神様がくれたおともだち

藤原絵月

神様がくれたおともだち

ある村のはずれに古くさびれてもう使われないポストがありました。ポストの前の道は新しい道が出来てからというもの、すっかり人通りが少なくなり、いつもひっそりしていました。そのためにポストが誰かの目にも留まることなどほとんどなかったのでした。

ポストはもう何年もそんなふうに放っておかれていましたから、ずいぶんとへんくつな性格になっていました。

(人間なんてこんなものだ。いらなくなったら、すぐにおはらい箱さ。)



ところがあるときから、ちいさな女の子がこのポストのところへ毎日決まった時間にやってくるようになりました。いつもきまって小さな手紙を握りしめてやってきては、

「ポストさん。できるだけ早く届けて下さいね。」

と、ポストに話しかけて手紙を入れていくのでした。

女の子はこのポストがもう使われていないとは知らなかったのです。

ポストははじめ、この女の子を鼻で笑いました。

(馬鹿な娘だ。どこにも届きやしないよ。)

しかし、いくらへそまがりなポストもさすがに毎日手紙を出しにやってくるとあっては気にならずにはいられません。

きょうは遅いとか早いとか思ってみたり、とくに来ない日なんてのは一日中女の子のことを考えていました。女の子は何日か空けることはあっても、必ず一週間以内にはやってきて、また同じように手紙を出していくのでした。ポストは女の子がだんだん気の毒になってきました。

(親はなにしているんだろう。もう使われてないと教えてやればいいのに。)

と、女の子の親を腹立たしく思ったりしました。

ポストは女の子を見ているうちに、いつしか遠い昔を思い出すようになりました。昔はポストの前を通る人もたくさんいて、それこそ子供からお年寄りまで手紙を出しに来ました。あのころの自分は手紙を入れてもらうとうきうきするのと同時に郵便屋さんが来るまで手紙を預かっているという責任感で気持ちがひきしまったものです。何か大切な任務を任されているような緊張感が好きでした。

(なつかしいなあ。あのときは人間がそんなに嫌いじゃなかったっけ…)

そんなことを思っていますと、いつものように女の子がやってきました。ポストは意を決して話しかけてみることにしました。

「もしもし、そこのお嬢さん。名前はなんていうんだい。」
ポストはできるだけ優しく言いました。せっかく話しかけたのに逃げられては困りますから。突然話しかけられて女の子はびっくりした様子でしたが、小さく一言、

「みちる」

と、答えました。

みちるは最初は驚いていたものの、話すにつれ打ち解けていきました。それからというもの、手紙を出したあとしばらくおしゃべりすることがポストとみちるの毎日の楽しみになっていきました。みちるは自分のことをいろいろ話しました。

手紙は遠くの病院にいるお母さんにあてたものだということ、そのために今はお父さんと二人暮らしだということ、学校から帰っても誰もいないので、ポストに手紙を出しにくることなどでした。このときポストは、みちるの手紙のことなど気にもとめていませんでした。そんなことより、何年ぶりかの楽しい話し相手ができたことの方がポストにとっては大事だったのです。

それからいくらかたったころです。

みちるがぱたりと来なくなりました。



はじめはポストもまた何日かすれば来るだろうと軽く考えていました。ところが一週間が過ぎ、ひと月過ぎてもみちるは来ません。ポストはみちるの手紙でずしりと重くなった自分の体を見てはっとしました。
(もしかしたら、いっこうに手紙が返ってこないことに気づいたのかもしれない。それでこのポストは使われていないと誰かに聞いたのかもしれない…。)

いずれみちるが知ってもおかしくはないことだったのですが、ポストは悲しくなりました。そして手紙を届けられない自分をはがゆく思いました。

(この手紙なんとか届けられないだろうか…。)

毎日そんなことを考えるようになりました。
そこでポストはある日思いきって風に話しかけてみることにしました。以前なら考えられないことです。なぜならポストは風のことをあまりよく思っていませんでしたから。風は何でもよく知っているのですが、そのために少し偉ぶるくせがあり、そこが気に入らなかったのです。一方、風の方もがんこで気難しいポストのことが苦手でした。

そんなふうでしたから、ポストが風に話しかけた時、風はびっくりしすぎて、木にぶつかり木の葉をまき散らすはめになりました。風はくるっとポストの方を向いて、

「もしかして、オレに話しかけたの?」

と、確認しました。ポストはうなずいて、「実はお願いがあるんですけどね。」
と、少し恥ずかしそうにしてみちるがどうしているか見てきてほしいと風に頼んだのでした。風は珍しそうに聞いていましたが、聞き終わると、

「それならお安い御用さ。ひとっとび見てきてやるよ。」
と、軽く請け合ってくれました。どうやら新しいもの好きの風の興味をそそったようです。
風はほんの数分も経たないうちに戻ってくると言いました。

「元気そうだったよ。たださ、その子の母親は死んだみたい。近所の人がうわさしてたんだ。まだ小さいのにかわいそうだよな。父親はさ、仕事が忙しくって…」

ポストはそこまで聞いて胸があつくなり、しゃべり続ける風の声はもう耳に入って来ませんでした。やっとみちるが来なくなった理由が分かりました。
(手紙を出す相手がいなくなったから来なくなったんだ…。)

前よりもっと悲しくなってポストは思わずつぶやきました。
「手紙をなんとかしてお母さんに届けられないかな…」

言ったあとで後悔しました。せめて生きていればどうにかなったでしょうがこの世にいないとなればどうしようもありません。ところが風の答えは意外なものでした。

「そうだな。谷に住む魔女に頼めばなんとかなるかもしれないぜ。」

風がいうには、よくその魔女の手伝いをする仲なので、頼めばなんとかしてくれるだろうということなのでした。ポストはぜひ魔女に会わせてほしいと言いました。風はポストがあまりにも一生懸命なようすを見て思わずうなずきました。

「分かった。三日待ってくれ。魔女を連れてこよう」
ポストは今まで分かっていませんでしたが、風は歯に絹着せぬ物言いと同時に案外世話好きなところがあるのでした。

三日たち、風はほんとうに魔女を連れてやってきました。魔女は腰が曲がった小さなおばあさんでした。

魔女はポストを見るなり

「モグラはちゃんとあるんだろうねぇ、アタシはあれがなきゃ引き受けないよ」
と言いました。

ポストは意味が分からず風を見上げました。
風は慌てたようにして魔女に耳打ちしました。

「…分かったよ。風の頼みだから、わざわざやってきたけどね。ほんとうならこんなへんぴなとこ来ないよ。」

と、文句は言いながらも、ポストの話を聞いてくれました。聞き終わると魔女は言いました。

「フン。できないこともない。でもその子が恩人を知らないってのもあんまりだから。」

そう言うと魔女は杖を取り出して、何やらぶつぶつ唱えると杖をポストにあてました。

するとどうでしょう。

ポストは瞬く間にみちると同じくらいの年の男の子の姿になりました。両手にはたくさんの手紙をかかえています。ポストは身が軽くなって心も軽くなり若返った気分になりました。

「で、ぼくはどうしたらいいの?」

ポストが聞くと魔女は説明しはじめました。

「これからその子の家にお行き。それからその子を連れてお母さんのところに会いに行くんだよ。行き方はその子の家の鏡が教えてくれるだろう。終わったらここへまた戻ってくるのを忘れるんじゃないよ。家への行き方は歩けばわかるさ。」

ポストはそう言われてみると、そんな気がしてきました。歩きだしてみると、これも魔女の魔法なのでしょうか、まるで前から知っていた道を行くようにポストは迷うことなくみちるの家にたどりついたのでした。
みちるは花に水をやっているところでした。ポストは、

「みちる」

と、呼んでみました。ポストの声を聞いて女の子はポストが人間の姿をしていることに驚きました。

「あなたどうやったの?」

ポストはみちるに魔女のことやお母さんの手紙のことを説明しました。ポストの両手に抱えた手紙を見て、みちるはさけびました。

「あなた!ほんとうにポストなのね。こんなことってあるのかしら…。」

みちるは言われるがまま、ポストを連れて家の中に入りました。鏡の前までくると、まるで鏡は待っていたかのように口を開きました。

「私を通り抜けなさい。お母さんに会えますよ。ただし、ほんのちょっとだけですからね。会ったらすぐに帰ってくるんですよ。」

「約束するわ。」

みちるは強くうなずきました。

すると鏡はゆらゆらと揺れて、一面の桃色の花畑を映し出しました。

「ほら、早く行こう。」

ポストは手紙を片手で抱えて、もうひとつの手でみちるの手をしっかり握って鏡の向こうへ踏み出しました。二人は気が付くと花畑の中にいました。後ろを振り返ると鏡が浮かんでいます。

「帰りも鏡を通ればいいのね。」

みちるは確認するように言いました。

あたりを見回すと、少し向こうの方に誰かがいるのが見えます。二人は手をつないだままそちらに向かって走りました。近づいてみると、みちるのお母さんが揺り椅子にこしかけて編み物を編んでいました。

みちるのお母さんは二人を見ると編み物の手を止めて、にっこり笑いかけました。

「お二人さん。よく来たわね。」

みちるは思わずお母さんに抱きつきました。「お母さん!」

お母さんはみちるを抱きかえしながら、優しく見つめていましたが、しばらくすると言いました。

「さあ、もう行かなくてはいけませんよ。」

「もう?どうして今までずうっと…」

お母さんは人差し指をみちるの口にそっと当てると

「お母さんもずうっとあなたが来るのを待ってた。その証拠に、ほらね」

そう言うとみちるの前に編み物をひろげました。


それは夜空のマフラーでした。



しかも夕方と夜の間の夜空のものです。



よく見ると群青色の布地に色とりどりの星が、きらきらと光っています。

「間に合ってよかったわ。このマフラーはみんな本物から作った糸で出来てるのよ。夜空も星もみんな。ここにある星たちは、みんなそれぞれ意地っぱりだからマフラーに縫う糸をもらうのにおだてたり、お願いするのに時間がかかったの。」

ポストは思わず上を見上げました。

いつのまにか桃色の花畑の上には、今にも降り注ぎそうな満天の夜空が広がっていました。

「これでいつでもお母さんを思い出してちょうだい。」

みちるは涙を目にためていましたがマフラーを受け取ると言いました。

「わかった。これで思い出すね。」

ポストは優しく二人を見守っていましたが手紙のことを思い出して言いました。

「これ、みちるさんがずっとお母さんあてに書いていたものです。」

お母さんは手紙を見て目を細めました。

「まあ嬉しい。大事に読ませてもらうわ。さあ、早く行きなさい。ここの夜空が目覚めてしまう前に。鏡の通路が閉まってしまうわ。」

見ると、鏡はもう下のところが消えかかり始めていました。


「お母さん!忘れないからね!」

ほほえむお母さんを後ろに、二人は鏡に向かって走り出しました。

夜空はだんだんと明るくなり、鏡が霞み始めます。

ポストは走りながら星たちの歌が聴こえてくるのが分かりました。

『夜はこわい
夜はこわい
こいつは静かで黙ってる
大人しいから平気平気
ううん違うよく考えて
俺たち星の光を独り占め
光が1番輝く色になって
俺たち星の光を独り占め
俺たちの墓場はここなのさ
俺たちここから出られない
朝は近い
朝は近い
早く早く
急いで急いで』

ふたりがやっとの思いで鏡へ滑りこむと、鏡は元に戻りました。夢でなかった証拠にみちるの手にはしっかりとマフラーが握りしめられていました。マフラーの色は朝焼けのように真っ赤に染まっていました。みちるはポストに向かって言いました。

「ほんとうにありがとう。なんてお礼を言ったらいいか。」

ポストは照れながら答えました。

「ポストに出した手紙は届かないと意味がないからね。」

ポストとみちるが元のところに戻ってくると、魔女が立っていて言いました。

「お母さんに会えたようだね。ところでポスト、私は元に戻す呪文を忘れてね。そのままの姿でもいいかい?」

ポストは魔女がにやっと笑っているのを見てすぐに嘘だと分かりました。魔女はポストをわざとそのままにしておこうとしているのです。

みちるは嬉しさでとびあがりました。

「うちに来ればいいわ。お父さんも許してくれるはずよ!」

ポストも元のさびしくて、ひねくれた自分に戻りたいとはまったく思いませんでした。少しはにかみながらポストは言いました。

「みちるが良ければこのままでいたいな。」

風はいつからいたのでしょうか、ポストのいきいきした顔を見て、にやにやしていました。昔のポストよりずっといいやと口には出さず思いました。魔女の手にはしっかりとモグラが握られているのをポストは見逃しませんでした。ポストがお礼を言おうと見上げたときには、風はふわっとまたどこかへ飛んで行ってしまいました。

それからどうなったかって?



ポストとみちるはお母さんの空のマフラーと一緒にいつまでも仲良く暮らしました。

神様がくれたおともだち

神様がくれたおともだち

僕はいったいなんのために生まれてきたの?――――へそまがりなポストとひとりの少女のちょっぴりせつないものがたり。

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