入院生活
犬色の天井灯が揺れる
東へ 西へ 方円へ
鳥のかたちをまとうと
魚の日を忘れる天井灯は
かつて眼球/月球であった
水族館の深層に頭骨の眠る
昔鯨へ一艘のカヤックが迫る
左腕の暗い穴と繋がれているのは
たぶん土星の維持装置
もはや単独では生きられない星芒として
ボクは 文明から液状の貨幣を注がれ
喜ぶべきを喜ぶからだ コカコーラを
飲みたいけれど 生理食塩水に汚される
湿地帯 やがて 押しよせる闇 扇状地
血管をあふれた河は原始の野を掘り起こす
カヤックからおりてきたのは祖父だった
「これから先に痛みはない」
いざなうのでなく諭すのでもなく
ただ言えることだけを言う
祖父はそういう人だった
薬が日々を月々へ引き延ばす
文庫本の冒頭の2行を
百回繰り返し なにも覚えていない
ただ雲の数だけを忘れるために
文字を 記憶を 追う
唇の端からこぼれるトマトの汁
病院食の寒天は斑な怒り
犬色の天井灯が止まる
祖父の言葉は予鈴に消し去られる
見習い看護師が 消灯時間として
一頭の犬を連れてくる
入院生活