もし、知ることができたのなら

わたしはここのところ満足のゆく生活をしていた。雀のチュン、チュンと鳴く声を聞きながら朝食のパンにマーガリンを塗った。それにベーコンに目玉焼き、オレンジジュースにヨーグルトという献立だ。たまに近くにあるマクドナルドでコーヒーを飲むこともある。そこでゆっくりと気持ちを落ち着けてから出社するのだ。                                     部屋を出ると気持ちよく足早に歩いた。風がとても心地よい。電車に乗って会社に向かう。なんだかついさっきシャワーを浴びたばかりのような爽快さだ。なぜだろう。朝の早い時間帯なのに目覚めが良い。頭はすっきりと覚醒している。
今日一日の始めにわたしは一つ心がけていることがあった。それは見ず知らずの人に笑顔を向けることだ。変だと思われるかもしれない。でもそんなことは気にしないで笑顔を向けるのだ。多くの人にとって他人から微笑みを与えられると不思議そうな、困ったような表情をされるのだけどそんなことは気にしない。たまに声を掛けられることもある。
『何処かでお会いしましたでしょうか?』とか『わたしの顔に何か付いていますか?』などなど。勿論なにも付いてはいない。
でもたまに素敵な笑顔を返されることがあるのだ。してやったりだ。わたしはそれだけで今日一日を乗り切ることができると思うのだ。
仕事を終えると喫茶店で今日一日の反省会と夕食をとる。
大好きなコーンポタージュスープとフランスパンを注文する。
「いらっしゃいませ。今日はお仕事が早く終わったのですね」マスターが尋ねた。
「ええ、今日は残業は無しです。家に帰ってから少し持ち込みはあるのですが」
「大変ですね。家に帰ってからも仕事があるなんて…」
「そうですね。でも、大好きな仕事なんでそんなに苦にならないんです。趣味の延長線上みたいなもんです」わたしは少してれながらいった。
「そうなんですか。とてもやりがいのあるご職業なんですね」
「はい、全身全霊を注いでいるみたいです。自分で言うのもなんですけど。楽しくて楽しくてしようがなくて。ここで食事をとるのもその一部なんです」
「ありがとうございます。お気に召されていただきましてわたくしも本望でございます。では、ごゆっくりとお寛ぎくださいませ」
「ありがとう」
パンをポタージュに浸しながらゆっくりと咀嚼する。他のお客の静かな会話と食器がたてる音、クラシック音楽が店内に満ちている。心地よいひとときだ。目を閉じてそれらを鼓膜で吸収しながら深呼吸をする。
『わたしにとって一日とはいったい何を意味しているのだろう。その積み重ねは答えをだしているのだろうか。わたしは何処へ向かおうとしているのだろうか。ただ日ごとの満足感に浸っているだけではないのか。いや、それでいいのかもしれない。わたしに欠けているのはひょっとしたら恋なのかもしれない。でも、恋愛はわたしにとって点火剤とはならないようだ。何故なのかは分からない。恋をして結婚をして子供を産んで育てていく。考えるだけで頭が痛くなりそうだ。ああ、神様!いるのなら答えを教えて欲しい。わたしはカフェで喫茶店でなんてことを考えているのだろう。

もし、知ることができたのなら

もし、知ることができたのなら

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-01-15

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted