ん廻しdeパーティー
スーツ姿の二人の男性が肩を並べ立っていた。
一人は髪が短めの七三分けで、かけている黒縁メガネがよく目立つ。
もう一人はショートな茶髪をモヒカンで整えている。
黒縁メガネが大げさに身震いしながら、モヒカンへ話しかけた。
「寒くなったと思ったらもう年の瀬やん。今度の週末、友達を呼んでホームパーティーするんや。盛大に忘年会や」
「ホームパーティーですか。それは、準備がたいへんそうですね」
「そうなん」
「やはり、ホームパーティーといえばBBQが鉄板ですよね。網で焼くBBQでも鉄板です」
腕組みをして頷きながらモヒカンが言った。
「何おもしろなこと言うねん」
黒縁メガネが鼻で笑った。かまわず、モヒカンは語りかける。
「そういえばホームパーティー、というより宅飲みの思い出ですけど闇鍋パーティーやりました」
「そうか、君もやったことあるん」
「ええ、学生時代のヤンチャな思い出です」
「実は今回のホームパーティー、似たようなこと考えたんよ」
「ほう、といいますと?」
これまた大げさに食いついたモヒカンへ、ニヤリと黒縁メガネが笑いかけた。
「闇鍋じゃないけど、持ち込みの食材で料理を作るんや。ただし、持ち込みの食材には制限をかけるんや」
「制限ですか?具体的には」
今日一番に目を見開いた黒縁メガネが囁いた。
「《ん》で終わる言葉の食材で料理を作るんや」
「《ん》ですか?」
モヒカンの聞き返しに、すかさず黒縁メガネが答えた。
「例えば、《大根》。あと《人参》や」
「ああ、そういうことですか。語尾の最後が《ん》で終わるんですか。大根ですと、この寒い時期おでんなんていいんですよね。あっ、この場合、出来合いの《おでん》を持ち込めばルール違反ですか」
「そやな、あくまで食材を制限するんや。惣菜はアウトや」
「でも、その野菜だけでは出汁が出ませんよ。魚か肉もあったほうが」
モヒカンは食材を思い浮かべようと上を向く。待つ間もなく黒縁メガネから食材が挙げられた。
「魚なら鰊やな」
「《鰊》ですか、だとするとおでんより煮物ですかね。さすがに肉では食材ありませよんね」
「あるんよ。鳥や」
自信を持って黒縁メガネが言いきった。
「いやいや、鳥ですから《ん》はついてないですよ」
両手を激しく振るモヒカンに、黒縁メガネはドヤ顔で迫るように言った。
「鳥は英語で《チキン》や」
「あっ!なるほど。上手いこと考えましたね」
「そやな」
「さすがに調味料に食材の縛りはありませんよね」
「それがな、大丈夫なんよ」
「あるんですか、《ん》で終わる調味料?」
「それは、塩や」
「あーっ、なるほど。《塩》!」
モヒカンがポンと手を叩いた。
「正解や」
「では私からも問題です。食材は食材でも食べられないしょくざ━━」
「フライパンやな。しかも、その問題、パンはパンでもやろ」
「もーっ。全部出題する前に答えないでください、よっ」
「いや、もうベタや」
「でも、でもでも、ここまで食材が出揃ったら、調理器具でも、《ん》で終わる言葉で合わせたいじゃないですか」
左右の肩を前後に揺らしながらモヒカンが言った。
「安心しな。とっておきの調理の仕方あるで」
「それは?」
黒縁メガネはメガネを持ち上げながらモヒカンを覗いてきた。
「ずばり、《キッチン》や」
「上手い!キッチンならフライパン含むあらゆる調理設備が全て使えますね。ですがBBQは無理はですよ。ちなみに、作る料理はなんですか?」
「天津飯」
「まったく脈絡も無い!」
「な、楽しいホームパーティーになりそうやろ」
黒縁メガネの口角の上がった笑みがモヒカンへと向かった。
「ちーなみに、ホームパーティーの招待する友達に、私は入っているんですよね」
モヒカンが黒縁メガネの顔色を伺っている。
「友達としてか。も、もち、もちろんや。大歓迎、いつでも、ウェル、ウェルカムや」
「ちょっと、何なんですか。その間は。友達じゃないんですか、私」
モヒカンの問いに、黒縁メガネが左手の人差し指でモヒカンを指しながら呟いた。
「だって君、《人間》」
「俺は食材かっ!」
モヒカンの渾身の叫びに、
「美味しそ」
黒縁メガネは甲高く可愛い声で、両手をグーで握りながら頬っぺたに添えて言った。
「いい加減にしろ。もう、ええわ」
モヒカンの右手の甲が、黒縁メガネの胸元を叩いたのを合図に、二人は深々とお辞儀をした。
『どうもありがとうございました』
顔を上げたお笑いコンビ「武田と信玄」は、演芸場の客席から鳴る数えるほどの拍手を背に、舞台から捌けていったのだった。
ん廻しdeパーティー