「水蜜桃と金魚売」
頬紅の水蜜桃
滴りこぼれる甘露 甘露
肩に棒を刻み込んだ
風鈴吊した棒を刻み込んだ商人の
額に滲む汗に逆さに映った一匹の
赤い金魚
柳の隣で坐り込む
顔俯向けた中年の男
帽子を目深にかぶり
煙管でゴツゴツ地叩く
男の前には金盥
金盥の中に何がいる
金魚
金魚
赤い金魚
金魚売の顔暗く
眺める眼差も影のまま
金魚は緋に燃えて
悠々と水を泳ぐ
金魚売の前には足跡だけが増えてゆく
立ち止まりし 童
両眼に包帯をあてがわれ
盲ひて歩くは光の残像の中の日々
手には一個の水蜜桃
胸におしあてた姿で 立ち止まる
赤い着物が、靡く…
金魚売は面を地から上げられず
童は金魚売の気配しか感じず
足元霞む夕暮時
金魚売は 一人きりだった
「水蜜桃と金魚売」