茸保険
未来の茸ファンタジー
地球の茸という生き物は、動物や植物よりあとに出現したという。これは地球の意志だろう、と思う。よく動き回る動物と、ゆっくりだが動く植物、この二つはお互いに地球の環境を保ってくれる、と地球は表面に生じさせた。植物は酸素を大気にもたらし、動物はそれを利用し、植物を栄養として育つ。動くことで地球の表面に変化をもたらし、最後は地に埋もれて土により、土の成分となり、植物の栄養となる。地球表面のこの二つの生き物による地球の開墾は地球の未来を開拓してくれるはずだった。ところが、動物は動物同士で食べてしまう肉食動物がでてきて、食べられなかった植物が死にいたると、土の上にそのまま積み重なった。このように死んだ植物も土の上に重なり、動物と植物の死体はただ地球の上にたまっていった。これではいけないと、動物植物の死体を処理する菌類を地球は創造した。菌類は分解、発酵という現象を地球上にもたらし、動植物の食物循環は正常に保たれるようになった。
菌類にも植物のような花がほしい、という菌類の要望を地球はききいれ、茸という花のようなものをつくるようにさせた。
茸という花を咲かせるようになった菌類は、分解発酵といった地球上の働きだけではなく、動物の食物の一つにもなった。茸好きの動物が増えすぎ、今度は菌類が悲鳴をあげ、毒を作れるように地球に懇願した。地球は熟路の末、一部の茸が毒を作れるようにして、動物による茸の減少をくいとめることにした。
そんな中で動物も進化し、人間という中途半端な生きものになってしまった。人間は地球の思惑からはずれ、地球表面を破壊し、大気の温度まで上昇させてしまった。
そのとき、地球は茸に耳打ちをした。その結果、どのような茸も毒を放棄した。地球に現れたときとおなじようにすべて無毒になったわけだ。
茸からだんだん毒がなくなっていくことを、ただの時間の経過だと、疑いもせず、人間は茸をよく食べるようになった。茸の栽培がうまくいくようになって、大量に出回ったために、価格も安く、毎食、必ず茸の料理がだされるようになった。
茸にはうまみアミノ酸がたくさんあった。それは昔からのことだが、人間は喜んで食べた。さらに成分は薬となり、薬膳でも大事な役割を担った。
茸はとうとうデンプン質を含むようになった。こうなったら、他の穀物はいらない。米や麦、トウモロコシ、そういった穀物を食べていた人間は簡単に栽培ができ安定供給できる茸を主食とした。
さらに、動物性アミノ酸も蓄えるようになり、植物性の油、動物性の油も含む茸が進化してきた。肉を食す代わりに茸を食べればよくなった。
2500年代になると、ほとんどの人類が茸だけで食生活をすることになった。フルーツ味の茸も生まれてきた。宇宙へ進出した人間とって、茸の進化は願ったりかなったりのものであった。まだ太陽系の一部にしか行くことができなかったが、茸だけ栽培すればよくなったので、何ヶ月もの宇宙旅行における食料供給は楽になった。
一方で、天然茸は珍重され、高級な食材になっていった。
ところが、いきなり茸に毒が現れた。地球が茸たちに耳打ちしたというのはこのことだった。
地球表面をコンクリートだらけにされて、これでは地球もたまらない。茸に一時人間に食べられるように無毒になってくれとたのんだのだ。その結果、茸の種族は人間の手でたくさん生まれるようになり、種類も増えた。これはこれで茸は喜んだのだが、しかし、自然に生きていたい茸にとって、地球の思いと同じで、食べられすぎるのは問題だ。もとのように毒を作りたいと思っていた。
地球は茸に自由に新たな毒をつくっていいと、許可を与えた。茸は自由に毒をつくりだせるようになった。
その結果、人間のいう、3000年代にはいってから、すべての茸に毒が生じるようになった。茸の毒の強さは個体によってずいぶん異なった。動物が食べるとすぐ死ぬもの、中毒するが死に至らないもの、行動に変異をもたらすものなどいろいろあった。培養茸も同様だった。いくら管理をしても毒が生じてしまっていた。毒の効果は人によって異なり、ある人間に毒であっても、ある人間にはすばらしいうま味でしかなかった。
茸が人間の主食になった結果、毒というこわさもあったが、寿命も延びた。おおよそ125歳が男女とも平均寿命だったが、死を回避する方策はみつけられていなかった。そこで、人間は寿命を金でのばすことに心血をそそいだ。開発された茸で作られるサプルメントを飲むことにより、体の維持につとめたのである。寿命を延ばす茸の開発は地球規模で進められており、年々、少しずつだが統計的には寿命が長くなっている。
ともかく、地球の思惑などは知るよしもなく、人間は自分たちの天下社会を生きていた。
そして、人間たちは、こんなたわいもないできごとを、重大なことのように、まじめに話していたのである。
「あーた、新しい茸保険ができたのよ」
「どんなのだい」
「すべての茸中毒に見舞金がおりるのよ」
「いままでのじゃだめなのか」
「今の保険はわかっている毒にしか適用されなかったんだけど、今度のは、毒が何かわからなくても、おりるのよ」
今、菌類は昔のウイルスのように、絶えず変異を生じさせ、形は変わらなくても、代謝産物である毒の種類を変えていた。
「保険料はどうなんだ」
「同じなのよ、ともかく病院にかかったら、費用の半額がおりるの、万が一死んだら、その人間の年収分がおりるのよ」
今、地球のどの国でも、成人は16歳で、17から必ず職業に就いていた。4歳から小学校、10歳で中学、13から16が高校の義務教育、その間は国の茸保険に自動的にはいっていた。それ以降は民間会社の茸保険にはいることになる。
働けない人の場合には、どのような場合でも年間の最低収入が設定されており、それが基準で保険金が支払われる。
「一昨日、隣の奥さんが椎茸にあたって死んだでしょ、新しい毒のようで、その物質がなにかわかってから、保険金がおりるそうよ、まだ奥さん若かったから、子供が義務教育なのよ、保険が下りるまでご主人の収入だけで生活しなければならないんだって」
「うちはもう子供も成人になっているし、俺なんかが死んでも、おまえはすぐには困らんだろう」
リタイアーした夫婦である。百歳は越している。
「まあねえ、でも将来、いい看取りハウスにはいりたいもの」
「それじゃ、変更に金がかかるだろ、それでも換えたほうがよければ、かえればいいじゃないか」
「うん」
奥さんはネットで茸保険会社を探していた。このころは全世界ネットで保険会社を選ぶことができる。世界が一つにまとまったといっても多言語で、語学能力の高い人ほどいろいろな国の茸保険会社を選ぶことができる。
ネットで検索をかけ、探し出した茸保険会社を開くと、多くは、自動的に日本語に翻訳されて、内容が画面に日本語の字幕があらわれるのだが、ニュアンスや細かなところまでは伝えてくれない。
この日本国の奥さんは英語とチェコ語ができた。チェコの茸保険会社を開いている。
この会社は、茸にあたったとき、その茸の毒がなんだかわからなくても、仮の保険金が7割払われる。残りはその物質が明らかになってからだ。他の保険会社より割は良さそうだ。
「茸の好きなチェコは茸保険が発達してるわね」
「そうかい、それで、掛け金はどうなんだい、今のところから変更しても、損はしないのかい」
「大丈夫よ、それにこれ、夫婦保険だから楽でいいでしょ」
この時代には夫婦や家族でまとめて保険金をかけることのできるものもかなりあった。夫、妻、または子供が茸に当たって入院したり、死亡したりすると、規定の保険金が払われ、そのまま掛け続けることができる。
奥さんがみつけたチェコの保険会社はそのタイプの商品を売りだしていた。日本でも同様のものがあるが、夫婦保険は掛け金が二人分である。しかし、そのチェコの会社のものは一割安だった。
「あーた、これいいわよ」
生活費のかなりの部分が茸保険にとられる世の中だから、かなり割安感がある。
夫がもっとも肝心なことを聞いた。
「満期はいつなんだい」
「自分で設定できる奴」
通常の保険は満期が後期高齢者の80で、高齢者である70まで掛け金を支払うタイプで、満期に積立金としてもらうこともできるし、そのまま掛け金なしで死ぬまで保証してもらうこともできる。それが、チェコの保険会社のものは満期と支払い終了年を自分で設定できるものだという。
「いくつに設定するんだ」
「60までかけて、70で満期よ」
その家では、旦那の勤めている会社の年金がかなりの高いところなので、国からもらえる年金とあわせると、生活は普通にできる。それで、保険金はハイクラスのケアハウスにはいる時に使おうという考えのようだ。もっとも入る必要がなければ、旅行に行う費用になる。
人間の思考は二十一世紀頃と基本的にはかわっていないようだ。
大きな違いは、月と火星に地球人の都市が築かれていることである。そこでは、多くの会社が物を生産していた。物を作れば必ずゴミがでる。地球を汚したくない人間は、地球では茸の栽培だけ行っていた。あとはほとんどが月と火星製品である。
住む地球に危険はないのか、というと、当然偶然に起きる事故で人間は傷害をうけることもある。実はそういった事故に対する保険もあるが、ほとんどが茸保険に付随していた。
これも茸保険を選ぶときの大事な項目である。月や火星に行くときの近距離宇宙トラベル保険がある。それだけをかけるととても割高になるので、月と火星に住む人たちは、茸保険の中にそれが含まれるものを契約する。一方、地球で暮らす人は、当然災害保険のはいった茸保険と契約する。さらに地球に住む人が宇宙旅行をするときには、掛け捨ての旅行保険にする人もいるが、宇宙旅行を計画した時点で、宇宙旅行保険のはいった茸保険に掛け替える。旅行から戻ってくると、しばらく行かない人は旅行保険のない、傷害保険だけの茸保険に変更する。
このように茸保険が生活の一部になっている社会では、保険会社が雨後の竹の子のようにひしめいているのである。
「どうだ、来年、二週間の宇宙旅行にいくか」
月に二日滞在して、火星に向かい、火星で三泊して、船内泊をしながら、木星、土星と廻ってくる観光である。
「そうね、それなら、チェコの茸保険会社に宇宙旅行保険を組み込むといくらになるか、聞いてみるわ」
奥さんはチェコの茸保険会社にメイルをした。
「あーた、そんなに高くならないわね、日本の茸保険会社より安いわよ」
「それじゃ、それにしろよ、付属の保証をよく読んでからな」
そういうことで、退職夫婦はチェコの茸保険にはいった。
「それにしてもな、おまえ、俺のことをあーたっていつからよぶようになった」
「やっぱりへんかしら、入れ歯を新しくしてからよ」
歯の寿命は、体の寿命より短かった。100歳をすぎると、どうしても入れ歯になってしまう。茸保険にはいれば保証がついていた。チェコの茸保険契約書を詳しく読んだ奥さんは、
「この入れ歯作ってまだ一年たたないから、まだ保険金はおりないわ、新しく作るのはもう少し先にいってからね、使い勝手はいいのよ、呼びかけは我慢して、あーた」
といった状態である。
チェコの茸保険はなかなかよくできていて、日本にある代理店も親切だった。
奥さんは自分の顔写真を代理店にネットで送って、しわ取りに保険が下りるかどうか聞いた。すると、皮膚に塗るつるつるクリームを送ってくれ、それを一月使ってしわが伸びなかったら、美容整形で手術を受ける費用が30パーセント保障されるということだった。
旦那の方は、勃起回復手術を受けたいとたずねたところ、薬が送られてきて、その薬が効かないようならば、泌尿器科で手術をうけられるという。これも30%の保証だった。
二人とも宇宙旅行の前にその手術を受けた。
準備万端整った二人の老夫婦は二週間の宇宙旅行を申し込んだ。
宇宙邸は千人乗りの中型船だった。土星までの太陽系観光船である。大型だと天王星までいくが、費用は三倍になる。大型になっても乗客数は千人だった。半年の旅行に耐えられる施設を船内に用意によういしなければならないので、船体が大きくなってしまう。
昔の飛行機や電車といったものには一等とか二等とか特等とか等級があったが、それは禁止され、一つの乗り物の部屋や調度品はすべて同じにしなければならなかった。ただ、たとえば宇宙船であれば、同じ千人乗りであっても、船によって運賃には差がある。新しく建造された物はやはり高い運賃になる。公平性をたもつことが、人間のストレスを減らすと言う論文がでたからだ。
一方で、地球上のそれぞれの家は大きさも作りも違っていた。別荘はいくつ持っていてもかまわないが、地球上のリゾート地域にはレンタルのいい宿がたくさんあるので、釣りなどその地域に特化した楽しみを持っている人しか、別荘はもたなかった。努力にたいしてむくいるような賃金システムになっているので、リタイアーまでの収入には違いがあり、年金にも努力が反映されるようになっていた。しかし、国の年金は一律で、それだけでも十分な老後の生活が保障されていた。地球での地域差は、少しはあるにしても、ほとんどないといってよかった。それも、茸が主食になって、遺伝子治療の発達に伴い誰もが健康になり、働くエネルギーに個人差が少なくなったこともそういった社会を作り出した一因である。
二人の老夫婦は宇宙船に乗り込んだ。大きな楕円形の宇宙船はビルの中と同じような感覚だった。五十階建てのマンションのような感じで船室が船の両側に連なっている。夫婦は二十階の25番の部屋だった。
船長の離陸の挨拶が各部屋のスピーカーからながれると、船はふわりと地上から浮いて、そのまますーっと上空にのぼっていき、大気圏外にでると、ゆっくりと地球をまわりはじめた。
旅行客は自分の部屋の窓から地球を眺めることができた。角度をかえ何回か地球の周りを回り、逆方向にも一回りして、月に向かった。地球を離れるのが初めての人も多く、地球そのものを見たことがない。自分の故郷の星の姿を目に焼き付けておくためか、離陸のとき、乗客はリビングルームの大きな窓に釘付けになる。
そのあと、観光宇宙船は月に向かう。船の機能からすると、数分で月についてしまうはずだが、一日をかけて月に到着する。船になれてもらうための助走でもある。
地球が次第に離れていくことを実感することができる。月でも、周りを回り、月の様子を自分の目で見ることができる。それから月の地球人街に降り立つわけである。
この老夫婦も写真やテレビニュースでよく目にする月の雰囲気を感激の目で見ていた。地球の青さに比べ黄茶けている。水がないことがこんなに違う景色をもたらすのだ。
月につくと、ドームに覆われた都市の一つのホテルに泊まり、一日は月上車で月のクレーターを見て回る。
「あーた、クレーターって、へこんだ砂漠ね」
「うん、雨があったら、たまって大きな池、いや海になってるね」
「でも、動物も植物もないなんて味気ないわね」
「しょうがないよ、茸もないんだから」
月上車の窓からクレーターを見ているが、二人には興味がわかないようだ。
それよりも、ホテルの茸料理が待ち遠しかったのだろう。
大小一つのクレーターを回ってホテルに帰った二人はシャワーをあびて、夕食をまった。
時間になり、レストランにいくと、すでに半分ほど席がうまっていた。自分の番号のテーブルにつくと、黒い色の給仕ロボットが今日のメニューを差し出した。
「お飲物はなにになさいますか」
手が十本もある箱型ロボットが注文を聞いた。
奥さんがメニューの中の「月の茸のアペリティフ」とたのむと、旦那が俺もと言った。
「パッセントはいかがにしますか」
「私は14度、昔の日本の清酒の濃度よ」
だんなも14度といったが、ワインの濃度だと協調した。言ったことはロボットを通して、厨房の方に連絡が行く。
「しばらくお待ちください」とロボットが言い終わらないうちに、ピンクの色の給仕ロボットが赤く透き通った、月の茸のアペリティフを二つ運んできて、二人の前においた。
茸の写真のカードもおかれた。
「これが、今日のアペリティフの茸です、月面紅天狗茸でございます」
給仕ロボットが説明をしてもどっていった。
「これ飲みたかったんだ」
奥さんがちびりと飲んだ。顔がふわっとなった。旦那もごくりと飲んだ。髪の毛がちっと逆立った。
「さすが月の茸だ、ふわふわする」
飲み終わる頃に料理が運ばれた。すべて月で栽培されている茸で、やはり、中には毒が生じている物もあり、それに当たるかどうかは運である。人間は毒茸を恐れてはいなかった。人間は何百年と茸とともに生活を続けているからだ。
月の茸の前菜のあとはスープ、魚料理、肉料理と、このかたちは大昔から変えようとしなかったが、すべては月で栽培されている茸で作られていた。前菜は月面マイタケである。スープは五種類の茸をすりつぶしたもので、あつあつのスープに、つかった茸の傘だけうかしてある。魚料理は、形はマツタケだが、白身の鱈の味がした。茸クリームがかけてある。緑色の野菜茸のつけあわせが彩りを添えている。肉料理は牛肉味の月面オニフスベステーキだった。
旦那は茸ビールを飲んでいる。
最後に月面茸のアイスクリームと、茸紅茶がでた。
「おいしかった、あとは火星のホテルの料理がたのしみね」
「そうだな」
木星、土星、には滞在しない。小型宇宙邸にのって上空を観光するだけである。火星をでたら、観光宇宙船での食事になる。
宇宙船におけるメニューはすでに配られているが、月や火星のホテルのようにはいかないかもしられているが、それなりに上等な茸料理ばかりである。さらに、観光宇宙船にはその船でしか食べることができない茸が栽培されていて、夫妻が乗った宇宙船は、おいしい茸が栽培されていることで知られていた。それで選んだところもある。その上、メニューにはないシークレット茸が夕食には添えられることになっている。
火星までも時間はそんなにかからない。火星には大きなドームのかかった、地球人の住まいや工場があった。
火星でのホテルは、地球と少しにていた。火星の観光バスの窓からは、所々に湖が見えた。地球人が移住してから、自然に雨が降るように大気が改変され、地球ほどではないが、水があった。しかし、人間が呼吸できるほどの酸素もないので、宇宙ヘルメットをかぶらなければ外にはでられない。
火星茸の料理もうまいものだった。しかし、どちらかというと、地球のものと似ていて、月茸の方が新鮮であった。
火星では夜中に、二つの月を見ながらドームの中を散歩するのが新鮮だった。ホテルをでると、なだらかな丘があり、上に上って、二つの月をながめるのが最高である。火星茸ワインをロボットが売りにきて、それを飲みながらの星空観察は、火星観光の目玉だった。
宇宙空間の星空を眺めているのは、だれもが目を奪われていたのだが、だんだん感動がうすれてきた。宇宙船の速度がはやいので、小さな星のかけらが窓を通り過ぎるのは一瞬だ。スクリーンにゆっくりと映し出され、しかも拡大してみせてくれるので、そのときは感激がわいてきた。
そうなると、やはり食事が乗客にとって、なによりの楽しみになってくる。
木星まであと5日と近づいた日の夕食は、巨大茸の解体ショウではじまった。生で食べられるその船独自の培養茸である。大きさは3メーターにもなる。
傘を柄から切り離し、大きな輪切りにしていく。柄の直径は1メートルにもなるだろう。それが何十本も食堂二運ばれ、これはロボットではなく、人間のシェフが輪切りにした。給仕ロボットが輪切りにした物を大きなさらにのせ、めいめいのテーブルに運んでくれる。
夫婦のテーブルの上にも運ばれた。二人はナイフとホークをつかい、少しきどりながら、口に運んだ。
「こりゃうまい」
「新鮮だし」
夫婦は茸のアペリティフを飲みながら、茸の前菜をあっという間に食べてしまった。
傘のサイコロステーキが皆に運ばれ、あとは茸のデザートである。
今日はデザートも目の前で作ってくれる。かごに盛られた数種類のフルーツ茸を給仕ロボットがテーブル脇にはこび、選んだ物をデザートにしてくれる。
夫婦は大きく育ったアンズタケを選んだ。
「わたしはシャーベット、あーたは」
「俺はアイスクリーム」
注文にそって、給仕ロボットはその場でアンズタケをシャーベットと、アイスクリームにして、二人の前に置き、茸コーヒーをそえた。
二人はデザートに満足し、コーヒーを飲みおえると客室に戻った。
「うまかった、ちょっと疲れたよ」
「わたしもよ、あーた」
二人はベッドにちょっとのつもりで横になった。
次の日の朝、朝食に現れなかった夫婦の部屋を宇宙船アテンダントが訪ねた。ノックをしても返事がないので、観光船に乗務している警備会社のガードマンを呼んだ。
ガードマンが合い鍵で部屋を開け、「おはようございます」と声をかけたが、返事がない。アテンダントとガードマンは一礼して中に入った。
寝室をのぞくと、ベッドの上で布団も掛けず二人が寝ている。
ガードマンが「どうしました」と声をかけたが反応はなく、ちかづくと二人とも青白い顔で目を閉じていた。宇宙船のガードマンは医療の知識もある。脈を調べ、すぐに船医をよんだ。
宇宙船の医務室から、医者と看護師が飛んできた。
「手遅れです、茸中毒です」、そう言って、夫婦のとった食事のデーターを手持ちのタブレット画面に呼び出した。
「昨日のアンズタケのようだ」
二人は医療検査室に運ばれ胃のアンズタケがとりだされ調査された。すぐにいくつかの茸毒が検出された。
それは船長に報告され、乗務している宇宙船の法務官が二人の茸保険をチェックした。
「チェコの茸保険にはいっています、一つをのぞいてすべて保険金がおります、受取人は二人の息子ということになっています」
「この宇宙船では始めての茸事故だな」
船長はちょっとがっかりした。
今まで無事故だったことを誇りにしたのに、今後は茸事故一件の宇宙船ということになってしまった。だが、茸毒に関して、レストランに責任はないことになっている。
船内の法務官が言った。
「チェコの茸保険には宇宙旅行保険がはいっていますが、いざというときの、遺体返還保証がありません」
これは、宇宙旅の途中でなくなったとき、遺体を地球に送り返す費用の補償である。途中で遺体になると、乗船の切符を買っていても、遺体搬送費は別扱いになる。かなりの高額になる。
夫婦は茸保険の宇宙旅行保証に遺体返還を付け加えることを忘れたのか、入っていると思ったのかもしれない。どの保険会社も遺体返還保証をつけると、払い込み料が高くなるので任意にしている。
船長は夫婦が茸毒で亡くなったことを息子二人に伝えたところ、遺体返還をどうするたずねた。普通の宇宙葬でいいということだった。宇宙葬ならば、保険金の補償額で間にあう。そう伝えると、そうして欲しいとのことだった。
宇宙葬は遺体を太陽に向かって発射するのである。宇宙地図上には三途の川と宇宙船乗務員に呼ばれている道がある。遺体には超小型の噴射装置がつけられ、船外に送り出されると、噴射装置に付属しているコンピューターが位置を計算して、噴射を開始する。それにより、自動的に三途の川にのり、太陽にむかって流れていく。何百年かかかって、太陽に到達され焼かれるのである。太陽が火葬場となる。地球上で亡くなった人も宇宙葬をする人が多い。葬儀ロケットが毎日打ち上げられている。一つのロケットで、百人の遺体を運べる。これは政府も推奨する方法である。太陽にエネルギーを送り込むことにもなる。しかも、地上に墓を作るよりも何倍も費用が安い。
二人の遺体は観光宇宙船から外におくりだされ、そのあと、無事にコンピューターが作動し三途の川にはいった。
葬儀ロボットが敬礼してしばらく見送っていた。
観光宇宙船は二日遅れで土星に向かった。
その後、茸死亡保険が夫婦の子供に支払われた。
茸保険