愛と理性

「ねぇ、君は永遠の愛って信じる?」と君は片手に聖書を持ちながら言った。
 それが君が交わした最後の言葉だった。さよならと言う暇もなく、君はこの世から消えた。だから、生きようと決めた。最後の最後まで。
 その言葉は呪縛のような言葉だ。最後にかかった呪いだ。この呪いは死ぬまで縛り続けるだろう。でも、この絶対的な呪いは縛るには丁度よかった。死のうとしてたから。でも、君の方が早く消えてしまった。それが切なかった。夏の夕暮れを見てるみたいで。
「君って永遠の愛って信じる?」初めて出会った時にそう言ったね。
「信じてる、永遠の愛を。そして永遠の時間も」少しも恥じらいもせず答えたんだ。
「そっか。価値観合うね。今日から付き合おっか?」交際を申し込んでくれた。
 その時、哲学のし過ぎで心身ともに壊れかけていた。だらか、直感的に否定していた。自分の本心に。本当は凄く嬉しかったんだ。
「君って永遠の愛を信じてる?」
 夜に二人でベッドで横になっている時に言ってくれたね。嬉しかったよ。こんな人は二度と現れないと思った。だからずっと一緒にいたいと思った。でも、もうこの世にはいないんだね。
「私も永遠の愛を信じてるよ。君がこの世にいなくても」
 私は年老いて、君との思い出が蘇る。あの日、自分を犠牲にして私を助けてくれた事に。そう、私は自分の別人格と話していた。解離性障害、一般的に多重人格と呼ばれるものだ。虐待されて育った私は自己に別人格を宿していた。永遠の愛を誓った君は混沌と秩序ある世界に消えた。
 ある時、声がした。
「君は永遠の愛を信じる?」
 私は声の方を振り向いた。誰もいない。心の中の声だと直感で気付いた。
「戻ってきたの?」私は問いかける。
「君の人格は自我の強い人格を宿している、何度も人格の統合を拒否する」と精神科医が言った。
 私の人格? と思った。私は人格の統合に成功したはず、自分の力で。永遠の愛の力で。私は、気付いてしまった。私の人格は作られた人格だったって事に。複雑に絡まった人格と言葉の呪い。何もかも失敗だったんだ、私の人生は。その事に気付いた私は、消える事にした。
 
「永遠の理性って信じる?」と声がした。私はまた闘いが始まった。今度は負けない。統合させてみせる。今度の人格は純粋理性批判を片手に持ってる。手強そうな人格だった。

愛と理性

愛と理性

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-01-07

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted