父を追いかけて

父を追いかけて

 地元の鉄橋の上を、機関車が走ると、いつも思い出す。
 閉じてしまいこんでいたアルバムが、自然と開かれてしまうように。
「お父さん」
 また、この場に居ない人を呼んでしまった。あの人はもう帰ってこないというのに。
 今では私の方が、彼よりも年上になってしまったのだ。
 戦争が奪ったものは、父の命、というよりも、不思議なことに親子の時間だと、私は認識してしまっている。
 ──
 そういう意味では、私の心はどこか、幼少期のままなのだろう。
 田路を歩きながら、遠い汽笛の音を聴くと、考え込んでしまう。
「私を父のいる場所へ連れて行ってくれ」
 叶わぬ願い。私の命がまだ残っているから。
 父は鉄道に揺られ、地獄へ向かって、早くに亡くなった。
 私にとって、鉄道とは、父の最期までの時間を縮めてしまった存在だ。
 幼少期の記憶。車窓から手を振る父。遠くに消えてしまう姿。
 嗚呼、いかんいかん。
 私は自身の記憶と向き合わなければならない。自分の心と向き合わなければならない。
 ──
 葛藤を抱えたまま、私は列車に揺られていた。
 隣町まで用事がある訳ではない。
 何も、何処にも、用はない。
 ただ、父に会える気がして、父の後を追いかけてみようと思って、列車に乗った
 レールの上を走っていく。野山の風景が流れる。街が見えてくる。
 例えそこに父の姿は無くとも、きっと私を待ってくれている。
 もしも「私の事は待っていない」と分かったら、私の中に住まう亡霊の姿も、一瞬にして消え去るだろうから。
 この旅は決して、無駄ではない。

父を追いかけて

父を追いかけて

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2023-12-30

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