生まれることも飛ぶこともできない殻の中の僕たち

第1話 生まれたくない

ピヨはふ化が遅れたひよこだった
他のひよこはもうすでに母親とともに旅立ってしまった
巣に残されたピヨは、卵の中の栄養が尽きて死ぬまで待つか
試される大地で、ひたすら殻にこもる選択を取り続ける
死が近づく中、このまま死ぬのも嫌だなと
ぼんやりからの中で過ごしていた頃
同じように、殻にこもりながら、ころころ転がって卵のまま
旅をしているという、卵の存在に出会う
自分が何の鳥か明かさない、その卵の存在に
ピヨはミステリアスな魅力を抱きながら境遇を話す
最終的に、どうせ死ぬから卵のまま転がってきたという
その大胆さを告げるミステリアスな卵に対して
ピヨは興味を引き始め、魅かれ始めていた
しかし、その卵は目的の場所に向かうべく旅立ってしまう
ピヨは黙って通り過ぎていくのを眺めることしかできなかった
意気地なしのピヨ 死ぬ運命のピヨ 帰ってくることを待つことしかできないピヨ
弱虫のピヨは死んでしまうのだろうか 世界を知らずに
その時はじめて寂しさを覚えたピヨは
少しだけ転がってみる練習をしてみた
外は音がガタゴト聞こえ、唸る音が叩きつけてくるようで怖かった
ちょんと叩いた時にウッカリころころと転がって行ってしまう
ころころころころころ 転がり続け ウワー とむなしい悲鳴が飛び出す
死 と 世界に対する恐怖で 固まったピヨ
もう死ぬしかない

と思ったとき、止まることができた
何かと思うと、先ほどのミステリアスな卵だった
寂しかったの?と聞かれると、どうしても黙ってしまうピヨ
会いたかったのを前にして、ただ泣いてしまったピヨ
世界の怖さと死を覚悟して、実は少ししか動いていなかっただけなのに
こんなことで君に着いていけないだろうとわんわん泣き出してしまった

第2話 美しくなければ意味がない

泣きじゃくるピヨを目の前にして、ミステリアスな卵は困ってしまった
なにせ、こちらも卵、あちらも卵、何か方法はないかと手探り状態だ
ミステリアスな卵は、はっとして語りだす。それは、自身が聞かされた母の子守歌

よくお聞き 子供たちよ
私たちは美しい鳥として生まれてきた
お前も私に似ているから きっと美しいだろうね
もし美しくなかったら 私の子じゃない
私の子じゃないお前は巣に置いて行ってしまうよ
だから美しくお生まれ 美しく気高い
高貴な鳥として さあ おやすみわが子よ
私の美しい鳥 私の美しいわが子よ

末恐ろしい、深淵から響くような声に、ピヨはぶるぶると震えながらも聞いていた
しかし、その怖い子守歌は、どこか現実身があるようでピヨの興味をそそられた
怖いようで深いその歌に、泣くのもいつの間にかやめて聞きほれていた
何より、ミステリアスな卵の声がとても澄んで美しかったのもあった
歌が終わると、ピヨは卵を弾ませながらミステリアスな卵に聞いた

「それは君のお母さんの歌?」
「さてね」

ミステリアスな鳥ははぐらかすように言う
はっとなって、励ましてくれたことに気づくピヨ、お礼をぎくしゃくして言った

「あ、あ、ありがとう!」
「構わないさ」

どこか大人びた雰囲気のあるミステリアスな卵にピヨは尊敬の念を送るようになる
旅について行っていいか?と聞くと、ミステリアスな卵は頷いた
寂しさがなくなるという喜びのあまりに、ピヨは高く卵をはねさせて喜んだ

「ところで、どこを目指しているの?」
「美しい鳥になる泉をめざしているんだ。生まれる前に入りたい」
「どうして、美しくなりたいの?」
「美しくなければ生まれてくる意味なんてないんだよ」

その残酷でどこか切なくて美しい声による言葉に、悲しみを覚えるピヨ
ピヨは、彼のことをもっと知りたいと思った
彼と親しくなりたい、彼はどんな鳥なのだろう?彼はどんなものが好きなのだろう?
そう思って、ピヨは彼に名前を聞いた

「僕の名はルヴナン」

不可思議なその発音に、意味を聞くと”幽霊”であることを教えてくれた
ピヨはぶるっとまた殻を震えさせ、自分の自己紹介をした

「君の名前も不可思議な音だね?」

そう言い返されて、ピヨはそうかもと思った
彼は急いでいるのかピヨの前を転がりだした
ピヨもそれについて行くように転がる、二つの卵がころころと
兄を慕うようにピヨはルヴナンの後ろをついて行くのであった

「僕たちどっちみち放っておかれたら死ぬからね、気楽にいこう」
「そうだね!」

「「あはは」」

ころころと転がるなか、殻の中から鳥の笑い声が響いた
先は森の中、美しくなる泉を求めて二人は旅立ったのである

第3話 話しかけてもいいのかな?

卵が小さな間隔を開けて、前と後ろで二つ転がっていた
森の下の草むらの中、後方の一つはピヨ、前はルヴナンが進んで行く
ピヨは焦っていた、それは寂しさから出る会話をしたいという飢えであった
話しかけていいのかな?話しかけようかな?勇気が出ないな……どうしてうまく話せないんだろう?
ころころと転がっていく二人の間に、沈黙が走るのが長く感じられた
少しの転がる速度の間なのに、なんだか遠くに感じるピヨ
もっとうまく話せたらと喉奥から絞るのだが、勇気が出らずに震えてしまうのだった

「殻の中は心地いいよね」

その第一声に喜びを感じるピヨ
純朴なまでにぴょんぴょんと卵を跳ねさせてしまう

「うん、心地いいよね」

そう帰した後、話が続かなくなってしまった
なんてつまらない返しをしてしまったんだろう、僕は不器用すぎると焦るピヨ
また沈黙が続いてしまうのを避けたく成るピヨだったが
ルヴナンは気優しい声でピヨに話しかけた

「無理に話さず、傍にいてくれればいいんだよ」

その言葉に何かほっとするピヨ
そういわれると、先ほどの沈黙に対する焦りが、相手の存在を感じるための時間へと変わった
ピヨは転がる中で、前のルヴナンの存在をじっと感じ取っていた
それはなんだかじんわりと温かい感覚へと変わり、幸せな気持ちになった
二人ただ転がっているだけなのに、幸せな空間に様変わりしたのだ
ピヨはうれしくなって、卵を揺らしながらレヴナンの卵の後ろをついて行った
このままずっと、傍にいる感覚が続けばいいとさえ思ったのだ

第4話 話しかけてもいいのかな?②

ルヴナンは後ろのピヨを気にかけながら、草むらの中をころころと進んでいた。
ピヨに何か話しかけなければと思いながらも、アイディアが出ない。
それに、ルヴナンには自身に自信がなかった。
それには理由がある。

ルヴナンの名前は幽霊という意味だ
美しさとかけ離れたこの名前を、自身で付けたのは
ルヴナンが母から無視され続けたことからつけられた名前だ
母は生んだのが最後、温めることもせずに他のオスの鳥と遊んでばかりいた
何度か卵内から、ルヴナンは母に語り掛けてはみたものの
語りには応じず、ときどき卵に歌声を聞かせることだけだった

ルヴナンは怖くなった
このまま、母に見捨てられるのではないかと
母が僕を見捨てるのは、最初から自分が”美しくない”卵だからではないかと
そんなことを考えながら、卵の中で畏怖した夜
フクロウから美しくなれる泉の話を聞く
こっそりルヴナンは、突き動かされる不安から逃れるように
巣の中から抜け出して、美しくなる泉を目指すことにした

ピヨと会ったのは、それから少しした時である
ルヴナンはピヨに美しくなる泉を目指すことを告げたが
いまだに悩みの本髄について、ピヨに話せずにいた
ピヨも結局、母と同じように、ルヴナンの美しくない不安を知ったら
突き放されてしまうのではないかという恐怖を持ってしまったからだ

しかし、そんなことも知らずにピヨは後ろをついてくる
ルヴナンは少し焦りながら、共通で思えることを言葉にした

「殻の中は心地いいよね」
「うん、心地いいよね」

少しホッとする
こうやって本当の姿で互いに会えないことは、ルヴナンにとって救いだ
もし、生まれて体が見えていたら、一生どこかに隠れながら過ごさねばならないと思っていた
そうしたら、ルヴナンは一人になってしまうだろう……そう思うと、孤独感が増した

「無理に話さず、傍にいてくれればいいんだよ」

ルヴナンは縋るように、ピヨに語り掛ける
どこかに行ってほしくない、この小さな愛らしい存在に
返答はなかった。ただ、ピヨは今まで通り少し楽しそうに卵の殻を揺らしてついてきてくれる
ルヴナンは、せめて生まれる前までピヨが傍にいてくれたらと願わざるおえなかった

第5話 お母さん

ころころと転がりながら旅を続ける卵がある
美しくなる泉を目指して転がり続ける二つの卵
先頭を行くのはルヴナン、後ろからついて行くピヨ
幾夜を越えるたびに二人は仲良くなっていく

今夜もピヨはルヴナンに色んなことを話す
生んでくれたお母さんの事、ふ化した兄弟達がかわいかったこと
そして……おいて行かれてしまった事

ルヴナンはうんうんと返事をしながら真摯にきいてくれる
ピヨは楽しいも悲しいも受け入れられる気がして
ルヴナンに話題尽きるまで話し続けた

朝焼けの光が二人の殻を温めたころ
ピヨは知った声を聞いた
それはお母さんの声だった
ピヨはとたんに方向を変えて転がりだす
声の方向へ、もっと近く、もっと早く

お母さん、お母さん、そうだ、近くにいたんだ!

出会いたい感動と離れてしまわないかという焦燥感
そして希望を胸に、ピヨは転がった
ころころころころ転がって、ついには声の主へとぶつかった

「おやおや卵のままで、どこの子だい?」

ピヨは声が出なくなってしまった
その声は近くでよく聞けば、知っている母の声ではない
固まったままでいるピヨに、その声の主は事情を察し
ピヨを子供に迎えようかと提案する

「今は決めれない、友達の旅の途中だから、そのあとじゃダメかな」
「あたしもずっとここにいるわけじゃないからねえ」

ピヨは迷う
ここで着いて行くか、ルヴナンの元に戻るか
ルヴナンはピヨが居なくても旅を続ける、でもピヨは……
でもピヨはルヴナンとまだお話がしたかった
ピヨは誘いを振り切って、ルヴナンの元へ戻る道を選ぶ
元の道を転がって、転がって、ルヴナンが行ってしまわないうちに
あの親切な声の主にはもう会えないだろう……

戻るとあのどこか怖い母の子守歌が聞こえてきた
ルヴナンが一人歌い、ピヨを待っていたのだ
ピヨはこつんと卵をぶつけ、ルヴナンに存在を知らせる

「おいて行かれたと思ったよ」

いつもとは違うルヴナンの暗い声
ピヨは思う以上にルヴナンが自分を待っていてくれる存在だということを
この時に初めて知ったのであった

第6話 木から落ちた雛

ちゅんちゅん……
小鳥が悲しくなく声に、二つの卵は気づいた。
その悲痛さにただ事ではないと二つの卵は察し、すぐに近づいてみることにした。

「生まれたての雛の声だ……」
「どうしたんだろう」

二人が木の根元に行ってみると、雛が巣から落ちていた。
鳴き声をたどたどしく発しながら、ジタバタと羽でもがいている。

「大変だ……」

ピヨは生まれたての雛が母親がいないと巣立てないことを知っていた。
自身の兄弟達が、すくすくと母親に世話されて巣から出ていったのを知っていたからだ。
ピヨが雛の声を聞きながら悲しみに暮れていると、ひゅおうと強い風が吹いた。

「ピヨ、風が強くなってきた」

ルヴナンは雛が飛ばされないように、風よけとなって卵で雛を囲った。
ピヨもルヴナンに続いて雛を囲う。
強い風が吹き付け、二つの卵の殻を揺らす。

「どうするの!? ルヴナン!」
「母親の帰りを待つしかない!」

びゅうびゅうと吹き付ける風に耐えながら、二つの卵達は雛の母親を待った。
辛い時間が刻々と過ぎていく、ピヨはこの時間が永遠に続くような恐怖に襲われた。

「ルヴナン…もう……!」
「いや、来たぞ……母鳥だ!」

ピヨが弱音を吐きそうになった時、雛の声に母鳥が風の中を突っ切ってきた。
ルヴナンとピヨはその気配に希望を見た。
母鳥は二つの卵と雛の前で大きく羽を広げ、包むように風よけとなった。
ルヴナンとピヨはその羽の暖かさに、はじめて母親の安心感を覚えた。

しばらくして、暴風は去っていった。

母鳥は一度二つの卵に礼をいうと、我が子を乗せて巣へと帰っていった。

「良かったね。ルヴナン」
「ああ、とても暖かかった……」

二人は暴風が去った、健やかな風の音を聞きながら。
雛が無事に母鳥の巣に帰れたことを喜んだのであった。

第7話 どうして死ねないのだろう

 一波乱あって、ピヨとルヴナンは草の山の上で休憩していた。
 ルヴナンは昨日の木から落ちた雛を守った事を思い起こしていた。

「優しいお母さんだったね」
「ああ、暖かい羽だった…」

 ルヴナンは達成感に包まれていた。雛が無事に母の元に帰った事を思うと心が暖かくなった。
 草の上で感じる、優しい陽光の暖かさはあの時に自分たちを包んでくれた母鳥の羽の暖かさに似ていた。
 ふと、ルヴナンは実の母親が冷たかったのではと思った。それくらい母が羽で包んでくれた感覚を思い出せない。母の愛に不安を覚えるルヴナン。だんだんと自信が落ちていくような気がした。
 不安になったルヴナンはピヨの存在を感じ取ろうとした。今はピヨの存在がルヴナンの癒やしだった。

 ピヨは草の山の塊の上に転がっていた。
 コロコロと草むらに転がる愛らしいピヨ。

「ルヴナン、草の中から声が聞こえる」
「そうなのかい?」

 ピヨは草の中にいる声を気にしていたようだ。
 ピヨの側に寄り、一緒に草の上に転がる。
 すると、ルヴナンも声を感じた。

「死にたい……死にたい……」

 か細くて弱ったような声を心に感じるルヴナン。その声がだんだん小さく力がなくなっていくのが分かって、ルヴナンは怖くなった。

「ルヴナン、誰かが死にそうだよ!」

 ピヨは鬼気迫る声を張り、急いで草の中に潜っていく。
ルヴナンも一瞬遅れて、草の中に入った。
 草の山のガサガサという音とともに、深い底で声の主とぶつかった。
コツンとぶつかった音は卵がぶつかる音だった。

「君たちは…誰?」
ぶつかった存在は、陰鬱とした深い声だった。
ルヴナンははじめて聞くその声に、寂しさと諦めでこの生命が消え入ってしまうような怖さを覚えた。
ルヴナンはなんとか繋がりを持とうと声をかける。
「僕達は君と同じ卵さ」

その声に関心がなさそうなふぅんという反応があった。死にたいと言う卵は無気力な声でつぶやく。

「放っておいて……僕は死ぬんだ」
「だ、だめ、生きようよ」

ピヨが泣きそうな声で出会ったばかりの彼に訴え掛ける。
ルヴナンは心が怖さで震えて動けなくなった。誰かの命が突如弱まって消えていく責任と恐怖に声が出なくなったのだ。

「じゃあね……」
「だめ!!行かないで!」

泣きそうなピヨの声にルヴナンはハッとした。
力強く消え入りそうな声の主の卵に大きくぶつかって、草むらから一気に押した。

「うわああああっ」

ごろごろと死にそうな声の主の大きな叫び声が聞こえた。

「なんてことするんだ」

日の下で二人に文句を言う声の主は、まだまだ死には遠そうなはっきりした声をしていた。
その声の強さに二つの卵は安心して草から出ることができた。

第8話 だって死ぬのは悲しいから

ピヨは巣において行かれた時、死をただ待つばかりの存在だった
それはさみしくて、かなしくて、どうしようもなくて……
とても心が辛くなるのに、まだ名前を知らない卵はそんな辛い事を考えていたのだ
ピヨは死のうとしていた卵の辛さを考えると、ぎゅっと殻が縮まるような気がした

「良かった。生きていて」

ルヴナンの優しい美声が、死のうとしていた卵に投げかけられる

「放っておいてくれればよかったのに」

憎々し気な声でその卵は言った
あの葉っぱの下でずっと死を待っていた卵
葉っぱが降り積もるほどずっと、ずっと、死を待っていたのだ
放っておけば、本当に死んでしまう危機感があった

止めなきゃ……ピヨは願うように死を止める言葉を探す

死を待っていた卵は、死ぬのを邪魔されたことを怒っていた
呪詛のように卵をカタカタいわせて、威嚇さえしていた

どうせ
と、その卵は言う。
どうせ僕たちは……
そう言葉を続けて卵は言った

「僕たちは卵のまま生まれずに死ぬんだ」

生まれずに死ぬ
それは今のピヨとルヴナン、そして死を願う卵の運命の全てを表していた
ピヨはどうしようもない気持ちになった
それは本当の事なのだ。ルヴナンも傍にいる卵も、そして自分も……
このままだと卵のまま死んでしまうのだろう

「でも、死ぬのは悲しい……」

ピヨの絞り出すような声
誰かがこの世界からいなくなる。しかも知っている誰かが
旅の間で雛を助けた時。ピヨは生きて雛が母鳥の元に帰ったことに喜びを覚えた
雛は嬉しそうだった。母鳥に出会えて、もう一度世界に戻ることが出来て
もし雛が死んでいたら……そう思うとピヨは泣きそうになる

ピヨの言葉に他の二人の卵は静寂になる
同じく悲しく思ったのか、それとも怒っているのか、ピヨには分からない

突如、今まで積みあがっていた草が強風で巻き上がった
同時に、何者かのガサガサ這う音が周囲の草木からした。
ピヨはその見知らぬ気配にゾッとした
その音は明らかに自分たちを狙っている
何者かが、こちらに差し迫っているのが分かった
動かない と 動けないが、ピヨの卵に緊張を走らせた

ルヴナンがピヨを守るようにして傍に寄った
名前を知らない卵は、その気配にカタカタと震えて動けなくなっていた
今、3つの卵が何者かによって生命を脅かされていた

第9話 蛇

3つの卵は気配に怯えた
咄嗟に、ピヨはルヴナンの殻に押された
転がれ! 転がれ! とルヴナンの切迫した声がピヨともう一人の卵を急かす
ピヨは必死になって転がった
割れてしまうんじゃないか、ということも忘れるくらいに
転がって、転がって、転がって、生きようとした

その這う気配は草むらの中を卵と並行してついてきている

草むらが大きく揺れる
気配が近くなる
長く大きな影が迫る

「もうだめだ! もうだめだ! もうだめだ!」

ピヨとルヴナンの後ろを転がっていたあの卵が叫んだ
死を待っていた卵は、死を前にして恐怖でパニックになりながら硬直したらしい
ピヨの後ろでルヴナンが方向を変える音がした
命を懸けてルヴナンが動けなくなった卵をかばいに出たようだった
ピヨは振り返る事もできないまま、その危機を感じ取った
ルヴナンが死んでしまう――!!
ピヨは叫びたかった、でもその前にルヴナンに影が追いつくのが分かった

ピヨの卵の前を一つの大きな羽の羽ばたきが通る音がした
ピヨはその羽ばたきにおぼえがあった
あの時、雛を助けた時の母鳥の羽ばたきだ

「助けて! お母さん――!」

ピヨの声に反応して、鳥の威嚇する声が響いた
影が一瞬止まり、ルヴナンたちの前に出る前にすっと引いていく気配がする
ピヨはぷるぷる卵を震わせ気配が去っていくのを待った

「もう、大丈夫だ――」

ルヴナンのホッとしたような声がする
ピヨはあの恐ろしい影が大きな死の気配のような気がした
あれはなんだったんだろう、この世界にあんなものがいるなんて
蛇だ――と、あの死を恐れた卵の呟いた声がした

第10話 生き残ってしまった卵

 蛇――と呟いた彼はレアールと名乗った
 レアールはトラウマを思い起こすようにブツブツと体験を語りだす
 それは、レアール自身が巣の中で体験した、恐ろしい思い出だった

 その日、レアールは母親の帰りを待ちながら、他の子達と話していた
 しかし、全員が突如押し黙ってしまう
 それもそうだった、何かが巣に入ってきたのだ
 それは黒く長い影のような存在だった

 その影は影を大きくしては、兄弟である卵を吸い込んでいった
 自分の兄弟の生命が一つ、また一つと影の中に吸い込まれて消えていく
 卵の中で次の番を待つように、その恐ろしい影の存在が近づいてくるのがわかる
 ついにいつも隣で話していた兄弟の卵が、ずるずると影の中に吸い込まれていく
 長い影はうねりながら、食べた分だけ巨大な影になっていく
 隣の兄弟が影に消える時に、叫び声を聞いた

――蛇だ!逃げて……!

 それが兄弟の最後の言葉だった
 吸い込まれていくのを感じ取りながら、卵の中で震えていた

 突如、母鳥のけたたましい声と、闘争の音がした
 帰ってきた母鳥に希望を持ちながら、震えて終わるのを願った
 突如、フワッと自分の卵が宙に浮き、大地に引き寄せられて落ちていく感覚がした。
 聞いたこともない騒音と、自身の意識が回るような感覚に襲われた

 騒音が収まると、逆に全く静かになった。しかし、恐怖は収まらなかった
 そのまま、ずっと恐怖が過ぎ去るのを待っていた
 しばらくして、朝の陽光が優しく卵を温める感覚がすると、恐怖がおさまった
 冷静になって、自分が巣から放り出されたことに気づいた
 母親が迎えに来てくれるのをしばらく待った
 きっと生きていると思いながら、願うようにその場から動かず待っていた
 しかし、母が迎えに来ることはなかった

 レアールは、自身が死んだように思えた。だが意識があった
 胸が苦しくて、兄弟の断末魔が響き、頭に混乱が生じる
 生きている、生きている、生きている……みんなは蛇と呼ばれる影に飲まれたのに!お母さんが、隣で話していた兄弟が、影へと飲まれ消えていった
 レアールは生きているのに、心が空っぽになった
 どうして自分だけ生きているんだろう
 どうして……どうして……
 ただ胸に渦巻く悲しみと過ぎていく時間だけが、生きている自分の行動だった

第11話 助けてくれてありがとう

 独白を終え、ふるふると震えながら泣き声をだすレアール
 ルヴナンが寄り添って、優しく声をかけ続ける
 ピヨも傍によって、恐怖が収まるまで一緒にいてあげることにした

 様子を見ながらピヨは先ほど影に沈んでいく卵の話を思い起こした
 思い起こせば思い起こすほど、身が震えるような話だ
 ピヨはそんな生き物がこの世界にいるということを知らなかった
 影に飲まれるという感覚はどんなのだろう
 卵が次第に消えていくということだろうか
 それとも――
 ピヨはこれ以上考えるのをやめた
 ピヨ自体が震えて声が出なくなりそうだったからだ

 震えが収まり、レアールの不安が収まったようだった
 いこう。と、ルヴナンが旅を急ぐ声をピヨに掛けた
 うん。とピヨも返す
 
「待って――!」

 レアールの元を去ろうとする二つの卵に、声がかかった

「あ……、ありがとう。助けてくれて」

 レアールは恥ずかしそうに、ルヴナンにお礼を言った
 ピヨは自慢げにレアールの前に出て、小躍りした
 咄嗟に母鳥を呼び、危機を伝えたのは自分だからだ

「――え? 君何かしたっけ」

 ピヨは一瞬固まった。そして憤慨した。あんなにも必死に助けを呼んだのに
 ぷんぷん怒って、卵を揺らし、不満を伝える
 襲われてしまえばよかったのに!とまでは言えなかった
 でも、一人だけ感謝の言葉を伝えられないなんて!
 死を意識した分、ピヨは相手の態度に腹が立って、腹が立って――!
 ぷんぷん、ぷぷぷん!!

 その様子を見て、レアールはあははっ!と根明に笑っていた
 ルヴナンもくすくすと釣られて笑っていた

第12話 温泉

ころころと三つの卵が美しくなる泉を目指し旅を続ける

その日、さらさらと何かが流れる音をピヨは聞いた
泉だ……!とルヴナンが言った。泉とは何だろうピヨは聞き返す
泉が水がたくさん集まったものとルヴナンが答える
そう言えば、ピヨは美しくなる泉がどういうものなのかも知らなかった
その様子に、あははっとレアールが小ばかにして笑った

「水を知らないの?」

レアールは囀るように語る

空から雨が降り、ぽたぽたと雫が落ちる
それが水 水は粒が集まって大きな流れとなる
流れがさらに集まって 水たまりになり
さらに さらに 大きな水が泉になるのだ!

ピヨはその語りにキラキラと夢想像を働かせた
小さな何かが巨大な大きなものになる
どんどん集まって粒が大きく、卵がむくむく大きくなるように
それは未知なる不可思議さを持った自然の営みのように思えた
早く行こう――! ピヨは期待に卵を膨らませ、二人を置いて飛び出した
ルヴナンの待つんだ!という声を置いて
さらさらと音がする泉の方へと転がっていく、ピヨ

どぼん

ピヨの体に突如、大きな音と落下したような浮遊感が襲った
何か体がぐつぐつと熱くなっていく
お日様から感じる温かさから、痛みのような刺激へと変わる
助けて――! ピヨは自重でずるずると痛む熱さの中に落ちてゆく

もうだめだと思った時。ひょいと軽くなり、ころころと大地の上に転がされる
のっそりとした声の持ち主はピヨの卵をふんふんと嗅いでいた
ピヨを助けた彼は自分の事をカピパラと名乗った
君たちは卵だからそのままはいったら、ゆだっちゃうと忠告するカピパラ
ゆだる と言われてピヨは卵をかしげた
ゆだるとは、なんだろう? 卵はゆだるものなのだろうか

ともかくピヨは助かった。突然の不可思議な熱さが卵から抜けていく
追いついてきたルヴナンとレアールが、カピパラにお礼を言っているのを聞き
ピヨは申し訳なさと、初めての水の怖さを知ることとなった

第13話 迷子のあひると純白の色

ころころと三つの卵が美しくなれる泉を目指して転がる
泉にはどれくらい近づいたのか、ピヨには分からないまま
ずっとルヴナンが日の落ちる方と言うのを信じて転がった
レアールが文句を言いながら何だかんだでついてくる

すると、あひると名乗る子が迷子になっているのに出会う
自分たちが美しくなる泉を目指していることを伝えると
あひるは、その泉が僕の巣だ!と大喜びした

「僕のお母さんは元々あひるだったのだけど、美しい白鳥に泉で変身したんだ!」

三つの卵は希望に湧いた。美しくなれる泉の噂は本当だったのだ!
ルヴナンが目指している方向に行けば泉につくことを伝えると
あひるは3つの卵に同行を申し出てきた
見捨てておきなよと冷たく言うレアールをよそに、3つと1匹は進みだす

話題は白鳥でもちきりだった
その姿は首が長く純白の羽に体が覆われているという
ルヴナンは自分が純白の翼に覆われるかもしれないと嬉しそうにしていた
ピヨはみんなが話題にしている純白というものを知らなかった
レアールがわざわざピヨに知らないの?教えてあげようか?と意地悪く話す
ピヨは元気よく、教えて!教えて!とせがんだ

レアールは得意げに語る

世界には色が満ちている
生まれると目がついていて 色を感じ取れる
温かいのは赤や黄色 寒いのは白や青
僕たち卵にも色がついていて それぞれ違うんだ

レアールが語り終えると、ピヨは色を想像してみた
ルヴナンが卵から孵化し、寒い色に覆われた鳥が出てくる
それは美しい白鳥と言われる鳥で、ルヴナンに近づくだけでもピヨは凍ってしまう
カチンコチンになるピヨ。寒い、寒い、とルヴナンに言う
ルヴナンはあの悲しい母の歌を歌い、さらにピヨを凍らせる
凍ってしまったピヨに、ルヴナンは優しい声で友人を凍らせたことを泣くのだった

ピヨは悲しくなってルヴナンに泣きついた
イメージしたことを語ると、ルヴナンは優しく”色だけでは寒かったり暑かったりしないんだよ”と諭された
ピヨは何だと安心し、生まれた後の自分たちの色はどんなのだろう?と、皆とお話に入るのであった

第14話 蛇だったらどうしよう

ころころ3つの卵と一羽は、美しくなる泉を目指して旅をしていた

しばらく一緒にいると、あひるが疲れたと言い出した
ピヨは疲れるというのが分からず、先を急ごうと言った
ルヴナンがピヨを制して、どこかで休もうと言った

「お昼寝がしたい、お母さんがいたらお昼寝している時間なんだ」

あひるが地団太を踏んでジタバタした
ピヨは寝るというのが分からなかった
伝えると、相変わらずレアールが、寝たことがないの?と嗤って言った
少し卵を膨らませて怒るピヨだったが
ルヴナンが草むらに寝そべって休もうと言ったので、喧嘩はしない事にした

草むらに寝っ転がった
3つと一羽で日向ぼっこをする

ピヨは意識がぼんやりしてきて……
ピヨはぽかぽか陽気の中眠ってしまった
それが初めての夢を見た時だった

ピヨは恐ろしい夢を見た。
夢で出てきたのは長くとぐろを巻く黒い影の気配だった。

影はピヨを飲み込んだ。あっけなく、するりとピヨは飲み込まれた
喰われた後に、蛇の腹から卵として生まれてしまう
ピヨはもうピヨじゃない。お母さんの子でもない。ピヨは喰われて蛇の子になってしまったのだ
黒い影の卵になってしまったピヨ。蛇の子のピヨ。ピヨはもう……

ハッとなってピヨは意識が戻った
ピヨは自身が影の卵になっていないことを感覚で理解しホッとする
今あったことが現実でない事と、まだ残る緊張にドキマギしていた

みんなが起きだし、そして互いに夢の話題になった
ピヨは今見たリアルな影の物語が、夢と言うものであることを知った
ルヴナンは美しい白鳥になる夢を見、レアールは家族と再会した夢を
あひるは母親が泉で待っていてくれた夢を
互いに幸せな夢を見たことに、喜び、泣いた
ピヨだけが夢の内容を言えなかった

他の三匹からピヨの夢の話題が振られると、ピヨは戸惑った

ピヨは自分が鶏の子だと思っていた
でももしたら蛇かもしれないという恐怖に怯えていた
それくらい影から生まれるときの夢がリアルだったからだ
ずるりと影から出てくる感覚、影の卵になってしまう恐ろしさ
夢と醒めた後、何が違うのかピヨには分からなかった

「夢って本当になったりしない?」

不安を2つの卵とあひるに伝えるピヨ
自分が黒い影の卵になったのではないかと言った

「そんなことないよ、白くて可愛いたまごだよ」

あひるがピヨに伝える
ピヨは驚いた
自分に色があったことに驚いた
きっと卵が割れた瞬間に、世界に色がつくと思っていたからだ
この時、ピヨは初めて自分が白い卵であることを知ったのだった

第15話 白鳥

自分が白い卵だということを知ったピヨ
他の卵の仲間は一体どんな色なのか知りたくなった
レアールも聞きたがって、あひるに問い詰める

しかし、一つの卵の制止する声によって
この話題は終わってしまう
聞きたくないといったのはルヴナン
僕は美しい純白の白鳥になるんだ
今の色がなんだってもいいだろう

怒ったように言うと、先へと旅を続けようとした
ピヨはなぜルヴナンが怒っているのか分からなくて
少し遠くからコロコロ転がってついていくことにした
レアールがピヨに、きっと可愛いって言われたのを嫉妬しているんだよ
と囁くが、ピヨはルヴナンがそんなことで怒らないことを知っている

ピヨがルヴナンに声を掛けようかと悩んでいると
さらさらとまた聞いたことがある水の音がした
あひるが自分の巣だ!と大きな声を上げて走っていった
全員があひるに続いて、水の音がする方へと転がっていった

大きな水のある場所に着くと、あひるがお母さんを呼ぶ
すると高いところから、白鳥がなく声がして降り立ってきた

「お母さん、ただいま! お母さんはこの泉で白鳥になったんだよね?」
「そうだよ、あたしは元々はあひるの子だったんだよ」

その答えにルヴナンは大喜び
どうやったら白鳥になれますか?と母鳥に聞いた
母鳥はあひるを遠くにやると、こっそりとルヴナン達に教えてくれる

ここは泉じゃなくて、白鳥たちが住む湖と言う大きな水がある場所である事
元々、白鳥自身があひるの巣で生まれ育った境遇であった事
あひるの巣から出て、この湖で自分が白鳥であることを
他の白鳥に教えてもらい、あひるではなかったことに気づいたこと

「じゃ、じゃあ、美しい白鳥に変身はできないんですか?」
「あのあひるには内緒にしていてね。あの子は自分があひるだって知らないの」

聞けば、自身が生まれ育ったあひるの巣は蛇によって壊滅した
生き残ったあひるを白鳥が引き取って、親代わりとして育てているそうだ

ルヴナンはここが美しくなる泉でないことにがっかりして
しばらくそっとしてほしいと言って黙ってしまった

ピヨは何とかルヴナンを励まそうとして、美しくなる泉の場所を聞いた
泉がある場所は、この湖を越えた先にあると白鳥は言った
良かったら背にのせて、湖を渡らせてあげよう
ピヨとレアールは大喜び。ルヴナンは黙ってうなづいた

こうして白鳥の背に乗りながら、湖を渡り
あひると白鳥から別れた後、新しく泉を見つける旅に出かけたのだ

第16話 雨のち歌

3つの卵はふかふかの羽の上
卵のピヨとルヴナンとレアールは白鳥の背に乗って泉を越えていた
ぽつぽつ、と卵を叩く音が三つの卵の殻にした

「雨だ……」

ルヴナンが空の方へ卵を傾けて言う
その殻を叩く音で、ピヨは初めて雨を体感した
風とは違う、少しびっくりするような痛みに近いひんやりした感覚だった
流れていく小さな粒を受け、卵にあたる音がトントントンとリズムを刻む
ピヨはその音のリズムがなんだか楽しくなって、卵を揺らし、いつもルヴナン達が歌うように、自然と歌いだした

ぽつぽつと 雨が降る
雨は塊になって 粒となり
大きな卵のように膨らんで
大きな水の塊に

そう歌いだすと、レアールが怖ろし気な低温で、ピヨの後ろから忍び寄って呻くように歌いだした

雨の塊は 青く深い影となり
怖ろしい深き塊となって すべてを飲み込む
青の中は熱く 煮えるようだ
中に入れば何度叫んでも 響かない
怖ろし気な 影 影 影
青い影

ピヨが歌で卵をプルプルし出すのを見て、レアールが意地悪げに笑った
やや呆れてルヴナンがレアールの歌の途中から入って歌を独占した

雨の形はまん丸で
美しさと輝きを与える 宝玉の形
僕たちの殻を叩いては 優しき母の歌声のように
早く出ておいでと囁くのさ

ピヨはじぃんとルヴナンのアルトな美声に酔いしれた
レアールがつまらなさそうにちぇっと言う
ルヴナンが怖がっていたピヨに、優しく言った

「ピヨ、いつの間にか歌えるようになったんだね」

そうだ! と、ピヨ驚いた。そう、ピヨはいつの間にか歌えるようになっていた
いつかルヴナンのように歌えたらと思っていたピヨ
そのルヴナンの美声の少しに近づけた気がしてピヨはなんだか誇らしい気持ちだ
レアールが意地悪気に誉めそやし、ルヴナンは歌のアンコールをピヨにする

ピヨは照れ臭くなって なんだか卵の殻が熱くなるのを感じてしまった
そして、アンコールに答えて歌いだす

ぽつぽつと、雨が降る……

3つの卵が白鳥の羽の上で、ハーモニーを奏でて一緒に歌ったのだった

第17話 フクロウ

 ルヴナンとレアール、そしてピヨは白鳥に湖の向こうまで送ってもらった。
 3個のたまごが、白鳥の背から降りると、よれた常緑樹の並ぶ森があった。
 白鳥のお母さんは、夕方まではこの岸辺で餌を取っていることを約束し、3個のたまごを見送ってくれるそうだった。
 岸辺には葦が茂り、その向こうには森が広がっている。
「もうすぐだよ もうすぐだよ ルヴナン」
 森の奥からピヨは視線を感じ、声のする方を向いた。
「白鳥になれる泉は、すぐそこさ ホッホー」
 ルヴナンが前にでて、驚いたように言う。
「き、君は……あの時の」
「知り合いなの? ルヴナン」
 見上げるようにルヴナンの傍に寄るピヨ。
「僕がお母さんの巣から出る時に、白鳥の泉を教えてくれたフクロウだ」
 震える声で、ルヴナンは言う。その声の奥底には覚悟が感じられた。
「本当にあるの? そんな魔法の泉が」
 レアールが皮肉っぽく、フクロウに問う。
「ルヴナン ルヴナン 白鳥になれる泉は まっすぐさ ホッホー!」
 レアールの言葉に応えず、フクロウはばたばたと飛んで去っていく。
 ついに近くに泉があることを知り、ルヴナンは殻を震わせた。
 そんなルヴナンを、ピヨは不安げに見上げる。
 何かピヨが言おうとする前に、レアールが言い出した。
「君って結構賢いと思っていたけど、あんな信じられない奴のいう事だったの?」
「僕だって、縋りたい気持ちで来ているんだ。美しくなれるなら……」
 ピヨには分からない。ルヴナンにとって、美しくなることがどれだけ重要か。
 白鳥になる泉に言ったら、本当にルヴナンの悩み解決するのか。
 ピヨは恐ろしかった。ピヨはルヴナンが白鳥に変わっても悩み続けそうで、悲しくなった。それ以上に、ルヴナンが美しくなっても、ルヴナンは美しさで悩みそうな気がしていた。ピヨは何とかしてあげたくて、岸辺で待っていた白鳥に問うた。
「白鳥は、そんなに美しい鳥なの? 美しければ、ルヴナンは助かる?」
 白鳥のお母さんは、首をもたげてピヨに言った。
「本当に美しいかは、空をはばたいて、その目で見なければ分からないものだよ」
 その厳しい声に、ピヨは少しドキッとした。

 僕たちは卵だ。
 まだ世界を恐れて、ずっと生まれることのできない卵。
 ずっと出る勇気が出なくて、殻の中で縮こまっていることを選んだ。
 小さな、小さな、雛にもなれない卵なのだ。

 その時、ピヨには分かってしまった。
「(ルヴナンは、誰かに見て美しいと言われない限り、救われない)」
 ルヴナンがもし美しい白鳥になっても、その目で見て、そこに美しいと言ってくれる誰かがいないと……ルヴナンはそのまま嘆き続ける、ということを。
 フクロウが去ったざわめく森を背に、ピヨはこの先で待ち受ける自身とルヴナンの試練を、ひしひしと感じたのだった。

生まれることも飛ぶこともできない殻の中の僕たち

生まれることも飛ぶこともできない殻の中の僕たち

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-12-04

CC BY-NC-ND
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  1. 第1話 生まれたくない
  2. 第2話 美しくなければ意味がない
  3. 第3話 話しかけてもいいのかな?
  4. 第4話 話しかけてもいいのかな?②
  5. 第5話 お母さん
  6. 第6話 木から落ちた雛
  7. 第7話 どうして死ねないのだろう
  8. 第8話 だって死ぬのは悲しいから
  9. 第9話 蛇
  10. 第10話 生き残ってしまった卵
  11. 第11話 助けてくれてありがとう
  12. 第12話 温泉
  13. 第13話 迷子のあひると純白の色
  14. 第14話 蛇だったらどうしよう
  15. 第15話 白鳥
  16. 第16話 雨のち歌
  17. 第17話 フクロウ