「水蜜桃と金魚売」

 頬紅の水蜜桃
 滴りこぼれる甘露 甘露

 肩に棒を刻み込んだ
 風鈴吊した棒を刻み込んだ商人(あきんど)
 額に滲む汗に逆さに映った一匹の
 赤い金魚
 柳の隣で坐り込む
 顔俯向けた中年の男
 帽子を目深にかぶり
 煙管でゴツゴツ(つち)叩く
 男の前には金盥
 金盥の中に何がいる
 金魚
 金魚
 赤い金魚

 金魚売の顔暗く
 眺める眼差(めつき)も影のまま
 金魚は緋に燃えて
 悠々と水を泳ぐ
 金魚売の前には足跡だけが増えてゆく

 立ち止まりし 童
 両眼に包帯をあてがわれ
 盲ひて歩くは光の残像の中の日々
 手には一個の水蜜桃
 胸におしあてた姿で 立ち止まる

 赤い着物が、靡く…

 金魚売は面を(つち)から上げられず
 童は金魚売の気配しか感じず
 足元霞む夕暮時
 金魚売は 一人きりだった

「水蜜桃と金魚売」

「水蜜桃と金魚売」

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-01-26

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