あずきのおはなし +1  +1  +完

あずきのひとりごと。 +1 +1  +完

私は十勝産あずき。
もちろん遺伝子組み換えあずきなんかじゃない。れっきとしたmade in HOKKAIDO。
色艶ともに申し分なく生まれてきた。生まれてすぐに、競りにかけられ、かなりの高値がついた。
私はみんなの自慢。
陳腐な表現だけど、私は目の前の薔薇色の道を歩けばいいだけだった。
みんなにチヤホヤされて、私は有頂天になっていた。
あの頃の私は誰かに媚を売る必要なんてなかった。

私は、あるお店に引き取られた。
友達はお店に出たとたん、どんどん嫁いでいった。
名物の十勝おはぎになった子、白玉ぜんざいとしてデビューした子、東京のロールケーキ屋で和風ロールケーキで売れっ子になった子もいた。生クリームとあずきというのは新鮮で、和菓子派の人たちにも受け入れられた。彼女は、超売れっ子あずきになった。

外国にもらわれていった子もいる。
私もそうなるはずだった。いや、私が外国にもらわれていくはずだった。
あのキツネ目のオバサンが、私を一番下に押し込んだりしなければ。
私はキツネ目のオバサンを憎んでいる。
あの人は私たちをベタベタさわり、籠に入れては商品棚に戻し、また入れてを繰り返した。
そればかりではなく、戻すときに私を棚の一番下の一番奥にねじ込んだ。
私たちあずきは年功序列、終身雇用で生活している。
年令の高いものが上、若いものが下。
お客さんは上から順番にとっていく。
それでいい、それがいい、それが暗黙の了解になっている。
でもたまに、若ければいいという人がいる。
人生経験も何もない若いあずきを、若いというだけで欲しがる人たちがいる。
ならば若いあずきを買えばいいだけ。それなのに、なぜわざわざ一番下に入れたりするのか。
見た目にはわからないが、たまにこういう精神が崩壊した人がいる。
私は長い年月でそれをさとった。
キツネ目のオバサンを思い出し腹が立つこともある。
でも、売れ残りということを除けば、賞味期限にも余裕があるし、この棚の上での社会的地位も確保されているので悪いことばかりではない。しょうがないかなと思っていたとき、キツネ目のオバサンに引き取られた子の噂を耳にした。
これが本当のことかどうかは定かではない。彼女から届いた手紙だ。どこかの噂話として聞いてほしい。


あずき姉さんお元気ですか。
これが最後の手紙になると思います。


私をキツネ目のオバサンが買ったのは覚えてますか?

オバサンのおうちは商店街で時計屋をやっています。
オバサンのお父さんとお母さんそしてオバサンでお店をやってます。
でも、お客さんが来ない日がイッパイあります。
オバサンは「でもどり」です。
ある日オバサンは考えました。このままじゃいけないと。
今のままでは「特別」でもなんでもないからです。

昔の旦那さんは、ピカピカの赤い車に乗っていました。
商売をやっていてスゴイ金持ちの人でした。
オバサンはそのお金が大好きでした。
欲しいものは何でも買ってもらいました。
大きなお家にも住んでいました。
でも途中で旦那さんのお金が少なくなってきました。

オバサンは毎年冬にヨーロッパに行きます。
冬は料金が安いからです。
オバサンは見栄っ張りなのにドケチです。
お金が少なくなってきても、人に自慢したいからヨーロッパには行きたいです。
だから冬にしか行きません。
ちなみにオバサンは駐車料金を払いません。3回くらいレッカー移動をされたことがあります。それでも絶対に払いません。
すごいケチです。

オバサンは目立つことが大好きです。
チヤホヤされるのも大好きです。
自分だけ特別扱いが大好きで、それを自慢するのが好きです。
嘘つきなので「嫌われもの」です。
でもみんな本当のことは言いません。ズルイです。
オバサンが素敵なレストランの話をしたり、外国の話をしたりすると、「さすがだわ」と言ってため息までつくという念のいりようです。でも本当は、「クソババア死んじまえ」と思っています。

オバサンはみんなから羨ましがられたいと思いました。
自分はみんなから好かれていると思いました。

オバサンは大昔は美人だったのかもしれません。
前の旦那さんは変な顔をしていました。犬顔です。目が細くてホッペに青い髭のあとがあります。額が妙にせまいです。そのくせ背が高いもんだから妙に目だってしまいます。
ラコステのポロシャツを襟を立てて着たりします。
すごく変です。気持ち悪いです。
オバサンは旦那さんの顔が大嫌いでした。でも旦那さんが持っているお金は大好きでした。
オバサンがヨーロッパに行ったとき、すごく素敵な人から声をかけられました。
オバサンはすごく嬉しかったです。
それなのに、横から犬顔の旦那さんがヌッと出てきました。
相手の外国人は、旦那さんのあまりの醜さにビックリしていました。
オバサンは恥ずかしかったです。
いつもそうなんです。
お金はあるけど顔がビックリするくらい醜いもんだから連れて歩くのが恥ずかしいんです。
それなのに旦那さんはついてきます。
自分が変な顔だと思ってないみたいです。
お金だけくれればいいのについてきます。
こいつさえいなければいいのにといつも思ってました。
オバサンは、旦那さんのお金が少なくなってきたし、やっぱり気持ち悪いので離婚することにしました。
旦那さんには、今のうちに財産分与しておいて何かあったときにそなえようと言いました。
犬顔の旦那さんはOKしました。
だって破産してしまっては無一文になってしまいますから。

離婚してからも、旦那さんからもらったお金がイッパイありました。
毎月、別のお金も貰いました。
オバサンは「完全に文無しになってからじゃダメなの。そうなる前にもらえるものはもらわなきゃ」と言っていました。
オバサンは外国に住むことに決めました。
こんな田舎の時計屋じゃ、どうにもならないからです。
外国に住んだらみんなが羨ましがると思いました。
外国人の彼氏もできるかもしれないと思いました。
オバサンの一番大事なものは「お金」で、二番目に大事なものは「オシャレ」です。「オサネ」ではありません。
いろんなことがオシャレでなくてはいけません。
オバサンにとって商店街の時計屋はオシャレではありません。
チョコレート専門店もなければカフェもない町、毎週火曜日に大きな音楽をかけて野菜や魚を売りにくるトラック、自分の暮らすところではないと思いました。
オバサンの移住した国には、そのころ子供を海外留学させてその期間親のビザもくれるという制度がありました。

その時の引越し荷物の中に、たまたま私は突っ込まれました。
だから出世組というわけではないんです。
私は、あずき姉さんが羨ましいです。
できることなら、あずき姉さんと暮らしていたかった。

オバサンは前の旦那さんに子供の教育のためだと言って了承させました。
それに自分たちの財産も守ることができると言いました。
子供はかわいかったけど、そんなに頭がよくありませんでした。
英語もそんなに上手になりません。
オバサンもはじめっからそんなことは望んでいませんでした。
だってオバサンも頭はからっぽでしたから。
それでも、娘が学校に行っている間、ESLに通いました。
オバサンは十分に外国生活を楽しんでいました。
オバサンも英語は上手になりませんでした。
でもいいんです。
同じ程度の友達を見つけて、食べ歩きと称してひとつのカフェで3時間くらい粘るのがうまくなりました。
外国じゃみんな平気で3時間くらいカフェでPCとかやってるわよというのがオバサンの口癖になりました。
そのうち友達と待ち合わせをして、自分は後から登場して平気で水筒のお茶も飲めるようになりました。
旦那さんがいないので、夜はテイクアウトのチープな物ですませました。
5ドルの天丼はオバサンが好きなものの一つです。
これは小さい小さい海老の天ぷら3つと野菜の天ぷらがのっています。
これを子供と2人で分けます。
あとはチャイニーズのテイクアウトも大好きです。
特に大好きなのがマーボ丼。
とにかく量が多い。
2人で分けても翌朝の分まであります。

オバサンは自由でした。お金も暇もありました。
でも娘の頭が悪いので大学進学が危なくなってきました。
大学に進学しないとなると帰国しなければなりません。
オバサンは困りました。
日本に帰りたくないんですもの。
前にも言ったように、オバサンはキツネ目なりにほんの少しだけ美人だったかもしれません。
ただ娘が大学に行かないことにはビザがなくなるんです。

もしオバサンがもう少し若かったら違ったみちがあったかなと思うんです。
でも美人なんだけど、ナンパの対象になるかって言われればNOなんです。
オバサンとしても、白人の青年実業家となんとかなりたいんですけどめぐり合う機会がない。
そこで考えたのがお金をもっている日本人です。
だけどオバサンとつりあう年齢って50歳くらいになるんです。
でもでも、年下って方法があったんです。自分より8歳までだったら年下でもOKにしました。
それに独身を狙うから難しいのであって、相手に家庭があってもいいんです。
離婚させちゃえばいいんですから。
すぐにターゲットは見つかりました。
小さなかわいい男の子のいる男でした。でも、やっぱり醜いことには変わりはありませんでした。

男の家庭は普通に幸せでした。
小さいおうちがあって、奥さんがいて子供がいました。
でも男はオバサンと知り合いました。
男はシングルマザーが頑張って子育てしてると思いました。
しかも美人で資産家です。
男も欲があったんだと思います。
でも優しい男なので、いろんな意味で助けてあげたいと思ったんだと思います。
それは本当です。
男は家と家族を捨てました。
男の親、特に母親は大反対でした。
孫はかわいいさかりの3才です。
嫁に落ち度があったわけではありません。
好きなひとができたと連れてこられた相手は、息子より8歳も年上で高校生の娘がいました。
移民権目当てなのがわかりました。
親子の縁を切りました。
嫁と孫には、住んでいる家を与え、いっぱいお金も渡しました。
そして新しく入り込んできた女(オバサンのことです)を見ているのが嫌で、自分たちが日本へ帰ることにしました。
それから一度も息子に会いにきていません。

オバサンは年下の金持ちと結婚できました。
でも日本にいる元の旦那さんには報告しませんでした。
元の旦那さんはもうすぐ死ぬ病気だから関係ないんです。
死んだあとのお金のことは少し考えました。
オバサンは、こちらで結婚したので、日本では籍を入れていません。
だから元の旦那さんのお金はもらえるみたいなんです。
娘が未成年なので手当てももらえるみたいです。
ハッピーです。
でも悲しいことに、今度の男も変な顔でした。
どうしても、どう見ても変顔です。
オバサンは、皆が影で笑っているように思いました。
それくらい変なんです。
それに甘いものが大好きなんです。
いつもなにかくちゃくちゃしてるんです。
変顔なのに格好つけるのも嫌です。
いちど日本に里帰りして再び戻ってきた時なんか、花束をもって空港に迎えにきていたことがありました。
その姿をみて、オバサンは、そのまま日本に引き返そうかと思ったくらいです。
鼻の穴を膨らませてエスプレッソを飲んでいる姿もゾッっとしました。
本当に、具合の悪いときに見るものではありません。
だんだんオバサンは耐えられなくなってきました。

ある日、オバサンはこの男を殺すことにしました。
方法は簡単です。
甘いもの好きな男にゼンザイを作ってやり、その中に毒を入れるつもりなんです。
私はビックリしました。
なんで私がオバサンに利用されて悪者にならなければならないんでしょうか。
なぜ私なんでしょうか。
どうして普通に生きているものの妨害をしようとするのか。
私は混乱してしまいました。
私はただのあずきです。
でもオバサンの思いどおりにさせるわけにはいきません。
オバサンの周りのとりまきとは違います。
バカにするのもいい加減にしろと思いました。
私にも、あずきとしての意地があります。
私は考えました。
実は、私の袋に一粒だけ、あずきじゃない豆が混ざっているのです。
ある日、鳩が落としていった豆です。
見た目はあずきとそっくりです。
この子は、コマメちゃんという古い豆で、毒があるんです。
私はコマメちゃんに相談しました。
コマメちゃんは、自分はもう年なので、ひと肌ぬぎましょうと言ってくれました。
でもコマメちゃんだけいかせるわけにはいきません。
もちろん、私たちも一緒にいきます。
オバサンは毒を入れる前にゼンザイの味見をするはずです。
その時、コマメちゃんがお玉に飛び込みます。
オバサンは毒を入れる前に死んじゃいます。
これが天罰というものですよ、ねえさん。
あずきをばかにするんじゃないよ。
こんなちっぽけなあずきでも魂ってもんがあるんだよ。
あずきの一刺しです。

私たちは、同じ鍋で一生を終えるつもりです。
なんだか外国にまできて、波乱万丈のあずき人生でしたが、これもまた定めと思いあきらめます。
どうぞあずき姉さんお元気で。
また生まれ変わったらあいましょう。


これが、あずきちゃんから来た最初で最後の手紙になった。

目だって華やかなものだけが楽しめる世の中であってはならない。
大声で楽しい楽しいと言い、グループを作り、大声で人の批判を言う人間だけが強いのではない。
一生懸命普通に、マジメに生きているものもいる。
地味かもしれない、それでも踏ん張っているものもいる。
そういうものを上から目線で馬鹿にして笑う世の中であってはならない。

もしかしたら、どこかの国で、原因不明で死んだキツネ目のオバサンがいるかもしれない。

ざまあみやがれだ。

あずきのおはなし +1  +1  +完

あずきのおはなし +1  +1  +完

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-01-15

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