野球小説
野球小説
山野哲也は子供の頃から野球が好きだった。
小学生の時からリトルリーグで湘南パイレーツというチームに入って投手として活躍した。
同じチームに田中健二という少年が所属していた。
山野哲也と田中健二は親しい友達だった。
二人はともに投手になりたがった。言うまでもなく野球で一番、目立って格好いいのはピッチャーだからである。
しかし哲也は、才能があるのか、運動神経がいいのか、頑張り屋なのか、コントロールが抜群で、しかも、ストレートも速かった。
なので対抗試合では勝つために哲也がピッチャーをまかされるようになった。
哲也がピッチャーをすると勝てるので哲也が毎回ピッチャーをやることになった。
そして、それによって湘南パイレーツは対抗試合で勝った。
毎回ピッチャーをやっているうちに哲也もチームを勝たせるためピッチングの練習を毎日、励んだ。
父親は仕事が終わって帰ってくると、ほとんど毎日、哲也は父親とキャッチボールをした。
父親がキャッチャーの役をやって哲也は父親の構えるミットに投げ込んだ。
雨の日も、風の日も、暑い日も、寒い日も。
そのため哲也の投手としての技術はどんどん上手くなっていった。
哲也の友達の田中健二は、そのため、投手はあきらめて打者としてバッティングに打ち込むようになった。
しかし二人は仲が良かった。
「ははは。哲也君。僕もピッチャーに憧れていたけれど君にはかなわなかったな。うちのチームが対抗試合で勝てるのは君のおかげだよ」
と田中健二が言った。
「いやあ。君は打率5割で、ホームランも打てるし君のバッティングで得点できるから勝てているんだよ。いくらピッチャーが相手チームをおさえても打って点を取ってくれる人がいなかったら勝てないよ」
と哲也は言い返した。
田中健二は誉められて嬉そうだった。実際、田中健二はバットコントロールが良く長打力もあった。
このチームは哲也のピッチングと田中のバッティングによって勝てていた所が大きかった。
哲也は田中を打席に立たせてバッティングピッチャーの役をやってやった。
力一杯は投げずに田中が打ちやすいように、ど真ん中のストレートを投げてやった。
そして田中の様子を見て少しずつスピードを上げていった。
「今度はインコースの高めに投げるよ」とか「今度はアウトコースの低めだ」と予告して哲也は田中のバッティング技術を高めてあげた。
そのため田中のバッティング技術はメキメキと上手くなっていった。
二人は野球以外でも親友として仲が良かった。
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中学は哲也は青葉台中学に入り田中は花園中学に入った。
どっちの学校も中高一貫校だった。
二人はもちろん、ともに、それぞれの学校の野球部に入った。
しかし対抗試合で青葉台中学と花園中学が対戦すると田中は思い切り投げる哲也の球を打つことは出来なかった。
哲也は、もうカーブやスライダーなどの変化球も投げられるようになっていたからだ。
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中学を卒業すると二人は高校もお互い付属の高校に進学した。
哲也は青葉台高校に進学し田中健二は花園高校に進学した。
もちろん二人とも、それぞれの学校の野球部に入った。
甲子園大会の夏の地区予選が始まった。
哲也も田中も将来はプロ野球選手に絶対なりたいと思っていたので甲子園には絶対、何が何でも出いと思っていた。
そのため二人は、ともに猛練習した。
哲也は1年からエースとなり、一方、田中は1年から打席は3番となった。
哲也が1年生の時、神奈川県の地区予選の決勝戦では青葉台高校と花園高校との対決になった。結果は哲也の投げ勝ちで甲子園に出たのは青葉台高校だった。しかし甲子園大会の一回戦の相手は大阪桐蔭高校で青葉台高校は一回戦で破れた。
2年の時も神奈川県の地区予選の決勝戦では青葉台高校と花園高校との対決になったが、結果は、またしても哲也の投げ勝ちで甲子園に出たのは青葉台高校だった。しかし甲子園大会の一回戦の相手は智弁和歌山で、またしても青葉台高校は一回戦で敗退した。
そして3年になった。
これが高校野球、最後の年である。
夏の甲子園大会の地区予選が始まった。
今回もまたしても神奈川県の地区予選の決勝戦では青葉台高校と花園高校との対決になった。
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哲也の父親はスーパー山野の社長だった。
しかし1年前から田中健二の父親が社長をしている大手の田中スーパーが、この町にも店を出店するようになった。田中スーパーの方が山野スーパーより、はるかに大手なので山野スーパーは経営が苦しくなった。
山野スーパーは対抗策として安売りをしたが田中スーパーは更に安く売ってくる。山野スーパーは田中スーパーに太刀打ちできない状況に追い込まれた。山野スーパーの経営は徐々に圧迫されていった。このままでは数年後には田中スーパーの圧力に押されて、山野スーパーは店舗縮小に追込まれ、やがては倒産するのは、ほとんど目に見えていた。
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毎日、家に帰って来る父親は毎日うかない顔だった。
「あなた。スーパーの経営は大丈夫?」
哲也の母親が夫に聞いた。
「きびしいね。このままでは経営できなくなるかもしれないね」
父親が言った。
哲也は黙って聞いていた。
父親と母親の対話から父親のスーパーの経営が倒産の危機にあることを哲也は非常に心配した。
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第××回甲子園大会の神奈川県の地区予選が始まった。
青葉台高校はエースの哲也の連投で順調に勝ち進んでいった。
一方の田中健二の花園高校野球部も田中健二ひきいる強力打線によって勝ち進んでいった。
哲也と田中健二は何が何でも将来はプロ野球選手になりいと思っていたので甲子園大会には絶対に出たかった。
高校球児にとっては当然だが。
とうとう神奈川県の地区予選の決勝戦は青葉台高校と花園高校の対決となった。
当然、勝った方が甲子園大会に出場できるのである。
「お母さん。ただいま」
練習が終わって哲也が家に帰ってきた。
「おかえり。哲也」
母親は居間のソファーに座っていた。
うつむいて、うかない顔だった。
「どうしたの?お母さん?」
哲也は母親の隣りに座って、しょんぼりしている母親に聞いた。
「いや。別に」
母親は憔悴した口調である。
「地区予選の決勝戦の相手は田中健二くんの花園高校ね」
母親が小さな声でボソッと言った。
「うん。そうだよ」
「勝つ自信はある?」
「あるとも」
哲也は自信を持って言った。
「そうなの」
元気で強気な哲也の発言に母親は、なぜか、うかない顔つきだった。
哲也は超高校級の剛速球投手として新聞記事にも載ったことがあった。
哲也は花園高校の田中のバッティングを録画して見て「これなら抑えられる」と絶対の自信を持っていた。
「お母さん。どうしたの?」
黙っている母親に哲也は聞いた。
しかし母親は黙っている。
「青葉台高校が花園高校に勝っちゃうと田中健二君は甲子園大会には出られなくなるわね」
母親は小声で、ひとりごとのようにボソッと呟いた。
哲也はなぜ母親が、そんなことを言うのか、わからなかった。
確かに母親の言うことは、その通りである。
スポーツでは試合をすれば、どっちかが勝ち、どっちかが負けるのは当たり前のことである。負けたチームは確かに可哀想ではあるが、あくまでフェアープレーの対等の条件での戦いである。
戦いといっても戦争なんかとは違うクリーンな戦いである。そんな事は母親だってわかっているはずである。哲也は母親の態度に疑問を持ったので母親に聞いてみた。
「どうしたの。お母さん。スポーツの試合では勝つチームと負けるチームが出来てしまうのは当然じゃない」
そう哲也が聞いても母親は黙っていた。
「そうね。その通りね」
母親は元気の無い声で言った。
母親は黙ってしばし迷っている様子だった。
「どうしたの。お母さん?何を悩んでいるの?」
哲也は、どうしたのかと思って母親に聞いた。
哲也に急かされて母親は、しばしの沈黙の後、重たい口を開いた。
「今日、郵便ポストにこんな封書が入っていたの」
母親はひとりごとのように言って、そっと、その封書をテーブルの上に置いた。
そしてソファーから立ち上がって二階の寝室に登って行った。
何事だろうと哲也は封書を手にとった。
封書を開くと、一枚の便箋があった。それにはワープロでこんなことが書かれてあった。
「率直に要件だけを言おう。哲也君には、田中健二君に対して、全ての打席において、二球目にはど真ん中のストレートを投げて欲しい。一球目は何を投げても構わない。それ以外は実力を出し切って構わない。だが青葉台高校の打線も強いから、もし青葉台高校の得点が花園高校より上回ったら、フォアボールや、牽制球のミスや、ワイルドピッチなどをして花園高校が勝つようにして欲しい。観客にはわからないように。そして花園高校が僅差で勝つよにして欲しい。哲也君の実力なら、それは容易だろう。花園高校が勝ったら田中スーパーは山野スーパーを潰さないように計らう。約束は必ず守る」
八百長の要求だった。
田中を甲子園に出場させる代わりに、哲也の父親のスーパーの事業は守る、という交換条件だ。
一体、誰が、こんな物を送ったのだろう?
父親の仕事の関係者なのか、それとも山本スーパーの関係者なのか。
山本健二の父親が送ったのか、それとも、まさか山本健二本人が父親に頼んだのか。
一体誰が?
哲也は考え回したが、わかりようもなかった。
そして哲也は、この要求に、どう対応するかを考え出した。
なるほどな。
さっきお母さんが悩んでいたのは、このことだったのだなと哲也は理解した。
八百長なんて卑劣だ。
しかし、お父さんの会社が潰れたら、お父さんは、悲しむどころか、自殺するかもしれない。
その葛藤に哲也は悩まされた。
しかし、いくら考えても答えは決められなかった。
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青葉台高校と花園高校の地区予選の決勝戦の日になった。
先攻は青葉台高校で後攻は花園高校となった。
田中の第一打席。哲也は送られてきた郵便に書かれていたように一球目は変化球を投げた。田中はそれを見送った。二球目はど真ん中のストレートを投げた。それを田中健二は打った。場外ホームランになった。哲也は複雑な気持ちだったが、これでいいんだ、と無理に自分に言い聞かせた。その後も哲也は第二球目は、ど真ん中のストレートを投げ続けた。田中はそれを打ってレフトオーバーの二塁打にしたり、三遊間を抜くヒットにしたりした。しかし後続が続かず得点には結びつかなかった。その後は両チームとも得点がなく試合が進んだ。花園高校のピッチャーも哲也なみに優れた投手で青葉台高校の打線はヒットすることもあったが、なかなか得点には結びつかなかった。しかし青葉台高校の打線も8回表に一点とって1対1の同点になった。9回裏の田中健二の打席になった。哲也は二球目に、ど真ん中のストレートを投げた。それを田中健二は打った。それは、きれいなレフトスタンドへのホームランになった。こうして花園高校は2対1で青葉台高校に逆転して勝った。
青葉台高校の部員が泣く姿を見ると哲也は心が痛んだ。
泣いてる部員たち全員に対しても、応援してくれた応援団や吹奏楽部の生徒たち全員にも、全校生徒にも、そして応援してくれた町の人たち全ての人々に対しても。
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花園高校は甲子園に出場してベスト8まで勝った。
哲也は迷いに迷った挙句、甲子園に出ることよりも父親の仕事を守ることを選んだのである。ただドラフトでどこの球団にも指名されなかったら、と思うと哲也は、つらかった。
そして田中健二が、プロ野球選手になりたいために、父親に八百長を頼んだのではという猜疑心が起こって哲也はその猜疑心に悩まされた。
あいつは、そんな事をするヤツじゃない、と田中健二と幼い頃から付き合ってきた哲也は確信していたのだが、その猜疑心は哲也の心の中で、どうしても消えてくれなかった。
「田中健二はそんなことをするような男じゃない」と何度も自分に言い聞かせても、どうしても、その猜疑心は哲也の頭から離れなかった。
夏の甲子園大会が終わった。
八百長要求の約束は守られた。
田中スーパーは、新しく出店する予定だった店を、哲也の住んでいる藤沢市ではなく、隣町の大和市に出店した。
おかげで山野スーパーは倒産することなく営業を継続できた。
「やった。経営していける」
父親の顔に笑顔がもどった。
「これでいいんだ。これで」
哲也は無理に自分に言い聞かすように、つぶやいた。
その年の秋のドラフトで、田中は、東京ヤクルトスワローズに一位指名された。
そして入団の契約をした。
しかし甲子園には出られなかったが、哲也も横浜DeNAベイスターズにドラフト5位で指名されて哲也は横浜ベイスターズに入団した。
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年が明けた。
交流戦で東京ヤクルトスワローズと横浜DeNAベイスターズの試合が行われた。
哲也と田中は久しぶりに再会した。
ヤクルトスワローズの選手を乗せたバスが神宮球場に到着した。
哲也には田中健二が八百長にどのくらい、かかわっているのか知る由もなかった。
なので田中に会っても何と言っていいか、わからなかった。
なので田中とは、口を聞かないようにしようと思った。
しかし。
哲也はポンと背中を叩かれた。
振り返って見ると、田中健二が、くったくない満面の笑顔で哲也を見つめた。
「よう。哲也。久しぶり」
田中の屈託のない笑顔を見た時、哲也の猜疑心は一気に吹っ飛んだ。
(田中は父親に八百長勝ちを頼むような、そんな卑劣な男じゃない)
八百長の要求の封書を送ったのは誰だかわからない。田中スーパーの上層部と山野スーパーの上層部で裏取引が行われていたのかもしれない。しかし本当のところは全くわからない。
しかし哲也の田中健二に対する猜疑心は一気に吹っ飛んだ。
田中健二は八百長の要求には全く関与していない。
彼は自分の実力で地区予選の決勝戦に勝ったと思っている。
しかし彼は第二球目がど真ん中のストレートに来るとは知っていなかったのだ。
田中健二は地区予選の決勝戦で哲也に打ち勝ったが、それは田中の選球眼の良さ、バットコントロールや長打力など彼の本当のバッティングの実力で勝ったのだ。
地区予選の決勝戦での対決は自分も田中も八百長なんかではない真剣勝負の戦いだったのだ。
哲也は100%そう確信した。
「やあ。田中君。久しぶり。地区予選では負けてしまったけどプロでは負けないぞ」
哲也は笑って言った。
「オレだって負けるもんか」
田中も笑って言い返した。
二人はガッシリと握手した。
交流戦が始まった。
先発は、横浜DeNAベイスターズの浜の番長、三浦監督に「どうだ。投げてみるか?」と言われて哲也は元気よく「はい」と答えた。
哲也はピッチャーマウンドに立った。
一方、東京ヤクルトスワローズの1番のリードオフマンは、ドラフト一位の田中だった。
田中がバッターボックスに立った。
哲也はニヤッと笑った。
「いくぞ。田中。オレのストレートを打てるものなら打ってみろ」
哲也は心の中で、そう言って大きく投球動作に入った。
2024年1月30日(擱筆)
作者注
単純な話であまり面白くないと思う。
もっと丁寧に書きたいのだが他に書いている小説が、いくつもあって、そっちの方を書きたいので一応これで完成とする。
後で、こういう基本的な話をベースにして、もっとエピソードを入れて話をふくらませようかとも思っている。
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