コンクールの規定
息子が小学校低学年の頃に、とあるピアノコンクールに出場した時の話です。参加者全員の演奏が終わり、そのまま休憩を挟んで結果発表が行われたのですが、その際にちょっとしたトラブルが発生しました。
会場が、異様にざわついたのです。
そのコンクールは、ファイナル(全国大会)出場者を決める最終予選(エリアファイナル)……への出場者を決める県大会……への進出を賭けた地区予選でした。出場者は、課題曲(予めバロック曲が三曲発表されており、一曲を選択)と自由曲(1分以内)を演奏し、審査されるのです。
自由曲は、制限時間に収まれば本当に何でも良いのです。極端な話、クラシックでなくてもいいのです。とにかく、1分以内の曲という指定だけでした。その代わり、少しでも1分を超えると、数秒程度なら減点、十秒以上なら失格になるのです。
一方の課題曲は、決められた三曲からの選択で、楽譜の出版社まで指定されています。
余談ですが、バロック期の曲なんて自筆譜が残っていないことも珍しくなく、本当に作曲家の書いた原型を留めているのかなんて確証もなく、版元によって装飾音の取り扱いなど、微妙に違ったりもします。
なので、曲によっては楽譜の出版社まで指定されるのですが、公平な審査を求められるコンテストでは、これはとても重要なことなのです。
課題曲には、版元指定の他にも、あと二つ、規定がありました。一つは、ペダルを使用してはいけないことです。
ペダルは自由曲では使用可なのですが、低学年なので、もし使うとしても、ほとんどの子は補助ペダルやアシストペダルを使用することになります。
しかし、器具の設置や取付けは、課題曲の演奏が終わってから出演者(若しくはその関係者)が一分しかない演奏時間内に行わないといけないので、もし設置に手間取ると演奏時間が削られ、無事に弾き終えても時間オーバーで大きな減点、下手すれば失格になってしまうリスクもあるのです。
また、補助ペダル等の取付けのミスにより、ずっとペダルを踏みっ放しの状態になったまま演奏する羽目になった子もいました。もう、目を背けたくなるような可哀想過ぎる地獄絵図でした。低学年の子は、それでもパニックにならずに弾き切りましたが、結果は言わずもがな……。
なので、低学年のこのコンクールでは、ノンペダルで弾く方がコンサバな選択と考える指導者が多いかも知れません。
もう一つの規定は、リピートの取り扱いでした。そして、これが会場をざわつかせた原因となりました。
一般的にバロック音楽のピアノ曲は、A-B形式(二部形式)となっている作品がかなりの割合であります。Aメロ、Bメロと考えていただいて大丈夫です。中には、A-B-Aの三部形式のものもありますが、どの場合もほとんどはリピートが付いているのです。
つまり、楽譜上では、A-B形式の場合、A-A-B-Bと弾くように指定されているのです。しかし、リピートはしてもしなくてもいい、という但し書きが添えられていることも多く、また、Aはリピートあり、Bはリピートなしで弾いたりすることもあり、その辺は奏者の判断に委ねられるのです。
このコンクールでは、【課題曲のリピートはなし】という規定が明記されていたのです。課題曲は、フィギュアスケートの「ショートプログラム」のような位置付けです。何より、規定通りに弾くことが大前提として重視され、その中での表現力や技術力を競うわけですから、規定を無視するのは論外、無条件に失格になるのは当然でしょう。
しかし、何十人もいる出場者の中で、一人だけリピート付きで演奏した子がいたのです。他の子は、全員リピートなしで徹底されていました。と言っても、その子を責めるのは筋違いもいいところで、むしろ、ずっとリピート付きで練習してきたのでしょうから、被害者とも言えるでしょう。
問題なのは、親と指導者です。リピートなしで演奏しないといけないことは、コンクールの募集要項には明記されていますし、もっと言うと、こういう課題曲での細かい規定はよくあることなので、少なくとも指導者が気付かないのは……別の意味で大問題だと思います。
ただ、それだけなら「あぁ、あの子可哀想に……」で済む話だったのですが、なんとその子が優秀賞に選ばれたのです。会場のあちこちから、戸惑いや不満を露わにした騒めきが起きたのです。
そのコンクールでは、最優秀賞が一人、優秀賞が最大三人、敢闘賞が最大五人、努力賞が十人程度選ばれるのですが、県大会への出場資格は敢闘賞以上の者に与えられるのです。
つまり、規定違反の「リピート付き」で弾いた子は、失格どころか県大会への出場資格が与えられたのです。会場がざわついたのも無理のない話です。課題曲での規定無視は、何十人もの参加者の内、たった一人だけだったので、誰もが覚えていたのです。
会場にいる観客は、ほぼ全員、出場者の関係者です。家族だったり指導者だったり。つまり、本来なら失格になるべき子が入選したことにより、敢闘賞に落ちた子、努力賞に落ちた子がいるわけですし、何も賞をもらえなかった子から、もう一人努力賞がもらえた可能性もあるのです。
そうなると、ほぼ全員が、そのいずれかにうちの子が当てはまっていた可能性を考えるものです。つまり、その子を失格にしておけば……という思いは拭えないのです。実際に、不可解な審査であることは否めません。
受賞式が終わると、今度は諦め切れない親や指導者が運営者に詰め寄り、ロビーは大混乱になりました。やはり、ほとんどの家族や指導者は納得していなかったようです。
あまりにもアンフェアな審査ですし、いくら低学年の子だからと言え、あからさまな規定違反は失格にすべきです。応募要項にもそう書いているのですから、抗議されるのも当然でしょう。
それに、皆んな決められたルールの中で、必死に頑張ってきたのですから、その気持ちも十分に理解出来ます。
その子の親と指導者にも、何人かの方が直接クレームを入れたそうで、結局は、その子は(と言うか、その子の保護者は)運営に受賞の辞退を申し入れることになりました。
コンクールなんて、一位なしとか、一位の下に二位なしの三位とか、入賞者なしとか、よくあることなので、敢闘賞から優秀賞への繰り上げ、努力賞から敢闘賞への繰り上げはどちらもなし、と公式にアナウンスされ、収束しました。
努力賞に関しては、そもそも選出人数は定められていないので、繰り上げなんてありません。上位の結果に関係なく、選ばれる子は変わらないのです。
このトラブルの本質的な問題は、応募要項に明記されている規定を無視した演奏をしたことではなく、その子を選出したことにあります。つまり、ルール違反なのに取り締まらないだけでなく、賞まで与えてしまったことです。文学賞で剽窃作品に賞を与えると……と考えると、その重要性は分かりやすいでしょう。
やはり、規定や規則を守ることは、コンクールやコンテストでは最低限のマナーですし、それを守れない人は、いくら低学年の子ども向けのコンクールでも、シビアに対処すべきなのです。悪いのは子どもではなく親や指導者ですから、大人への対応という意味でも、失格にすべきだったでしょう。
それをしなかった為に、一番可哀想な目にあったのは、本人に他なりません。先生に言われた通りに練習し、本番で練習の成果を発揮し、賞をもらったのに、皆んなに非難され、辞退させられた(本人にとっては取り上げられたような感じでしょう)のですから、やはり、そうなる前に失格(わざわざ通達する必要もありませんが)にしておくことが大切だったと思います。
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さて、話は変わりますが、「note創作大賞2023」もいよいよ大詰めですね!
私も『エッセイ部門』『ミステリー小説部門』『お仕事小説部門』にそれぞれで一作品ずつ応募済みで、最後の悪足掻きに『お仕事小説部門』にもう一作応募すべく、現在連載中です。
今年の創作大賞は、幾つかに分けられた部門別に応募する形になり、各部門毎に応募規定が定められております。例えば、私が応募している三つの部門のうち、エッセイ賞は「あらすじ」不要の本文一万文字以内で、分割投稿は不可となっています。
しかし、『ミステリー小説部門』と『お仕事小説部門』の応募規定は「あらすじ」は必須、分割投稿もOKで、文字数は2〜14万文字となっています。
この他にも、色々と沢山の決まり事があるのですが……実は、応募規定を無視している作品がかなりあります。その中でも、特に目に付く規定違反について、お話いたします。
今朝の段階でタグ検索したところ、『ミステリー小説部門』は375作品、『お仕事小説部門』は433作品にヒットしました。しかし、これはそのまま応募作品数ではありません。
いや、もし応募者全員が規定を遵守していると、タグ検索で応募総数が表示されるはずですが、現状はそうなっていないのです。
何故でしょうか?
実は、応募規定によりますと、分割投稿の場合は、第一話にだけに「〜部門」のタグを付け、二話目以降は「〜部門」のタグは不要となっているのです。
なのに、規定を読んでいないのか理解していないのか……全エピソードに部門のタグを付けている方がかなりいらっしゃるのです。
下手したら、三十話ぐらいに分けた長編の全てに部門のタグを付けてる方もチラホラといらっしゃるので、実際の応募作品数はおそらく半分以下、いや、1/3以下ぐらいになるかもしれません。
つまり、現段階では、『ミステリー小説部門』は150作品以下ぐらい、『お仕事小説部門』で200作品以下ぐらいかな? と思っています。
しかも、もっと規定を読み込みますと、恐ろしいことが書いてありました。なんと、各話に部門のタグを付けている作品は、審査対象外になるのです。
キチンと数えてはいませんが、前述したように、これに引っ掛かる作品は相当ありそうです。
心当たりのある方は、今からでも規定に気付いて、修正されることを願います……と、綺麗事を書いておきます。本心では、応募作品が減ってラッキー!……なんてことは思ってもいません。ほ、ほんとです。
コンクールの規定