ヴォルケーノ・タワー

この話は、打楽器アンサンブルである、
J・グラステイル作曲
「ヴォルケーノ・タワー ~7人の打楽器奏者のための~」
という音楽がモチーフとなっております。
その名の通り、7人の勇者たちの物語です。
肩の力を抜ききって、適当に楽しんで下さい。
皆様に読んで頂けるほど幸せなことはございません。

それでは、「ヴォルケーノ・タワー」
楽しんで下さい。

有史以前のはるか昔、名も無き大陸の突端に、大地の神として崇められていた火山がありました。
火山のもたらす自然の恵みは、この大地に住む者にとって生命の源。
その恩恵を浴する者たちはみな火山の守り人となり、いにしえより受け継がれてきた「紅玉」と呼ばれる巨大な宝石を奉るため、300年の歳月をかけて天高くそびえ建つ「ヴォルケーノ・タワー」を建立させたのでした。

ある日、はるか北の大地「ゴルシーダ」を支配する氷の女王が現れ、守り人が張り巡らせた強固な結界を破り、塔の門をこじ開けてしまいました。
守り人達は一斉に塔を目指しましたが、氷の国から続々と押し寄せる使者達に阻まれ、塔の最上階に鎮座する「紅玉」が奪われるのはもはや時間の問題。
褐色を帯びていた塔は氷で覆われ始め、空には太陽をさえぎる雲が一面に立ち込め…。

誰もが諦めかけていたその時、大きな虹がはるか遠く、海原から弧を描き大地に差し込んだかと思うと、その虹に先導され、小さな船が7人の若者を連れて港にたどり着きました。

「7つの光が海より舞い降りしとき 大いなる大地に生命が復活する」

守り人達が語り継ぐ、いにしえの予言を聞いた7人の若者たちは、長い沈黙の末、ゆっくりと塔を見上げました。まだ地熱の残る、薄暗いジャングルへと彼らが消えたのは、それからまもなくの事でした
――グラステイル国に伝わる昔話より


「ねえ、この後はどうなるの?」
「話の続きはね、自分の力で作るものなんだよ。」

物語を開始しますか?
→Yes
No


Ready?

序章 時見の決心

1年の半分は氷に閉ざされた私の国。
母は女王としてこの国を統治してきた。
国民たちは冷酷な独裁者だと嫌っているが…
私にとっては、強くて優しく美しい母でしかない。
そんな母が民衆に捕らえられた。

300年前、このヴォルケーノ・タワーが出来た頃に私たちはこの地にやってきた。
火山による地熱を源とするこの国は、氷に閉ざされた私たちの国とは違い資源もあった。
氷の国、ゴルシーダ国の国民たちは、度重なる凶作で餓死寸前。
そこで、豊富な資源のあるこの国を、半ば強引に併合したのだ。
母はすべての国民を救うため独裁体制を布き、全土を統治してきた。
確かに、かなり厳しい政治だったのだろう。国民は、相当苦しい生活を強いられていた。

民衆の怒りが頂点に達し、起こった今回の革命。
娘である私は、何ヶ月か前から病気でこの塔に隔離されていたため無事だった。
しかし、女王である母はもうすぐ殺される。
そうなれば、私がこの世からいなくなるのは時間の問題だろう。

私は生まれた時から体が弱く、よくこの塔に連れてこられていた。
弱い体と引き換えに持って生まれた、「時見」という能力。
今ある状況を分析して未来を見る、遠い島国に古くから伝わる能力。
この能力を使わなくとも分かる。このままでは、私たちに未来は無い。

「話の続きはね、自分の力で作るものなんだよ。」という母の言葉が甦る。
私にも、母を救える…?
私にも、未来は作れる。そのためには、仲間が必要。
古い文献に載っていた、7人の若者たち。

銃術師(ガンナー)、騎士、音使い、幻術使い、風使い、そして時空(トラ)操者(ベラー)
自分の力で、世界を作る。
私は未来を変えてみせる。

1章  銃術師(ガンナー)と騎士

「ちょっと樹!!いつこっち着いたのよ!!」
北欧にある武術育成学校、その校舎裏に夏美の声が響く。
昼休みということもあってか、人影はまばらだ。
ダークグレーのブレザーにチェックのプリーツスカート、胸元には深紅のリボン。
腰元のホルダーには、よく手入れされたパーカッション式リボルバーが入っている。
「昨日だよ昨日。来るって言ったら、夏美は絶対に大騒ぎするだろ。」
向かい合って座る樹は、同じブレザーにすらりとしたズボン。胸元には深紅のネクタイ。
腰元には、東洋の剣…刀を持っている。
「そんなに大騒ぎしないよ。でもさ、大事な親友だっていうのに知らせてくれたっていいじゃない。」
ほっぺたを軽く膨らまし、いじける夏美。
「悪いって。そんなことより夏美、そんな余裕でいいのか?またオレに成績抜かれるぞ。」
成績のことを持ち出され、からかうような樹に夏美も負けるわけにいかない。
「余裕なのは樹のほうでしょ。あたし、こっち来てからもかなり腕上げたんだよ。」
「さて、オレにそれが通用するかな?」
久しぶりだった時間など物ともせず、まるで会っていなかった時など無かったように進んでいく2人の会話。
昔を思い出し、夏美はしみじみと呟く。
「…何だかんだで樹といたら、毎日退屈しなそうな気がする。」
「オレもそう思うよ。夏美は話してて飽きないからな。何より技術あるし、強いし。」
ふいに目が合い、2人で噴き出すように笑う。
「…なんかこんな会話、前にもした気がするよね。だいぶ前だけど。」
「そうだな…そういやさ、刀の練習できる場所ってあるの?今のうちに案内してよ。」
さっそく勉強モードになる樹。
「あるある。やっぱり向こうの学校とは桁違いに広いし、設備も整ってるよ。使ってるが多いしね。」
「制服はオレの好みじゃないけどな。でもまさか、外国に来てまで指定の制服とは…」
少し残念そうに笑う樹。
「何よ、あたしがもっと可愛い格好してることを期待してたの~?」
全身を見せるようにくるりと回る夏美を、樹は生ぬるい目で見る。
「いや、お前には全く。寧ろ、周りの女子が何を考えているのかが気になる。」
「樹…全く期待してないって、それはそれで酷くない?」

喧嘩しながらも仲がよさそうに歩いていく2人が初めて出会ったのは、まだ2人が自国にいた2年前。
国内でも選りすぐりの人が通う学校の夏美のクラスに、樹がやって来たのだ。
「初めまして、岩代樹です。よろしくお願いします。」
樹の下げた刀を見て、一瞬クラスがざわめく。
夏美のクラス――「特別能力養成支援クラス」
とまあ何とも長い名前の付いたこのクラスは、国家のあらゆる分野の次世代を担うであろう人々ばかりが集められるクラスである。
また、学問を始め普通のクラスでは能力を持て余す人が入れられるクラスでもあった。
もちろん一般社会に出てから役立つようなこともやるのだが、全体としての勉強のレベルはかなりレベルの高いクラスなのだ。
したがって近年、クラスのメンバーは研究者体質や化学能力などを持った…どちらかと言えば、武術は不得意な人間ばかりだった。武術が出来る物は勉強なんかして高みを目指すより、近場で力だけをつけたいをいう人間の方が多いからだ。
何より何十年も前ならいざ知らず、現代になってからは武術を披露する機会は少ない。
この国に戦いの無い今、武器の扱いが上手くても、よほどでないと武術系の仕事に就くのは難しいのだ。
そんな訳でこのクラスにに武器を主体とした生徒が入ってくることは近年珍しく、夏美だけでもかなり変わった存在とされていたのだ。
しかもその時夏美は本人の努力と才能で、クラスでもトップの成績を取り続けていた。
しかしクラスから浮くこともなく、その明るさと気さくさでクラスでもそれなりに楽しくやっていた。
「初めまして、岩代君。あたし西園夏美。何でも聞いてよ。」
「樹でいいよ。よろしく」
適当にありふれた挨拶を交わし、ひとしきり話した後に夏美が聞いた。
「ねえ、樹。ちょっと気になってたんだけどさ…」
夏美は素直に思っていた疑問を口にする。
「樹は、なんでこんな中途半端な時期に転校してきたの?もっと最適な時期があったんじゃないの?」
今は10月上旬。
確かに、普通はこんな時期に来ることはない。
夏美が聞かなくとも、クラスの誰かは聞いてきたであろう疑問だ。
その質問に樹は、平然と言い放った。
「西園さん、どうしてそんなこと聞くの?自分に才能と能力があると分かったら、それを磨くために全力を注ぐことは当然じゃないか。」
夏美は、言われたことが一瞬受け入れられかった。
というか、あまりに自分と思っていることが同じで、素直に受け入れられなかった。

夏美がこの学校にやってきたのも、6月という中途半端な時期だった。
自分の才能に気づき、もっとこの才能を磨きたいと思ったから。
元々リボルバーの扱いは上手だった。
しかし自惚れなどではなく、もっともっと技術を磨くための才能も価値もあるし、努力するだけのことも自分には出来ると確信した。
友達は「せめて夏休みまで一緒にいて欲しい」と言ったが、夏美は迷わず断った。
「ごめんね。今の学校は楽しいけど、あたしはリボルバーの技術をもっと磨きたいの。そのためなら、何でもする。全力を注ぐことは当然だと思うんだ。」
そう言って、夏美はこの学校に来た。
確かにここはとてもレベルの高い学校だったけど、正直言って夏美ほど意識の高い生徒はほんの一握りだった。
そこで、持った才能と信じられないほどの努力で、トップになったのだ。
まさか、この台詞を他人から聞く日が来るとは思わなかった…

「夏美でいいよ。いや、ほんとに、この時期に来るのは珍しいからさ…。でも、びっくりした。樹があたしと同じこと思ってるとは知らなかったからね。」
「ふうん、お前は相当やる気あるみたいだな。ずば抜けて技術があるって、先生たちも教えてくれたよ。」
「あえて否定はしないでおくよ。自分で言うのもなんだけど、意識はかなり高いと思うからね。」
「そうか…楽しみだな、ここの生活。夏美みたいなのがいたら、自分の技術も高まりそうだし。」
「あたしも樹みたいな人、ここに来てはじめて見た。面白くなりそう。」

そして1ヵ月後の試験結果発表日。
「樹、樹。…結果どうだった?」
放課後、個人の練習に行く前の教室。
「夏美か…。知りたい?」
「知りたいじゃないわよ!!あたしが2番なんだから、樹が1番なんでしょ!!」
あきらかに不機嫌な夏美の顔。無駄に爽やかな樹に完全に腹を立てている。
「今回は、夏美の努力が足りなかったようだな~」
ニヤニヤ顔の樹に、夏美は怒りのあまり真っ赤になった。
「うっさい!!何面白がってるのよ!!絶対、次は見返してやるんだから!!」
「ふーん。そんなこと夏美に出来るのか?」
からかうような表情の樹。
「出来るに決まってるでしょ!!あたしを見くびらないで欲しいわね。」


「ってことも、あったよね…」
何だかんだ言っても、大切な友達に久しぶりに会ったのだ。
思い出話にも花が咲くのは必然的だろう。
「すまん夏美。すっかり忘れてたわ。」
「樹の薄情者~!!!!!」
そして今、2人は日本から遠く離れたこの学校にやってきた。
自分の技術を高めるために。もっと強くなるために。
「それにしても、樹もここに来るとはね。」
「夏美が来たところに、オレが来られない訳ないだろ。夏美には絶対負けないし。それにお前、未だに接近戦苦手だろ。」
うっ…と、悔しげに言葉を詰まらせる夏美。
「何で分かるのよそんなこと。それに、樹は遠くから攻撃できないくせに。」
「仕方ないだろ刀なんだしさ。でもその分、夏美とオレが手を組めば最強だろ?」
相変わらず、楽天的な樹。
一人で戦わなくてはいけなくなったら、どうするつもりなんだろう?と一瞬頭を悩ませる夏美だったが…
「そう…だね!!まあ、樹なら大丈夫か。私ほどじゃないけどね~」
今のところ樹と離れて戦うことがあるとは思えないし…と、夏美もすぐにいつもの調子に戻る。

そんな会話をしながら、夜は更けていく。
世界屈指のガンナー西園夏美と、東洋の騎士、岩代樹。
本人たちは決して認めようとはしないが、2人の間にはたしかに確固たる絆が生まれている。

「そういや樹、さっきから気になってたんだけどこのカーテン何?」
夏美が部屋の片隅にある、不自然な布で覆われた壁を指さす。
「いや、この部屋来たの、昨日の夜だからよく分からない。でも、昨日は無かったとおもうけどな。」
「あんた仮にも戦士でしょ!?不自然だと思うなら調べなさいよ!!」
「いや、だってちゃんと見てなかったし。」
しかし確かにその布は、まるで何かをあからさまに隠すように付いている。
まるで、めくってくださいとでも言いたげに。
「それにしても普通、こんな所にカーテンなんか無いよ。開けていい?」
「駄目って言っても開けるだろ。お好きなようにどうぞ。」
夏美が恐る恐るめくった壁にあったのは、直径が1.5メートルほどの巨大な穴だった。
「…樹?何これ。」
「オレに聞くな。分かる訳ないだろ。」
それは、本当にかなり大きかった。
先は見えない。どこへ続いているのかも分からない。
でも、その遠くの遠くの方からは、こことは別の匂い、かすかな潮の匂いがした。
「…行ってみない?」
好奇心から、夏美がそう言う。
「はあ?嫌だよ。ここオレの家だけど。」
「行くのよ!!あたしの言うこと聞けないの!?」
樹の袖を持って、引っ張っていこうとする夏美。 
「ってちょっ…。引っ張るな引っ張るなって!!!せめて刀持たせて!!!夏美も銃持て!!!」

2人の向かう先は…

2章  音使い

森の高台で、日が昇る前に「音」を確認するのが「使者」である僕、藤崎柾哉の役目。
「使者」と呼ばれる特別な能力を持つ人間が、この世界にはわずかながら存在する。
僕の能力「音使い」の仕事は、自分が出した音で世の中のことを知り、傷を癒すこと。
また、音が届く範囲ならば、自分の感情を他人にコピーしたり、言葉を伝えたりもできる。
便利といえば便利なのだが…
例えば僕がいらいらしながら仕事をすると、音が聞こえた人はみんないらいらしてしまうといった具合に厄介なことも多い。
言葉を伝える場合なら、しっかりと念を込めないといけないからそんなことはないんだが。
そんな訳で手軽に「音」を出せるように、いつもは木で出来たシンプルな横笛を持ち歩いているのだが、これでは物足りなくなってきた。
歌でもいいんだが、声は届きにくいしな。
やっぱり、本領を発揮するには打楽器がいいだろう…
もしもの時に備えて、音は遠くまで届く方がいい。

「柾哉…いる?わたし、鈴香だけど。」
庭で木を削っていると、「使者」仲間が来た。
この人は、有枝鈴香さん。
僕より100年くらい前から一人前の使者として活動している「風使い」だ。
ただ、僕たち使者は人間よりもはるかに寿命が長く体の成長が遅いので、たたずまいや姿は若々しく美しい女性のまま。
彼女曰く「東ヨーロッパのとある国」のものである濃紺と白の民族衣装風の服を身にまとい、長めの美しい藍色の髪を落ち着いたツインテールにしている。
「どうしたんですか?鈴香さん」
僕と年はそう変わらなく見えるのに、物凄い力をやすやすと使いこなす凄い人だ。
使者の中でも一応先輩ということもあるが、単純にとても尊敬している人物でもある。
なので、だいぶ打ち解けてきて仲良くなった今でも、自然と敬語が出てくる。
まあ、単に敬語を使ったほうが慣れていることもあるけれど…
「柾哉は気づいた?っていうか柾哉なら気づいたでしょ。最近、北欧のほうからすごく良くない空気が来てるの。」
「知ってますよ。ただ、僕の場合は音で感じていますたけど…。ここ300年ほど、あそこからはいつもいつも嫌な不協音が返ってきましたから。」
あれは本当に嫌な音だ。僕の力でも音が届かないために癒せず、いつも不愉快な思いをしていたんだ。それが始まった300年前といえば…
「そう。あれは、丁度ヴォルケーノ・タワーが出来て…。氷の国…ゴルシーダの女王アリシアが侵略して、あの辺を統治し始めた頃ね。」
鈴香さんが、遠い目をして言う。
「はい。民衆たちは、ずっと不満だったでしょうね。彼女がグラステイル国を治めていることが。しかし、国民たちはそんなに力が無かったんですかね?グラステイルの人々なら、今までに反乱を起こすことは出来たでしょうし。そもそもあの時、グラステイルほど強い人々が、ゴルシーダみたいな小国に負けたのが不思議ですよ。」
確かグラステイルの国民たちはあの辺ではかなり結束が固く、強い人々だったはずだが…
「いえ、それはおそらく使者のせいでしょ。アリシアは、昔から頭が良くて口が達者な女性よ。使者を雇っていても不思議ではないわ。王室付きとして暮らしたい使者だって、中にはいるでしょうし。」
使者にも色々な人がいる。
僕や鈴香さんのように自給自足の生活を営んでいる者も多いが、権力者に仕えて一生を過ごす使者だっているのだ。
あの氷の女王のことだ。きっと使者を雇っているんだろう。
グラステイル全体を一人で相手するなんて、さすがの僕でも勘弁したい。
「それにグラステイルの人々は、力が強いのと同時にとてもプライドの高い人々よ。ゴルシーダみたいな小国に負けたことで、かなり自尊心を傷つけられたんじゃないかしら。」
鈴香さんのこの読みは、多分当たっているだろう。
300年前からの不協音には、怒りと諦めが常に付きまとっていたのだから。
「でも、こんなに大きな出来事は、そうそうありませんよ。」
氷の女王、アリシア=クロンクヴィストの治める国、ゴルシーダ国。
僕は面識が無いけれど、誰かの身に良くないことが起こるのは気分のいいものではない。
「アリシアとはもう何年も連絡を取っていないけど、あんな大きな悪風はそうそうあるものじゃないわよ。柾哉の言うとおり、あの国に何か起こったんだわ。大飢饉とか…何か大きな病気の流行とか。」
「それか…革命ですね。」
僕だって、予想はしていた。
何日か前から、良くも悪くも世界を揺るがすような出来事が起こりつつあること。
「ゴルシーダ側の使者が、グラステイルに寝返ったりすると厄介ですね。」
「ええ。そうなれば、グラステイルは確実に勝利し、ゴルシーダは滅ぶわ。そうなればアリシアも生きてはいない。彼女には娘がいると聞いていたけど、その子の命も無いでしょうね。」
だいぶ仲良くなったとはいえ、僕には未だに鈴香さんの交友関係などがどうも掴めない。
「鈴香さん、ずいぶんゴルシーダの女王のことを知っているようですが…仲が良いんですか?」
「…ええ。昔ちょっと…ね。ちょっとわがままだけど優しい、いい人だったわ。」
まるで、そのことについてはあまり触れたくないように言葉を濁す。
まあ、そこまで他人の個人情報を詮索する気はないけれど。
誰だって、今は殆ど無くなってしまった昔の交友関係はあるだろう。
「それより柾哉。このままあの国を放置すれば、先々大変なことになりかねないわ。そんな予兆を、風使いとして見過ごす訳にはいかない。」
「それは、音使いとしても同じことですよ。鈴香さんはどういった意見ですか?」
「わたしは、柾哉のように人を癒す力は無いから…。まずは、音使いであるあなたに様子を見てきて欲しいの。希望する場所までなら運んであげられるから。」
確かに、鈴香さんの能力は風を操ることだけだ。
でもだからこそ、風は大きな戦力になるのだが…
確かにこの状況で彼女がグラステイルに行くことは、かなり危険なことだろう。
もし本当に革命が起こっているとしたら…
「僕は行きますよ。丁度、あの辺に住んでる幻術使いに用事があったので。鈴香さんが来なければ歩いていくつもりでした。」
ただ彼女とはもう何百年も連絡を取っていないので、僕のことを覚えているかは定かではないけれど。
というか鈴香さんに頼まれては、僕は嫌とは言えない。
「グラステイルに住んでる幻術使い、昔の知り合いなんです。僕にしてみれば、鈴香さんに運んでもらえれば時間と労力がかからなくてありがたいですよ。」
「そう…。じゃあ、お願いするわ。くれぐれも、危険な真似はしないように。あと、アリシアには絶対に接触しないでちょうだい。あの子は怒ったら、何をするか分からないから。」
「間違っても、そんな真似しませんよ。だいいち、僕にはゴルシーダの女王と面識が一切ないんですから。」
僕がそう言うと、鈴香さんは意外そうな顔で僕を見た。
「そう…だったわね。いや柾哉なら、いざとなったらどんなことでもやりかねないから。」
…僕はそこまで突拍子もない人間だと思われているのだろうか?
「大丈夫です。僕は、そこまで突拍子もない人じゃないですよ。で…いつにしますか?出発するのは。」
確かに、周りからはよく「行動が理解できない」と呆れられますがね。
でも、全部僕の意思と気分の問題だからな。
常識外れなことはさすがにしない。ましてや、氷の女王相手ならね。
「ここからグラステイルまではそう遠くないけれども、なるべく早いほうがいいわね。事は早急に行うべきだわ。」
あそこまでは、風に乗って半日といったところか。
丁度いい。
新しい楽器の腕鳴らしでもしながら行こうか。
「では鈴香さん。1時間後にお願いできますか?今から行けば、今日中に着きますし。」
「…帰ってきたら、わたしに一番に伝えてちょうだい。わたしまで動く訳にはいかないから。」
「もちろんですよ。それに、鈴香さんにつれて帰ってもらわないと、歩いて3日はかかる道なんですから。」

いつも音を聴く高台から、風に乗って進む。
幻術使いや風使いを始め、一つの種類の「使者」としての能力を持つのはこの世に一人だけ。自分と同じ能力を持つ使者は存在しない。
その能力は世襲制であったり、転生のもの、あるいは突発的に生まれるものなどさまざまだが、決して2人同時に存在することはない。
これは「同時存在第五条」と俗に呼ばれ、仮に同時に力を使うと、どちらかは生存できなくなるらしい。
今から訪問する使者。幻術使い、中谷悠奈。
彼女とはとても仲がいいという訳でもなかったが、それなりに昔はしゃべる間柄であった。
しかし300年前から突然連絡がとれなくなり、一度も連絡を取らないまま、とうとうここまで来てしまった。
彼女の幻術は、相当優れている。
幻術だけでなく「ソロモンの72柱」を自由に召喚できる幻術使いなど、今までにそうそういなかっただろう。
懐かしい人物なので、会うのも楽しみだ。
ただ心配なのが、彼女の住処が変わっていないかどうか…

僕は風に乗って、出来たばかりの楽器を奏でる。この世界の傷を癒すために。
グラステイルに近づくにつれて、音の亀裂はどんどん大きくなってゆく。
本当に…
この国で何が起こっているのか。

…いた。あそこだ。
小柄な体に、抜けるように白い肌。
黒を基調とし、あちこちにフリルとリボンをあしらった豪奢な、いわゆるゴシックロリータのワンピース。
肩ほどの長さの漆黒の髪をポニーテールに結い上げ、黒いレースのリボンを結んである。

「悠奈…?久しぶり。」
「…あれ、久しぶりだね。音使い。」

3章 幻術使い

あの、ゴルシーダによるグラステイル併合から300年。
そして、自分…中谷悠奈がアリシア女王に仕えるようになってから300年。
…こんな風になるはずじゃなかった。こんな風に、昔の住処に帰ってきたくなかった。

アリシアが初めて悠奈のところにきたのは、この暖かいグラステイル国に、珍しく雪が降った日だった。
いつものゴシックロリータのワンピースだけでは寒くて、上にケープを羽織って外で薪割りをしてたら、知らない女の人が氷のそりに乗ってやってきたんだ。
「…幻術使いはいる?話があるんだけど。」
あれ?この人、見たことあるような無いような…?
「ねえ、訪ねてきてもらったとこ悪いんだけど、あなた誰?」
知らない人に話があると言われてもね。
「私はゴルシーダから来た、アリシア=クロンクヴィスト。お前が幻術使いか?」
「うん。私が幻術使い、中谷悠奈だけど。何か用?」
ゴルシーダっていうと、あの北の方にある小さい国か。
悠奈はあの国とは関わったことも無いし、友達もいないはずなのに。
「中谷悠奈。お前は相当な幻術と幻獣の使い手であると聞いたのだけれども、どの程度なんだ?」
ああ、そういうことか。
この人は「中谷優奈」ではなくて「幻術使い」に用事があるということか。
「つまり、こういう事ね。あなた…アリシアだっけ?身なりから言って、かなり身分はたかいよね。あなたは何か困っていることがある。だから使者、幻術使いである悠奈に助けを求めに来た。でも、あなたは警戒心が強く用心深いから、自分のことをぺらぺら話したりしない。そして、悠奈がどのくらい頼りになる使者なのか確かめようとしてる。そのために悠奈に幻術を使って欲しい。悠奈の能力が自分に役立つのか見たい。違う?」
彼女の全身真っ白の高そうなコートの下からは、小さな宝石が縫い付けられた豪華なドレスが覗いている。
他にもさまざまなアクセサリーや立ち振る舞いから、この人はかなり身分の高い人間なんだろう。
それくらいのことは、私にもすぐに分かった。おおかた、お金持ちの貴族だろう。
「…よくわかったな。さすがは幻術使いという訳だ。」
「これは、幻術使いとしての能力じゃない。未来が知りたいなら、時見さんを当たってよ。まあ、時見はもう何千年も前に滅びた能力だって言われてるけどね~。」
この人は、いったい何をしたいんだろうか。
「いや、今回は時見ではなく幻術使いが欲しいんだ。どの程度の能力があるんだ?」
ここまで言われて、嫌と言ってしまうほど悠奈は能力が無い訳じゃない。
「いいよ。そこまで言うなら、悠奈は幻術を使う。でも分かってるの?幻術っていうのは、相当危険なものなんだよ。現実と区別がつかなくなっちゃうようなものだってある。それでもいいの…?」
「…それは困るな。私の気が狂ってしまったら、元も子もない。」
微笑を浮かべる彼女だが、その目はあくまで冷静だった。
「なんてねっ。嘘だよ。初対面の相手にそんな幻術は使わないよ。そんなことになっても、悠奈が困るだけだしね。」
右手を円を描くように動かす。1人相手なら、この方法で十分だろう。
直径15cmほどの色鮮やかな蝶が飛び出す。
続いて、この地には絶対いないような小鳥や動物。
さらにドラゴン。今日は寒いから、火でも吹いてもらおう。
力を見せて欲しいらしいから、これも使おうかな。
「72柱が第48よ。我にその忠誠を示せ!」
左手の指輪を光らせ、ソロモンの72柱を呼び出す。
「第48柱のハーゲンティ。わが主の心のままに。」
牛の身体にグリフォンの翼を持つ、ハーゲンティが姿を現す。
「さあ、あなたの能力を十分に発揮しなさい。」
こいつはいわば錬金術師。
72柱の悪魔たちの中でも、比較的平和で扱いやすい存在だ。
あっという間に家の門が純金に変わり、桶に汲んであった水は葡萄酒に変わる。
ひとしきり暴れさせたところで、幻術を使うのをやめた。
「どう?こんなものだけど。どうだった?」
「予想以上だ。」
あ…ちょっとやりすぎたかな。
そう。幻術使いの能力は、頭の中で考えたことをそのまま実体化できること。
ただし、その大きさや使い手の体調によってかなりの精神力や体力を消費するけれど。
それに悠奈は、「ソロモンの72柱」達も使役してるから、自由に召喚して操れるし。
「ごめんね。ちょっとやりすぎちゃった。1人なんだから、もっと手加減したほうがよかったかな。でも、能力を見せろって言われたから。」
「いや、問題ない。これなら、十分戦力になってくれるだろう。」
…へ?
戦力って…どういうこと?
「申し遅れたな。私はゴルシーダ国の女王、アリシア=クロンクヴィストだ。」
…この人、女王だったんだ。
「私には使者としての戦力が必要だった。だから、幻術使いが必要なんだ。私がお前を雇う。ゴルシーダの使者として戦ってくれ。」
「やだよ。悠奈、そんな頼まれ方するの嫌いだもん。それに、何で戦うのかも分からないのに戦いたくない。」
何かえらそうだし。大体、そんなことに体力使いたくないしね。
「そうか。では説明する。私はゴルシーダの民を救いたいんだ。」

概要はこうだった。
ゴルシーダ国は、はるか北の地に位置する、国土の半分を山と氷に覆われた小さな国。
寒い上に平地が少なく土地が痩せているせいで元々あまり豊かな国ではないのだが、ここ数年の凶作のせいでもう殆ど食べるものが残っていないそうだ。
たとえこの冬を乗り切ったとしても、今のままの国土では国は立て直せない。
このままでは国民たちの間で暴動が起き、飢餓による死者が多発し、さらに不健康のために何か良くない病気が流行して、国ごと滅びるらしい。
「ふうん…それにしても、よくそこまで詳しく未来を予測できるね。女王様の力ってやつ?」
「残念ながら私の力ではない。時見だった祖母の力だ。もう死んでしまったがな。」
「へえ…時見って存在したんだ。事情は分かったよ。でも、なんで戦力が必要なの?今の話だけでは、うっすらとしか状況が見えてこないけど。」
「…私は、女王としてゴルシーダを見捨てる訳にはいかない。このままでは、ゴルシーダは確実に崩壊するのだ。だったら、崩壊する前に国土を増やせば良いだけのこと。私はこのグラステイル国を、ゴルシーダに併合しようとしているのだよ。全ては、国民を救う為だ。」
国民を救うために戦う。
この人の言っていることは、全部に共感できる訳じゃないけど…
「中谷悠奈。あなたを、王室付きの幻術使いとして正式に招き入れたい。受け入れてくれるか?もちろん、それなりの待遇はする。私は、約束は必ず守る。」
悠奈だって、苦しんでるゴルシーダの人を見捨てたくない。
それに…
ここだけの話、今、あんまりお金無いんだよね。
このまま断ると、悠奈の方が飢え死にしそう。
「本当に協力すれば、ゴルシーダの人たちを救えるの?それなら悠奈はあなたに協力するよ。でも、ただみんなを助けたいだけだから。」
みんなを助けたい。それは本当。
「本当か?では、とりあえずしばらくは私の王宮で生活してもらう。そりに乗れ。」
ああ、王室付きっていうのは、そういうことなんだ。
「うん。いいよ。ちょっと待ってて。」

もう、この家にはしばらくは来られないだろう。
荷物をまとめて家を出ることを少し寂しいと感じたけど、そんなこと考えてる余裕は無い。
この瞬間も、ゴルシーダの人たちは苦しいんだ。
2人を乗せた氷のそりが、勢いよく走っていった。

「それにしても、幻術使い。お前がこんなにあっさりと承諾してくれるとは思わなかったぞ。てっきり、あと4回は来なければいけないと思っていた。」
何だか機嫌がよさそうなアリシア女王。
「勘違いしないでよ。悠奈は、あなたのために王室付きになるんじゃない。ゴルシーダの国民の為だから。」
「しかし、お前はグラステイルの人間だろう。なぜゴルシーダに味方する?」
やっぱりそれか。
「…似てたからだよ。」
このことを、他人に話すのは初めてかもしれない。
「悠奈はグラステイルに長く住んでるし、国のことにも詳しい。でも、悠奈が育ったのはあそこじゃない。もっと南の方の小さな国から来たんだ。上の学校に行くちょっと前、国に飢饉があってね。でも、この機会を逃したら学校には行けないから。それに、悠奈は「忌み子」だったから。」
ずっとずっと忘れていたかった。
「忌み子?そんな言葉は初めて聞いたぞ。」
アリシアが首をかしげてるけど無理もない。
「忌み子っていうのは、うちの国の風習…いや、うちの村の風習かな。こっちでは使者なんて一般的じゃないし、知らない人もいっぱいいるんだ。増してや悠奈は幻術師だったしね。変な幻術を操り、なかなか歳を取らない悠奈は、異様な存在として村中からいじめられた。無視された。悠奈はずっと一人ぼっちだったんだよ。だから、みんなのことを見捨てることに抵抗は無かったんだ。ちょうど、ソロモン72柱たちを呼び出せるようになった頃だったしね。」
あの頃は、早くあそこから離れたかった。
飢饉とか、ほんとにどうでもよかった。
自分のことを考えることしか出来なかった。
「全寮制だったから、2年間帰れなくて。やっと卒業して、国に帰ってみたの。そしたら…」
使者にとっての二年間は、長い長い一生のうちのほんの一瞬に過ぎない。
でも、人間にとっては十分すぎる時間だった。
今もあの時の光景は、目に焼きついて離れない。
「みんないなくなってたの。あるのは無数の粗末なお墓だけ。飢饉でみんな死んじゃって、残った人は別の町に引っ越してた。そのときの女王は、怯えて外国に逃げちゃったんだって。情けない女。」
そのことに耐えられなくて、悠奈はグラステイルに引っ越してきた。
「だから、その意味では悠奈はあなたを尊敬するよ。あなたは国民を見捨てずに、救おうとがんばってるんだから。」

確か、アリシア女王とはそんな会話をした。
あの後、ゴルシーダは戦いによりグラステイルを併合した。
しかし、相当の厳しい政治により、怒ったグラステイルの国民による革命が起きたのだ。
ゴルシーダの人間は救えても、グラステイルの人間は救えないということなんだね…
アリシア女王が捕らえられたせいで私は解雇され、この家に帰ってきた。
そう。300年ぶりに。
懐かしい匂い。変わらない空気。そう。こんな形で帰ってきたいわけじゃなかったけど。

いきなり強い風が吹いたかと思うと、目の前に懐かしい顔が現れた。
「悠奈…?久しぶり。」
「…あれ、久しぶりだね。音使い。」
昔学校で、それなりに仲良かった音使い、藤崎柾哉。
足元はブーツ。緑色のベスト。
服装は、柾哉曰く「中部ヨーロッパの音楽の都」の民族衣装らしい。
ゴスロリを愛する悠奈は、柾哉とは服装の意見が合わなくてよく喧嘩したっけ。
「どうしたの?柾哉が悠奈のとこに訪ねてくるなんて、ほんと久しぶりじゃない。」
特に、アリシア女王に使えるようになってからは一度も連絡を取ってないし。
「今日は、悠奈に音使いとして質問があって来たんだ。最近、グラステイルで何か変わったことは無かった?」
…そうか。
柾哉は音使いだから、何かが起きてるってすぐに分かるんだ。
「300年ほど前から、グラステイルの音がおかしい。最近は特にひどくなってきたよ。絶対に何かあったと思って、鈴香さんに連れてきてもらったんだ。」
「ふうん…さすがは音使いってとこかな。鈴香さんっていうのは誰?」
「使者の先輩。優秀な風使いだよ。それで…何があったの?」
隠し通せることじゃないし。話しちゃおうか。

「予想はしていたけど…本当に本当なんだろうな?」
「…悠奈は嘘なんかついてないし、何度でも言ってあげる。革命だよ。アリシア女王の政治に我慢できなくなったグラステイルの国民が、革命を起こしたの。おかげで悠奈は解雇されちゃった。」
「ちょっ…悠奈!!解雇ってどういうことだよ!!悠奈は氷の女王に雇われてたってことかよ。」
柾哉が悠奈の話を聞いて、いらいらしてる。そりゃあそうだよね。
争い事とか、柾哉は昔から嫌いだもんね。
「そうだよ。悠奈は、ゴルシーダの王室付き幻術使いだったの。ついでに言うと、ゴルシーダがグラステイルを併合したのは知ってるでしょ?」
「そりゃあ知ってるけど。まさか悠奈、それに関わってるんじゃないだろうな。」
「関わってるも何も、あの戦いの主力だったのは悠奈だよ。悠奈がゴルシーダ側についたから、グラステイルは併合されたんだ。」
明らかに動揺している柾哉。当然か。
「何で…そんなことしたんだよ。グラステイルの人たちが苦しむって分からなかったのかよ。使者の力を、人を傷つけるようなことに使うなよ!!!」
声を荒げてしゃべる柾哉。なんかイラついてきた。
「悠奈、君は使者なんだ。それも優れた幻術使いなんだぞ。侵略のために力を使うなんて、自覚あるの?」
うるさい。柾哉のくせに。ずっと話なんてしてなかったくせに。悠奈のことなんて何も知らないくせに!!
うるさいうるさい。聞きたくない黙れ。
「柾哉に何が分かるのよ!!!じゃあグラステイルの人を助けるために、ゴルシーダの人を見殺しにしろって言うの!?そうだよね!?そういうことだよね!?悠奈がこうやってしなければ、ゴルシーダの人たちはみんな死んでたもん!!柾哉だったらどうしたって言うのよ。」
やだ。言ってるうちに、どんどん涙がこぼれてくる。泣き止め悠奈。
幻術使いがあまり頭を混乱させると、幻術が暴走しだす。
「僕だったら…。僕なら、何とか他の方法でゴルシーダを救えないかどうか考える。いくら死ぬのを防ぐための併合だったとしても、この革命で結局は何人もの命が無くなったんだろ?一緒じゃないか。」
そんなこと言ったって…
「もう、革命前には戻れないんだよ?悠奈はどうすればいいの?悠奈はもう、ここが全てなんだよ。ここ以外には、帰る場所が無いんだよ。柾哉にそんなこと言われたって、悠奈だってどうしたらいいか分かんないんだよ!!」
肩にポンと手を置かれ、怒りの代わりに悲しさがふつふつと湧いてくる。
泣きじゃくる悠奈の耳に、諭すような優しい柾哉の声が響いた。
「じゃあ、今からの未来を変えればいい。とりあえず、状況を報告しないと。鈴香さんのところに、一緒に行こうよ。」
そう…なのかな。
戻りたい。あの頃に戻りたいよ。
あれ…?
目の前が、なんか真っ暗に…
「悠奈!?どうした!?」
何か叫んでる柾哉の声が聞こえるけど、まあいいか。
ちょっと興奮して、幻術が暴走したのかもしれない。
体が浮いてる。多分、柾哉も一緒に浮いてるんだろうな。

ほんの一瞬、昔のことを思い出した。
悠奈に、自分が何者であるか教えてくれた人がいたんだ。
「忌み子」だった悠奈は、いつもいつも一人ぼっちだった。
そんな悠奈に、色んなことを教えてくれた。
あの人のおかげで、悠奈は救われた。
ゴルシーダ側の使者としてグラステイルを併合したとき、ゴルシーダの人にとってあの人みたいな存在になりたいと思って悠奈は頑張った。
これからの未来、悠奈はグラステイルにとってもゴルシーダにとっても救いを与える存在になりたい。
でもどうすればいいの?

ふいに、どこからか引っ張られるような感触がした。
悠奈は、柾哉と一緒にどこに行くんだろう…

4章 風使い

あれから600年。
私は、悩んでいた。
グラステイルから風が運んでくる良くない空気は、きっとアリシアの身に何か起きた証拠なのだろう。
アリシア=クロンクヴィスト。私の大切な親友だった人。
あの人は、学生時代からそうだった。
わがままで、自分勝手で、いつも他人を振り回す。
そのくせ甘えん坊で寂しがりや。
でも友達や大切な人に何かあったときには、何よりもそのことに全力を尽くす人だった。
いつからだろう。
アリシアとの友情が、こんなにも壊れてしまったのは。

600年前…
「どうしたの鈴香?なんだか最近、元気ないよ?」
一人、教室でぼーっとしてるとアリシアがやってきた。
ワンピースタイプの濃い茶色の制服。ハーフアップに結い上げた明るい銀色の髪に、茶色のリボンがよく似合っている。
わたしの親友、アリシア=クロンクヴィスト。
「別に、どうもしないよ。もうすぐ卒業だから、ちょっとしんみりしてただけ。」
「ほら、しんみりしてたっていう理由があるんじゃない。ねえ鈴香、今日、私の家でお泊りしようよ!」
ここの生徒は大体が寮生活なのだが、アリシアは一人暮らしをしている。
セキュリティーとかがすごいから、お嬢様のアリシアにはその方が合ってるんだろう。
「ん…別に良いけど。今から?」
「そう、今から、この瞬間から、すぐに!そうと決まれば家に帰ろう!」
されるがままに、アリシアに引きずられていく。

「あら鈴香ちゃん、久しぶり。」
「お久しぶりです、管理人さん。」
「あのね管理人さん、鈴香が久しぶりに泊りにきたんだよ!」
「そう。アリシアちゃんは、本当に鈴香ちゃんと仲がいいわねえ。ゆっくりしていってね。」
すっかり顔なじみになってしまった管理人さんと軽い挨拶を交わし、アリシアの部屋へ行く。
2人で晩御飯を食べ、布団を敷く。
思い出話やガールズトークにも花が咲くというものだ。
「ねえ鈴香、思い返してみれば、学校生活って早かったよね~。」
「そうそう。アリシアはずいぶん大人っぽくなったし。」
「それは鈴香が成長してないからでしょ?」
「してないんじゃなく、成長が遅いんです!」
使者は寿命がものすごく長いから、個人差はあるものの大体12歳くらいから身体の成長がものすごく遅くなる。
一般的には力が強いほど、成長が遅くなり始めるのが早いとも言われている。
私は、確か10歳くらいの頃だったっけ。
「でもそれを言うならさ、アリシアだって他の人よりは成長してないよね。」
アリシアも、他の人よりはずいぶんと幼い容姿をしている。
確かアリシアは、普通の人間だったはずだけど…
「ああ、私も使者だから。って言ってもすっごく力の弱い浮術使いだから、鈴香よりは寿命も短いし、自分が浮くことが出来るっていうだけの能力だけど。」
「え、アリシアって使者だったの?早く言ってよ。」
だからアリシアも幼いんだ。いや、わたしが言えることじゃないけど。
「ほんとに弱いんだよ。ただ、浮くことができるだけ。」
「でもさ、使者は使者じゃん。」
「お母様の方針で、なるべく隠していなさいって。でも、鈴香にだけは教えちゃう。大好きな友達だもんね。鈴香に隠し事はしたくないよ。」
…なんか嬉しい。
実は、ちゃんとした友達ってアリシアが初めてだし。
「あ、鈴香、もしかして照れてる?普段クールなのに、こういう時には素直だね。」
知らないうちに、顔がほんのり赤くなっていたらしい。
「うるさいよアリシア。でも使者なの隠すのって、普段の生活で大変じゃなかった?しかも浮遊術でしょ?」
「…まあ、大変と言えば大変だったかな。特に体育祭の時とか。」
「体育祭といえばさ…」
文化祭、体育祭、普段の何気ない日常…
そんなことを話している間に、いつのまにか眠ってしまったらしい。
「ん…もう朝?」
陽の光で目を覚ますと、もう登校しなきゃいけない時間の10分前!
「アリシア!起きて!遅・刻・す・る・よ!」
「ん~おはよう鈴香。大丈夫だよ。これ、一時間半進んでるの。大体、今日、昼からだよ?まあ、図書館とか行くのも悪くないけどね。」
「・・・忘れてた。うん、図書館、行くことにしよう。」
とりあえず朝食を食べ、制服に着替えて2人で学校へ向かう。

「鈴香~。そういえば鈴香は、卒業したら進路どうするの?」
学校内、レンガ造りの道を歩いていると、不意にアリシアが聞いてきた。
卒業を間近に控え、学園内は卒業式前のあの特有の空気に満ちている。
「わたしは、上の学校に進むんだ。こればっかりは、生まれ持った才能だしね。」
わたしの家系…有枝家は、代々「風使い」という使者の能力を受け継いでいた。
ご先祖様の風使いが死んだすぐ後に、ちょうど生まれてきたのがわたしだった。
だから、わたしが使者の心得などを学べる学校に通うのは、ごく自然なこと。
まあ、学校と行っても使者じゃない人もたくさんいる。
そもそも使者なんて、同じ能力の人がいないんだから。
だから学校とはいえ、とても規模の小さいものだし、一部の人物が知っている程度なんだけどね。
「アリシアは?そういや、進路聞いてなかったけど。」
なんていうか…
アリシアには、面と向かって聞きづらいというか。お嬢様だし。
「私は、学校とかは行かないよ。家のことがあるからさ。」
アリシアの家。
そういえば、聞いたことないな…
「そういやさ、アリシアの家って何してるの?学校に行かないって事は、家の手伝いでもするの?」
「あ…うん…びっくりしないでくれる?」
え…?
「そんなびっくりするような家なの?北の方に家があるって事は知ってるけど。」
「うん。えっとね。私の家…って言うかなんだけど。私…、ゴルシーダの王女なの。」
おう…じょ?
「ってええええええ!!!王女!?ほんとに!?」
「びっくりしないって言ったじゃない。ほんとにほんとだよ。ゴルシーダ国第一王女、アリシア=クロンクヴィスト。っていっても、他に兄弟も姉妹もいないけどね。」
何か育ちのいいお嬢様だとは知ってたけど、まさか王女様だったとは…
「お父様はいないし、お母様も体が弱くてずっと風邪気味だから。だから、早く私が王位を継がないといけないんだよね。」
へえ。アリシアって、そんなこと考えてたんだ。
「だから私は学校には行かずに、お母様から帝王学や国のことを学ぶんだ。」
そうだったんだ…
「でもね、鈴香!!私も使者の一人だし。鈴香程じゃないけど、それなりに長生きだしね。」
まあ、使者にもいろんなのがいるし。
「それは良かったよ。友達が先に死んでいくのを見るのは、気持ちのいいものじゃないからね。でも、甘えん坊で寂しがりやで泣き虫なアリシアに女王なんて出来るのかな~?」
まあ、アリシアなら大丈夫だろうとは思うけどね。
「馬鹿にしないでよね鈴香!!いつか私が女王になったら、鈴香を王室付きの風使いにしてあげるからさ。」
いや、わたしそういうキャラじゃないし…
「はいはい。期待しないで待ってますよ。」
「鈴香の意地悪~!!!」

そう。あの頃は、2人とも笑ってた。
次に2人が会ったのは、それから何年も経った後だった。

庭で風を読んでいたら、いきなり氷のそりに乗って知らない女が訪ねてきたんだ。
「ちょっと!!!鈴香。なんで即位式来てくれなかったの!?こっそり楽しみにしてたのに!!」
見たことのない、大人の女性。
白銀のドレスを身にまとい、シルバーの長い髪を綺麗にまとめてある。
「…誰?」
「ひど~い鈴香。自分の方が普通より年取るの遅いからって、親友の顔をわすれるなんて。招待状、出したでしょ?」
ああ、あれか…
笑った顔は昔のままだったから、なんとなく分かった。
アリシアだ。ずいぶん大人になったな。時間軸が違うんだから当然か。
「ちょうどあの日、変な風が吹いてたから。行くのやめたんだ。」
「相変わらずの気分屋だねえ。親友なんだから、風が悪くても熱が出ても来なさいよ。」
懐かしそうに笑うアリシアは、やっぱり昔のままだった。
「で、鈴香は風読みの調子はどうなの?」
「うん。ちょっと前までスランプだったんだけど、今はかなりいい感じ。もうすぐ、本格的に仕事しようかなって。こんなままでも、やっていけないからね。」
それにしても、アリシアはかなり綺麗になった。
なんていうか、大人のオーラが出ているというか。
でも、こんな世間話をするために長い道を来たわけではないだろう。
「それじゃあ、話が早いわ。今日、私は女王として、正式にお願いしに来たの。」
…そんなに、正式にお願いされるようなことあったかな。
「有枝鈴香。あなたを正式に、ゴルシーダ王室付き風使いに任命したいの。受けてくれるでしょう?ねえ、鈴香。」
あ~、そういや昔そんな話したっけ。
「嫌だ。めんどくさいもん。」
王室付きなんかになったら、国同士の風ばかり読まなきゃいけなくなる。
そんな国同士のいさかいに、自分から巻き込まれるのはごめんだ。
それに、私は一人で気ままに風を読んで暮らすのが合っている。
「ふうん。そうなんだ。鈴香は、親友の頼みを、めんどくさいからって断るんだ…」
じっとりとした目でこちらを睨み、みるみる不機嫌になってる。
「いや、そういうことじゃなくてさ。わたしには合ってないってだけで…」
「だって、卒業のときに言ってくれたじゃない。待ってるって。期待してないって言ってたけど、待ってってくれたんじゃなかったの?」
そうだった。
アリシアは、こうやって自分の感情をむき出しにする人だった。
「もういい!!鈴香なんか嫌い!!もう絶対来ないから!!」
あ、これは本気でショックだったんだ多分。
感情的になってしまうとアリシアは、よく考えずに喋ってしまう。
そして後で冷静になっても、言ったことを意地になって守り通すのだ。
わたしが説得して、取り消させるまで。
「ちょっとアリシア!!これだけは聞いてよ。即位したのって、1か月前だったんでしょ?」
「…そうだけど。だから何?知ってたんでしょ?」
そうだ。
あの日は確か…
「アリシア。あなたが出て行くのもわたしを嫌うのも勝手だけど、これだけは覚えておいて。あの日、あなたの即位式の日、ゴルシーダの方から嫌な風が吹いた。このままいくと、あなたは多分良くないことがおきるわよ。歴代女王の中でも、とても良くないことが…もしかしたら、このあたりの歴史に関わるかもしれないようなこと。」
アリシア…
「だから。気をつけて。頑張ってね。」
「…分かった。友達の最後の言葉だと思って、心に留めておく。」
冷たい目をして、アリシアは去って行った。
後に残るのは、ゴルシーダ特有のひんやりとした空気。
あの子、大丈夫なのかな…

その後、風が噂を運んできた。
アリシアはあの後、「氷の女王」の名にふさわしい、厳しい政治を行っているらしい。
外の人間は信用出来ないとばかりに一切の交流を断ち、国民にも自分にも厳しい生活を強いていると。
氷に閉ざされたあの国では資源もなく、土地も痩せている。
アリシアが政治の実権を握り始めてからというもの、以前に増していやな風が吹いてくるようになった。

そして今。再び良くない大きな風が吹いてきたので、柾哉に見に行ってもらった。
あの、アリシアを見送った日と同じ天気。
あの日の風は、やっぱり当たっていた。アリシアは、どうなっているのだろう。

あの日と変わらない空。
ふっと、一瞬意識が途切れる。
胸の辺りを誰かに引っ張られるような感覚の後、私の足が宙に浮くのを感じた。
あれ?
わたしは、風を使ってないのに…
意識が朦朧としたまま、どこかへ…

5章 トラベラー

とある場所に存在する、どこにでもいる少年。
それが俺の自己紹介といってもいい。
名前は佐渡光牙。特徴というと、星座が読めること。
小さい頃から星や天体に関することに興味があって、夜には星を見ることを日課としている。
あとは、少々頭が良いことくらいだろうか。
でも今は、悠長に自己紹介なんかしてる場合じゃないんだ。
いつも通りの朝。いつも通りの風景。違うのは…時間だ!!
「どうして、学校というものはこんなに朝早くからあるんだ!!おかげで遅刻だ!!」
うちの学校は制服が無いので、割と季節に合った服装が自由に出来る。
そのおかげで今Tシャツにチェックのシャツをはおり、下はGパンといういでたちなのだが、それでも走っているせいで暑くて仕方ない。
普段ならコンタクトなのに、寝坊したせいで今日はメガネなんだよな…
いつもはゆっくりと歩いて通る十字路を、今日は物凄いスピードで走る。
ここでベタなシチュエーションなら、同じく遅刻しそうになって走っている美少女とぶつかったりする展開になるんだが、そんな出会い方は現実的に考えてありえない訳で…

ドシン…

「痛ったいな何事だよ。」
「痛いのはこっちよ!!!いきなりぶつかってくるなんてありえないわね。こっちは一応レディなのよ。肌に傷でもついたらどうしてくれるの。全く、佐渡光牙がこんなに乱暴だなんて。時見の私にも予測できなかったわ。」
っておいおいおい…
こういう場合は、お互い素直に「ごめんなさい」とか言い合うのが普通ってもんだろ。
でも、美少女ではある。ん…だけど…
少しウエーブのかかった長いダークシルバーの髪の前のほうを少し取って、ハーフツインテールにしている。肌は雪のような白。すみれ色の袴。
この格好は、どう見てもこの状況とは浮いている。
「まあ、仕方ないのね。文献には、トラベラーが必要だって書いてあるんだから。さあ、行くわよ佐渡光牙。さっさとタイムトラベルしてちょうだい。」
って言ってる意味も理解できない…
「あのなあ、さっきから何なんだ。いきなりぶつかったのは謝るよ。でも、初対面でタイムトラベルしろっていうのはどういうことだよ。あんたの名前は何なんだ。ていうか俺学校遅れそうなんだけど!!!」
「私は、紗雪=クロンクヴィスト。あなた、自分の能力を分かってないの?遅刻なんてしないわよ。私は時見よ。」
ああ、やっと分かる単語が出てきた。
「紗雪…だっけ。時見なんだ。とっくに滅びた職業だと思ってた。じゃあ、俺が遅刻しないって言うのは信じてみるよ。で?俺の能力って何。」
俺には特殊な能力なんて無い。
強いて言うなら、少し勉強が出来るくらいだろう。
「あなたはトラベラーよ。時見よりも、さらに希少な能力。過去や時間を自由に行き来できる能力。ただ、未来には行けないけどね。その能力で、私を助けて欲しいの。とにかく一緒に来てちょうだい。」
「いや、悪いけどそんな能力俺には無いから。人違いだって。」
あったとしたら凄いだろ。
しかし何なんだよ。
秘められた能力とか、私を助けてとか。
どっかの中二病なライトノベル的展開じゃないか。
「絶対そんなことない!!あなたはトラベラーなのよ。これ、何だか分かる?」
そう言って、紗雪は小さな瓶に入れられた白い粉を出す。
「あ~あれだ。ドラッグだろ。あんたが訳の分からん格好してるのも、俺には理解出来ないことを言ってるのも、それなら理解出来るな。失礼だが俺は学校に行かせてもらうよ。」
こんなところで、いくら美少女が相手とはいえ、犯罪に巻き込まれるのはごめんだ。
「何ひとりで間違った推測して納得してんのよ!ドラッグなんかじゃないし、犯罪じゃありませんからね!!とにかく!!一緒に来て!!」

「…で?なんで連れてきたのが近所の海岸なわけ?完全にサボりじゃん。」
「しょうがないでしょ。地面に文字が書ける場所が、他に無かったんだから。」
まったく、どれだけ勝手なんだよ。
見ると紗雪は、砂浜に魔方陣のようなものを書いている。
「…できた!!さあ、光牙はこの中に入って。」
言われるままに入ると、さっきの白い粉を少しだけ頭にかけられた。
「さっきから気になってたけど、何だよこの白いやつ。」
「…これはね、私たちゴルシーダ王家に伝わる秘薬。その人の本来の力を目覚めさせる効果があるの。これを使って目覚めてもらうしかないわ。」
おいおい。
出会い方といい、力を目覚めさせるとか何とかといい、どうしてこうラノベっぽいんだ?
それともこいつ、遅れてきた中二病か何かか?
「だから!!目覚めさせるも何も、俺にはそんな特別な能力は無いって言ってるだろ?あんたの変な妄想設定に俺を巻き込むな!」
「そんなことは、この儀式が終わってから言って欲しいわね。」
そう言うと紗雪は、俺に向かって何か呪文のようなものを唱え始めた。
さっきまでの声とはぜんぜん違う、地の底から響くような声。
…なんだ?体の奥のほうが痛い。
まるで、何かが引きずり出されるような…
無理だ。こんな痛み、耐えられない。
痛い。痛いイタイイタイ…
「しゃがまないで!!あなたが目覚めてくれないと、お母様が死んじゃう!!」
どういうことだよ。お前の母親なんて、俺には関係な…
「うわあああああああああああああああああああああああっ」
俺は絶叫とともに、体の痛みがどんどん増していくのを感じていた。

「儀式終了。どう?佐渡光牙。」
…何だよこれ。
紗雪の言葉に突然痛みが消えたかと思うと、今度は体にエネルギーが満ち始めた。
なんていうのか…
ずっとじっとしていた後、無性に走り出したくなるようなあの感覚。
「光牙!!覚醒したんでしょ!?お願いだから、力を使って。私のいう場所に連れて行って!!」
もうやけくそだ…
「ジェリアス暦5250年、436番海北部の海上。一艘の船があるはずだから。そこに飛んで!!」

気がつくと、俺は甲板に寝ていた。
…というか、気を失っていたらしい。
「あれ、もう気がついたの。初めて力を使ったにしては、案外早かったのね。」
「ここはどこなんだ。さっきのあれは、どういうことなんだ。」
「だからあなたはトラベラーだって、何度も言ってるでしょ?お願い。私のお母様を助けて欲しいの。」
「その前に、こっちの質問に答えろ。今はいつで、ここはどこなんだ。」
「今は、ジェリアス暦5250年。あなたの時間軸から言うと、丁度300年前の世界よ。そして、ここはグラステイル国の近くの海。あそこに見える大きな建物が、ヴォルケーノ・タワーよ。私たちが目指す場所でもある。」
「で?何で俺をここに連れてきたわけ?母親を助けて欲しいってどういうことなの?」
「正確には、連れてきたのは光牙だけどね。」
そう言って語り始めた紗雪の話は、思っていたよりも深刻だった。
母親が革命で死にそうなんて、そうそう聞ける話じゃない。
何でもその母親を救うため、未来を変えるために、7人の勇者を集めなければいけないらしい。
「あと5人よ。そう書いてあった。ということで、光牙、よろしくね。」
「なんで俺なんだよ。」
「だって、私には無理なんだもの。トラベラーは光牙なんだよ。」
俺は試しに、浜辺に忘れてきた自分の鞄を呼び寄せてみた。
失敗すればいいのにと思ったが、呆れるくらいちゃんと呼び寄せられた。
「早くしてね。あんまり遅くなると、光牙がみんな連れてまた時間を戻らなきゃいけないんだよ。時間移動って、すごく体力使うでしょ。」
体力を使わせてるのはお前だろうが。
「7人の勇者たちよ。この地に集い、世界を救え…」

6章  出会い

「ねえ樹。ここどこ?」
「知らないよオレだって!!」
「大丈夫か悠奈!!いきなり倒れたりして。あれ?鈴香さんもいる…」
「心配かけてごめん。悠奈は大丈夫だよ。でも、柾哉。ここどこだか分かる?」
「…?ここは?わたし、いきなり呼ばれた気がしたんだけど。」
みんな、不安そうにしてたり慌ててたりする。
当たり前か。急に呼んでもらったんだから。
「光牙、呼び寄せ方が、少々強引だったようだけど。」
「五月蝿いな。呼んだんだから、文句は無いだろう。何か言ってやれよ。紗雪」

「初めまして。私は、紗雪=クロンクヴィスト。時見です。急に呼び寄せてしまってごめんなさい。ここはあなたたちの時間軸で言う、約300年前の世界です。」
「紗雪…さん?クロンクヴィストってことは、あなたもしかしてアリシアの…」
さすが、親友である鈴香さん。
こんな珍しい苗字なら、すぐ気づくよね。
「あなたは、風使いの有枝鈴香さんですね。私の母は、アリシア=クロンクヴィスト。ゴルシーダの女王です。」
「ねえ柾哉、聞いてなかったけど、グラステイルで一体何が起こってたの?」
不安げな鈴香さん。
「それについても、私が説明します。私の母を、アリシア=クロンクヴィストを助けて欲しいんです。」
そして、私は説明した。
「グラステイルでは、革命が起こりました。冷たい政治に民衆の怒りが爆発して、母…アリシア女王が捕らえられたんです。このままだと、母は殺されてしまう。だから怒りの発端となった、ゴルシーダによるグラステイル併合を無かったことにしてしまえば、革命は回避されます。だから、併合のための戦いでグラステイル側を勝たせるために、トラベラーに頼んで300年前にタイムトラベルしてもらったんですよ。グラステイルが勝てば、革命は起こらない。すべて問題は解決しますから。」
「どっちかっていうと、紗雪に無理矢理やらされたって感じだけどな。」
「うるさいよ光牙。いいでしょ。別に。」
そんな中、銃術師(ガンナー)が勢いよく手を挙げる。
「ねえ、とりあえず、自己紹介しない?」
え?
「こんな状況で…自己紹介?」

「うん。あたしこの中で知ってる人、樹しかいないし。どうせ一緒に戦うんでしょ?だったら、せめて名前くらいは知っておきたいじゃない。仲間なんだし。」
確かに、お母様を救うことで頭がいっぱいだった。
私も、この人たちの名前はよく知らない。
「そうね…自己紹介、しましょうか。じゃあとりあえず、私から。」

「私は、紗雪=クロンクヴィスト。ゴルシーダ国第一王女で時見。」
「じゃあ、次あたし!!西園夏美です。ガンナーとしての能力を磨くために、外国から留学してきたんだ。愛用してるのは、このパーカッション式リボルバー。このリボルバーは、あたし以外の人間には扱えないと思うな。次、樹ね。」
「えと、岩代樹です。オレも夏美と同じく、刀の腕…というか、戦い方を学ぶためにこっちに留学してきました。あんまり状況は読めてないんですが…よろしく。」
「僕は藤崎柾哉。使者の中でも、音使いです。グラステイルよりは、かなり東の方に住んでました。」
「中谷悠奈、幻術使いです。柾哉ほど気軽に能力は使えないけど、悠奈の幻術は凄いんだよ。」
「わたしは風使い、有枝鈴香。風全般を操れるの。アリシアとは友達よ。」
「なるほど。相当な実力者たちを集めたって訳だ。俺は、佐渡光牙。みんなみたいに、特殊な能力や才能がある訳じゃない。ただの普通の学生だ。紗雪に、トラベラーっていう変な能力を目覚めさせられた以外は…だけど。」
ひとしきり自己紹介が終わったところで、不思議そうに夏美が呟く。
「ねえ、紗雪。あたしには、どうしても分かんないんだよね。どうして紗雪が呼んだのは、この6人なの?もっと他の実力者だっていたんじゃない?」

いや、この6人でないと駄目なんだ。
私たち7人がそろわないと、この物語は成立しない。

私は、鞄の奥から昔話の本を取り出した。
そしてページをパラパラとめくり、見せたい物語を開く。
「あれ?これ、グラステイルの昔話だよね。悠奈、小さい頃読んでたよ。」
その物語のタイトルは、「ヴォルケーノ・タワー」
「幻術使いさん、わたしは知ってる。この話は、そう昔の話じゃないの。この話は、ちょうど今わたし達がいるくらいの時期に出来た話よ。だから、今はヴォルケーノ・タワーが出来てすぐの頃のはず。」
察しのいい鈴香さんが、さらりと説明してくれる。
「俺だってただの普通の人間だけど、それくらいは知ってるぞ。確か昔、何かで読んだことあるから覚えてる。」
さすが光牙。
ちょっと頭がいいだけ~なんて豪語するだけのことはある。
「夏美さんと樹さんは、この話知ってる?知らないなら、私の本だから読んでいいよ。」
私が本をスッと差し出すと、夏美さんがそれを受け取った。
「夏美って呼んで。樹のことも、呼び捨てでいいから。あたしは、聞いたことくらいはあるよ。留学前に、グラステイルのことはひとしきり調べてきたから。」
表紙を眺める夏美を、樹が横目で眺める。
「オレ知らない。夏美と違って、本にはあんまり興味ないから」
「樹!!留学先のこと、調べるくらいはしなさいよ!!」
知らない人がいるだろうと予測して、重い本を持ってきたのは良かった。
「じゃあ、樹はとりあえずこれ読んでね。これからの私たちに関わることだから。」
「あたしももう1回読みたい!!!ねえ、光牙はほんとにちゃんと覚えてるの?」
「愚問ですね、夏美さん。俺の頭をなめないでいただけますか?」
イメージ通りの6人だ。
喧嘩しながらだけど、特別に仲が良いような感じではないけど、ちゃんとお互いのことを気遣って、いい感じにまとまっている。
この調子なら、いけるかもしれない。
あとは、みんなの能力と団結力に賭けるだけだ。
「ねえ、もう読めた?私はそろそろ説明に移りたいんだけど。」
少しばかり時間を置いて、私は本を読んでいた2人に声をかける。
「とりあえず、今の状況とこの物語から分かったことはある?」
とは言っても、この状況からしたらかなり分かりやすいと思うんだけど。
一番最初に口を開いたのは鈴香さんだった。
「わたしたちが、7人の勇者だってことは分かったわ。人数もぴったり合うし、ここは船の上だしね。実年齢はともかく、みんな若く見えるし。風の動きからして、グラステイルに向かっていることも本当よ。」
さすがは風使い。
こんな異常な事態でも、ちゃんと風を読むことを忘れないんだ。
「紗雪さんがこの物語の通りになるっていうのが分かったのはどうしてなんですか?僕たち使者のような人間でも、未来予知は難しいんですよ。」
「柾哉、話を聞いてなかったの?悠奈はちゃんと分かったよ。紗雪は時見だから、状況を分析すれば何でも分かっちゃうんだよね。」
「ああ、そういうことか…」
この船の上に、一瞬穏やかな空気が流れる。
そう、私の能力は「時見」。
現在の状況を分析し、未来のことを正確に予知する、古い古い能力。
「なんでこの6人なのかっていうのは、これを見て欲しいの。」
私は再び鞄を探り、古びた古文書を取り出す。
「ほら、ここに、はっきりと書いてあるでしょ?もっと詳しい話が。」
「おい紗雪。だったらオレ達に読ませるの、そっちで良かったんじゃ…」
どうやら活字を読むことが嫌いらしい樹がむくれてるけど無視!
これは私にとって、大事な物なんだから。
「こっちはとても古い文献だから、そうそう人の手に渡すわけにはいかないのよ。ほら、ここに書いてあるでしょ?」
古文書の一部を、ピッと指差す。
「…字体が古すぎて、あたしには読めないんだけど。」
夏美が、旧字体に苦戦してる。
長生きの使者たち、鈴香さん、柾哉、悠奈はさすが、らくらくと読んでる。
「ガンナー、騎士、音使い、幻術使い、風使い、トラベラー、時見が集まったとき、この物語の先が開かれるって書いてあるの。だから、私は時見として、それぞれで一番良いと思う人材を集めたのよ。そしたら偶然、見た目若者の人たちばっかりだったから。」
「時見だったら、それくらい予測できたんじゃないのか?」
「うるさい光牙。時見にだって、分からないことはあるのよ。」
いくら時見といえど、分かることと分からないことがある。
だから、時見であった私の曾祖母だって、今回の事件を防げなかったんだ。
「そういえばあたし、さっきあの話読んだときに気になったんだよ。なんでこの話はちゃんと完結しないんだろうって。」
「この話を子供に聞かせるときは、未来は自分で作るんだっていうことをちゃんと伝えなきゃいけないんだよ。悠奈だって、そう教えられたもん。」
未来は自分で作るもの。
未来は自分で変えるもの。
そのために、何としてもこの併合は防がなくちゃいけない。
「じゃあ、何もかも丸くおさめるためには、わたしたちがこの戦いでグラステイル側を勝利させればいいのよね。わたしは、風使いとして賛成するわよ。」
「あたしも賛成!!!要は、紗雪を助けると思えばいいんでしょ?銃の実践訓練にもなるし。」
「夏美がやるなら、オレもやらなきゃな。夏美は近くから攻撃されたら、弱いから。」
「ひどい樹!!!あたしが弱いからみたいな言い方!!樹だって、遠くから攻撃されたらなかなか防げないくせに。」
「僕も賛成だよ。僕は音使いだから、戦闘にはあまり効果が無いけど。回復なら出来るから。僕は、人を傷つけるような戦い方はしたくない。」
「…なあ、紗雪。俺はあんまりこういう戦いでは役に立ちそうにないけど、いたほうがいいのか?好きなところに移動できるっていう以外は、ごく普通の人間なんだぞ。」
「戦っている人の多くは普通の人間よ。それに光牙、あなた浮遊術も出来るって自分で気づいてないの?」
「普通、日常生活で気づく奴はいないよ。紗雪が目覚めさせた能力なんだから、説明もちゃんとしてくれよ…。まあ、俺も行くけど。」
「みんなありがとう。じゃあ、向こうでの動きを…」

「悠奈は反対だよ。悠奈は戦わない。戦ったら、グラステイルが勝つんでしょ。そしたら、ゴルシーダの人たちはどうなるの?死んじゃうんじゃないの?」
たしかに、その可能性はある。
「悠奈は昔この戦いに、ゴルシーダ側で参戦してるんだよ。戦うのなんて好きじゃないけど、ゴルシーダの人たちを死なせたくなくて頑張ったんだよ。だから悠奈は戦わないよ。だって、戦ったってまたみんな死んじゃうもん。」
…この人そういえば、ゴルシーダの王室付き幻術使いだったんだ。
昔、国の公式行事なんかで何回か幻術を見せてもらったことあったっけ。
「幻術使いさん、確かに、ゴルシーダは貧しい土地だよ。でもそれは、他の地域との交流をほぼ遮断しているからに過ぎないの。少なくとも、私の意見ではね。それに、他の誰にも言ってないけど、お母様がグラステイルを狙う理由は別にあるわ。」
そう。
表向きは、餓死を防ぐための侵略。
もちろん、その理由も無いわけではない。でも、お母様があのとき本当に欲しかったのは・・・
「お母様の本当の狙いは、ヴォルケーノ・タワーに祀られている巨大な宝石「紅玉」よ。あれには、あの火山のパワーが何万年分も詰まっている。だから、ものすごい力があるのよ。」
その力を使って、何をしたのかは分かっているけれど…
これを、今言うわけにはいかない。
「とにかく、紅玉が奪われたらおしまいなのよ。じきにグラステイルの土地も痩せ始めるわ。そうならないために、戦うのよ。ゴルシーダを倒すんじゃない。グラステイルを守るためなの。だから、お願い。私に協力して。」
幻術使いがいないと、やっぱり駄目なんだよ。
「…分かった。紗雪は、ゴルシーダの人たちを救えるの?だったら協力してもいい。」
「ありがとう。私は仮にも、ゴルシーダの王女だから。他の国と、もっと交流するようになったら大丈夫だと思う。」
「じゃあ、悠奈も協力することにする。悠奈だって、アリシア女王を殺したい訳じゃないから。みんなを助けたいだけだから。」
みんなの「守りたい」と思う心が、一つのパワーになる。
絶対に、お母様を死なせたりなんかしない!!
「これで7人揃ったわね。もうすぐヴォルケーノ・タワーに着くから。風使いさん、向こうの様子はどうなってる?」
「…かなり押されてるわね。やっぱりゴルシーダの方が強いみたい。」

まだ地熱の残る火山。
どんどん陰っていくグラステイルの上空。
私が生まれた場所、ヴォルケーノ・タワー。
もしかしたら、私は母を救うために生まれてきたのかもしれない。

「ねえみんな。一つだけ、悠奈と約束してくれない?絶っ対に誰も殺さない、殺させないって。」
うつむきがちに呟く悠奈の肩に、光牙がポンと手を乗せる。
「当たり前だろ。わざわざそんな事が確認したかったのかよ。俺たちは、今から人殺しをしに行くんじゃない。グラステイルとゴルシーダを守りに行くんだぞ。」

みんなの視線が、自然と私に集まる。
「行くわよ。準備はいい?」

「「「「「「はい!!」」」」」」

7章  ヴォルケーノ・タワー

いよいよ、みんなの運命を決める戦いが始まる。
「これがヴォルケーノ・タワー…」
地熱の残る地面からそびえ立つ、石造りの巨大なタワー。
そっと扉を押すと、ギイっという音と共にドアが開く。
鈴香が足を踏み入れると、体の中をすっと風が通った。
「まだアリシアは来てないみたいね。でも、何かがいる気配がする。風がそう言ってるから。」
「じゃあ、とりあえず隊列を組んだ方がいいんじゃない?あたしはガンナーだし、樹と一番前に行くよ。その後ろに紗雪ちゃん、光牙、悠奈。最後に柾哉と鈴香でいいかな?」
さすがガンナー。
戦術には長けている。
「確認してなかったけど、光牙は何か武器とか扱えるの?あたしの、予備の銃使う?」
「ご心配なく。武器は扱えませんが、俺にだって護身術の心得くらいはありますから。」

入ってすぐの広間を抜けると、長い長い石階段が続く。
「時見のくせに何の役にも立たないって思われるかもしれないけど、この先何があるかは私にも分からない。どこから攻撃されるかも予測ができない。だから気を付けて!」
「紗雪こそ、オレの後ろにちゃんとついてこいよ!オレは刀持ってるけど、紗雪は何も持ってないんだから。オレが守ってやるよ!」
「ちょっと樹!こんな時に紗雪ちゃん口説いちゃ駄目でしょ!?」

不意に石階段が途切れ、広間に出た。
「気をつけろ!たくさんの、嫌な音がする。何かの足音みたいな…」
「柾哉、これは多分、悠奈のせいだよ。この時はアリシアに、ヴォルケーノ・タワーには絶対に侵入者を入れるなって言われたから。確かソロモンの72柱を呼び出して…」
悠奈の言葉を遮るように、光と共に一人の悪魔が姿を現す。
「第28柱のベリド。わが主の心のままに。」
赤を基調とした、マントを羽織った赤い戦士。
「侵入者とはお前たちか。久しぶりに呼び出されたものでな。どんな風に殺してやるか楽しみだ…ふふふ。」
大勢の軍隊を引き連れ、ゆっくりとこちらにやってくるベリド。
「みんな、気をつけて。あいつはソロモンの72柱の中でも、1.2を争う残酷な奴なの。「残虐公」っていう別名が付くほど。ちょっとやりすぎちゃうところがあるから、悠奈もあんまり呼び出さなかったんだけど…」
「まじかよ…。手加減してくれ、悠奈。」
「何言ってるの光牙。こいつを出したのはこの悠奈じゃないのよ。手加減なんてしてくれる訳ないでしょ。」
「…ですよね、鈴香さん。」
「みんな!来るわよ!樹はそっち側お願い!」
「よし夏美!まかせておけ!」

一斉に襲いかかってくる敵をかわし、足や腕を狙う。
鈴香は風を起こして敵を翻弄し、悠奈は幻覚を見せて惑わせている。
「ちょっと!何でこいつら血が流れないの!?おかしくない!?」
夏美の叫びに、悠奈が答える。
「夏美さん!だってこいつら、悪魔だから!もう死んでるから!だからこいつらに「死」の概念なんて存在しないから!!」
「…なるほど。それなら、遠慮なく攻撃できるって訳だッ!!樹、今の聞いてた!!??」
「もちろん!!やったな夏美!!オレたちの本領、やっと発揮できるぞ!!」

夏美と樹が、激戦を繰り広げる。
右、左と身体を動かし、敵の攻撃を避けつつ自分も攻撃する。
その動きに一切ムダは無く、ただただ美しい。
「綺麗だよねえ…」
「って紗雪!こんなところで何突っ立ってるんだよ!!」
「光牙こそ。何してんの?」
「俺はあれだ。休憩だよ。さすがにあの二人みたいに戦い続ける体力はない。」
確かに、光牙はただただ普通の一般人だ。
「紗雪こそ。片足に体重かけて、どうしたんだ?」
「…ちょっと当たっちゃったのよ。歩けないの。」
「じゃあ休んでろよ!!」
「だから休んでるのよ!!」

キャアアアアアアッ…
「夏美!!」
見ると夏美の背中から血が流れ、ベリドに首筋を捕まれている。
「いけない。休んでる場合なんかじゃない!!」
全員が夏美のもとへ駆け寄ろうとした瞬間、誰よりも早く樹がベリドの手ごと切り落とした。
「…お前なんかが夏美に触れるな。夏美はオレの相棒だ!パートナーだ!夏美がいなかったら、オレは背中を任せて戦えないんだよ!」
一方の夏美はというと、ショックで完全に気を失っている。
「夏美が死んだら、お前らのことだって消してやるんだからな!!!」
激怒を通り越して冷静になった樹が、ベリドに襲い掛かる。
ガキンガキンと火花を散らし、にらみ合う2人。
でも、心なしか樹が少しだけ圧されているような気がする。
「やっぱり騎士とはいえ、体力の限界かしら…」
ふと紗雪が呟くのが聞こえた。
その時…
部屋のどこからか、美しい笛の音が聞こえてきた。
どうやら6人にしか聞こえていないらしく、他の悪魔たちは全く気が付いていない。
音楽が進むにつれて、樹は力を取り戻し、次第に優勢になっていく。
夏美はというと、みるみる傷が小さくなり、はっと目を覚ました。
「おまたせ樹!!助けてくれたんだね!」
そんな夏美の姿を見た途端、樹は本当に安堵した様子の笑みを浮かべ、そしていつもの調子に戻った。
「当たり前だろ!お前がいなけりゃ、誰にオレの背中を任せるんだよ!」

「ねえ光牙、見て。私も足の傷が消えてる!」
「…音使いの治癒の力だな。」
ふと見上げると、少し高くなったところで柾哉が笛を吹いている。
「あいつ、かなり役に立つじゃないか。」
「柾哉もフルパワー出してるみたいね。…おかしいわ。」
紗雪が警戒した様子で周りを見ている。
「何がおかしいんだ?ちょっとづつだが、ちゃんと前に進んでるじゃないか。」
「空気が冷たいの。この様子だと多分、いや、絶対にあいつが…」

突然、地響きのような怒号が聞こえた。
それと同時にベリドたちは一瞬にして姿を消し、代わりに光牙を除くすべての人間が氷の柱に閉じ込められた。
「は?どういうことだよこれ…」
あたりを見回してみたが、それらしき人物は見当たらない。
「…あれだな。多分。おい、聞こえてんだろ。ソロモンの何とやら。出てこいよ。」
すると目の前に光が満ち、魔法陣が現れる。
その中から、一羽のツグミのような姿の悪魔が現れた。
「第53柱のカイム。わが主の心のままに。」
「キーキーとうるさいのが出てきたな。お前は何だ?俺と決闘でもしようっていうのか?」
「そんな野蛮なこと、妾はしたくない。妾がしたいのは知恵比べだ。」
フンと鼻を鳴らし、そっぽを向くカイム。
「お前が勝ったら、こいつらは返してやろう。でも勝てなかったときには、ここで一生氷漬けで過ごしてもらう。アリシア女王の邪魔はさせない。」
「ふうん。おまえが負けたら?何すんの?」
「お前が勝つなんてことはありえないから、そんなことは決めなくてもいいんだ。」
「分かったよ。何すればいいんだ?」
「妾の出す問題に答えろ。10分以内に解けたら、お前の勝ちだ。」
そう言って、さらさらと床に問題を書き始める。
「…なあ、カイム。本当にこれが問題でいいのか?」
確認するように尋ねる光牙に、カイムは自信たっぷりに答えた。
「もちろん。さあ、お前に解けるか?」

「…解けたけど。」
「おい!まだ一分だぞ!!早いぞ!」
「悪かったな。俺は天才なんだよ。」
「…正解だ。じゃあ次はこれだ!!チェス!!」
「おい!一つじゃねえのかよ!」
「当たり前だ。負けて帰るなんて、妾のプライドが許さない。」
「生憎と、こちらも仲間の命がかかってるんでね。お前のプライドと俺の仲間、価値が重いのはどっちかなんてのは、考えなくても分かるだろ。」
白熱して駒を進めていく。
カチ…カチ…カチ…
「さあカイム、チェックメイトだ。」
途端にカイムは叫び声を上げて消え、氷の柱は溶け去った。

「おい、みんな、無事か!?」
「大丈夫。ありがと、光牙。あいつ、カイムだったでしょ。」
「さすが幻術使いだな。でも、どうしてあの程度で消えたんだ?」
「カイムは、とってもプライドの高い悪魔なの。誰かにそのプライドを折られそうになると、じぶんから消えてくれるんだよ。」

7人全員の無事を確かめると、紗雪が口を開いた。
「ねえ、聞いて。この先はとっても狭いし、このまま7人で進むのは危険だと思う。だから3手に分かれない?」
一番に口を開いたのは、鈴香だった。
「賛成よ。アリシアの説得に、こんなにはいらないわ。」
「俺も賛成だ。俺の浮遊術が、説得に役立つとは思えないんでね。」
「悠奈も賛成。よく分かんないけど、そうした方がいい気がするの。」
「僕も賛成ですね。音使いとして、外の負傷者の治癒に回りたいので。」
「オレと夏美も賛成だよ。みんなに合わせる。」

7人で、どこをどうするか決める。
「最終確認!!」
「じゃあ紗雪と鈴香は、ヴォルケーノ・タワーの頂上に行って紅玉を守る。」
「うん。それがベストね。わたしも紗雪も、アリシアと関係が深いから。」

「夏美と樹は、タワーの入り口を固めて、絶対中に人が入ってこないようにして。」
「わかった。あたし、頑張るから。ガンナーの誇りにかけてね。」
「オレも。そうじゃないと、せっかくここまで来た意味が無いからな。」

「そして、悠奈と柾哉は、光牙の浮遊術で上空から攻撃して。この2人が、戦い自体の要になるから。」
「了解。僕は攻撃できないから、回復に専念するよ。」
「悠奈…ううん、なんでもない。要は、戦う気力を奪えばいいんでしょ?」
「俺は連れて行くだけかよ…」

「そして、これがいちばん大事。これだけは守って。特に、接近戦が多い夏美と樹は気をつけること。」
これを破ってしまえば、私たちがここまで来たことの意味が半減してしまう。
「絶対に誰も殺さないこと。だから、なるべく戦意を喪失させるような、武器を取り上げるような戦い方を心がけてちょうだい。」

最終確認。
もう、陸はすぐそこだ。
この戦いは、私の運命を決める戦いでもある。
でも、時見の力によって…ううん、力を使わなくても、私の運命は決まっている。
私の存在は、ヴォルケーノ・タワーと共にあるのだから。
小さい頃から幾度となく入れられていた、タワーの最上階。
大切な仲間との、最後の戦い。

「7つの光が海より舞い降りしとき 大いなる大地に生命が復活する」
これが、守り人たちに代々伝わる伝説の言葉。
「全部終わったら、また船の上で会おう。」
そう約束して、私たちはタワーのある薄暗いジャングルへと降り立った。

Scene 1 上空

「光牙は、初めてにしては浮遊術上手いよね。悠奈は飛べないからさ。」
「凄く安定して浮いてるしね。僕も尊敬するよ。」
「尊敬してないで、早く力使えよ…」
上空に浮かび上がった3人。
「それにしてもさ、悠奈思うんだけど…みんな、すっごい弱ってない?」
「うん。回復音も、あんま効いてないみたいだし。」
「俺には弱ってるんじゃなく、幻覚を見せられてボーっとしてるように見えるんだが…」
たしかに、光牙の意見は正しかった。
グラステイル側の守り人たちは、なんとなく目が虚ろだ。
「…ごめん。それ、悠奈のせいだ。」
「…どういうこと?俺にはいまいち理解できないんだけど。」
「光牙は、あんまり使者の世界の話には詳しくなさそうだからね。」
「さっき船で言ったでしょ。悠奈は、この戦いにゴルシーダ側で参戦してるって。だから、多分あのひとたちに幻術を使ってるのは悠奈なの。…実は、船に乗ってるときから気になってたんだけどね。」
さすがに、一流を誇る幻術使いだ。
これだけの人数に、一度に幻術を見せるなんて。
「このままだと、確実にグラステイルは負けるな。さすがは幻術使いって感心してる場合じゃないか。」
「元々グラステイルの守り人たちは、強いからね。幻術を解けば一発じゃないかな。」
「悠奈!!何とか、お前のかけた幻術解けないのかよ。」
「無理だよ!!確かにかけたのは悠奈だけど、今の悠奈じゃないもん。悠奈だって、解けるものなら解きたい…あ。」
何か思い当たったような悠奈。
しかし、それと同時に複雑そうな、なんとも言えないような表情になる。
「悠奈!!何か思い当たったのかよ。」
「うん…。そう。一つだけ、方法があるの。光牙、あっちのほうに飛んで。」
「分かったよ。飛ばすから、気をつけろよ。」

向かった先にいたのは、小柄なゴシックロリータの少女。
「まさか…。悠奈、自分が犠牲になるつもりで…。僕は反対だよ。」
「…これしか方法は無いから。」
にっこりと笑う悠奈の顔は、決意に満ちていた。
「光牙、あそこまで運んでくれるよね。」
「…分かった。」
静かに、過去の自分の背後に回る悠奈。
そして背中に向かって両手をかざし、呪文を唱え始める。
すべて唱え終わり口をつぐんだとき、2人の悠奈の体が急降下しはじめた。

柾哉と光牙は、急いで悠奈のところへ行く。
「なあ、柾哉なら、何が起こったのか分かるんだろ。これはどういうことだよ。」
2人の体を起こし、少しだけ宙に浮かせる。
「悠奈は、過去の自分に強力な幻術を使ったんだ。幻術使い自身が力を無くしたり気をうしなったりすると、その幻術使いのかけた術は消える。だから、自分が犠牲になるの覚悟で、望んだんだ。今の悠奈が倒れたのは、昔の悠奈にかけた幻術が強すぎるものだったから。だから、昔の悠奈が受けた傷は、そのまま今の悠奈にも影響するんだよ。」
「分かっててどうして止めなかったんだよ!!」
「光牙が連れて行ったんだろ!!」
「そんなこと知らなかったからだよ!!」
「…これから、できるだけの治癒をしてみる。でも、幻術の解けたグラステイルの守り人は強いよ。僕はここに残って兵士たちの治癒に専念するから。だから、光牙は悠奈を連れて船に戻ってくれ。いいね。」
柾哉の強い目。
「分かったよ。柾哉、くれぐれも死ぬなよ。」
「縁起でもないこと言わないでくれ。」
柾哉は癒しの音楽を奏でる。

「あとのみんなは、大丈夫かな…」

Scene2
「風使いさん、お願いがあるの。お母様は絶対に紅玉を狙ってくるから、だから、その時にゴルシーダに帰るように説得してくれない?」
ヴォルケーノ・タワーに向かいながら、私は彼女に話しかける。
「どうして?娘のあなたのほうが効果的じゃないの?」
私は首を振る。
「私は、このときまだ存在しないの。わたしがこの世に生まれたのは、ゴルシーダによるグラステイル併合のあと。だから、私はお母様にとってただの知らない人なのよ。」
私たちを乗せて、風はタワーに着く。

「多分もうすぐよ。風がどんどん冷たくなっている。」
「お母様が使ってるのは、氷のそりだからね。」
そのとき、さっと雪が舞ったかと思うと、目の前に一人の女性が姿を現した。
長いシルバーの髪、白い豪華なドレスのうえに、これまた白いコートを羽織っている。
「アリシア、久しぶりね。」
「鈴香…どうしてここにいるの?」
「私は風使いよ。それに、この子が教えてくれたの。」
「…その子は?見たこと無い人だけど。」
「この子は、紗雪=クロンクヴィスト。未来のあなたの娘よ。」

長い長い沈黙。

「ねえ、あなたは紅玉を狙ってきたんでしょう。紅玉を使って、何をするつもりなの?」
「…それはね。」
「それは、お母様からじゃなく自分で説明するわ。お母様は、この紅玉の魔力を基にして、私…紗雪を作り出すつもりなの。時見である人が死んでしまったからね。私の曾祖母に当たる人。」
「そうだ。私には時見が必要なんだ。だから、自分で作ればいい。時見の娘を作ればいいんだ。でも、私の能力だけでは足りない。国を維持できない。だから紅玉が必要なんだ。」
そう。
だから、この革命が失敗すれば、自然に紗雪の存在は消える。
「私の命をかけて、お母様の命を救うのよ。このままだとお母様は、300年後に革命で打ち首にされるわ。だけど、お母様は生きなきゃ。生きなきゃいけないのよ。」
「でも…今、飢饉が起きてるのは本当よ。このままではみんな飢えて死ぬわ。」
黙っていた鈴香が、すっと前に進み出る。
そして、おもむろに口を開いた。
「アリシア、今こそ、卒業のときの約束を守るわ。私は、ゴルシーダ王室付きの風使いになる。」
「でも紗雪、めんどくさいからって嫌がってたじゃない。私のこと嫌いになったんでしょ?」
鈴香がこっそりと握った拳が震えている。
「あんなので嫌いになるわけないじゃない!!大事な親友が死ぬくらいなら、王室付きになることくらいどうってことないわよ!!見くびらないで欲しいわね。」
一気に言った。
普段は感情をあまり出さない鈴香がこんなにも感情をむきだしにしているのを見て、さすがにアリシアも戸惑っているようだ。
「こうしている間にも、どんどん人が死んでるのよ。この火山は、ここに住む人たちの命なの。わたしと一緒に、ゴルシーダに行きましょう。」

一筋の涙が頬を伝う。
アリシアが、氷の女王が泣いている。
「なんで、そこまでしてくれるのよ…。あんなにわがまま言ったのに。あんなひどいようなこと言ったのに。」
「そんなの…大切な人だからに決まってるじゃない。」

「2人とも、感情に浸るのも良いけど、ほんとにここから早く離れたほうがいいよ。私のことは大丈夫だから。」
「でも…紗雪、わたしたちがここを離れたらあなたは…」
「平気だよ。私は、こうなることが分かっててここに来たんだから。私は時見だよ。未来を読むのは得意技なんだよ。」
紗雪の望みは、お母様が長生きしてくれることだから。
「でも、ひとつだけお願い。ゴルシーダに行く前に、一回船に戻ってくれないかな。光牙が、みんなを送り届けてくれるはずだから。」
「分かった。ありがとう、紗雪。さよなら。」
「お母様をよろしくね。」

去っていく2人を見送る紗雪。
2人が振り返っても紗雪の姿が見えなくなったところで、紗雪は足から崩れ落ちて…


あとに残ったのは、一塊の美しい雪だった。

Scene3
「何で、こんなに人数多いのよ。樹大丈夫?」
「何だよ夏美、こんなもんでへばってるのか?まだまだ平気だぞ。」
「まだまだよ。飛び道具系の武器が少なくて助かるわ。」
でも、何でほんとにこのタワーに人が集まるんだろう。
飛び道具系が来られたら、避けるのがたいへんだからな…
「夏美、夏美、ただ戦うのも面白くないからさ。どっちが多く武器を奪えるか勝負しない?」
「いいけど…。」
まったく、こんな時まで樹は能天気なんだから。
「ちょっと樹ねえ、ここが戦いの真っ最中って分かってるの!?」
「わかってるよ。だからこそ、集中力を切らさないため…だろ?」
全く…
「仕方ないなあ。」
こんな時まで、樹らしいんだから。

でも、ほんとにちょっと気を縫いたらやられそう。
実践て、こんなに大変なものだったんだ。
「危ない!!夏美!!」
え…?何?
樹の刀が目の前にある。
足元には、真っ二つに切られた矢。
「集中力を切らすなって言っただろ。俺がいなかったら、夏美やられてたんだぞ。」
う…
否定できない。
「…ありがと、樹。」
さて、この借りは返さないと。
さっき矢を放ったの、いったい誰?
敵の武器をリボルバーの弾で次々弾きながら、相手を探す。
いた…!!あそこだ!!
崖の上から、今度は樹を狙ってる。
「あぶない樹!!」
よく狙え。この距離なら十分間に合う。
焦点を合わせ、弾を放つ。
まっすぐに飛んで…よし。成功!!
空中で矢は見事真っ二つ。
続いてもう一発。
今度は、弓のほうを狙う。
大丈夫。毎日欠かさず練習してたから。
今度も成功!!
さすがに弓が壊れちゃったら、もう無理だよね。
「なあ夏美、さっきから、兵士たちの様子、おかしくないか?」
「ほんと、明らかに数も減ってるし、武器も無いし。」
「それに、異常なほど暖かいんだけど。」
「…もしかして、あれ、氷の女王なんじゃない?あの、氷で出来たそり!!鈴香も乗ってるし。」
凍り付いていたヴォルケーノ・タワーが、どんどん溶けていく。
今が暖かいんじゃなくて、少し前までが寒すぎたんだ。

「ねえ、樹。戦いは終わったよ。船に帰ろう。」
「そうだな。鈴香さんが行っちゃったから、徒歩だけどな。」
「…それは大変だね。」

顔を見合わせて、2人で思いっきり笑う。
空の色は、美しい青だった。

8章 決別

「樹!!夏美!!遅いよ。わたしたち、ずっと待ってたんだから。」
「だって、それは鈴香が風で運んでくれないからでしょ。おかげで、私たちはずっと歩いてきたんだよ。」
「ごめんごめん。すっかり忘れてた。」
「あれ?オレたちが最後かとおもったら、紗雪がまだ帰ってないじゃん。どうしたんだ?」
気まずい沈黙が流れる。
「紗雪は、元々はこの併合のあと、紅玉の力を借りて創られた存在だったの。だからグラステイル併合が無かったことになった今、紗雪の存在自体がこの世から消えたって訳。でも、紗雪は最後まで幸せそうだったよ。」
「俺たちには誰も殺すなって言っておきながら、結局自分が死んじゃったんだよな。自分で言ったことくらい守れよ。」
「僕たちには理解できないかもしれないけど、それが彼女の望みだったんだろうね。」
「ねえ、さっきから気になってるんだけど、悠奈はどうしたの?まさか、死んでる…ってことはないよね。」
「…悠奈も、紗雪と同じ。自分が犠牲になって、人々を救ったんだ。悠奈は、この併合について相当後悔してたみたいだからね。大丈夫。死んでない。幻術の影響で、気を失ってるだけだよ。いつ目覚めるかは分からないけど…」
「そっか…。話も出来ないんだね。この後どうするの?」
「わたし、紗雪からこの後のことを頼まれてきたから。みんな光牙に、元々いた所に送り返してもらえって。わたしはいいよ。この後そのままゴルシーダに行って、王室付きになるから。」
「結局俺かよ。まあいいけど。」
「オレと夏美は学校あるし、帰してもらわないと困るな…」
「僕と悠奈は、一緒に悠奈の家に送ってよ。音使いとして、きちんと治癒しないと。そうとう長い年月がかかるだろうけどね。」

6人の間に、なんとなくしんみりとした空気が流れる。
たった2,3日の間とはいえ、共に生活し、戦った仲間。
そこには、何よりも強い絆が生まれていた。

「大丈夫よ。2度と会えない訳じゃないんだから。」
「こんだけ世界に散らばってると、意図的にじゃないと6人揃うのは奇跡だろうけどな。」
「樹は余計なこと言うな!!あたし、ちょっとジーンときてたのに。」
「そうか?俺は樹さんの言うこと、正論だと思うけど。6人もいて、そのうち3人は使者だろ。偶然を期待するには、絶望的じゃないか。」
「僕はあると思うよ。偶然て。光牙は夢が無いから。」

「じゃあ、それぞれの場所に送るよ。」
結局は、俺が戻す羽目になるんだ。
紗雪に無理やり巻き込まれた事件だったけど、こんな仲間に会えるのなら悪くない。
「3,2,1…」
日常生活で、この力を使うことももう無いだろう。
俺は、ただの普通の学生に戻る。
「…また会おうな!!」
それが、口から出た最後の言葉だった。

気がつくと、そこは見慣れた場所。
いつも通りの朝。いつも通りの風景。そして、いつも通りの時間。
「紗雪のやつ…。確かに遅刻はしない時間だけど、この疲れ切った体で今日一日を乗り切れというのか。」
俺は、勢いよく学校に向かって駆け出した。


ヴォルケーノ・タワー。
いにしえより伝わる紅玉と呼ばれる宝石を奉るために建てられた、巨大な塔。
それは時として祭りの場となり、国のシンボルとなり、戦いの場となった。
しかしその神秘的な力は、関わる人全てに恩恵をもたらす。
その塔はのちに本来の目的を忘れられ、神聖な場所として崇められるようになった。
世界各国から、この塔に祈れば病気が治ると、人が集まるようになり、いつしか世界中で有名な土地となっていった。
そんな土地の昔話。

その土地に住むものなら、誰でも知っている。
昔この塔を守るために現れた、7人の勇者たちの話。
そして、この土地以外のいくつか部分的な地域でも、この物語は語り継がれているという。

最終章 終わり。そして始まり。

とある老人のもとへ、幼い少女が駆け寄る。
必死でその膝によじ登り、顔を覗きこんでおねだりするのだ。
「ねえ、ヴォルケーノ・タワーのお話、して?」
少女の好きな昔話。
「ねえ、おじいちゃん、いつもこの話、途中までしかしてくれないね。」
「元々、途中までしか無い話なんだよ。」
不思議そうな顔をする少女。
「どうして?」
にっこりと笑う老人。
「未来は、自分でつくるものだからさ。この物語の続きを決めるのは、お前自身なんだよ。」
「ふうん。」
「人生だってそうなんだ。未来はいくらでも変えられるんだからね。」
何かを思い出し、懐かしそうな顔になる老人。
きっと、あの頃のことを思い出しているのだろう。
「ねえ、おじいちゃんの物語はどうなったの?」
「おじいちゃんの物語かい?それはね…」

眼鏡を中指でくいっと上げ、悪戯っぽいニヤリとした表情を作る。

「秘密だよ。でも、唯一つ言えるのは、おじいちゃんの物語はハッピーエンドだったってことだよ。」

机の上の写真立てには、彼の若い頃の写真。
そのなかでは、大切な6人の仲間たちが笑っていた。


                                 FIN

ヴォルケーノ・タワー

「ヴォルケーノ・タワー」
いかがでしたか?
初めての異世界ものということで、とても苦労したのを覚えています。
特に登場人物が多いので、キャラ作りも大変でした。
個人的なお気に入りは、柾哉くんと悠奈ちゃん。
CP的には、夏美と樹も楽しかったです。

何か月か前、この曲を演奏することになった後輩からいきなりメールが来てですね。
「面白そうだから小説書いてください」と。
で、いったん書いて、何か月も寝かせて設定を練って、今回の掲載に至った訳です。
寝かせただけあって、とても作り込まれた世界になっていると思います。
7人が、どう戦いに関わっていくのか、人間の言葉の重さ、
などなど色々と考えて頂けたら幸いです。

とても楽しく書かせていただきました!

ヴォルケーノ・タワー

パーカッションアンサンブル「ヴォルケーノ・タワー」を基に、小説化しました。 大切な仲間とともに… 大好きな、大切な、宝物に出会った7人の勇者の話。

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-01-14

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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