書架のその子
ねえ聞いて聞いて 人間がいたんだ
まだ小さい子どものね
整然と乱雑に積み上げられた本に囲まれていたんだ
外では毎日何人もの人間が生まれては死んでるってんのに
そこときたら戦年前からずっとそのまんまのようだった
聞いてみたの あんたは誰かって
その子は答えた 答えないという答えを
もいちど聞いてみたの なぜここにいるのかって
その子は頷いた 横にふるという動きで
そこは真っ白な空間だった
なにものもそこに在れば透明なの
身体ももと来た扉さえも
そこは無限の空間だった
その子は外の出来事なんてなんにも知っていない
そして全てを知り尽くしているんだ
世界の創造主が昨日見たドラマさえも
その子はなんにも知らない振りしてきっと知っているんだ
小うるせえ弾の音 土臭え服 荒れに荒れた部屋
その子の側にあれば何もが無意味
パラパラ本をめくる音に合わせて全てが消えていくさ
カリカリ鉛筆走らせる音に合わせて全て冷めていくのさ
さあ帰りなよ もう夜が明けるからさあ あんたはもう見つかっちゃうぜ
くいっと顎でしゃくればマリオンみたいに立ち上がる
冷たいホットミルクを飲んでいけば?
差し出せば無言で突き返された
またおいでよ 死んでもいい時にさ
でもさあ その子を見習っていきたいなんて言うのはナンセンス
だってその子は
書架のその子