夜明けは遠い
自殺未遂をする人の気持ちは、正直よく分からない。夜中、電気を落としたキッチンで包丁を手に取りながら、考える。
春明ちゃんならこれで首をかき切ろうとするだろう。というか、現にしていたわけだし。手首じゃなくて首に行くあたり、本気で死にたがっていたんだろうな。少なくとも実行した時の春明ちゃんは。
でもいざやってみたら思いの外痛かったのと血が出たので驚いたのかな? 相変わらず考えが浅い。そういうところが可愛い、なんて言ったら怒るか。
「……馬鹿馬鹿しい」
思わず漏れたのは本音だ。そう、本当に馬鹿馬鹿しい。“馬鹿馬鹿しい”以外になんと言えばいいだろう? 何を言えるだろう。
春明ちゃんの死にたがりはいつものことだ。世界に傷つけられ、世間に怯え、世界を閉ざした彼が死を選ぶのは至極当然のこと。それを身勝手なエゴで阻んでるのは俺の方だ。
死なせたくないと聞こえのいい言葉を紡いで、彼の自立を阻んでいるのは俺の方で。
そうなると、あれ? 悪人は俺だ。なんて、思ったりして。
「死にてえのは俺の方なんだよ……」
でも死ぬのは怖くて。
だから中途半端に善人ぶって、俺よりも分かりやすく病んだ春明ちゃんを構う。
「満?」
呼びかけられ、振り向く。いつも通りの笑顔を貼り付けて。
「どうしたの、春明ちゃん」
「あ……目、覚めて……いなかったから」
「ああ、ごめんね。大丈夫だよ、俺は春明ちゃんの側にいるから」
「うん……」
実年齢よりもずっと幼く見えるのはきっと、彼の世界が10年以上変わっていないから。彼の世界はあの日からずっと止まっている。変わるのは俺たちの年齢くらい。ああ、それだけじゃないな、春明ちゃんがやってるゲームも変わってる。……なんてくだらない冗談言ってる場合か。
「もう遅いよ、寝よう」
「うん」
そう促して部屋に向かわせる。自室から出られるようになっただけ、春明ちゃんは回復している。
本来喜ぶべきそれを、俺は喜べない。
だって。
治っちゃったら春明ちゃんは俺から離れていくだろう?
「それじゃあおやすみ、春明ちゃん。また明日ね」
「うん、おやすみ」
春明ちゃんが部屋に入るのを見届けて、俺も自室に戻る。さっぱりとした生活感のない部屋。それでいい。これがいい。これといった生きる理由を見出せない俺にはこれが似合いだ。
ふと時計を見た。午前4時。あと2時間もすれば夜が明ける。横になったら起きれなさそうだ。
椅子を窓際に移動させる。ブラインドを開けて、朝日を感じられるようにしてから腰掛ける。目を閉じて、“明日”に思いを馳せたりなんかして。
大丈夫だよ、出雲満。出雲満の抱える“傲慢”は、全部満のものだからね。
さあ、おやすみなさい。
夜明けは遠い