宇宙のかさぶた
幻視SFです。
十二月に入りもう半ばである。先週、世に良く知られている著名なアメリカの宇宙物理学者が行方不明になった。宇宙の起源を研究している人で、科学ジャーナルの予測ではノーベル物理学賞の候補になっている一人である。
同じような事件が去年もあったことを思い出した。オーストラリアの物理学者が行方不明になっている。やはり宇宙の始まりを研究しており、やはりノーベル賞の候補だろうと言われていた。
宇宙の起源にかかわるといえは、今日、ブラックホールの撮影に成功したという報道があった。電波望遠鏡という目ではなく電波で遙か彼方の星の様子、宇宙の様子をさぐる。コンピューターの助けを借りて可視化することで星をみるのである。しかも一台の望遠鏡ではなく、世界6カ所の大型の電波望遠鏡で同じ星に焦点を当て、それを補正合成して絵にする。正確に捉えることができるかどうかは解析のソフトの開発にかかってくる。
日本のチームが先をいきブラックホールをとらえた。7億光年離れたクジラ座の方向にあるものである。
黒いホールの周りに赤く光るガスがある。ブラックホールが吸い込んでしまう天体がガスになり光っているそうだ。海外の研究グループも同じデータを、異なった解析の方法で、同様の絵に行き着いていることから、日本の結果の正しさが明らかにされた。
実はこの絵はマンガの世界、想像の世界では描かれていて、一般の人間はもうすでに専門家は望遠鏡で見ていると勘違いしていたのだ。科学の上ではまだ明らかになっていなかったのを一般の人はこの報道で知ったわけである。やっととらえることができたわけで、平成から令和になってもっとも記念すべき壮大な発見である。それと同時に人間の想像力は科学より先に行く。それは未来を画いてきたSFの世界の多くが現実になってきていることからも分かることである。
ブラックホールはとてつもなく大きな吸い込み穴で、銀河系がいくつもはいるほど大きい。しかも日本の学者は吸い込むだけではなく、吐き出しているものもあるという。ブラックホールの近くには惑星が何万とあるという。ということは、ブラックホールが銀河系を作り出すことに関与している可能性があるわけである。
ブラックホールはいくつあるのだろう。ブラックホールは重力の大きな星が爆発して作られる。だからいくつもある。そのブラックホールが星をつくる。もしかすると、大きな重力の星の爆発がこの宇宙に穴をあけ、その結果、こちらの宇宙のものが、穴から向こうの宇宙に吸い込まれているのではないか。これもマンガの世界ではよく見かけるものである。さらに向こうの宇宙から飛び出してきたものがこの宇宙の星になる。この宇宙のその外側には星の元となるものが存在して、ブラックホールができるのだろうか。
それでは我々のいる宇宙からブラックホールに吸い込まれたものはどうなるのか。向こうの宇宙の新たな星になる。もっと違った考え方では、ブラックホールが作られると、その先に新たな宇宙が誕生しているのかもしれない。
そんなことを私は研究している。この考え方は科学者からはあまり支持されていない。その証拠をとらえたいのである。
もう一つ、こんな考えも持っている。ブラックホールはこの宇宙の傷だとすると、そこに瘡蓋(かさぶた)ができてもいいだろう。人間の体の中の制御の法則は、社会システムに取り入れられているが、宇宙にも当てはまらないか。傷ついた血管は血の流出を防がなければならない。血管の傷が塞がれ、さらに皮膚の傷をふさぐ、それは瘡蓋である。
ブラックホールが星を吸い込むのは蓋をするためである。ブラックホールの近くに星、惑星がたくさんあるのは蓋をするためによってきた瘡蓋の材料なのではないだろうか。
そう言ったことを明らかにするためにも、ブラックホールが消滅していく状態を調べたいと思う。そのためには宇宙のあらゆる方向に電波を出して年老いたブラックホールを探さなければならない。遠くのブラックホール、何兆光年、何京光年離れたところのブラックホールを調べなければならないのである。
このようにブラックホールはこの宇宙の傷であり、星を吸い込み、瘡蓋を作り、反対側に新たな宇宙をつくりだすというのが私の考えである。
現実の私の仕事は巨大なブラックホール探索チームの下働きの、下働ききなのだが、いずれ、自分の考えを証明しようと考えている。
ある時、教授のいる部屋に行き、仕事をしながら、教授に自分の考えを言ってみた。
「確かにそうだね、おもしろい考えだね、宇宙の瘡蓋か、ブラックホールに吸い込まれた星は瘡蓋になる、するとブラックホールがなくなるのだね、しかも隣の宇宙に星を生み出す、君いい頭してるね」」
「ありがとうございます」
その言葉はとても励ましになったね。
「よほど星が好きなんだね」
教授は相好を崩してそう言った。
「子供のころは空の星は穴だと思っていました。宇宙の外は光に満ちていて、その光が穴から入ってくる。それが星だと思いました」
「それが、ブラックホールの瘡蓋につながったのか、すると、今、宇宙の外は光があるところではないと思うんだね」
「はい、真っ暗で、黒い光があると思います」
「黒い光とはどういうことかね」
「光の粒子があるのなら、黒い光の粒子があってもいいと思います。光の粒子を吸い取って中に閉じ込めてしまう粒子です。黒い光の粒子は密度が濃いので光はそちらに流れます。それに、星の爆発で穴があくと、宇宙の光がブラックホールの反対側に行きます。すると、そこにあった黒い粒子が我々の宇宙に入り込みます。それでいっぱいになると我々の宇宙から光がなくなります、それは困るので、瘡蓋を作るのです」
「いや、君、おもしろかったよ」
そう言って教授は部屋を出ていった。
急いで私は教授のゴミ箱から中に入っているものをとりだした。いろいろな計算式が書かれた紙が捨てられている。宇宙の法則をいつも考えている教授の考え方が知りたかったからだ。
それぞれの研究者が、どのような計算式を作ろうとしているのか、くず箱から拾ってきて、それをじっくりと眺めるのが私の楽しみでもある。
若手の研究者で教授とは違う観点でブラックホールの研究を進めている講師の先生にも自分の考えを言ったことがある。
「瘡蓋って、どういう風に作られるか知らないけど、知ってたらおしえてよ」
僕はポケットからしわになった紙を取り出し広げて説明した。
「骨髄でつくられる巨核細胞がちぎれて、その破片が血小板になります、それが血液にのって血管の中にはいっていきます、血小板には凝固する因子があって、血管が破れるとそこに集まって固まってまず血が出るのを止めます。凝固をはじめた血小板からは血液の中のプロトロンビンという物質をトロンビンにするトロンボプラスティンという物質がでます、トロンビンは血液の中のフィブリノーゲンをフィブリンにして、血小板が凝固したところに外から覆います。それが血餅、ようするに瘡蓋です」
「よく知っているね、それがブラックホールでおこっているということだね」
「はい」
「ブラックホールが近くの星を吸い込む仕組みがわからないとね、星同士は圧縮されてたしかに詮にはなりうるけどね」
「ブラックホールの向こう側には密度の濃いものがあるのです、濃いものを薄めようとする働きはこの宇宙でも至る所で見られます」
「浸透圧だね」
「ブラックホールの向こう側は黒い光の粒子が凝縮されていて、それを薄めようとこの宇宙の光の粒子がすいこまれ、それに引っ張られて星がブラックホールにはいって固まって瘡蓋になります」
「ブラックホールはそうなるとなくなるんだね」
「はい、そう思います」
「おもしろいねえ」
やっぱりその先生もそう言ってくれた。
助教の先生方が数人入っている大部屋に行ったときには、私の話を聞いて、5人のうち2人の先生が面白いといってくれた。ここの5人の先生は独自にブラックホールや超新星などを観察して、宇宙の起源の研究をしている人たちだが、興味を持ってくれた二人の先生は生命の起源と宇宙の起源を関連づけて調べている人であった。
今年、小惑星の竜宮に岩石採取のために着陸をしたハヤブサ2の帰還を待ちわびているわけである。
「ブラックホールの向こう側には黒い光の粒子の間に命の粒子があるのです、とても少ないのですが、ブラックホールができると、黒い光の粒子と一緒にほんの一粒二粒の命の粒子がこの宇宙に放出され、それがどこかの星に達すると、命ができるんです」
私は得意になって自分の考えていることを話した。
「その命の粒子はどのような性質を持っているのかな」
「エントロピーのとても高い粒子で、私はフレキシブル素粒子、または生命素粒子となづけています」
「それが、星に当たるとどうなるのかな」
「無機質のものにあたると、その物質が何かに変化したくなり、そのために動きたくなり、増えたくなり、ということは生命体になるもとになるわけです。地球の生命は炭素に生命素粒子がぶつかり、有機物ができたのでこういう形になったわけです」
「なるほど、すると、この宇宙には有機物でなく、無機物の生命がいるということだよね」
「そうだと思います」
「そういう生命体と我々は連絡を取ることができるだろうか、見た目にはただの石ということだろう」
「はい、そうなります、人間、またはその生命体が高度に進化していけば、無機物生命体と交信できるようになると思います」
「そうか、それは面白い発想だね」
そういわれた。嬉しかった。
私は仕事には自転車で通っている。天文の研究をやっている大学の理学部棟に行くときも、ほかの研究所に行くときも、みな自転車である。時々生命系の研究所に行くこともあるし、ある会社の研究所にまわされることもある。
その日は、宇宙物理のはいっている理学部棟にいき、仕事を終えて、いつものように自転車に乗りコンビニで夕飯を買ってアパートにもどった。
アパートの自分の小さな一室に帰ると、必ず最初にやることがある。寝室の壁に数式や図式を書いた紙を貼ることである。気に入った奴を一枚か二枚画鋲で壁に止める。まるで画廊や美術館にいる気分になれる。それが一つには楽しみであった。
壁の隅の方には新聞の切り抜きのコーナーがある。お気に入りの記事の切り抜きがはってある。最近はやっぱり可視化したブラックホールの写真である。それとハヤブサ2の記事だろう。下の方には古くなった新聞記事もみることができる。アメリカの宇宙物理学者が消息を絶った記事、オーストラリアの研究者がいなくなった記事も少し黄ばんでいるが貼ったままになっている。
ひとしきり貼った紙を眺め、全体を見回してから、夕食の用意をする。といっても、お湯を沸かし、茶を入れ、買ってきたコンビニ弁当をキッチンテーブルに並べるだけである。
キッチンにおいてある小型のテレビをつけ、ニュースを見たあとは、宇宙に関係のある番組があればそれを見て、なければ旅の番組を見て行った気になる。
十一時になると風呂に入り、少しばかりテレビニュースをみたあとは、ベッドにいくことになる。今週は双子座流星群がよく見られるだろうとニュースが言っている。
その日もいつもとかわりなく、テレビを消すと寝室に向かった。キッチンと寝室しかない。寝室が仕事部屋であり、何か考える部屋でもある。ベッドにはいってもしばらく壁に貼った数式などが書かれた紙をながめている。そのうちねむくなる。
今日もベッドには入る前に張ったばかりの紙をじっくり眺めた。赤と青の楕円の線が何本もかかれていて、青い点と赤い点は星だ。
ブラックホールの近くの星の動きである。楕円の一端にブラックホールがあり、星が吸い込まれることになる。ブラックホールが消滅する、すなわち血餅ができてホールが消えていく課程などだれもみつけていない。
瘡蓋をなんと名付けようか。光餅、こうぺい、いやあまりよくない、星餅、せいぺい、もだめ、星蓋のほうがいいか、などと考えていると眠くなり、布団の中に入りたくなった。
さあ寝ようとベッドの布団をめくった。誰かが寝ている。
え、ここは僕の部屋だ、誰なんだ。
彼は布団を全部めくった。
鼠色の背広を着た外人だ。動かない、おそるおそる顔に手をあててみた。冷たい。死んでいる。あまり背の高くない老人である。
誰かが死体を僕の部屋に運び込んだんだ。それともこいつが入り込んで寝ているうちに死んだのか。
今日朝六時に家を出たときにはいつもの通りなにもなかったんだ。
ベッドの脇の台においておいた携帯をとりあげ、110番を押そうとしたときに、ベッドの上の死体から白い煙が上がり始めた。もやもやと煙は部屋の中に立ちこめ、何も見えなくなった。携帯の番号すらはっきり見えない。どうしようかと戸惑っていると、白い煙はだんだんと薄れてきて、やがて消えてしまった。ほんの1分ほどだったのだろう。
ベッドの上を見ると、外人の死体はなかった。
ただ、ベッドの上が人の形にくぼんでいた。人が確かにその上にいた証拠である。
何が起こったのだろうか。
目が覚めてしまった彼はベッドの上を手で触ってみた。冷たい。死体だったからだろうか。
そのまま眠るのはなんだか気持ちが悪い。
彼は手でシーツをのばした。
いつもより一時間ほど遅かったがベッドにはいった。
朝は気持ちがよく目が覚めた。昨夜のことは覚えているが、本当にあったことかどうかよくわからない。ともかくいつものように作業着をきて自転車で理学棟にいって仕事をした。こんなに早いのに、もう研究をしている人たちもいる。天文台から送られてくる膨大なデータを解析するのに時間がいくらあってもたりない。現場の最先端で解析している若手は寝る暇も惜しんで先に進めようとがんばっている。
「おはようございます」
若手の部屋にいくと、二人が目を赤くして、コンピューターにかじりついている。
「おはよう、また新しい考えが浮かびましたか」
一人の助教の人が声をかけてきた。
「いえ、ブラックホールの瘡蓋の名前が浮かばなくて、星餅にしようかどうしようかまよっています」
「ゆっくり考えるといいですね、今双子座流星群がさかんですね」
そうだ、双子座流星群のようなものは、ブラックホールに吸い込まれれば星餅の材料になるのだろう。
「先生は流星群をどう思われます」
「地球に降ってくるのはみな細かいもので、流星群として消滅してしまうので研究の対象にならないけど、宇宙に舞っているものは、宇宙の起源のヒントをあたえてくれますよ」
「本当にそうですね」
彼はそう言いながら、その助教の先生の机の脇のゴミ箱から数式の書いてある紙を拾いあげた。
それをもって部屋をでて教授室にいった。
教授室にはまだ先生は来ていなかった。
そうやって、部屋々で先生がいる場合には自分の考えを話した。
その日もいつものように、食事を買って家に帰り、寝室に新たな計算式の紙を貼った。一当たり眺めると、昨夜、寝る前にベッドに冷たい人が寝ていたことを思い出した。
ベッドの掛け布団をめくってみたが何もない。夢だったのだろうと納得して、キッチンに行った。
テレビでは、双子座流星雨の映像を映していた。例年よりはっきりと見えるとコメントをしている。
今日は晴れているので夜中に見てみよう。
彼のアパートは2階だが、幸いキャベツ畑の隣なので空が見渡せる。
いつも寝るのは十一時だが、十二時ちょっと前まで起きていて、寝室のカーテンを開いた。窓を開けて空を見ると、月がちょっとじゃまだが、星を見ることができる。
彼は期待しないで、空を見続けていた。あっと思ったとき、小さいながら流れ星が自分の方にむかってきた。すぐ消えたがとても満足した
窓を閉めて、カーテンを引くと、携帯をベッドのわきの台にのせる、パジャマに着替えた。
ベッド脇の明かりをつけて、天井の電気を消した。
彼はあくびをしながら掛け布団をめくった。
ぎゃ、彼はまたのけぞった。男が寝ている。
昨日と違って上向きである。動いていない。目をつぶっている。おでこに手を当てた。冷たい。凍っているようだ。
ちょっと慣れたのだろうか。顔をまともに見ることができた。外国人だ。外国人の年はわかりにくいものだが、白髪なのでかなりの年であることはわかる。
彼はどうしたらいいものか思案に暮れた。警察に連絡するのがいいのだろう。そう思って携帯を手に取った。
そのとたん、死人の手が伸びて彼の手首をつかんだ。死体の上半身が起きあがり、茶色の目あけて彼を見つめると、すごい力で布団の中に引き込もうとする。
彼はあわてて左手で携帯をもつと死体の顔を撮った。そのとき、ぐぐぐっと死体の腕が力をいれ、彼を布団の中に引きずり込んだ。
彼の持っていた携帯が手から放れベッドの床に飛んで壊れた。
外国の男の死体が布団の中で彼をぎゅーと抱きしめた。
彼は声を出そうとあがいたが、「きゅうー」としか声がでなかった。あっという間に彼は外人の体の中に吸収されていなくなってしまった。
死体の顔は次第に彼の顔に変わっていった。
とうとう、ベッドの布団の中の死体はパジャマを着た彼の死体になった。
二日過ぎた。出勤してこないので会社から警察に電話があり、警察官が二人、彼の部屋にやってきた。大家から鍵を借りて中に入って驚いた。
彼がベッドの中で目を開け、壁に貼った紙を見ていた。
警察官が声をかけた。
だが、彼は返事もせず、警察官を見ようともしなかった。
警察官はそばによってまた声をかけた。
返事はなかった。
もう一人の警察官が手を彼の額にあてた。
「冷たい、死んでる」
布団をはいだ。
パジャマをきて手を胸のところで組んでいた。
連絡を受けた会社の社長がアパートに飛んできた。
「何で死んだのですか」
警官に聞いたが、警官もわからない。
「もうすぐ救急車がきます、検視官もよびましたので、わかると思いますちょっとまってください、壁に貼ってある紙は何でしょう、難しい数字だらけのものなのですが、彼は何をやっていたのですか」
会社の社長も壁の紙を見て驚いた。
「こりゃあ、掃除にはいった大学の研究室から持ってきたもののようだ、大事なものだといけないので、教授に電話します」
そういうと、携帯で大学の番号を押した。
「もしもし、清掃会社のものですが、宇宙物理の研究室にどなたかいらっしゃいますか」
交換手が助教の部屋につないでくれた。
「あの、いつも掃除に伺っていた者が死んだのですが、どうも研究室から、研究の紙を持ち出していたようで、ご迷惑かけていないか心配で電話したのですが」
でたのは若い宇宙の進化を解析している助教だった。
「え、あのブラックホールの瘡蓋の人が亡くなったのですか」
社長には意味が分からなかった。
「ええ」
「どうしたのですか」
「いえ、ベッドで死んでいたのですが、原因はわかりません、ご迷惑かけませんでしたでしょうか」
「いえ、ゴミ箱に捨てた計算を間違えた紙などを拾ってポケットに入れていたのは知っていました。宇宙の好きな人でしたね、ブラックホールに星が吸い込まれるのは穴を塞ぐためだって言ってました。面白い考えの人でした」
「迷惑をかけていなけれいいのです」
「教授も彼を気にいってましたよ、話しがじつに面白いといっていました、問題ないと思いますが、一応僕がこれからそちらに伺います」
「先生方にお世話になったようでありがとうございました」
掃除会社の社長は彼のアパートの場所を助教の人に教えた。さらに警察官に言った。
「あの紙は大学の研究室の屑籠から拾ったもので、問題ないそうですが、先生が来てくださるそうです」
「でも何で、この難しそうな紙をもってきたのでしょうね」
「宇宙が好きだったようで、あこがれていたのだと思います」
そこに、検視官と救急車が同時に到着した。
医者の資格のある検視官だった。検視官は彼を一目見ると
「死んでます」
そういって、パジャマを脱がして全身を調べた。
「外傷はまったくありません、心臓麻痺ですね、心筋梗塞か脳梗塞の結果かわかりませんが、いずれにしても事件性はありませんね」
大学の助教の人が駆けつけてくれた。寝室にはいると、壁に貼ってある紙を見た。
「教授、助教授、我々の捨てた紙です、何も問題ありません、宇宙が好きだったのですね、ご冥福を祈ります」
検視官は、救急隊員に「すぐ病院に連れていってくれ、死因の特定を頼む」
と言った。
そう言ったときだった。死体がもぞもぞ動いた。
みんな驚いてみていると、彼の顔が変わっていった。それは外人の顔になった。
それでこう言った。
「宇宙の謎が解けそうな人間はみなブラックホールに吸い込まれるのだ、謎が解けては困るやつが誘拐したのだ、わしも誘拐された、書いた本のせいだ、この部屋の男は宇宙の瘡蓋に気がついたから誘拐されたのだ」
そこにいた者たちはみなフリーズしていた。ただひとり、宇宙の進化の研究をすすめていた若い学者が冷静にたずねた。
「誘拐したのは誰ですか」
「神です」
「なぜ、宇宙の謎が解けたら困るのですか」
「神が消えてしまうからだ」
「あなたは、アイザック、アシモフですね」
死体の男はうなずくと、またベッドに横になった
「何者なんだ」
検視官が言った。
若い研究者が「アイザック アシモフはアメリカの生化学者で、SF作家です、「宇宙の秘密」という本を買いています、亡くなったことになっているのだけど、誘拐されたと言う噂もあります」とつけくわえた。
検視官が「死体を救急車に運んでくれ」
と言ったとたん、その死体はベッドの中に沈み込んで消えてしまった。
アイザック アシモフ氏は心臓手術の時の輸血によりかかったウイルスにより1992年に72歳でお亡くなりになっています。
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