はやや沖の方まで出てくると、それ以上は沖へ進まず、海に浮かぶ森のようなところへぐるっと右に旋回しました。
 きつねは船をこぎながら、ともえの返事を待つでもなく、一人おしゃべりを続けていました。
「今夜は満月ですしね。いつもより狐火が出しやすいですよ。そうだ。こんなにしゃべっているのにお互いの顔も見合わせていないなんておかしな話ですね。こりゃ失礼失礼。」
そう言うときつねは口からぶわっと青白い炎を出すと、それを両手ですくい、自分のしっぽの先に燃え移らせました。狐火とはすごいもので、今まで暗かったあたりが急にぱあっと明るくなったのです。
ともえがまずいと思ったときには、すでに遅くきつねはぎゃあっと叫び声をあげていました。狐火はこうこうとともえの人間である姿をはっきりと照らしていたのです。
「人間だ……人間を乗せてしまった……。」
きつねはすっかりおののいて、ともえを見ていましたが、さすが幹事を任されたというだけはあるきつねです、すぐに気を持ち直して
「そうはいってもまだ子供だ…」
と、ぶつぶつとつぶやきながら、考え事をし始めました。
そしてきゅうにともえの首にぶら下げてあるきつねのお面を見て思いついたように言いました。
「そうだ。いいですか。よく聞いてください。
これから宴会中ずっとそのお面をつけて外してはなりませんよ。ああ…幹事がきつねの宴会に人間を招待したことがばれたらどうなるか…。今夜は特別ですからね。さあ、ぼうっとしていないで、早くお面をつけて。」
ともかくこのきつねが冷たい海にともえを放り出すような冷酷なきつねでなかったことにほっとしながら、ともえはお面をつけました。
しばらくしてともえはこのきつねが幹事を任されることになったのも分かる気がしました。
なぜなら、きつねはともえの質問に律儀にひとつひとつ答えてくれたからです。
 自分の名前はギンというのだということ、きつねの宴会は夏の満月の日に行われること、この日のためにきつねたちはきつね専門のお香のお店で買ったお香をたきしめていくこと、(ともえはそれできつねから香るいいにおいの正体が分かったのでした。)そして、とくにともえを惹きつけたのは、きつねの宴会は屋形船で行われるということでした。屋形船と聞いて、ともえは胸がおどりました。前からともえは屋形船に憧れていたのです。遠くから見ると暗闇の中にぼうっと光って浮かんでいる様子も不思議なかんじがして好きでしたし、さらにその光の中に人びとが食事をしているなんてもっと不思議なかんじがして好きでした。以前に一度、屋形船に乗りたいとともえが言うと、ともえのお母さんは、
「あれは大人が乗るものよ。もっと大きくなってから。」
と、言われたきりだったのです。
(きつねの屋形船……どんなかしら…。)
ともえはうっとりしました。このときともえはおばあちゃんとはぐれてしまったことなどすっかり忘れてしまっていました。
 やがて船は森の中に入りました。
 森の中に入るにつれ、にぎやかな声が聞こえてきました。すぐに、たくさんのちょうちんをつるした大きな屋形船が見えてきました。中にはたくさんのきつねたちがわいわいがやがや話しているのが見えます。
「いい場所でしょ。森が屋形船を隠してくれて、外からは見えないんですよ。」
ギンは得意げにそう言いました。
屋形船の周りには、ともえたちが乗っている船くらいの小さい船がいくつもあり、ともえは他のきつねたちもともえたちと同じように来たのだなと思いました。ギンはこうも言いました。
「私は幹事ですからね。ずっとあなたの相手をしているわけにはいかないんです。いいですか、くれぐれも人間だとばれないでくださいよ。」
 ともえはうなずきました。
「分かったわ。約束する。」
 まもなくして船は屋形船にくっつくようにして止まり、ギンとともえは屋形船に乗りこみました。ともえが中の様子をよく見ようとしたときです。どこから現れたのか、大きなきつねがのそっと出てきて、ともえの前に立ちはだかりました。
「ギン、遅いじゃないか。いったいどこで油を売っていたんだい。」
「すみません、ソラさん。お客様をお連れしていたもので。それより、ソラさん。ちょっと面倒なことになりまして…。」
ギンはソラと呼ばれたきつねに一心になにかを耳打ちし始めたので、ともえは待たねばなりませんでした。ソラは話を聞いて、びっくりしたようにともえを見つめたので、ともえはギンが人間のともえを連れてきてしまったことを話しているのだろうかと思いました。
(ソラっていうきつねがひどいきつねだったらどうしよう…。)
ここではじめてともえは少し怖くなりました。
ひときしり話し終わると、ギンはともえの方を向いて、
「ではこれから私は仕事がありますので。必要なことはソラさんに聞いて下さい。」
と、言ってさも忙しいというふうにしてともえがうんとも言えないうちにとぴょんと向こうへ行ってしまいました。一方ソラはともえに向かって、
「お待たせしてすみません。私はこちらのギンとともに幹事を任されているソラと申します。」
と、意外にも丁寧に自己紹介しました。続けてソラは小声で付け足しました。
「お客様。いくらお客様が人間であっても宴会の会費をいただかねばなりません。さあ、払って下さい。」
ともえはこまりました。お金はおばあちゃんにまかせっきりで、お小遣いは少しも持っていなかったのです。
「ごめんなさい。私なにも持っていないの。」
そうともえが正直に言うとソラは不思議そうな顔でいいました。
「お客様、指にはめているそいつで足りますよ。」
ともえははっとしました。お母さんの貝殻の指輪です。ソラは指輪を指して言いました。
「貝殻はね、私たちきつねにとって高級品なんですよ。なんせ山に住む我々にとって海のものは貴重ですから。それひとつで十匹分になります。さあ、渡して下さい。そうでなければ残念ながら宴会に出席して頂くわけにはいきません。」
ともえはちらっとソラの後ろにある料理の並べてあるテーブルを見ました。ソラが大きくて宴会の様子がよく見えなかったのです。
 なんとまあ、いったいどこから集めてきたのでしょうか。
 きつねの料理だから、あぶらあげがいいところだろうと思ったら大間違いです。
 焼き鳥や、天ぷらや、お刺身、それからみたこともないきのこの鍋、さらにはステーキなどがずらっと並んでいるのです。
 ソラのすぐ後ろにいるきつねは、あつあつのだし巻きたまごをほおばるので必死な様子でした。
ともえはごくりとつばをのみました。そういえば夕方から出てきたので夕食はまだです。ともえのお腹がぐうと鳴りました。ともえは指輪を渡すことにしました。
 それほどきつねの料理は魅力的だったのです。
 指輪を渡し、ソラに案内された席に座ると、いっそう料理のすばらしさが伝わってきます。
きちんとはしまで置いてあり、ともえはきつねもはしが使えるのだなあと感心しました。
 ともえはまずステーキに手をつけました。
口の中に肉汁が広がり、ともえはしばし、そのおいしさに酔いしれました。
 それは今までに食べたこともない味でした。ともえはステーキを食べたことがないわけではありませんでしたが、どのステーキもきつねのこのステーキとは違ったのでした。
周りのきつねたちは自分の話に夢中でいるか、
ともえのように料理のおいしさを味わうのに忙しく、ともえの五本の指に誰も気づかないようでした。
 あれや、これやと手をつけて、しまいには給仕係のきつねが運んでくるデザートの白玉あんみつまでたいらげたころです。
しゃん しゃん しゃん しゃん
と、鈴の音がどこからともなく聞こえてきました。ぶおーんというほら貝のような音も聞こえます。音の方へ顔を向けますと、何匹かのきつねたちが音楽隊を作って船の奥の空いている場所に立っているではありませんか。
 中央のきつねがほら貝を持ち、両脇のきつねが鈴を持っております。その前にいるきつねがハーモニカを持ち、その奥のきつねは、いったいどこから仕入れてきたのでしょうか、ハープに手をかけています。
いつのまにかきつねたちはおしゃべりをやめて、いっせいに音楽隊を見つめて、しいんとなっていました。
すると音楽隊の前にギンが現れ、うやうやしくお辞儀をしました。
そしてコホンともったいぶるように咳をすると、
「皆さま。お食事は楽しんでいただけましたでしょうか。さて、お待ちかねの我々が誇る音楽隊による演奏の時間でございます。」
と、言ってすっと身をひきました。 
ぽろん、ぽろんと音楽がこぼれるように流れ出し、演奏が始まりました。きっと大人の人がこの音楽隊を見たら、そんなてんでばらばらの楽器できれいな演奏ができるものかと思うでしょう。ところがどうでしょう。きつねたちの奏でる音色は、見事に調和しており、まるで昔お母さんに歌ってもらった子守唄のように優しく聞くものを包みこむのでした。
すると、音楽隊の前にまた違うきつねが現れて歌いながら踊り始めました。

こよいのめでたし
うたげのしゅやくは
まんまるおおきな
きいろおつきさま

おしえちゃいけない
ひみつのおまつり
だれにもいうなよ
ふしぎのおまつり

てみやげ持って
来なしゃんせ
おはなし持って
来なしゃんせ

きつねの歌声は夜空に澄みのぼっていきます。
ともえはうっとりしました。
そしてともえはこの音楽隊をもっとちゃんと見たいと思いました。お面にある二つの穴からこの素晴らしい演奏を見るのはきゅうくつすぎたのです。
ともえは思わずお面を外してしまいました。
最初に音楽隊の一匹がぎゃあっと叫びました。それに続いて、いっせいに他のきつねたちがともえを見て、わあっと大声を上げました。「なんで人間がいるんだ」
「つかまえろ」
「そうだ、そうだ、つかまえろ」
どうやらギンやソラのようにやさしいきつねばかりではなかったようです。
ともえはとたんに逃げなくてはと思いました。そばにいたきつねを押しのけて、ギンの船めがけて一目散にかけ出しました。何匹ものきつねの手が伸びてきました。その手を振り払いながら、ともえは走りました。
(どうしよう…どうしよう…)
走って走って走りました。どうにも屋形船がまるで伸びでもしたかのように船までの道のりは長く感じられました。
 船が見えると、とびこむように船に乗り、オールをでまかせにこぎました。それでもギンの船はどんどん屋形船から離れていきます。
「待てー」
たくさんのきつねの声が後ろからこだましましたが、ともえは手を休めずに必死でこぎ続けました。
何とか岸にたどりつくと、ともえは砂浜に転がりました。いつのまにか下駄を脱いでしまっていたようで、ともえは裸足でした。
ともえは大の字になって浅い呼吸を整えながら、夜空を見上げました。今にも星に手が届きそうです。もうきつねたちの声は聞こえませんでした。
「ともえ!」
おばあちゃんの声です。起き上がるとおばあちゃんがこちらに走ってくるのが見えました。
やっとともえはほっとしました。


さて、そのあとのお話です。
ともえはきつねの宴会のことをおばあちゃんにだけこっそり教えました。
お母さんに言っても相手にしてもらえないだろうと思ったからです。
おばあちゃんはともえの話を一度も口をはさまず聞いていましたが、ともえが話し終わると、こう言いました。
「それはおいなりさまかもしれないねえ。そうだ。ちょうどいい。今日お参りしておこうか。」
「おいなりさま?」
後で説明するからと、おばあちゃんはなにやら外へ出かける支度をし始めました。ともえはふと思いついてアイロンをかけているお母さんのところへ行き、思いきって聞いてみました。
「ねえ。お母さん。お母さんが持っている貝殻の指輪あったでしょう、それって…」
「貝殻の指輪?そんな指輪持ってたかしら。」
と、お母さんはともえの言葉をさえぎって、首をかしげました。ともえはきょとんとしました。たしかにあの夕べ指にはめていったはずです。続けて指輪のあった場所を説明したのですが、お母さんは知らない様子なのでした。ともえが不思議に思っていますと、おばあちゃんに呼ばれました。
「ともえ、出かけるよ。」
おばあちゃんは、ともえを連れて夏祭りのあった神社へ向かいました。おばあちゃんは神社の本堂には入らず、右の脇の道を進んでいきます。
「どこへいくの?」
「いいから。いいから。」
そう言うとおばあちゃんは道の突き当りにある小さなほこらを指さしました。ともえは走り出して、近くまで寄ってみました。するとほこらの両脇にはきつねの像があるではありませんか。
「きつねだ!」
思わずともえがそう言うと、おばあちゃんはうなずきました。
「きつねの神様のことを、おいなりさまっていうんだよ。ともえはおいなりさまの宴会に行って来たんだね。」
そう言うと、おばあちゃんはかしわ手を打って、
「ともえがお世話になりました。」
と、大声で言いました。そしてともえの方を向いてにっと笑いました。
ともえはなんだか嬉しくなって、おばあちゃんのまねをして、かしわ手を打つと、
「お世話になりました。」
と、言いました。
返事をするかのようにほこらの鈴が風に吹かれてちりんと鳴りました。

キツネの宴会

キツネの宴会

夏祭りの日、ともえはおばあちゃんとはぐれてしまいます。そんなともえを待っていた不思議な出会いとは。。。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 児童向け
更新日
登録日
2013-01-15

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