Pretty, sparkling, twinkling Town
どの季節が一番過ごしやすいと思うか?
そう尋ねられれば彼は、んなものはないと答えるだろう。
春は何かと準備に追われて忙しい。夏は作物が暑さにやられる。秋は冬支度で忙しい。冬は食料の備蓄を常に気にかけなければならない―全ては、彼が常に快適な生活を望むことからくる主張だった。
それらは過去の苦労した経験に基づいたものであったし、つい最近まで続けていた生活スタイルの影響もある。何百とはいかずとも、それなりに多くの「仲間」の面倒―おもに衣食住、の食の部分―を見ていたのだ。必要に駆られて身に付けたものではあったが、そうした彼の思考を案じる者もいた。
君は情緒がなさすぎるから不安だ、と。
「そりゃお前みたく絵やら皿やら建築物やらに興味ある訳じゃねぇけど、だからって言い過ぎだろ。俺だって花見たら綺麗だって思うし、星見たら綺麗だって思うわ」
「もっと根本的な問題だよ。君が皆を支えてくれていたお陰でオレも頭としてやってこれたんだ、感謝してもし尽くせない……今更お小言やお節介を言える立場じゃないし、そもそもするのも嫌だけど……」
眉尻を下げ、彼が最も「世話を焼いてきた」友人は言う。
「まどろっこしいな、つまり何だって?」
「ええと―一週間くらい、どっかに行ってくれない?」
「……は?」
「可及的速やかに休暇をとってくれ、テイ」
それと、皿じゃなくて陶器と言ってほしいな。
友人はそう付け足して、にっこりと笑った。
*****
寒い。
訳も分からず列車に乗せられたらこれだ、とテイは友人の満面の笑みを思い出す。あいつはサプライズで誰かを喜ばせるのが好きだ。相手が気心の知れた者ならなおのこと。
しかし「仕事」のことで自分が苦言を呈される側になるとは、と溜め息を吐く。近頃ろくに休めていなかったのは事実だが。
専ら事務方のまとめ役として活動してきたため、テイが現在任されているのは己と同じ境遇にあった人々のサポートだった。就学就労に関する事務を担当しているが、作業が常にスムーズに進むとは限らない。戸籍、家族の有無の確認から新生活を始める上での受け入れ先探し、その後の生活上の相談まで。結局は全面的なサポートを必要とする者が多く、休憩なしに一日中作業をしていることもしばしばだ。
見かねた友人―かつての我らがリーダー様が働き詰めの姿を見逃すはずはないと、テイも薄々思ってはいたものの。まさか行き先不明の列車に放り込まれ、終着駅を出れば白銀の世界が待っていようとは想像していなかった。
駅を出、宿泊先の住所が書かれたメモを見ながら歩いていく。雪はブーツの丈より積もっていたが、歩道は丁寧に除雪されているため問題はない。寒さの原因は風だ。港町だからか、潮でべたつく強風が肌を裂くように吹いている。防寒具越しに身体全体を冷やすこれはしかし、知らない天候ではなかった。
「拠点がこの辺りにあったときっていつだ……? 懐かしいなぁ、おい」
食糧を買い込むために何度か立ち寄ったことがある町だが、当時とはやや印象が異なっている。一言で言えば活気がない。メインストリートには屋台が場所を奪い合うように並んでいたし、人出だってもっと……と、ある種の寂しさを覚えながら歩を止めたときだった。
「うわ! びっくりした……すげぇ……」
突然周囲がオレンジ色に光ったものだから、テイは思わず声を上げてしまった。
歩道脇の街路樹も屋台も街燈もくたびれた建物も、電飾によってやわらかい光をまとっている。時間が経つにつれ、白から冷え冷えとした青色になっていた世界に色が増えた。凍える夜の暖炉の炎のように。狭い自室に一つだけ灯す蝋燭のように。
テイは思わず、口を開けたまま首をめぐらせた。なぜか目を離すことができなかった。いつまでも見ていられる、と心の中で呟く。こういった装飾は見たことがない―花火とやらも子供の頃に見たきりだ。
「兄ィさん、ここの電飾は初めて見るんかい」
声を掛けてきたのは煮物と酒などを売る屋台の店主だった。ちょいちょいと手招きされ、小さな木製の椅子に導かれる。
「ああ、すげぇなこれ。おっさんはこんなに綺麗なの、毎日見てんのか」
「勿論。兄ィさんみたいな観光客が驚くのを見る方が楽しみなぐらいだ。今日は客足がいまいちでな、まけてやるから吞んでってくれよ」
古風な器に盛られた野菜の煮物と麦酒がカウンターにことりと置かれた。ありがたく、とテイは煮物を一口つまむ。海産物の出汁がきいた、身体が芯から温まる味だ。酒もこれまた丁度良い温度で、きりりと美味い。すぐに二杯目を注文した。
「昔もこの町に来たことがあるんだ。そんときゃこんなのがあるなんて知らなかった」
「最近始まったんだよ、観光客を呼ぼうってんでな」
テイは小さく頷いた。町に元気がない、と感じたのは気のせいではないのだろう。自分達の生活も当時とは全く異なったものになっている。当然ながら、変化しないものなどない。
「あちこち他の町でもやってるらしいからな、目新しくはないけども。綺麗には違いないだろう?」
「だな。綺麗だ」
いわく「情緒がない」自分でもそう感じるのだ。芸術品をはじめうつくしいものに目がない友人も来れば良かったのに、と、テイは再び彼の笑顔を思い出す。
「………………綺麗だな、これ。だよな、おっさん」
「うん? あんたがそう思ってくれてるなら嬉しい限りだよ、こっちは」
店主はテイのグラスに酒を注ぎ足しながら言う。観光客のリップサービスだと思われたのか、などと、テイには気にする余裕もなかった。
そうか。
あいつ、そういうことか。
「俺……あんましこういうの見ねぇからよ。どういう風に綺麗だとか、上手く言えねんだけどさ。綺麗なものは、それだけで綺麗なんだな」
まるで偵察部隊のライトみたいだとか、閃光弾みたいだとか。そうは考えなかった自分がいることに驚く。かつてと同じ生活をしていたならばすぐにそう連想していただろう。今の自分は、もはやあの頃とは別人だ。
テイが行っている仕事はいつか終わる。完全に消えることこそないだろうが、縮小を続けていくのは明白だ。しかしテイは「そのとき」のことを考えないようにしていた。どう気持ちを切り替えて良いか分からないでいた―新生活に戸惑う人々のサポートをしている自分が新生活について考えないようにしていただなんて、とんだお笑い種だ。
友人が述べていた、多忙の中でも休暇を取ってほしい、というのは建前。本音はこうだろう―「オレや仲間たちを優先して考えなくてもいいときが来る。君は面倒見が良いから自分のことを後回しにしてくれていただろう? だけどそれはもう終わりだ、テイ。君には君らしくいてほしい。旨いものを食べてうつくしいものを見て。練習と準備の時間もくれてやるからさ」と。
まったく、うちのリーダー様には勝てねぇなあ。
店主にも聞こえぬよう小さく呟いて、テイは再びグラスに口をつけた。
Pretty, sparkling, twinkling Town