ウイルス研究員村田の夢

**まえがき**
大航海時代から第二次世界大戦までの白人国家は正に「悪魔の国」としか言いようがなかった。
アジア諸国やアフリカ各国を植民地支配し、白人以外の人間を奴隷にしたり虫けらのように殺した。また淫らな性欲を満たす為に先住民の少年少女さえも犯しながら殺した。
当時の白人は悪魔としか言いようがなかったのだ。
しかしこのような白人に対して隣人愛を説くはずのキリスト教は無罪放免だった。
こんな異常な宗教はない。宗教と名乗ることさえ汚らわしい。
こんな宗教は消滅させるべきだし、悪魔としか言いようがない白人と白人国家は滅ぼすべきなのだ。

しかしそのような白人も白人国家も、そしてキリスト教会も第二次世界大戦後は、過去を反省したのか多少良くなってきた。
だが代わりに悪魔の国に成り下がってきたのがC国だ。

第二次世界大戦後のC国は共産党が支配し、文革期には党首の愚策により数千万人を死に追いやり、またチベットやウイグルに侵攻して侵略行為と虐待を繰り返した。
また近年は法輪功者たちを拉致収容し虐待。その上、生きている法輪功者からの臓器摘出疑惑さえも報じられている。
これは疑惑扱いされてはいるが、数々の状況証拠により事実である可能性が極めて高いのだ。
これが事実だとするなら、紛れもなく殺人であり、虐殺である。

生きている人間からの臓器摘出は想像しただけで恐怖心で発狂しそうになるが、C国ではこの手術が年に数十回数百回と行われている事が確認されている。
生きている人間から臓器摘出されるということは、心臓等1個しかない臓器を摘出された人間は死ぬわけで、つまり年間に数十人数百人が殺されている事になる。
しかもこの事をC国政府とC国最高権力者は知っているはずで、知っていながら黙認しているのである。言い換えるなら政府公認の殺人、虐殺だと言える。

これは正に犬畜生にも劣る鬼畜行為であり、悪魔の国としか言いようがないのだ。
このような国は一日も早く滅ぼすべきだが、それができないならせめてC国最高権力者だけでも排除しなければならない。

それなのに何故C国国民は何もしないのか。
C国国民は自分の利益になる事しか考えられず、自分の家族や友人以外の人間は赤の他人であり、同じ国民だとしても、どうなろうと知ったことではないのか。他の国民がどれほど不幸になろうと無視するのか。
もしC国国民の大半の人間がこのような考えしかできないのなら、C国国民も悪魔であり滅びるべきであり、C国と言う国もまた滅びるべきだろう。否、滅びて当然の国だろう。

現世界は滅びて当然の人間と国が増えすぎた。
もし私が史上最強最悪のウイルスを持っていたなら、邪悪な集団のグレートリセット計画を待つ必要はない、今すぐに人類絶滅計画を実行するだろう。

この小説は紛れもなくフィクションです。しかしフィクションといえど真実も含まれています。小説中の何がフィクションで何が真実であるかを考えながら御一読いただければ幸いに思います。
**

*第一部 C国戦闘機天才パイロット物語 *

関飛雲はマニュアル通りに着陸し、規定位置の20メートル手前に停止してから退避コースに侵入して所定位置に戦闘機を止めた。
戦闘機から降りると後輩の陸が駆け寄ってきて言った「関先輩お見事です」
関は陸に笑顔を見せたが何も言わず管制塔に向かって走った。

最上階の管制塔中央のエレベーターを出て航空部中隊長室の前に行くと教官が開いたままのファイルを関に見せた。予想通り合格の赤い印が押されていた。
教官は無表情のままファイルを関に手渡し、顎を振って中隊長室に入るよう促した。
関は教官に向かって敬礼してから室内に入って行った。

デスクの上に両足を乗せてふんぞり返っていた中隊長は、関が近づくと足を降ろして気難しそうに関を見たが何も言わなかった。
関は敬礼して「中級士官関飛雲、戦闘機操縦技能検定認定証請願の為参上いたしました」と言いファイルを開いてデスクの上に置いた。
中隊長はファイルを覗き込み赤い合格印を確認すると、右引出から認定証明書印を取り出し、捺印した上に署名した。中隊長はそれを関の方に押しやり無言のまま顎を振った。
関は敬礼して「ありがとうございます」と言ってからファイルを抱えて出ていった。

関は中隊長室を出るとホッとし、思った。
(教官といい中隊長といい、何故あんなに無愛想なんだ、本当に一言も口を開かなかった、、、
まあ、訓示や褒め言葉など聞きたくもないから僕には好都合だったが)

管制塔出口を出ると陸が小型電動車を停めて待っていてくれた。
関が電動車に乗り込みファイルを開いて認定証を見せると陸は「おめでとうございます」と言い電動車を発車させた。
寄宿舎に帰り着くと寮長が関の顔を見てから言った「おめでとう、宴会の準備はできている、8時からだ」
「ありがとうございます」関は素直に礼を言った。

そらから関は自室でシャワーを浴び普段着に着替えてから食堂に行った。
食堂には既にみんなが集まっていて口々に操縦技能検定合格を称えてくれた。
やがて寮長の甲高い声が響いた「みんな席につけ、これから関君の合格祝いを始める」

関は丸テーブルの上座に座らされグラスになみなみとビールを注がれた。
みんなのグラスにもビールが注がれたのを見届けてから寮長が言った。
「ここに来てわずか1年で操縦技能検定に合格した天才パイロットの関君を祝して乾杯する、乾杯」
関がグラスを空けるとみんなが一斉に拍手した。
それから賑やかな宴会が夜遅くまで続いたが、宴会慣れしている関にとってはこの宴会も単なる節目の一つでしかなかった。



関は数学や物理の天才でありその上スポーツも得意だった。
小学生のころは神童と呼ばれていた。あまり勉強しないのに算数や理科のテストはいつも満点だった。国語や社会は少し苦手らしかったが、それでも70点以下はなかった。
中学も高校もほぼ首席で卒業した。

頭脳明晰の上一人っ子だった事もあり関は両親や祖父母から溺愛されていた。
父は祖父同様共産党幹部で収入も多く、欲しい物は何でも買い与えられ何不自由することなく大学受験生になった。
祖父も両親も当然のことのようにC国最高のP大学受験を勧めた。
しかし関は海軍航空大学を受験すると言い、祖父も両親も驚愕した。

なにゆえ海軍航空大学を受験するなどと言い出したのか祖父も両親も関を全く理解できなかった。
むしろ理解できなくて当然と言えた。祖父も両親も、関を溺愛するがあまり、関の性格も人間性も好みすらも把握していなかったのだ。

関の身の回りの世話や食事は家政婦任せ、欲しがる物はすぐに買い与え、学校の成績が良いと言うだけで有頂天になり、関が何を考えているか等は両親たちにとってはどうでも良い事だった。
P大学を卒業して父に従って共産党に入り、3代続けての共産党員一家として周りから羨望のまなざしで見られ続ける暮らしが当然の境遇だと思い込んでいたのだ。
そんな恵まれた境遇の関がなぜ海軍航空大学に入りたがるのか、その理由を知ろうともしないで両親たちは4人がかりで関を責め立て、何が何でもP大学に入れと説得した。

だが甘やかされて育てられた関は正に小皇帝であり、わがままで強情だった。
両親たちにどれほど言われても関は海軍航空大学受験を取り止めなかった。
受験できないなら33階のベランダから飛び降りるとまで言い張り結局両親たちが折れた。
しかしそうなっても関が何故それほどまでも海軍航空大学に入りたがるのか両親たちにはその理由が分からなかった。

不思議に思った祖父が、関の好きなお菓子で機嫌をとりながら聞いた。
「お前はなぜそんなに海軍航空大学に入りたがるのだ、海軍航空大学に入って何がしたいのだ」
すると関はぽつりと言った「僕は戦闘機のパイロットになりたいんだ」
「なに、戦闘機のパイロットになりたいだと」
「ああ、世界一のパイロットになるんだ」

「馬鹿な、パイロットになんかなってどうする、そんなものは下賤の者にやらせば良い。お前はそんなものよりもはるかに価値があるP大学に入り、その後共産党に入って幹部を目指せ。お前の頭脳なら訳なく幹部党員なれるだろう」
「嫌だ、僕は海軍航空大学に入ってパイロットになるんだ、パイロットになれないなら死んでやる」
そう言うと関は、お菓子を投げ捨てテーブルをひっくり返してその場に大の字になり手足をバタバタさせて泣き喚きだした。まるで癇癪持ちの小学校低学年の子どものように。

関がこの状態になると祖父も両親もなす術がなかった。
両親は帰路に就いたばかりの、関の気に入りの家政婦に電話して呼び帰した。
数十分後駆けつけた家政婦は「まあ、お坊ちゃま何をしているんです。また私を泣かせるのですか」と言って関の横に泣き崩れた。
するとしばらくして関は、幼子が母親にすがりつくように家政婦に抱きついて泣きながら言った。
「ごめん、ごめん、僕が悪かった、だからもう泣き止んで、お願いだ、泣き止んで、、、」
家政婦はなおもなきながら関を抱きしめて、次第に泣き声を低くしていった。

この様子は関の年齢を考慮すると異常としか言いようがなかったが、我が子を躾ける能力がなかった両親にとっては、この世代の子どもとはこのようなものだろう、くらいにしか思っていなかったし、そんなことよりとにかく泣き止んで、いつもの頭脳明晰で物静かな関に戻ってくれさえすれば両親にとってはそれだけで良かったのだ。

やがて家政婦は泣き止んで大人しくなった関の顔を慣れた手つきでタオルで拭いながら言った。
「坊ちゃま、もうよろしいですか、もっと一緒に居ましょうか」
「ん、もういいよ、後は僕一人でいい」そう言うと関は立ち上がって自分の部屋に入っていった。
改めて帰ろうとする家政婦に母親は無言で法外な臨時ボーナスを手渡した。
家政婦は愛想笑いを浮かべながら「いつもすみませんねえ、ありがとうございます」と言ってさっさと帰って行った。
この時以来、関の海軍航空大学進学に口出しする者は誰もいなくなった。


**
海軍航空大学でも関は常に首席だった。学科だけでなく操縦や機械整備等の実技でも群を抜いていた。大学を苦も無く卒業すると海軍の戦闘機操縦士訓練所施設に入った。
関はそこでも歴代最短で操縦士認定資格を取得し、今回の操縦士教官実技試験を受けた。
これで関は戦闘機編成部隊長となり、同期の者たちから羨望の的になったのだが、関本人は(教官試験はこの程度か)と内心拍子抜けしていた。
(まあこれで、うるさい教官に邪魔されず一人で自由に戦闘機に乗れる、戦闘機の限界を見極めてやる)と関は思っていた。

関は機会があるごとにJ-31に乗った。最初は練習機で当然ミサイル等の武器未搭載で、スキージャンプのような先端が浮き上がった形の空母に似せた飛行場から訳なく離陸していた。
しかしミサイル等をフル装備したJ-31では天才パイロットと言われた関でも緊張した。
だがそれも数回離陸を経験すると慣れて全く苦にならなくなった。
その後の本物空母からの発着訓練でも、先輩操縦士よりも高得点で終了し上官や教官を瞠目させた。

やがてフル装備のJ-31戦闘機を完全に乗りこなせるようになると関は新たな不満を感じるようになって(海軍最新戦闘機J-35に乗りたい)と思うようになった。
それで関はJ-35戦闘機のテストパイロットに志願した。
あまりに好成績の関を疎ましく思っていた先輩たちはもろ手を挙げて賛成したが、テスト飛行の危険性を熟知していた上官は許可しなかった。
もっとも上官が、祖父と父が共産党幹部であるという関の家庭環境を恐れていたせいもありそうだったが。

だが関も諦めなかった。上官に何度もJ-35戦闘機に乗せて欲しいと懇願した。
その度に上官は言った「テストパイロットは危険すぎる。今までにもテスト中に何機も墜落して優秀なパイロットを失っている。私は、君のような天才パイロットをテスト中に失いたくないのだ」
「自分は決して墜落などしません。危険だと判断したらすぐに脱出します」

「君の天才的な技量は認める。だが墜落原因はパイロットの技量だけの問題ではない。設計上のミスもあれば整備不良による機器のトラブルもありうる。高速飛行中に空中爆発した例もあるのだ、空中爆発すればいくら君でも脱出する間もない。
悪い事は言わん。数年待ちなさい。数年後J-35戦闘機の安全性が確認されてから乗りなさい」
上官にそこまで言われると関もそれ以上せがめなかった。
(ちぇ、J-31で我慢するか、、、待てよ、、、空軍のJ-20はJ-35よりも性能が上だ、だが、、、)

関の頭の中に一瞬空軍のJ-20戦闘機がよぎったが、関は空軍には興味がなかった。
それはパイロットに興味を持ち始めたころ調べていて、空母からの離発着がある海軍の方が戦闘機操縦の難易度が高いと気づいたからだった。
それ以来関は(世界一のパイロットになるなら難易度の高い海軍の方が良い)と考えた。そして関の夢は世界一のパイロットになり、アメリカの戦闘機と戦って撃ち落とす事だった。


そんなある夜、緊急任務で台湾を一周して帰ってくる事になった。
関は緊急任務での飛行は既に何度も経験していたが夜は初めてだった。離陸するまでは少し緊張したが上昇して雲を突き抜け満天の星に包まれると緊張感は消えた。
幻想的な景色に任務を忘れて見とれていると不意にC国語放送が聞こえてきた。

「こちらは00放送局です。緊急ニュースです。新竹西方でC国軍戦闘機による領空侵犯が発生しました。現在我が国の戦闘機が急行中です。なお別のC国軍戦闘機が近づいています。この戦闘機に領空侵犯しないように警告します」
(別の戦闘機、僕のことか、、、領空侵犯だと、、、)関は念のため現在位置を確認した。
(TW領空から50キロ以上離れている問題ないだろ)と考え、関はそのまま直進した。

TWの地形を無視して飛行していた関は、数分後にTWの最新戦闘機F16V2機に左右から挟まれた。
驚いている間もなく非常通信器から「緊急警告、即刻領空から退去するよう警告する」と聞こえた。
関はすぐに落ち着きを取り戻し、戦闘機を急上昇させながら右旋回して領空外に出た。
F16V2機は追って来れなかったのか、それともその気がなかったのか少し直進した後、左旋回して去っていった。

その後関は、大きなため息をついてから今の出来事を反省した。
(くそ、領空をよく確認しなかったのもミスだが、敵機に挟まれるまで気がつかなかったとは何というドジだ、、、他国近傍に来ていながらレーダーシステムさえ作動させていなかった。もし戦時中ならすぐに撃ち落とされていただろう、、、それにしても敵機の推進力、恐らくこの戦闘機をはるかに超えているだろう。この戦闘機では勝てない)
関は気を取り直して、TWの領空からかなり離れたコースを一周して帰った。

基地に帰るとすぐ上官に報告させられ、領空侵犯については素直に話したが敵機に挟まれた事は言わなかった。言えばレーダーシステムを作動させていなかった重大ミスがばれてしまうし、敵機に挟まれたと言う屈辱を公開されてしまう可能性があった。
屈辱を公開される事は天才パイロットと言われている自分にとっては耐え難い苦痛であったのだ。

幸いその事は隠し通せて関はホッとしたが、その夜思い出して改めて悔し涙を流した。
だが、この時の経験が関のパイロットとしての技量を更に飛躍的に伸ばす結果になった。
(どんな時でも基本通りの操作をしなければならない)それ以降の関はこの事をいつも肝に銘じていた。


数日後、関はふと戦闘機の中でC国語放送が聞こえた事を思い出した。
(我が国の使っている電波周波数を敵が知っているはずがないのに何故敵の放送が聞こえたのか)と疑問に思った関は軍の諜報機関勤務の知り合いの、呉に聞いてみた。
すると呉は笑いながら言った「天才パイロットの君が国際緊急周波数を知らないのか」
「国際緊急周波数」

「そうだ国際緊急周波数だ、我が国の戦闘機もこの周波数を受信できるようになっている。緊急時の危険回避の為にな。
ただ最近問題になっているのがドローンだ。ドローンに領空侵犯しているから領空外に出ろと言っても聞かない。撃ち落とすしかないんだ。だが撃ち落とせば国際間の緊張が高まり戦争になりかねない。むやみやたらにドローンを飛ばすのは危険だと思うが我が国は既に何機も飛ばしている。まるで他国を挑発するようにね。上の人間はよっぽど戦争を始めたいのだろう」

「えっ、我が国の上部は戦争をしたがっているのですか」
「これだけドローンを飛ばしていれば、そうとしか思えない。しかも尖閣諸島や南沙諸島に武装漁船団を行かせて挑発し続けていれば戦争にならない方がおかしい。
恐らく我が国は、他国が先に武力を使うよう煽っているのだろう。
実際戦争になっても上の人間は死なないから平気なのだろう。しかし君たちパイロットは、、、」

「そんな、、、」
「それはそうと君は何故パイロットになったんだ。君の父も祖父も共産党幹部だろ。君も共産党員になれば良かったのに何故なにを好き好んで生死に直結する戦闘機パイロットになったんだ。君も戦争がしたいのか」
「い、いや、そうではないんです、、、」

関は「自分は世界一の戦闘機パイロットになりアメリカ戦闘機を撃ち落としたいんです」と言いたかったが、今それを言うと「結局お前も戦争がしたいんだろ」と言われてしまう事に気づいて言えなかった。

呉は更に言った。
「金持ちの共産党員の息子が、早死にするのが確実の戦闘機パイロットになった理由はなんだ。貧乏な家庭に生まれ高収入目当てに仕方なく軍隊に入った俺にはその理由に興味がある」
「、、、早死にするのが確実って言われても、、、」

世界一の戦闘機パイロットになってアメリカ戦闘機を撃ち落として賞賛される事だけを考え夢見て、この時までまさか自分が早死にする等とは考えてもいなかった関は愕然とした。
急に寒気がしてきて顔が青くなり胸苦しくなって「気、気分が悪いです、、、また今度話ましょう」
そう言って関は逃げるようにその場を去り、宿舎に帰ると自室に駆け込んでベッドに突っ伏した。

今まで自分の思い通りに生きて来て、念願の戦闘機パイロットになり、しかも周りから「天才パイロット」と言われ有頂天になっていた関だったが、戦って負けたら死ぬと言う当たり前の事に今になってやっと気づいた。
しかも数日前、いつの間にか敵機に左右から挟まれた屈辱的な経験をしたばかりだった事もあり、関は「死」というものについて初めて思い巡らした。
(ぼ、僕はあの時、、、あの時もし敵機に殺意があったら僕は撃ち落とされていた、、、)そう考えると急に怖くなってきた。

(空中戦で戦闘機をミサイル等で爆破されれば即死だろう、、、
運良く緊急脱出できてパラシュートで落下できたとしても途中で敵機に撃たれたらこれも即死。
そうならずとも陸地に落下できればまだしも大海に落ちれば数時間漂流した後で死亡、、、
結局負ければ死ぬ確率が高い、、、まあ、勝ち続けさえすれば死ぬ事はないだろうが、J-31で勝てるだろうか、敵機の方が性能が良いように思える、敵機の性能を知り合い、、、
それにしても僕は今までこんな事を考えたこともなかった、、、)

関は、戦闘機のパイロットが常に死と隣り合わせだと言う事に今さらながら気づいた。
だが小皇帝で傲慢な性格の関は(負けなければ良いんだ、負けなければ死なないんだ、僕は負けない)という考えに達した。
とはいうものの戦闘機の性能に大差があれば勝てない。だから軍事大国は争って高性能戦闘機を開発し続けている。

(敵機の性能を知りたい、、、もし性能に大差があれば、、、逃げるしかない、、、せめて飛行速度が上であれば良いが、否、後方追尾されミサイル発射されたら逃げ切れない、、、急上昇してミサイルを避けれればだが、、、どのみち戦闘機パイロットが危険なことには変わりがないか、、、)
そう思いながらも関は、自国他国の戦闘機の性能や搭載ミサイルについて調べ始めた。

だが他国戦闘機の性能については当然ながら調べようがなかった。数世代前の戦闘機ならまだしも最新戦闘機の性能を公表する国はなかったし、戦闘機ショー等で見せるのはたかだか50パーセントほどの性能でしかなかった。
(結局、実際の戦闘にならないと本当の性能は分からないということだ。しかも各国とも秘密兵器を持っているだろうから戦ってみないと分からない、、、そして分かった時には時すでに遅しで撃墜され、、、戦闘機パイロットの運命は結局、早死にか、、、)

関は、このころから戦闘機パイロットになったことを後悔するようになったが、その事は誰にも話さなかった。否、話せなかったし話す相手がいなかった。関には友と呼べる人がいなかったのだ。
その事に気づいた関は急に寂寥感に襲われ無性に誰かと話しがしたくなった。

(僕のこの気持ち、、、誰に話せば、、、)関の脳裏にふと呉の顔が思い浮かんだ。
(呉英元、宿舎の食堂で知り合い時々話をするようになったが、僕はあの人の事を諜報機関勤務ということ以外なにも知らない、、、あの人に話しても良いだろうか、、、かと言って他に話せそうな人はいないし、、、)


呉の電話番号も知らなかった関は、宿舎の食堂で待っていた。
6時過ぎになると同じ制服を着た数人の集団が入って来てその中に呉が居たので関はトレイを2枚持って近づいた。すると呉も気づいたようで集団から離れて関を待っていた。
「この間は話の途中で帰ってすみませんでした」
「いや、俺の方は別にかまわんが、君は体調は良くなったのかい、あの時は顔が真っ青だったが」
「今はもう大丈夫です。それより列に並びましょう」そう言って関はトレイを一つ呉に渡した。

ここの食堂はバイキング方式で各自が好きな料理を選んで食べることができたので、関は温かい水餃子と鶏肉料理を丼に入れトレイに乗せてテーブルに運んだ。
呉は麵類を運んできて関の横に座ると言った「最近、上の方が慌ただしいが、いよいよ戦争を始めるのかい、君の部隊の方には何か指令があったかい」
いきなり戦争をと言われてドキッとした関だったがいつも通りの顔で言った「何もありません」

「いつも地下室で情報収集している俺たちと違って、戦争になれば第一線で戦う君たちにまだ何の指令もないということは、まだ大丈夫なんだな。
俺は軍事施設の近くに住んでいる両親に避難するよう連絡しなければならんから、開戦情報をできるだけ早く知りたいんだが 、例え戦争になって攻撃されても地下室にいる俺たちは安全だから仕事仲間はみなのんびりしている。
だが上官は何かあったのか気を張り詰めているようだったから、てっきり開戦かと思ったんだ」

「そうでしたか、開戦でなくて僕もホッとしました」
「ほう、天才パイロットの君でも戦争はしたくないのかい。それじゃあ君は何の為に戦闘機パイロットになったんだい」
「う、そ、それは、、、」関は何と答えて良いか分からなかった。
「まあ、パイロットでも殺し合いはしたくないだろうから戦争なんて起きない方が良いに決まっているがね。そういう意味では軍人はみな戦争反対なんだろうが、戦争になっても死ぬことがない上部は身勝手な判断を下すかもしれないから心配している。特に老いぼれ熊豚にはね」

「えっ、そんな上を批判するような事を言って大丈夫なんですか」
「いや、君だから言ってるんだ、仕事場ではこんな事は言えない。
同僚でも密告して突き落とし、自分が出世する事を考えているような人間ばかりの仕事場だからね。おっと君はまさか密告なんかしないよね」

「はい、僕は密告なんてしません」
「わかった、安心したよ。まあ君とは立場が違うし密告なんかしても君には何のメリットもないはずだから大丈夫だと思ったから言ったんだ。だが熊豚は言い過ぎかもしれない、忘れてくれ」
「大丈夫ですよ、僕は絶対に密告なんかしませんから」

「わかった、、、まあ何にしても戦争なんて起きなけれ良いがね。しかし戦争するしないを決めるのは我が国の最高支配者の心づもり次第と言うのが不安材料なんだ。そういう意味ではA国大統領が言った熊豚は独裁者と言う言葉は間違いない、あ、また熊豚と言った。面倒だ、今後も熊豚を使おう」
「独裁者ですか、、、」

「ああ、間違いなく独裁者だ。熊豚の取り巻きを見ればわかる、イエスマンばかりだ、熊豚に反論できる側近は一人も居ない。今の状態では正に独裁者としか言いようがない。
だが独裁者というのは本当に要注意だ。R国大統領も独裁者だが戦争を始めた。我が国の独裁者が戦争を起こさないという保証はない。そして戦争を起こしても独裁者は死なないが多くの軍人が死ぬ」

「嫌です、僕はまだ死にたくない」と関は思わず大声で言ってしまった。
近くに座っていた者が驚いた顔でいっせいに関を見た。それに気づいた関は顔を赤らめ下を向いた。そんな関を注視していた呉はにゃりと笑ってからからかうように言った。
「君は本当に死にたくないんだね、だったら何故戦闘機パイロットになったんだい」
「うっ、そ、それは、、、実は僕、今パイロットを辞めたくなっているんです」と関はか細い声で言った。

関のその時の言い方や仕草はまるで先生に𠮟られた小学生のようだった。
そんな関を見て呉は、得体の知れない不気味な微笑を浮かべていたが、やがて強いて無表情を装った顔で言った「パイロットを辞めたい、、、もったいない事を言う、どうしてだね」
関は横に座っている呉にだけ聞こえるように耳元で囁くように言った「ぼ、僕は戦争で死にたくない」

(何だこいつは、天才パイロットと聞いていたが、態度はまるで小学生のような雰囲気だ、、、パイロットになったくらいだから頭は良いはずだが、、、俗に言う体大人心子人か、、、もしそうなら、フフフ、こいつは使える)
そう思った呉は急に、昔からの友人のような親しみのこもった言い方で関に言った。
「何か悩みがあるようだね、俺でよければ相談に乗るよ、何でも話してくれ。だがここではまずい、二人だけの時に聞こう、、、そうだ今夜屋上に来てくれ、屋上で二人だけで話そう」
関は目を輝かせて頷いた。



その夜屋上で関は呉に「米国戦闘機を撃ち落とす事に憧れて戦闘機パイロットになり、今までは自分が撃ち落とされて死ぬという事を考えたことがなかったが、戦争が始まりそうだと聞いて急に怖くなってパイロットを辞めたくなった。だがそれを言うと皆に笑われそうで誰にも言えなかった。
呉さんは僕のことを笑わないですよね」と恐々と言った。
呉は努めて真顔で「俺は決して笑ったりしない、君の純真な気持ちは良くわかる」と言った。

すると関は本当に嬉しそうに言った「本当ですか、呉さん、本当に僕のことを笑わないですか」
「ああ本当だ、本当に笑ったりしない」
関は呉に抱きつかんばかりの表情で言った「ありがとうございます、呉さん」
呉は(まるで小学生のガキだ、、、だが、うまく手なずけたら役に立ちそうだ)と思ったが顔には出さなかった。

それから「誰だって同じだ死ぬのは怖い。戦没者に聞いた霊媒者の話だが、パイロットが戦闘機を撃たれ操縦不能になり、生きたまま落ちて行く時の恐怖には耐えられなかったそうだ」 と恐怖心を煽るような事を言った後で更に言った。
「だが、戦争さえ起きなければどうって事はない。我が国の多くの退役軍人のように、年に何度か戦闘機に乗った後、定年退職すれば老後は安泰だ。戦争さえ起きなければ軍人は天国だろう」

関は不安そうに聞いた「でも戦争が始まりそうなんですよね」
「まあな、、、だが戦争が始まっても助かる方法がある」
「えっ、本当ですか。どんな方法ですか、教えてください」
関のすがりつくような目を見て呉は、関が自分の術中に落ちた事を覚り内心でニヤリと笑った。
呉は関の心を弄ぶかのように言った「君が本当に戦場に出撃するのが決まったら教えてやるよ」
「そんな、、、今すぐ教えてくださいよ」

「その方法を教えるということは俺の秘密をさらけ出すことにもなりかねないんだよ。そうすると俺自身の命さえ危険になるんだ、簡単には教えられないよ。
先ず、俺と君とがもっと親密にならないといけない。正に親友同士と言える間がらにならなければ話せないよ。そう思わないかい」
関は唇を嚙みしめてから言った「その通りです、、、今後僕は呉さんの善き友人になります」

(ふっ、たわいない奴だ)と呉は思ったがそれは口に出さず「そうしてくれ、、、そうだ今度二人で飲みに行こう。親しくなるには一緒に飲むのが手っ取り早い、、、電話番号を教えてくれ、今度電話する、、、では今夜はこれで別れよう」と言って呉は去って行った。
関は呉の後ろ姿を憧れのスターでも見るかのような眼差しで見つめていたが、やがて思春期の青年のような表情で自室に帰って行った。


数週間後、呉から一緒に飲もうと誘いの電話が掛かってきて、関は二つ返事で待ち合わせ場所に行った。
二人は賑やかな飲み屋の個室で飲みながら先ず呉が自分の身の上を話し始めた。
「これから俺の秘密を話すが決して他言しないでくれ。俺は実は漢民族ではないんだ。俺の生まれは内モンゴルのオルドスという所だ。生粋のモンゴル族なんだよ。だがモンゴル族と知れたら漢民族はすぐに差別する。それが嫌で俺は出身を隠しているんだ。

祖父は文革期に殺されて身うちは両親だけだが、両親は今もオルドスの軍施設の近くで小さな飲食店をやっている。
決して豊かではないが俺を大学まで行かせてくれた。俺は両親に感謝しているし、両親に楽をさせたくて一生懸命に勉強してオルドスでは当時高収入の軍の諜報機関に入った。

3年間はオルドスに居られたがその後は部署替えでずっと南のここに配属された。TWや日本の情報収集が膨大になり追加要員として配属されたようだ。
まあ、情報収集で普通の国民では知り得ない外国の情報が知れるのは嬉しいが、両親と遠い所に居るのが気になっている。ここの近くに呼び寄せたいが、今はまだその資金がない、、、

俺の方はこんなところだが、君の状況はどうだい、祖父も父も共産党員で豊かな身の上とは聞いているが、憧れていた戦闘機パイロットになっていながら辞めたいって言うのは本当にもったいないと思うし、ぜいたくな悩みのようにもみえる。
戦争さえ起きなければまず死ぬことはないし、俺なんかよりもはるかに高給で羨ましいのだが、良かったら君の両親の話など聞かせてくれ」

すると関は紹興酒の盃を一気に飲み干して駄々っ子のような仕草で言った。
「僕、両親の事は知らない。時々やってきて『勉強してるか、欲しい物はないか』と言うだけだ。
母は僕を抱っこしてくれたこともない、父は何度かあったがその度に『まだまだ小さいな、もっと大きくなれ、食べたい物はないのか』と言って僕をからかったんだ。
だから僕は高い物ばかり食べてこんなに大きくなった。でも僕は両親なんて会いたくもなかった」

「ふぅん、、、そうだったのか。俺が思うに君は、贅沢三昧で欲しい物は何でも買ってもらい何不自由なく暮らしていて、周りから羨ましがられていただろうと想像していたが、母親に抱いてもらったこともないというのはちょっと異常だとも思える」
「母はいつも着飾っていて、僕を抱っこすると服が乱れるし汚れるから近づかないでって言った。
でも、よく明け方来て、乱れた服のまま隣のベッドで寝ていった。そんな時はいつも酒とタバコの匂いがして、迎えに来たタバコ嫌いの父が嫌な顔をしていた」

その話を聞いて呉は、関の母親の行為が想像できたが「ふぅん、君の母親は狭い部屋で酒を飲みながら夜通し麻雀でもしていたのかね。それにしても子どもを放っておいて遊び惚ける母親は感心しないね」とさり気なく言った。それから呉は一番聞きたいことを聞いた。
「では君は誰に育てられたんだい、祖父かい」

「ううん違う、家政婦の芙蓉叔母さん。芙蓉叔母さんは僕が小さい頃から夜も一緒に寝てくれたし、何かあるとすぐ抱っこしてくれたんだ。それに中学生のころからは僕が知りたいことは何でも教えてくれた。女の体のことも教えてくれたんだ。だから僕は芙蓉叔母さんが本当の母だと思っているんだ」
「ふぅん、そうだったのか、、、」呉はその時(良い事を聞いた、家政婦との出来事はこいつの泣き所として利用できるだろう。後はこいつに女遊びを教えて放蕩息子にし、弱みを握って言いなりにできるようにすれば、、、)と今後の企てを考えた。

二人は飲み屋を出ると女性の居るその手の店に入った。
しばらく女性に酒を注がせたりして関を良い気分にさせてから、呉は女性に耳打ちした。
「この男は金持ちのボンボンだ、お前の魅力で骨抜きにしろ」
女性は嬉々として関を連れて個室に入って行った。
後日、関はこの店に通い詰めるようになった。



数週間後の夜、関と呉はまた飲み屋で話し合っていた。
「関くん、我が国の最新鋭潜水艦が沈没した事件は聞いているかい」
「なんですって我が国の最新鋭潜水艦が沈没したって、、、本当ですか」
「おいおい、海軍軍人の君が知らないのかい。あ、そうか海軍いや軍部では情報統制されて知らされていないのか。俺の方は諜報部だから極秘情報でも知る事ができたのだ」

「呉さん、潜水艦が沈没したのは本当ですか」
「恐らく間違いないだろう。通常勤務ならとっくに休暇期間で実家に帰っているはずの乗組員全員が誰一人帰ってきていないそうだ。
そもそもの話、潜水艦用の秘密ドックにさえ潜水艦が帰ってきていないのだ、乗組員が帰ってこないのは当然だろう」
「まさか、そんなことが、、、乗組員は何名ですか」
「ほぼ100名らしい、ほぼ100名の乗組員全員が帰ってきていない、つまり殉職したということだ」
「100名全員が、、、そんなことが、、、」

「戦艦や駆逐艦なら沈没前に救命ボートで逃げる事もできるが深海潜行中に航行不能にでもなれば、やがて酸素がなくなり窒息死。浮上できず沈下し続けて限界深度を超えれば水圧で潜水艦もろとも爆縮するだろう。
まあ、酸欠でじわりじわり死ぬよりも爆縮で一瞬で死ぬ方が良いだろうが、全員一緒にと言うのは潜水艦の宿命だろうね。100人だろうと200人だろうと一緒だ」
と呉は、関の死への恐怖心を煽るような事を言ってから話題を変えた。

「人間、生きている内が花さ、死んでしまえば全て終わり。努力して潜水艦の艦長になろうと最下層の水夫であろうと同時に死んでしまえば同じだ、終わりだよ。
生きている内に人生を謳歌しておいた方が良い。特に軍人はね。戦争中でなくても死ぬ事があるんだからね、、、
君は恋人はいないのかい。あ、あの時の女性とはどうなった。楽しくやっているかい。アレを楽しむのも若い時の特権だよ。腰が抜けるまで楽しんだら良いよ」

呉にそう言われて関は途端に顔を真っ赤にした。
関は中学生の時に既に家政婦から教えられて経験済みだったのだが、呉に連れていかれて知り合った女性は、年増の家政婦とは全然違う感触で、関はすぐに快楽の虜になっていた。
あれ以降関は暇さえあれば人目を避けながら女性の元へ通っていたのだが、後ろめたい気持ちもあって通うのをやめようと悩んでいたのだ。それなのに呉は『腰が抜けるまで楽しんだら良い』と言う。尊敬する呉にそう言われて関は、悩むことさえ無用な事に思えてきた。

「そ、そうですよね、若い時こそ楽しんでおくべきですよね、、、」
「そうだよ、それに君は金持ちだ、少々使い過ぎたってどうって事はない。今はできうる限り楽しめば良い」
「はい、そうします、、、でも今夜は飲みましょう。僕が支払います、存分に飲んでください」
「わかった、では遠慮なくいただこう」
二人は夜中まで飲み、その後はまたあの店に行った。


その次の週末も二人は会って話した。
ビールで乾杯した後で呉が言った「君も知っているだろう、日本で原発汚染水の海洋投棄が始まって、我が国の国民が争って放射能測定器を買っているのを。そしてその測定器で測って自分のマンションの放射線量の方が東京よりも何倍も高い事が分かって大騒ぎしている。
いったい我が国はどうなっているのか、マンションで放射線量が高いなんて有り得ない事だが、そんな所に人が住んでいて大丈夫なのだろうか。そもそも熊豚は放射線量が高い原因は分かっているのだろうか」

「あ、その件は以前ネットで見ました。でも全く続報がなくて」
「恐らく熊豚がまた情報統制しているのだろう。マンションで放射線量が高いなんて有ってはならない事だが、それが明るみに出た。だから熊豚が慌てて情報統制したのだ。
それにしてもマンションで放射線量が高い原因はなんだろう、、、この件、俺は何か嫌な予感がする」
「嫌な予感ですか」 「ああ、、、」


呉のその予感が当たった。
三日後に呉は、郷里のオルドスに住んでいる母親から電話があり「父が入院した。自分も父と同じ症状で息苦しい。病院は同じ症状の患者でいっぱいだ。医師の話では昨夜の大雨の後で急に呼吸困難になる患者が病院に来たが、今はまだ 原因が分からないそうだ。父のように重篤な患者は酸素吸入装置を使っているが、後から来た患者は酸素吸入装置がなくて酷く苦しんでいる。既に亡くなった患者もいるそうだ」との事だった。

呉は、両親の元へ飛んでいきたかったが、上官は職務多忙を理由に特別休暇取得願いを許可しなかった。
呉は仕方なく勤務を続けながらも、両親の状態や患者の状況についての情報を調べていた。
そしてその翌日「病気の原因は雷雨喘息」だとの政府発表があった。
呉は、政府の発表を知ってすぐに思った。
(雷雨喘息、ふざけるな、そんな生易しい病気のはずがない。何か途方もない病気だ。それを政府は、、、あの熊豚は隠している。政府は何かとんでもないことを隠している)

呉は、なおもオルドスでの病気について調べ続けた。職場での情報だけでなくネットでも。
そしてネット上の「旅行中のカップルが調べたオルドスの空間線量が異常に高い。福一原発周辺の数万倍」と言う情報を探し当てた。だが、その情報は政府によってすぐに削除された。
(オルドスの空間線量が高い、、、)呉は、オルドスや周辺地域の線量を調べた。
(確かに他の地域に比べれば高いが、異常にと言うほどではない、、、しかしこの記録は政府発表か、、、政府発表は信用できない。もし旅行者の線量が正しかったら、、、)

呉は、旅行者の線量が正しく、しかも長期間続いた場合の人間への影響について調べた。すると数ヶ月で放射線障害が発生する事が分かった。しかも空気中の放射線物質が雨後に濃縮され更に線量が高くなり急性放射線障害が発生するが、その症状は正に今のオルドスの両親たちの症状と一致することが分かった。

(急性放射線障害、、、俺の調べた事が事実であったとしても政府は、熊豚は決して認めないだろう。それどころか事実を隠匿するだろうし、この事実を知ろうとする者を拘束するだろう。いや人によっては消されるかもしれない、、、
両親や故郷の人たちはどうなるのだろう。すぐに回復すればよいが、、、
それにしてもオルドスでなぜ放射能が、、、ついでにこれも調べてみるか)

呉は、オルドスで何故、放射能汚染が発生したのかその原因も調べてみた。
(オルドス近郊には炭鉱が多いが、、、なに『オルドス近郊の炭鉱は石炭鉱床とウラン鉱床が混在している所があり、石炭採掘時に石炭粉塵とウラン粉塵が同時に拡散される事がある。
保護マスクで石炭粉塵は除去できるが、ウラン粉塵は保護マスクでは除去できず、呼吸器に蓄積され内部被曝する場合がある。

またウラン粉塵が混ざっている場合、降雨等で濃縮されることがあり、局所的に高放射線量が計測される事がある。
なおウラン粉塵が混ざった砂や石膏を使ったコンクリートや建築建材を使用すると建物内部等で高い線量が測定される事がある』だと、、、もしオルドスに濃縮されたウラン粉塵があったら、近郊の住民に急性放射線障害が発生したとしても不思議ではない、、、両親を引っ越しさせるべきだ)

呉は、両親を引っ越しさせる決断をした。
(しかしどこへ、、、現在、父は入院中であり母も体調が悪い。かと言って今のままオルドスに居ては放射線障害がますます酷くなるかもしれない、、、放射能汚染がない所、しかも放射線障害の治療ができる所、、、日本の医療機関は世界一だと聞いたことがある、、、日本へ、しかし金がない。
いや、金は、、、)そこまで考えた時、呉の脳裏に関の顔が浮かんだ。

翌日の夜、呉は関に借金を申し込んだ。かなり高額だったが、呉に傾倒している関は二つ返事で承諾してくれた。
(これで金の準備はできた。あとは両親をどうやって日本へ、、、俺が一緒に行ければ、だが、現状では無理だ、休暇が取れない。いっそのこと退職して一緒に日本へ行くか。
しかしそれでは日本で生活する金が足りない、、、
悩んでいても始まらない。先ずは両親を日本へ、観光旅行として、、、

だが待て、両親だけで日本に行かせて、、、観光ビザで日本に入国してそれからどうする。日本語も英語も分からない両親だけで、どうやって日本で暮らす。その上病院に行って治療もする、、、
できるわけがない、、、落ち着け、落ち着いてもう一度考え直してみろ、、、
日本がどれほど医療機関が発達していようと両親だけではどうすることもできないのだ、、、
せめて空気のきれいな南方の海の近くに住まわせてやろうか、、、)とも考えた呉は地図を見た。
中国の南方を見ていてすぐ目についたのは海南島だった。呉は海南島について調べてみた。

しかし海南島は既にリゾートホテルが建ち並ぶ大観光地になっていた。
(何だこれは、、、ここはもう開発され尽くしていて、良い場所はどこも金持ちのものになっている。とてもじゃないが庶民がのんびり暮らせるような土地はないだろう。海南島はだめだ、、、)
呉は海南島を諦め、もっと西のベトナムとの国境近くの小さな町を探した。
(我が国の最南部に北海市なんて町がある、おもしろい、、、まあ名前はどうでも良いが、、、良い所だ、、、ここにしょう)

呉は地図上で見つけた北海市についていろいろ調べた。そして調べれば調べるほど北海市が気に入り、どうにかして両親をそこに住まわせたいと思うようになった。
(先ずは下見だな、、、何とか休暇を取って北海市に下見に行きたいが、、、)

だが仕事場はそれどころではなかった。
いつものように情報収集室に入るとすぐに上官に、渤海湾特に黄河河口域の放射能汚染について、外国人が気づいているか、気づいていたら何と報じているか調べろと指示された。
何故か酷く焦っているような上官の雰囲気に引き込まれ、呉も慌ただしく自分の椅子に座ると液晶画面を見ながらキーボードを打った。

外国のニュースを自国語に翻訳しながら調べたが、黄河河口域の放射能汚染について報じているニュースはまだなかった。
呉はその事を上官に報告すると、上官は「分かった。次はオルドスの」と言いかけて呉の顔を見てから「北京の雷雨喘息の状況を調べろ」と言い換えた。
その時の上官のしぐさに違和感をおぼえた呉は、北京だけでなくオルドスの雷雨喘息の現状も調べた。すると喘息による死亡者が急増していることが分かった。

(なんということだ、オルドスの死亡者は北京の17倍、、、父は、父は大丈夫だろうか、母は、、、)
呉はいたたまれなくなった。トイレに入ったが、室内では携帯電話の使用は禁止されており持ち込みすらできない。母に電話する事もできなかった。
呉は不安に押しつぶされそうになりながらも何とか勤務時間終了まで待った。
そして勤務時間が終了するとすぐ母に電話した。しかし何度かけても母は出なかった。

やむを得ず呉はオルドスの友人知人に片っ端から電話した。8人目の知人がやっと出て両親とオルドスの状況を聞けた。
「ワシも病気で出歩けん、、、近所の人の話ではお前の両親は数日前に亡くなったそうだ。この町では多くの人があとからあとから死んでいく。ワシももう長くないと思うが、医師も役人も誰も病気の原因を教えてくれん、、、みんな皮膚がただれている 、この病気は雷雨喘息などではない、、、役人は本当の病気を隠している、、、ワシらは見殺しにされたんじゃ、お前が真実を突き止め、ワシらの仇を討ってくれ、、、」と友人は咳き込みながら言った。

知人の話が終わっても呉は携帯電話を耳にあてたまま突っ立ってた。言葉すら発せなかった。
(両親が死んだ、、、父さん母さんが、、、)
数分後、呉は携帯電話を耳から外すとぼんやりと周りを見回した。いつもと同じ更衣室の場景が霞んで見えた。
その時不意に肩を叩かれ「おい、飲みに行こうぜ」と同僚に言われたが、呉が血の気の引いた顔で振り向くと同僚は驚きの表情で何も言わず去っていった。

呉はその後断片的に記憶を失ったが、ふと気づくと北京行きの飛行機に乗っていた。膝の上には買ったばかりの放射線量計が入った紙袋を乗せていた。
北京に着くとオルドス行きの飛行機に乗り換え、昼ごろオルドス空港に着いた。
だが空港出口で公安に止められ行き先と要件を聞かれた。その時、放射線量計が見つかり取調室に連れて行かれ尋問された。

呉は両親の葬式に来たと行ったが、葬式になぜ放射線量計が要るのかと聞かれ、呉が答えられずにいると、手荷物を没収され収容所に入れられた。
クーラーどころか扇風機すらなく、からからに乾いた熱風が吹き抜ける収容所に1週間も拘束され呉は喘息になり咳きが激しくなった。
収容所の係官たちは皆マスクをしていたが、収容されている者は誰もマスクをしていず、あちこちの部屋から咳き込む苦し気な声が聞こえていた。

だがこの町で生まれ育った呉は、この咳きは心配していなかった。乾燥したこの地域の空気に身体が順応すれば10日ほどで咳きが治まる事を呉は知っていたのだ。
呉の予想通りやがて咳きは出なくなったが、いつまでもこんな所に居られない。
仕方なく諜報局上官に電話して、両親の葬式の為に無断で休んだ事を謝罪し現状を説明して、葬式終了後復帰する事を条件に、上官の口添えで収容所から出してもらった。

(糞、こんな事ならもっと早く上官に電話すればよかった)と悔みながら呉は市内に行くタクシーに乗った。
幸い放射線量計は返してもらっていたのでタクシー内で試しに測ってみると北京の数倍の値がでた。窓を開け空間線量を測ると車外の方が高い。
そうしているとタクシー運転手に聞かれた「あんた、政府機関の者かね」

「いや違う、この町で生まれ育った者だが両親が死んだと聞いて飛んで帰ってきたのに、この線量計を持っていたために収容所に入れられていたんだ。そのせいで葬式にも出れなかった」
「そうだったのかい、、、政府の奴ら、酷いことをしやがる、、、
その線量計は隠しておいた方がいい。奴らに見つかれば取り上げられる、、、
自分たちはガスマスクのような物を被り鎧のような物を着て至る所を測っていながらその結果は言わないで、住民が測っていると有無を言わせず線量計を取り上げるのだ。だから住民は誰も本当の事を知らない。住民が何人も死んでいるのに政府役人は何も言わないんだ」

「そうだったのですか、、、運転手さん、一番死人が多い地域はどこか分かりますか」
「地域は分らんが、噂では炭坑で働いていた人が一番多いらしい、あと石炭運搬車の運転手も多いと聞いた」
「そうですか、、、俺の両親は炭鉱夫でも運転手でもないのに雷雨の後、急に病気になり死んだそうです。両親は何が原因だったのか、、、」

「ワシは医師でも科学者でもないから詳しい事は分らんが、00病院の垰先生に聞くと良い。垰先生は以前からこの町の風土病について研究していて、今回の病気についても色々知っているそうだ。それで政府機関から目につけられているようだがね、、、
それより後ろの車、ずっと後をつけてきているようだが、あんたの知り合いかね」
「えっ、」呉が振り向くと黒塗りの車が見えた。しかも40メートルほどの車間距離を維持しながらついてきている。

(まさか俺に盗聴器か発振器を、、、)呉は後ろの車に気づかれないように衣服や手荷物を調べた。
すると線量計の紙袋の中に盗聴器が入っていた。
(諜報員の俺に盗聴器をしかけるとは、、、)呉は苦笑し、ちょっと考えてから盗聴器はそのままにして、紙幣に「後ろの車を巻いて00病院に行ってください。礼金は弾みます」と書いて手渡した。
運転手は一瞬ニャと笑い「しっかりつかまっていてくれ」と言ってから速度を上げた。

後続車もついて来る。だが地元のタクシー運転手に敵うはずはなかった。
運転手は高速で見通しの良い交差点に突入すると後輪をきしませながら急に右折した。しかし後続車は曲がり切れず斜め前方の路肩の茂みに突っ込んで止まった。
運転手は笑顔でガッツポーズをして見せ、タクシーをUターンさせて00病院に向かった。
数十分後00病院に着くと呉は、約束通り高額紙幣を数枚手渡しながら言った。
「数日貸切にしたい」運転手は笑顔で言った「大歓迎だ」


**
00病院の中は患者で溢れていた。
呉は受付で「垰先生に会いたい」と言うと職員は顔も上げず奥の診察室を指差した。
呉は礼を言うついでに盗聴器を受付窓枠の陰に隠してから診察室に入った。
診察室では、まだ中年に見えるが頭髪が真っ白の医師が満員の患者を診察していた。
とても話しかけれる状況ではなかった。呉はやむなく診察室を出た。すると死亡者名と日付が書かれた大きなボードが見えた。

呉は恐る恐るボードを見た。見たくない父の名が2週間ほど前の日付で、そしてその3日後の日付で母の名が載っていた。
覚悟はできていたはずだが、それでも心のどこかでまだ否定していた。だが今このボードを見て呉は止めを刺されたような気持ちになった。
呉はその場にうずくまり思う存分声を張り上げて泣き出したかったが、周りには自分と同じようにボードを見て泣き崩れている人々が居て、自分もその仲間に入るのに何故か抵抗感があった。

呉は半ば放心状態で周りを見た。どこかに座りたかったが、空いている椅子などどこにもなく、しゃがみ込めるスペースすら見当たらなかった。
それでも見回していると一人の女性と目が合った。どこか見覚えのある顔だったが誰なのかは思い出せなかった。女性も同じ気持ちだったのか、小首をかしげわずかに会釈した。
呉は人混みをかき分け近づいて行った。そして声が届く距離まで近づくと女性は言った。

「もしかして呉さん、中学校同級生の呉英元さんですか」
「え、中学校の同級生、、、どこか見覚えがある人だと思ったら、もしや貴女は、、、」
「沈冬華です、同級生の、嫌だわ同級生の私を忘れるなんて、酷いわ」
「沈冬華、、、あ、あの沈冬華さん、、、懐かしい、、、どうしてここへ」
「父が病気だと聞いて北京から帰ってきたんです、でもまだ診察もしてもらえなくて、、、あなたは」

「両親が亡くなったと聞いて、でも色々あって今やっとここに来れたのですが、やはり2週間ほど前に二親とも、、、」
「そうだったのですか、、、ご愁傷様です、、、それにしても凄い人ですね。母も具合が悪いのに座る事もできない」そう言って沈は隣の叔母さんを見て「お母さん覚えてる同級生の呉さん」と言ったが、叔母さんは本当に具合が悪そうで顔すら上げようとしなかった。そしてその横には毛布をまとってうずくまっているおじさんが居たが、おじさんも呼吸するだけで精一杯のような雰囲気だった。

呉はそれからどうしょうかと考えたが、トイレにも行きたかったので、沈を誘って外に出た。
「まだ当分診察の番は回って来ないでしょう。今のうちに食事しませんか」
「そうですね、でも、どこで」
原因不明の病気のせいでか周辺の食堂は開いていず、屋台すら見当たらなかった。
呉は沈をタクシーに乗せその横に自分も乗り込んで運転手に言った「食堂へ行ってください」

食堂の前でタクシーを降りると沈は言った「タクシーを貸切にするなんて凄いわね」
「成り行きでね、、、それより何を食べますか、俺は久しぶりにチャンスンマハが食べたい」
「あ、私もそれを、、、北京では美味しい店がなくて、、、呉さんはいまどこに住んでいるの」
「、、、仕事柄言えないですが、上海辺りとだけ言っておきます」
「仕事柄ってどんな、、、あなたは学年一番の優等生だったし、良い所に入れたんでしょう」
「大学卒業後すぐ諜報機関へ、、、ですので詳しい事は話せません。金はありますからおごります 、存分に召し上がってください」 「わあ、嬉しい」

二人は懐かしさもあって2時間も話し込んでしまい、運転手に申し訳なく思った呉は、チャンスンマハを1人分パックしてもらい、思い出して垰先生の分も合わせ二人分持ってタクシーに乗った。
運転手に1パック手渡しながら「待たせて申し訳ないです」と言うと運転手は「タクシー運転手は待つのが仕事のようなもの、気にせんで良いのに、まあちょうど腹が減ってきたから後でいただこう、ありがとう」と言って受け取ってくれた。
呉としては沈さんの両親へもと言ったが「両親はとても食べれる状態でない」と言われ止めにしたのだった。

病院で、再会を約束して沈と別れた後、呉はチャンスンマハを1パック持って診察室に入っていくと、運良く垰先生がトイレに行くところだった。
呉はトイレ前で待ち構えていて出てきたらすぐにチャンスンマハを手渡しながら言った。
「良かったら、これ食べてください、それとお忙しいところすみませんが5分ほどお話しを聞かせてください」

垰先生はじろりと呉を見た後で怪訝そうな顔で言った「君は、、、これを食べながらでも良いかね」
「はい、かまいません。私はここで亡くなった者の息子です、呉英元と言います」
「分かった。ではこちらへ」そう言って垰先生は休憩室に入っていった。
休息室には看護師が数人居たが垰先生が入っていくと何故か気まずそうに出ていった。
垰先生は看護師の態度など気にもしてない素振りで椅子に座るとパックを開き無表情でチャンスンマハを食べ始めた。まるで味さえも気にしてない、ただ食べ物を摂取しているだけと言う表情で。

そのような垰先生を見ていると話しかけ辛かったが呉は思い切って言った。
「垰先生、ここで亡くなった人の墓所はどこですか」
「墓所、、、そんなものは、、、恐らくまだない。毎日夕方軍人が来て、その日の遺体を運んでいく、行き先は私も知らん」
「えっ、遺体の行き先を知らない、どういうことですか」

「院内を見れば分かるだろ、私は遺体の行き先まで把握できない状態だ。君が行き先を知りたいのなら夕方軍人と一緒に行けばいい。まあ追い返されるだろうがね」
「そんな、、、では葬式は」
「この状態で葬式ができると思うかね、しかも放射能汚染まみれの遺体では火葬もできない。恐らく軍はどこかに大きな穴を掘って鉛の容器に遺体を詰め込んで埋めているはずだ。遺体による放射能汚染の拡散を防ぐにはその方法しかないはずだからな」

「なんと、、、遺体さえもそんなに放射能汚染されているのですか、、、ではここに居ても汚染されるのでは、、、では先生も、、、」
「ああ、私も汚染されている、私も長くは生きられないだろう。だが私は医者だ、患者を診ないわけにはいかない、、、君はまだ若い、命が惜しかったら一刻も早くこの町から立ち去りたまえ」
「、、、そんな、、、では、この町は、どうなるのですか」
「、、、恐らく数年後には死の町になるだろう、、、誰も近づかない、誰も近づけない死の町にな」
「、、、」呉は夢遊病者のようにゆらゆらと立ち上がると休息室を出ていった。

呉はその後どこをどう歩いたのか、気がつけば病院の裏手の駐車場に来ていた。
そこには中身が入っている死体袋が所狭しと無造作に置かれていた。何とも言えぬ嫌な臭いも漂っている。呉は吐き気がしてきた。逃げるように駐車場を出て幹線道路脇の歩道に行った。
歩道からは病院入口が見える。後から後から患者が来ている。
その患者たちの中に混じって人を探している素振りの男が数人見えた。そしてそのうちの二人が貸切タクシーの運転手を無理やり連れて行こうとしているのが見えた。

呉は飛び出そうとしたが思いとどまった(俺一人では奴ら全員を倒せない、捕まるだけだ)
物陰に隠れて様子を見ていると、運転手は車に乗せられ殴られ始めた。恐らく俺の居場所を聞き出そうとしているのだろう。
数分後他の奴らが病院内に駆け込んだ。運転手の居る車内には一人だけだ。呉は歩道のコンクリートブロックの欠片を持って突進し、車のドアを開けるとその男の頭に欠片を叩きつけた。鮮血が飛び散り男は気を失った。呉はすぐに運転手を抱えて行き、タクシーに乗り込み発車させた。

病院を出て数キロメートル行くと運転手が気が付いて言った「あんた無事だったのかい」
「俺のせいでこんな目にあわせて済まない」と呉は詫びた。
「なに、これぐらいどうって事はない、漢民族の奴らにはしょっちゅうやられてきた。それより運転を代わろう、餅は餅屋だ」

呉が道路脇に停めると運転手が運転席に入ってきて言った「さて、どこへ行けばいい」
「先ずは俺の実家に、軍施設の近くです」 「わかった」
実家は両親が軍人相手の食堂兼飲み屋をやっていたが、両親が死んだ今、どうなっているのか一目見ておきたかったのだ。


実家はシャッターが閉まっていた。裏口のドアも鍵がかかっていた。呉は運転手の肩を踏み台にさせてもらって2階に上がり、小さなガラス窓のガラスを割って窓を開け中に入った。
屋内は両親と3人で暮らしていた当時とあまり変わらなかった。懐かしさと同時に不意に涙が零れ落ちた。もう二度とこの家で3人が暮らすことはないのだ。(そして俺も二度と帰ってこないだろう)
大学卒業時に3人で写した額縁を外して写真だけを取り出しポケットに入れると階段を降りて裏口の鍵を開けて外に出た。

呉はタクシーに乗ると裏口の鍵を運転手に渡して言った「この家は隠れ家にでも使ってください」
「、、、いいのかい」
「はい、両親も亡くなったですし、俺ももう帰ってこないですから」
「、、、わかった、いただいておこう、、、で、これからどこへ」
「さっきの病院の裏の駐車場へ、奴らがいるかもしれないので近くまでで良いです。夕方軍人が遺体を運ぶと聞いたので、遺体の行き先を知りたいのです」

病院裏の駐車場が見える所に来ると運転手に「夜9時にここへ迎えに来てください。30分待っても俺が帰って来なかったら、翌日もう一度来てください」と言って呉は一人で駐車場に行った。
そこで遺体袋の上から線量計で測定しながら携帯電話でビデオ撮影した。
それからこっそり院内に入り、患者で溢れている状況等も撮影した。また、紙袋に入れたまま線量計を患者に近づけ測定しそれも気づかれないように撮影した。

やがて夕方になり軍のトラックが来て、防毒マスクと防御服で身を固めた軍人が遺体をトラッククレーンで吊り上げては荷台に乗せ始めた。
荷台では2人がかりで遺体を奥に投げ込んでいたが、そのあまりにも邪険な扱いぶりに呉は(俺の両親もあんな風に投げ込まれたのか)と思うと怒りと悲しみに怒鳴り声を発したくなった。
その気持ちを抑え呉は、それらも全てビデオ撮影した。そして軍人たちの作業が終わり、トラックが動き始めると荷台に飛び乗った。

1時間半ほどでトラックは止まった。呉は見つからないように荷台から降りて隠れた。するとすぐトラックはバックして大きな穴の際で止まり荷台を上げ遺体を穴の中に落とし始めた。
呉はその様子も撮影し、トラックが去った後で穴の中を見た。
穴の中は数百の遺体袋が折り重なって小山を作っていた。まるでゴミ捨て場のゴミのように。
それを見て呉は(人の御遺体を、、、こんなに無造作に捨てるとは、、、これが人間のする事か)と思い、これを指示した人間に対して激しい憤りがこみ上げてきた。

(、、、垰先生は放射能漏れを防ぐ為に鉛容器に入れると言っていたが見当たらない。ただ土を掘っただけの穴に御遺体を捨てているだけだ、、、これが人の最後の姿だと言うのか、、、あまりにも哀れな、、、そうだ、、、この下の方に父さん母さんの遺体もあるのか、、、)
呉は思わず手を合わせた。ここを駆け下りて父さんの遺体を、母さんの遺体を探そう、、、
だが、ここでさえこんなに臭いのだ、この気温では2週間前の遺体は腐敗して腐敗臭で近づく事もできないだろう。

呉は手を合わせたまま動けなかった。両親への思いや様々な思いが脳裏に浮かんでは消えていった。呉は、自分もまたこの遺体袋の小山の中に身を投じて死んでしまいたいと思った。
だがその時(この事実をこのまま闇に葬り去ってはいけない、皆に知らせないといけない、、、そうだ全世界に知らせるのだ。中国共産党の悪事を、あの熊豚野郎SHUの犯罪を世界中に晒さなければならない、、、俺が、、、俺が知らせてやる)という強力な感情が入道雲のように盛り上がってきた。


ふと気がつくと辺りは既に夕闇に覆われていた。呉は途端に現状を把握した。
(ここはどこだ、、、町までどうやって帰ろう)
呉は周りを見渡した。目立たないように山に囲まれた窪地に穴を掘ったのが見て分かった。つまりここは秘密の場所であり、部外者が知り得ない場所。決して迎えに来てくれる人がいない場所。
(まあ、道路のダンプのわだちを辿って行けば帰れるはずだが、ダンプで1時間半の距離か)
呉は仕方なくトボトボと歩き始めた。

だが幸いな事に別のトラックがヘッドライトを点けて近づいてきた。呉は隠れて、トラックが遺体袋を捨てて帰って来るのを待った。
10分ほどで帰って来たトラックの荷台に乗り無事町まで帰って来たが、町が違っていた。どうも隣町らしい。
(まあホテルさえあればどこの町でも良い)と呉は考え、繫華街の信号で止まったトラックから降りた。

すぐにタクシー運転手に電話して、今夜の出迎えは要らないと告げてから食堂を探した。
食堂はすぐに見つかり、呉は食事しながらこれからの事を考えた。
「とにかくホテルに入ろう。風呂に入ってサッパリしてからビデオを編集して関君にメールで送ろう。奴らに捕まれば携帯電話も線量計も盗られる。その上ビデオ撮影していた事が分かればどんな目にあわされるか分からない。関君にメールしたら携帯電話も処分しょう。メールできるホテルがあれば良いが、、、まてよ、メールができると言うことは、もしかしたら俺の手配書がホテルにネットで送られているかもしれない。ホテルに泊まるのは危険だ、、、では、どこでビデオ編集すれば、、、」

いろいろ考えた末に呉は食後一人で連れ込み宿に入った。
現在はこんな名もない町でさえも連れ込み宿があり、しかもその手の動画配信する為にネット設備は整っていた。
諜報員の呉にとってそのようなネット設備を使ってメール送信するのは容易いことだった。
連れ込み宿でシャワーを浴び、ビデオ映像を編集して関にメール送信し終えると、呉は一日の疲れがドッと押し寄せてきて死んだように眠り込んだ。


翌朝目が覚めると関からメールが届いていた。
「呉さま  昨夜のメール内容には驚きました。我が国で今あんな事が起きていようとはにわかには信じられなかったほどです。それにしても我が国であんな事が起きていながら何故テレビも新聞も報じないのでしょうか。これも中共によって隠匿されているのでしょうか。だとしたら中共はあまりにも悪逆非道すぎます。決して許せないです。今すぐにこの情報を拡散して中共を糾弾しましょう」

呉は慌てて返信メールを打った。
「関君、落ち着いてくれ。今この情報を我が国国内で配信しても無駄だ。すぐに中共に削除されてしまう。配信するには時と場所を選ばなくてはならないのだ。
関君、これ以降のメール内容は俺の遺言だと思って良く読んでくれ。

俺は恐らく君の所へ帰れないだろう。ホテルも航空機も指名手配されているだろうからな。そして捕まれば中共の秘密を暴こうとした罪で拷問され殺されるだろう。
しかし俺は殺されたってかまわない。俺には君が居るから。君は必ず俺の仇を討ってくれるだろう。君は日本に亡命してこの情報を世界中に配信し、中共の悪事を暴いてくれ。

以前君は言ったね、名パイロットになったが戦争で死にたくないと。そして俺は君が死ななくてよい方法を知っていると。
関君、今こそその方法を教えよう。訓練中に戦闘機で逃げて日本に亡命するのだ。そうすれば君は死ななくて済む。そこの基地からなら沖縄の基地がよいだろう。
飛んで行って日本の戦闘機が近づいてきたら紙に書いた『亡命希望』の文字を見せれば良い。そして日本の戦闘機のあとについて着陸すれば亡命成功だ。

そして戦闘機とこの情報を手土産にすればいい。そうすれば君は日本で安心して暮らせる。
君はこの後すぐこの情報を記憶メモリーに入れて、それ以外のメール通信記録等は全て破棄してくれ。そして亡命する機会を待ってくれ。
君が亡命成功する事を信じている。本当は君と一緒に亡命したかったのだ。だができそうにない、残念だ。
君は必ず亡命して中共の悪事を世界中に晒してくれ。俺やモンゴル族の恨みを晴らしてくれ」


**
この返信メールが呉との最後のやり取りだった。その後関が何度メールしょうと電話しょうと交信できなかった。
関は途方に暮れた。この世で一番信頼していた呉と交信できない。それどころか呉はもう殺されているかもしれないのだ。
(呉さん、、、僕を一人にして、、、僕はこれからどう生きていけば良いのか、、、)

年齢を考えるとあまりにも幼く女々しかったが、しかしこれがこの時の関の紛れのない心情だったのだ。
幼いころから欲しい物は何でも与えられ、嫌な事があれば大の字になって泣きわめけばどんな事でも意のままにできた小皇帝の関。
自信がある時は年齢相応に見えても、ひとたび自信を失うとまるで小学生のような感情が露呈した。

だがそれは幸いな事に、他人との交流時にのみ露呈する事柄であり、戦闘機パイロットとして訓練に臨んでいる時等は全く表面化しなかった。
だから周りの大多数の人は関のそのような感情を知ることはなかった。

また、関はもともと自ら進んで他人と交流しょうとしなかった。そうしなくても幼い頃から関は、権力者の息子、金持ちの息子だというこで周りからもてはやされおだてられて育ったから、他人とはそういうもの、友とはそんなものくらいにしか理解していず、真の友情がどんなものであるか等は全く理解していなかった。

呉にしても最初は「金持ちの息子だ、いろいろ利用できそうだ」と下心があって近づいて来たのだが、関はそんな下心を見抜けるはずもなく、呉にうまく洗脳されまるで新興宗教の教祖様のように、呉が世界中で唯一の尊敬の対象になってしまっていたのだ。
その呉と音信不通、しかも殺されて永遠に会えない状態になったかも知れないと思うと、関は不安と寂しさで何もする気になれなかった。

そんな状況の関であったが、呉の遺言である日本亡命と中共の悪事を世界中に晒すという役目は至上命題であった。
関は次の飛行訓練日を決行日と決めて準備を始めた。
先ず呉から送信されてきた情報を記憶メモリーに保存した。その時コピーメモリーも作っておくべきか迷ったが結局作らなかった。作って預けておけれる人がいなかったのだ。

関は記憶メモリーをビニールパックに入れて密封しいつも持ち歩いた。
それから両親に電話して手元にある現金を全て送金してもらった。その現金もビニールパックに入れて密封し、古新聞紙でくるんでバッグに入れておいた。
また、亡命希望と書く紙も用意したが書くのは出発直前にする事にして白紙のままバッグに入れておいた。

これで準備はできた。関はこの時、別れを告げる相手が誰もいない事に気づいた。
両親や祖父には、一言すら伝える気にならなかった。
せめて家政婦の叔母さんにお礼を、とも思ったが大学卒業以来会っていず、今さら電話するのも気が引けた。結局誰にも告げず出発することにした。
そう決めるとむしろ訓練日が待ち遠しくさえ思えてきた。


**訓練日当日**
温州市東方200キロの海上で訓練中の空母甲板上で上官が、操縦士隊列の先頭に立っている関に聞いた「関飛雲艦載機戦闘隊長、本日の訓練目的を把握しているか」
「はい、敵戦闘機を敵国領空外におびき出し、自軍駆逐艦のミサイル射程距離内へ誘導することです」
「その通りだ、では敵戦闘機をおびき出す為の貴君の戦略は」

「はい、我々五機でTW領空内に侵入し、急降下飛行等を行い敵国を挑発します。場合によっては海岸等への威嚇射撃も行います」
「うむ、、、それで良いが威嚇射撃は今回の訓練では中止する。最上部からの命令だ」
「了解いたしました」
「よし、では離艦準備にかかれ」 
「はい、戦闘隊員関飛雲ほか4名戦闘機離艦準備にかかります」そう言ってから5人は戦闘機に向かってダッシュした。
**

五機の戦闘機は1分間隔で離艦し急上昇、8000メートル上空でⅤ字編隊を組み南下して行った。しかし100キロほど飛行した所で関は緊急通信回路を開き空母総司令官に報告した。
「訓練1号機エンジントラブル発生、編隊から離脱します」
1号機は左旋回しながら降下、高度1000メートルで東方に向かって水平飛行に移った。
すぐに総司令官から通信がきたが関は通信回路を遮断して飛行を続けた。

**空母総司令室**
総司令官はレーダーで1号機の進路を追った(東方に向かっている、、、1号機はもしや)
そう考えた総司令官は「2号機3号機はそのまま訓練続行、4号機5号機は1号機を追跡」と指令を発した。
4号機5号機はすぐに旋回して1号機を追った。しかしその時点で数十キロの距離があった。
機種が同じで巡航速度も同じなら追いつくのは不可能だ。

(、、、もしや沖縄に、、、日本に亡命、、、)
そう考えた時、総司令官は背筋に冷たいものを感じた(部下が亡命したとなればワシは、、、)
総司令官は緊急決断を迫られた(敵機飛来前に片づけねばならぬ、、、)
総司令官は1号機が沖縄の西方300キロに達した時命令した。
「4号機、目標1号機に照準、火器管制レーダー照射」

しかし1号機はなおも飛行を続けていた。総司令官は10分後に再びレーダーを照射させた。
それでも1号機は飛行を続けた。総司令官は非情な決断を下すほかはなかった。
「4号機、目標1号機に照準、赤外線誘導ミサイル発射」
総司令室内の軍人も 4号機のパイロットも顔色を変えた。だが総司令官の命令には逆らえない。
4号機はミサイルを発射した。
**

関は2度のロックオンで司令官が本気である事を感じとっていた。次はミサイルが来る。
機内レーダーを注視していると思った通りミサイルが発射された。
だが関は余裕があった。ミサイル到着予想時間の1分前にフレアを数発撃ち出して急上昇した。
ミサイルは落下するフレアのあとを追って海面に激突爆発した。
4号機から2発目のミサイルが発射された。関は1万メートルまで上昇して水平飛行、ミサイルも水平飛行になりどんどん距離を縮めてくる。

ミサイルが距離5キロまで接近すると関は45度で急降下、海面上300メートルでⅤ字急上昇。しかしミサイルは追尾しきれず海面に激突し爆発した。
後方からそれを見ていた4号機パイロットは舌を巻いて呟いた。
「あの角度でⅤ字急上昇するとは、、、正に天才パイロットだ」
4号機パイロットは「ミサイル2機とも外されました」と総司令官に伝えた。

**再び空母総司令室**
総司令官が3機目のミサイル発射を命じようとした時、遠方用レーダーに沖縄方面から接近中の飛行物体2機が映し出された。
総司令官は一瞬考えてから通信員に聞いた「潜水艦909と通信可能か」
通信員はすぐに確認して言った「可能であります」

「よし、では4号機5号機は敵機接近1キロで威嚇射撃、その後敵機を挑発し1号機から引き離させろ」
その指令を聞いていた副司令官が驚いて聞いた「総司令官殿、1号機を見逃すのですか」
総司令官はニャっと笑って言った「誰が見逃すと言った、我が軍には秘密兵器がある、1号機は必ず仕留めてみせる、、、潜水艦909に緊急指令、裏切り者1号機が貴艦上空を通過後直ちにレーザー砲で撃墜せよ」
「何と、レーザー砲で撃墜させるのですか」
「そうだ、以前の自衛隊ヘリコプターと同じ目に遭わせてやる」
**

総司令官からの指令を受けた潜水艦艦長は浮上を命じ、艦内レーザー砲の上部ハッチを開けてレーザーを照射させた。
数十秒後1号機はジェットエンジンの炎が消え、錐もみ状態で墜落し始めた。
艦長は満足気に笑うと通信員に言った「我、指令任務完了せりと伝えろ」
その後潜水艦は電波通信可能限界深度まで潜航した。

**1号機機内**
突然ジェットエンジンが止まり全ての電子機器の明かりが消え、操縦不能になった戦闘機は錐もみ状態で墜落し始めた。しかし幸いにも関は脱出装置の手動レバーを引くことができ機外に放り出され数秒後には無事パラシュートが開いてくれた。
だがパラシュートで落下中に見えた光景は四方八方に広がる大海原だけ。

関は絶望した。着水しても大海にただ一人。
この辺りは海水温が高いからすぐに低体温症で死ぬことはないだろうが、飢えて死ぬか救命胴衣の浮力がなくなり、泳いで浮かび続ける体力がなくなって沈没して死ぬか、いずれにしても残酷な死に様しか想像できなかった。
**


それから何時間経ったのか夜が一度だったのか二度だったのか関ははっきり記憶していなかった。
何度も沈みそうになり必死で浮かび上がろうとした。だが疲労が蓄積し次第に手足が動かなくなった。気を失うとすぐに海水を飲んで気がついた。喉が焼けるように痛かった。
「み、水をくれ、、、頼む、誰か水をくれ、、、頼む、、、」
関はやがて苦痛を感じなくなり幻聴が起きた。
(、、、関飛雲、、、よく頑張った。もう良い、、、もう充分だ、無理をするな、もう楽になれ、、、天国に来い、、、)

不意に海面から引き上げられ、口の中に水が注がれた。塩辛くない命の水が喉を流れ胃に溜まった。それでも関はまだ意識が朦朧としていて命の恩人の顔を認識することができなかった。
しかし次に、お湯で頭髪を洗い流しているのに気づいて目を開けると、白髪の老人が何かブツブツ言いながら服を脱がそうとしているのが見えた。

関は「あなたは、、、ここはどこですか」と言ったが老人は一瞬関を見た後また服を脱がし続けた。
上半身を裸にすると老人はまたお湯を掛けた。
関が手を動かし上半身を起こそうとすると、老人は安堵したような顔で微笑み、関の手を引いて上半身を起こしてから、関の理解できない言葉で何か言い、またお湯を掛けた。
それから空になったバケツを下げてどこかへ行ったが、数分後に重そうなバケツを下げて帰って来た。老人は関の横にバケツを置くと、手振り身振りでお湯を浴びろと示し、またどこかへ行った。

数分後老人はバスタオルと着替えの衣服を持ってきて関に与えまたどこかへ行った。
その後は老人はやって来なかった。その時になって関はやっと周りを見回した。そして自分が陸地に引き上げられた船の上に居るのを知った。頭上には大木が茂り強い日差しを遮っている。
心地よい風が、お湯を浴びた後の関の身体を清々しくさせた。
不意に関は呟いた「僕は生きている、、、奇跡だ、信じられない、、、」

船から降りて老人が行った方を見ると20メートルほど先の岩山に洞窟があるのが見えた。
関はフラフラしながらその洞窟の中に入った。
中では老人がテーブルの上に鍋を運んでいた。そして関に気づくと手招いて椅子に座らせた。
関の前にお湯の入ったコップを置き、手振りで飲むように勧めてから鍋の中の料理を食器に注いで置き箸を手渡した。それから自分の食器にも料理を注ぎ斜め前に座って食べ始めた。

関も食べ始めた。すると手が止まらなくなった。ラーメンのような料理だったが、今までの人生でこれほど美味しい物を食べたことはなかったように思えた。
すぐに空になりおかわりをした。老人は笑顔で二杯目を注いでくれた。その二杯目もすぐに空になり食器を差し出すと、老人は相変わらず笑顔で注いでくれ満足気に関の顔を見た。
その時になって関は、命の恩人であろう老人にまだお礼さえも言ってなかった事に気づいた。

関は注いでもらった食器を横に置き、両手を合わせてC国語で「感恩的高度」と言った。しかし老人は言葉が通じなのか、ちょっと笑ってから料理を食べるように手振りで示した。
関は三杯目を食べ終わるとさすがに満腹になり、老人が手振りでもう一杯と勧めるのを断った。
それから立ち上がってもう一度手を合わせ頭を下げた。
それを見て老人は手を振り、座るように促してからコップにお湯を注いだ。それからテーブルの上を片づけノートパソコンを置き、翻訳画面を映し出して何語かを示させた。
関がC国語を示すと、やっぱりと言う顔でうなづき日本語で入力して翻訳して見せた。

画面にはC国語で「君は非常に運の良い人だ」と表示されていた。
関はすぐに返事を打った「あなたは命の恩人です。感謝の極みです。なんとお礼を言ったら良いかわからない。本当にありがとうございました」
老人は頷き「ワシは村田秀五郎、君の名は」と打った。
「僕の名は関飛雲です。C国海軍艦載機操縦士でした。日本に亡命しょうとしましたが、沖縄に近づいた時に戦闘機のエンジンが急に止まって墜落しました。あ、すみません今日は何日ですか」

村田が「00日」と打ち返すと関は驚きの表情でキーボードを打った。
「なんと僕は三日間も海上に居たのか」
「いや違う、君は二日間漂流していたのだ。船に引き上げて水を飲ませると死んだように丸一日眠り続けていた。ワシは君がそのまま死んでしまうのではないかと気が気でなかった。
ベッドに運ぼうにもワシ一人では運べず、、、船に引き上げる時も重くて本当に苦労した。とにかく助かって良かった」

「本当にありがとうございました、お礼のしようもありません」と関は打って頭の中で考えた。
(、、、何とかしてお礼をしたい、、、せめてお金でも差し上げて、、、お金、、、バッグに大金を入れておいたが、、、戦闘機と一緒に沈んでしまっただろうな、ん、記憶メモリーは、、、)
「村田さん、僕の戦闘服はどこですか」と打って翻訳して見せると村田は怪訝そうな顔をして打った。「船の上にあると思うが、、、」それを見るなり関は走って行った。

服は船の上にあった。関は祈るような気持ちで戦闘服の内ポケットを探した。あった。だが海水が入っていないか、関は洞窟に帰りながら恐る恐るビニール袋を開けた。幸いな事に海水は入っていなかった。関は生まれて初めて神に感謝したくなった。
テーブルの所に帰ると関は記憶メモリーをノートパソコンに差し込んで見た。
呉からの映像等が映し出された。関はホッとした。同時に村田と神に感謝した。

映像が終わると横から見ていた村田がキーボードを打った。
「今の映像は何かね、ガイガーカウンターで測定しているようだが、放射能漏れかね」
「はい、今C国のオルドスでは放射能汚染で多くの人が死んでいます。しかしC国では政府によって隠匿されています。僕はそれを公表する為に日本に亡命しようとしたのです、、、
ここはどこですか、僕は日本に行きたいです」

「ここは日本の沖縄から40キロほど北にある小さな島だ。つまり君は既に日本に居るのだが、日本のどこに行きたいのかね」
「沖縄へ、沖縄の基地に行きたいのです。僕は軍人です、C国軍の機密情報等も全てお話したいです」と関はボードを打った。
「う~む、、、沖縄の基地へ、、、」村田はそう言うと時計を見てからしばらく考えていたが「わかった今夜2時に出発しょう。となると君の衣服を洗濯しなければならんな。船の上から衣服を持ってきなさい」と画面に表示して立ち上がった。

関が喜び勇んで濡れた衣服を持ってくると、村田は小型発電機を始動させ全自動洗濯機を接続した。そして身振りで衣服を入れるように示してから洗剤を入れ、指でOKのサインをした。
テーブルの所へ帰ると関はキーボードを打って村田に見せた。
「出発は何故今夜2時なのですか」
「次の満潮が2時なんだよ、満潮でないと船を進水させれないんだ」
関は納得したとうなづいた。

村田がまたキーボードを打ってC国語表示した。
「出発までにはまだ時間があるが、今のうちに寝ておかないかね」
「僕はぜんぜん眠くありません」
「そうか、ではワシが先に寝ておこう。君は洗濯が終わったら乾燥機に入れてタイマーを1時間にしなさい。乾燥機の電源プラグを忘れないようにな。乾燥機が終わったら着替えて島内を散歩でもすればよい」 「わかりました」

関は村田に言われたように乾燥機が終わると着替えて散歩に行った。
先ず島内の一番高い所へ登って見た。頂上も木が生い茂っていたが木々の隙間から水平線が見えた。東西南北見渡す限り水平線で正に絶海の孤島、しかも本当に小さな島で直径100メートルほどしかなかった。砂浜は船が置いてある所だけで他はどこも荒々しい岩肌の絶壁だった。

水平線を見ていると関は何故か、世界中で生きている人間は自分ただ一人ではないかと錯覚を起こしそうになった。
(孤独、、、なんと孤独な島だろう、、、地球上にこんな所があったなんて、、、こんな所、嫌だ、、、
村田さんはここに住んでいるのだろうか、、、たった一人で、、、何故に、、、)
関は村田に興味を持った。

30分もすると水平線にも飽きて関は船の所に帰って来て船の周りを一周してみた。
変わった船だった。全長はせいぜい5メートル、船首も尖っていず、まるで大きな四角形のピザのような感じでしかも船側はゴムタイヤのような手触り。おまけにスクリューがない。
船上に上がって良く見ると座席二つの操縦室とその後ろに大きな扇風機のような物が二つある。
ホーバークラフトを知らなかった関は(これ本当に船だろうか)と訝しげに思った。

洞窟に帰ると村田は隅のベッドでまだ眠っていた。いろいろ聞きたいことがあったが起こすのも申し訳ないと思い、テーブルの上のノートパソコンで時間を潰そうと思った。
翻訳の画面からデスクトップに変えると様々なアプリがあったが関がいつも使っていたtiktok はなかったので適当にアプリを開いてみた。
すると関の理解できない化学反応式等がびっしり詰まったページがあとからあとから出てきた。

(村田さんはもしかして科学者なのか、、、)と思った時、村田が大きな欠伸をしてから起きてきた。
関が翻訳の画面にすると村田がキーボードを打った「ちょうど良い時間だ、日没を見よう」
村田についていくと船の向こうの水平線にちょうど夕陽が海面を真っ赤に染めて沈むところだった。
この世のものではないような美しい景色に関は言葉を失って見とれた。自然の景色など全く興味がなかった関は水平線に沈む夕陽を見たことがなかったのだ。

夕陽が沈み海面が暗くなるまで立ち尽くして見とれていた関が、ふと気がつくと既に村田はそこにいなかった。
洞窟の方を見ると頭にライトを付けた村田が釣竿とクーラーボックスを下げて出てきて、身振りで一緒に行くかと誘われた。
釣りもしたことがなかった関は一緒に行く事にした。

磯の大きな岩の上から釣り糸を垂らすとおもしろいように大きな魚が釣れた。2時間ほどでクーラーボックスがいっぱいになり引き上げた。
関は楽しかった。こんなに楽しかったのは生まれて初めてだった。まるで夢でも見ているような気分だった。ほんの数日前は海上で生死の境を彷徨っていたのが信じられなかった。
(それもこれも全て村田さんのおかげ、、、僕は村田さんに必ず恩返しをしょう、必ず、、、)

いつの間にかテーブルの上には尾頭付きの刺身が乗せられ、脇にご飯とスープが置かれていて村田が手招いて食べようと誘っていた。
刺身もまた美味しかった。釣ったばかりの魚の刺身がこんなに美味しとは、、、
関は言い知れぬ感動に包まれた。
(生きていて良かった、、、本当に生きていて良かった、、、)
関は涙をこらえ心の中で村田に手を合わせた。


食後はまた翻訳を使って筆談した。だが、関が村田について「何故ここに一人で住んでいるのか」等を尋ねても村田は話を変えたりして答えなかった。
関はその事を怪訝に思ったが強いて聞かなかった。
やがて午前2時になり、氷も入れた魚がいっぱいのクーラーボックスも船に積み出発する事にした。

しかし満潮にはなったようだが、海水は船の下まで届いていない。それでも村田はエンジンをかけた。関が(陸地の上でエンジンをかけてどうするのか)と青ざめた時、船がファっと浮き上がり180度回転した。そしてゆっくりと海面に進んでいった。
関が驚嘆し泡を吹いて倒れそうな顔で村田を見たが、村田は平然と運転していた。

島から離れると船は速力を増した。
頭上には三分の一ほど欠けた月があり、ぼんやりと海面を照らしている。幻想的な景色に関は見取れた。風も心地よく、その心地よさに、さっきまでの驚きも噓のように忘れうっとりしていた。
助けられ気がついてまだ1日も経っていないのに、関は長い長い幸福な時間を過ごしているように感じていた。


月が西に傾いたころ前方に灯りが見えてきた。
村田が指差し「沖縄」と言って速度を落とした。そしてゆっくりと港に入って行った。
船をもやうと2人がかりでクーラーボックスを開店したばかりのような市場に運んで中の魚を売り、村田はその代金を全て関に手渡した。
関が驚いた顔で村田を見ると、村田は無頓着な顔で歩いていき交番の中に入った。

村田がメールででも知らせていたのか交番の中には、まだ4時半だというのに既に通訳者と軍人が来ていた。
すぐに通訳者を通して警察と軍人の尋問が始まった。
パスポートを持っていなかった関は、国籍すらも証明できなかったが、訓練を離脱してから戦闘機のエンジンが止まり墜落した事までを詳しく話し、日本の戦闘機2機とすれ違った事とその日時まで言うと、軍人が基地に確認したのかC国の戦闘機パイロットである事をやっと信用してもらえた。

その後は軍の管轄に入り基地に行く事になった。そこで村田と別れる事になり、関は涙を流しながら何度も手を合わせて感謝の意を示した。
「もう一度必ずお会いしたい」と通訳者を通して村田に伝えた関は、軍用車両に乗せられ泣く泣く去って行った。

  第一部 C国戦闘機天才パイロット物語  完


**  **  **

                第二部 ウイルス研究員村田の夢


関を見送った村田は、肩の荷が下りたように大きなため息をつき「やれやれ貴重な二日間を無駄にした、、、全く、むだぼねおりのくたびれもうけだったわい」と呟いてからバス乗り場に向かって歩き出した。
次の満潮は午後2時半ころで港を出るのは昼ごろで良い。それまでの間に久しぶりに家に行ってみる事にしたのだ。
村田の家は海岸沿いの道を15キロほど南下した所にあった。家とは言っても元々は八木下の別荘で示談金の代わりにもらった土地と建物だった。

ガラガラのバスに乗った村田は思い出したくもない過去を思い出した。
(示談金代わりと言えば車もホーバークラフトもあの島もそうじゃ、、、八木下とカタがついて最初に物件確認書を見た時は、沖縄のこんなど田舎の別荘なんかもらったって仕方がない、もっと高額の物件をよこせ、と思ったが今思えばワシには似合いの物件だったようじゃ、、、それにあの島は研究所にうってつけだった、、、人生、何が災いし何が幸いするかわからんものじゃな、、、)


**
村田は九州の大学院を卒業した後も教授に勧められてウイルス研究所に残った。
研究所の給料は少なかったが、村田にとっては全く苦にならなかった。
幼いころに両親が交通事故で亡くなり、保険金はあったが親戚の家でいじめられて育った村田は、勉強している時だけがやすらぎの時間だった。そのような環境のせいでか村田は勉強が良くでき、高校も大学も大学院も首席で卒業した。

他人との付き合いが苦手で、いつも一人で研究している村田を教授は何かにつけ贔屓にしていた。
研究員になって4年目の結婚も教授のとりなしで、大学院を卒業したばかりの由美子と結ばれた。
3年後には娘が生まれ、地味だが幸せで安定した生活を送っていた。
だが結婚した翌年に研究所に入ってきた八木下によって幸せな生活は全て破壊された。

八木下は頭脳明晰で美男子だったが飽きっぽく、何より女性に対してだらしがなかった。
高校生のころから既に女性を孕ませて、資産家の親に示談金を出してもらって別れていた。
大学生の時も大学院生の時も何人もの女性と同じ過ちを犯して親に後始末をしてもらっていた。
そして研究所に6歳後輩の研究員として入ってきた時、村田は八木下の過去を全く知らなかった。

もともと人付き合いが苦手の村田は、研究所以外で八木下と付き合うことはなかったのだが、忘年会の時酔いつぶれて八木下に寮まで送ってもらったのだ。
その時、八木下と由美子は初めて会ったようだ。
休日でもベランダにさえめったに出なかった村田は気づかなかったが、村田の住んでいた寮と八木下の独身寮は真向かいの建物でどちらからも良く見えた。

独身寮には女性はいず、専業主婦で毎日既婚家庭者寮に居た若い由美子は目立った。そして八木下にとっては由美子が亭主持ちである事は関係なかった。いつの間にか二人は、ベランダ越しに痴態を見せあいながら携帯電話でいちゃつく間がらになっていた。

八木下と由美子がそんな間がらになっていたことなど夢にも知らなかった村田だったが、ある時ウイルス研究の基礎材料として人のDNAが必要になり、村田は急きょ自分と娘の頭髪を使ってDNA検査した。その時、娘のDNAの中には村田のDNAが全く含まれていないことが分かった。
(そんなはずはない何かの間違いだ)と村田は思ったが、何故か嫌な予感がして、DNA親子鑑定機関に依頼してみた。その結果99,9%の確率で赤の他人との回答を得た。

(これはどういう事だ、、、)村田は精神崩壊しそうになるほどのショックを受けた。
今すぐ寮に帰り由美子を問い詰めたかったが忙しくてそんな暇はなかった。村田にとっては初めての論文発表会が近づいていたのだ。村田は家庭事情よりも論文発表を優先し、数日徹夜をしたりして寮に帰らなかった。
しかし三日続けて徹夜するとさすがに眠くて我慢できず、深夜に寮に帰った。

近所迷惑にならないよう音を立てないように玄関のドアを開けると、自分のではない男物の革靴があった。しかも靴の内側には八木下と書かれていた。
村田は睡眠不足とショックでその場に倒れそうになったが、気を奮い立たせてそっとドアを閉め外に出た。

敷地内のベンチに座り、心を落ち着かせて現状を分析しょうとした。しかし思考が著しく混乱して何の結論も出せなかった。
村田はまた研究室に行き長椅子で夢と現実の間を行き来した。村田はその夜以来寮に帰らなかった。


村田の不幸はそれだけではなかった。
村田が研究所に来てからずっと研究し続けてきたウイルスのワクチンについての研究論文を八木下が先に別の研究所名義で発表したのだ。
教授も村田も、八木下が別の研究所名義で発表した事に驚き、論文を読んで更に驚いた。ところどころ数値は少し違うが内容はほとんど村田が執筆したものと同じだったのだ。

驚愕した顔で教授が言った「村田君、これはどういう事かね、君の論文と同じじゃないか。まさか君は八木下君の論文を盗作したのではないかね」
「教授、何を言われます。私は神に誓って盗作などしていません。それに私と教授以外の人間では知り得ない内容が論文の中にあります。私の論文こそオリジナルです。盗作したのは間違いなく八木下の方です」

その後、教授と村田は論文を細部まで調べ、村田が長年研究して知り得た内容や、他の研究所では全く研究していない事柄を確認して、この論文は間違いなく村田のものだと確信した。
「ということは八木下君が盗作したという結論になるが、八木下君はどうやって君の論文を盗作したのかね」
「、、、恐らく、、、この論文が入力されたノートパソコンはこの研究室と寮の私の部屋にしか置きません。そしてここでは私がいつも使っています、、、ですが寮に居る時は、、、」

「由美子さんが、、、まさか」
この時村田は思い切って、娘のDNAが自分と違うこと、夜中に自分の部屋の玄関に八木下の靴があった事を話した。
「なに、それは本当かね、、、」

村田と違って、八木下の過去を知っていた教授は黙って考え込んだ。
(八木下君が由美子さんを誘惑して、、、それなら村田君のノートパソコン内の論文を抜き取るのは可能だろう、、、目先の成果ばかり追い求める八木下君ならやりかねない、、、それどころか、娘さんの父親の可能性も、、、なんということを、、、)
教授はしばらく考えてから言った「、、、分かった、、、村田君、この件は私に一任してくれ」

教授は八木下と会い「論文おめでとう」と褒めてから内容について質問した。最初は簡単な事から、そして次第に村田しか知り得ない内容を問い詰め最後にこう言った。
「あの論文は100パーセント村田君のものだ。君は論文発表を取り下げ、うちの研究所から去りなさい、、、村田君への謝罪も忘れないようにな」
八木下は真っ赤な顔で俯いていた。


そのころ村田に由美子から電話がかかって来ていた。
「あなた今夜も帰って来ないの、大事な話があるのよ」
村田は白け切った声で聞いた「大事な話、、、いま言ってくれ」
「じゃ、はっきり言うわ、私、あなたと別れたいの、あなたはいつも研究ばかりで私を構ってくれない。私、つまらないの、もううんざりなの。だから別れて、でも娘の養育費と慰謝料はくださいね」

村田は思わず怒鳴った「ふざけるな、別れるから養育費と慰謝料をくれだと、、、俺が何もしらないとでも思っているのか。DNA鑑定した、娘は俺の子じゃない。本当の父親は八木下だろ。俺の子じゃないのに何故俺が養育費を支払う必要があるんだ、、、それとノートパソコンの俺の論文を八木下にコピーさせたのはお前だろ。
夫を裏切り不倫して子供まで作って慰謝料要求か。ふざけるな。裁判所に訴えてやる。訴えて俺が慰謝料を要求してやる。裁判所で会おう。離婚届の印鑑を忘れるな」
村田は何かわめいている由美子を無視して電話を切った。
その後何度も由美子から電話がきたが村田は出なかった。


数日後、研究室に一目でヤクザと解る男が三人押しかけてきた。
「村田秀五郎というのはお前か、、、あの男が例の論文を一千万で買いたいと言っている。法外な金だ、、、その代わり今後一切論文の事は言わないという条件付きだ」
村田は即答した「お断りします」
「なんだとこの野郎、一千万じゃ少ないと言うのか」

「はい、そうです、一千万じゃ少ないです。私はあの人を裁判所に訴えるつもりです。妻を寝取られた事も含め、慰謝料と損害賠償五千万要求するつもりです。当然刑務所にも入ってもらいます」
「裁判所に訴えるだと、、、そんなことをすればあの男の親が黙っていないぞ、、、お日様が見れなくなるぞ、それでも良いのか」
「脅迫するのですか、この研究室には監視カメラがあります。これ以上脅迫されるなら警察に通報します」
「、、、いい度胸だ、、、だが後悔するぜ、、、ふん、、、黙って一千万もらっときゃあ良いものを、、、馬鹿な奴だ」そう言ってから三人は帰って行った。

その三日後、教授が村田に札束の入った紙袋をそっと手渡して言った。
「一千五百万ある、、、私と折半だ、、、あの論文が三千万で売れたと思えば悪くないだろ」
村田は叫んだ「教授、、、」
「君の気持ちは分かる、、、だがあんな奴らは相手にしない方がいい、、、どうやって調べたのか私の孫娘の所まで来たのだ、、、孫娘はまだ高校2年生だ、、、私は金を受け取った」
そう言ってから教授は肩を落として去っていった。

村田は崩れ落ちるように椅子に座った。この世で一番信頼していた教授にまで裏切られた気分だった。
(教授が、、、教授でさえも金に釣られたのか、、、いや、そうではない、、、教授は孫娘さんの安全を優先したのだろう、、、教授を責められない、、、それにしても八木下の奴、、、許せない、、、)

村田は八木下の寮に行った。しかし八木下は数日前に引っ越ししていた。
管理人の話では八木下は酷く慌てたそぶりで引っ越しして行ったがトラックの助手席には由美子さんと娘が座っていて怪訝に思ったと言った。
(さては由美子の奴、、、)村田は自分の寮に行った。

管理人室の前を通りかかると呼び止められた。
「村田さん、引っ越しする時は前もって行ってください。鍵ももう一本も返してください。それとちゃんと掃除をしてから引っ越してください」
「私はまだ引っ越しませんが、、、」
「しかし奥さんが、、、そう言えば男性用衣服が残っていました、、、ということは、、、あ、、、」
管理人は状況に今気づいたらしく口をつぐんだ。

村田は管理人を放って部屋に急いで入った。
予想通り自分の衣服以外は何もなかった。冷蔵庫等の家電製品はもとより布団さえもなかった。
おまけに掃除をしていず、家具を運び出した後の埃がそのまま残っていた。
村田の衣服はベランダの物干しに全て掛けられていた。
村田は仕方なく部屋を掃除して衣服を畳の上に置いた。それから大の字になり、ぼんやり考えた。

(これからどうしょう、、、論文もなくなった、、、研究する気もなくなった、、、家族もなくなった、、、
また独り身だ、、、しかし、、、時間はある、、、金も、、、ある、、、)
そう考えた後、村田の脳裏に復讐の二文字が思い浮かんだ。
小さい頃いじめられて憎んだ相手はいたが、八木下と由美子に対するほどの憎しみはなかった。
(許せない、、、あの二人だけは許せない、、、)

その夜村田は公園に行き八木下に電話した。
「あ、村田先輩、お金は受け取られたんですよね」と強いて明るい声で八木下は言った。
村田は怒鳴りつけたい心を抑えて言った。
「あんなはした金では足りん。お前と由美子を訴えてやる。お前と由美子の不倫を社会に公表してやる。お前と由美子の子を俺に養育させた報いを」

その時、すぐ横にいたのか由美子の叫び声が聞こえた「あなたの子だと思っていたの、本当に」
由美子の声を遮るようにしてまた八木下の声がした「お金が足りないと言ってももう受け取られたのでしょう。つまり僕の提示した条件に合意された訳ですよね。だったら、もう、、、」
「ふざけるな、あの金は論文の代金だ、不倫の慰謝料ではない。裁判をして慰謝料をむしり取ってやる。お前たち二人の痴情を世間に拡散してやる」

「や、やめて、あなたお願い、訴えないで、、、す、全てこの人が悪いの、私は悪くないの、私はこの人に誘惑されて、」
「噓を言うな、最初に色目を使って近づいて来たのはお前じゃないか、夫はつまらなくて退屈だと」
「違うのよ、あなた、この人の言ってるのは」
村田は我慢できずに怒鳴った「二人とも俺を裏切った。二人とも許せん、、、それと由美子、俺をあなたと呼ぶのはやめろ。お前があなたと呼ぶのは八木下だ、、、裁判所で会おう」

「ま、待ってください。お願いです訴えないでください。お金で、お金で解決しましょう、、、でももう父も現金がないんです、本当です。だから、、、そうだ僕の別荘、沖縄に僕の名義の別荘があるんです。それを差し上げます。それで勘弁してください。別荘には船も、買ったばかりのホーバークラフトと高級乗用車もあります。あ、無人島もあります。これを合わせたら五千万はします。これら全てを差し上げますから、どうぞ訴えるのだけは、、、」と八木下は半分泣き声で言った。

「ふん、金持ちの道楽息子の別荘なんぞ要らん、五千万よこせ」
「そ、そこを何とか、、、お願いします別荘で勘弁してください。明日、権利書等全て寮の方に郵送しますから、よろしく、よろしくお願いします」そう言って電話は切れた。
村田はまだ腹の虫がおさまらなかったが再度電話する気もおきず、そのまま飲みに行って遅くまで飲み、酔いつぶれて公園のベンチで寝てしまった。

翌日、電話の音で目が覚めると太陽は既に頭上にあった。
電話は教授からで、出勤が遅いが休むのかというものだった。村田は「休みます、これからずっと、、、すみません退職します、、、今までお世話になりました」と答えた。
教授は「、、、そうか、、、仕方がないな、、、帰って来たくなったらいつでも帰って来てくれ、君ならいつでも歓迎するよ」と言ってくれた。

電話が終わると村田は、とにかく風呂に入りたくて寮に帰った。
寮で風呂に入りながら村田は考えた「やはり弁護士に相談するべきだな、、、」
風呂から出るとスマホでそこから一番近い弁護士事務所を探した。もう午後2時をすぎていたが出かけようとすると「速達です」と言って郵便配達員が来た。
村田は仕方なく大きなぶ厚い封筒を受け取った。

(まさかこんなに早く)と思ったが、やはり八木下からの別荘等の権利書類だった。おまけに別荘の鍵や船の鍵まで入っていた。そして同封の手紙には丁重な謝罪文と別荘等の名義変更届出等についても細かく書かれていた。そして最後に、これで今までの事は全て水に流していただき、今後いっさい再要求をしないでいただきたいと書かれていた。
文面からして八木下の直筆ではない事は明白だったが、代筆者、恐らく弁護士だろうが、非の打ち所がない内容で、村田は反論できそうにない事を悟った。

(、、、一般人の俺が弁護士を相手に、おかしな反論でもしょうものなら、逆に俺の方の落ち度を追求されボロが出るかも知れない、、、八木下の言うことを鵜吞みにはできないが話半分としても別荘や船等合わせて二千五百万、論文代金と合わせて四千万、、、ここらで手を打つか、、、)
村田は同封の示談書にサインして郵送しょうかと思ったが(まてよ別荘等を見てからの方がいい)と考え直して、急きょ沖縄に行く事にした。


沖縄の空港から名護市経由で別荘のある海沿いの村に行った。20戸ほどの小さな村の外れに別荘はあった。
鍵を開けて入ると家具も調理器具も全て揃っていたが電気水道ガスは止められていた。しかしそれらも電話すればすぐに使用可能になった。
(さっそく今夜から泊まれるな、、、だが食事は、、、確かバス停の近くに食堂があった、今夜はあそこで食べるとするか)

その日から村田は別荘で暮らし始めた。
翌朝には車を預かっているという金城と名乗る中年男性が来て横柄な態度で言った。
「あんた誰だ、八木下は来なかったのか」
ムッとした村田は強い口調で言った「この別荘も車も船も八木下から譲り受けた村田だが、車はどこだ。傷つけていないだろうな」

途端に金城は青菜に塩のごとくしょげて言いづらそうに言った。
「それが、その、、、」
村田は車を見に行った。宣伝で見たことのある真っ赤なポルシェ。しかし左ドアに傷があった。
「この傷は何ですか、八木下が預けた時はなかったはず。あなたが傷つけたのか」
「うっ、まあ、八木下が来ない時は乗り回して良いと言われていたので運転していて、、、」

「それはいつですか」 「2ヶ月ほど前、、、」
「2ヶ月ほど前でまだ修理していなかったのですか」 「それがその、、、修理代金が高くて、、、」
「修理代金が高いから直さなかった。そんな言い訳は通じません。今すぐ直してください」
「それがそのう、いま金がなくて、、、あと2ヶ月待ってくれ、そうすれば金が入るんで、、、今の時期は八木下は来ないからと思っていたんだ、、、それで修理を先延ばしに、、、」

村田は容赦なく言った「そんなことは私には関係ない。今すぐ修理してください。今日は車で隣町に行く予定だったのに、予定が狂った、どうしてくれるんですか」
「すみません、すみません、い、1週間待ってください、修理に出します、、、ですが今本当に金がなくて、、、良かったら、そのう、、、金を貸してもらえたらと、、、」
村田は我慢できず怒鳴った「金を貸せだと、図々しいにも程がある、警察に訴えようか」

「申し訳ない、申し訳ない、この通り謝ります、だから、20万円貸してください。お願いします、、、その金で今すぐ修理に出しますから、、、2ヶ月後にはパイナップルの金が入りますから、20万円は必ず返しますから、、、お願いします、この通り、、、」
土下座して手を合わせている金城を睨んでいた村田は、ある事を思いつき口調を変えて言った。
「ATMはどこですか、、、」 「えっ」 「ここから一番近いATMはどこにありますか」
「え、ATMですか、隣町に、、、で、では、」村田には、金城の顔が一瞬パッと輝いたように見えた。

「これからこの車で隣町のATMに一緒に行きます。役所にも行きます。私が用事を済ませる間にあなたは借用書を書いてください。それから日用品や食品も買ってここに帰って来ます。その後であなたは車を修理に出してください」
「わ、わかりました、あ、ありがとうございます」
金城は運転席のドアを開けてから言った「運転しますか」
「傷ついたこんな見っともない車など私は運転したくない」と怒鳴ると金城はすごすごと運転席に座った。

村田は車の中で船の事を聞いたが金城は「俺は船の事は知らない。たぶん隣町の港に停泊してると思う」と言ったが何か白々しかった。村田はカマかけて聞いてみた。
「八木下はいつも女を乗せて見せびらかしていたと自慢していたが」
「そうだ、この車でもそうだったが、いつも違う女を乗せて走り回っていた、、、金持ちのボンボン息子まる出しで、、、特に船、ホーバークラフトは騒音が酷いのに夜でもサーチライトを点けて走り回っていた。それで町のみんなから苦情がでて夜間禁止になった」

「いつも違う女を乗せてって八木下はそんなに女にもてていたのですか」
「とにかく金持ちで大学院生で顔も良ければ、今どきの女が放っておかないやね。
正月やお盆休みには九州から女を連れてきていたが、三日後には隣町の飲食店のバイト女まで連れて走っていた。別荘には1週間ほどしか居ないのに女がらみのトラブルで警察が来たこともある。ああいう男こそ女たらしと言うんだろうな、、、村でも横柄な態度でみんなに嫌われていたが、本人は知らんふりだった。あんたは大丈夫だろうな、町の女に手を出したりしないよな」

「私はそんなにもてないし、金持ちじゃない」
「金持ちじゃないのにどうして別荘や船が買えたんだ」
「いろいろ経緯があって、賠償金代わりに差し押さえしたんだ、私は金持ちじゃない」
「賠償金って女がらみでか」
村田は語気を強めて言った「そんなことはあんたに関係ないだろ、あんたは車を修理して返せばいいだけだ。この車も売り飛ばすから一日も早くしてくださいよ。遅くなったら延滞金も要求します」
金城は途端に無口になった。

隣町まで15分もかからなかった。ATMや役所の用事を済ませた後で港に行き、ホーバークラフトに乗ってみた。全長5メートルほどの船というよりも大きなピザみたいだった。操縦室に入ってみたかったが鍵を持って来なかった。
車に引き返すと金城が言った「こんなのが一千万もしたんだと、本当に金持ちの道楽だぜ」
村田は取り合わずに助手席に乗って言った「スーパーマーケットに行ってください」

スーパーマーケットで日用品や米や冷凍食品等を多量に買い込み別荘に帰った。
荷物を置いてから村の食堂に行き、店長立会いの元で金城に20万円を貸した。
金城はその後すぐに名護市の修理場に行った。村田はその店で食事してから歩いて帰った。
**

(あれから30年、、、今では別荘よりも島に居る方が長くなった。月に一度港町に食料品等を買いに来る以外は島で暮らしているが、島の洞窟での暮らしは本当に満足している。
最初は削岩機で洞窟を拡げたり山の上に用水池を作ったり、岩を掘って窪地にして土を入れ木を植えたりと大変だったが、今では洞窟の中に生活に必要な家電製品も全てあるし、洞窟二階の住居兼研究室でウイルスの研究もできている。

それもこれ太陽光発電機と風力発電機のおかげだ。この二つを設置してから昼も夜も電力不足にならなくなって家電製品も研究用の電気機器も全て使える。
それと5年前に山頂に衛星用Wi-Fiを付けて教授や外国の研究員と情報交換できるようになってから研究が飛躍的に進んだ。
、、、そしてワシは、、、とんでもないウイルスを発見した、、、今はこのウイルスから身を守るワクチンを研究しているが、この事は誰にも知られたくない、、、

金城さんとはあれ以来仲が良くなってホーバークラフトの操縦を教えてもらったり、洞窟拡張を手伝ってもらったりしたが、その金城さんにも洞窟に2階を作った事も、ウイルスとワクチンの事も知らせていない。
ましてや漂流していた中国人になんぞに知られるわけにはいかないのだ。
そもそも中国人だと分かっていれば助けなかった。顔が日本人ぽかったから仕方なく助けたのだ。しかしそのせいで二日間も研究ができなかった。早く帰りたいが満潮にならないと上陸できない)

村田はそんなことを考えながらバスを降りた。目の前に別荘がある。
30年経ち雨漏りする部屋もあるが修理等しなかった。今ではめったに泊まることもない。
(クーラーがないと夜眠れないこの家よりも島の洞窟の方が涼しくて扇風機だけで眠れる。しかも蚊がいない。この30年で植えた木々は大木になり島を覆っている。木陰は本当に心地よい。
ソーラーパネルの横を削岩機で窪地にして土を入れ家庭菜園を始めたら、海鳥の糞のせいか二十日大根やオクラが食べきれないほどできた、、、私にとっては正に夢の島だ、、、
もうこの別荘に住むことはないだろうが、住所を残しておかないと郵便物等が受け取れない、、、)

村田は別荘の郵便受けを開けてみたが何も入っていなかった。
そこへ金城が軽トラに乗ってやってきた「なんだ村田、帰って来るなら電話しろよ迎えにいくのに」
「いや、野暮用で急に町に来たんでついでにちょっと寄ってみたんだ。それで年寄りのあんたに電話するのも気が引けてな」
「けっ、なにを水臭い事言ってやがる。それより一杯飲んでけよ」
「そうか、では一杯だけな、満潮が2時半なんでな」

軽トラの助手席に乗ると金城は車を走らせ家に行った。家の前に奥さんがいて村田が軽トラから降りると「あーやっぱり村田さんだった、別荘前で降りるのは村田さんしかいないものね」と言った。
そして村田の手を引っ張って家の前の椅子に座らせ、用意していたのかすぐにビールとコップを出してきた。小さなテーブルの上の三つのコップにビールを注ぎ「はい乾杯」と相変わらず陽気な奥さん。乾杯の後は「今てびちを温めてくるから待っててね」と言って家の中に入っていった。

金城が一杯目を飲み干して言った「村田よう、、、言いにくいんだがまた金を貸してくれ」
「今度は何を買うんですか」
「違う、東京の息子に送るんだ、孫が例のウイルスにかかって入院中なんだが、息子も稼ぎが悪くて見舞金もないらしいんだ、それでよう20万円、いつものようにパイナップルが売れたら返すからよう、頼むよ」

「わかりました、じゃ港町まで送ってくれたらATMで下して渡します」
「すまねえな、、、ところでチラッと聞いたが人を助けたんだってな」
「えっ、誰に聞いたんですか」
「交番の源次だよ、村田が漂流中の中国人を助けて交番に連れて来た。表彰するから都合の良い日時を聞こうとしたらもう帰っていなかった。だが港に行ったらホーバークラフトがあったので、もしかして別荘に行ったのかもしれないと考えて俺に電話してきたんだ。どこで助けたんだ」

(源次のやつ余計な事を、、、)「いや、この間町からの帰り、島の近くで偶然見つけてな、放ってもおけなかったからホーバークラフトの滑車を使って何とか引き上げた。最初は死んでいるのかと思ったが水を飲ませたら気がついたようだったので島で食事させたりして元気になったので交番へ送り届けた。おかげで二日で島と港町を二往復させられた、早く帰って昼寝したい」
「そうだったのかい、、、しかし人助けができて良かったじゃないか、お、来た来た」

奥さんがてびちを持ってきた。3人は熱々のてびちを食べながらビールを飲んだ。
11時ころになると奥さんが金城をつついて言った「あんた酔っぱらう前に村田さんを送ってきて」
村田は港町のATMまで送ってもらい、金を引き出して金城に手渡した。今はもう借用書など要らない間がらだった。
村田はそこで金城と別れホーバークラフトに乗って島に帰った。

いつものようにホーバークラフトを陸地に上げ、洞窟に入るとドッと一日の疲れが出て椅子に座るとしばらく動けなかった。
(ワシももう歳かな、、、30年前は毎日削岩機で岩を掘ってもあまり疲れを感じなかったが、、、
あんな小さな削岩機で素人のワシが、この岩山の中をくり抜いて5メートル四方で高さ2メートルの部屋を作ったとは恐らく誰も信じまい。しかもその部屋でウイルスやその宿主細胞の研究をしている。

まあ、この岩山はあまり固くない岩石なのかもしれないが、、、岩にも割れやすい方向と割れにくい方向がある事に気づいてから岩を掘るスピードが倍増した、、、何にでもコツがあるようだな、、、
当時は何かを作るという喜びに目覚めて夢中になって色々作ったが、岩山の斜面を利用して作った3段の用水池はワシの傑作だ、あれで飲料水にできるほどきれいな水が年中使ってもなくならなくなった、、、

洞窟の中に広い部屋ができベランダまで作って、そのベランダから水平線に沈む夕日を見ていてワシは無性に研究所でウイルス研究していたころが懐かしくなった。
ふと振り向いて部屋の中を見るとベッドとテーブルだけがあった。部屋の大部分が空いている。
その時ワシはその空いている所に研究機材や顕微鏡を置いたら、良い研究室になると思った。思ったら居ても立っても居られない気持ちになり、翌日からウイルス研究に必要な物を買い揃えていった、、、。

ワシは根っからの研究員らしい。研究用機材等が揃うとワシは、教授に頼んでコロナウイルス等を送ってもらい一人で研究を始めた。
研究し始めると夢中になり、夜も昼も関係なかった。気が済むまで何時間でも研究し続けた。そして眠くなれば昼でも寝たし、空腹を感じれば夜中でも料理を作って食べた。
いま思い返せば良い思い出だ、、、こんな事を思い出すのも老いたせいかな、、、
さてシャワーを浴びて寝るか)

村田は大きな食器棚を横にスライドさせ奥の洞窟に入りスイッチを入れた。登り坂の天井の蛍光灯が点き、20メートルほど上のドアまで見えた。登って行きドアを開けると、どこかの研究室かと錯覚しそうなほど多くの研究用機材とデスクで占められた部屋があった。
部屋の隅にはベッドがあり、その横のドアを開けると便器とシャワーがあった。
村田は熱々のシャワーを浴びてから眠りについた。



**
関は軍事基地でも詳しく尋問された。面倒くさかったが交番で話したことをもう一度丁重に話した。
関の話は具体的で生々しく信憑性があり疑う余地はないように思われたが、それでも「密入国しょうとしたC国工作員ではないか」と言う疑いははれなかった。
また記憶メモリーも見せたがにわかには信じてもらえなかったし、例え映像等が真実であったとしても日本国としてはどうすることもできないと言われた。

実際問題として日本政府がC国に対して人権侵害だと指摘糾弾しても、C国は内政干渉だと言って無視するだろう。
また放射能汚染された粉塵が偏西風で日本まで飛んできていると抗議しても、C国は的外れな言い訳をして決して認めないだろう。
関は、こんなにも信用がなく卑怯な国の国民だったことを嘆いたがどうすることもできなかった。

それどころか日本への亡命希望をいくら言っても基地の係官は取り合ってくれなかった。
係官の一人は面倒くさそうに言った「日本は基本的に亡命を受け入れていない。難民すらもあまり受け入れない。もし受け入れたら、君の祖国やアフリカ等の貧しい国の人が大挙して入ってくる。そうしたら日本は貧しい外国人でいっぱいになり国が滅んでしまう。だから君の希望をハイそうですかと認める訳にはいかないのです」

「、、、そんな、、、じゃ、僕はどうなるんでしょう」
「いま外務省や出入国管理局等に問い合わせていますが恐らく強制送還になるでしょう」
「えっ、強制送還」関は立ち上がったと思ったらすぐに椅子を蹴とばしてその場に大の字になり「嫌だ、嫌だ、強制送還なんて嫌だ」と泣きわめきだした。
係官は一瞬驚いたようだったがすぐに冷ややかな声で言った「それがC国人特有の泣きわめきですか、でもそれは日本では通用しませんよ。私は出て行きますから存分にどうぞ」

係官が出て行って取調べ室に一人になると関は、不思議そうな顔で上半身を起こし辺りを見回して思った。
(、、、誰もいない、、、誰もなだめてくれない、、、誰も相手にしてくれない、、、何故だ、、、)
関は涙に濡れた見っともない顔で考え続けていたが、考え疲れたのかその場でふて寝し始めた。
別室で監視カメラ映像を見ていた係官は(ふん、所詮はC国人、、、強制送還確定だな)と思った。

関はその夜は基地の留置場に泊まらされた。風呂にも入らせてもらえず、食事ついでに濡れたおしぼりを渡されただけだった。まるで囚人扱いだった。
翌日も食事はさせてもらえたが誰も来ないで、まるでわざと無視されているようだった。
午後になると関は我慢できずに、鉄格子を叩いて喚きだした。しかしそれでも食事を運んでくる人以外は誰も来なかった。夜も泣きわめいたが無駄だった。

関は留置場の硬いベッドの上に大の字になり(なぜ僕はこんな目に遭わされるのだろう、僕がどんな悪い事をしたというのだろう)と考え込んだ。
(、、、確かに僕は母国を裏切って日本に亡命した。それが僕の罪だと言うなら、その罰は母国で受けるはずだ。僕はなぜ日本でこんな目に、、、僕が日本でどんな罪を犯したというのだろう、、、)
関は何時間も考え続けたが答えは見つけられなかった。


翌日の昼ころ肩に大きな階級章を付けた軍人が通訳者と来て、関を留置場から取調べ室に連れていった。
デスクの向こう側に座るとその軍人は通訳者を通して言った「君はC国海軍の天才パイロットなんだってな。友軍戦闘機からのミサイルをかわした時の事を聞かせてくれないかね」
「、、、」関は得意げに話したかったが、強いて無視して黙っていた。

そんな関の心理を見抜いてか軍人は、関の心をくすぐるような事を言った。
「君が本当に天才パイロットなら、この基地で君を操縦士教官として雇いたいのだが」
「本当ですか」という言葉が口から飛び出そうとするのを関は必死になって抑えていた。
「ここで教官になってくれたら君はずっと日本に居られるのだが、、、そうか、やはりダメだったか」
軍人はそう言って仕方がないと言うふうに立ち上がりかけた。その時、関は叫んだ。
「教官になります、なります、喜んで」

それからの関は、軍人に聞かれる事を何もかも細部まで話した。話終えると戦闘機操縦シミュレーションに連れて行かれ試験された。
関は目を輝かせて座席に座るとすぐに母国戦闘機と違う装置について質問をし、全て納得するとすぐに操縦し始めた。
最初は離陸し上空を旋回して着陸するだけの簡単なコースだったが、次第に難しいコースになり最後は高度な操縦テクニックを必要としたが、関は難なくやり終えた。

それを目を細めて見ていた軍人は、オプションとしてミサイルから逃げるコースを、わざわざプログラマーに再入力させて行わさせた。
関は、沖縄西方上空でやったように1機目はフレアでかわし、2機目は急降下Ⅴ字急上昇でかわしてみせた。途端に周りから歓声が上がった。
全てを終え立ち上がった関を軍人は拍手で称えて言った「操縦士教官、よろしく頼む」


その後、関は操縦士教官の一員として基地内で働き、暇な時は通訳者の水野から日本語の個人レッスンを受けた。記憶力等は抜群の関は短期間で日本語をマスターしていった。
それでも何故か基地外部には出させてもらえなかった。まあ、基地内の住居エリアでは食堂あり売店ありスポーツジムありで、外出しなくても充分に生活できた。
関にとっては、女性と過ごせないという不満以外は母国海軍施設に居たころとあまり変わりはなかったのだ。


1ヶ月ほど経ったある日あの軍人から不意に、沖縄西方上空でエンジンが止まった時の状況を詳しく聞かれた。特にその時、体に異変はなかったかと。
関は今さら何を聞くのかと思ったが、その時の事を思い出して言った。
「一瞬体が火傷するように熱く感じたが、すぐに墜落し始め何も考えられなくなった」
それを聞いて軍人は納得したような表情で去って行った。関の頭の中には「?」ができた。

関は知らされなかったが、軍人は関の乗っていた戦闘機のエンジンが突然止まった原因は、以前のヘリコプター墜落と同様に、C国潜水艦からレーザー光線を照射させられたためだと考えていたのだ。
現在のレーザー光線技術では、まだ短時間で人間を焼死させれないが、電子部品は僅かな照射時間で破壊できる。そして電子部品を破壊されれば当然ジェットエンジンは停止し墜落する。

(だがレーザー光線照射装置は大型であり充電設備も大型だ、戦闘機には設置不可能だろう。そうなると艦船か潜水艦、しかし艦船は隠れられない、、、つまりあの海域にはC国潜水艦が潜んでいるということだ、、、その潜水艦をあぶり出し、ヘリコプターの仇を討ってやる)
C国潜水艦は哨戒機に簡単に発見され、位置を知らされた日本の高性能潜水艦は、全く気づかれることなく300メートルまで近づき魚雷一発で撃沈した。しかしこの事はC国軍には全く知られなかった。


**
更に数か月経った。関はふと気づいた。今は日本のネットをC国語で検索しているのだが、日本で検索した内容とC国内で検索した内容が全く違うのだ。
そればかりか歴史に関すること等は全く正反対の記述だったりした。
(そんな馬鹿な、、、)と思った関は0京大虐殺や0化大革命などを検索してみた。するとその内容が全く違っていて酷く驚いた。

その事を親しくなった通訳者の水野に話すと「C国がネット等の情報統制している事は、C国人以外はみな常識的に知っている」と水野はむしろ、今それに気づいたらしい関に驚いたようだった。
「それはどういう事、、、C国国民は事実を知らされていないって事、、、」
「そう、事実を知らされていないどころか噓を知らされている。僕はC国に2年間留学していたが、C国で広められている噓には辟易した。いまC国は福一原発の処理水を理由に日本の海産物の輸入を止めているが、これなども全く無意味な事」

関はムッとして言った「しかし汚染水を垂れ流ししているのは事実でしょう」
「関君、君も物事を正しく調べることができないのかい。君はC国沿岸から日本列島に流れている海流について調べた事がないのか。それを調べたら福一原発の処理水がどこに行くか理解できるはずだ。処理水が太平洋を一周してC国沿岸にたどり着くには恐らく数百年後だろうし、そのころにはトリチウム濃度は限りなく薄まっていて測定不可能になっているだろう。つまり福一原発の処理水海洋投棄はC国には全く無害なのだよ。

C国政府はその事実さえも自国民に教えず、噓を教えて自国民を扇動しているんだよ。
そればかりかC国原発の方が福一原発よりも遥かに多いトリチウムを海洋投棄している事実は隠している。恐らくC国国内ではこの事実すらネット検索できなくしているんだと思う。
君は日本にいるのだから日本語で検索すれば、これらの真実の事柄を知れると思うよ」

関は半信半疑の表情ですぐにC国原発のトリチウム放出を日本語で調べたら、正に水野の言う通りだった。海流についても調べたらこれも水野の言う通り。関は愕然とした。
「ぼ、僕の母国は、、、」

「そう、噓ばかりの国。尖閣諸島も100パーセント日本の領土だ。これも調べれば納得できると思うよ。自国民には噓を教えて扇動し、対外的には諸外国に噓を受け入れるよう軍事力を盾にして脅迫している。九段線の地図を勝手に作って自国領土だと宣言しているのがこの典型的な例だ。
これが君の母国C国だよ。でも君はもうC国を母国だと言わない方がいい、、、
君は日本への亡命希望だったんだろ。そして今君は既に日本に居るのだから」

関は、水野の言う事に何一つ反論できなかった。正にぐうの音も出なかった。
その後、関は更に日本語を勉強し、1年後には日本人と遜色がないほど流暢に日本語会話ができるようになった。また日本語で多くの事を検索してC国についても正しい知識を身につけれるようになった。
そしてその頃から関は、C国国民に向けてC国の真実を動画配信するようになった。呉から頼まれていたオルドスの放射能汚染の映像も配信した。

しかしC国国民で技術的に海外からの情報を検索できる人はごく少数であり、また配信内容が例え真実であっても、自国の悪口を言っているような配信を敢えて検索するC国国民は本当に少なかった。
配信後1日経っても視聴者数が100を超える事はなく、関は次第に気力を無くしていった。
だが、そんな関の配信を注意深く見ている者がいた。

それはC国諜報局だった。C国諜報局では、海外在住のC国人による、C国政府にとって不都合な真実を配信している者を厳しく取り締まっていたのだ。
以前に呉が所属していたのが正にこの局だったのだが、その局が今関の配信を注視していたのだった。そして局は、関の配信を排除するべきものと判決を下した。
関は仮面をかぶって配信していたのだが、声紋を分析され配信元も特定された。

その配信元が沖縄の軍事基地内だと分かった諜報局は混乱した。
沖縄の軍事基地内にC国人が居るのか?。そのC国人はオルドスの放射能汚染をどうやって知り、撮影できたのか?。このC国人は何者だ?。
諜報局はすぐに諜報員を沖縄に派遣した。しかし基地内に簡単に入れるはずがなかった。

基地入口が遠くに見える所にレンタカーを止めて、諜報員は双眼鏡で入口を眺めて舌打ちした。
(守衛所でみんな身分証をチェックされている。入るためには身分証が要る、、、入るのがダメなら出てくるのを待つか、、、しかし、C国人だということ以外は誰がターゲットなのか解らない、、、
とにかく夜になったらトライしてみるか、だがその前に基地建物の配置を知りたい。暗くなったら赤外線カメラつきのドローンを飛ばしてみるか)

諜報員はホテルに帰りC国製の小型高性能ドローンを組み立てた。
(カーボン繊維等でできているこのドローンは、空港の金属探知機にさえも検知されなかった。我が国のドローン製造技術は世界一だ、、、今夜このドローンの活躍が楽しみだ)

暗くなると諜報員は、基地のフェンスの外側にレンタカーを止めて、車内のモニターを見ながらドローンを飛ばした。100メートルほど上昇させ先ず赤外線カメラをチェックしたが、全く問題なく鮮明な画像がモニターに映し出された。モニター装置の録画を始動させ基地入口上空に移動した。

(入口横に守衛所、両側をフェンスで囲まれた道路を30メートルほど進むと道路が直角に曲がり、その先にも守衛所、、、この守衛所は入口からは見えない、、、
仮に2か所の守衛所を通過できたとしても、そのすぐ先には大型コンクリートゲート、このゲートは戦車でも破壊できないだろう、、、なんと天井クレーンで開閉しているのか、、、
入口を見ていたら一般車やコンビニの配送車等も出入しているから簡単に忍び込めそうだったが、、、軍事基地だけあってさすがに物々しい作りだな、、、
これでは不審者が逃げ出せない。うまくできてるな、ドローンで確認して正解だったぜ、、、

配送車に隠れて侵入、、、これだけ厳重な基地だ、いたるところに赤外線監視カメラが設置されているだろう。監視カメラの死角を突いて、とは言っても恐らく死角が無いように設置されているはずだ、、、う~む、、、忍び込むのは無理か、、、では出てくるのを待つしかないか、、、いや、ターゲットが分からなければ、どうにもならない、、、そうかおびき出せば良い)
諜報員はドローンを回収しホテルに帰った。そして部屋で諜報員は、関の配信動画にコメントした。

「私は軍事基地の近くに住んでいるC国人です。貴殿の配信内容に大変興味がありますし、2~3質問したい事もあります。是非ともどこかでお会いしたいです。お会いできる日時と場所を教えてください」
ターゲットは暇なのかすぐに返信がきた。

「コメントありがとうございました。僕に会いたいとの事、嬉しいです。
しかし僕は基地から出させてもらえないのです。僕が亡命者だからかもしれませんが、既に1年以上この基地から出させてもらえません。会いたい人にも会いに行けません。ですので貴方とも会えませんが、ご質問はコメントでいただけたらお答えします。よろしくお願いします」

(なんだと基地から出させてもらえないだと、、、亡命者だからかもしれだと、、、配信者は亡命者なのか、、、我が国から日本に亡命した者、、、恐らく最近亡命した者だな、局に調べさせよう、いや、日本に記録があるかもしれない)
諜報員はそう考えて外務省等を調べたが広報には載っていなかったし、局の方でもここ数年日本への亡命者は居ないとのことだった。
(ちぇ、該当者なしか、、、また振り出しに戻った、さてさて、どうするか、、、)諜報員は考えあぐねた。

(局の方からは、ターゲットを説得して配信を止めさせろ、言うことを聞かない場合は抹殺しろ、と指示されているが、そもそもターゲットはどんな配信をしているのか、、、今までの配信を見直してみるか、ターゲットの正体が分かるヒントがあるかもしれない)

諜報員は関の配信を第一回目から見直した。すると最初は(この野郎噓をつくな我が国の政府がそんな事をするはずがない)などと反感を抱いていたが、回を追うにつれ(ふ~ん、まあ、それもそうだな、それは我が国の政府が悪いな)などに変わり、更に見続けると(おいおい、それは何がなんでも我が国の政府が悪い、、、いや悪いなんてもんじゃない、本当に我が国の政府がそんな悪い事をしているなら許せん)そして生きた人間から臓器を摘出して移植している可能性が高いと言う配信を見た後では

(許せん、、、許せんぞ、人間のする事じゃない、、、これが事実なら否、事実の可能性が高い証拠がいっぱい示されているから恐らく100%事実だろう。
我が国の政府はこんな残酷な事を黙認しているのか。いや黙認どころではない、国立の大病院でやっていると言う事は政府公認と言う事だ。そして政府公認と言う事は、、、我が国の首席が公認していると言う事だ、、、

このような極悪非道を首席は禁止していないと言う事は、まさか金儲けの為に黙認しているのか、それとも奨励しているのか、、、いずれにせよ禁止していないという時点で首席は極悪人だ、、、
こんな人が我が国の首席、、、我が国の最高権力者だと言うのか、、、
お、俺はこんな人の為に生きてきたのか。こんな極悪人に支配されて生きてきたのか)そう考えると諜報員は腹の底から怒りがこみ上げてきた。

(許せん、許せんぞ極悪人首席、、、俺はもうあんな国には帰らん、、、)
しかしその時、諜報員の脳裏に両親の顔が浮かんだ。
(だが俺が局の指令に背いたら、、、諜報員はみな身うちを調べられ、命令に背いたら身うちが罰を受けるようになっている、、、身うちは人質と同じだ、、、糞、なんということだ、、、母国の真実に気づいたら、、、首席の正体を知ったというのに逃げ出す事もできないというのか、、、

ターゲットはどうしているのだろう。ターゲットには身うちは居ないのか、、、仮面をかぶっているとは言えこんな重大な事を配信して怖くないのだろうか、、、
もっともっとターゲットと話したい、、、コメントでは他人に、何より局に知られる。メールに変えよう。メールなら何度でもアドレスを変えられ、局の追跡をかわせるはずだ)そう考えた諜報員はその事を関に提案した。関もすぐに同意した。

その後、関と諜報員のメールでの交流が始まった。
「配信主、本当の事を打ち明けよう。俺はC国諜報員の馬石力だ。
C国諜報局の命令で君に配信をやめさせる為に沖縄に来た。だが君の配信を見続けていて考えが変わった。正に木乃伊取りが木乃伊になったのだ。

君の配信のおかげで俺はC国の真実の状態と、極悪非道の首席の正体を知った。
そして今、俺はもうC国人であることを捨てる決心をした。だが俺がC国を裏切ると、C国政府によって両親がどんな酷い目に遭わされるか、それが心配で身動きできない状態なのだ。
君はこのようなC国にとって不都合な真実を配信しているが、両親の事は心配していないのか」

「僕は両親の事なんて心配していない。両親がどうなろうと知ったことじゃないから。
それに僕は既にC国を捨てている。C国はあまりにも悪い国で、知れば知るほど嫌いになった。
今では、C国は人が住める国じゃないとまで思っている。
でもC国には、その事に気づいていない人びとがいっぱい居る。だからその事を知ってもらう為に僕は配信を始めたのです」

「なるほど、そうだったのかい、、、君のおかげで俺もC国の真実の正体を知れた。俺は君に感謝しているよ。
だが君は本当に両親の事は心配していないのかい。君の両親はどんな人なんだい」
「僕の父は祖父と二代続けての共産党員で、僕にまでP大学を出て共産党員になれと強要したんだ。でも僕は戦闘機パイロットになりたかったからP大学には入らなかった。賄賂まみれの共産党員なんて僕は絶対になりたくなかったんだ」

「へ~え、祖父と父二代とも共産党員、うらやましい家庭だね。君も共産党員になっていたら死ぬまで安泰だったろうに、もったいない事を」
「全然もったいない事ない、賄賂で裕福な生活したって親子の愛情すらない家庭なんて嫌だ。
僕は母に抱いてもらった事も母乳を飲ませてもらった事もないんだ。そんなの家庭なんかじゃない。孤児院と同じだ。だから僕は父母を両親だとは思っていないんだ。両親がどうなろうと知ったことじゃないんだ」

それを聞いて馬は、関が本当の愛情に飢えている事を見抜いたが何も言わなかった。
「なるほど、君の親子関係については分かった。しかし俺には俺の両親が大切な存在なのだ。
俺は両親を不幸にしたくないんだ。俺の為に両親が拷問されたりしたら、俺は想像しただけで発狂してしまう。しかしそれでも俺はC国人である事を捨てたいんだ、、、何か良い方法はないか、、、
君に何か良いアイデアはないかい」

「う~ん、、、そうだ、貴方の任務は僕を説得して配信をやめさせる事ですよね。分かりました。僕は当分配信をやめます。そうすれば貴方は任務完了でC国に帰れますよね。そしてC国に帰ったら御両親を安全な所へ逃がすなり外国へ移住させるなりした後で貴方もC国を去れば良いと思います。それなら貴方も御両親も安全でしょう」
「なるほど、、、君は頭が良い、、、でも君は配信をやめても良いのかね」
「構いません、数か月配信停止します」

「ありがとう、そうしてもらうと助かる」
「でも、交換条件と言えば申し訳ないですが、二つお願いがあります。
貴方は日本もC国も自由に動けるので、沖縄の00町に行って僕の命の恩人の村田さんに会ってお礼を伝えていただきたいのです。
あともう一つは、オルドスに行って、僕が最も尊敬する呉さんの近況を調べていただきたいのです。村田さんや呉さんの居場所についてはこの後に詳しく載せますのでよろしくお願いします」

「分かった。引き受けよう、、、君に直接会えないのが本当に残念だ」
「はい僕も同感です。僕は何故ここから出してもらえないのか今だに分からない」
「たぶん基地の中が一番安全だからだと思う。C国にとって君は危険人物だし、命を狙われかねないからね。日本には我が国の工作員が数十万人居るそうだから基地の中でも注意した方がいい」
「わかりました気をつけます。ではお願いの件よろしくお願いします」


**
メールの後、馬はすぐに00町に行った。昼ころにはメールに載っていた交番に着いた。
馬が流暢な日本語で「村田秀五郎さんに御会いしたい」と言うと若い巡査は怪訝そうに馬を見てから言った「村田さんはいま島に居るが、、、何用ですか」
「村田さんが助けた関の使いで来ました。是非とも村田さんに御会いしたいのです」

「村田さんが助けた関の」その時、奥の部屋から中年の巡査が出てきて「あああの関さんのお知り合い、ま、まあこちらへお座りください、、、村田さんはいま島に居ますがメールしましょう。ただ返事がいつ来るか分かりませんが」と言った。
馬は椅子に座ってから言った「島って、どこですか」

「ここから40キロほど北にある小さな島です。村田さんは孤独が好きなのか一人でその島に住んでいます。電話は届きませんがメールはできるのです。ただこの時間は昼寝しているかもしれないので、、、あ、運が良いですね返事が来ました、、、明日この町に来るそうです、、、では明日の9時にここで会いましょうとの事ですが、貴方のご都合は、、、分かりました、では明日の9時に」
馬は交番を出てホテルに行った。


**
村田はメールを読んでから考えた(これは天の助けかもしれん、、、)
数週間前に村田はワクチン製造を成功させていたのだ。しかし臨床試験ができない。自分でワクチンを飲んでからウイルスを吸って数日経つが体には何の変化もない。
(ウイルスが無害なのか、、、先ずウイルスの威力を再試験しなければならないが試験体が居ない。
明日会う人はC国人らしいが、、、)
**

翌日、馬と村田は交番で会った後で馬の宿泊ホテルのコーヒーショップに行って会話した。
その時、馬がいない間に馬のコーヒーに村田は無色無臭の液体を数滴入れておいた。
手洗いから帰ってきた馬が「関は軍事基地の中から出られないので代わりに来た」と言うと村田は「わざわざ来てくれてありがとう。関君は元気かね」と聞いた。
馬は「私も直接は会っていないが元気そうだった」と答えた。

「1年以上も基地から出られないのでは御両親も心配しているだろうに、、、あんたは国には帰らないのかね。もし国に帰って彼の両親に会うならこれを届けて欲しいのだが、、、
関君を助けた時に船の中に落ちたのだろう、これを両親に、たぶん関君の好きな香水だと思う」
そう言って村田は馬に香水瓶を手渡した。馬が香水瓶を開けようとするのを村田が遮って言った。
「関君の形見のような物だ、御両親の為に開けないで届けてくれ」
馬は同意し香水瓶を大切そうにボストンバッグにしまった。


**
数日後、馬は上海で関の両親に会い香水瓶を手渡した。両親はわざわざ来てくれて、関の近況を知らせてくれた馬を歓待し、高級レストランで食事を振る舞ってくれホテルまでも手配してくれた。
馬は翌日オルドスへ向かったが、その数日後、関の父は共産党党員会議中に突然高熱を発して倒れ、母はデパートで買い物中に倒れた。
1週間後には病院はどこも入院患者で溢れた。1ヶ月後には火葬場での焼却が間に合わなくなった。そのころになって当局はやっと武漢ウイルスの新種でパンデミックになった事を発表した。
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それをネットニュースで見た村田は不気味な微笑みを浮かべた。
(、、、このパンデミックの原因はワシが発見した新種ウイルスだろう、、、と言う事はワシが開発して飲んだワクチンも成功したということだ。再確認にもう一度ウイルスを吸い込んでみるか)
村田は研究室奥の冷凍庫を開け500CCほどのガラス瓶を取り出して中の気体をスポイトで吸い取り試験管に入れて蓋をした。そして数分後、気体が常温になったのを確認してから蓋を外して吸った。

村田は翌日になっても1週間経っても体調に変化はなかった。村田は確信した。
(ワシは世界最強ウイルスとそのウイルスを抑えるワクチンの開発に成功したのだ、、、さて、どうするか、、、焦る必要はない、先ずあの邪悪な国が滅びるのを見届けよう)


**
その邪悪の国のオルドスで馬は、呉の消息を探したが何もわからなかった。
(1年以上も前にこの町に来た人、、、来たのではない、もともとこの町の人だから帰ってきたと言うべきか、、、そんな人の事をどうやって調べるというのか、、、無駄だ帰ろう、、、それにしても何と葬式の多い町だろう、、、)
馬は北京経由で上海に帰った。するとタクシーの車窓から見える上海の街はオルドスよりも葬式が多かった。多かったどころではない、街のいたるところに遺体袋が放置してあった。

(なんだ、、、何がどうなっているんだ、オルドスに行く前と、、、2週間前と全く違う雰囲気だ、、、遺体袋が散乱している、、、まさかまたパンデミックか、、、にしては以前のパンデミックよりも酷いようだ、、、電光掲示板のニュースも消えている、いや停電だ、町じゅうの電気が消えている、、、)
馬はタクシー運転手に聞いてみた「この町はまたパンデミックなのかい」
「そうだ、病気でどんどん人が死んでいる、、、私も苦しい、、、ちょっと休む」そう言ったかと思ったら運転手はタクシーを道路脇に止め座席を倒した。運転手は高熱なのか顔が真っ赤になっていた。

「おいおい冗談だろ、しっかりしてくれよ、せめてホテルまで行ってくれよ、、、」
しかし運転手は答えなかった。その時点で既に意識を失っていたのだ。
馬は仕方なくタクシーから出た。幸い目の前に安そうなホテルがあった。馬はボストンバッグを引いてホテルに入った。だが従業員は一人もいなかった。
(ウ、噓だろ、、、一体この町はどうなっているんだ、、、)

馬はフロントの壁に掛かっていた鍵を取り部屋に行った。窓のカーテンを開け外を見ると夕暮れが近づいていたが電気の明かりはどこにも見えなかった。
(、、、ほ、本当にどうなっているんだ、この町は、、、)

この時、上海に電気を供給している発電所が従業員の多くが欠勤で操業不能に陥っていた。その影響で上海の三分の一ほどの地域が停電になり、病院も商店も閉鎖されていた。もっとも、急病人や死者の爆発的な増加で都市機能自体が麻痺していたのだが。


政府首脳はこの事実を報道させなかった。否、それどころではなかったのだ。
党員会議中に倒れた関の父から飛散したウイルスを吸った他の党員も全て感染し、その感染は最高権力者にまで及んだ。
最高権力者は政府要人専用病院に搬送されたが既に高熱で意識がもうろうとしていた。
最高権力者が何かを言おうとしているのだが医師は誰も聞き取れなかった。

医師は懸命な手当てを、世界最高の医療技術を駆使して治療を行ったが、最高権力者の容態は回復しなかった。意識不明のまま数日が経過していた。
医師長は関係医師を集め会議を開いた。経過説明と現状説明を行った後で医師長は悲痛な面持ちで言った「誰でもいい、何でもいい、首席を救える手立てがあるなら言ってくれ」
だが誰一人発言する者はいなかった。その場にいた全ての医師が首席の死を確信していたのだ。

医師長は震える声で言った「も、もし、首席にもしもの事が起きたら、、、我々はどうなるか、、、その事を考えて欲しい、、、私は、、、私は、この期に及んでは冷凍、否、コールドスリープ以外にないと思う、、、みんなの考えを聞かせてくれ」
医師の間からどよめきが起きた。そして「コールドスリープか、、、」「それしかないか、、、」「しかしコールドスリープは技術的にまだ、、、」などと言う小声が聞こえた。
やがて医師長が意を決して言った「私はコールドスリープに全てを懸ける。みんなも協力して欲しい。手分けして世界中のコールドスリープ科学者を集めてくれ」

事態は一刻を争った。医師たちは迅速に行動し、欧米諸国のコールドスリープ科学者を片っ端から誘致した。
しかし医師たちのこのような行動は、どれほど厳しく緘口令を敷いても隠し切れなかった。
科学者の子どもが学校で「父がC国に招かれたの」の一言が切っ掛けで新聞記者が知る事になり、
やがて欧米の新聞やニュースで「C国でコールドスリープ、何故、誰の為に」等が話題になった。

また「C国最高権力者4週間公式行事に姿を見せず」「C国首席、重病か」「C国首席危篤説とコールドスリープ」等の見出しが新聞やニュースに載った。
当然ネットニュースにも載り、それを見た村田は目を細めた。
(フフフ、ワシの思惑通りC国最高権力者はワシのウイルスに感染していたか、、、
関が共産党員の息子だと聞いて、何かに役立つかと思っていたが、こんな形で役立つとは、ハハハ愉快だ、酒でも飲むか)村田はネットニュースの続報を見ながら美酒に酔った。


**
惑星間移動等の宇宙開発分野の必須技術であるコールドスリープは、体を瞬間冷凍させ長期保存させた後で蘇生させる技術で、魚類や爬虫類の一部では成功しているが哺乳類ではまだ成功例は報告されていなかった。瞬間冷凍は成功しても解凍技術がまだ確立されていないのだ。
しかし首席の専属医師たちにとっては解凍技術の確立を待っている余裕はなかった。
生命維持装置で何とか生命活動を維持している体は正に一刻を争う状態だったのだ。

首席の家族や共産党首脳陣は最初はコールドスリープに反対していたが、現状医療では回復見込みがないと医師たちの説明を受けコールドスリープに賛成した。
科学者たちは準備が出来次第コールドスリープを行った。瞬間冷凍は成功し首席の肉体は零下196度で保存された。

医師長は瞬間冷凍成功を聞いてその場に倒れた。これまで満足に睡眠も食事もできなかったのだ。やっと安心して眠れる。医師長は長い眠りに着いた。
数十時間後に目覚めた医師長は、コールドスリープカプセルの中で眠っているはずの、首席の霜でおおわれた白い顔を見ながら考えた。

(ふぅ、やっとこれで私の役目が終わった、、、解凍技術が開発されるのは何年先か、そしてウイルス感染の治療法が確立されるのがいつになるかは分からないが、恐らく私の代では無理だろう。
それよりそのころこの国が、この人の復活を望むかどうかは、、、それは私には関係ない事か、、、
それにしてもこのウイルス、、、感染力が強い上に致死率が高い、正に最悪最強のウイルスだが、自然発生とは思えない、誰がどこで開発したのか、、、治療薬とワクチン開発を急がねばならない。このままでは我が国の国民は全滅する)

医師長はウイルス感染による国民全滅を心配していたが、政府首脳陣は最高権力者不在の今、指示系統混乱と国民による暴動を恐れていた。
実際問題として、不在者は首席だけでなく数十人の共産党党員幹部が入院中か既に死亡していて、各機関への指示を下せる首脳や幹部がいなかったのだ。
都市閉鎖命令や出国禁止命令を下せる者がいず、ウイルス感染を阻止できなかった。

その結果C国国内はウイルス感染者で溢れ、政府も都市機能も崩壊し混乱を極めた。
また、この混乱に乗じていたるところで暴動が発生した。特に今まで政府によって抑圧されていた各民族自治区では、鉈や鍬を持った民族による大暴動が発生した。
しかし命令や指令が来ない公安や軍隊は暴動鎮圧行為をせず、長年の積もり積もった怨念による各民族の漢民族への暴動は悲惨を極めた。多くの漢民族が虐殺された。
その暴動はやがて地方都市から首都圏に向かった。

しかし首都圏に近づくにつれ各民族の人びとの中に高熱になって倒れる人が増えてゆき、暴動すらできなくなった。
もっとも各民族が首都圏に近づく前に都市部は、発病する前の漢民族によって略奪され廃墟同然になっていた。
その事に気づいた各民族はそれ以上首都圏に近づかない方が良い事を悟った。しかし時すでに遅しで、各民族集団もウイルス感染で全滅した。


**
多くの死体が腐乱し腐臭が都市全体をおおっていた。
その腐臭に顔をしかめながら馬はただ一人で食料品を探して歩いていた。
停電のせいで生ものは全て腐っていたが缶詰や保存食はスーパーマーケットの倉庫等からいくらでも手に入れることができ、飢える心配はなかった。それどころか現金も貴金属も奪い放題だった。
馬は最初はそれら貴金属等を集めてどこかに隠しておこうとしたが、生きている人間が自分一人である事に気づいてからは馬鹿らしくなって辞めた。

今は、腐臭があまり匂わないホテルの上層部の部屋で暮らし、数日に一度水や食料品を探しに行く暮らしを続けていた。
必要な物は手に入るが誰もいない(たった一人の暮らしがこんなに虚しいものだったとは、、、)
馬はその事を痛感していた。そして同時に(何故俺一人だけが発病しないのか)と言う疑問を抱いていたが、それはいくら考えてもわからなかった。

そんなある日、ヘリコプターが飛んで来て近くの学校の運動場に着陸した。
馬は走ってその運動場に行った。
ヘリコプターの中から真っ白い防護服と防毒マスクをかぶった人間が数人出てきて何かを調べていた。
馬は久しぶりに会えた生きている人間に喜び勇んで走り寄って声をかけた。
「お前たち、どこから来た」

防護服と防毒マスク姿の人間は、驚いたのか一瞬動きを止めて馬を見てから、恐る恐る近づいてきて言った「あんたは病気じゃないのか」
「ああ、何故だか知らないが俺は病気になっていない。病気の運転手のタクシーに乗っていたが、この通り元気だ。それよりお前たちはどこから来たのだ。
お前たちの所は元気な人間がいっぱい居るのか。ここは生きている人間は俺一人でつまらない。お前たちの所へ連れていってくれないか」

防護服姿の人間はどこかへ電話した後で馬をヘリコプターに乗せてくれた。
その後ヘリコプターは飛んで行き大病院屋上のヘリポートに着陸した。
病院内では馬はすぐに隔離室に入れられ、会話はインターホンでする事になった。
医師にうんざりするほど質問されたが馬は何でも素直に答えた。出身も職業も、しかしオルドスから上海に帰ってきてからは、職場にいくら電話してもつながらず一度も行っていないと言った。

医師は言った「我々の関心事は君が何故ウイルスに感染していないか、その理由だ。君の血液を調べたい」
すぐに隔離室に防護服姿の人間が入ってきて、馬は採血された。しかしその後は誰も来ず、インターホンも切られていた。馬は退屈で我慢できなくなった。
(糞、こんな事になるなら、こんな所に来るんじゃなかった、、、ちくしょう、ここから出せ、、、)
馬は、ベッドとトイレ設備だけの隔離室に4日も軟禁された。その間、食事は出されたが退屈を紛らわせれる物は何一つ与えられなかった。

(糞、これじゃあ刑務所の独房と同じだ)馬は怒鳴った「俺は囚人じゃねえ、ここから出せ」
するとインターホンから医師の声が聞こえた「確かに君は囚人じゃない、君はモルモットだ」
「なにい、モルモットだと、、、ふざけんな!、ここから出せ」
「、、、君の血液を調べた。何んの特色もない 、ありふれた血液だ。しかし現在猛威を振るっているウイルスに対しての抗体がある、、、そしてこの抗体は体内で自然発生した物ではない、、、
君はどこでワクチンを摂取したのだ。そのワクチンを我々にも提供して欲しい」

「ワクチンだと、、、そんな物は俺は知らん、摂取などしたこともない」
その時、他の人の声が聞こえた「そのワクチンがあれば数万人いや数千万人の命が救えるのです。是非ともそのワクチンを我々にください」
「そう言われても、俺は本当にワクチンなど知らないのだ、噓じゃない」
「、、、君の血液を全て抜き取り、抗体を抽出し培養してワクチンを作ることもできるが、そうすれば君は死ぬ。だからこの方法は我々の最終手段にしたいのだが、、、君次第だ」

「な、なんだと俺の血を全部抜き取るだと、ふざけんな、冗談はやめろ」
「我々に冗談を言っている暇はない。君一人の死のおかげで数千万人が救われるなら我々はそちらを選ぶ」
突然、隔離室に防護服姿の人間が4人入って来た。馬は悲鳴をあげ叫んだ「ひぃ、や、やめろ」
抵抗虚しく馬は隔離室から引きずり出され手術室に運ばれた。

ベッドに押さえつけられ麻酔注射が馬の視界に入った時、しわがれ声が聞こえた。
「待て、、、その方法では培養に数か月かかる、間に合わん、、、その男は絶対にどこかでワクチンを摂取しているはずだが、それはその男が知らぬ間に摂取させられたのかも知れん、、、もう一度話を聞いてみよう。隔離室に連れて行け」
馬は再び隔離室に入れられた。

白い防護服の4人が出て行くのとすれ違いに、青い防護服の人間が入ってきてしわがれ声で言った。
「君の話をもう一度詳しく聞かせてくれ、特に日本沖縄での出来事と上海で会った人の事をな」
馬は顔色を変えた。仕事柄、なりすますのは得意だし、ここで今までに話した事は、会社員になりすましての話で、諜報員として日本に居た事等は話していなかったのだが、恐らくこの老人は馬の全てを知っているようだった。

馬は恐る恐る聞いた「あんた何者だ」
「諜報局の退職者じゃよ、お前の遠い先輩じゃ、、、そんなことより早く話を聞かせてくれ。日本で誰に会った。上海に帰ってきて誰に会った」
馬は、相手が諜報局の先輩ならこれ以上隠し通せないと判断し、全てを話すことにした。
とは言っても仕事柄、他人とはできるだけ会わないようにしていたので、空港やホテルのカウンター係官等以外で話をした人は多くはいなかった。
対面して話した相手は交番の巡査と村田氏と、上海での関の両親だけだった。

その事を話すと老人は少し考えてから言った「一緒に食事したのはご夫婦だけか」
「はい、それと村田氏とは、、、食事はしなかったがコーヒーは飲んだです」
「その時、お前は席を離れたか」
「うっ、コーヒーを注文してから手洗いに行った。帰って来たら既にコーヒーはテーブルの上に、そう言えばあのコーヒー、レモンのような匂いがして変だなと、、、」
「、、、ご夫婦がワクチンを、とは思えぬが、そうなるとその村田という人、、、その人は何者じゃ」

「聞いた話では、小さな島に一人で住んでいて、沖縄から島に帰る途中で漂流中の関君を助けたと、、、それから村田氏に会った時、関君の両親へと香水瓶を託された。俺が蓋を開けようとすると村田氏に強い口調で開けるなと止められた、、、」
「なに、、、小さな島に一人で住んでいる、、、関君の両親に香水瓶を、、香水瓶、、、もしや、、、」
老人はしばらく考えてからインターホンで言った「上海で一番最初にウイルス感染した人の名前を調べてくれ」それから馬に「ご夫婦と食事した日はわかるかね」と聞いた。
馬が日付を言うと老人はまたインターホンで「00日ころだ」と馬が言った日付の五日後を言った。

少ししてインターホンから返事が聞こえた「00さんです。共産党幹部の関さんの奥さんですが、翌日には関さんも亡くなられています。その後、共産党幹部の方が次々に、、、そして首席閣下も」
それを聞いて老人は全てを理解したように言った。
「恐らく、、、お前はコーヒーに入れられたワクチンを飲んだのじゃ。そして香水瓶に入っていたウイルスもこの国に運び込んだのじゃ」
「な、なんと、、、」馬は驚愕しそれ以上声が出なかった。

「その村田という人を捕まえねばならん、、、お前に行ってもらいたいが、日本は今この国からの入国を禁止しておる。日本にいる工作員にやってもらう」



**
ベテラン工作員の劉と備は成田発沖縄行きに乗った。
機内で備は劉に言った「俺たち二人を行かせるとは、相手はどんな大物だろう」
「なに老いぼれ老人一人だ、俺一人で十分だろうに何故お前までも」
「小さな島に住んでいるらしいが、島なら捕まえるのも簡単だし、その後拷問するのも殺すのも」
「そうだな、楽な仕事になりそうだ。さっさと片付けて沖縄の歓楽街で楽しもうぜ」 「おう」

二人は沖縄の空港からバスで00港町に行き、そのまま交番に入って言った。
「村田秀五郎さんに御会いしたい」
若い巡査は申し訳なさそうに言った「村田さんは急用で東京へ行きました」
「なに、、、」二人は顔を見合わせた。
劉が聞いた「いつ帰ってきますか」 「さあ、聞いていません」

二人は仕方なく交番を出てホテルを探して入った。
部屋に入ると備が言った「おい、どうするよ、東京に引き返すか」 
「馬鹿を言え、東京でどうやって捜す、ここで待つしかないだろ」 「こんな田舎町でか」
「仕方ねえだろ」 「待つって、いつ帰ってくるかも分からねえのに、、、」 「仕方ねえだろ」
「来る前に交番に電話して聞いとけば、、、」 「お前、交番の電話番号を知ってたのか」
「いや、だが電話帳で、そう言やあ電話帳を見かけなくなったなあ」 「今はネットで調べられるからな」 「なんにしてもドジったぜ、暗くなったら飲みに行こうぜ」 「ああ、魚はうまいと思うぜ」


**
そのころ村田は成田発ヒースロー空港行きの航空機に乗っていた。
村田は機内食の後の水割りを飲みながら窓の外の雲海を見ていた。雲海を見てはいたが頭の中では恐ろしい事を考えていた。
(、、、多くの人が死んだ、C国はもう終わりだ、、、生き残った輩も最高権力者が不在では正に烏合の衆、せいぜい内乱を起こすのが関の山だろう、、、

次は国際社会の諸悪の根源、白人国家を壊滅させねばならん、、、
酒瓶に入れてあるウイルス、、、うまく入国審査を通過できればよいが、、、まあ、ダメならそこで瓶を叩き割れば良いか、、、
イギリスか、、、歴史を調べれば調べるほど正に諸悪の根源としか言いようがない国、、、
しかもこの国の中に住んでいる、世界中を陰で操っている邪悪な集団、、、奴らにウイルスを吸わせ皆殺しにしたいが、何か良い方法はないか、、、)
村田は、酔いも回ったのか考えているうちに眠ってしまった。

エコノミークラスの狭い座席だったが村田はよく眠れた。ウイスキーのせいもあってか目覚めも良かった。時間的にも折よく着陸態勢に入ったとアナウンスがあった直後だった。
村田にとっては初めての海外旅行、初めてのイギリスだった。当然、村田は事前にネットで色々な事を調べていたが、それでも緊張していた。当然と言えば当然だが、、、。
(以前は世界一厳しい入国審査の空港と言われていたそうだが今はどうかな、、、)

入国審査エリアは混在していたが一番端に日本人専用列があり村田もそこに並んだら、すぐに自分の番になりパスポートを差し出すと、係官はパスポートと村田の顔を見比べて、すぐにOKと言ってパスポートを返してくれた。手荷物検査場でもパスポートを確認しただけでボストンバッグは開けもせず、ハイOK。村田は拍子抜けした(日本人はそうとう信用されているらしい。日本のパスポートは世界一だと言われているのが実感できた。名誉な事だ、、、)

事前に調べていた通りにリムジンバスでロンドンへ行き予約済みのホテルに入った。
(ここまで全て予定通り、、、ここは午後3時、日本では夜中か。眠くはないが食欲もない、、、部屋でシャワーを浴びて一休みしょう)
村田はシャワーを浴びた後、ボストンバッグを開けてみた。ケース内の酒瓶は問題なかった。
酒瓶は一見空瓶にしか見えないが中には全人類を死滅させるに十分なウイルスが入っているのだ。しかしそれを知っているのは村田ただ一人だった。

村田は酒瓶を満足気に眺めた後で脇に置いて、500CCのレモンジュースのペットボトルを取り出した。無色の液体が8分目ほど入っているが、それを見ているうちに村田の表情は次第に険しくなった(、、、この町で、いやこの国で、これを飲ませたいと思える人間に会えるだろうか、、、)
村田はペットボトルをしまうとボストンバッグを閉め鍵をかけて部屋の隅に置いた。それからカーテンを明け窓の外の景色を眺めた。今にも降ってきそうな曇り空と眼下にはテムズ川が見えた。

村田は窓の傍に椅子を持って来て座り物思いに耽った。
(、、、あれは神のお告げだったのだろうか、、、あの島の洞窟の奥に研究室を作り、ウイルスの研究を始めて1年ほど経ったあの夜、防護服と防毒マスクのままデスクにうつぶせになって眠っていた。そのような事は以前にも何度もあったがその時は、誰かに肩を叩かれたような気がして目覚めた。ワシは驚いて周りを見回したが、当然のことながら誰もいなかった。だがその時、ウイルス培養中のフラスコの栓をし忘れていたのに気づき慌てて栓をしたが、ワシは恐怖心で倒れそうになった。

このフラスコは何時間開けっ放しだったのか、、、この研究室はウイルスが充満しているだろう、、、不幸中の幸いかワシは防護服と防毒マスクをしていた。だがその防毒マスクが外れそうになっていたのだ。あのまま眠り続けていたらワシは間違いなくウイルス感染していただろう、、、
さっきワシの肩を叩いて起こしてくれたのは誰だ、、、今も分からない、、、
分からないと言えば、その時栓をし忘れていたフラスコ内のウイルスだけが異常増殖した事だ。

ワシはそのウイルスを香水瓶に入れて、もっと遠くの無人島を買って住んでいたC国人にプレゼントした。そして三日後に防護服と防毒マスクをしてその島に行った。予想通りそのC国人は高熱で危篤状態だった。ワシは解熱剤等を投与したが、C国人は二日後に死んだ。
ワシはC国人を切開し血液や肺等のサンプルを採り、遺体は重しを付けて深い海に沈めた。
研究室に帰ってきてサンプルを調べると肺の組織はウイルスが大繫殖し真っ白になっていた。
ワシはこの時、このウイルスが最強の感染力と致死力を持っている事を確信した。

ワシはウイルスを培養し冷凍庫に保管た。その後ワクチンの開発を始めた。
ワクチンについてはワシはあまり詳しくなかったが、腐れ縁の八木下があの後アメリカの研究所に移籍し、ワクチン研究をしていたので無理やり協力させた。
八木下は最初は嫌がっていたが、日本での罪状をそちらで公表すると脅してやらせた。だがワクチン開発が膨大な利益を産む事に気づいたのか、途中からはワクチン開発にのめり込んでいった。そして数年後に八木下はワクチンを完成させサンプルを送ってきた。

ワシはそのサンプルを更に改良して、最強ウイルスにも効果があるワクチンにしたが、八木下は相変わらずの女好きが祟って、三角関係のもつれによる喧嘩であっけなく殺されてしまった。
ワクチン開発も助手にはあまり教えていなかったのか、助手はワクチンの培養に失敗し、大量生産できなかった。

、、、何もかもがワシの思い通りになった。まるでワシに神か悪魔が乗りうつっているかのように、、、まあ人を殺すウイルスを作り上げたのだ、ワシに乗りうつっているのは神ではなく悪魔だろう、、、
ワクチンが完成した数日後、研究室のベッドで寝ている間に夢を見た。その夢の中でワシは確かに聞いた「お前に人類の未来を託す」と言う声を、、、そしてその翌日に巡査からC国人がワシに会いに来ていると電話があった、、、正に渡りに船としか言いようがなかった、、、

ワシはそのC国人のコーヒーにワクチンを入れて飲ませ、関の両親へウイルス入りの香水瓶をプレゼントした。その結果C国はウイルス感染で数千万人が死に、最高権力者までコールドスリーブに入った、、、これもワシの思い通りになった、、、あんな邪悪な国は滅びるべきなのだ、、、
そしてこのイギリスという国も歴史をたどれば滅ぼして当然の国だ、、、この国にいる、あの邪悪な集団もろとも全て死滅させてやろう)

いつの間にか窓の外は薄暗くなっていた。
(さて、邪悪な集団が時折利用するというレストランに下見を兼ねて行ってみるか、、、もし今夜来るかもしれないから、念の為香水瓶を持っていってみるか、、、いや、ペットボトルの方が良いか)
村田は少し考えた後で、香水瓶と小さなペットボトルにウイルスを入れた。
(備えあれば患いなし、これでいつでもどこででもウイルスを拡散できる、ふふふ)


7時ころレストランに入った。店内は既に多くの客が座っていた。村田が一人だと言うとカウンター席に座らされた。軽い料理とビールを注文すると数分後にビールが出てきた。
そのビールを一口飲んでから人を探している風に店内を見回した。
ここは高級レストランなのか客はみな立派な身なりをしていて、ワイシャツ姿の村田は引け目を感じた。まあワイシャツ姿でも入店時拒否されなかったので問題はないのだろう。

ビールをちびりちびり飲んでジョッキが空になるころ、やっと料理が出てきた。村田はもう一杯ビールを注文してから料理を食べ始めた。
その時、ボディビルダーのような体型で黒ずくめスーツ姿の男が3人入ってきて店内を見回した。
そしてその中の1人が外に合図をすると、女優かと思えるような美人を先頭に4人の高級スーツ姿の男たちが入ってきた。途端に店内は静まり返った。

女と4人の男がレストランの奥に入っていくと、店内の客たちは急にざわめきだした。中にはいそいそとレジに向う客もいた。
村田は、邪悪な集団の一味だと気づいたが念の為ボーイに下手な英語で聞いた。するとボーイは忌々し気な顔をして言った「デープだ」
村田は、デープと言う単語が邪悪な集団の俗語である事を下調べして知っていたので(間違いない、奴らだ)と確信した。

村田は、食事しながら(奴らにどうやってウイルスを吸わせるか)を考えた。
(あの女性に香水瓶をプレゼントしょうか。女性は香水をプレゼントされるとすぐに匂いを嗅ぐから効果抜群なのだが、警戒心の強い奴らは見ず知らずの人間からのプレゼントは受け取らないかも知れない、、、それよりも蓋を外して奴らにむけてペットボトルを潰して中のウイルスをまき散らせば、、、しかしボディガードに見つかればヤバいな、、、う~ん、どうするか、、、)

村田は、食事が終わりビールを飲み干してもまだ考えがまとまらなかった。
店内はますます混んできた。席待ちの客が入口脇に並んでいる。村田は仕方なく勘定をして外に出た。
レストランの前の道路脇には、駐車禁止の標識がすぐそこにあるにもかかわらず、黒い高級車が2台停まっていた。その2台とも運転手がつまらなさそうにスマホでゲームをしている。
それを見て村田は閃いた。

村田は、わざわざコンビニに行って安いTシャツとゴミ袋を買い、トイレでTシャツに着替えて出てきた。ついでに入口脇にあるゴミ箱からペットボトルを数本取り出してゴミ袋に入れてから、ゴミを拾うふりをしながら高級車に近づいて行った。
手提げバッグからウイルス入りペットボトルを取り出して蓋を外し、窓ガラスを叩いて運転手に窓を開けさせ、車内に向けてペットボトル内のウイルス入り空気を押し出しながらゴミを要求した。

運転手は面倒くさそうに車内のゴミをゴミ袋に入れチップをくれた。
村田は、もう一台の車にも同じようにして車内にウイルス入り空気を入れた。
(うまくいった、狭い車内は感染し易いのだ 、これでこの車に乗った者はみな三日後に高熱だ。)
村田はゴミ袋を近くのゴミ箱に捨てホテルに帰った。

翌日村田は、朝の混雑する時間帯にバスと電車に乗り、ペットボトル内のウイルスを拡散した。
午後には列車でパリに行ったが、車内でもパリのホテルやデパートでもウイルスを拡散させた。
村田は、観光など全く興味がなかった。ただただウイルスを拡散する為だけにロンドンやパリに来た。そしてその目的を果たした今、さてこれからどうするかを考えた。
村田は、数百人分のワクチンを持ってはいたが、飲ませたいと思える人にはまだ出会っていないし、そのような人を強いて探そうとは思わなかった。

(今ワシがやっている事はノアの箱舟と同じだ。ウイルスで人類を絶滅させれるが、ワクチンを飲ませて生き延びさせる事もできる、、、だが、、、
キリスト教では、神が善人だと認め生き延びさせたノアと息子の子孫であるはずの現在の人間が、結局は悪人ばかりになった事を考えれば、強いて善人を探して生き延びさせても無駄だと思うのじゃ。今ワシが数百人を生き延びさせても、数千年後にはまた悪人の方が多くなって、戦争して人類同士で殺し合ったり、自然を破壊して他の生き物を殺してしまう。

もし核兵器を使おうものなら、人間を含む多くの生き物を死滅させてしまうだろう。そして現在、ロシア、ウクライナやイスラエル、ハマスの戦争が激化していて、いつ核兵器が使われてもおかしくない状態になっておる。
どうせ人類を滅ぼすなら核兵器を使う前に滅ぼした方が良い。
第一次世界大戦時のスペイン風邪のように、ワシはこのウイルスで戦争を終わらせ、人類の歴史も終わらせた方が良いと思うのじゃ。

確かに現在でも善人はいる。しかし割合で見るなら、悪人の方が多いのだ。
C国を見るが良い。自分の事しか考えない人間、自分の利益の為なら生きている人間からでさえ臓器を摘出して販売する人間、自分の既得権益を維持する為にライバルを死に至らしめる人間等、悪人ばかりの国だ。こんな国は滅ぼして当然なのだ。
イギリスもフランスもアメリカも悪人の割合の方が善人の割合よりも高い。滅ぼすべきだ。

そう考えると日本はまだ善人の方が多いと思うが、その日本でさえ年とともに悪人の割合が高くなってきている。日本も生粋の日本人だけならまだ善人の割合が高いのだろうが、在日0国人等のなりすまし日本人や、数十万人の在日外国人によって治安やモラルを悪くさせられている。
そのような悪人のせいで生粋の日本人までもが悪人になってしまう、、、
そうだ、生き延びさせるなら生粋の日本人であり、いまだに道徳心があり他人に対する思いやりのの心がある日本人こそ生き延びさせるべきだろう。

、、、そうなると次は核兵器大国のロシアを一日も早く滅ぼさねばならんな。明日はベラルーシに行こう。そしてベラルーシに居るロシア人を使ってロシア国内にウイルスを拡散させよう。
その後はアメリカだ。100年ほど前まではイギリスが諸悪の根源だったが、その後はアメリカこそ諸悪の根源になってしまった。アメリカは表向きは世界平和への牽引車のように振る舞っているが、裏では他国の反乱軍を支援して内乱を起こさせたりしてその国を滅ぼしている。イラクやリビアがその良い例だ)村田は翌日の、ミンスク行きの航空券を買った。

ミンスク空港に着くと村田は、ボストンバッグを引っ張って到着ロビーから出発ロビーに行った。
出発ロビーで頭上の出発便の案内掲示板を見るとモスクワ行きが何本もあり、ベンチに座っている人びとの大半はモスクワ行きのようだった。
村田は、その中の子連れ女性にパスポートを見せながら日本語で話しかけた「モスクワ、モスクワ」
女性にも「モスクワ」は通じたようで、指でOKサインをしてから隣の空いているベンチを指差し、座るように手振りで示した。村田は、日本式に深々と頭を下げてから隣に座った。

女性は、言葉の通じない日本人に興味深そうだったが、一緒にいる少女は更に興味ありそうで、チラチラと村田を見ていた。正に村田の予想通りの展開だった。
村田は手提げバッグから香水瓶を取り出し、その少女を手招きしてプレゼントした。
少女は目を輝かせて香水瓶を受け取った。
すると女性は好奇心全開の表情で香水瓶を取り上げて蓋を外して匂いを嗅ぎ、その後少女にも嗅がせた。

周りに居た人たちも興味深そうに見ていたので持っていた5個全てをプレゼントしてから村田はその場をさった。
香水瓶には少量の香水が入っているので良い香りが周りに広がったが、ウイルス感染者も広がることだろう。そして数時間後にはモスクワでも、、、。
ミンスク空港での用を済ませた村田は、2時間後出発のヒースロー空港行き航空機に乗った。


**
ヒースロー空港へは夕方到着した。エアポートホテルに入り、チェックインついでにニューヨーク行き航空券も手配した。翌日昼出発の便がすぐ買えた。
村田は、部屋でシャワーを浴びてからネットでニューヨークについて調べた。
(ニューヨークJFK到着が現地時間の夕方4時半か、、、それからどうするか、、、ウイルスを拡散させるだけなら航空機内でも良いし、JFK空港の出発待合室でも良いのだが、、、それにニューヨークの街など興味もないし強いて行く必要もないか、、、JFK空港に着いてから考えるか、、、)

村田は、検索画面からネットニュース画面に変えてみた。イギリスの日本語ニュースで、ロンドンの病院がどこも高熱患者でパニック状態だと報じていた。
(、、、そうか、黒塗りの高級車にウイルスを拡散して4日か、、、明日にはもっと患者が増えるだろう、、、死者も出始めるか、、、一週間後にはロンドンの医療機関は麻痺状態になるだろう、、、火葬場も間に合わなくなるか、、、さて、夕食にでも行くか)
村田は無表情のままホテル内のレストランに行った。

翌日ホテルをチェックアウトする前に見たネットニュースでは、イギリス政府はC国や香港からの入国を禁止すると報じていた。理由はロンドンの高熱患者の症状がC国の患者の症状と同じであり、検出されたウイルスも同類である可能性が高い為とのことだった。
(ふむ、まだウイルスの特定ができていないのか、、、C国もロンドンもパリも同じウイルスなのだがね、、、それに今さら入国を禁止しても無意味なのだが、ふふふ、、、)

村田は正午出発の航空機に乗った。航空機が水平飛行になってすぐに出された機内食を食べた後、村田は水割りをもらって飲んだ。
(ニューヨークまで8時間ちょっとか、酔っぱらって寝るにはちょうど良い、、、)
村田は水割りを二杯続けて飲み、ほろ酔い気分で眠りに着いた。


目覚めるとまだ4時間しか経っていなかった。村田はトイレに行くついでにウイルス入りペットボトルを持っていき、トイレからの帰り道を遠回りして、栓を外したペットボトルを潰しながら歩いた。
乗客の多くは眠っていたし、起きている者はスマホを見たり機内の画面でゲームをしたりして、村田の恐ろしい行動に関心を示す者は居なかった。
村田は自分の席に戻ると平然とした顔で再び眠りに着いたが、その寝顔は安らかだった。

村田が次に目覚めると航空機は着陸態勢に入っていた。そして数分後には無事JFK空港に着いたが、村田はまだ今後の計画を立てていなかった。それを考えながら一番最後に航空機を出た。
入国審査もボストンバッグ受け取りもスムーズに済み到着ロビーに出たが、村田はその時もまだこれからどうするか決めていなかった。
ボストンバッグを引いて歩き回るのも気が引けて近くのベンチに座って考えた。

その時、日本語で「日本の方ですか、何かお困り事ですか」と言う声が聞こえた。声の方を見ると若いスチュワーデス姿の女性と立派な体格の黒人男性が立っていた。
村田はとっさに「いえ、何でもありません、ご親切にありがとうございます」と言って軽く頭を下げた。
すると女性は「そうですか、では良い御旅行を」と言って立ち去ろうとするのを男性が引き止め何かを女性に囁いた。女性はそれもそうねという顔でうなずいてから言った。
「失礼ですけど英語はおできになりますか」

「いえ、あまり」と村田は素直に答えた。
女性が通訳したのか男性が何か言い、それを女性が言った「これからどちらへ行かれますか」
村田は苦笑交じりに言った「それが、、、全く決めていないのです」
「えっ、そんな、、、」女性は男性に伝えた。男性はやっぱりという顔で女性に何か言った。
女性が言った「失礼ですけど御金はありますか」
「ええ、まあ、日本に帰る旅費くらいは」

女性が男性に伝えた後、二人はしばらく話し合っていたが、話がまとまったのか村田に言った。
「私たちはこれから自家用車でマンハッタンまで帰りますが、よろしかったら途中のホテルまで御送りしましょうか。ここに居るよりも街中のホテルの方が良いでしょう」
「そうですか、そうしてもらえるとありがたいです。よろしくお願いします」
黒人男性は村田のボストンバッグを引いて駐車場にいき、軽々と持ち上げてトランクに入れてから運転席に座った。助手席に女性が乗り後部座席に村田は乗せられた。

10分ほと経ってから女性が聞いた「ホテルはたくさんありますが、どのクラスが良いですか」
「安いホテルをお願いします。泊まるだけですので」
「分かりました、じゃあ」と言ってから女性は男性に何か言った。男性はうなずきそれはら15分ほど走った先で車を止めた。歩道の向こうには10階建てほどのホテルが見えた。
女性が言った「あまりきれいではないかもしれませんが、ここでよろしいですか」

「ありがとうございます。けっこうです、、、これ、せめてものお礼に」村田はそう言ってワクチン入りの小さなペットボトルを差し出した。
女性は怪訝そうな顔で言った「え、何ですのこれ」
「お二人が生き延びれる薬です。今すぐキャップ一杯づつ飲んでください。残りは、お二人が生き延びさせるべきだと思う人たちに飲ませてあげなさい。たぶん20人分くらいはあるでしょう」

「えっ、どういう事でしょう、、、」
「今は詳しく言えませんが、数日後にはこの町もロンドンやパリと同じようになるでしょう。多くの人びとが亡くなります。しかしこのワクチンを飲んでおけばウイルス感染しません。私はお二人を生き延びさせたいのです。今はまだ信じられないでしょうが、私に騙されたと思って飲んでください」

「えっ、、、」女性は男性に通訳して顔を見合わせた。男性も半信半疑の顔で村田を見ていたが、村田の真剣な表情を見て取ったのか、無言でキャップ一杯のワクチンを飲み干して、キャップを女性に渡してワクチンを注いだ。女性も恐る恐る飲み干した。
村田は微笑み「お二人、末永くお幸せに」と言ってドアを開けて外に出た。
男性が急いでトランクを開けてボストンバッグを出してくれた。
村田は男性と握手し下手な英語で言った「サンキューhave a happy life with her」


**
その後、伊藤英子とダミーノエルはマンハッタンのダミーのアパートに帰った。
部屋に入ると同時にダミーは英子を抱き上げて言った「あの老人のせいで1時間も貴重な時間を失った、、、急ごう」ダミーは頬を染めている英子を寝室に運んだ。

忙しい二人にとって月に一度の幸福なひと時、食事さえも忘れてベッド上で過ごす二人。
しかし1時間もすると英子は疲れ果ててダミーの胸を枕代わりにして眠ってしまった。
体力的にも精神的にもまだまだ余裕があるダミーは、もっと幸福を味わいたかったが、心優しいダミーは英子を起こすのを止めて、欲望を抑える為に他のことを考えた。

(早く英子と結婚したい。そしていつも英子と一緒に居たい、、、だが英子がスチュワーデスの仕事を辞めれば、俺の警察官の収入だけではこのアパート代金さえも支払えない、、、
刑事に昇進できれば俺の収入だけでも何とかここで二人で暮らせるのだがな、、、

それにしても今夜のあの老人、俺はてっきり家を追い出された食い詰め老人かと思ったが、金は持っているようだった、、、それはそうとあの老人変な事を言ってたな、、、
この町がロンドンやパリのようになると、、、いったい、どういう事だろう。老人の目は真剣そのもので噓を言っているようには見えなかったが、、、)

ダミーは英子を起こさないようにそっと手を伸ばしてリモコンを取りテレビをつけた。無音にして国際ニュース番組にすると、ロンドンのあの邪悪な集団の幹部の葬式が報じられていた。
幹部だけでなく運転手やボディガードを含めた10人がみな次々に高熱で倒れ、病院へ搬送され最高の医師と医療設備で治療したが助からなかったと、そしてその時幹部の父親が「金なら欲しいだけくれてやる、息子を息子を救ってくれ」と絶叫した映像も報じられていた。

(なに、あの有名な大富豪の息子が亡くなった、、、金ならアメリカの国家予算に匹敵するほどの額があるといわれている、そしてアメリカ大統領にも勝ると言われるほどの権力者の息子が治療の甲斐なく亡くなった、、、それ以外にもホテルの従業員や多くの一般人が高熱で倒れ数日後に亡くなっている、、、しかもパリも同じ状況だと、、、
あの老人は言った。この町もロンドンやパリと同じようになると、、、まさか、そんな事が、、、)

その時、英子が寝ぼけまなこで言った「あなたまだ寝ないの、、、一緒に寝ようよ」
しかしダミーは眠れなくなっていた。
(もし、あの老人の言ったことが本当なら、、、あのペットボトルの液体は本当のワクチン、、、
もし本当にワクチンなら俺と英子はウイルス感染しないし、、、あのワクチンを売れば金持ちになれる、、、誰に売れば良いか、、、この国の大富豪に、、、その前に、本当にワクチンかどうかを確認しなければ、、、俺がウイルス感染者に会えばいい。それで発病しなければ、、、金持ちになれる)

翌朝早くからダミーはニュースを見ていた。イギリスとフランスはパンデミック宣言をし、海外旅行の自粛要請とアジア諸国からの入国を正式に禁止した。
だがニューヨークではまだ感染者のニュースは報じていなかった。
(とにかくニューヨークでウイルス感染者が出るかどうかだ。出なければあの老人の言った事は噓だということになる、、、焦る必要はない。今日一日英子と楽しく過ごそう)

楽しく過ごした二人は、翌日の夜には互いに別々の仕事に行き、老人の事もワクチン入りペットボトルの置き場所すらも忘れていたが、二日後に英子はいやおうなしに思い出さされる事になった。
英子がいつものように出勤すると、同僚3人が高熱で倒れ緊急入院し休んでいたのだ。
さすがに3人も休まれると代わりの人が居ない。英子は乗客に忙殺される覚悟をして機内に入った。まあ、幸運にも何故か乗客も少なかったが。


英子のフライトスケジュールは主にニューヨーク-成田で片道14時間から19時間、到着後にエアポートホテルで12時間の休息の後、復路というかなりハードなスケジュールだった。
だが収入が良いのでもう3年続けている。
両親は東京に住んでいるがスケジュール中の休息時間に会いに行くには体力的にきつく、せいぜい電話連絡して眠ることが多かった。

今回もエアポートホテルの部屋に入ると疲れてスマホでメール確認するのがやっただった。
そのメール内にダミーからのがあり、英子はいつもの内容だろうと思い、読むのは起きてからにしょうとしたが「緊急」という単語が目につき仕方なく読んでみる事にした。

「最愛の英子へ あの老人の言ってた事は本当だった。ニューヨークでも高熱で倒れ緊急入院する人がいっぱいになった。老人の言った通りなら、二人が飲んだ液体は本当のワクチンだという事になる。それを確認する為に俺はこれから病院に行って患者に接触してみる。それで俺が発病しなければあのワクチンは本物という事になり、大金を手に入れる事ができる。で、あのワクチンの入ったペットボトルはどこにあるか、部屋をさがしても見つからなかった。君が持っているのか?」

そのメールを読んで英子は驚いた。と同時にペットボトルのありかを思い出そうと努めたが、なかなか思い出せなかった。
(、、、あのペットボトル、、、車の中で飲んで、、、ダミーに渡されたのでキャップをして、、、ご老人の話があまりにも信じ難い内容だったからそっちばかり考えていて、、、ペットボトルは無意識にどこかに入れた、、、どこに、、、ハンドバッグだったかしら、、、)
英子は急いでハンドバッグの中を見たがなかった。

(えっ、噓、、、ない、、、私、どこにいれたのかしら)英子は疲れていて睡魔と戦いながら思い出そうとしたが、その時はとうとう思い出せなかった。英子は仕方なくその事をダミーにメール送信してから眠りに着いた。


**
そのころダミーは車を運転していて、もうすぐ病院に着くところだった。メールの着信音が聞こえ、恐らく英子からだろうと思ったが駐車場に停車するまではスマホを見なかった。
まあ見てもガッカリする内容だったが、ダミーは気を取り直して病院に入っていった。
救急病院だったこともあり病院内は医師や看護師が慌ただしく行き来していた。
ぶつからないように避けながらダミーは受付窓口に行き「友人が高熱で倒れ緊急入院したと聞いたので見舞いに来た」と言った。すると窓口職員は「ご友人の名前は」と聞いた。当然の質問だ。

しかしダミーは名前までは考えていなかった。とっさに「マイケルだマイケルジャクソン、あ、いやあいつとはいつもあだ名で呼び合っているから本名はわからないが、若い長身の白人だ」と言った。
窓口職員はじろりとダミーを見てから言った「高熱患者は奥の隔離室です。しかし面会謝絶です」
ダミーは面会謝絶なのは予想していた(面会できなくてもいい、病室内の空気が吸えたらいい)

ダミーは隔離室前に立ちチャンスを待った。幸い5分ほどして扉が開き防護服防毒マスク姿の医師が出てきた。ダミーは素早く扉に近づき大きく息を吸った。
医師が驚いて何か言おうとする前にダミーはその場を去った。とりあえず作戦成功。
(しかしワクチンが偽物だったら三日後には俺があの中に入るのか、、、)そう思うとダミーは恐怖心で震えた。

それから7時間後、英子からペットボトルの置き場所を思い出したとメールがあった。何のことはない車の運転席と助手席の間の蓋ができる小物入れに入れたと、ダミーは急いで車の中に入った。
あった。だが野外に停めていたので車内はかなり高温になっていた。
ワクチンが変質してないことをダミーは祈った。そして考えた。このワクチンを使って大金を手に入れる方法を。

(ウイルス研究所に持っていつてもせいぜいわずかな礼金をもらうだけだろう、、、危険だが一生に一度の大博打を打ってみるか)
警察の仕事柄、ダミーはニューヨーク一番のマフィアのアジトを知っていた。
スーツ姿のダミーは、アジト入口を見張つていた下っ端に言った。
「もと警察官のダミーという者だが、ボスに相談したい事があって来た。ボスに会わせてくれ」

下っ端は凄んでいった「何だと、ボスに会いたいだと、、、どこの馬の骨とも分からんてめえなんぞにボスが会うはずがないだろ、帰れ帰れ」
「分かった。では今流行っているウイルスのワクチンを持っているとだけ伝えてくれ。ここのボスが嫌なら他の所のボスに売り込むとな」
「なにぃ、ワクチンを持っているだと、、、ちょっと待ってろ」

30分ほど待たされた後ダミーはボスに会えた。ボスの後ろにはレスラーのような男が二人立っていた。ボスの気に障れば命はないだろう。ダミーは小便をチビりそうになったが、死んでもともとと開き直って強いて横柄な態度でペットボトルを内ポケットから出しながら言った。
「俺はワクチンを持っている。いくらで買う。ここが安ければ他に行く」

ボスは凄みのある低い声で言った「、、、それが本物のワクチンだと証明できるのか」
「俺はこのワクチンを飲んでから昨日ウイルス感染者と接触してきた。もしこのワクチンが偽物なら俺は明日には高熱で倒れるだろう。だが何の症状も出なければこのワクチンは本物という事になる。それでも信用できないなら今すぐ下っ端にこのワクチンを飲ませて、飲んでない下っ端と一緒にウイルス感染者と接触させてくれば良い。そして三日後ワクチンを飲んでいない下っ端が熱を出し飲んだ下っ端が無症状ならもう本物のワクチンだと確信できるだろう」

ボスはしばらくダミーを睨んでいたが「分かった。お前の言う通りやってみよう」と言い下っ端を呼んでワクチンをキャップ一杯飲ませた。そしてもう一人下っ端を呼び、二人で病院に行ってウイルス感染者に会ってこいと命令した。
下っ端はウイルス感染者に会えと言われ二人で顔を見合わせてビビッていたが、レスラーのような男に襟首をつかまれて連れて行かれた。

その後ボスがくだけた口調で言った「てめえ良い度胸だな、本当に警察官か」
「ああ、昨日で辞めた、安給料の警察官では食っていけねえんでな」
「ふむ、それなら俺のファミリーに入らねえか、てめえのその度胸なら幹部になれるだろう」
「ありがてえ申し入れだがその話は後回しだ、とにかく今はこのワクチンが本物かどうかを確認しなければならんだろう。明日の夜になっても俺が無症状ならまず本物だ。それまで俺をここにおいてくれるかい、飯ぐらいは食わせてくれよな」

「ふん、気に入った。名は何という」 「ダミーノエルだ、ダミーと呼んでくれ」
「よし、ではダミー、お前はそのワクチンをどこで手に入れた」
「日本人の爺さんにもらったんだ。JFK空港でぼんやり座っていた爺さんをマンハッタンのホテルまで送ってやったらお礼にと言ってな。俺も最初は信じられなかったが、爺さんが言った通りニューヨークでもウイルス感染者が出始めた。それで俺自身の体で試してみる事にしたんだ。
病院に忍び込んでウイルス感染者のいる病室内の空気を腹いっぱい吸ってな、、、
言いにくいんだが、もしワクチンが偽物だったら俺は発病するし、あんたも感染者になるんだ」

「ふふふ、確かに言いにくい事をはっきり言うじゃあねえか、、、そんな事は百も承知だ、つまり俺もお前に賭けたのさ、、、久しぶりに見どころのある奴に出会った、おい、酒の用意をしろ」
その後ダミーとボスは別室で差し向かいで酒を飲みながら話した。
「ところでダミー、その日本人老人は何故ワクチンを持っていたのか知っているのか」
「いや、それは知らない。出会った時はこれが本当のワクチンだとは思っていなかった。なによりその時点ではまだニューヨークでは感染者が居なかったから」

「う~む、なるほど、、、ところでその老人は今どこにいる。直接会って詳しく聞きたい」
「それが今どこにいるか分からないんだ。送って行ったホテルは翌日には出ていってたし、行き先は分からないというんだ。まあ名前とパスポートナンバーは聞き出している。
名前はSHUGOROU MURATA パスポートナンバーはTZ0000000だ。もう日本に帰ったのかもしれない。俺は金があれば老人を探したいんだ。ボスの力で航空機の搭乗名簿とか調べられないかい。行き先だけでも分かれば探し安いんだが」

「調べられない事はないが、、、よし調べてみよう。老人がホテルを出たのは何日だ」
「00日だ、その日以降の航空機に乗っているかどうか、、、」
ボスは色々つてを使って搭乗名簿を調べさせ、ホテルを出た日の夕方のニューヨーク発成田行きの名簿に老人の名前を見つけた。

「ちぇ、やはり日本に帰っていたか。仕方ない日本まで探しに行くか、、、
それはそうと、ボス、いま気づいたんだが、老人は何故ニューヨークでウイルス感染者が出る事を事前に知っていたんだろうな。
ワクチンを持っていたのも不思議だが、感染者発生を予測していた事も不思議だ、、、
もしかしたらあの老人、、、ボス、あの老人がどこからニューヨークに来たか調べられないかい。
まさかロンドンでは、、、」

「なに、ロンドンから、、、う~む、、、とにかく調べさせよう」
その後の調べで、搭乗名簿を辿って行くと老人は、ほぼ1週間前に成田を出発して、ロンドン、ロンドンからパリまでの搭乗名簿はなかったので恐らく陸路でパリ入りしたと思える。パリからミンスクへ、ミンスクからは数時間後に再びロンドンに帰って来て、その翌日にニューヨーク行きに乗っている。どう見てもこれは普通の観光客のスケジュールではない。
ダミーはついでに各都市でのウイルス感染者が出た日付を調べてもらい、老人の各都市滞在日と比べてみた。すると各都市での感染者発生日は老人滞在日の三日後と見事に一致した。

ダミーとボスは顔色を変え顔を見合わせた。
「な、何と言う事だ、あの老人は、SHUGOROU MURATAは各都市にウイルスをばらまいていたのだ、、、だからニューヨークでウイルス感染者が出る事を知っていた、、、自分がばらまいていたのだから知っていて当然だ、、、しかもワクチンも持っていた、、、ボス、俺を日本に行かせてくれ。
あのジジイを、ウイルスをばらまいたSHUGOROUを俺に捕まえさせてくれ」
「、、、分かった、、、だが、もう一日待て、、、」

だが、その一日の差でダミーは日本へ行けなくなった。ヨーロッパやニューヨークでの爆発的なウイルス感染者増加に危機感を持った日本政府が、欧米からの入国を禁止したのだ。
翌日ダミーはウイルス感染していない事を確信しボスと共に喜んだのも束の間、日本の入国禁止を知り地団駄を踏んで悔しがった。

ボスがダミーを慰めるように言った。
「こればっかりは俺にもどうすることもできない、諦めろ。それよりあのワクチンを俺にも飲ませろ。
それとワクチンを研究所に送って大至急製造させようぜ。大金が入るぜ、桁違いの大金がな、、、そうだ、あのジジイを捕まえるのは、、、奴らに任せよう」
そう言うとボスは愉快っそうに携帯電話をかけた。

「おい、戦争成金の老いぼれ、息子を亡くして残念だったな」
「なんだ石油成金、こんな時まで嫌味か、相変わらずのクズ野郎だな」
「まあ、そう怒るな、実はあんたに耳よりな情報をくれてやる。
あんたの息子を殺したウイルスをばらまいたのはSHUGOROU MURATAと言う日本人だ。

いま日本に居る。息子の仇を討ちたいなら奴を捕まえるこったな。いま日本は入国禁止だが、あんたなら日本の警察や軍隊をも動かせるだろ。ジジイを捕まえて存分に仇を討てば良い。
それとその日本人はワクチンも持っていた。ワクチンも取り上げろ。人類が絶滅する前にな」
電話の後、ボスはにゃりと笑ってダミーに言った「これであのジジイは終わりだ」



**
そのころ村田は、最終のバスで港町に帰り、満潮になる夜中にこっそりと島に渡った。
地球を西回りに一周してほぼ10日ぶりに帰ってきたが、島の研究室は何も変わっていなかった。
空港の免税店で唯一買ったウイスキーを取り出し、冷蔵庫から水と氷を出して水割りを作り、灯りを全て消してベランダに椅子を出して座り星空を見上げた。満天の星が光り輝いていた。
村田は水割りを飲みながら物思いに耽った。

(きれいだ、、、この島に住むようになって三十数余年、今も変わらずこの星空は光り輝いている、まるで永遠に変わる事がないかのように、、、
キリスト教徒は、神が宇宙も地球もそして人間をも造ったと言う、、、ワシはキリスト教など信じないが、この星空を見ていると何か大いなる力によって造られたようにも思えてくる、、、

ワシは最初から人類を滅ぼすウイルスを研究していたのではない。最初はウイルスとその宿主細胞の研究をしていたのだ。それがウイルス培養フラスコの栓をし忘れた事が切っ掛けで、異常に繫殖力の強い、つまりは人への感染力の強いウイルスを造り出してしまった、、、
そんな危険なウイルスは死滅させるべきだと思ったが、その時のワシは何故かそうする気になれなかった。それどころかそのウイルスを培養する事がワシの使命のように思えて一千万倍に増やした。
そしてそれを終えた時ワシは、そのウイルスがあれば人類を絶滅させれる事に気づいた、、、

人類を絶滅させる、、、それがワシの使命なのか、、、ワシは思い悩んだ、そして人類を救うワクチンも必要だと考えた。
その時、幸か不幸かワシには腐れ縁のワクチン研究員がいて、その研究員がワクチンを開発した。
ワシはウイルスとワクチンを手に入れたのだ。つまりワシは、人類を絶滅させる事も、救う事もできる立場に立った、、、誰がワシをそんな立場に立たせたのか、神か悪魔か、、、

ワシはそれから考えた。神だろうと悪魔だろうとどうでも良い、ワシがそのような立場に立った事は紛れもない事実なのだ。ならば、その立場に立ったワシは何をどうすれば良いのか、、、
ワシは来る日も来る日も考えた。人類を絶滅させるべきか生き延びさせるべきかと、、、

ネットで地球の歴史、人類の歴史、各国の歴史を調べ、宗教や哲学についても調べた。
そんなある日、46億年と言われる地球の歴史の中で、現在の人類だけが文明社会を築き上げたと言う事に疑問を持つようになった。
今の人類が石器時代から数千年で現在の文明を築き上げた事を考えれば、数万年前にも文明が築かれ滅びていても不思議はないと思ったのだ。
そして、ちょうどそのころ地球自体が一つの生き物だと言うガイア理論に出会った。

アメリカ先住民族の中には、人類は絶滅と繫栄を何度も繰り返していると言う神話があるそうだが、それは事実だったのかもしれない。
人類は今までにも何度も滅ぼされ、わずかに生き延びさせられた人びとの子孫が数千年の間に繁栄して文明を築き上げた、、、そして人類を滅ぼすのも繫栄させるのも、それは地球と言う生き物だったのかもしれない、、、その地球が今、ワシに人類の未来を任せようとしているのかも知れない。
だが、、、それをワシ一人に決めさせると言うのか、、、)

村田は二杯目の水割りを作って一口飲むと続きを考えた。
(人類の歴史を調べれば正に戦争の歴史と言えるだろう。自分の食べ物が無くなれば、食べ物がある人間から奪い、奪われた人間は自分が生き延びる為に奪い返す。そうやって奪い合ううちに相手を殺し、殺された人間の身うちは報復として相手を殺す。そうやって小さな殺し合いがやがて数千万人を殺し合う戦争になる。人類はそのような戦争を何度繰り返してきた事だろう、、、

現在の人類の中には、そのような愚かな戦争はもう起こすまいと努力している者たちもいる。しかしC国のように戦争になるよう扇動している国もあり、それを命令している人間も居る。
そんな国は問答無用で滅ぼせば良いが、大多数の日本国民のように、そのような愚かな戦争は二度と起こすまいと努力している人びとまで滅ぼすべきなのか、、、

聖書のノアの箱舟が真実であるなら、現在の人類はみなノアの子孫という事になるが、神が正しき人、生き延びさせるべき人と認めたノアの子孫である現在の人類でさえ愚かな戦争を起こしている。その事を考えるなら、この際全ての人類を滅ぼすべきではないかとも思える、、、
冷蔵庫の中にワクチンが2000人分ほどある、、、迷いを断ち切る為に投棄すべきか、、、
いや、待て待て、多くの日本人に意見を聞いてみるか、、、投棄はその後で良い)


**
「世界中で猛威を奮っているウイルスを拡散させたのはワシだ。ワシは世界一の人殺しだ。
ウイルス感染で亡くなった人の身うちの方々、ワシを憎み殺したいなら殺せ。
だがワシは2000人分のワクチンを持っている。このワクチンを飲めばウイルス感染しないで生き延びれるが、ワシはこのワクチンを、生き延びさせるのに相応しい人にだけ与えたいと思う。
我こそは生き延びるに相応しい人間だと思っている者は、その理由を書いて返信して欲しい。
その理由が納得のゆくものであれば必ずワクチンを与えよう」というコメントを村田は、ウイルス関連の動画に投稿した。

当然コメント内容が信用できないという返信があったが、そのような返信に村田は、ウイルスを拡散させた日時場所とウイルス感染者の発生日時と場所の因果関係を説明した。またワクチンを飲んで生存している人についての情報も投稿して、自分が紛れもなくウイルス拡散者であり、ワクチン保持者である事を確信させた。また、人類はこの際絶滅させるべきだと言う自身の持論も投稿した。
反響は凄まじかった。

「本当にワクチンを持っているなら俺にくれ」 「そのワクチンを私にください。私はワクチン研究員です。そのワクチンを培養して多くの人を救いたいのです」 「ニューヨークに住んでいる友人がウイルス感染した。大至急ワクチンをください」等、ワクチンを要求するコメントが大半だったが
「本当にロンドン、パリ、モスクワ、ニューヨーク等にあなたがウイルスを拡散したのなら、あなたは人間ではない、悪魔だ。あなたは多くの人を殺した罪をどうやってあがなうつもりか。悪魔め、地獄に落ちろ!」 

「お前がウイルスを拡散しただと。ふざけんな。お前に人を殺す権利がどこにあるのか。俺の息子はロンドンでウイルス感染で死んだ。お前が息子を殺したのだ。俺はお前を許さん。お前を捕まえて殴り殺してやる」 
「私の最愛の一人娘はパリ留学中にウイルス感染して亡くなりました。あなたが娘を殺したのですね。お願いします。娘を今すぐに返してください。娘を生き返らせてください。お願いします」というような村田を憎み糾弾するコメントも多かった。

だが村田にとっては残念なことに、ワクチンを飲んで生き延びた後、どのように生きていくのか、その後の世界をどうしたいのか、そう言った内容のコメントは皆無だった。
村田は落胆したがもう一度コメントした。

「私を憎むのは皆さんの勝手だしワクチンを欲しがるのも皆さんの勝手だ。
だが今私が求めているのは、人類がほぼ絶滅した後に生き延びた人が、どのように生きていきたいのか、世界をどのようにしたいのか、そのような人類の未来についての考えを聞きたいのだ。
それ以外のコメントは無視するし、ワクチンは与えない」

村田のそのコメントの後、数時間は返信コメントがなかった。だが、やがてポツリポツリと返信がきた。
「現在既に数千万人を死に至らしめ今後なお何億人を死なせるのか分からない極悪人にコメントなどしたくないが、私はワクチンを飲んでどうしても生き延びたい。生き延びて人類を救いたいのだ。

現在あんたが人類を滅ぼそうとしているのは、あんたの遊び心でやっている訳ではないだろう。
恐らく、あんたは現在の人類に失望して、いや絶望して、このような人類なら滅ぼした方が良いと判断したからウイルスを世界中にばらまいたのだろう。あんたのその気持ちは理解できる。
何故なら確かに現在の人類は乱れ切って、堕落し切っている。人類をグレートリセットした方が良い時期に来たと言えるのだ。

私はグレートリセットの話が出始めたころは、人類を選別して5億人だけを生かして残りは皆殺しにするなんてとんでもない話だ、人として決して許されない事だと考えていた。
しかし、世界中を陰から操っている金持ち集団が、実際にコロナウイルスを広めてその予行練習を始めたのを知り、それに対する人類の対応能力を研究してきた。そしてその結果私は人類の無智無能ぶりに気づき絶望した。

結論を先に言えば、現在の人類では金持ち集団によるグレートリセット計画を阻止できない。
何故なら大多数の人類は、グレートリセットと言う計画が実行されつつある現実にすら気づいていない。それどころかその計画の危険性を警告している人さえも無視している。
こんな愚かな人類ではグレートリセット計画から生き延びるのは不可能だ。こんな人類は恐らく自らの死の直前になるまで、死を予測することすらできないだろう。

だが私は違う。私は、グレートリセット計画が実行に移されている現実に気づいているし、どうやって生き延びるかも考えているし、生き延びた後どうやって生きていくかも考えている。
80億人に近い現在の人類が数年後には5億人になり、私がその中の一人であったなら、私は自然と調和して生きていく。二度と他人を殺す為の武器は作らない。私は私の賛同者と共に小さなコロニーを造って平和に暮らしていく、正に1万年以上続いた縄文時代のように。

あんたが金持ち集団の一員でありグレートリセット計画の実行員なら計画を実行すればいい。そして人類を5億人にしたいならすればいい。
だがその後の人類は私に任せて欲しい。私が必ず、自然と調和のとれた理想郷を造ってみせる。だから私に2000人分のワクチンをくれ」

このコメントへの村田の返信。
「ふ~う、やっと議論のし甲斐のある奴が現れたわい。済まんが今後はワシ本来の文体でコメントする。
さて先に言っておくが、ワシは金持ち集団の一員ではない。全くの一匹狼だ。
それが証拠にロンドンで一番最初にウイルスを吹きかけてやったのは、世界中を陰から操っている奴の息子グループじゃった。2台の高級車の中にウイルスを吹き込んでやったら見事に運転手やボディガードもろとも感染して死におった。

今ごろ奴は、ウイルスを拡散した犯人がワシだと知って怒り狂い、殺し屋を差し向けているじゃろう。日本は今C国や欧米からの入国を禁止しているが、奴なら日本中の警察官や自衛隊やヤクザに至るまで電話一本で動かせるじゃろうから、ワシの命ももうあまり長くないじゃろう。
まあ、ワシの命などどうでも良いが、その前にワクチンを託しておきたいのじゃ。

ちょっとだけウイルスの説明をしておく。ワシがこのウイルスを発見したのは全くの偶然なんじゃ。
だが発見し培養する事ができた後、ワシは自らの使命に気づいた。このウイルスを使って人類を絶滅させるという使命にな。
人類は絶滅させなければならんのじゃ。他の生き物の為にも、この地球の為にもな。

君はガイア理論を知っとるかね。地球自体が一つの生き物であるという理論だが、この理論は正しいのじゃ。そしてこの理論を基にして考えると、人間は正に地球のガン細胞でしかないのじゃよ。
しかもわずかなガン細胞ならともかくも、80億人もに大繫殖して地球の自然や資源を破壊し奪い取っておる。そればかりか自然の浄化作用では無害化できん多くのゴミや有害物質を垂れ流しておる。このままでは地球自体が発病して死んでしまうのじゃ。
その上、核戦争でも勃発させれば地球は即死し、他の生き物までも絶滅させてしまう。

地球のこのような現状に気づいていたワシが、偶然にも人類だけを死滅させれる強力なウイルスを発見した。この事を君はどう思うかね。
ワシは、地球という生き物がワシに助けを求めてきたのだと思ったのじゃ。
地球が人間の蛮行に悲鳴をあげ、あるいは地球に対する人間の非道行為に耐えきれなくなってワシに頼むから人類を排除してくれと、、、。

人類は愚かじゃ。住まわせてもらっている地球を大切にせず、破壊ばかり繰り返しておる。
こんな人類が許されて良いはずがない。人類は滅びて当然なのじゃよ。
じゃが情け深い地球はワシに、ワクチンまでも与えてくれた。
名もない一介のウイルス研究員でしかないワシに畑違いのワクチンまでくれたのじゃ。

これが何を意味するのか、、、ワシはこのワクチンを改良してウイルスを無毒化させれるようにした。
ワクチン研究は素人と言ってよいワシがワクチンを完成させた。まるで神がかりだ。奇跡じゃよ。
この奇跡をどう解釈するべきか、、、
ワシは考えた。この奇跡こそ地球が、わずかな人間だけ生き延びさせて良いと許してくれた証拠じゃと。
地球はワシに、地球に許され生き延びることを許された人間を探せと、、、

君はどう思う。君は地球に許された人間か、地球に生き延びる事を許された指導者か。
君自身がそう思っているなら、、、本当にそう思っているなら、、、良いだろう、君にワクチンをやろう。
君の名とメールアドレスを教えてくれ。メールでワクチンの受け渡し場所を教えよう。但し半分の1000人分だ。残りは君よりももっと立派な者が現れたら与える、、、
さて、残り1000人分、生き延びて未来の日本や人類を良くしたいと思っている者は居ないか。地球を守り、地球を大切にし、地球と共に生きていく強い使命感を持った者は居ないか」


村田のこのコメントの20分ほど後に「日本国総理大臣糞田」と名乗る者からコメントがきた。
「私は日本国総理大臣の糞田増税だが、日本国民の為に貴殿のワクチンを全て進呈していただきたい。そのワクチンで先ず数千人の日本国重要人物に摂取させ、残りはワクチン研究機関に送り大量培養させる。培養したワクチンで日本国民を救い、また世界各国に輸出して膨大な利益を得て日本国を豊かにする。そして増税糞メガネなどという言葉を死語にし、日本を豊かにした総理大臣として後世に名を残すのだ。その為に貴殿に協力を要請する」

「ふっ、ははははは、、、たわけ!、、、馬鹿かあんたは。自分の名声の為にワクチンを使うつもりか。相変わらずの頓珍漢総理じゃな。あんたのような人間には1CCとてくれてやらんわい。顔を洗って出直してこい。
そもそもあんたは、ワシの今までのコメントを読んでいなかったのか。
ワクチンは日本の未来、地球の未来を良くしたいという使命感をもった者にだけ与えるのだ。

あんたの言う重要人物と言うのは恐らく老いぼれ政治家や上流市民の事じゃろうが、そんな奴らでは生き延びても他人の足を引っ張るだけで何の役にも立たんじゃろ。
生き延びるべきは若くて強い責任感、使命感を持っている者でなければならんのじゃ。
汚らわしい、二度とコメントするな!。
、、、他にワクチンが欲しい者は居ないか、居なければワクチン全て先ほどの者に与えるぞ」


村田はその時、着信メールに気づきメール画面に変えた。
忘れていた関飛雲からのメールで見出しが「緊急」となっていたので何事かと思い急いで開いた。
「村田秀五郎 様    1年3ヶ月ほど前に助けていただいた関飛雲です。
今も那覇近くの軍基地に居るのですが、先ほど上官から村田様を捕まえるようにとの命令を受けました。数時間後に出発します。村田様、今すぐにその場所から逃げてください。僕は大恩ある村田様を捕まえたくないです」

村田はすぐに返信した。
「君は本当にあの関君かね。1年3ヶ月でこれほど日本語ができるようになったとは凄いね。
ところでワシのこのメールアドレスはどうやって知ったのかね。それと君はワシが今どこに居るか知っているのかね」

「メールアドレスは港町の交番に電話して教えていただきましたし、村田様の居場所も、港にホーバークラフトが無いから島に居るだろうと聞きました。
そんな事よりも急いで島から逃げてください。ここでは上から村田様の捕縛作戦が指令され、僕を含め10人メンバーで出発準備中です。

ここへ連れてこられた時の事情聴取記録から、僕が村田様の顔を知っている事がバレ、メンバーに加えられました。とにかくすぐに逃げてください。
それと動画のコメントも拝読して、馬さんにワクチンを飲ませ、僕の両親へウイルス入り香水瓶を届けさせた事も知りましたが、この事については暇になったら改めてメールします。
とにかく今は一刻も早く逃げてください」

「分かった、知らせてくれてありがとう。だがワシは逃げない。ここが一番安全だからじゃ。
ここの冷蔵庫の中にはまだ多量のウイルスがあり、ワシを捕まえるなら周りにウイルスを拡散すると脅せば軍人とて近寄れまい。それとも防護服と防毒マスク姿で来るかね。
それならワシは死ぬしかないが、まあ、軍人さんと言えどこの島には簡単には上陸できまい。
恐らく兵糧攻めになるじゃろう。そうなっても1ヶ月は十分に食料があるからな、、、
まあ、ワシは既に使命は果たしたから別に長生きしたいとは思っていないがね。

良い機会だから、君の両親にウイルス入り香水瓶をプレゼントした事を詫びておく。
じゃがワシは、君の父がC国共産党員だと知った時、天の助けだと思ったのじゃ。C国共産党だけは絶対に滅ぼさねばならんと思っていたからな。
君が馬君をワシの元へ寄こしたのも、全ては天の助けだと思っとる。天が、地球がワシに、真っ先にC国共産党員を全滅させろと、その絶好の機会を与えてくれたのじゃとな。

じゃが君の両親を殺したのは紛れもなくワシじゃ。心からお詫び申す。君が島に来てワシを殺したいならワシは潔く君に殺されよう。島に来てワシを殺したいならそう言ってくれ」
だが、その後は関からメールは来なかった。



**
そのころ港町の安ホテルに2週間近くも泊まっていた劉と備は、港に行ってホーバークラフトが無いのに気づき二人で言い争っていた。
「おい劉、ホーバークラフトが無いぞ、村田は島に帰ったんじゃないか」
「いや村田が帰ってきたら教えてくれると巡査が言ってたじゃないか。まだ帰ってきてないよ」
「じゃあホーバークラフトはどこに行ったんだ」 「ん~、さあな、交番で聞いてみようぜ」

交番の巡査はあっけらかんと言った「ホーバークラフトが無いなら帰って来られたんでしょ。で、満潮に合わせて島に行かれた。今までもよくそうされていましたから」
「な、、、帰って来たら知らせてくれると言ったじゃないですか」
「そう言われても犯罪者でもない人を夜も見張ってなどいられません。村田さんが帰って来たのが分かれば知らせると言ったのです。で、港にホーバークラフトは本当に無かったですか」
「知るか、自分で確認しろ」そう吐き捨てて二人は交番を出た。

すれ違いに人相の悪いひと目でヤクザとわかる数人の男が交番に入ってきた。
劉と備は怯えて飛び避け顔を見合わせた。ヤクザたちにはそれほど凄みがあった。
すぐに交番の中からドスの効いた声が聞こえた「村田秀五郎はどこに居る」
巡査も怯え声でどもりながら言った「た、たぶん島にい、居ます」
「島にはどうやって行く」 「ふ、船で」 
「ナメてんのかこの野郎、そんな事は分かってる。島に行く船はどこだと聞いてんだ」

「こ、公共の船はありません、、、それに個人の島ですから、所有者の村田さんの許可がなければ上陸できません」
「ふん、そんな法律など知ったことか。島はどこにある、海だなんぞと抜かしやがったら叩き殺すぞ」途端にビンタの音が響き、更に貫禄のある声が聞こえた。
「馬鹿野郎、警察に何て口のききかたしてんだ、てめえは脅迫罪で捕まりてえのか、、、
すみません、お巡りさん、島の場所と行き方を教えてください」

「ぼ、僕も行った事がないので、、、ここの港を出て北に40キロほど行った所だとは聞いたことがあります、、、ふ、船は漁船でも借りるしかないと、、、」
それでヤクザたちは交番から出て行った。
静かになると奥に隠れていた巡査部長が出てきて言った「村田さんに何があったのだろう、朝から電話がかかってきたり、あんな人たちが来たり、、、そうだ、とにかく村田さんにメールしょう」

巡査部長がメール画面を見て驚いた。
「緊急通達、村田秀五郎の身柄を拘束し至急県警本部長に報告する事」と言うメールが2時間前に着信していたのだ。
「あ、わわわわ、緊急通達を見ていなかった。毎朝見ているのに今日に限って、、、と、とにかく村田さんに知らせておこう」
「村田さんへ   C国人やヤクザ、それに警察も貴方を探して島に行こうとしている」

その時、交番の外でエンジン音の高い軍用車両が停まる音が聞こえて数秒後、数人の軍人が交番に入って来て言った「村田秀五郎さんはどこですか」
「島です」 「やはりそうか巡視船が来るのを待つしかないな、、、」と言って軍人は出ていった。
巡査部長は再びメールで「軍人も行こうとしている」と付け加えた。
すると数分後に村田から短い返信メールが届いた。
「教えていただいてありがとう。だが心配いらない、もうすぐ台風が来る」


台風はまだ沖縄の南東100キロほどのところだったが既にうねりが高かった。ベランダからその波を眺めながら村田は考えていた。
(ワシはこれ以上長生きしたいとは思っておらんが、天は、地球はまだワシにさせたい事があるらしい、、、それは何んじゃろう、、、全てのワクチンを藤堂たちに与え、ウイルスを日本国内で拡散させればワシの使命は終わるはずじゃが、、、この台風では恐らく2週間はワシも島から出られまい)

村田はまたノートパソコンを開いて藤堂にメールを送った。
「藤堂君すまんがワクチンの受け渡し方法を変える。台風のせいで波が高くて沖縄本島に行けないのだ。たぶんこの状態は2週間ほど続くと思う。
それ以外にも警察やヤクザや軍人がこの島に上陸しようと虎視眈々と狙っている。だが彼らでは今のところ上陸できまいが、特殊部隊がヘリコプターで来れば上陸でき、ワシは殺されるだろう。

その時の為にワクチンの隠し場所を教えておく。
島の中腹に三段の貯水槽があるが、その真ん中の貯水槽にペットボトルに入れて沈めておく。
今後ワシからのメールが届かなくなったら、ワシは殺されたか拉致されたと判断して、この島まで取りに来てくれ。ただ島の周りは浅瀬が多く、普通の船では接岸できない。小型ホーバークラフトでしかも満潮時しか上陸できないのだ」

村田がメール送信するとすぐ藤堂から返信がきた。
「村田老師、ヘリコプターなら上陸できるのですね。上陸場所を教えてください。これから行きます」
「なに、これから行く、、、上陸場所、、、と言うよりもホバーリングしてロープで着地するしかないが、島の山頂なら可能だろう、、、しかし、これから行くとは、本気かね」
「はい、これから行きます、、、そうですね、、、では4時間後にお伺いいたします。よろしくお願いします」

「4、4時間後と言えばもう暗くなっているし、風も強くなっていよう、危険過ぎないかね」
「大丈夫です、慣れていますから。それより山頂から村田老師の御住まいへはどう行けば」
「ヘリコプターの音が聞こえたら懐中電灯を持って山頂で待っているが、本当に大丈夫かね、、、」
「ご心配なく、それより初めての御訪問、手土産は何がよろしいですか」
「手土産なんぞ何も要らん、ここには食べ物もウイスキーもある、、、では、本当に気を付けてな」
「了解しました」

(う~む、、、4時間後に本当に来るんじゃろうか、、、ヘリコプターで来る、、、藤堂飛馬、何者じゃろう、、、まあ、刺身でも用意しておくか、、、生簀も囲いに入れておかねばならんし、、、)
村田は海岸に出て、大きな鯛やチヌが跳ねている生簀を引き上げ、石垣で造られた囲いに生簀ごと入れた。それから鯛を一匹取り出して石で殴り殺して洞窟に帰った。


まるで時計を見て来たかのように、4時間後にヘリコプターの音が聞こえ、村田は懐中電灯を持って山頂に行った。
村田が頭上で懐中電灯を回すとヘリコプター下部から強力なサーチライトが照射され、山頂は昼間のように明るくなって、周りの巣から海鳥が一斉に飛び立った。
海鳥に気を取られていた村田の後ろから「村田秀五郎さんですか」と言うこえが聞こえ驚いて振り向くと、いつの間に降りて来たのか一人の男が立っていた。

「お初にお目にかかります、藤堂飛馬です、、、それからこちらは大石徳次です、よろしくお願いします」藤堂がそう言った時には既に大石は藤堂の斜め後ろに立っていた。
村田は冷や汗が噴き出した(もし二人が刺客ならワシはとっくに死んでいただろう、、、船では上陸できないと高をくくっていたが、ヘリコプターなら簡単に上陸できるわい、怖いこっちゃな)

大石が肩の無線で何か言うと大きなリックサックが二つ降りて来て、大石がフックを外すとヘリコプターはサーチライトを消して飛んで行った。二人はリックサックを軽々と背負い藤堂が「御住まいはどちらに」と言って村田を促した。
ここまで恐らく2分と経っていないだろう。驚きっぱなしの村田は言った「君たちは特殊部隊かね」
「いえ、海難救助隊の者です。それより御住まいは、もうすぐ雨が降ってきます、急ぎましょう」
村田は急かされるままに洞窟に向けて降りて行った。

3人が洞窟に入るとすぐに土砂降りになった。村田は目を見開いて言った「君は天気予報員かね」
「、、、さあ、どうでしょうか、職務がら自然と天気の予知ができるようになりました、、、良い洞窟ですね。ここなら多少強い台風でも大丈夫でしょう。思ったよりも広い。お一人で掘られたのですか」
「いやワシは、もともとの洞窟を少し広げただけじゃ、、、とにかく座ってくれ、、、刺身があるが日本酒はない、ビールかウイスキーで我慢してくれ、どちらが良い」 「ではビールを」

村田は洞窟の奥の冷蔵庫からビールや刺身を取り出しテーブルの上に並べた。それから食器棚からジョッキや小皿も出してきた。洞窟内はちょっとした宴会場になった。
大きな鉢からこぼれ落ちそうな鯛の活け造りを見て今度は藤堂が目を丸くして言った。
「この御刺身は村田さんが造られたのですか、、、村田さんは元板前さんでしたか、、、」
「はは、ここに30年も住んでいて、しかも目の前の海でいくらでも魚が獲れるし、もともと刺身が好きじゃったから、これくらいの事は自然にできるようになったんじゃ、とにかく食べてみてくれ」

3人が乾杯した後で刺身を食べた二人は口々に「うまい」を連発してあっという間に骨だけにした。
村田は笑顔で言った「良い食べっぷりじゃ、若い者はこうでなければいかん、、、どれ、もう一匹、今度はチヌにしょうかの、、、生簀から取ってくるからちょっと待っててくれ」
村田が立ち上がるのを止めて藤堂が慌てて言った「いえ、もう十分です、、、今度は我々の手土産を試してみてください」

大石がすぐにリックサックから大きな缶詰を取り出してきてテーブルの上に置き蓋を開けて言った。「災害時の非常食で恥ずかしいですが、日本技術の最高傑作です」
洞窟の中に焼き肉の匂いが広がった。村田が一切れ口に入れると熱くて火傷しそうだったが冷えてくると最高の焼き肉の味がした。
村田は思わず唸った「うまい、しかも焼きたてのように熱い、いったいどんな手品を使ったのかね」

「旅客機の機内食と同じ原理ですが、被災者に温かくておいしい食事をと、日本中の食品会社が協力して開発した物です」
「う~む、そうだったのかね、、、日本国民の努力の結晶か、おいしいわけだ、、、それにビールにはこれの方が良い、、、しかしその日本国民さえもワシは滅ぼそうとしている、地球の為に、、、」
一瞬重苦しい沈黙の時が流れた後で藤堂が言った「仕方がありません、これも人類の運命です」

「、、、人類の運命か、、、そう言うてくれるとワシも気が楽になる、、、
それにしても君はまだ若そうだが、どうして人類の事など考えるのかね、、、ただの海難救助隊員ではないように感じるが、何者かね」
「恐れ入ります。さすがは村田老師、我々の正体に気づいていたのですね、、、我々は表向きは海難救助隊員ですが、実は秘密結社八咫烏の者です」

「なに、八咫烏の、、、噂には聞いたことがあったが、今も存続していたとは知らなんだ、、、で、どうする気かね、ワクチンを持って行って培養させ、日本国民全てを救う気かね、、、」
「培養したいのはやまやまですが恐らく間に合いません。それより若い男女千人づつにワクチンを飲ませて生き永らえさせ、日本国民を再生させたいのです。
そのころには人類はこの二千人だけになっているでしょうから、この二千人が新たなアダムとイブになり日本国民をそして人類を再生させるのです。

我々八咫烏は、先の大戦以来この時をずっと待っていたのです。しかし日本国民の最大の敵により、それができなかったのです、、、老師、日本国民の最大の敵はどこでしょう」
「ふ~む、面白い質問じゃな、、、まあ国として言うならアメリカじゃろうし、人で言うならアメリカをも操っている金持ち集団じゃろうの」
「正にその通りです、さすがは村田老師、全てお見通しですね」
「そのような世辞は要らんし、老師と言うのも気ぐるしい、君は何故ワシを老師と呼ぶのかね」

「我々八咫烏は老師のコメントを拝読し、老師が並々ならぬ智者であられる事に気づいたのです。それで我々は、我が八咫烏に村田さんを老師としてお招きし、再生後の日本国民の指導者になっていただきたいと考えているのです」
「なに、ワシを日本国民の指導者に、、、戯けたことを、、、生き永らえた若者たちの両親や家族友人たちを皆殺しにしたワシを指導者にすると言うのかね、、、無理だと思うぞ」

「ご心配なく、我々には策があります、、、それに老師はまだ日本国民へはウイルスを拡散していないのでしょう。その汚れ役は我々八咫烏の者がしますし、その前に生き永らえさせる二千人を選ばないといけません。その二千人を選ぶのも老師のお力添えをいただきたいのです。
しかしその話をする前に先ほどの話を続けたいです。

老師は日本国民の最大の敵はアメリカであり金持ち集団だと言われました。全くその通りです。
日本と日本国民はアメリカと金持ち集団によって壊滅寸前の状態にさせられているのです。
日本国民が一生懸命に働けど働けど豊かになれない。むしろ年々物価が上がり、生活費等経済面で苦しくなっているのは何故でしょうか。
それは政府が増税して日本国民から搾り取っている事もありますが、それ以外にも法人税率を下げ企業を優遇し、しかも賃金は据え置きにして企業を富ませ、その企業からアメリカや金持ち集団が利潤を吸い上げているからなのです。

日本国民が必死になって働いて日本という国家や企業が富めば、奴らが政府や企業からその富を奪い取るという構造が戦後からずっと続いているのです。日本国民が富めない、いえ、意図的に富まさない構造を奴らが作り上げていたのです。
その事を知った日本の良識ある数少ない政治家が糾弾しょうとして殺されたり、社会的に抹殺されたりしているのが何よりもの証拠です。

また奴らを決して許せない理由は経済的搾取だけでなく、日本国民の精神性までも破壊している事でしょう。
終戦後のGHQによって日本古来からの人間性も道徳も文化も壊され、日本国民の遺伝子的優越性までも奪われているのです。

日本国民の遺伝子は本来、世界最高の民度を受け継いでいる素晴らしいものなのです。
しかしそれに気づいたGHQは、日本国民愚民化政策で遺伝子の混合、改悪、具体的に言えば他民族の乱入、交雑種を増加させ、日本国民の遺伝子まで劣化させているのです。

日本国内の在日外国人やなりすまし日本人による、駅前一等地の不法占有等による日本国民排除と差別がその一例ですし、現在の在日外国人の生活保護費不正受給率が高い事がそれを表しています。
その上、外国の言いなりになり、日本国民の窮状を無視する政治家のなんと多いことか、、、」

「、、、正にその通りじゃ、、、そしてそれも全てあの戦争に負けた事が最大の原因じゃが、嘆かわしい事に、日本はたった一人の裏切り者によって負けたのじゃ、、、」
「、、、なんと、老師はその事も御存知でしたか、、、正にその通りです。
日本は戦前に国内最高の頭脳を結集して戦略を練りました。そしてその戦略通りに戦えば日本は九分九厘勝てたのです。それを戦略になかった真珠湾攻撃をしてアメリカと戦うようにしてしまった。
売国奴による利敵行為、、、その男を止められなかった八咫烏はそれ以降針の筵でした。

日本国民を守る事こそ最大の使命である八咫烏は、名誉挽回を果たすべく機会をうかがってきましたが、アメリカそして金持ち集団の支配力はすさまじく、奴らに抗おうとする者は容赦なく排除されるか殺されました。
また抗った報復で巨大地震や津波を起こされ多くの日本国民が虐殺されたり原発爆破でその後始末の為に数兆円の無駄金を使わされ30年にも及ぶ経済低迷状態に落とされました。
それもこれもアメリカと金持ち集団による日本国民奴隷化政策によるもの、、、

八咫烏はずっと、このようなアメリカと金持ち集団に一矢報いる時を待ち望んでいたのです。そしてついにその時が来たのです。いえ、老師がその時を作ってくださったのです。
老師のウイルスで現在アメリカも金持ち集団の住んでいる欧州も壊滅状態です。日本国民が手を加えてなくてもやがて絶滅するでしょう。しかし日本は二千人の日本国民によって再生できるのです。これも全て老師のおかげなのです」

「、、、なるほどの、、、そう言う考え方もできるのじゃな、、、」
「はい、日本は老師のおかげで、最高の遺伝子を持った二千人の男女によって生まれ変わることができるのです。下劣な大陸方面の遺伝子を排除し、世界最高の民度を持つ生粋の日本人男女の遺伝子によって日本という国を作り変えれるのです。日本を理想郷にできるのです、、、
その為に、どうぞ村田老師のお力添えを、、、」
いつの間にか大石まで藤堂の横に並んで首を垂れていた。

村田は涙を流して言った。
「こんな老いぼれで役に立つなら何でもしょう、、、一緒に日本国民を再生させよう、、、
とは言ってもワシはここから出られない身じゃし、どうすれば良いかのう、、、」
「ご心配なく、我々には策がありますし手はずは整っています」
「なに、策があるじゃと」

「はい、まず老師の救出ですが、ここで老師の身代わりの遺体を燃やし、老師が焼身自殺した事にして老師は我々と一緒にヘリコプターでここから去ります。遺書を残しておけば、失礼ですが自殺の動機は十分にある老師の焼身自殺を疑う者はいないでしょう。
老師がお亡くなりになったと知れば以降、老師を探す者はいなくなるでしょうし、そうなれば老師は日本国内どこへでも自由に行けます。
そして未来に生き永らえさせるべき女性千人にワクチンを飲ませていただきたいのです」

「ほう、名案じゃ、君は頭脳明晰じゃな、、、しかしワシが女性にワクチンを飲ませるのかね」
「はい、これは是非とも老師にお願いしたい事なのです。生き永らえさせるに相応しい女性を選び出す、これは人生経験豊富な老師こそ最高の適格者です。どうぞ御引き受けくださいませ。
老師には我々の配下の者を一名同行させます。彼は遺伝子的に相応しい女性のリストを持っていますので、そのリスト内の女性で性格等を考慮して選んでいただければと、、、」

「なに、遺伝子的に相応しい女性だと、、、」
「はい、どうせ千人選ぶなら遺伝子的にも相応しい女性が良いです。
日本人特有の遺伝子、YAP遺伝子が高確率の女性が良いのです。
おぞましい大陸系の遺伝子を全く含まない女性こそ生き永らえさせるに相応しいのです」
「う~む、なるほどの、、、じゃが初対面の女性に遺伝子検査させろとは、言えまい、、、」

「ご心配なく、既に数百万人の女性の検査記録がありますから。
我々には、日本全国の至る所で献血車で献血された方々の遺伝子記録があるのです。その記録の中からYAP遺伝子が高い確率の女性に会っていただき、老師が生き永らえさせるに相応しいと判断された女性にワクチンを飲ませていただきたいのです。
そうすればその他の者たちがウイルスで淘汰された後、同じように生き永らえたYAP遺伝子を持った生粋の日本人男性と巡り会い、日本のアダムとイブになれるのです。そしてそうなった時の仲人も当然、老師にお願いしたいのです」

「う~む、、、見事じゃ、、、見事な計画じゃ、、、では、さっそく準備にかかろう。今夜にでもここを去ろう。ワシはすぐに遺書を書く、、、しかしワシの身代わりの遺体は、、、」
「この島から1キロほど沖合に救助隊の母船を停泊させています。15分もあればヘリコプターで運んでこれます。そして御遺体を燃やした後でご一緒にヘリコプターで立ち去ります」
「そうか、完璧じゃな、、、世の中に君のような聡明な若者がいるのをワシは初めて知ったわい」
「恐れ入ります。身に余る御言葉です、、、では母船に連絡します」

「その前にウイルスとワクチンを持って来よう、一緒に来てくれ」
そう言って村田は食器棚を移動させ洞窟の奥に入って行った。
後に続いた二人は20メートルほどの上り坂にも、そして登った後でドアを開けて入った研究室兼寝室とベランダにも驚嘆して言った。
「こ、これ全て老師が造られたのですか、、、お一人で、、、研究機材も全てお一人で揃えられた」
「、、、まあな、30年もあればこれくらいのこと一人でもできるわい、、、過ぎてしまえば何もかも一瞬じゃったが、、、」

村田は冷蔵庫を開けて10リットルほどのポリタンクと1リットルのペットボトルを2本取り出して言った「これがウイルスじゃが、君たちはまだワクチンを飲んでいないから気を付けてな、、、常温でも2週間は大丈夫じゃが、できたら冷蔵庫に入れておいた方が良い。母船に冷蔵庫はあるかね」
「無論ありますが、密封できるクーラーボックスを持って来ていますのでそれに入れて運びましょう」
「ほう、手回しの良いことじゃな、、、それとこれがワクチンじゃが二人ともいま飲んでおけば良い。
結局ワクチンを託せるのは君たちだけじゃったの」

二人は緊張した眼差しでペットボトルを注視していたが、やがて意を決したようにキャップ1杯づつ飲み干した。
村田は満足そうに眺めた後で言った「体内に抗体ができるまで二日ほどかかるからそのつもりでな。その後ならウイルスを吸い込んでも決して感染しない、、、ワシがこの体で試してある、、、」
二人は頷き持って来たクーラーボックスにウイルスとワクチンを別々に入れた。

それから村田は遺書を書き、二人は母船に連絡したり立ち去る準備をした。
缶詰の空き缶や二人が使った食器や箸をゴミ袋に入れ、リックサックに押込み二人がここに来ていた痕跡を全て無くしてから、ヘリコプターを待っていると村田が研究室から出てきて言った。
「この内容で良いかのう、、、遺書なんて初めてじゃから、書き方が良くわからんのじゃ」
藤堂は読んでみた「遺書  村田秀五郎  ワシはこれから死ぬ。そしてあの世に行って、ワシのウイルスで死んだ者たちの所へ行って詫びて回る。さらばじゃ  0月0日 」

藤堂は苦笑しながら言った「老師の個性がにじみ出ている良い遺書だと思います。これなら誰が読んでも疑念を抱かないでしょう、、、さて身代わりの御遺体が到着したようです」
村田にもヘリコプターの音が聞こえてきた。藤堂は山頂に行き、5分ほどで大石と二人で遺体を運び降ろすと、洞窟入口に座らせてガソリンをかけライターで火をつけた。遺体は一瞬で炎に包まれた。藤堂は遺体の右手付近にライターを放り投げてから手を合わせた。村田も大石も藤堂にならって手を合わた。

村田がポツリと言った「この御遺体はどこから」
「心配要りません、死刑囚の献体です、、、死刑囚も死して日本国民の役に立てて本望でしょう」
「、、、献体か、、、では今から遺言をしておく、ワシが死んだらワシの体も献体にしてくれ」
「、、、御遺言確かに承りました、、、ではそろそろヘリコプターへ、、、」
三人は山頂に行きロープでヘリコプター内に引き上げられた。


**
2週間後、台風が通過すると数隻の漁船が島に来たが一隻も上陸できなかった。しかし軍の特殊部隊がヘリコプターで山頂上空に行き、隊員がロープで着地して洞窟に達する事ができた。
そして洞窟入口の焼け焦げた遺体を見て叫び声を上げた。しかしすぐに洞窟内に入ってウイルスやワクチンを探し回った。それらは見当たらなかったが、テーブル上の遺書を見つけ読んだ。
隊員はその遺書を他の隊員に渡し、軍基地へ連絡した。そして上官の帰還命令を聞くと隊員は忌々し気に遺体を蹴りつけてから山頂に向かった。食器棚を移動させる事さえもしなかった。



**
その後ウイルス感染は世界中に広まり、10年後にはワクチン摂取済みの人間以外はほぼ死に絶えた。
2000人が生き永らえていた日本は、若い男女が結婚し多くの子どもたちを産み育てながら平和で慎ましく暮らしていた。
当然のことながら指導者として皆を導いてきた村田も老いた。

ある日村田は藤堂を呼んで言った「藤堂君、ワシも老いた、、、ワシはあの洞窟で一人で死にたいんじゃがヘリコプターで送ってくれんかね」
「何を言われます老師、老師はまだそのような御歳ではありません」

「そうではないんじゃ、、、ワシは最近、幻覚や幻聴に苦しんでおるんじゃ、、、
ワシの造ったウイルスで死んだ人たちの亡霊が毎夜現れてワシの首を絞めるんじゃ。
ワシは苦しくて悲鳴をあげて目覚めるんじゃが、ワシの悲鳴を聞いて周りの者が怯えておるんじゃ。しかもワシの悲鳴が日に日に高くなっているようで、遠くの家の者にまで聞こえて驚いているようなんじゃ、、、こんな状態が続いて周りの者たちに迷惑をかけたくないんじゃ、、、
それにワシはもう長くない予感がするんじゃ、、、ワシは死顔を皆に見られたくないんじゃ、、、
ワシの最後の我儘を聞いてくれ。ワシをあの島まで運んでくれ、頼む」

藤堂は手を尽くして説得したが村田の意志は固く、結局村田は島に運ばれた。
ヘリコプターで島の頂上に降ろされた村田は手を振ってヘリコプター操縦士に別れを告げ、洞窟に降りて行った。

洞窟入口の燃やされた遺体は見事に白骨になっていて匂いもしなかった。
村田は両手を合わせ呟いた「もうすぐワシもあんたの所へ行くからな、、、」
それから村田は洞窟の中に入り電灯を点けてみた。十数年ぶりだというのに電灯は点いた。風力発電も太陽光発電も壊れていないようだった。冷蔵庫もプラグを刺すと微かなモーター音をたてて動き出した。冷蔵庫横のポリタンクの米も腐っていないようだった。
村田は呟いた「これならまだ当分ここで暮らせるわい」

村田は食器棚を移動させ洞窟奥に入って電灯を点け、通路を登って寝室兼研究室に入った。
ここも十数年前と全く変わりがなかった。
村田は嬉しくなり(死ぬまでここで暮らそう)と考えベッドの毛布をベランダに干すことにした。
だがベランダの引き戸を開けるとそこは海鳥たちの繫殖地になっていた。
かわいそうだったが全ての海鳥を追い払い、貯まっていた糞をゴミ袋に入れながら思った。

(これだけ糞があればまた家庭菜園ができるわい、、、じゃが野菜の種が、、、明日本島に買いに行くか、、、じゃが、ホーバークラフトはまだ使えるかの、、、)
そのホーバークラフトも十数年前のままだった。燃料も本島までの往復には十分にあった。エンジンも問題なく始動できた。
(明日の満潮時に出発しょう)村田はそう考えてから、夕食用の魚を釣りに行った。
島での生活が始まった。

翌朝の満潮時にホーバークラフトで本島の港町に行った。
村田が予想していた通り九州の町同様、港町には誰もいなかった。町自体も寂れ果てていた。
至る所に雑草がはびこり、木造住宅は壊れかけていた。ホテル等のコンクリート建造物もペンキがはがれ無残な姿になっていた。
(島の洞窟はあまり変わっていなかったが、、、やはり人工建造物は手入れしないとダメだな)そう考えながら村田はスーパーマーケットに入った。

人が死に絶え10年も経つと、スーパーマーケットの中の食料品も食べれる物は少なかった。
缶詰も腐敗して膨らんでいる物が多かったが、それでもワサビの小缶詰等は大丈夫そうだった。
スーパーマーケットの裏手の倉庫の扉を壊して開け中に入って、密閉されていた箱の中から米や砂糖、塩醬油等を取り出してみた。まだ大丈夫だった。酒やウイスキーは蓋を開けて味見をしてから、それらをカートに入れてホーバークラフトに運んだ。

ホーバークラフトに積終えてから野菜の種を思い出した村田は、またスーパーマーケットに入って種を探した。種売場の種はどれも袋が膨らんでいて恐らく発芽しないとは思ったが、一応全部持って行く事にした。ついでに腐葉土等も。
更に思い出して倉庫から高級毛布等も探し出して運んだ。それで必要な物はだいたいそろった。
(新鮮な野菜果物は無理だな)と思った時、町の近くにパイナップル畑があるのを思い出し、また次の満潮時まで時間もあったので行ってみることにした。

しかし、畑があったと思われる場所は2メートル近い雑草に覆われてパイナップルを探しようがなかった。だが幸いにもサトウキビが雑草よりも高く伸びていたので、スーパーマーケットから持って来ていた鉈で雑草を刈りながらサトウキビ群生地にたどり着き数十本持って帰った。
ホーバークラフトに帰って積荷を見て村田は思った。
(これだけあれば島で数か月は暮らせるだろう、、、死に場所をと思って島に帰ってきたのだが、、、)

島に帰ったその夜、村田は夕食後にウイスキーの水割りを持ってベランダに座り星空を眺めた。
十数年前と変わらぬ満天の星空が村田を包んだ。
(、、、まるで夢のようじゃ、、、星空もなにも変わっていない、、、ここは何一つ変わっていない、、、じゃが、、、港町には誰も居なかった、、、恐らく沖縄本島にも誰も居まい、、、
日本列島に数千人、、、世界各地にも少しは生き延びた人間も居るかも知れんが、、、
他は全てワシが殺したようなもの、、、そんなワシが今まだこうして生きている、、、何ゆえに、、、)

村田はコップ半分ほどの水割りを一気に飲み干すと、寝室内の冷蔵庫から氷を取り出して水割りを作って再びベランダの椅子に座った。
風のない穏やかな天気だったが、数十メートル下の波打ち際から微かに潮騒が聞こえていた。それ以外は全くの無音、静寂という言葉でしか言い表せないような静かな夜だった。
一般人ならあまりにも静か過ぎて恐怖心さえもおぼえるかも知れないが、ここに30年以上も住んでいた村田にとっては、この静けさは心地良かった。
村田は更に物思いにふけった。

(、、、この世にもし神というものが存在するならワシは神に言う。ワシは為すべきことを為した、もういつ死んでも良い。もう朝日を見れなくても良いんじゃ、とな、、、
じゃが、贅沢を言わせてもらえるなら、ワシは死ぬ前に本当の事を知りたいんじゃ、、、
神は何故ワシにこのような大役を与えたのか。わずかな人間を選んで生き延びさせ残りは絶滅させるという大役を、、、何故ワシに、、、)

その時、不意に厳かな声が聞こえた「当然のこと、お前が適任だったからだ」
(ん、、、なんじゃ、また幻聴か、、、このごろ多いな、まあ、幻聴でも良いわい、、、ワシの知りたいことを教えてくれ。ワシは何の為に今まで生きてきたんじゃ、人類を絶滅させる為にか)
「そうだ、お前は人類を絶滅させる為に生まれてきたのだ」
(ん、、、また幻聴か、リアルな幻聴じゃわい、、、
じゃが、何で今なんじゃ、百年後でも二百年後でも良かったんじゃないのか)

「今しかなかった。愚かな人間がもう少しで核兵器を使うところだった。核兵器を使う前に人類を絶滅させるしか術が無かったのだ。
見るが良い、この星空を。もし核兵器を使っていたら放射能汚染された粉塵が地球全体の空を覆い、星空どころか太陽さえも見えなくなっていただろう。そして人類だけでなく他の多くの生き物までも絶滅しただろう。

人類だけを絶滅させるには、人類だけに有害なウイルスを開発しなければならなかったのだ。そしてお前はそのウイルスを開発した。お前は世界一の適任者だったのだ。
お前のおかげで地球は救われたのだ。お前たち人類が知っている生き物だけでなく、人類が知らない、古代から地球に住んでいる多くの知的生命体も皆、お前に感謝している。
その者たちの感謝の気持ちをこれからお前に伝える。目を閉じて心を開け」

村田は心地よい眠りにつくかのように自然に瞼を閉じた。するとすぐに美しい様々な光が見えた。そしてその光は、踊っているかのように歌っているかのように楽しげに躍動していた。
(やれやれ、ワシは幻聴だけでなく幻視まで見えるようになったのかのう、、、しかし綺麗じゃ、、、天国や極楽浄土にはまだ行った事がないが、恐らくこれが天国極楽浄土の景色なんじゃろうのう)
その時、柔らかいと形容すべきか優しいと形容すべきか何とも言い表せない女性の声が聞こえた。

「いえ、この景色は天国でも極楽浄土でもありません。この景色は私たちの感謝の心を貴方の心に転送しているものです。人間の表現ではテレパシーと言うようですね」
「なに、テレパシーじゃと、、、」
「はい、私たちには実体がありませんが、人間の心に意思を伝えることはできるのです」
「なに、実体がない、、、ますます分からんようになった。君たちは何者なんじゃね」

「信じられないと思いますが、私たちはこの地球に海と雲ができた数億年前から雲の上に生存している生命体です。私たちは太陽光線と水蒸気だけで生存できるのです。
しかしもし大気圏内で多量の核爆発がおき放射能に汚染された粉塵に覆われると私たちは消滅してしまうのです。村田さまはその危機を救ってくださいました。
核兵器保有国は全てミサイル発射ボタンを押す前にウイルスに感染して滅びました」

「う~ん、、、数億年前から雲の上に生存している生命体じゃと、、、ワシは夢を見ているんじゃろうかのう、、、」
「いいえ夢ではありません。私たちは本当に雲の上に生存しているのです。しかし私たちは物質的な実体はなく、私たちの方からテレパシー送信しなければ、人間は私たちを見ることも触れることもできません。でも今は村田さまにだけ特別に送信しているのです。村田さまは私たちの恩人ですので」

「う~む、、、物質的な実体はない、、、では幽霊や霊魂と言うようなものかのう、、、じゃが地球に数億年前から住んでいる、しかも雲の上に、、、
今までもワシは何度も幻聴があったが、こんな事を言う幻聴は初めてじゃわい、、、そろそろワシも幽霊の仲間に入る前ぶれかのう、、、まあ、もうこの世に未練はないからそれでも良いが、、、

そうじゃ、君たちは本当に地球に数億年前から暮らしているなら、人類がいつどうやって生まれたかも知っているのじゃろう。ワシは、人類が猿から進化したという進化論は未だに信じられんのじゃが、人類が生まれたいきさつを教えてくれんかのう。
おう、そうじゃ、いきさつだけではのうて、人類が生まれた理由も教えてくれ。ワシはずっと考え続けてきたんじゃ、何故こんな悪魔としか言いようがない人類が生まれたのか。しかしその理由が未だに分らんのじゃ」

「それについては人類を誕生させた創造主の我が答えよう、、、
元々この地球は資源の宝庫だったのだ。金や鉄等の金属資源だけでなく、化学処理をすればシリカ(石英)に変化する巨木が地球全体を覆っていた。
我々は数億年前に地球に来てその資源を採り尽くした。また地下資源を掘削してできた巨大穴に、根本付近で水平に切った巨木と薬品を入れ化学処理してシリカに変え母星に持ち帰った。

現生人類はまだ気づいていないようだが、 鉄等の金属に比べシリカ(石英)は、硬い上に耐用年数が数千万年と長く母星での建築材料として需要があったのだ。
母星の建築物のほぼ全てがシリカでできていたし、ピラミッド形にして宇宙線を電気エネルギーに変えて利用していた。シリカは宇宙で一番利用価値の高い物質なのだ。

我々が資源を採り尽くした後の地球は傷だらけのデコボコした醜い星になった。しかも化学処理に使った薬品で汚染され、それまでに生まれていた三葉虫やアンモナイト等の水生生物は死に絶えた。我々はそんな地球を放ったらかしにして母星に帰った。
だが数億年後、地球から持ち帰っていた資源を使い果たした我々は、資源不足になり、特にシリカが必要になり再び地球を訪れた。
地球で木を栽培し巨木になれば化学処理して母星に持ち帰る計画を立てたのだ。

だが薬品で汚染された地球では以前のような巨木にならなかった。せいぜい1000分の1程度の、現在と同じくらいまでの木にしか成長しなくなったのだ。
その原因を調べた結果、巨木をシリカに変える薬品のせいであることが分かり、我々は地球の薬品を洗い流すことにした。

宇宙空間に漂っている氷彗星を運んできて地球に衝突させて水に変え、大陸全てを水没させたが、そのせいで地球は寒冷化が起こり全球凍結してしまった。氷が多過ぎたのだ。
我々は隕石を衝突させその熱で氷を蒸発させた。するとその水蒸気で厚い雲ができ、現在のような地球環境になった。

因みに大陸を水没させたことにより巨木の切り株が化石化しテーブルマウンテン等になった。
現在、山頂が平らな山は古代の巨木の切り株だったのだ。
もともとの地球はそれほどの巨木が生い茂っていたのだが、地球環境が現在と同じようになったせいもあり巨木にならなくなった。

現在の地球の木と同程度の木なら母星にもあり、地球から運ぶメリットがなくなり我々は母星に帰ることになった。
しかし我は、安定した地球環境と美しい自然に興味が湧きただ一人地球に残った。
そしてこの地球に様々な生物を誕生させることにしたのだ」

その時またあの女性の声が聞こえた。
「創造主は最初に私たちを誕生させてくださったのです。でも私たちは物質ではありませんでした。創造主の精神エネルギーの集合体だったのです。
私たちは空気中に漂いながら一つにまとまり雲の上で暮らすようになりました。そしてその後の地球を雲の上から見守るようになったのです。

創造主はその後、様々な生物を誕生させました。それは聖書の創世記の内容とほぼ同じでしたが、6日間ではなかったのです。数千万年かけてやっと単細胞生物を生み出したのです。そして人類のような高等動物を生み出したのは、たかだか200万年前なのです。
200万年前、人類の祖先は生み出されましたが、当時の人類は馬や牛等の家畜のように従順で、自由意思や思考能力がありませんでした。正にペット動物を地球に放し飼いにしているようなものだったのです。

そのような人類に飽きた創造主は、16万年前人類の祖先の一部に自由意思と思考能力を与えました。
するとその者たちは1万年も経たないうちに高度文明を築き上げたのですが、現在の人類と同じように弱者を虐げ奴隷にし、他の生き物を娯楽の対象として遊びで殺しました。
そればかりか淫らな性的欲望を満たす為に人類同士のみならず獣姦さえも犯すようになったのです。それを知った創造主は怒り、当時の生き物全てを人類もろとも滅ぼしました。

それでも人類への愛のあった創造主は再び多くの生き物とともに人類を生み出されました。
しかしまた数万年で人類は高度文明を築くとともにおごり昂ぶり、前人類と同じ過ちを起こして創造主に滅ぼされました。
そうやって人類は、創造主によって何度も生み出されては滅ぼされるという愚かな事を繰り返していたのです。
しかし今回は、人類中の一個人によって人類のみを滅ぼす事ができたのです、村田さまのおかげで、、、」

「う~む、、、そうじゃったのかい、、、人類は何度も生み出されては滅ぼされていた、、、産んでは殺す、、、まるで実験動物のようじゃが、ポピ族の伝説通りだったんじゃな、、、
しかし何度も同じ過ちを犯す人類を、創造主は何故また生み出されたのか、ただの暇つぶしか」
その時、村田の頭の中に雷鳴のような声が響いた。

「違う、暇つぶしではない。
何度も繰り返して行くうちに人類も少しずつではあるが進化してきているのだ。
現にお前のように地球を思いやる人間も生まれてきた。
それに我は今回のYAP遺伝子集団の未来には期待しているのだ。
この集団が数千年後高度文明を築き上げた時、他者と争わずまた地球上の他の生き物を虐げる事もなく、多くの面で調和のとれた文明社会を生み出せるのではないかとな、、、

お前には人類を滅ぼした報いとして、今後数万年を生き続け、現生人類の未来を見届ける罰を与える。YAP遺伝子集団の子孫どもが正しく生きていくよう指導するが良い」
「は、、、何という罰じゃ、数万年を生き続けるじゃとう、、、お断りじゃ、今すぐ死なせてくれ。
ワシはもうこの世に未練はないんじゃ」

するとまた女性の声が聞こえた。
「大丈夫ですわ。村田さまの肉体はもうすぐ死んで、精神エネルギーだけが私たちと一体になり、雲の上で何億年も生き続けるのです。そして地上の人びとが村田さまに救いを求めた時、その精神エネルギーを感じ取って救いの手を差し伸べればよろしいのです」

「う~む、、、数十億人を殺し呪われているはずのワシが雲の上で生き続け、時には求めに応じて子孫を指導する、、、そんな理不尽なことがあって良いはずがない、、、
これは夢だ、、、悪い夢だ、、、ワシは悪い夢など見たくもないわい、もう起きよう、、、」

しかし村田は二度と目を覚ますことはなかった。
村田の見た夢が真実であったかどうかは誰も知らない。


              ウイルス研究員村田の夢      完
2023/12/11

ウイルス研究員村田の夢

**あとがき**
宇宙では、見える物質は5%で残り95%は見えないそうだ。
つまり見えないけれども存在しているものがあるということ。
そして高度に進化した知的生命体は、見えない物質でできている可能性もあるのだ。

何故なら、生き物は自身の肉体を生かしめる為に、他の生き物を殺して食べているが、もしその肉体を消滅させ精神エネルギーだけの生命体になれば、他の生き物を食べる必要がなくなるからだ。
だから本当に進化した生命体、つまり究極の知的生命体も恐らく物質的な肉体はないだろう。
そのような知的生命体が我々のすぐ横に居て、人類の無智を笑っていても我々は気づかないだけなのかも知れない。

人類に見えている物質は5%、しかしその5%の物質でさえ分からない事が多いのに、人類はおごり昂ぶり地球を我がもの顔で汚染し破壊し続けている。
こんな人類が許されるはずがない。いずれ人類は地球から手痛いしっぺ返しを喰らうだろう。
まあ地球というよりも、地球に存在している可能性がある見えない知的生命体と言うべきか。
2013年チェリャビンスク隕石落下時の隕石爆破は、恐らく地球に存在している見えない知的生命体によるものだろう。
私は見えない知的生命体の存在を信じている。

ご意見ご感想等、下記メールアドレスに頂けましたら幸いです。よろしくお願いいたします。
ryononbee@gmail.com

ウイルス研究員村田の夢

C国共産党員の息子、関飛雲は戦闘機パイロットに憧れ数年で天才パイロットになったが、その後死ぬのが怖くなり日本に亡命した。その時、ウイルス研究員の村田と運命的な出会いをする。 しかし村田は、関などに構ってはいられなかった。村田は、史上最強最悪のウイルスを開発したのだ。そしてそのウイルスを使って人類絶滅を図った。

  • 小説
  • 長編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-12-11

Copyrighted
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