僕が君と出会うとき。
時間逆行の旅。
「アン、僕らは時間逆行の旅に出ているんだよ」
「なぁに?それ」
アンはおどけて笑ったが、真剣な顔をするロイドを見て笑うのをやめた。
「ええ、でも、そうかもしれないわね」
「僕はただ、真実が知りたいんだ。正直に言ってくれ、アン。君は・・・誰なんだ」
アンは悲しそうに微笑み、口を開いた。
「私は・・・ー」
ー・・・
春。
新入生の緊張とほんの少しの好奇心で強張った顔と、少しブカブカでまだ慣れていないであろう制服。
夏と比べ日差しが優しくなり、空が遠くなり、雲が輪郭を失い、それと同時に気が緩む。
これが僕が毎年感じる春の風物詩。
そして今、君に出会う1分前。
彼、神崎 礼司(かんざきれいし)は運動場に立つ沢山の桜の木を教室から見ていた。
たまに、風に乗って窓から入ってくる桜の花びらもあり、そのときばかしは味気のない教室が鮮やかになる。
その瞬間が礼司はたまらなく好きであった。
だが、最近不可解なことが礼司の心を埋め尽くしていた。
礼司は桜から目を離し、本を読むふりをして前に座る女の子を見る。
そこにいたのは、色白で長い黒髪をした女の子であった。
顔は人形のように整い、さらに細く長い手足。
女子の目つきを変えさせるのに十分な美しさであった。
こうして盗み見するのは、好きだとかとかそういう感情ではない。
分からないのだ。
彼女の名前が。ていうか存在そのものが今まで気づかなかった。
小学校、中学校、高校、とエレベーター式だったし、全クラスで97人という少ない人数のはず。
つまり、知らない人間はいないし、友達も多い礼司が、高校2年生にもなって名前すら知らない人間がいるなどありえない。
しかも驚くほど美人。
春風にサラサラと揺れる黒髪。
たまに甘い香りが礼司の鼻をくすぐった。
(ああ本当に誰だっけ・・・)
今さら、名前教えて、というのもおかしすぎる。というか不自然で失礼。
結果、礼司は先生が何を言っているのかすら頭に入ってこないほど考え続けた。
ー・・・
そして放課になり、礼司は友人の朝比奈を捕まえた。
「朝比奈」
「あ?なに?」
2人は屋上にて購買で買ったパンにかぶりつく。
「俺の席の前の女子、あれ誰だっけ」
「はぁ?!未羽ハルちゃんだろー?!」
(未羽、ハル?)
「お前記憶障害だろー?!」
「ずっといた?転校してきたんじゃなく?」
「ずっといましたー!あんな可愛い子忘れるなんて・・・お前とは絶交だ!」
(なんでだよ・・・)
「や、フツーに気づかなかったよ」
「話してみろよ!可愛いぜ!お前顔''だけ''はいいんだからよ!」
「・・・。お前とは、絶交な」
「はぁ!?何でだよ!?」
ー・・・
何とか情報をつかんだ礼司は早速授業中に話しかけてみた。
「あの、未羽さん」
「・・・?え、あ」
未羽は何故かオロオロしながら目を泳がせた。
そして驚く言葉を礼司に言った。
「ごめんなさい。貴方のこと・・・知らなくて」
「は?!」
思わず声を荒らげてしまった礼司に、先生が睨みつけた。
「ごっ、ごめんなさい・・・」
(いや、まてよ。俺も未羽さんのことは知らなかった訳だし。ここでビビらすのは不公平か・・・)
「や、大丈夫大丈夫。俺、神崎礼司。よろしく」
「はい。よろしくです」
この時から変だと気づくべきだった。
でも。ただほんの少しの証拠だけじゃ人間そう簡単に疑うわけないんだ。
それから礼司とハルは月日が流れるたびにお互いを想い合った。
両親がいない礼司はそのさみしさをハルで埋めるように愛した。
ー・・・
「ハルの家ってどこ?」
「え?」
(まただ・・・)
下校時、礼司とハルはバスの中にいた。
そしてまた、礼司に不安がよぎる。
ハルとの関係が深くなるたびに、ハルの不自然な言動に不安にさせられる日々。
ハルの親、家、今まで聞いたものは全て「え?」と返される。
「いや、言いたくないならいいんだ」
「ごめんなさい」
おかしい。
礼司はついに認めた。
この出会いは必然か、偶然か。・・・それとも、仕組まれたシナリオか。
2人は次第に絡み合う時空に巻き込まれるかのように自分を見失っていた。
ー・・・
side,未羽ハル
朝起きると、ここがどこなのか分からない。
でも家から出た瞬間、記憶が一気に頭を駆け巡って学校へ足が動く。
彼、礼司に会うために。
私がおかしい理由は分かってる。
記憶があやふやだから。
まるでさっき生まれたように、新しい世界を見ているようだ。
でも神崎くんだけは昔から知っていたような、そんなかんじがする。
神崎くん、貴方も気づいているでしょう。私も何となく感じるの。
そろそろ私は帰らなくちゃいけない。
貴方と別れるのは辛いのかな?でもその時までは、せめて、このままで。
ー・・・
この日、礼司は授業をサボり、図書館にいた。
イヤフォンで耳を閉じ、図書館の鍵を指にはめ、クルクル回しながら本を読み漁る。
もう何時間たっただろうか。
暖かい日差しが、礼司を包む。
「これ・・・」
礼司は眼鏡を外し、一冊の本を手にとった。
題名は、''時間逆行の旅。''
まっ黒い表紙で、殺風景な本だった。
そして、礼司の頭に最初によぎったのはなぜかハルだった。
「分厚いな・・・600ページくらいはある」
礼司は興味本位で手にとったつもりだったが、あまりのページの多さに絶句したまま表紙を見つめていた。
結局その本を開き、頬杖をつきながらページをめくった。
内容は、パラレルワールドをテーマにしたものであった。
(以外と面白い・・・)
ある一つの世界に住む一人の少女アンが、少年、ロイドに恋をするのだが、それは実らない。
それを悲しみ続けるアンは、パラレルワールドの事を知り、''違う世界にすむロイド''に会いに行きたいと強く願った。
その願いを神は叶え、アンの記憶を一部消し、違う世界へアンを送った。
そしてその世界でアンとロイドは結ばれるのだが、時がきて幸せの真っ只中のアンは元の世界に戻されてしまう。
それでお終いだった。
(なんて後味の悪い話だ・・・)
アンは悲しみを乗り切ろうと願いに貪欲になったが、そのおかげで今まで以上の悲しみを味わってしまった。
これが人間のもろさと、儚さと、きたなさ。
それがにじみ出た不思議な本であった。
「これ、ハルにも貸そう」
礼司はそう言って本を鞄の中へ入れた。
エチュードの過去。
礼司から、''時間逆行の旅''という本を貸してもらったハルは、礼司の部活が終わるのをベンチで座りながら待っていた。
「神崎くんがんばってるなー・・・」
礼司はサッカー部に所属しており、めんどくさがりやなわりによく体を動かす。
「見てー礼司だ!かっこいいよねー」
「王子様みたい!!」
フェンスの向こうでギャイギャイ騒ぐ女子生徒たちに答えるように礼司が片手をあげた。
ハルはそれを不満に思ったのか、唇を尖らせ、気を紛らわすように鞄から''時間逆行の旅''と書かれた本を取り出した。
ー・・・
「おつかれっしたー」
「おー、おつかれー」
礼司は先輩たちに頭を下げ、ベンチでまっているハルのところへ走って行った。
すっかり時間が経ち、夕日がグランドを赤く染めていた。
「ハル!」
礼司は本を読むハルの前に立ち、遅くなってごめん、と謝った。
だが、ハルからの応答は無く、それどころかハルは本を握りしめたまま微動だにしない。
「ハル?どうした?」
礼司はハルの顔を覗き込んだ。
すると、ハルはやっと礼司に気づいたかのように、いきなり立ち上がった。
バサバサと音を立てながらハルの鞄から教科書などが落ちていき、小さく砂埃が起こる。
ハルは震えながら本を握る手を後ろに隠した。
「どうしたんだよ」
もう一度礼司が尋ねる。
その顔は何かを察したような、引きつった笑顔だ。
さっき拭き取ったはずの汗がまたじわりじわりと出てくる、そんな感覚に礼司は陥った。
「何でもないよ」
ハルの目が赤く腫れていた。
「泣いてたのか?」
ハルはビクリと体を震わせた。
(あの本に感動したとか、か?)
感情豊かなハルならあり得そうだが、さすがにここまで動揺されると、何だか疑り深くなってしまうものだ。
「本当に、何でもないから」
「なら・・・いいけど」
ただ本を貸しただけでハルをこんなに鬱な気分にさせてしまうなら貸さなければ良かった、と礼司は後悔した。
ー・・・
side,未羽ハル
記憶が戻った。
これが正しい言い方なのだろう。
あの本、''時間逆行の旅''の主人公アンは、まさに私だった。
そう、私は確かに願った。
パラレルワールドという世界の仕組みを初めて知り、私の知らない礼司と巡り合う事を・・・。
まだ記憶は全て取り戻したわけではないけれど、''時間逆行の旅''の最後には2人は離ればなれになり、結局残ったのは悲しみとお互いの伝える事の出来なかった想い。
最後のページを読んだあと、心臓が潰れそうになった。
私は時がくるまでに想いを伝えなければいけない。
ここまできたら、後戻りはできないのだから。
ー・・・
side,神崎礼司
君の言いたい事は、分かるんだ。
僕はあの本を見たとき、ロイドとアンを僕とハルに重ねて読んでいた。
しっくりしすぎて怖かった。
ねぇ、ハル?君を傷つけない言葉があるとしたら、僕は迷わずそれを言い続けるから。
君を繋ぎとめる言葉があるなら、僕は迷わずそれを叫ぶから。
だから・・・どんな結末だろうが、僕は受け止めてみせるよ。
ー・・・
いつもの授業、グランドに立つ桜の木、心地良い春風。
礼司は授業中にもかかわらず、頬杖をしながら瞳を閉じていた。
たまにハルが身をよじり、制服が擦れる音がする。
あの日以来、礼司とハルは何も変わっていない。
残り少ない時間を有効に使う方法も、素直に気持ちを伝える方法もお互い分かっているようで、分かっちゃいなかった。
ハルの鞄からあの本の黒い表紙が少し見えている。
礼司は目を逸らした。
(時間、なんだろうな)
すると、ハルがゆっくり後ろを向いて礼司を見た。
時が止まり、先生の声や生徒たちのざわつきも消える。
ただ、優しい風と共に桜が教室に入ってくる。
「雪みたいだ」
と、礼司。
「えぇ」
ハルは桜の花びらを手に取ると、その花びらをさらうように風が飛ばした。
「もう俺たちが出会って一ヶ月は経ったかな」
「うん。それくらい、かな」
そしてハルは鞄から''時間逆行の旅''を取り出し、最後のページを開いた。
礼司はとっさにハルの白く、細い手を握った。
最後のページをよんでしまったら、ハルが消えてしまう気がしたからだ。
「私のわがままを叶えたのは神様。でもね、私を幸せにしたのは神崎くん」
「あぁ・・・知ってるよ。俺を幸せにしたのはハルなんだから」
二人の目はうっすらと涙がにじんでいる。
その時、強い風が桜と共に二人を包んむ。
ー・・・バタンッ
ハルは立ち上がり、礼司を強く抱きしめた。
音を立てて本が床に落ちる。
「後悔が無いって言ったらそれは嘘になる!だからっ、だから私またおねがいする!礼司と会いたいって!」
「俺も、願うよ!・・・きっと、叶うはずだ」
「うんっ・・・」
ハルと礼司は向き合うと、涙を溢れさせるお互いを見て微笑んだ。
そして、ハルの口がゆっくり開き、言葉を紡ぐ。
ーー好きだよ・・
礼司は驚いたように目を見開き、それから頷いた。
「俺も、好きだ」
その言葉はハルに届いたかは分からなかったが、気づいたらいつもの教室で礼司は授業を受けていた。
もう、前の席にハルの姿は無い。
礼司はいつものように頬杖をつき、窓の外を見た。
グランドの桜の木は、あの鮮やかな桃色の花は枯れ、殺風景な木だけだ。
「ハル・・・」
目を閉じると、一筋の涙が頬を伝い、ポタリと落ちた。
ハッ、と礼司は何かに気がつくと、机を見た。
そこには、相変わらず殺風景な表紙をした''時間逆行の旅''の最後のページが開かれていた。
そして、綺麗な字で綴られた言葉に、礼司は目を見張った。
〈神崎くん、また会いに行きます。だから、絶対待っててね。離れていても、ずっと一緒だから〉
一枚の桜の花びらが礼司の前を横切ると、本の上に静かに落ちていった。
僕が君と出会うとき 。
目一杯、君を愛すると誓うよ。
僕が君と出会うとき。
皆様、僕が君と出会うとき。を読んでいただいてありがとうございました。
私の感想としましては、受験に追われる毎日で、なかなかいい感じに仕上げることができなかったなぁ、と思います。
そしてこの作品でイチバン注目して欲しいところは、礼司が人と話すときは「俺」と言っていて、心の中で思って言っているときは「僕」と言っていることです。
気づきましたでしょうか?
これは、礼司の強がり、的なものです。
いつも友人の前では明るく振る舞い、俺、と言います。
ですが両親を亡くし、孤独な礼司の心は常に冷め切っているため、さみしい自分を無理矢理押さえ込んでいる様子を表しています。
意味不明で本当すみません・・・・。
でも書いてて楽しかったです!
また読んでくださると嬉しいです!!