還暦夫婦のバイクライフ25
ジニー世界唯一の鉱物大結晶産出跡地に行き当たる
ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を迎えた夫婦である。
いつものように長椅子に寝転がってスマホを見ていたリンが、何かを見つけたようだ。
「ジニーこれ見て」
「何?」
ジニーは自分が見ていた動画から目を離し、リンのスマホを見る。
「ほら、この地図。ここが止呂峡で、その奥にずっと道があるじゃない。笹ヶ峰登山口って案内がある道」
「うん。あるな」
「あの道って、途中で分岐してて、ずっと辿ると加茂川の武丈公園に出るみたい」
「ん~?」
ジニーは自分のスマホの動画を切って、地図を呼び出した。それからリンと同じところを確認する。
「あ~本当だ。武丈公園に出るな。ここは小学生の時に、おやじに連れられて良く泳ぎに行ってたよ」
「へえ~」
「今でも泳いでる人いるんじゃない?キャンプしてる人も居るし、秋祭りにはだんじりとおみこしが川を渡る神事があるな」
「あーあそこに出るんだ」
「大型ではちと厳しいな。原付なら大丈夫か。でも道中がかったるいなあ」
「だよね~」
「う~ん。久々にコンロとカップ麺担いでいってみるか」
ということで、10月最後の日曜日は、西条市の山中をうろつくことになった。
当日朝8時30分、ジニーは寝床から起きだした。休みの日はつい遅くまで寝てしまう。すぐに台所に向かい、コーヒーメーカーをセットする。コーヒーがサーバーに落ちる間に着替えを済ませる。昨日買っていたパンを食べながら、サーバーに落ちたコーヒーをカップに注ぐ。
「おはよー」
リンが起きてきた。テーブルに置いてあるパンを取って、口に放り込む。
「コーヒーは?」
「あるよ」
リンはカップを取って、コーヒーを注ぐ。それをふうっと冷ましながら一口飲む。
「あ~おいしい。ジニー、グロムにガソリン入ってる?」
「知らんよ。あれは奴がいつも足にしてるから」
奴というのは三男のことだ。
「KLXは?」
「入ってないよ。いずれにしてもスタンドには寄りますよ」
「わかった」
二人は出発準備にかかる。ジニーはガスボンベの残量を確認してリュックに入れる。ケトルやコッヘルも入れて、割りばしとインスタントコーヒーも放り込んだ。
「ジニー何着てくの?」
「秋用ジャケット。インナーは外すけどね。そんなに寒くないから」
「私もそうしよ」
リンも秋用ジャケットを羽織った。
外に出て、グロムとKLX125を用意する。
「さてリンさん。出るよ」
「どうぞ。スタンドやね」
二人は久しぶりの原付で出発した。スタンドに寄って、ガソリンを補給する。2台合わせて5Lくらいだ。給油を済ませてスタンドを出発、R11バイパスを目指す。バイパスに乗り、西条方面目指して東へと走る。桜三里の入り口をゆっくりと上り、トンネルを潜る。トンネルを抜けるとあとはずっと下り道だ。
「非力なバイクに乗ると、道の上り下りが良く分かる」
「のんびりしてていいねえ」
原付は車の流れに乗って、のんびりと桜三里を下ってゆく。湯谷口を通過し、丹原、小松と走り抜ける。街並みを抜けた所にあるスーパーに立ち寄り、昼飯を調達する。
「リンさん、どれにする?」
店内のカップラーメンのコーナーの前で、ジニーが迷う。
「わあ、いっぱい種類がある。見たことも無いのがある。そうやなあ・・・私はこれにする」
リンは新製品らしき焼きあごだしうどんを取った。
「じゃあ、僕はこれな」
ジニーは至極の一杯という塩ラーメンを取った。それからしばらく店内をうろつき、2Lのペットボトルの水と、お結び、手巻き寿司、デザートを購入した。ジニーはそれらをリュックに収め、背負った。
「じゃあリンさん、行きますよ」
「武丈公園ね」
二人はR11を西条向かって走る。しばらく走って加茂川を渡り、土手沿いの道へと右折する。少し狭い道をゆっくりと走り、武丈公園を通過する。そこから一気に道は狭くなり、路面も悪くなった。
「リンさん、この道は車で来るのも嫌だなあ。絶対離合できないよ」
「大型バイクでもいやよ。原付で正解だった」
道は悪いが、それでも車は通っているらしく、轍に苔は生えていない。少し走ると、松山道の上を横切っている所に出た。そこで止まって、上から高速をのぞき込む。下は加茂川の支流があり、そこを橋で渡って道の下でトンネルに入っている。
「ここは高速走っているときに見たなあ。でも下に川があって谷を渡っているのは知らなかった」
「本当やね。写真とっとこ」
リンはスマホを取り出し、何枚も写真を撮った。
「さあ、どんどん行くよ」
二人は再びバイクにまたがり、先へと進む。途中で空き家が何件かあった。人が住んでいる家もある。しばらく進むと、道が分岐していた。ジニーは躊躇なく下っている方に進入した。
「あ、リンさん道間違えた。これ、市之川公民館だ。下が広いから、そこでUターンしよう」
「え~また間違えたの?ジニーの脳内ナビはもうだめだねえ」
「全くだ。あ、車が何台か止まってる。人がいる。え?何か言ってるな」
降りた所は学校跡地らしく、狭いグランドがあった。そこにいた人たちに、二人は呼び止められる。ただ、ヘルメットを被っているために何を言っているのか全く聞き取れない。
「リンさん、これって怒られてるのかな?」
「いや、違うと思うけど」
ジニーが風防を上げて、そばに寄って来た人の話を聞く。
「あ~、公民館の見学だったら、どうぞ奥へって言ってる。開いてるから見ていってだって。何があるんだろう?」
「なんだか断れないね。」
二人はバイクを隅に止めヘルメットを脱ぐ。建物入り口で、おじさんが手招きしていた。そちらへ歩いてゆく。
「いらっしゃい。ここは市之川鉱山資料館です」
「市之川鉱山?・・・・あっ!もしかして輝安鉱の鉱山ですか?」
「何?」
リンがジニーに尋ねる。
「市之川鉱山は、輝安鉱が採れるんだ。しかも、大結晶が採れるのは、世界でもここだけなんだ」
「へえ~」
「その結晶は、イギリスの大英博物館にもあるし、確か新居浜の科学博物館にもあったような気がする」
「ふーん」
入り口で靴を脱いでスリッパに履き替え、展示を見て回る。廊下の机の上に、石の標本が並べてある。
「私ここの館長を任されています。この標本は、私が川で拾ったものを並べています」
「この下の川ですか?」
「はい」
館長は一緒にまわって、資料の説明をしてくれた。教室跡を資料室にした、手作り感満載の資料館だ。
「わあ、この辺の山って、穴だらけですね」
坑道配置図を見ながら、ジニーが感嘆する。
「そうですね。昔私も入ったことあります。這って行くような坑道もありますよ。今は危険なので、すべて入り口は閉鎖しています」
「この谷が鉱山跡地だとは知りませんでした。市之川鉱山の輝安鉱は有名だけど、場所までは知らなかった」
「この谷に最盛期は4千人いたそうです」
「4千人!」
「ジニー、鉱山ってそんな感じよね。別子の東平だって、あーんな山の中なのにそれくらいの人がいたもん」
館長の説明を聞きながら、二人は資料を見て回る。
「素晴らしい資料ですね。こんな山の中に資料館があるなんて、知らなかったです。でもアクセスがね。車で来るのはかなりハードルが高いです」
「下から歩いてこられる方もいます。3Kmくらいですね。でもここも、数年のうちに閉めるようです」
「え?もったいないですね。どこかに移すんですか?」
「その予定ですが、移転先はまだ決まっていません」
「そうですか・・・」
館長はごゆっくりと言って、去っていった。ジーとリンは、資料をゆっくりと見て回る。最後まで展示を見て、資料館を出た。
「ジニーこの先に、千荷抗の坑口があるみたいね。見に行こう」
「うん。歩いて?」
「200mくらい」
二人は川沿いの道を歩いてゆく。少し行った所に通行止めのゲートがあり、そこから坑口が見えた。入り口はコンクリートで閉鎖されている。写真を撮ったりしてから引き返す。
「ジニーが道間違えなかったら、ここの存在に気付かなかったわね」
「うん。偶然だけど、良いものが見れた」
ジニーは満足そうにうなづく。
12時45分、資料館を出発して、狭い道を山奥へと走ってゆく。
「ジニーおなかすいた」
「そうだなあ。どこか平らで日当たりのいい所無いかな」
二人はいい場所を探しながら走るが、山の東側斜面を走っているのでずっと日が当たらない。分岐を見つけて西側斜面へと移動する。しばらく行くと、平らで日当たりのいい場所を見つけた。バイクを止め、リュックからシートを取り出して広げる。その上に二人は座り、水や食料、食器やガスボンベと組み立て式ガスコンロを取り出す。コンロにボンベをつなぎ、火を点ける。ケトルに水を入れて火にかける。沸騰したお湯を、カップ麺に注ぐ。
「いただきます」
カップ麺ができるのを待つ間に、お結びと手巻きずしを先にほおばる。
タイマーが出来上がりを知らせる。早速二人は自分のカップ麺を食べ始める。
「う~ん。イマイチかな」
リンが少し残念そうな顔をした。
「塩ラーメンも後一息って感じかな」
二人は交換して味見する。
「なるほど」
「全く」
スープまできれいに完食して、ガラを袋に入れる。マグカップにインスタントコーヒーを入れて、お湯を注ぐ。それからデザートに買ったプリンとチーズケーキを食べる。
「あ~うん。まあ、こんなもんかな」
リンが少し納得いかないような言い方をした。
「プリン食べる?普通においしいよ?」
「うん」
ジニーはリンのチーズケーキをもらって食べた。
「なるほど」
「そうだね」
互いに感想を言って、完食した。暖かいコーヒーを飲み、しばらく休憩してから片付ける。
「リンさん、この先神社があるみたい。行ってみよう」
「ええよ~」
二人はバイクに乗って、さらに先に進む。少し行った所に、保野神社があった。きれいに手入れされていて、小さいながらも立派な社だ。
「お参りしていこう」
ジニーとリンは、並んでかしわでを打って、頭を下げる。それからバイクに戻り、さらに先へと進むが、通行止めになっていた。
「リンさん、引き返そう。こちら側からは行けないようだ」
二人は来た道を戻る。分岐の所で右に曲がり、走ってゆく。途中未舗装の所もあったが、原付の気軽さで乗り越えてゆく。
尾根線を越えた先に、絶景が広がっていた。見晴らしが良い所まで走り、バイクを止める。
「素晴らしい」
「すごい景色だねー」
眼前には、なだらかな傾斜で切れ込んだ深い谷があり、最奥部に笹ヶ峰が見える。山の上は紅葉が始まっていて、所々赤く色づいている。しばらく景色に見とれてから、谷へと下る道を走ってゆく。谷底まで降りた所で橋を渡り、笹ヶ峰に向かう道と合流する。そこを右折してさらに下ってゆくと、止呂峡にかかる橋の所に出た。橋の上に止まり、下を覗く。
「ひゃー、いつ見ても足がすくむ」
「ジニー怖がりだねえ」
「でもいい景色だ。しかもこの奥にあんな絶景があるとは思わなかったな」
「うん、行ってみるもんだね」
二人はそこで写真を撮る。
「さて帰りますか。15時回っちゃったし、暗くなる前に帰るよ」
「私先に行くね」
「どうぞ」
リンが先にスタートして、R194に出る。ジニーがついていこうとするが、丁度車が左右から来るので止まって待つ。右側の先が切通のコーナーになっていて、見通しが悪い。車が居ないのを確認してジニーが右折する。ちょうどそこに、切通の陰からかなり早い車が来た。道を渡っているジニーのバイクを見つけて急ブレーキをかける。ジニーもアクセル全開にするが、原付なので加速が遅い。車の20mくらい前を横切るようになってしまった。
「ドライバーと目が合ったよ。何かののしってたな」
「でしょうね。結構きわどかったよ」
「うん」
そのまま走り去ってゆく車をミラーで見ながら、ジニーが反省する。
R194をどんどん下り、R11の交差点まで戻って来た。対岸に武丈公園が見える。交差点を左折して、小松方面へと走る。ゆっくりと走る車の流れに乗り、小松から丹原へと走ってゆく。
「ジニー、どこかでお茶したいんだけど。お尻が痛くなった」
「じゃあーこの先の喫茶店に寄る?2軒あったと思う」
ジニーが前を走り、手前の喫茶店の駐車場に入った。
「あ~残念。準備中でした」
駐車場をぐるっと回り、再び国道に戻る。
「次のお店に行ってみよう」
「開いてる?」
「さあ?」
リンが先に走り、右側のお店に入る。
「あいてるねー」
二人はバイクを止め、ヘルメットを脱いでお店に入った。
「いらっしゃしゃいませ」
おじさんが迎えてくれる。窓際の日当たりのいい席に案内されて、席に着く。早速メニューを取り、少し悩んでからコーヒー二つと復刻版ミックスサンドを注文した。しばらくしてコーヒーが来る。香りが良くておいしい。
「あ~いいわあ」
リンがつぶやく。次にミックスサンドがやって来た。スープとサラダ、フライドポテトと果物付きだ。ロールパンでサンドイッチを作っている。
「へえ~珍しい」
「僕にも頂戴」
ジニーがサンドイッチに手を伸ばす。
「どうぞ・・ていう前にもう食べてるし」
「へへへ」
もうっていう顔で、リンはジニーをにらむ。
のんびりと休憩をしてから、お店を出た。入り口には準備中の札が下がっていた。
「私らが最後のお客だったみたいね」
時計を見ると、16時40分だった。
「さて、山陰に日も沈んだしさっさと帰ろう」
「ジニー先走って」
「了解」
R11に出て桜三里を駆け上がる。峠のトンネルを抜け、道後平野へと下りてゆく。西の空は、夕焼けに赤く染まっている。
「陽が落ちるのが早くなったね」
「うん。早く帰らないと、ミラーシールドだから前が見えなくなちゃう」
R11バイパスを走り、小坂から石手川沿いの土手道に入る。家に着いたのは、17時30分だった。
「お疲れー」
「つかれた~」
久しぶりの原付ツーリングで、二人ともくたびれたようだ。車庫にバイクをしまい、家に入る。
「そういえば輝安鉱って、何に使ったんだ?ちょっと調べてみるか」
ヘルメットを置いたジニーが、思いついたように元素図鑑を引っ張り出してくる。
"輝安鉱は、SbS3で、アンチモンの硫化鉱物である"
「なるほど、で、アンチモンって何?」
"アンチモンは、典型的な半金属、金属よりもろく、より結晶性が高い。鉛やスズとの合金にして使う。鉛と合わせると、鉛だけ固くなる。主に銃弾やバッテリーの電極に使われる。鉛とスズとの合金を、印刷用の活字に使う"
「あ~、資料館に銃弾に使用されたってあったな」
ジニーは納得したように図鑑を閉じた。
還暦夫婦のバイクライフ25