人食い穴


 弟が夢遊病の症状を見せた。
 真夜中、ゴソゴソと起き出す気配に気づき、トイレかと待ったが帰ってこない。
 そのまま何分も過ぎたから、仕方なく探しに行った。実は俺にも、気になることがなかったわけではない。
 ここは伯父の家で、数年に一度しか会わないから、弟にとっては他人のようなものだし、しかも今日の昼間、この伯父が変な怪談話を聞かせたのだ。
 伯父にしてみれば、親戚の子を歓迎してのことだろうが、こんなふうに始まった。


 祖父が浮かぬ顔で帰宅したとき、伯父は話しかけた。
「父ちゃん、どうしたね?」
「いま役場で言われた。飛行機の燃料にするから、うちの庭の松の根を掘り出せとさ」
 確かに庭には、古い松の木があったそうだ。
 伯父の子供時代にはまだ青く茂っており、何度か木登りもした。だが台風で折れ、このときには切り株だけが残っていた。
「なあ親父、松の根の油で本当にゼロ戦が飛ぶのかい? エンジンが回るのかい?」
「知らんよ。しかし日本には、もう石油がほとんどないんだと。アメリカに勝つには、そういうこともやるしかない」
 スコップを使い、大汗をかいて、松の根は無事に掘り出された。そのあと牛の背に乗せて役場まで運んだ。
 伯父と祖父の二人がかりで出かけたのだが、帰宅すると叔母が姿を見せていた。
 伯父の妹で、嫁に行って息子が生まれたのだが、亭主に早死にされ、未亡人になっていた。
 伯父の顔を見るなり、叔母は言ったそうだ。
「お国のためだから松の根を掘り出すのも仕方がないけど、その穴をほっぽっておくのは感心しないねえ。うちの息子が落ちたらどうするのさ」
「…」
「まあいいよ。穴は私が埋めといたからね。後で踏み固めておいてよ」
 見ると言葉通り、根のあった跡はきちんと埋め戻され、平らになっている。
「お前の息子はどこへ行った?」
「知らないよ。どこかへ遊びに行ったかねえ」
 ところがそれ以降、息子が戻ってくることも、姿を見せることもなかったのだ。
 夕方になっても、夜になっても。1週間、1か月が過ぎても息子は姿を見せなかった。
 村人を集めて大規模な捜索が行われたが、何の手がかりもない。
 叔母の悲嘆は見ておれないほどだったが、それでも半年後には他家に良縁を得た。再婚し、この家を離れたのだ。
 こういう話を昼食時に聞かされ、そのまま夜になり、俺たちは床についたのだ。
 そこへ弟の夢遊病だ。
 あちこち探して、ついに玄関の戸を開けた時、俺はやっと弟を見つけることができた。
 弟は庭に出て、どこから探してきたのかスコップを手に、地面に穴を掘ろうとしていた。
 場所は、かつて松の切り株があったところだ。すでに浅い穴が開き、弟は手も足も泥だらけだ。
 ザッザッ。
 弟は、全く無表情に手足を動かし続ける。
 名を呼ぶと顔を上げ、弟は俺を見た。
「お兄ちゃん、あの子をここから掘り出してあげないと、かわいそうだよ」
 なだめすかして、俺は弟を部屋へ連れ戻ることができた。汚れた手足は風呂場で洗ってやらなくてはならなかった。
「穴掘りの続きは、また明日にしような」
 俺は、弟を再び布団の中に入れることに成功したのだ。
 そのあとスコップを片付け、掘りかけた穴も埋めてしまったから、朝になっても誰も気づかなかっただろう。
 あれからもう1年たつが、弟の様子に変わったところはない。
 そして今日、伯父の家から手紙を受け取って、封筒を開けてみると新聞の切り抜きが入っていた。
 伯父の家はこのほど全面的な改築が計画され、まず解体工事が済んだところだそうだ。
 改築後は前よりも家が少し大きくなるそうで、そのための基礎工事が、庭にはみ出る形で行われた。
 それがちょうど昔、松の木が立っていたあたりで、そこから子供の古い人骨が発見されたという記事だった。

人食い穴

人食い穴

神隠しの真相

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-12-30

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