ナポリの思い出(坂本龍一さんを偲んで)

 昔々、私はナポリで暮らしていました。
 渡伊したのは、6月上旬でした。その当時、ナポリではあるミュージシャンの話で持ちきりでした。なんでも、世界的な大者ミュージシャンが、ワールドツアーを行うことになり、柿落としのニューヨーク公演のあとヨーロッパ公演が始まるとのことで、その日程が近付いていたのです。
 しかも、ヨーロッパ公演はイタリアからスタートするのだそうです。

 イタリアでは三都市で公演が行われるのですが……そうなると、普通はミラノ、ローマ、トリノ、フィレンツェ、ベネチア、ボローニャ……などが優先され、日本でいう「名古屋外し」みたいなもので、ナポリになんてなかなか来てくれないはずなのに、なんと、イタリア公演の会場の一つにナポリが選ばれたのです。

 仕事柄、音楽関係の方々と話す機会が多く、そのほぼ全員がチケットを購入済みで、6月末のコンサートを心待ちにしておりました。
 中には、私のこともコンサートの関係者なのか?
と勘違いする人もいました。
 と言いますのも、その大者アーティストは日本人だからです。

 そうです、坂本龍一さんだったのです。

 まさか坂本龍一さんのコンサートがナポリで行われるなんて、夢にも思いませんでした。

 でも、メッチャ行きたい!

 とは言え、イタリアに到着して間もない私に、イタリア語はもちろん、英語すらろくに話せない私に、当時はインターネットも使えなかった私に、とっくの昔にソールドアウトになったチケットの入手なんて叶うはずもなく、指を咥えてやり過ごすしかありません。

 でも、奇跡は起きました。
 仕事先の社長夫妻もチケットを入手していたのですが、コンサート当日、子どもさんが高熱を出し、奥さんは家に残ることになりました。
「よかったら、行く?」というお声掛けに、ぐらっちぇぐらっちぇ! とグラッツェの発音もおかしくなるぐらい喜び、社長と一緒に聴きにいったのです。

 コンサートは、本当に最高でした!
 他に言葉がないぐらい!

 中盤の一番盛り上がる時間帯に、「戦場のメリークリスマス」「ラストエンペラー」「シェルタリングスカイ」と、映画音楽三連発! 涙が出てきました。
 ただ、唯一の不満は、坂本龍一さんのMCが片言のイタリア語だったこと。
 イタリアで、日本人が片言のイタリア語で話し、イタリア語の分からない日本人がそれを聞いて、何言ってるのか全く分からないのに、イタリア人が盛り上がっているのです。
 おかしな感じでした。

 余談ですが、その昔(帰国してからの話です)、会社のイベントで、「調律師によるピアノ発表会」というのに無理矢理出演させられたことがあります。
 その時に私が弾いた曲が、『シェルタリングスカイ』でした。
 三週間ぐらい必死に練習して、本番では間違えまくったものの、何とか止まらずに弾き通せました。

 それぐらいしか思い出はないのですけど、本当に大好きなアーティストでした。

 ご冥福をお祈りします。

ナポリの思い出(坂本龍一さんを偲んで)

ナポリの思い出(坂本龍一さんを偲んで)

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-01-05

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